便りを貰ってからあっという間だった。

予定よりも早く任地を離れ、懐かしい景色に降り立った。

「久しぶり」

物言わぬ石に触れる。

この下には二つの命が眠っている。

一つは守れなかったもの、

もう一つは守りきれなかったもの。

後者の身体は存在しないが、ここに意思があるような気がする。

両方とも、忘れたことなんてない。

「漸く帰ってこれた。…大分待たせたな。」

地面には雪が広がっている。東よりも寒い冬が、肌を刺した。

ここを出てから二年以上経ち、もう一度土を踏む。

 

「ただいま、ニア」

 

気がつけば随分と成長したものだ。

ほとんどの者が二階級以上上がっているという連絡を受けている。

頻繁に手紙を貰っていたために今どういう状況なのかはわかっている。

ただ、暫く顔を見ていない。

早く誰かに会えないものかと建物周りをうろついた。

「そこで何をしている」

やはりうろついていたのは間違いだったようだ。

こいつは怪しい、という声が聞こえる。

「いや、あの…別に怪しいものでは」

「何をしていると訊いている」

相手はなかなか手厳しい。

恐る恐る視線を向ければ、綺麗な金髪を束ねている女性らしき人。

顔は陰になっていてよく見えない。

「本日から配属になって、誰かいないかなと…」

「配属?」

漸く声が柔らかくなった。

これなら話を聞いてもらえそうだ。

そう思って振り向き、相手の顔をまともに見た。

「…あれ?」

「……カスケード、さん?」

自分の名前を言った者は女性ではなかった。

女性のような顔立ちだが、知っている者の性別を間違えることはない。

それに加えてこの暖冬に対する異常な防寒装備といえば、思い当たるのは一人だけ。

「アクト!?」

「やっぱりカスケードさんだ!」

その人物はアクト・ロストート。

よく手紙で近況報告をしてくれていた。

言わずとも、彼は男性だ。

「お前髪伸びたなー…なんか色っぽくないか?」

「カスケードさんの口からそんな言葉を聞くとは思わなかったな」

二年前と変わっているのは髪の長さくらいか。

それ以外はそのままだ。

「で、配属って?」

「あぁ、今日からここの中将なんだ。

イストラも落ち着いてきたし、もう帰っていいって言われた」

「じゃあずっとここに?」

「そのつもり」

 

二年前、カスケードはエルニーニャを離れてイストラ軍に入った。

犯罪数が急激に増加していたイストラで凶悪事件を担当し、軍を指導して強化した。

落ち着いてきたところでエルニーニャに戻ってきた。

中将として、育った故郷に。

 

「アクト!お前どこ行ってんだよ!」

また懐かしい声が聞こえてきた。

「ったく、さっきから呼んでんのに…」

「呼んでた?聞こえなかった」

「無視してただけだろうが。聞こえねぇはずねぇだろ」

「いや、聞こえてないぞ不良」

「不良って言うんじゃねぇ!……あ?」

あまりにも自然に言葉が出てきた。

言わなくなってから二年以上も経っているのに。

「……何で…」

「久しぶりだな、ディア。元気でやってるか?」

「何でカスケードがいるんだよ!」

二年前カスケードが大佐職を押し付けていったディア・ヴィオラセント。

見た目もちっとも変わっていない。…いや、

「不良、少し老けたな」

「うるせぇ!質問に答えろ!」

「わかったよ。…まったく、短気だなお前は」

先ほどアクトにしたことと同じ説明をする。

ディアは呆れたように息をついた。

「それで帰って来たのかよ」

「それだけじゃないけどな」

カスケードが笑うとディアの調子が狂う。

いや、漸く二年間おかしかった調子が戻ったというべきか。

「…お帰り」

「ただいま」

初めて会ったときを思い出す。

 

「アルと黒すけは?」

「今日病院の日だから…もうすぐ帰ってくるとは思うけど」

二年前の事件でアルベルトは右手を負傷し、それ以来病院に通っているのだそうだ。

経過が順調なことは手紙で聞いて知っているが、早く会いたい。

ブラックも何か変化があったようで、会うのが楽しみだ。

「あれ?カスケード大佐?」

懐かしい呼ばれ方。

振り向くと女の子が一人。

澄んだ赤眼と、短くなった黒髪。

「シィちゃん!元気だったか?」

「カスケード大佐ぁっ!会いたかったですー!」

シィレーネ・モンテスキューは叫んでしまってから、あ、と言った。

「今大佐じゃないんですよね。つい癖で…」

「いや、昔に戻ったみたいで嬉しい。

シィちゃん髪切っちゃったのか…もったいないな、綺麗なのに」

「シェリーさんに憧れて…。で、シェリーさんは伸ばしてるんです。…あ、ほら」

シィレーネの示した方に、オレンジ色の長い髪を頭の上で纏め上げた女性がいた。

シェリア・ライクアートはこちらに気づき、驚いたような表情をした。

「じゃ、私行きますね。またね、カスケードさんっ!」

元気に駆けていく少女を見ながら、改めて思う。

ここはエルニーニャなんだな、と。

ここに着いてから再確認してばかりだ。

早く他の奴にも、と言うと、アクトがすまなそうにした。

「タイミング悪い事に、ほとんど外出中なんだ。

だからあんまり会えないかも」

「帰って来れば会えるさ」

話は山ほど積もっているから、退屈しながら待つことはない。

いや、その前に大総統室に行くべきだ。

建物に入ろうとすると、後方から声が聞こえた。

「…だから言ってんだろうが。無理するからこういう事になるんだよ、馬鹿」

「馬鹿って言わないでよ…。軽いから大丈夫かと思って…」

聞き覚えのあるやり取り。

声をかけずにはいられない。

「アル!黒すけ!」

ずっと呼んできたあだ名。

「…カスケード?」

「大佐!」

「久しぶりだな、二人とも。

アル、手どうだ?」

「大丈夫です。…あ、さっき買い物袋持とうとしてブラックに怒られました」

「落とすからだろうが。力入らないくせに余計なことすんじゃねーよ」

変わらない。

変わったといえば、アルベルトから挙動不審さがほとんど感じられないことくらい。

「ブラック、お前は元気だったか?」

「一応。…そっちは?」

「それなりにな」

ブラックも少し落ち着いたようだ。

アクトの手紙ではツッコミが激しいということだったが、見てみたい。

「それじゃ、中入るか。…大総統室どこだっけな」

 

途中で通る外部情報受付は、二年前と人が違う。

軍をやめると言ったあの日、ここでイストラ行きを勧められた。

自分が親友と呼んだ二人目の人物に。

「…ツキ、人殺したって?」

アクトの手紙にはそうあった。

ツキが人を殺して、今は行方不明だと。

「そう言われてる。…俺は信じちゃいねぇけどな」

ディアははっきりとそう言う。

手紙でも、「誰もそうとは信じてはいない」とあった。

ツキがそんなことをするはずはない、と。

「フォークは?」

「わからない。クライスはなんか知ってるみたいだけど」

アクトは手紙にもそう書いていた。

わかっている情報は全部送られてきた。

カスケードはこのために戻ってきた。

ツキを助けたい。

大変な目にあってるのなら、助けになりたい。

彼は親友だから。

 

またここでの日々が始まる。

戦いながら、時に傷つきながら、

それでも立ち上がる。

自分のために、仲間のために。

 

さぁ、また歩き出そうか。