カスケードさんはこの前シィレーネちゃんと結婚した。
アルベルトもリアと結婚した。
ブラックはもうすぐ子供が生まれるらしい。
段々周囲に変化が出てきたところで
「別れようか」
切り出してみた。
「…あ?」
急に言われて何がなんだか、という顔をしている。
もう十年も見慣れた表情だ。
おれは冷静に、もう一度言った。
「別れた方がいいと思うんだ。男同士って結局不毛だし」
「…何言ってんだかさっぱりわかんねぇよ」
わからないんじゃなく、わかりたくないんだろ?
お前の考えてることはすぐわかる。
「よく考えてみろよ」
おれはディアを真っ直ぐ見た。
背筋を伸ばして、目を合わせるようにする。
「カスケードさんも落ち着いたし、アルベルトだって家庭持ったし、
…ブラックなんてもうすぐ父親になるんだから」
「だから何だよ」
「おれ達だけがいつまでもこのままって訳にはいかないだろ。
だから、別の道を行って落ち着いた人生送った方がいいと思う」
「人生って…」
言葉を苦そうに噛締めるディアを見ていると、自分が酷い奴に思えてくる。
実際十年も付き合ってきていきなりこんなこと言うんだから、酷い奴だ。
だけど、
「別れよう。それがお前にとって一番良い」
そう思ったんだ。
ディアは明らかにイライラしている。
言葉の調子も、段々乱暴になってきた。
「納得いかねぇよ。お前にとってはどうなんだよ」
おれにとって?
決まってるだろ。
だから切り出したんだ。
「おれは別れなきゃいけないと思う。…だから、別れる」
これ以上ディアの表情を見ていられなかった。
さっさと立ち上がって、背を向けて歩き出す。
口の中に、苦い感じが残った。
やっぱり帰ってこないか。
未だに軍人寮の部屋は一緒で、昨夜だってやることはやった。
だけど、もやもやした感じが晴れなかった。
だから今日別れを切り出した。
十年も一緒にいたんだ。もう十分だ。
おれはもうあのナイフじゃなくても戦える。
いい区切りなんだ。依存症を断ち切らなきゃいけないんだ。
あいつは人相は悪いけど優しいから、すぐに彼女くらい作れるだろう。
おれは…これからじっくり考えればいい。
とにかく離れて、互いに落ち着いた位置につかなきゃいけないんだ。
ディアだってそのうちおれの事は忘れる。
そう、全部忘れて、………。
…あ、電話だ。
ディア宛てだったら嫌だな。すぐ切ってしまおう。
おれは受話器を取って、決り文句を言った。
「ロストートです」
『アクトさん?』
あ、聞き覚えがある。
この声、最近聞いた。
カスケードさんの結婚式の時、年下のシィレーネちゃんを「お姉さん」って呼んで笑われてたっけ。
「サクラさん?」
『良かった、わかってくれた。はい、サクラです』
やっぱり。
カスケードさんの妹とは思えないほどしっかりしてて(カスケードさんがそうじゃないってわけじゃないけど)、
カスケードさんの妹とは思えないほど真面目で(カスケードさんがそうじゃないってわけじゃないけど)、
二年前に小児科医になったんだっけ。
『アクトさん、お元気?』
「まだ結婚式からそんなに経ってないだろ」
『身体の調子は変わるものですから』
「…うん、元気だよ」
とりあえず、身体は。
『…嘘』
もうわかったか。
『心も元気じゃないと、元気って言えないわよ。
またディアさんに心配されるんじゃない?』
…聞きたくない名前だな…。
出てくるのは仕方ないんだけど、元気の無さに追い討ちをかけている。
「ディアはもう良いんだ。…それより、今レジーナにいるんだ?」
『えぇ。やっぱり発信先でわかっちゃうのね。
今家にいるの。明後日からこっちの中央病院で働くことになったから』
「こっちにいるの?ずっと?」
『えぇ、ずっと。兄夫婦ともなるべく会うようにしなきゃね』
サクラさんの声は明るかった。
カスケードさんが軍に入ることを猛反対していたらしいけど、今は違う。
結婚の事だってもっと早くできなかったの、と文句を言っていたくらいだ。
それに比べて今のおれ、暗いなぁ…。
『ところで、明日お暇?』
「明日?」
明日は確か何も予定が無い。ちょうど休みだし。
『もし良ければ、映画でもどう?
チケット二枚あるから、ディアさんと二人で』
映画か…ディアとはもう見に行けないだろうな。
せっかく別れたのに、また二人で行くことはない。
「サクラさんは?」
『私?私も見たかったけど、一緒にいく人いないから譲ろうと思って』
「おれと一緒に見ない?サクラさんが良ければ、だけど」
『え?!』
電話の向こうは慌てていた。
何もそこまで狼狽することないだろうに。
それとも、おれとは嫌なんだろうか。
『…本当に?』
「うん。せっかくのチケットだし、サクラさんが見なきゃもったいないだろ」
『でも…良いの?私と一緒で』
「サクラさんと一緒だから良いんだ」
よくこんな台詞がぽんぽん出てくるな、おれも。
相手は上司の妹だってのに。
『じゃあ、宜しくお願いします』
これで明日の予定は埋まった。
ディアとはあまり顔を合わせなくて済みそうだ。
目が覚めると、物音が聞こえた。
やっと帰ってきたらしい、あのバカ。
どこに行っていたのか詮索するつもりはないし、聞きたくない。
他人のことなんてどうだって良い。
それより、そろそろ起きて支度しなければ。
ディアが布団に入ったところで、おれは体を起こした。
四時。…もう少し寝てて良いかもしれないけど、ディアと同じ空間にいるのが辛い。
何も気づかないふりをして、寝室を出た。
朝食は一人分。パンもあるし、適当に食べるだろ。
朝食の次は…さて、何を着ていこうか。
クローゼットを開けると、カバーのかかった衣服が見えた。
上着とか、本来不必要なウェディングドレスとか。
そろそろ処分しなければ。
着替えた後に机の上にあったドッグタグに手を伸ばしかけて、やめる。
これも処分しなきゃ。…いや、思い出程度にとっておこうか。
処分しなければならないものがあまりに多すぎて、段々考えるのが面倒になってきた。
「…まだ時間あるな…」
待ち合わせまで何時間もある。
たまには散歩でもしようか。
ディアがいない、散歩道を。
おれは荷物を持って、部屋を出た。
一人で歩く道は寒い。
どこへ行こう。…そうだ、サクラさんを家まで迎えに行こうか。
ついでにカスケードさんの家に寄って…まだ時間が早いから、怒られるかな。
あ、車の免許とらなきゃな。もう運転してくれる人はいないんだから。
考えながら歩いていたら、待ち合わせよりも大分早くでかい家に着いてしまった。
代々軍人一家のインフェリア家。
…カスケードさんは、自分に子供ができても軍人にはしたくないって言ってたな。
自分みたいな辛い思いはさせたくないって。
でも、辛いことばっかりじゃないような気がする。
おれだって自分で入りたくて入ったわけじゃないし、辛いこともあったけど、
ディアに会えたから全部帳消しになったようなものだし。
………何を考えてるんだ。
ディアとはもう別れたし、今更想う必要なんて無い。
あいつとはもう終わったんだ。
だから…
「アクトさん、何やってるの?」
ドアが開いて、ダークブルーの長い髪が風に靡いた。
「サクラさん」
「わざわざうちまで来たの?こんなに早く?」
サクラさんは驚いているようだった。当然だろうけど。
「早く起きすぎちゃって…」
「…変なの」
言い訳するおれに、サクラさんはクスクスと笑った。
女性らしい、綺麗な仕草。
本当にこの人がカスケードさんの妹なんだろうか。
「じゃ、今行くから待ってて」
この人なら、一緒にいたいと思う。
今までのこと、忘れさせてくれそうな気がする。
そんなことを思っていたら、支度を終えて戻ってきた。
「お待たせ。…映画までは時間あるわね」
「ゆっくり行こう。そしたらきっとちょうどだから」
おれは彼女に手を差し伸べた。
とってくれないかもしれないけれど、伸ばしてみたかった。
サクラさんはちょっとはにかんで、おれの手をきゅっと握ってくれた。
傍から見れば…多分女友達なんだろうな。
「アクトさん」
「ん?」
「…こんなこと訊くの、失礼かもしれないけど…
ディアさん、どうかしたの?」
…まぁ、不思議に思うのも無理は無いけれど。
でも、今は思い出したくなかったな。
「…あいつとは、別れたんだ」
「別れたって…」
意外、というような顔をされた。
サクラさんから見ればそうかもしれない。カスケードさんから色々聞いているだろうし。
だけど、これは事実だから。
「喧嘩でもしたの?」
「ううん、おれが別れようって言っただけ。
このまま男二人でいるのも、何だしなって思ったんだ」
「…そう、なの…」
繋いだ手に、軽く力が加わる。
背があまり変わらないおれ達は、横を向けばすぐ相手の眼が見れる。
「アクトさん、それでいいの?」
よく見る色と同じ色。深い海色は、見つめられたものを呑み込みそうに綺麗だ。
この眼で見つめられると、嘘がつけないような気がする。
だけど、
「良いんだ、これで。あいつだっていい人見つけて、いい家庭持つよ。カスケードさんみたいにさ」
おれの口からは、そんな台詞が出てしまっていた。
そのまま黙って歩き続けて、時間も経った。
映画まではまだ三十分くらいあるのに、目の前に映画館がある。
そういえばこの近くに喫茶店があったはずだ。アイスクリーム屋の向かいに。
「サクラさん、そこで休もうか」
「えぇ」
まだ朝食メニューのサービスをやっている時間帯で、何人か人がいる。
角の目立たない席を選んで、おれ達は座った。
「アクトさん」
ミルクティー二つを注文した後で、サクラさんが口を開いた。
「何?」
「あの…こんなときに、こんなことは失礼だと思ってます。
でも…言わせていただいて良いですか?」
改まった敬語。
何か大切なことを話すときのサクラさんだ。
「良いよ」
「…じゃあ、言わせて貰います」
小さく息をついて頬を染めた彼女が可愛らしい。
何を言われるかと思ったら、意外な言葉が出た。
「私…アクトさんのこと、ずっと好きだったんです」
…好き?
サクラさんが、おれを?
「え、でも…」
「以前風邪ひいて、私が診たことありましたよね。
その時、ずっと傍にいられたらって思ったんです。
私がずっと支えてあげられたらって」
そんなこともあった。
なかなか人に晒せない傷を、彼女は見たんだ。
そして、泣いてくれた。
「でも、同情とかじゃないですよ。
本当に、愛しく思ったんです」
前から好きな人がいるって言ってたっけ。
カスケードさんがずっと気にしていた。
まさかそれがおれだなんて、おれ自身もわからなかった。
今まで女の子にこんなこと言われたことなかった。
女顔で、趣味もなんか男っぽくなくて、周りの女の子から相談までされるほどだった。
おれに恋愛感情を持つ女の子なんて、多分サクラさんが初めてだ。
「…なんか新鮮」
「え?」
「今まで男にばっかり迫られてたから」
「…そうなの?」
「そう」
それこそ、玩具にされるくらいに。
そんな状況から救ってくれたのも男で、
おれはその男を…
「サクラさん、あとでカスケードさんに挨拶に行くよ」
おれの突然の申し出に、サクラさんは首を傾げた。
「お兄ちゃんに?どうして?」
「妹さんとお付き合いさせてくださいって。…怒られるかもしれないけど」
「…え、でも、アクトさん…?」
サクラさんは戸惑っていたようだったけれど、おれの気持ちは変えないつもりだった。
「お茶飲んだらちょうど映画の時間だし、映画終わったらカスケードさんの家に行く」
「アクトさん…」
サクラさんには自棄に聞こえたかもしれない。
いや、実際半分自棄だった。
カスケードさんに怒られるのは確実だろうな。
「シィ、サクラ連れて居間にいてくれ。
俺が良いって言うまで絶対に部屋に入るな」
カスケードさんはやっぱり相当怒ってるみたいだ。
でなきゃシィレーネちゃんに命令形なんて使わない。
いつも「可愛い妻が〜」って自慢してるんだから。
ドアが閉まって足音が遠のいてから、カスケードさんは大きく溜息をついた。
「…アクト、お前俺になんて言ったか覚えてるか?」
「覚えてる」
「じゃあなんでサクラと付き合うなんて言い出したんだよ」
一年位前、カスケードさんがシィレーネちゃんと付き合い始めた頃だった。
おれは偉そうにカスケードさんに説教した。
生半可な気持ちで付き合ったら、相手を傷つける。
おれは今自分で言ったことをそのまま実行しようとしている。
そんなことは、自分でもわかっている。
「大体ディアはどうしたんだよ」
「別れた」
「別れた?!なんで別れたんだ?!」
「おれが別れようって言ったから」
カスケードさんは知らなかった。
ってことはディアは昨夜ここには来ていない。
大方いつもの酒場なんだろうけど、それにしては帰りが遅かった。
…いや、そんなことはどうでもいい。
「アクト、ディアと別れた原因は?」
「…原因っていうか…駄目だと思ったんだ」
「何がだよ」
カスケードさんにはありのままを話そう。
話したら吹っ切れるかもしれない。
「おれと一緒じゃ、ディアは幸せにはなれないと思ったんだ」
人間だって動物だ。子孫を残すのは当たり前のことだ。
その当たり前のことが、おれたちはできない。
それじゃヴィオラセントは続かない。せっかくディアは生き残ったのに。
お兄さんもお姉さんも亡くなって、ディア一人なんだから。
おれの場合ロストートはマーシャにも血が流れているから良いけれど、ディアは本当に最後だ。
おれは母方が続かないだけだけど、ディアは父方も母方も両方背負っている。
それだけじゃなく、ディアはフィリシクラムさんの教えを次世代に伝えなきゃいけない。
どの観点から見ても、ディアはおれと一緒にいちゃいけないっていう結論になる。
「だから、突き放したのか?」
おれは頷いた。
カスケードさんはまた大きく息をついた。
「全く、俺達の姐御はどこ行ったんだか」
「初めから姐御じゃない」
「…とにかく、俺が言っていいことは一つだな」
カスケードさんはおれの肩を掴んで、真剣な表情で言った。
「サクラの幸せを考えろよ。サクラがこうして欲しいって言ったら従え。
それを約束しさえすれば、あとはお前の好きにしろ」
サクラさんの両親、つまりカスケードさんの両親でもある人たちにも会った。
お父さんは厳格な人らしく、お母さんもしっかりした人らしかった。
軍人一家インフェリア家の男はみんな同じ色だって事もわかった。
「ごめんね、お父さんったらいきなり失礼で…」
「いや、仕方ないよ。女に見られるのはもう慣れたから…」
性別を間違えられるなんていつものことだ。
それより、サクラさんの部屋が実用性の高いのに驚いた。
「あ、この本棚フォース社のだ」
「デザインもいいし、機能性もいいから。結構こだわるのよ」
こだわった結果が部下の実家関連ってのもなぁ。
「…サクラさん」
「何?」
「本当におれでいいの?」
本棚の手触りが良い。
自然の木肌の感じが心地良い。
「…私が訊きたいな、それ。本当に私でいいの?」
「おれはいいんだ」
「だったら私もいいわ。お兄ちゃんが何て言ったか知らないけど…」
カスケードさんに言われたことは言える筈が無い。
サクラさんに言ったら、きっとカスケードさんの所に行って初めから話し合わなければならない。
「サクラさん、おれ、寮出るよ」
「え」
「どこか部屋借りて住む。職場にはそこから行けばいいし」
別に彼女に宣言するようなことじゃない。
だけど、決心を固めるにはそうする必要があった。
「さっそく部屋探さなきゃな…どこにし」
「アクト!」
びっくりした。
おれだけじゃなく、サクラさんも。
「お兄ちゃん…」
「どうしたの?カスケードさん」
「悪い、余計なことだと思ったけど、ディアと話した」
…世話焼きすぎだよ、カスケードさん。
「で、何?」
「ディアさ、シェリーちゃんと付き合い出したらしいんだ。
シィがシェリーちゃんに確認とったら、どうも本当らしい」
なんだ、もう見つけたんだ。
さすがセクハラ大魔王。
…シェリアちゃんが危ないような気もする。
「そっか、これで解決だ。
これでいいんだ、これで」
「アクト…お前本当にいいのか?」
「良いんだよ。
…あ、サクラさんとは結婚を前提にお付き合いさせていただくことになりましたから。
宜しく、お義兄さん」
余計なことをしたカスケードさんに嫌がらせをする。
ディアと連絡をとったことだけが、余計なことなんじゃない。
連絡をとったその結果が、少し気に食わなかっただけ。
荷物を片付けていく。
ディアがいない間に南方へ行く準備をしていた、あの時みたいに。
ディアは何も手を出さずに、その光景を見ている。
黙々と作業を続けるおれに、何も言葉をかけようとしない。
「ディア」
おれの先制に、ディアは不機嫌に応える。
「…何だよ」
「世話になったな」
全て終わった。これで良い。
「サクラとせいぜい仲良くやってろ」
「お前こそ、シェリアちゃん泣かすなよ」
互いの今の相手の名を、わざと口にする。
借りたアパートに荷物を運ぶのに、カスケードさんたちに手伝ってもらった。
「アクト、荷物これで全部か?」
「うん。ありがとう、カスケードさん」
「…あぁ」
荷物を車に載せて、送ってもらう。
助手席の窓から見える寮は、もう二度と行くことの無い場所。
ディアと会うのも、職場でだけだ。
サクラさんもたまに来るし、一人の部屋に空虚感なんて無い。
無いはずだ。
そんな風にしてしばらく過ごした。
ディアとはあまり口をきかず、本当に事務的な関係になった。
よくシェリアちゃんと一緒にいるのを見るけれど、気にしないようにした。
おれに気にする権利なんて無いから。
サクラさんとは普通に付き合っていた。
手を繋いだりする以外は何もしなかった。
結婚式の日取りも決まって、その準備に追われるようになった。
忙しくなればなるほど、ディアの姿を見ることは少なくなった。
招待状の数が一枚多かった。
どう考えても多い。
「サクラさん、一枚多いんだけど、予備?」
「予備のわけないでしょ。それで全員分よ。
大体それ、もう出したリストじゃない」
そうなんだけど、一枚多いのは気になる。
おれは先に言ったはずだ。
ディアには送らないって。
送りたくなかった。
ディアには、来て欲しくなかった。
「…サクラさん、ディアにも出した?」
おれがそう尋ねると、サクラさんは少し躊躇いながら、
ゆっくり、頷いた。
「どうして…」
「どうしてもこうしても無いの。職場の上司なんだから呼ぶのが普通よ」
それは、そうだけど。
これ以上の反論はできない。カスケードさんと約束したから。
だけど、やっぱり見られたくない。
おれが結婚するのなんて、ディアには見られたくないんだ。
一枚多い招待状、もう届いてしまっただろうか。
破り捨ててくれれば楽なのに。
サクラさんは本当に綺麗で、カスケードさんも泣いていた。
…ように見えただけだって本人は言い張っていたけど。
おれはというと、着慣れない服に違和感を持っていた。
「アクトはやっぱりあの時のイメージがあるからなぁ…」
カスケードさんが言うのは、多分マルスダリカの事件。
ウェディングドレス、結局ディアの部屋において来たんだっけ。
もう捨てられただろうか。
「さて、式が始まるからな。準備してろよ」
カスケードさんはいつもと変わらない調子で笑った。
サクラさんは綺麗だし、みんな「おめでとう」とは言ってくれるけれど、
でもやっぱり、もやもやしたものが残っている。
「アクトさん」
ドアをノックして入ってきたのは、銀髪の青年だった。
「グレン…」
「話は色々な人から聞いてます。
…本当に、これでいいんですか?」
グレンは結局カイと歩む道を選んだ。
二人にとって、一番良い選択。
「良いんだよ、おれは。
サクラさんのことは好きだし…」
おれはこれでいいんだ。
これで。
ずっとそう言い聞かせてきた。
ディアだって相手がいるんだから、それでいいと思っていた。
だけど、
それならどうしてディアを呼びたくなかったんだろう。
どうしてディアを忘れられないんだろう。
どうして…
そろそろ入場してください
そう呼ぶ声が聞こえた。
式次第は何事も無く消化されていった。
見たくなかった姿は見えなくて、入場した時からほっとしていた。
同時に、痛かった。
おれはずっとあいつを追っていた。
だから、見えないと不安で、苦しくて。
自分から別れようと言ったのに、自分で納得できなかった。
バカみたいだと思ってる。
カスケードさんによる進行がとてもゆっくりに思えた。
おれは一体どうしたいんだろう。
それがわかっても、もうどうにもならない。
きっとおれは、まだ未練を残してる。
いや、確実に。
サクラさんのことも好きだ。
おれを好きでいてくれる人で、大切な人だ。
だけど、おれが本当に好きな人は…
何を今更って思う。
だけど、
やっぱり、ディアに会いたいんだ。
「アクト!」
式場内の全員があいつに注目している。
無理も無いけれど。
カスケードさんのお父さん、すごく怒ってるみたいだ。
でも、ごめんなさい。
「花嫁…じゃねぇな」
おれは、あいつの気持ちが聞きたい。
そして、自分の気持ちを伝えたい。
「花婿、奪いに来たぜ!」
一番大切な人から手を伸ばされて、
腕を強く、優しく掴まれる。
「ディア…」
「いくぞ」
おれがサクラさんを見ると、
サクラさんはしっかり頷いてくれて、
後はディアに引っ張られて、式場の外に連れて行かれた。
…サクラ、これじゃ中止だな。
そうね。…二人が幸せになってくれればいいけど。
じゃ、俺が会場内の人たちに幸せを分けてやろう。
?お兄ちゃん、何する気?
…えー…ただいまより予定を変更いたしまして、私カスケード・インフェリアからの大変めでたいお知らせをいたします。
めでたいって…
俺とシィに子どもができましたーっ!!
………えぇ?!
「前代未聞だろ…」
おれは呆れ果てて頭を抱えた。
「良いんじゃねぇ?花婿掻っ攫うのもなかなか面白くてよ」
「バカ」
ニヤニヤしているディアを、おれが小突く。
一年前はいつもこうして過ごしていた。
これから、おれ達の時間を取り返さなきゃな。
「アクト」
ディアに呼ばれて、
「何?ディア」
おれは微笑で応える。
「久々に…いいだろ?」
懐かしい感触を重ね合わせた。
おれ達は、ここからまた始まる。
「謝ってこなきゃな」
「…そうだな」
* * *
「夫には転地療養が必要だと思うのよ」
マグダレーナさん…つまりホワイトナイト夫人はうちに来て力説を始めた。
「うち」は、おれの発案で建てた下宿のこと。
と言っても人は入らなくて、ほとんどディアが人相の悪い雇われ警備員で稼いでるけど。
つまり、おれとディアは今同棲してる。
そこに今日、元上司のホワイトナイト夫人が子供を二人連れてきた。
「それで、マグダレーナさんは旦那さんと一緒に行くんだ?」
おれは昔の癖がぬけなくて、彼女を旧姓で呼ぶ。
ディアもそう呼んでて、マグダレーナさん自身気にはしていないらしい。
「そうなのよね…だから、ディア君とアクト君にお願いがあるの。
二人はもう夫婦みたいなものだから、いいでしょう?」
「なんだよお願いってのは」
「うちの子二人、暫く預かって欲しいの」
………預かる?子供を?
「ちょっと待て!うちにガキ二人もかよ!」
「あら、人の子供に向かってガキだなんて失礼ね」
ディアは本当に失礼だ。マグダレーナさんごめん。
子供は十歳のお兄ちゃんと六歳の弟らしい。
「上の子は軍の入隊試験受けて合格したから、明々後日から出勤するわ。
下の子がまだ六歳なのよ」
「そっか…マグダレーナさんの子供、軍人になったんだ」
らしいといえばらしい。きっと良い軍人になるだろうな。
「養育費は送るわ。だから、頼んでいいかしら」
「わかった。何とかやってみる」
「アクト、お前子供の世話できるのかよ!」
「お前が手伝ってくれればいいんだ。
おれ子供欲しかったし、ちょうどいいだろ」
「じゃ、決まりね。お願いね、二人とも」
「わかりました」
子供…夢が叶ったようで、ちょっと嬉しい。
ところで、名前は?
お兄ちゃんがダイで弟がユロウ?
ダイってちょっとディアに似てるな。お父さん似なのか。
ユロウはお母さん似か…二人とも可愛いな。
…おれ達、本当の家族みたいに見えるかな。
Fin