某月某日晴天、軍付属の射撃場が恐怖の場と化す。
人は出払い、陰で見守るのみ。
銃を使う軍人が数多くいる中、特に腕の良い者が競い合おうと集う。
…いや、集わされたというべきか。
「そういうわけだから、思う存分撃て」
「どういうわけだよ」
カスケードの言葉にディアがツッコミを入れる。
大して説明もしていないのに急に撃てと言われても。
「せっかくの機会ですし、やらせてもらいます」
愛用の軍支給四十五口径リヴォルバーを手にし、グレンはあっさりと言う。
「よし、その意気だグレン!」
「いや、少しはツッコもうぜグレンちゃん」
「その呼び方やめて下さい」
「いや、こっちにツッコむんじゃなくてよぉ…」
このイベントを企画したのはカスケードだ。
後輩の銃の腕前を見たいと思ったためでもあるが、自分の力も試したかった。
五年前までは彼も銃を使用していて、かなりの腕前だった。
大剣に切り替えてからはたまにしか銃に触れておらず、ここ何ヶ月かは全く手にしていなかった。
「じゃ、始めようか。…準備良いか?」
「いつでも良いですよ」
「言っとくけど、一発も外す気なんざねぇからな」
「待ってくださーい!まだ準備できてないんですー!」
流れをぶち壊す情けない声。
四番目の的にいるアルベルトはまだ弾をセットしていなかった。
慌てると余計に時間がかかってしまう。
「アル、落ち着け」
「ったく、しょうがねぇな」
上司にそう言われ、余計に焦る。
「ちょ、ちょっと待ってください…」
漸く準備を終え、構える。
全員の様子を見て、カスケードは頷く。
「…よし、いくぞ!」
響く音は十発の後も余韻を残し、硝煙と共に宙へと吸い込まれる。
周囲が息を呑む中、四人は手を下ろした。
「…もう使いもんにはならねぇな」
「そうですね」
全弾真ん中を貫通し、的が壊れているのは二番、三番。
「やっぱ鈍ってるなぁ…」
二発ほど中心を外れているがほとんど命中しているのは一番。
そして、
「…皆さんすごいですね…」
ほとんど中心から大きく外れ、二発ほど何とか命中しているのは四番。
その場にいる全員が四番の的に注目していた。
「…アル、苦手だって言ってたけど本当なんだな」
カスケードはそれ以上の言葉が見つからない。
「よく軍人やってこれたな、お前」
素直に感想を言うディア。
「…ここまでとは思いませんでした」
グレンは驚きを通りこして呆れている。
「僕ってやっぱり軍人向いてないんでしょうか…」
アルベルトは困ったような表情でそう言った。
「銃駄目なら他のにすれば良いのに」
アクトが食器を並べながら言う。
今日の夕食はディアとアクトの部屋で食べることになった。
通常寮の食堂を利用することのないアクトに合わせてディアも部屋で食事をとっている。
カスケードはそれに便乗し、たまに他の者も呼ぶ。
今回はアルベルトが客ということだ。
「他の…ですか?」
「そうそう、アクトだってナイフ使ってるだろ?一番使い易いものの方が絶対良い」
ディアもそう言うと、アルベルトは困った顔をする。
「でも僕、これでも銃が一番使い易いんです」
「あれで使い易いって言えるかよ。他の試したのか?」
「試しました。でも…」
しゅんとなってしまったアルベルトの肩をカスケードが軽く叩く。
「まぁ、気にすんなって。飯食って元気出せ。
セレスティアさんの飯も美味いけど、アクトの飯も同じくらい美味いから」
「カスケード、それ本来俺が言う台詞じゃねぇか?」
「固いこと言うなよ不良」
「不良って言うんじゃねぇ!」
なにやら争いが始まってしまった席をアルベルトはおろおろしながら見ている。
その後ろからアクトが大きめの鍋を持ってきた。
「いつもこうだから。おかげで飽きないよ」
「…そうなんですか」
「おかず争いはもっとすごいけど?…二人とも火傷したくなかったらどけ!」
アクトの一喝で争いはぴたりと止み、食事が開始される。
しかしまた騒がしくなり、その度に喝が入る。
こんなに賑やかな夕食はアルベルトにとって初めての経験だった。
育ちのせいか家での食事が賑やかだったことはない。
前にいた西軍の寮では一緒に食べる相手などいなかったし、こっちでは夕食のときは当然カスケード達は見当たらない上にブラックは遠く離れていて、ほとんど独りのようなものだった。
「…美味しい」
「そう?嫌いなものあったら言えよ」
「俺が言っても無理矢理食わせるくせに」
「ディアは別。グリンピースくらい普通に食えるようになれ」
「不良も大変だな」
「不良って言うな!大体カスケードだってピーマン食えねぇじゃねぇか!」
「それを言うなよ…」
会話がある食卓は温かくて、時間を忘れさせる。
食事が終わった後もしばらく会話を続けた。
「アル、銃が合ってないってことはないのか?」
カスケードが思い出したように言う。
「合ってない?」
「相性あるんだぜ、あれも。狙いと相性が合ってねぇと」
狙いは確実に合ってねぇけど、と付け足してディアが言う。
「軍支給なんですけど…」
「明日見てやるよ。昔同じ型使ってたし」
「カスケードさん、五年前のこと覚えてるの?」
アクトが酒を持ってきてコップに注ぐ。
カスケードはそれを受け取りながら返事をする。
「鮮明に覚えてる。…それよりアクト、お前も銃使ってみたら?」
「相性悪いから。近距離攻撃の方が得意だし」
「だよな。素早いし…」
「百メートル十一秒切るんだぜ、こいつ」
「マジ?!」
アルベルトとの会話は、いつのまにかカスケードとディアとアクトの三人でのものになってしまう。
僅かな疎外感を感じながら、アルベルトは椅子から立ち上がる。
「僕、そろそろ行きます」
「そうか?じゃ、また明日な」
「はい、また」
扉の閉まる音。
静かになる部屋で、カスケードは一つ息をつく。
「…なぁ、ディアならわかったと思うけど…」
カスケードがディアを不良と呼ばないときは大抵真剣な話だ。
このときばかりは茶化さずに耳を傾ける。
「何がだよ?」
「アルの事。…わざと外したように見えなかったか?」
「…昼間の、か?」
「あぁ」
再び沈黙が訪れ、ディアが手にしたコップの中で氷がぶつかる音だけが響く。
アクトは自分のコップに酒を注ぎ、一口飲む。
「わざとには見えねぇ。…自然に自分の技量隠してるようには見える」
ディアが答えると、カスケードは頷く。
「あれは違うな。アルの力はあんなんじゃないはずだ」
カスケードを利用して資料を手に入れようとしたり、自分の能力を隠そうとしたり。
普段の情けなさから、たまにほんの少しだけ別の何かが覗いたりする。
挙動不審はアルベルトの持ち味で、わざとらしく見えないのが彼だ。
どちらが本当のアルベルトなのか。
「まだ何にもわかってないんだな、あいつの事…」
「来たばかりだから。…でも、おれでもこれだけはわかる」
コップの中身を飲み干し、アクトは笑みを見せる。
「リアの…好きな子の前での挙動不審さは、きっと演技じゃない。演技だとしても絶対素が入ってる」
自信たっぷりにそう言ったので、カスケードとディアは目を丸くする。
「…何だよ」
「いや…流石は姐御役だと」
「こういう相談のらせたらすごいよな、お前」
「…姐御って…」
笑みが引きつったものに変わったので、カスケードもディアもこれ以上は言わないことにした。
翌日、昼休みに休憩室で会話をしつつアルベルトの銃をチェックするカスケードがいた。
「…五年前より改良加えられてるな…」
「そうなんですか?」
「あぁ、これは現役に話聞いた方が良い」
身近で銃を使っている人物は昨日勝負をした者達。
アルベルト本人とカスケードを除けばディアとグレン。
ディアはライフルを使用しているので、残るはグレンのみ。
「グレンは同型使ってるよな。…前に間違ったんだって?」
「はい…慌てて間違ってフォース君のを持っていってしまったことが…」
「そそっかしいな」
「…すみません」
丁度その時、休憩室のドアが開いた。
入ってきたのは銀髪の少年。
「カスケードさん、アクトさんは…」
「あいつ仕事で今日いないはず。それよりグレン、丁度いい所に来たな」
「なんですか?」
カスケードが手招きするのに従い、グレンは休憩室の席につく。
そしてテーブルの上の銃に気付いた。
「これって…」
「そう、アルの。五年前より改良されてるみたいだからお前の意見を聞こうと思って」
「意見?」
「この銃がアルに合ってるかどうか」
グレンは断りを入れて銃を手に取る。
自分と同じ四十五口径なので、勝手はわかる。
「合ってる合ってないの問題じゃないと思いますけど…」
「じゃあやっぱ狙いか?」
「それもありますけど、まだ新しいですよね、これ」
慣れていないんじゃないか、というのがグレンの答えだ。
確かにアルベルトの銃はひと月ほど前に支給されたものだ。
まだそう日が経っておらず、使う機会もなかった。
「慣れれば違ってくると思いますけど…」
「そうか。…だってさ、アル」
「…そう、ですね」
アルベルトはすまなそうに返事をした。
そこまで話を進め、カスケードはふと思い出す。
「そういやグレン、アクトに何の用だったんだ?」
「借りてた本返そうと思って。…それじゃ、行きます」
「あぁ、引き止めて悪かったな」
ドアが閉まる音を聞きながら、アルベルトは自分の銃を見つめていた。
こっちに来てから支給された、真新しい四十五口径。確かに慣れてはいない。
人に見立てた藁の束が、鮮やかな切口を見せている。
美しく揃っていて、斬った者の腕と使用した物の良さを表している。
ブラックは刀を鞘に収め、息をついた。
「まだだ…」
これではまだ、あの男を殺すことはできないだろう。
今まで数人の首をはねてきたが、あの男は殺れるかどうかわからない。
もし殺れたとしても、あの男が苦しまなければ意味がないのだ。
母が受けたであろう苦しみ以上のものを与えてやらねばならないのだ。
刀は苦しみを与えるには少し斬れ過ぎる。
東にいた頃に刀鍛冶を脅して無理矢理作らせたものだが、意外と上物なのかもしれない。
あの男には最高の苦しみを与え、恐怖にゆがんだ表情を見たい。
母を弄び、苦しめ、殺し、辱めたあの男に、最高の復讐をしなければならない。
「死ねばいいんだ。苦しんで苦しんで死ねばいい」
呟きながら、再び刀を抜く。
「オレが殺すんだ…!」
一瞬で、藁が新たな断面を見せた。
夜、射撃場に響く銃声は防音壁に消える。
銃弾は全て的の中心を貫き、ほとんど使い物にならないくらいだ。
銃を手にしている人物は腕を下ろし、ふぅ、と息をつく。
「昼間とはえらい変わりようだな」
壁に寄りかかるブラックの声に、彼は振り向いた。
「…見てたんだ」
「下手だって聞いたからどんなもんかと思ったんだよ」
アルベルトは困ったように笑い、冷たく言葉を吐くブラックの傍へ歩み寄る。
「下手だよ。ディア君やフォース君より、ずっと」
「あぁそうだな、お前は下手だ。…あれじゃ確実に相手は死ぬ」
アルベルトから銃を奪い取り、ブラックはその場から離れる。
四番の的に向かい、銃を構える。
「お前は”殺さない”って言ったよな」
「言ったよ」
「さっきのは明らかに殺気こもってたぜ」
「…うん」
二、三発の銃声が的に突き刺さる。
僅かに中央を外れてはいるが、慣れれば完璧に捕らえることができるだろう。
「…本当は殺す気なんじゃねーのか?」
硝煙が空気に溶ける。
「…殺したくないけど…」
火薬の匂いがする。周りも、自分も。
「会ったら殺してしまうかもしれない」
紺色の軍服の袖をぎゅっと掴む。慣れた感触が掌から伝わる。
「やっぱり僕はあの人を許せなくて、だからずっと調べてきた。…調べるほどに憎くなってきたのかもね」
「で、殺すのか?」
ブラックが銃をアルベルトに放る。
放物線を描いて、見事に目標の手の中に収まる。
「衝動的に撃ってしまうことはあるかもね」
今まで多くのものに向けてきた四十五口径が、電灯に鈍く光る。
「殺す気はないんだな?」
「無い、といいな」
「じゃあ殺すなよ」
射撃場を出て行こうとするブラックの後を追う。
電気を消すと、無気味な暗闇が広がる。
「あの男を殺すのはオレだ。…お前には譲らねーよ」
階段を上る音が響く。静けさの中に二人分。
「ブラック、君がやるくらいなら僕がやるよ」
言葉に、響きが止む。
「君にあの人と同じことをさせるくらいなら、僕がやるよ」
「…同じじゃねーよ」
「同じだよ。人の命を奪うことには変わりない」
音が一段下り、壁に体が叩きつけられる。
胸倉を掴まれ、相手の表情が見える。
「お前に何がわかる!」
怒りが、見える。
「親が生かされているお前に何がわかるんだ!」
その奥に、痛みが見える。
「殺した奴は同じ目に会えば良い!地獄で喚き悔いれば良い!」
「じゃあ君のことは誰が殺すの?」
静かで強い声が、叫びよりも響く。
「それだと何の解決にもならない。…本当はブラックも解ってるんでしょう?」
真っ直ぐに見つめるライトグリーンが重なる。
「僕は殺したくないし、君にも殺させたくない。
前にも言ったよね?僕らはあの人の子だからこそ殺しちゃいけないんだ」
「あの男の子供だなんて思いたくねぇ!」
「でもそれはどうしても変える事の出来ない事実だよ」
静けさの中で痛みが響く。
「僕はあの人が許せない。だから殺さないで一生苦しんでもらう」
「甘いんだよ。あいつは死ぬべきだ。恐怖と絶望のあとに苦しんで死ねば良い」
ブラックの手がアルベルトから離れ、再び上への音が響く。
遠ざかる響きを聴きながら、アルベルトは銃を見つめる。
――殺すか生かすか…
自分の中でも答えは出ていないのかもしれない。
殺さないと思っていても、それができないかもしれない。
ただ、どちらにしても決着は自分の手でつけたい。
それはきっとブラックも同じだろう。
「…どうしたら、いいですか?」
誰に訊くでもない。
訊けるのだとしたら、未来の自分にでも訊いてみたい。
どういう決断を下したのか、どういう結果になったのか。
迷い、迷い、その果てに、
何がもたらされるのだろう。
運命が向かう方向は
生きる苦しみ?死の終わり?
導く標も見えぬまま
決める仇も見えぬまま
To be continued…