カスケードのやつはこの前結婚しちまったし

アルベルトもいつのまにかリアと住んでるし

ブラックに至っては子供までいる始末だ。

段々周りの奴等が変わってきたと思ったところで

 

「別れようか」

 

急に切り出された。

 

「…あ?」

俺の聞き間違いか?

多分聞き間違いだよな。

アクトがこんなこと言うはずねぇよ。

だって十年付き合ってるんだぜ?

その十年全部無かったことにするなんて、こいつにできるわけねぇって。

でも、アクトはやけに冷静にもう一度言った。

「別れた方がいいと思うんだ。男同士って結局不毛だし」

「…何言ってんだかさっぱりわかんねぇよ」

今までそんな事言わなかったじゃねぇか。

男同士だとか不毛だとか、そんなん抜きに付き合ってきたのに、

何で今更。

「よく考えてみろよ」

アクトは俺の方を真っ直ぐ見た。

別に狂っている訳でもなんでもなさそうだ。

「カスケードさんも落ち着いたし、アルベルトだって家庭持ったし、

…ブラックなんてもうすぐ父親になるんだから」

「だから何だよ」

「おれ達だけがいつまでもこのままって訳にはいかないだろ。

だから、別の道を行って落ち着いた人生送った方がいいと思う」

「人生って…」

何急にババァみたいに…いや、男か。

とにかく、こんな所で人生持ち出してなんだって言うんだよ。

「別れよう。それがお前にとって一番良い」

「納得いかねぇよ。お前にとってはどうなんだよ」

からかってんだろ?

どうせ苛められたいだけなんだろ?

「冗談だよ」と返ってくるのを、俺は期待する。

だが、

「おれは別れなきゃいけないと思う。…だから、別れる」

期待はあっさり崩され、去っていく後姿も引き止められなかった。

 

「あーっ!チクショウ何だってんだよあいつ!」

握り締めたコップにひびが入って、カウンターに置いた瞬間に砕けた。

「…ディアさん、今日これで三つ目…」

「うるせぇ!弁償すりゃ良いんだろ、弁償すりゃよぉ!」

なじみの店だからまだこれで許される(はずだ)

イライラしてると悪酔いすることくらい知ってるだろうが。

酒が足りねぇのか、あいつの言葉が頭から離れない。

何で急に別れるんだよ。

俺が嫌になったならそう言えば良いじゃねぇか。

人生だの何だの持ち出す必要なんかどこにあるんだよ!

「…もう一杯」

「まだ飲むんですか?やめたほうが良いですよ」

「さっさと出せ!」

忘れるまで飲まねぇと。

このイライラが晴れるまで、十分に酔っておかねぇと。

「他の客が迷惑してるのわかんない?」

お前誰だよ。

急に隣に来て説教か?

「こっち見なさいよ!本当にサイテーの男だね、アンタ!」

「何だとこの…」

喧嘩なら買うつもりだった。暴れりゃいくらかすっきりする。

だが、相手が相手だった。喧嘩なんかできやしねぇ。

「…ライクアート?」

「何やってんの、ヴィオラセント」

女相手に喧嘩なんかできるかってんだ。

シェリア・ライクアートは同じ軍に所属する中尉だ。

ことあるごとに俺に突っかかってくる、むかつく女。

「何もしてねぇよ」

「何も無いのに酔う訳無いじゃない。アクトさんは?」

今一番聞きたくねぇ名前を出しやがった、この女。

知らねぇよ、あいつの事なんか。

知りたくもねぇ。

「…喧嘩でもしたの?」

「お前には関係ねぇだろ」

「わかった、ふられたんだ」

「…………」

この女、人の傷をえぐるようなことを…。

いつも散々人のことデリカシー無いとか言ってるくせによ。

「なによ、図星?」

「…だからなんだよ」

何驚いた振りしてんだよ。

わかってんだろ?笑えば良いだろ。

好きなだけ馬鹿にして、どっか行っちまえ。

その哀れむような目で蔑んで、とっとと消えろ。

「ふられたんだ…アンタも」

だからそうやって何度も…

…「も」?

「お前もふられたのかよ」

「まぁね。…だからヤケ酒飲みに来てんじゃない」

ライクアートって確かカイのこと好きなんじゃなかったか?

でもカイにはグレンちゃんがいて、あいつら両想いときた。

絶対ぇ叶わねぇなって笑い飛ばしてたら、アクトにぶん殴られたっけ。

…うわ、また思い出しちまった。

別の話題、別の話題。

「…シィレーネ結婚しちまったしな」

「うん…」

あ、マズった。

ふられた奴に叶った奴の話してどうすんだよ。

別の話題を…

「シィはさ、幸せになってよかったと思う。親友として嬉しいよ」

…なんだ、そんなに堪えてねぇじゃねぇか。

「嬉しい?」

「うん。アタシは叶わなかったけど、シィはちゃんと叶って…幸せになった。

アタシとしては、早くシィの子供を見たいわけよ」

母親みたいな心境かな、とライクアートは笑って言った。

何でこいつ、人の幸せ素直に喜べるんだよ。

「散々悩んだからね、あの子も。

今でも思い出せるよ、プロポーズされたって大喜びしてるあの子の顔」

「…辛くねぇのか?他人ばっか幸せになって」

「何で辛いの?シィはアタシの大切な…妹みたいなもの。

あえて辛いって言うなら妹がちゃらんぽらんに奪られたことくらいよ」

そう言いながら、ライクアートは結構強い酒を頼んでいた。

こいつ今いくつだっけ。…確か、俺より三つ下のはずだ。

「ライクアート、…カイにふられたんだろ?」

「うん。わかってたけどね、ふられることは。

グレンさん良い人だし、カイさんが好きなのもわかるんだ。

…まぁ、男の人同士でっていうのは最初ちょっとびっくりしたけど、こんなのもアリかって」

出されたグラスを受け取って、透明がぶつかる音を聴いた。

「シィが結婚したから、アタシもけじめつけなきゃって思って告白したんだけどさ。

でも…わかっててもふられるのって結構辛いね」

ここで初めて、ライクアートが暗い表情になった。

今にも泣き出しそうで、でも必死に我慢しているような表情。

俺の前だからか?泣いてたまるかって、そう思ってんのか?

…あいつみたいだ。

「ライクアート、これから暇か?」

「え?…何それ、誘ってんの?」

「まぁな。ふられたもん同士仲良くしようや」

「やだなぁ…デリカシー無い男って嫌い。アンタのことは最初から嫌い」

「そう言うなって」

肩を抱いて引き寄せると、一瞬俺を睨んだ。

だが、抵抗はしなかった。

その代わり、頬を一筋何かが伝った。

「…変なとこ連れてかないなら、付き合ってあげるよ」

 

俺は大分酔っ払ってたみたいだ。

ライクアートも相当酔ってたけど。

結局街まわってたら明るくなってきた。

「…うっわ、朝陽だよ朝陽」

「眠くなってきちまった。ホテルでも行くか?」

「帰れ!」

いや、帰りたくねぇから言ってんだけど。

それに、お前だってまんざらでもないって顔してるじゃねぇか。

「自分をふった奴に会いたくねぇんだよ。一晩付き合ったんだから別に問題ねぇだろ」

「それだからデリカシー無いって言うのよ。…徹夜したから肌荒れちゃったなぁ」

「だからホテル」

「行かない。寮に帰ろう」

そう言って俺の手を引っ張る仕草が、

やっぱり、少し似ていて。

「…そこまで言うなら帰ってやるよ」

「帰って寝なさい。今日仕事じゃないの?」

「休み」

「あぁそう。」

こいつ胸もねぇし、全然俺の好みじゃねぇんだけど、

似てるってだけで気になる。

「ライクアート」

「何よ」

「シェリアって呼んでいいか?つーか呼ぶから」

「何よそれ。…別にかまわないけど」

路上に酔っ払いのオヤジが倒れていた。

軽く蹴飛ばして、起きないのを確かめる。

完全に気ぃ失ってんな、こりゃ。

「シェリア、俺と付き合わねぇか?」

酔っ払いを道の脇まで引きずって、街灯の柱に寄りかからせておく。

そうでもしねぇと邪魔で歩けねぇんだよ、悪ぃな。

「付き合うって…恋人になれって事?」

「そういうこと」

軍施設が見えてくる。

大分遠くからでも見えるが、やっぱり近くで見ねぇと帰ってきた気がしねぇ。

「慰めるつもりならいらないし、アタシだってアンタを慰めたくないよ。

それでも付き合うの?」

「あぁ。…デリカシーねぇ奴はやっぱ駄目か?」

そろそろ何人か起き出したようだ。

セレスは確実に起きてんだろうな。

「付き合ってやろうじゃない」

一日が始まった奴らと、漸く一日が終わった俺たち。

 

アクトはまだ寝ているようだったから、都合は良い。

さっさと布団に入って寝てしまえば、疲れくらい取れる。

…起きたな。

こっちには見向きもしねぇ。

あぁ、イライラする。

 

…何だよ、電話か?

つーか今何時だよ。…昼とっくにすぎてんじゃねぇか。

「…ったく、何で起こさねぇんだよア」

…じゃねぇや。あいつとはもう別れたんだ。

とにかく電話をとらねぇと。あいつ宛だったら切ってやる。

「ヴィオラセントだ」

『不良、俺俺』

「…詐欺なら切るぞ」

『切るな!これは重要な話だ!』

カスケードの野郎、いちいち電話なんかかけてきやがって。

いつも呼び出してはシィレーネの自慢ばっかするくせに。

…辛いクッキーは自慢に入るのか?

「何だよ重要な話って」

『アクトと別れたそうだな』

切ってやる。

『切るなよ!いいかディア、アクトはついさっき俺の妹と付き合うとか言ってきたんだ!』

「あ?」

妹?…サクラのことだよな。

で、付き合う?サクラと…アクトが?

マジかよ!

『サクラはアクトのことずっと好きだったみたいで、それは別に問題無いと思ってる。

だけど、アクトがな…心構えっていうか、サクラをお前を忘れるための道具みたいには扱ってほしくないんだ』

それで?

俺にどうしろっていうんだよ。

『別れること、考え直してくれないか?』

「嫌だね」

『嫌だって…』

別れるっつったのはあっちだ。何で俺が考え直さなきゃいけねぇんだよ。

大体俺にだって、もう…

「ちょうど良い。サクラとアクトがくっつきゃ俺だってシェリアと上手くやれるってもんだ。

アクトがそこにいるんだったらそう伝えとけ」

『は?!ちょ、待て、シェリーちゃんってお前』

がっしゃん

受話器が壊れかけるくらい強く叩きつけて、もう一度寝室に戻る。

俺に何の関係があるんだよ。

アクトのことなんだから、アクトが好きにすりゃいいだろうが。

俺だって好きにやってく。

あいつが決めたことだ。俺に口出しする権利はねぇんだよ。

「チクショウ…」

頬の傷が痛ぇ。

 

荷物が片付いていく。

ノーザリアから帰ってきたらアクトがいなかったあの時みたいに。

俺は何も手を出さずに、その光景を見ている。

黙々と作業を続けるアクトに、かける言葉も無い。

「ディア」

あいつから声をかけてきた。

わざと不機嫌に返してみる。

「…何だよ」

「世話になったな」

もう終わったらしい。

すっかり物のなくなってしまった部屋は、どうにもあっさりしすぎている。

「サクラとせいぜい仲良くやってろ」

「お前こそ、シェリアちゃん泣かすなよ」

互いに、わざと今の相手の名前を出す。

アクトはどっかアパートを借りたらしい。

そこに引っ越すのに、カスケードとか使えるもんは全部動員している。

「アクト、荷物これで全部か?」

「うん。ありがとう、カスケードさん」

「…あぁ」

離れて聞こえる会話の後、アクトの姿は見えなくなった。

次に会うのは仕事のときだ。

会ったばかりの頃に戻るだけだ。

俺にはシェリアもいるし、別に空虚感は無い。

無いはずだ。

部屋はすっげぇ広くなった。

 

そんな風にしてしばらく過ごした。

アクトとはあまり話さねぇで、かなり事務的な関係になった。

よくサクラのことを話しているのを見たが、気にしねぇようにした。

俺は気にするような立場にいねぇから。

シェリアとは何事も無く付き合っていた。

ちょっと進んでもキスくらい。

アクトが結婚するとか何とか聞いた。

どうりで最近見ないわけだと、ただそう思った。

 

「招待状来てたよ」

シェリアが俺に渡したのは、いらねぇと思っていたもんだった。

「お前一人で行けよ」

「嫌。アンタも行くの。けじめつけなきゃいけないでしょ」

けじめ?

そんなの今更何だってんだよ。

「ディア、アタシ知ってるんだ。アンタがずっとアクトさんの方見てる事」

そんな事…

「見てねぇよ」

「嘘!アンタ、ずっと見てる!…アタシに何もしないのも、だからなんでしょ?」

「したじゃねぇか、キス」

「それだけだよね」

しないわけじゃねぇよ。

できねぇんだよ。

「当日までに決めといてよ。行くか、行かないか…」

シェリアは俺に無理矢理招待状を押し付けた。

アクトの結婚式の招待状だ。

「アタシか、アクトさんか」

いらなかった。こんなもの。

一番欲しくねぇものが、今手元にある。

 

いろいろ考えているうちに当日になった。

シェリアはめかしこんでいて、何度も俺に「行かないの?」と尋ねた。

行きたくねぇから行かねぇんだよ。そのくらいわかるだろ。

そう何度も言ったが、納得しないようだった。

「何で行きたくないの?」

「あいつとはもう何の関係もねぇんだよ」

「だったら行ってもいいじゃない。部下の結婚式なんだから」

そう思えねぇから行きたくねぇんだよ。

シェリアと付き合い始めてからも、あいつの姿が重なってた。

あいつの姿を目で追ってた。

このまま行っちまったら、きっと俺はあいつを傷つける。

傷つけたくねぇんだよ。

大分経った今でも、あいつの「別れよう」は納得できねぇ。

どうして別れなきゃいけねぇんだよ。

ずっとそう思っていた。

俺の人生の良し悪しを、お前に決められてたまるかってんだ。

そうだ、文句の一つでも言わねぇと気が済まねぇ。

ただ、そうなると…

「シェリア」

「何よ」

「俺、お前のこと好きだった」

「…うん」

シェリアは頷くと、俺に向かって笑みを見せた。

「決めたんならそうすれば?

…アタシは、自分の好きな人が幸せならそれで良いよ」

シィレーネが結婚した時と、同じ笑顔だった。

 

走り出した俺の後ろで、

あいつは泣き崩れていた。

見えなかったが、感じた。

 

式場までここから結構距離がある。

思い出すのはマルスダリカの事件だ。

あの時、アクトはヤージェイルと結婚させられそうになってたっけ。

あのウェディングドレス、マジで似合ってて、綺麗だった。

俺は別の班で別行動をとっていて、

だけど、どうしてもあいつのことが気になって、

そうだ、グレンちゃんに任せて、

今みたいに走ってたんだ。

走って、走って、走り続けて、

辿り着いたんだ。

好きな奴の所に。

 

今一番会いたい、アクトの所に。

 

「アクト!」

 

式場内の全員が俺に注目している。

無理もねぇよな。

カスケードの親父か?あれ。かなり怒ってるみてぇだな。

でも、悪ぃな。

「花嫁…じゃねぇな」

俺は、俺の気持ちを伝えに来た。

それだけなんだよ。

「花婿、奪いに来たぜ!」

一番大切な奴に手をのばして、

辿り着いた場所でやっと掴んだ。

「ディア…」

「いくぞ」

アクトはサクラの方を見て、

サクラが頷いたのを見て、

後は俺に引っ張られて、式場の外に出て行った。

 

…サクラ、これじゃ中止だな。

そうね。…二人が幸せになってくれればいいけど。

じゃ、俺が会場内の人たちに幸せを分けてやろう。

?お兄ちゃん、何する気?

…えー…ただいまより予定を変更いたしまして、私カスケード・インフェリアからの大変めでたいお知らせをいたします。

めでたいって…

俺とシィに子どもができましたーっ!!

………えぇ?!

 

「前代未聞だろ…」

アクトはそう言って頭を抱えた。

「良いんじゃねぇ?花婿掻っ攫うのもなかなか面白くてよ」

「バカ」

つい笑いがこみ上げてくる俺を、アクトが小突く。

一年前はいつもこうして過ごしていた。

これから、俺達の時間を取り返さなきゃならねぇな。

「アクト」

俺が呼ぶと、

「何?ディア」

アクトが微笑みながら応える。

「久々に…いいだろ?」

懐かしい感触を重ね合わせた。

 

俺達は、ここからまた始まる。

 

「謝ってこなきゃな」

「…そうだな」

 

* * *

 

「夫には転地療養が必要だと思うのよ」

マグダレーナ…いや、ホワイトナイトはうちに来るなり急に力説し始めた。

うちってのは、アクトの発案で建てた下宿だ。

と言っても入る奴なんてほとんどいねぇし、ほとんど俺が雇われ警備員やって稼いでんだけどよ。

まぁ、要するに俺とアクトは一緒に住んでんだよな。

そこに今日、元上司のホワイトナイトがガキ二人連れてきたって訳だ。

「それで、マグダレーナさんは旦那さんと一緒に行くんだ?」

アクトは昔の呼び方の癖が抜けてねぇらしく、いつまで経っても旧姓で呼ぶ。

マグダレーナも特に気にしてはいねぇみたいだから、俺もそう呼ぶ。

「そうなのよね…だから、ディア君とアクト君にお願いがあるの。

二人はもう夫婦みたいなものだから、いいでしょう?」

「なんだよお願いってのは」

「うちの子二人、暫く預かって欲しいの」

 

………何だと?!

 

「ちょっと待て!うちにガキ二人もかよ!」

「あら、人の子供に向かってガキだなんて失礼ね」

いきなり連れてこられて預かれってか!

ここは下宿だが保育所じゃねぇ!

「上の子は軍の入隊試験受けて合格したから、明々後日から出勤するわ。

下の子がまだ六歳なのよ」

「そっか…マグダレーナさんの子供、軍人になったんだ」

感心してる場合じゃねぇだろ、アクト!

「養育費は送るわ。だから、頼んでいいかしら」

「わかった。何とかやってみる」

「アクト、お前子供の世話できるのかよ!」

「お前が手伝ってくれればいいんだ。

おれ子供欲しかったし、ちょうどいいだろ」

「じゃ、決まりね。お願いね、二人とも」

「わかりました」

ちょっと待てよ!!

 

…で、ガキども、名前は?

兄がダイで弟がユロウ?

…おい、ダイ、お前俺に似てねぇ?

ユロウはなんとなくアクトに似てるし…

親子に間違えられたらどうするんだよ。

 

 

Fin