カスケード・インフェリアがエルニーニャを去って、まだそんなに経ってはいない。

…つまりは、アイツの怪我も手術から五ヶ月くらいしか経っていないってことだ。

病院にはついて行ってる。オレの責任だし。

でも待っている時間ってのは長くて、イライラする。

「ごめんね、ブラック…帰っても良いんだよ?」

「帰ったら仕事しなきゃいけなくなるからやだ」

「…ディア君に怒られるよ?」

「アイツの事なんかどうでもいい」

そんなことを言っていると「んだとコラ」とかいう台詞が聞こえてきそうだ。

何言われてもオレは無視するけど。

とにかくオレは今日も病院にいる。アルベルトの治療が終わるまでの時間を過ごしている。

 

コーヒーを飲みながらアルベルトを待っている時は、誰とも関わらない。

同じホールにいるやつらは好き勝手にテレビ見たり雑誌読んだりしてる。

それが当たり前だ。

だが、今日に限って当たり前ではないことが起こった。

「…!あぶねぇっ」

「きゃ…」

とっさに手をのばして、倒れかけた者を支える。

車椅子に乗って前のめりになるやつがどこにいる!

…と、言おうとしたんだけど。

「どこ触ってんのよバカッ!」

言う前に突き飛ばされた。

「…何だよ」

「今!今今今よ!私の胸触ったでしょあんた!」

「…胸?」

そういやなんかそんな感じもしたような気も。

「それ胸だったのか」

「…何よそれ。あんたまで私がまな板だって言いたいの?!」

自覚してんじゃん。

…いや、こんなこと言ってたらオレまであの傷の野郎と同じレベルになっちまう。

「あぁ…悪か」

「看護師さーん!この人痴漢です痴漢!」

「おい!」

人が謝ろうと思ったらこれかよ!

ったく…キャーキャー煩い女は嫌いだ。

「痴漢ですって?」

「この人です」

「いや、違う!オレは…」

「ブラック…痴漢だったの?!」

「アルベルト!…いや、オレはなにもしてな」

「ちょっとあなた詰所まで来なさい」

「いや、だから違うっつってんだろうが!」

何でこんな目に合わなきゃならねーんだよ!

あの女…次会った時覚えてろよ。

 

「痴漢で捕まったって?」

司令部に戻ってくるなり言われた。

「アクト…誰から聞いたんだよ…」

「アルベルト」

あの馬鹿兄貴が!

「とにかく、国の治安を守る軍人が痴漢なんて…」

「誤解だ!オレはあの女がこけそうになったから…」

「はいはい。おれもアルベルトもわかってるよ」

わかってる?…また変な言いがかりつけられるんじゃねーだろうな。

「…何をだよ」

「ブラックがそんなことする奴じゃないって事。アルベルトもおれにしか言ってないから安心しろ」

何だ、そういうことか。

「ディアにだけは知られないようにな。あいつはしつこいから」

確かに。

こいつが理解ある上司でよかった。

「…これでカスケードさんに送る手紙のネタが増えたな」

「書くなよ!」

前言撤回。

 

アルベルトは週に一回病院に通わなければならない。

何しろ一回切り落としてんだからな、腕。

やったのはオレだから、オレが責任もってアイツを病院まで送っている。

そのついでに仕事もサボる。

「今日はいねーよな…」

いつものようにホールでコーヒーを飲む。

またあの女が来たら文句言ってやる。

来なければそれはそれでラッキーだ。

「あ、この前の痴漢!」

来た。

「痴漢じゃねーよ。お前が前のめりになるから悪いんだ」

「何よ人の所為にして」

その女は真っ白だった。

肌の色も、髪の毛も。

よく見ると髪は薄く青みがかかっている。

眼は赤かった。というより、血管がそのまますけてるような感じ。

「…何よ、私に惚れた?」

しまった、じっと見すぎた。

「お前みたいなうるせー女に惚れる訳ねーだろ」

「酷っ!」

そう言いながらもこいつはオレから離れない。

さっさとどっか行ってくれ。

「…ねぇ」

「何だよ」

話し掛けるな!

「あんたって軍人よね?」

「…見りゃわかるだろ」

軍服のままなんだから。

別に珍しいことじゃない。

「こんなとこで何やってんの?サボり?」

いきなり図星。

何なんだこの女は。危うくコーヒー噴くとこだったじゃねーか。

「…兄貴の病院通いに付き添ってんだよ」

「へぇ、お兄さん?…この間一緒にいた人ね」

女はちょっと考えて、一人納得していた。

この女おかしい。

見た目には白すぎる以外の問題は無いが、おかしい。

オレの周りにいるタイプとは少し違う。

…まぁ、オレの周りっつってもたかが知れてるけど。

「あんた名前は?」

普通最初に訊くだろ!

ツッコミかけたが何とか抑えて、訊き返す。

「お前は」

「私?スノーウィー。スノーウィー・ライトンス」

見た目だけじゃなく名前も白っぽい。

赤い眼があんたは?と訊いてきた。

「オレはブラック・ダスクタイトだ」

「うわ、見た目も名前も黒っ!」

「お前に言われたかねーよ」

流れでそう返すと、スノーウィーは俯いてしまった。

表情はよく見えない。

しかし、オレは言ってはいけないことを言ったようだ。

「…おい」

「何よ…仕方ないんだもん、私は」

車椅子が軋んで音を立てる。

「私アルビノで…すぐ病気になっちゃうの。

色は白いし、陽の光にも弱いの」

なんて言ってやれば良いんだ。

謝れば良いのか?

こういう状況には慣れない。アルベルトなら何かできるかもしれない。

でもオレにはどうすれば良いのか見当もつかない。

「あ…あの、その…悪かった。そこまで気にしてるとは…」

とりあえず謝る。

しどろもどろで、一年前のアイツみたいだ。

「…ふふっ」

…「ふふっ」?

「ふふふ…きゃはは…あっははは」

何だこの女?!

「引っかかったーっ!あっははは、あんたのカオ…あっははは!」

…は?

「私がこんなしんみりする訳無いじゃん。私白好きだし」

…そういうことか!

この女オレのことからかってやがった!

引っかかった自分が恥ずかしい。

「お前なぁ…」

「あははっゴメンねブラック君」

「…これだから嫌いなんだよ女は」

「女嫌い?ブラック君男好きなの?」

「いや、そういう…」

…否定できねー。

好きとかじゃねーけど、グレンって男だよな…。

答えられずにいると、アルベルトが戻ってきた。

右手を軽く握ったり開いたりしながらこっちへ向かってくる。

「どうだった?」

「うん、大丈夫。力は入らないけどね」

「診てもらっただけで力入るかよ」

「それはそうだね。…あれ?」

アルベルトの視線がスノーウィーに向けられる。

「…ブラック、またちか」

「違う!」

都合が悪い。

この女がさっさとどっか行ってくれれば問題なかったのに。

「お兄さん?」

「あぁそうだ。じゃあな」

アルベルトを引っ張って、オレはその場を離れた。

あの女といると調子が狂う。

「…ブラック、いいの?」

「何が」

「あの子友達じゃないの?」

「違う!」

病院から出て車に乗り込む。

早くここから離れて仕事に没頭すれば忘れる。

「友達じゃないなら彼女?」

がん

あまりにもあんまりな訊き方に、ついハンドルに額をぶつけた。

「何でそうなるんだよ!」

「え、違うの?」

「違う!」

何でそういうところに行き着くんだ!

イライラしてきたオレは思いっきりアクセルを踏んだ。

 

書類を片付けていると、背後に気配を感じた。

気にしないようにして仕事を続けていると、肩に手を置かれた。

「…何だよ」

にこやかなリアを横目で睨む。

リアは全く怯まずに、こう訊いた。

「ブラック君、彼女できたの?」

がん

つい本棚に頭を…いや、それはともかく。

「アルベルトか?!アイツが言ったのか?!」

「うん。アルベルトさん嬉しそうだったわよ」

「あの馬鹿兄貴…」

あることないこと言いふらしやがって!

…いや、あることなんて無い!全部無いことだ!

「…嘘よ」

「は?」

リアはくすっと笑って言った。

「嘘。本当はね、ブラック君に女の子の友達ができたみたいだって聞いたの。

ブラック君普段あんまり人と関わらないから、アルベルトさんも安心したのよ、きっと」

どっちにしても言いふらしたことには変わりない。

あとでシメてやる。

でも、スノーウィーは友達っていえるんだろうか。

少なくともオレは友達になった覚えなどない。

あんなムカツク女、友達にもしたくない。

大体オレは白が嫌いだ。

黒と白は対極にある。正反対の奴をどうやって気に入れというんだ。

「…ブラック君、頭から血でてるよ」

「……うわ」

気づかなかった。考えすぎたらしい。

 

今日も病院だ。

アルベルトを待っている間、またあの女が来た。

「ブラック君、元気?」

「お前は」

「私昨夜熱出しちゃって。もう下がったけど」

気楽な奴だ。

「病み上がりは部屋で寝てろよ」

「心配してくれるの?」

「他の患者に感染ったら迷惑だっつってんだよ」

「何よそれ」

ブツブツ言いながらもオレに従うらしい。車椅子をこいで去ろうとした。

「おい」

「何よ」

車椅子がこぎにくそうに見えた。

「押してやろうか」

ただ、それだけだ。

病室までは結構あるらしい。

押している時間が長く感じた。

「そこ曲がってー」

「そこ曲がらなかったらどこ曲がるんだよ」

突き当たりにぶつかっても良いのか、とツッコみながら進む。

「ねぇ、ブラック君ってコーヒー好きなの?」

「は?」

「いつも飲んでたから。好き?」

「…一応。」

「ふぅん、私嫌い」

それを言うために訊いたのかよ。

「砂糖とかミルクとか入れる?」

「入れねーよ。甘ったるいの嫌いだ」

「へぇー。ブラックだけに…?」

誰かも同じようなこと言ってたような気がする。

「私紅茶が好きなの。お砂糖たっぷり入れないと飲めないけど」

「どのくらい」

「シュガースティック三、四本かな」

「それ紅茶って言わねーよ」

この女とは味覚も合わないようだ。

スノーウィーはオレとは違いすぎる。

正反対の位置にいる。

「ここだよ。ありがとう」

「…中まで押してってやるよ」

一人部屋だった。

ぬいぐるみとか花とかいっぱい置いてあって、色の多さに目がチカチカした。

「すげー部屋」

「うん…すごい部屋だよね」

スノーウィーはまるで人事のように言う。

「ありがとう」

「…あぁ」

オレの役目はここまでだ。

部屋から出ようと思い、背を向けようとした。

「きゃあっ」

「あぶねぇ!」

…またこのパターンか?

車椅子からベッドに移ろうとしたスノーウィーは、バランスを崩して倒れかけた。

それをオレが支えている。

「…ありがとう」

「今度はやけに素直だな」

「胸じゃないから」

あぁ、だからか。

どこも同じような気がしたからわからなかった。

なんて言ったらまたコイツは怒るだろうか。

「どうしよう…」

車椅子に座ったままで、スノーウィーは考え込みはじめた。

「何がだよ」

「私苦手なのよ、車椅子」

「いつも使ってんじゃねーのかよ」

「いつもじゃないの。いつもは寝てるから」

嘘だろ。

オレが来る度に車椅子でうろうろしてんじゃねーか。

確かに慣れてるようには見えねーけど。

「ブラック君、行かないの?」

「は?」

「私を送ったらもう用は無いでしょ?」

確かにそうだ。

それはそうなんだけど、「職業柄」っていうのが邪魔するんだよ。

帰れなくなるんだ。

「…ブラック君?」

「これからは」

スノーウィーは軽かった。

「これからはオレが送ってやる。

そしたら苦労しないで済むだろ」

ベッドの上に下ろすと、きょとんとしてこっちを見た。

「…何かっこつけてんのよ」

「カッコつけてなんかねーよ」

「かっこつけてる。…普通人のこと抱き上げたりしないよ」

「ベッドに移動できねーみたいだからやってやったんだろうが」

「あぁそう。ありがとうございました」

目を逸らして、そのまま布団に潜ってしまった。

まったく、何なんだこの女。

でもなんか

その仕草が

 

「可愛いって思っちゃったんだ」

「畳み掛けるな!」

アルベルトを助手席に乗せて運転するのが嫌になってきた。

コイツの所為で思い出したじゃねーか!

「ブラック、君もやっと女の子に興味持ったんだね」

「どういう意味だよ」

「そのままの意味。照れるブラックは可愛いなぁ♪」

走行中の車から投げ捨てて良いか?コイツ。

アルベルトは状況を完全に楽しんでやがる。

こいつに話したオレが馬鹿だった。

でも、事実だ。

スノーウィーは訳わかんねー女だけど、可愛くねー訳じゃねーんだ。

あの白さが儚く見えて、

助けなきゃ、守らなきゃって思う。

…って何考えてんだオレは!

「ブラック赤いよ?」

「うるせー!」

やっぱりあの女の所為で、オレはおかしくなっている。

 

来ない。

いつも来る筈なのに、来ない。

寝てるんだろうか。

「心配なら行って来たら良いのに」

「?!」

もう戻ってきてたのかよ、アルベルト。

「…帰る」

「帰っちゃ駄目。見てきたら?」

「………」

先週までは来てた。

送ってくって言った。

今日来ないのは…それが嫌だからだろうか。

「先帰ってろ」

「待ってるよ。…いってらっしゃい」

待ってなくて良いのに。

まぁ良い。歩いて帰る手間が省ける。

それよりスノーウィーだ。

アイツ、どうしたんだろう。

真っ直ぐ行って、曲がって、突き当りで曲がって、

「…嘘だろ?」

ドアの前には、面会謝絶。

「何で…」

「あら、痴漢の子」

嫌な呼び方をしたのはオレを詰所に連行した看護師だった。

「痴漢じゃねーって!…じゃなくて、アイツは?!スノーウィーは?!」

看護師は困惑した表情を浮かべていた。

どうして早く答えねーんだよ。

どうして…

「彼女の病気が重くなった、ただそれだけのことだ」

冷静にそう言う声があった。

看護師の後ろから来た医者は、オレを見て眉を寄せた。

「ここは病院だ。静かにしたまえ」

「スノーウィーは?!」

「だから言っただろう。そこにも書いてある。

君は彼女の何だね?」

「オレは…」

…何だろう。

オレはアイツにとって何でもない。オレにとってアイツが何でもないように。

ここまで気にする必要なんかない。

なのに、どうして気になるんだ。

「退きたまえ。彼女はこれから診察だ」

「スノーウィーの病気、何なんだよ」

「君に教える必要は無い。さぁ、退きたまえ」

少し前までただの他人だった。

ただのムカツク女だった。

なのに…

今はどうしてこんなに。

「ブラック、どうだった?」

「…面会謝絶だとよ」

アルベルトにはそれだけ言った。

それ以上の事なんかわからないから言えるわけねーし。

「ブラック、僕明日一人で仕事するから」

「…何だと?」

アルベルトの言葉がよく聞き取れなかった。

一人で、とか言わなかったか?

「だから、明日は僕が一人で仕事するから、君は病院に来るべきだよ」

「何言ってんだよ」

何でオレが病院に来なきゃならねーんだよ。

「このままじゃブラックは絶対仕事が手につかないと思う。

…だってあの子、壊したくないんでしょ?」

「………」

壊したく、ない?

そうだ。

スノーウィーは、壊したいなんて思ってない。

助けたいとか、守りたいとか、そういう風に思ってた。

初めてはっきりそう思った。

「ブラック」

背中を軽く叩く、右手。

妙に温かいのは、自然治癒力が働いている所為か。

「あの子の事、大切なんでしょ?」

そう言えるのは、コイツが同じ想いを持ってるからだ。

大切な人がいるからだ。

スノーウィーにはまだ三回しか会ってない。

それなのにコイツは、オレの大切な人がスノーウィーだとか言う。

そんなことは無い。

オレに限って、そんなこと絶対に無い。

じゃあどうしてあんなに取り乱した?

オレはアイツをどう思ってる?

 

一つはっきりしてるのは、

オレはアイツに

「会いたい」と

そう思ったことだ。

 

ブラックどこ行った?

今日は休むそうです。

何だよあいつ!最近サボりっぱなしじゃねぇか!

許してやれよ、ディア。ブラックの気持ち、おれはわかるな。

あいつこの書類の山どうするつもりだ!

お前がやれば良いだろ、大佐。

そうですよ、大佐。

お前らこういうときだけ大佐呼ばわりか!

 

走った。

こんなに走ったのは、アルベルト担いで走ったあの日以来だ。

自分が他人のためにこんなに走れるなんて、

一年前は全然考えてもみなかった。

「スノーウィー!」

ドアを開けると、

ベッドの上で座って本を読んでいる、

綺麗な白があった。

「…ブラック君?何で?今日もお兄さん病院なの?」

「兄貴の病院の日じゃねーと来ちゃいけねーのか?」

「…そういうわけじゃないけど…」

スノーウィーは目を丸くしていた。

読んでいた本が勝手に閉じる。

オレは肩で息をして、暫くスノーウィーを見れなかった。

「ブラック君」

「…何だよ」

「心配してくれたの?」

心配?

見りゃわかるだろ。

こんなに走ってきたんだから。

「…ったく」

オレはスノーウィーに近付いた。

白を、もっと近くで見たかった。

「心配かけやがって…」

包み込んだ雪は、溶けなかった。

そっとオレの背に触れて、

「…馬鹿じゃないの?」

綺麗に、笑ったんだ。

 

「というわけでグレンはお前にくれてやる」

「いや、元々俺のだから」

カイに言うんじゃなかった。なんか余計ムカついた。

あれからオレは空いた時間で病院に通っている。

昼休みじゃ短すぎて、結局長く会えるのはアルベルトの病院の日だ。

勿論アイツは病気だから、会えない日だってある。

オレは結局他人だから病状を聞くことはできない。

一人空回りしてる馬鹿かもしれない。

それでも、スノーウィーのためなら馬鹿でも良いかもしれないと思った。

「ブラック」

「…何だよグレン」

「幸せにな」

…コイツ、天然ボケだ。

そんなの面と向かって言うんじゃねーよ。

 

* * *

 

「このまま出産するとなればね、母子ともに危険な状態って言わざるを得ないんだよ」

お前それでも医者か。

「覚悟しておきなさい」

そんなのとっくにできてる。

アイツと付き合い始めてから、ずっと。

 

アイツが子供欲しいってぼやいたから、つくるかっつって…

それがまさかここまで大事になるとは思っちゃいなかったさ。

軽い気持ちだったオレが馬鹿だったんだけど…

でも、覚悟はことあるごとにしてきた。

何度も病気が酷くなって、その度に死ぬかもしれないって思って。

 

アイツの親は仕事でいつもいなくて、誕生日だってぬいぐるみが送られてくるくらいだった。

死にかけても来ねーし、何なんだって思った。

それが今、子供が生まれるって時になってやっと来た。

さっき散々責められたばっかりだよ。娘をこんな危険な目に合わせてって。

危険なときにいなかったのはどっちだよって思ったけど、言い返せなかった。

 

婚姻届は、アイツの判だけ無い。

子供ができたってわかった時に結婚するかって言ったんだけど、

「無事に子供が生まれてからにして欲しい」って。

アイツはこうなることをちゃんと予測してた。

…やっぱ馬鹿なのオレじゃねーか。

親がいなかったってのもあるけど、アイツはオレと子供のことを考えていた。

 

今まで馬鹿なことばっかりやってきたから、当然の報いかも知れねーよ。

でもな、オレがやってきたこと、アイツと子供には関係ねーんだ。

オレはどうなっても良い。

スノーウィーと、オレ達の子供だけは。

 

「………?」

何だ、この音。

違う。

声だ。

「お父さん」

医者の声もする。

「お父さん」

「…?」

「あなたですよ、あなた」

…オレ?

 

「産まれましたよ。女の子です。

お母さんも無事ですから、安心してください」

 

…おい

あの医者大嘘つきやがった。

ちゃんと産まれたじゃねーか。

ちゃんと無事じゃねーか。

「…女?」

「女の子です。ちょっと待っててくださいね」

女だから…オレの子供だから…

つまりは。

「…オレの、娘…です」

スノーウィーの親に向かって、そう言った。

「オレ…すごく馬鹿です。大事な娘さん、危険な目にあわせて…。

でも、生まれた子はオレの娘なんです!だから…」

滅多に使わない敬語で、何度も噛みながら。

「オレとスノーウィーと…それから娘が、家族になること許してください!」

頭下げて、頼んだ。

 

結婚しても、やっぱりアイツは病弱で。

だからオレは常に娘と一緒にいなきゃならなくなる。

「カイ君は笑ってたけどね。ブラックが育児休暇なんて意外って」

「何とでも言え」

自棄になってるわけじゃない。

本当にそう思える。

娘はどうやらオレに似ているらしい。

多分お袋みたいになるんだろう。

…水商売は勘弁だな…。

「ねぇブラック、どうしてその子グレイヴって名前にしたの?」

男みたいだっていろんな奴から言われる。

可哀相だとかなんだとか散々義父母にも言われた。

「…黒と白だから」

「?」

「オレが黒で、スノーウィーが白。間は灰色だろ?」

「…ブラックにしては単純だね」

アルベルトは半分呆れていた。

理由はそれだけじゃないけれど、言うのがもったいない気がした。

灰色は中間の色。

そこからどう染まるかは、グレイヴ次第だ。

どう染まっても良い。自分で決めて、自分で進める子になってほしかった。

迷ったら頼っても良い。

だけど、正解は自分で見つけて欲しい。

オレが散々間違った方に進んだ分、グレイヴにはそうならないで欲しい。

「…で、アルベルト、お前のとこは?」

「今が大変かな、具合悪そうで。今日は早く帰って家事やるよ」

「頑張れよ、親父さん」

「そっちこそ頑張ってね、お父さん」

 

さて、母さんの見舞いに行こうか。

 

Fin