導かれたものは導く。
導かれたものは出会う。
そしてまた、導いていく。
仕事をサボろうと外へ出て行くブラックが見たのは、アルベルトが上司数名と話している姿だった。
挙動不審なアルベルトが長身の上司に苛められているようにも見えるが、それはいつものことだ。
ブラックは気付いていないふりをして、しかし彼らを避けながら移動する。
移動しながらふと思う。一緒にいた上司は何という名前だったか。
ダークブルーの髪を無造作にまとめている一番背の高い男なら知っている。
階級は大佐で、先日アルベルトが紹介していた。
名前は確か、カスケード・インフェリア。
しかしそれ以外にあと二人いて、それがわからない。
片方は長身で赤味の混じった濃茶の髪を持ち、左頬には大きな傷。
もう片方はアルベルトよりも背が低く、綺麗な金髪に女性のような顔立ち。着ている軍服は男性のものなので「ような」だ。
傷の男については聞いたことがあるような気もするが、ブラックは興味のないことは覚えない。
――別に、あいつの交友関係なんてどうでもいいけど。
そう思いながら歩いていると、怒りのスイッチを入れる声がした。
「ブラックー!何してるのー?」
あれほど声を掛けるなといった筈なのに、アルベルトはそんな事は忘れたとでも言うように声を掛けてくる。
無視して行こうとするが、袖が引っ張られる。案の定アルベルトが掴んでいた。
「お前、何のつもりだ?」
「ブラックにまだ紹介してない人がいるから…」
「どうだって良いんだよ他人の事なんか!オレを巻き込むな!」
「ディア君、アクト君、僕の弟のブラックです」
「聞いてんのかお前は!大体兄弟じゃねーって言ってるだろうが!」
「でも〜…」
ブラックが怒鳴ると、アルベルトは涙目になる。
この性格が、ブラックがアルベルトを嫌いな理由の一つだ。
すぐ泣くからとかではなく、もっと別の意味で。
「大佐ぁ〜…ブラックがまた怒鳴るんですー」
「黒すけ、自分の兄貴苛めるなよ」
「兄貴じゃねー!大体何だよ黒すけって!」
「お前のあだ名に決まってるだろ」
「いらねーよ!」
目の前で騒ぐ三人を、傷の男と金髪の青年が呆れながら見ている。
「どういう状況なんだ?これって」
「よくわからないけど…あれがアルベルトの言っていたブラックだって事は確かだな」
ブラックが去ろうとするとアルベルトは無理矢理引き止め、ブラックに人物の説明をする。
「傷の人がディア君で、金髪の人がアクト君。二人とも中佐だから上司だよ」
「見りゃ判る。…離せよ馬鹿」
「馬鹿って言わないでよぉ〜…」
半泣き状態のアルベルトを振り切り、ブラックは目的だった場所へ向かう。
中庭の大木は人が登れるような枝やこぶがあり、葉緑が鮮やかだ。
ブラックはこの鮮やかな美しさが嫌いだった。見るたびに嫌悪し、通り過ぎていった。
昔まだ幼い頃に、鮮やかに色付けされた絵本を黒く塗りつぶしたことがあった。
ほとんど覚えていない小さな頃の記憶の中で、それだけは鮮明に覚えていた。
色が忌々しかった。周りの全てが嫌いだった。
今もそうで、だから誰も信じない。
信用できるのは自分だけで、他とは関わりたくない。
状況に応じて色を変えていくものは信用できない。
自分の名前は何にも染まらないようにと母がつけてくれたものだ。だから、自分は色に染まらない。
周りに影響されることなく、自分だけ信じて生きていこうと誓った。
自分のために利用できるものは利用するが、それ以上深くは関わらない。
独りが一番気楽で、生きていくのに都合が良い。
今日も鮮やかな新緑を通り過ぎ、どこかの陰へ行こうとした。
しかし、その時。
トサッという音がして、木から人が落ちてきた。
ブラックは思わず立ち止まり、その人物を見る。
見事に着地を決めた彼の銀色の髪が、陽の光を受けて美しく輝く。
こちらに気付かずにどこかへ向かうその後姿に思わず目を奪われる。
儚さも感じるその姿をブラックはしばらく見送っていた。
完全に姿が見えなくなったところで我に返り、もともとの目的へと足を向けた。
その夜、いつものようにアルベルトがブラックの部屋へ来た。
いくら邪険にしても来て勝手に話していくのでそろそろ諦めがついてきた。
「ユィーガでの殺人件数が増えてきてる。そろそろ別の国に移動するんじゃないかな」
「んなのわかってるよ」
上司と戯れていたときとは全く色が違う。
このギャップをブラックは嫌っている。
アルベルトはそれをわかっていながらそうしている。
「…なぁ、お前って何で昼と夜でキャラ変えんの?」
つい尋ねてしまい、ハッと我に返る。
一体何を訊いているんだ自分は。あれほど自分で言っているのに。
「他人のことはどうでも良いんじゃなかったっけ?」
案の定アルベルトはそう訊き返してくる。
強気な笑みを浮かべ、からかうように。
「…あぁ、どうでもいい。別にお前の事なんか…」
「でも訊かれたからには勝手に答えるよ」
「いらねーって!」
それでもアルベルトは語りだす。ブラックは聞いていないふりをして、書類に目を向ける。
「…前いたところで孤立してたことは話したよね」
返事はしない。しかし続きは語られる。
「僕は許せない人がいるって事をあからさまにしてたから、皆近付き難かったんだと思う」
書類をめくる音をわざと響かせ、文字を目で追う。
「何かを許せないことは、周りに許されなくなるのかもしれないって…ここに来るときにそう思ったんだ」
積まれた書類を崩してみる。しかしアルベルトはそれを直しながら話し続ける。
「だから僕はもう、許せない自分を周りに見せないことにした。…大切な人なら、なおさら見せたくない」
書類は再び積み直され、先ほどよりも高さがなくなっている。
「元々人と話す時って緊張しちゃうから、無理に変えてるわけじゃない。どっちも同じ僕なんだよ」
書類をめくる音が二重になる。一緒に捲っていくのが嫌で、ブラックは手を止めた。
アルベルトはそのままページを捲り続け、ノートに情報を書き足していく。
「それとね…僕、好きな人ができたんだ」
「はぁ?」
この言葉にはブラックもつい反応してしまった。
急にわけのわからない話を始めるので、思わず訊き返してしまう。
「好きな奴って…」
「会ったのはつい昨日だよ。一目惚れって言うんだって」
「言うんだってって…」
「それで大佐やディア君、アクト君に相談にのってもらったんだけど、名前くらいしかわからなかった」
嬉しそうだが落ち着いている。昼間のアルベルトならしどろもどろに話し始め、挙動不審な態度をとっている所だ。
「…それで?」
「あ、聞いてくれるの?」
「…聞かねーよ」
そうは言ったものの、ブラックは少し興味があった。
本質は堅物に違いないアルベルトに、好きな人がいる。それだけで意外なのだ。
挙動不審な彼しか知らないものはそうは思わないだろうが。
「…その人、長い金髪がすごく綺麗な人だったんだ。会った時は素で挙動不審に陥ったよ」
「素じゃねーだろ、そのお前は」
「ううん、結構素だったよ。君と同じ中尉だった」
「中尉で長い金髪…?」
覚えがない。もっとも中央に来て間もなく、他人の事など知ろうともしなかった為であるが。
「そう、リア・マクラミーさんって人」
「マクラミー?…いや、どうでも良いけど」
自分は何を真剣に考えているのだろう。他人のことに巻き込まれる筋合いはない。
しかしアルベルトは話を進める。
「多分彼女には、僕はただの挙動不審な人としか思われてない。これからもずっとそうだと思う」
作業を終えた書類を山に戻す手が同時に出て、ブラックは思わず手を引っ込めた。
アルベルトは少し笑って、書類を山に置いた。
「…もし、挙動不審さや頼りなさが嫌われる要因になったとしても…僕は態度を変えないと思う」
アルベルトが手を退けた後に、ブラックが書類を置く。
そして次に手を伸ばす。
「…何で?」
「だって、好きな人だからこそ自分の嫌な部分は見せたくないから」
伸ばした手を止める。
相手に合わせて自分の色を変えていくタイプかと思っていたが、そうではないらしい。
嫌われても構わない。「許せない自分」を見せたくない。
アルベルトは「何にも染まらない生き方」をしているのかもしれない。
「ブラックは?」
「は?」
「好きな人。いないの?」
そう訊かれて、一瞬頭によぎるのはあの銀髪。
大嫌いな色の中で、光を浴びて輝いていた後姿。
しかし認めたくなくて、少し声を荒げて言う。
「いねーよ」
「本当?…いるんじゃないの?」
「いねーって!」
会話がだんだん親密になっていた。
少しずつお互いのことが解ってくる。
ブラックは認めたくないが、それでも物事は進んでいく。
「あ、この前の…」
そう言ったのはグレンだが、アルベルトの目はリアに向けられている。
休憩室でカスケード達と落ち合う約束をしていたのだが、何故リア達もいるのか。
アルベルトは表情だけでカスケードに尋ねる。
カスケードは苦笑し、ディアは大爆笑しそうになるのをアクトの肘打ちで止められる。
「まぁ、座れよアル。リアちゃん達とはこの前任務で一緒になったんだ」
先日カスケードたちは仕事でしばらく軍を空けていた。その仕事の時に知り合ったのだという。
「あ、前にグレンさんの銃間違って持ってた人ですよね」
そう言ったのはカイだ。
「そうそう、あの時は慌てたねー」
リアが明るくそう言うと、アルベルトはますます体を硬くした。
歩き方もぎこちなく、右手と右足が一緒に出ている。
「落ち着けよアルベルト。ほら、ここ空いてるから」
アクトに席を用意してもらい、アルベルトは座る。
挙動不審さにリア達四人は呆れている。
「すごく挙動不審ですねー」
「ラディアちゃん、そんなこと言っちゃ…ごめんなさい、リーガル少佐」
自分に向けられた言葉に、アルベルトはますます固まる。
「いっ、いえ!あの、そのとおりなのでっ!」
言わなくてもわかるよ、と言いたげな一同。
アルベルトはちらりとドアを見て、恐る恐る言う。
「…大佐、僕…ちょっと出ます」
「あぁ、その方が良いな」
カスケードもそう言うのでアルベルトは出入り口に向かい、ドアを開けた。
そこにはブラックがいた。
「…ブラック…」
「…何だよ」
逃げる準備は出来ている、というようだったが、今回それを阻んだのはカスケードだった。
「あ、黒すけ!お前も茶飲むか?」
「黒すけじゃねー!」
これがきっかけとなり逃げるに逃げられない状態が出来上がっていく。
「あの人誰ですか?」
「あれはアルの弟で黒すけだ」
「兄弟じゃねーって言ってるだろ!黒すけもやめろ!」
ついツッコんでしまうのはカスケードのペースにいつのまにかはまっているからだろう。
結局アルベルトによって室内に入れられてしまう。
「ダスクタイト中尉ってリーガル少佐の弟さんだったんですか?」
リアが尋ねるとアルベルトは再び挙動不審状態に陥る。
「は、はい。あの…ブラックのこと、知ってたんですか?」
「一応階級一緒なので名前は知ってました。たまに見かけたりもしましたし」
「そ、そう、なんですか」
ブラックがツッコまなかったのはアルベルトの挙動不審っぷりを見たかったためだ。
それともう一つ、グレンがいたためもある。
まだ名前を知らないが、あの時見た銀髪が今すぐ傍にいた。
近くで見ると本当に綺麗な顔立ちをしていることがわかる。
ふと、ブラックは思いついてしまった。
この綺麗で儚いものを、自分の手で壊してみたい。
自分のものにしてみたい。
「…お前、名前は?」
その言葉を口にした途端、周囲から音が消えた。
ブラックが自分から誰かに話し掛けるのが意外だったのだ。
「…俺?」
「そうだよ、お前だよ。…さっさと答えろ」
思い切り命令口調。バッジを見れば上司だということくらいはすぐにわかるのに。
実際ブラックはそれをわかっている上で言っていた。
「おい、お前上司に向かって…」
「お前に訊いてねーよ。大体お前だって少尉だろ?オレに向かってお前って言ってるじゃねーか」
カイの言葉は遮られ、反論までされる。
グレンは仕方なく名乗る。
「…グレン・フォース」
「グレンか。へぇ…」
ブラックはグレンに近付き、手を伸ばした。
頬に触れそうになったところでカイに手を掴まれ、止められる。
「…邪魔だ」
「俺はグレンさんを守っただけだ」
二人の間に火花が散っているその隙に、グレンは別の方へと移動する。
カスケードとアクトの間に座らせてもらい、何とか難を逃れる。
「大変だな、グレンちゃんも」
アクトをはさんで向こう側にいるディアが面白そうにそう言う。
「その呼び方やめて下さい」
そんなやり取りをしているうちにブラックはカイの手を振り払い、移動してくる。
「グレン、こいつお前の何?邪魔なんだけど」
「何って…」
グレンはブラックから逃れようと少しアクト寄りに移動する。
カイがブラックを止めようとするとアクトがそれを制止する。
「カイ、ちょっと待て。まず落ち着いてから…」
アクトがそう言いかけたところで、ブラックは今度はアクトの顎に触れて顔を上げさせる。
「アンタも美人だよな。ホントに男?」
「お前俺に断りもせずにアクトに触ってんじゃねぇ!」
ディアが勢いよく立ち上がりブラックを離そうとする。
が、その前にアクトからの肘打ちが入った。
「いって…アクト、何す」
「バカかお前は。おれに触れるのにお前の許可が必要なんて聞いた事もない。
…で、ブラックだっけ?グレンとかおれはやめといた方が良いよ。何かあると暴走する奴が周囲にいるから」
冷静…というより冷淡な対応。
しかしブラックは全く怯まない。
「そういう奴ほど壊したくなるんだよ。スリリングで良いと思わねーか?」
「こ、壊すって…」
アルベルトがブラックを止めようと焦って立ち上がろうとするがすぐにその必要はなくなる。
「…壊す?」
カイとディアの声がハモる。相当怒りがこもっている。
「教えてやるよ。グレンさんを壊すのは」
「アクトを壊すのは」
ブラックを睨みつつ、声をそろえて言い放つ。
「俺だって決まってんだよ」
三秒の沈黙。
唖然としている者や笑いを堪えている者、そして、
「いつそんなの決まったんだ!」
それぞれの相方にツッコむ者。
「壊していいとは言ってない」
「そんな嫌な取り決めはした覚えがない」
「アクト…同じ所に肘打ちはキツイ…」
「グレンさん、むやみに撃つのは勘弁してください…」
カスケードは大爆笑、ラディアは喜びリアは呆れる。
アルベルトは呆然としている。
ブラックはその光景を見ても全く表情を変えない。
と、思われたが。
「…ふ…はははは…」
アルベルトも聞いたことのない、ブラックの声。
ここに来て初めて、ブラックは笑っていた。
「…面白い、受けてたってやる。グレンと…アクトだっけ?オレが壊してやるよ」
面白いという言葉も、ブラックの口からは初めて聞いた。
アルベルトの「呆然」が、何か別のものに変わっていく。
ブラックはドアノブに手をかけ、さらに続けた。
「特にグレン、お前は壊し甲斐がありそうだ。…またな」
戸が開いて、閉まる。
ブラックが去った後、休憩室には静けさが残った。
アルベルトだけが少し笑っていたが、誰も気付かなかった。
資料チェックはその夜も行われ、アルベルトはブラックの部屋を訪れていた。
「…ねぇブラック、笑ったの何ヶ月ぶり?」
アルベルトの問いに、ブラックは珍しくあっさりと答える。
「ああいうふうに笑ったのは生まれて初めてかもな」
いつもの機嫌の悪そうな表情。
アルベルトは少し笑って言う。
「良かったね、笑えて」
「良くねーよ。…それにしても、あそこまで挙動不審になれるか?フツー」
「あれが僕のキャラだから」
書類をめくる音は静かに響く。
「…ブラックの好きな人ってフォース君だったんだね」
「好きじゃない。壊したいんだよ」
「ディア君と似たような事言ってる。…それがブラックなりの”好き”なんじゃないの?」
「違う!」
ブラックは思い切り否定するが、アルベルトは笑っている。
どんなに強く言っても、あの男に関する書類を目の前にしている時は動じない。
「どうやったらここまで性格一転できるんだよ」
「自分でもわからない」
「…馬鹿」
「はいはい。…ブラック、こっちもう読んだ?」
導かれた運命は次を導く。
導かれた次もまた導くのだろう。
その導きはいつか巡り、新たな出会いを呼ぶのだろう。
To be continued…