リーストックとハルマニエは親の引き合わせで結婚しました。

リーストックは元々ハルマニエの父の秘書を務めておりました。大変気に入られたので結婚話はすぐに進められました。

しかし、ハルマニエもその父も、リーストックの本性を知らなかったのです。

これは、そんな不幸のお話。

 

小さな国から大国に移り住んできた青年がいた。

彼はそこで身元を偽り、偽の身分証明書を使って財閥に取り入った。

彼の偽名はリーストック・リンシェイン。本名はラインザー・ヘルゲイン。

ラインザーはとある小国で罪を犯し、整形と偽造証明書でここまで逃げてきた。

ここは大国エルニーニャ。小さな国の残酷な事件はやはり伝えられてはいたが、どんな優秀な軍人や探偵も彼を見つけることはできなかった。

ラインザー、いや、リーストックはある目的があった。

未婚の娘のいる財閥に秘書として務め、そこの娘と結婚して財産を手に入れること。

エルニーニャは豊かなので、該当する家は簡単に見つかった。

それが大財閥リーガル家。

リーストックは言葉を巧みに操り、すんなりと迎え入れられた。

財閥社長ワイゼスト・リーガル氏は、彼を本当に気に入った。

彼の全てが、嘘とも知らずに。

 

リーストックが秘書として働き始めて一年、ワイゼストは彼にある話を持ちかけた。

「リーストック君、話があるんだ」

「なんでしょう、旦那様」

リーストックは穏やかに笑って応える。

これが作り笑顔だと知らないワイゼストは、彼に話の本題を切り出した。

「実は君に、うちの娘を貰って欲しいんだ」

娘――ハルマニエ・リーガルと結婚するということは、いずれ会社を継ぐということ。

そうすれば巨万の富が手に入る。

リーストック、いや、ラインザーが望んでいた展開になったのだ。

笑い出したいのを押さえ、いつもの穏やかな表情で迷っているように返す。

「しかし、ハルマニエお嬢様は他に好きな方などいらっしゃらないのですか?」

「それがだね…娘が昨日相談してきたのだよ。君のことが好きだと」

「本当ですか?!」

リーストックは喜びと驚きの混じったような表情を作る。

「…実は、僕もハルマニエお嬢様を想っていたのです。

けれどそれが旦那様に伝われば、秘書を辞めなければならないかもしれないと…ずっと言えなかったのです」

「そうか、それなら承諾してくれるね?」

「はい!お嬢様に想いが伝わるなんて、僕は…」

感激の涙を流し、ワイゼストからの祝福の言葉を受ける。

その影にはラインザーの暗い笑みが存在していた。

それからすぐに、リーストックとハルマニエは結婚した。

彼の名はリーストック・リーガルとなったのだった。

 

ハルマニエ・リーガルは生粋のお嬢様で、はっきり言って世間を知らなかった。

リーストックは元々彼女のことを好きだというわけではなかった。道具としか見ていなかったのだ。

そのため結婚した後は外に女を作った。

ワイゼストもハルマニエも彼を信頼しきっていたので、その事実は知られること無く進行した。

リーストックの巧みな言葉と、ハルマニエへの外見だけの愛。

ワイゼストの楽しみにしている孫も、つくってしまえば後は乳母に任せればいい。

彼はそうしてハルマニエを孕ませながら、別の女のところに通っていた。

「やぁ、ブルニエ」

「リース!今日も来てくれたのね」

ハルマニエとは正反対の派手な女、ブルニエ・ダスクタイト。

この女も特別愛しているというわけではなかった。ただ、ハルマニエとの性生活が退屈なためにブルニエのところに通っていたのだ。

「ねぇ、リース…今日はいくら持ってきてくれたの?」

「十万エアー」

「十万?やっぱり素敵よ、リース」

ブルニエの方は愛も求めていたが、何よりも金を欲していた。

リーストックが持ってきた大金を使って派手な生活をし、リーストックと交わって快感を得る。

それが普通のことで、リーガル家に第一子が生まれた後も続いていた。

 

六月三十日―すでに夏が到来していたその日、リーガル家の屋敷から産声が上がった。

ハルマニエのホッとした表情と、産婆の嬉しそうな笑顔が見えた。

「旦那様」

産婆や召使はリーストックをそう呼ぶ。

リーストックは穏やかな表情で、産婆の腕に抱かれたその子を見た。

「旦那様、可愛らしい男の子でございます」

まだ薄いが、もう少し経てば確実に自分と同じ濃い黒髪になるだろう。

まだあまり開いていない眼は、自分と同じライトグリーン。

「あぁ、私の息子だ。…ハルマニエ、ありがとう」

ハルマニエが笑い返したのを見て、リーストックは部屋を出た。

後方でワイゼストの歓喜する声が聞こえた。

リーストックは自室に戻り、鍵を閉めた。

少し感動に浸りたいとメイドには言ってある。

しかし、リーストックは全く喜んではいなかった。

寧ろ、自分と同じ髪と瞳を持つ赤ん坊に嫌気がさしていた。

自分の子だという証明をされたようで、忌々しくなったのだ。

子供は嫌いだった。自分の子も邪魔なだけだ。

赤ん坊など簡単に殺せる。しかし、そうすることで今の地位を失うのはごめんだ。

あれを生かしておくしかない。自分で世話をしなくても、全て乳母に任せればいいのだ。

リーストックは再び穏やかな笑顔を浮かべ、ハルマニエと子のもとへ向かった。

ワイゼストらには、彼らが平和な家族にしか見えなかった。

ハルマニエが落ち着いた後、ワイゼストとリーストックは生まれた子の名前を考えた。

ハルマニエの腕の中のその子は、安心したように眠っていた。

「リーストック君、どれにしようか?」

考えた名前のリストを見せて、ワイゼストは言う。

リーストックにはそんなことはどうでも良かったが、考えるふりをしてリストの左中央を指した。

「これがいいですね」

「そうか、これか…ハルマニエ、決まったぞ」

ワイゼストが示した名は、その子の一生の名。

「まぁ…いい名前だわ」

ハルマニエは嬉しそうに、眠る赤ん坊を見る。

「あなたの名前はアルベルト。…アルベルト・リーガルよ」

リーストックはその名を呼ぶ気にはなれなかった。

 

それから九ヶ月が経った。

アルベルトの世話はほとんどせずに、リーストックは相変わらずブルニエのもとへ通っていた。

しかし、その日のブルニエはどこかおかしかった。

「どうしたんだい?そわそわして」

リーストックが尋ねると、ブルニエは珍しく柔らかな笑みを見せて言った。

「あのね、リース…できちゃったみたいなの」

「…何が?」

嫌な予感がした。

全身に寒気が走る。

「私達の、子供。…三ヶ月なのよ、今」

やはりそうだった。

自分の嫌いな子供がもう一人増える。

その上もしその子が自分と同じ外見だったら、後でごまかせないかもしれない。

自分の築いてきたものはどうなるのか。富を手にし、好きなように暮らす計画はどうなるのか。

「…ブルニエ、今日は七十万エアー持ってきた」

カバンから札束を取り出し、テーブルに積む。

いつもより額が多い。

「これで、子供をおろしてくれないか?」

「何ですって?!」

ブルニエはテーブルを強く叩き、叫んだ。

「おろせって…この子を殺せってこと?!」

「そうだ」

「どうしてよ!どうして殺さなきゃいけないの?!」

掴みかかるブルニエを簡単に突き飛ばし、リーストックは冷たく言い放つ。

「邪魔なんだよ、子供は。一人もいりゃたくさんだ」

「でも、リーガルの子は愛していないって言ったじゃない!だったらこの子の父親になってくれても」

「うるさい!リーガルの子も、お前が孕んでいる子も、両方邪魔なんだよ!」

リーストックは一つ息をつき、カバンの中から再び札束を取り出してブルニエに放った。

「三十万やる…これで百万エアーだ。子供をおろさないのなら、これで最後だ」

 

三ヶ月が過ぎた。

ハルマニエは一歳になるアルベルトと共に、散歩に出かけていた。

勿論乳母やボディガードはついている。しかし、ハルマニエにとってそれは当然のことなので気にならない。

「アルベルト、お外は楽しい?」

「はいっ」

黒髪と緑眼は父譲り、顔立ちは母譲りの幼い男の子は無邪気に笑う。

母親に抱かれて行く道は、もう夏の草花に囲まれている。

そこへ一人の女性が歩いてきた。

見たところ妊婦のようだが、表情は重苦しい。

「どうかなさいましたか?」

ハルマニエが声をかけると、その女性はゆっくり顔を上げた。

彼女はハルマニエをまじまじと見て、それから少し離れたところにいる子供に目をやる。

その子の髪と眼を見て、彼女は悲しげに笑った。

「あなたが、リーストックの奥さん?」

「は、はい」

ハルマニエは見知らぬ女性が夫の名を知っていることを不審に思ったが、どこかで偶然知り合ったのだろうと思い直す。

しかし、その考えは簡単に砕かれた。

「はじめまして。ブルニエ・ダスクタイトと申します」

「ブルニエ、さん?」

「えぇ…リーストックの愛人よ」

ハルマニエは、何を言われたのかわからなかった。

愛人――つまり夫には自分の他に想う人がいたのだ。

「あの、夫の愛人って…」

「私達、何度も寝たわ。あなたの家のお金も貰った。そして…」

ブルニエは自分の腹を愛しそうになでる。それはハルマニエにとっての最悪の宣告でもあった。

「そして、このお腹の子はリーストックの子よ」

「…そんな…」

ハルマニエは青ざめて、口元を手で押さえる。

その様子を見て乳母やボディガードが駆けつけてくる。

「奥様、どうなされましたか?!」

「…大丈夫よ。私、この人とお話があります。ですからアルベルトを連れて先に帰っていてください」

「しかし…」

乳母もボディガードもこのままハルマニエを一人にしておくのは危険だと思っている。

しかし、ハルマニエ自身は普段からは考えられない強い口調で言う。

「お願いです。この人とお話がしたいのです」

ハルマニエの訴えに、乳母はとうとう頷いた。アルベルトは乳母とボディガードに連れられてその場から離れた。

残された女性二人はこれまでのことを話し、聞いた。

ハルマニエの知らないリーストックが、ブルニエの口から次々に語られていく。

全て話し終えたとき、ハルマニエはショックで身動きが取れなくなっていた。

「…わかったでしょう?これがあなたの夫の…リースの本性なのよ」

ブルニエの悲しい眼がこちらを見ていた。ハルマニエは見返すことが出来なかった。

 

ハルマニエが何も言い出せずに日々を過ごしていく中、ブルニエは男の子を出産した。

父親のいない子は、抱いてはもらえない。

疲れきった身体では、我が子を抱きしめてやることが出来ない。

遠くなる意識の中でブルニエが見たのは、赤ん坊の黒髪だった。

意識が戻って子を初めて抱いたときに見たのは、その子の緑の瞳だった。

「同じなのね…あの人と…」

ブルニエは子の頭をそっと撫でる。

この子には何の罪もないのに、これからきっと辛い思いをさせる。

いつか真実を話さなければならない日も来るだろう。

「あなたの名前…何がいいかしら」

すやすや眠る赤ん坊を、あの男のような人間には育てたくない。

「…そうだ、ブラックがいいわ。これ以上何にも染まらないように」

黒は全ての色の集合だ。それ故に、染まらない。

「ブラック・ダスクタイト…なかなかいい名前じゃないの」

ブルニエはゆっくり体を起こし、傍らの棚の引出しから一冊のノートを取り出した。

それは鍵つき日記帳で、暗証番号を合わせると開く仕組みになっていた。

開いてペンをとり、書き残す。

『十月三十一日、我が子ブラック・ダスクタイトに祝福を』

それだけで日記帳を閉じ、鍵をかけた。

そして目を閉じ、意識を落としていった。

 

それから二年が過ぎた。

三歳のアルベルトは家の中で遊んでいた。

「おかあさまは?」

「お母様は今お電話中です。坊ちゃまはもう少しお待ちくださいな」

乳母にはそう言われたものの、気になって仕方が無い。

父親はいつも出かけていて、滅多に会わない。

ここ何日かは全く会っていない。

おかげでアルベルトは母親がいないと落ち着かない子になっていた。

母を捜して家の中をうろうろしていると、受話器を手にしている母を見つけた。

声をかけようと思ったが、電話中に声をかけるのはいけないことだと教えられていたために黙って見ていた。

母の表情は辛そうで、うろたえているようにも見えた。

「…そうですか…それで、その…ブラック君、でしたっけ?どうするのですか?」

知らない人の名前が出た。

このときのアルベルトには、まだ何もわからない。

「それではそちらで?…はい、わかりました」

母はそう言って電話を切った。

アルベルトは母のもとへかけより、服を引っ張った。

「おかあさま…」

「アルベルト、どうしたの?」

「…なんでもありません」

名前のことは訊けなかった。

母の辛そうな表情を見ると、訊いてはいけないような気がしたから。

 

看護師はリーガル家へ繋いでいた電話を切り、溜息をついた。

リーガル夫人には真実は伝えていない。ただ、「ブルニエ・ダスクタイトさんが亡くなった」と言っただけだ。

本当のことなど言えるはずが無かった。

ブルニエは昨夜、何者かに殺された。

体中をメッタ刺しにされ、腹を割られ、死姦も受けていた。

彼女のいた部屋に息子のブラックもいて、一部始終を見ていたとも考えられる。

しかし彼はまだ二歳で、幼すぎた。

完全に心を閉ざしてしまったその子は病院内の施設で育てられることになり、ブルニエの書いていた日記と看護士が受け取った手紙はもう少し彼が成長してから渡すことになった。

ブルニエは看護士への手紙に、「もし私に何かあったらリーガル財閥のハルマニエ嬢に連絡してください」と書いていた。

今回の事件にはリーガル家が関わっているのかもしれないが、先ほどのリーガル夫人の声を聞くと、とても話す気にはなれなかった。

「ブラック君は?」

「今、絵本を読んでいます」

「そう…」

その絵本はこの後、真っ黒に塗り潰されることになる。

幼い子供の心の闇が、そのまま表れたように。

 

アルベルトが十歳になる前に、ワイゼストはこの世を去った。

死因は心臓発作だったが、アルベルトは確かに医者の「不自然だ」という言葉を聞いた。

ハルマニエもそう思っているようだったが、周囲には知らされなかった。

「アルベルト、おじいさまにお別れして…」

「はい」

初めて触れた人の死。冷たくて、生前自分に接してくれた温かさは失われている。

「人は、必ず死んでしまうんですか?」

「…そうね。いつかは死んでしまうわ」

答える母の声は震えていた。

悲しみでもあるが、何か別の物も混じっているような感じがした。

「ねぇ、アルベルト…こんな時に言うのも申し訳ないと思っているけれど…」

母はアルベルトの頭を撫でながら、言った。

「あなたはこの家を出たほうがいいと思うの」

その言葉に、アルベルトは困惑する。

信じられないというように勢いよく顔を上げ、母を見る。

「どうしてですか?!」

「この家が変わるからよ。もうすぐお父様が帰ってらっしゃるでしょう。そうすればきっと…」

ハルマニエは俯いた。これ以上は聞かせたくない。いや、言いたくないのだ。

「とにかく、ここを出てちょうだい。辛いとは思うけど、それがあなたのためなのよ」

泣きながら自分を抱きしめる母から、よほどのことがあるのだと感じる。

アルベルトは頷いて、母に尋ねる。

「僕は、どうしたらいいですか?」

「そうね…西に親戚がいるから、そこで勉強をして軍に入りなさい。そうすれば安全だから」

何から安全になるのかは言わなかったが、母の言うとおりにする他無いと思った。

母の手を握り、頷く。

「わかりました。…軍人になります」

アルベルトは翌日すぐに西へ発った。そこで誕生日を迎え、試験を受け、西方軍三等兵となった。

そしてリーガル家はハルマニエの予想通り、リーストックによって大きく変わっていった。

しばらく帰ってこなかったのに、ワイゼストの死の直後に戻って社の実権を握った。

アルベルトは何度も母に手紙を送ったが、返事が返ってくることは無かった。

 

病院の施設で暮らすブラックは、八歳になってから看護師にノートと手紙を渡された。

「何これ」

「これはあなたのお母さんが遺したものよ。これは日記帳、そしてこれは私に届いた手紙」

ブラックはブルニエに良く似た顔立ちをした少年になっていた。

看護士には「お母さんに似てるね」と言われるが、彼は母の顔を良く覚えていない。

その母が書いた日記と手紙は、渡されても実感が湧かなかった。

「…日記、開かない」

「鍵が閉まってるのね。いろいろ試して開けてみてちょうだい」

合わせなければならない番号は四つ。それぞれ十個ずつの番号がある。

組み合わせは全部で一万通りあるはずなのだが、ブラックはいとも簡単に数字を当ててしまった。

それは「1031」――偶然にも彼の誕生日だった。

鍵の開いた日記を開くと、そこにはブルニエの生前の出来事がかかれていた。

自分が生まれるずっと前から始まっていて、不思議な感じがする。

ブラックはその日記を毎日夢中になって読んだ。

その日記から知ったことは、自分の母親の名と父親の名。

母は父の愛人で、父がブラックを捨てたこと。

ブラックの髪と目の色が父親と同じであることと、それでも母が自分を愛してくれたこと。

そして、母が自分の死を予感していたこと。

それを読んでからブラックは一つの真実を確信し、ある結論に辿り着いた。

母ブルニエを殺したのは、間違いなく父リーストックだ。

残酷な殺し方をして、自分は今ものうのうと暮らしている。

復讐しなければ。母の仇を取らなければ。

しかしこの男を殺せば自分も罪になってしまう。

それなら、どうすればいいのか。正当な方法で殺せば良い。

何が何でも事件を暴き、追い詰め、事故に見せかけて殺せば良い。

それができるようになるには、こうするしかない。

「オレ、軍人になりたい」

復讐のための、軍人に。

ブラックは看護師の親戚のいる東で剣技を学び、二年後に東方軍三等兵となる。

全ては復讐のためだ。自分を捨て、母を殺したあの男への。

 

「アルベルト・リーガル…階級は少佐、か」

中央司令部大佐カスケード・インフェリアは今度異動してくる人物に関しての書類に目を通していた。

「性格は温厚、少々挙動不審。…こんなんでよく少佐になれたな」

つい一週間前に昇進したというその人物について、そんな考えを持つ。

丁度その時期は南方殲滅事件と重なるが、それとは関係が無い。

関係があるのは、その陰に隠れてあまり注目されなかった西での連続殺人事件。

一件から始まり模倣に模倣を重ねて犯人は結局数人だったそうだが、それらを全て片付けたというのだ。

「とてもそういう風には見えないのになぁ…」

過去に実績をあげているのは大抵その類のもので、その度に昇進している。

「こいつが犯人?…なわけない、か」

そう言いながら次の人物の書類に目を通す。

「…で、こっちがブラック・ダスクタイト中尉か」

彼の経歴にも目を通す。得意とするのは剣技、過去の実績はこちらも殺人事件の解決。

「解決って書いてあるけど…補足資料見たら暴れる犯人全部殺してるだろ…」

いかなる相手にも情け容赦ない。東では随分と問題になっていたらしい。

「通りで昇進が遅れてるわけだ。…しかし、似てんなぁこの二人…」

実績のことだけを言っているのではない。外見が似ているのだ。

顔は全くと言っていいほど違うが、眼と髪の色は完全に一致する。

「ま、難しいこと考えるより会った方が早いな」

書類を持ったまま椅子から立ち上がり、カスケードは第三会議室を出た。

上の人間は全て第一会議室で南方殲滅事件の処理会議にあたっている。

そのため異動者の面接は佐官が行わなくてはならない上に、今回はカスケード一人らしかった。

幸い二人だったためにそんなに時間はかからないであろうが、事前に見た書類では何が起こるかわからない。

「失礼する。…面接者、二人ともいるな?」

「はい」

「……」

おとなしそうな方が返事をし、機嫌が悪そうにしている方は何も言わない。

「それでは名前と階級を確認する。右から」

「はい」

おとなしそうな方が立ち上がり、答えた。

「アルベルト・リーガル、少佐です」

その時、もう一人が僅かに反応したように見えた。

セカンドネームを聞いた瞬間、少し顔つきが変わった。

「…次」

「ブラック・ダスクタイト、中尉」

座ったまま短く答える。礼儀など無い。

アルベルトが反応したのはその無礼な態度ではない。こちらも名前だ。

互いに名前を聞いた瞬間、僅かな反応を見せる。

この二人には何かある。

カスケードはそう確信しながらも、何も言わなかった。

「中央では地方と異なる規定項目も存在するので、よく資料冊子を見ておくように。今日はもう寮に戻って休め」

解散命令で二人は部屋から出て行く。

この二人の間に何があるのかは知らない。しかし、それは単純なことでは無いという事だけはわかる。

「アルベルトとブラック…か」

書類には現在追っている事件についても書かれていた。

かなり昔の他国の事件なのであまり意味は無いと思われている。

なのに小国で起こった一家惨殺事件を、二人とも追っている。

時効も過ぎているのに、今もなお。

 

中央司令部の長い廊下で、二人の人物が少し距離をおいて歩く。

「ブラック・ダスクタイトって言ったよね」

少し後ろの方を歩いている青年が言う。

「お前こそ、リーガルって言ったな」

前方を歩く青年が言う。

「リーガル財閥の御曹司サマだろ…何でここにいるんだよ?」

「軍人だから」

アルベルトの短く、当然の答え。

ブラックは足を止め、アルベルトを見る。

自分と同じ色の髪と眼。忌まわしい血を思わせる。

「何故軍人になった?」

「母様が家から僕を隔離するため。軍なら安全だって」

「隔離された理由をわかっているのか?」

「知ってるよ」

穏やかな調子で答える。しかし、何か強いものを感じる。

「寮で話したほうが良い。ここだと聞かれるかもしれないから」

アルベルトはそう言って前へ進んでいく。

ブラックはその後姿を見ながら、呟く。

「寮に繋がる道、こっちだっての。…馬鹿かあいつ」

何とか寮に辿り着き、アルベルトの部屋で話す。

まだ荷物は片付いていないようで、ダンボール箱が積んであった。

「ごめん、方向音痴で…」

「馬鹿」

「馬鹿って言わないでよ…」

情けなくそう言うアルベルトに対し、ブラックは顔をしかめる。

これがあの男の子供のはずなのだが、どうも間が抜けている。

「…話、するんじゃねーの?」

「そう、話さなきゃいけない。…僕らの父親について、ね」

「父親じゃない!あの男は…」

「知ってるよ。君のお母さんを殺した犯人だよね」

さっきの情けない調子が無くなった。

中身が変わってしまったのではないかと思うほど切り替わってしまっている。

声だけではなく、目つきも違う。

「僕の母様もいつ殺されるかわからない。生かされているのは社長としての自分を見せるためのカモフラージュ」

一点を見詰めたまま、淡々と語る。

「母様も僕もあの人の道具に過ぎなかった。…君のお母さんも」

「あぁ。そしてオレは道具とされるまでも無く、あいつに殺されそうになった」

「でも君のお母さんは君を生んだ。中絶しようなんて全く考えなかった」

「…感謝してるよ、死んだお袋には」

時計の音が鮮明に聞こえる。

本題をどう切り出そうか、アルベルトは迷っていた。

ブラックがどんな人物であるか、自分は全く知らない。

場合によっては彼を傷つけてしまうだろう。

しかしブラックは違った。相手が傷つこうが関係ない。自分の目的さえ果たせれば。

「お前の親は…よっぽどお人好しなんだな」

「…まぁ、ね。身元もよくわかってない人を秘書にするくらいだから。でも僕はそんなおじい様が好きだった」

「他の人間なんて信用できねー。信じられるのは自分だけだってことがよくわかったよ」

「それって、悲しくない?」

「…んなこと考えるからお前は馬鹿なんだ」

ブラックがアルベルトの親の話を出すことで、会話の始め方が見えた。

アルベルトは小さく息をつくと、本題に移った。

「君の名前と素性は、母様からの手紙で知ったんだ。三年位前のことだよ」

母ハルマニエが、初めてアルベルトに出した手紙。

それまでずっと許されなかった、真実の知らせ。

当時十七歳だったアルベルトは母からの手紙に驚き、安堵し、内容で再び驚愕した。

「知らなかったんだ。あの人に母様以外の人がいて、子供までいたなんて。君の名前も素性もそのときに知った。

そしてどうしても結びつかなかった事象が一本に繋がったんだ」

アルベルトは傍らのカバンから大き目の茶封筒を取り出した。

封を解くと、書類の束が見えた。

「これでもまだほんの一部。十三歳くらいの時に偶然事件のことを知って、自分なりに少しずつ調べたんだ」

ブラックはその中の数枚に手を伸ばす。

自分の調べていたものと全く同じ内容。

「ある小国で起こった、一家惨殺事件及び連続殺人事件。殺害方法はきわめて残酷」

アルベルトはカバンからノートを取り出し、ページをめくる。

びっしりと詳しく書き込まれている内容は、猟奇殺人の記録。

「被害者となった一家は全員体中を刺され、腹を割られていた。女性は死姦も受けていた。

その後続いた殺人事件も同様の手口。犯人は川に身を投げて死んだとされていた」

「死んじゃいねーよ。生きてる。…同様の手口でオレのお袋を殺した」

「軍は模倣犯だと思っていた。どちらにしても時効は過ぎてしまったから、先の件では起訴不可能」

「お袋の件はまだ有効だ。…だからオレは軍人になった」

母親を殺した男を自分の手で裁こうと決めた。

死をもって償わせると決めた。

アルベルトはブラックの表情から真意を読み取ることが出来た。

無理も無いと思いながらも、止めるしかない。

「殺すのは間違ってるよ」

「…何だと?」

「君があの人を殺そうと思っているなら、それは違う。それじゃ君が軍人になった意味は無い」

「意味?復讐のためだ!あいつを消すために軍人になった!あいつのような奴も消してきた!」

吐き捨てるブラックに、アルベルトは首を横に振る。

「違う。僕達はあの人の子だからこそ、人を殺してはいけないんだ」

「オレはあいつの子じゃない!…お前にわかるわけねーよな、お坊ちゃん」

「そうだね、わからない。僕らはまだ会ったばかりだから。…兄弟なのにね」

「兄弟?」

その単語を繰り返し、ブラックは嘲るように笑った。

そしてアルベルトの胸倉を掴み、思い切り睨みつけた。

「兄弟じゃねー。オレはお前を兄貴だなんて思わねーよ。

あの男の血なんて意識したくねーし、何よりお前はオレの大嫌いなタイプの人間なんだ」

復讐を否定するアルベルトは、ブラックの目には偽善者として映る。

自分の敵として映るのだ。

「オレはあの男を殺す。必ず殺してやる」

「…それが君の存在理由、か」

「それ以外に何も無い」

掴んでいた手を離し、突き飛ばす。アルベルトの身体は壁にぶつかり、崩れ落ちる。

「あの男は…ラインザー・ヘルゲインはどこにいる?」

ブラックが問うと、アルベルトはゆっくりと体を起こしながら答える。

「リーストック・リーガルは三年前から東の国に旅行中。そこでは度々暴行殺人事件が起こっているけど…」

立ち上がり、ベッドに移動し、座る。

ブラックの眼を見て、言う。

「知ってるよね?外国での事件は特例が認められない限り関われない。

関われたとしても将官や特別な事情がある者でないといけない。

…これが僕を恐れてのあの人の自己防衛策なんだ」

殺人事件を中心に多くを解決してきたアルベルトを恐れ、リーストック、いや、ラインザーは国外へ逃亡した。

手出しのできない場所に行くことで身を守り、なおも殺しつづけている。

己の欲望を満たすためだけに、何人もの命を奪っている。

「僕は国外の事件に関わる機会を求めて中央に来た。

事情を知られると逆に関われないかもしれないから当分は隠すつもり。

…ブラックはどうするの?」

自分と同じ色の眼が、自分よりも強く見える。

ブラックはアルベルトに背を向け、部屋から出ようとした。

「オレはあの男を殺す…それは変わらない」

「ブラック…」

「そして誰も信じない。周りも、お前もだ」

ドアが閉まる音が響いた。

アルベルトはいつまでもドアを見詰めていた。

 

翌日から仕事が始まり、ブラックは司令部の廊下を歩いていた。

――あ、あいつ…

ふと前方を見るとアルベルトが誰かに頭を下げていた。

昨日の強さなどどこにも見受けられない。ただの情けない青年だ。

頭を上げたときにこちらに気付いたらしく、相手にもう一度会釈してからこちらへ向かってきた。

「ブラック、仕事?」

「…何やってんだよ馬鹿」

「馬鹿って言わないでよ〜」

昨日とは全く別人だ。ここまで性格が変わるものだろうか。

「あ、僕会議室行かなきゃならないんだ。じゃあね、ブラック」

「さっさと行けよ馬鹿」

「馬鹿って言わないでってばぁ…」

これが「当分は隠す」だろうか。

誰が見てもただの挙動不審な青年だ。おそらく誰も何件もの殺人事件を解決してきた優秀な軍人だとは思わないだろう。

今のところ彼の本性を見たのは、西の軍人の一部と自分だけだろう。

「殺さなきゃどうするってんだよ、あの馬鹿」

考えていることが全く読めない。

もしかすると、今までに会った他の誰よりも信用できない存在かもしれない。

 

復讐を掲げる者と、真意を表さない者。

運命はまだ始まったばかり。

 

To be continued…