なにもない平原。

見渡す限り草や花の生い茂る地面が続き、ところどころに小さな石ころが転がっているだけ。

その場所の名前は『ラミア平原』。

そのラミア平原を走っている車が一台。

その車は、エルニーニャ王国のシンボルであるライオンのマークを刻みつけた軍の車だった。

その車に乗っているのが3人。

車を運転しているきれいな銀髪に、それを同じ色の瞳を持つ少年、グレン・フォース大尉。

助手席に座っている腰まで伸ばした金髪に淡いブルーの瞳を持つ少女、リア・マクラミー中尉。

そして後部座席に座っているショートカットより少し長めの黒髪に漆黒の瞳を持つ少年、カイ・シーケンス少尉。

年齢は共に18歳。

「あのー、グレンさん」

グレンに、リアが話しかける。

「なんだ、リア?」

「何で…センヴィーナ村に行くのが私達なんですか?」

グレンの返事にリアが聞く。

その質問を聞いたカイも、後部座席から身を乗り出して

「そうですよ。俺本当は今日非番だったのに!」

と不服そうに言う。

その抗議に、グレンは溜息をついた。

「仕方ないだろう。センヴィーナみたいな小さな村からの要請では上は動かない。俺達みたいな下っ端が使われるんだよ。文句があるならさっさと昇進しろ」

そう言って、バックミラーごしに見えるカイをごつく。

それを見ていたリアはクスクスと笑っていたが、思い出したように口を開く。

「グレンさん、もうひとついいですか?」

「なんだ?」

「何で要請を受けて出動しているはずなのに私服なんですか?私達」

そう、軍から出動してきたはずの3人だがみんな軍服ではなく、私服を着ている。

グレンは黒いタンクトップに黒いズボン。そして黒い革の靴。腰にはホルスターをつけていて、そこには四十五口径のリヴォルバーが入っている。

リアは胸の下までしかない白いTシャツにジーパンを太ももの上のところで切って短パンにしたズボンに白いスニーカー。そしてズボンの腰のところ、本来ならばベルトを通すための穴には武器であるムチが巻きつけてある。

カイは白いTシャツに青いジーンズ、そしてリアと同じく白いスニーカー。腰には剣をさしていた。

「センヴィーナから怪物が出るから何とかしてくれと要請が来たときに頼まれたらしい。『来るときは私服で、そして軍の車で来る場合は村の外に車を隠してきてください』ってな」

グレンがリアの質問に答えると、今度はカイがまた後部座席から身を乗り出す。

「どうしてですか?」

「さあな。まあ、その理由は行けばわかるだろう」

そんな会話をしながら3人は村に向かって車を走らせて行った。

 

 

 

30分後、センヴィーナ村―

 

 

「あの…グレンさん」

「なんだ?」

「これは…いったいどういうことでしょう?」

「…俺に訊くな」

3人は村の前まで来ていた。しかし、そこに人はひとりもいない。

村は酷く荒されていた。

店の果物や野菜は地面に転がっていたり潰れていたり、そして建物のほとんどに獣の爪跡のような引っかき傷が残っていた。

「…やっぱり、要請のときに言っていたっていう怪物の仕業ですかね」

「わからない。…とりあえず、建物の中を調べてみよう。まだ助かった村人がいるかもしれない。リアは北側、カイは西側を調べてくれ。俺は東側を調べる」

「はいっ」

「了解」

グレンが指示を出すと、二人は返事をしてそれぞれ別の方向に歩いていく。それを確認して、グレンも村の中に入っていく。

こうして、3人の調査が始まった。

 

 

―数十分後―

 

 

「誰もいないなぁ」

リアが溜息混じりに呟く。

もう自分に割り当てられた範囲はほとんど見終わったが、やはり誰も見つけられなかった。半ば諦めながら、最後の建物に入る。

その建物は、外側はたくさんの獣の爪跡があったが中は何事もなかったかのようにきれいだった。

「ごめんくださーい、軍のものですー!誰かいませんかー?」

リアは家の中全体に聞こえるように大きな声で呼びかける。するとリアのちょうど正面にあったクローゼットがゆっくりと開き、中から小さな女の子が出てきた。年齢は5歳ほど。

その女の子はピンクのワンピースを着ていた。淡いグリーンの瞳を持ち、長い栗色の髪は後ろできれいにまとめられている。

「お姉ちゃん、軍の人なの?」

女の子が恐る恐る聞いてくる。

それにリアは、女の子が怯えないように笑いかける。

「そうだよ。お姉ちゃんはあなたを助けに来たの。あと2人、お兄ちゃんたちもいるよ」

そして女の子に近づき、かがんで目線を合わせた。

「お嬢ちゃん、お名前はなんていうのかな?」

女の子にそう尋ねると、彼女はリアのことを信用してくれたのか

「エメロードだよ」

と少し笑顔を作って答えてくれた。

それにリアもまたにっこりと笑いかける。

「エメロードちゃんか。いい名前だね」

そして彼女の頭を少し撫で、立ち上がる。

生存者が見つかった以上、グレンたちに報告しなければならない。こんなに小さな女の子をひとりで置いていくのは気が引けるが、外は危険だ。荒された形跡がない以上、ここのほうが彼女にとっては安全だろう。

「エメロードちゃん、今お姉ちゃんのお友達を連れてくるから、少しの間ここで待っててくれるかな?」

リアが言うと、彼女は元気よく答えた。

「うん!私、ここでお姉ちゃん待ってる!」

「ありがとう。エメロードちゃんはいい子だね」

彼女の返事を聞いて、リアはまた彼女の頭をくしゃくしゃと撫でる。そして

「じゃあ、行ってくるね」

彼女にそう言い残して、グレンとカイを呼びに家から出て行った。

 

 

―数分後―

 

 

リアは事情を話し、2人をエメロードの家まで連れてきていた。

そして家の中にあった椅子に、エメロードと向かい合うように座る。

「エメロードちゃん、お姉ちゃんたちが来る前にいったいここで何があったのか、教えてくれないかな?」

リアが優しい声で訊くと、エメロードは素直に話してくれた。

「よくわかんない。大きなわんこが来てみんな怖がってた。私も怖かったけど…。わんこが来てからすぐに買い物に行ってたお母さんが帰ってきて私をクローゼットの中に入れたの。ここに隠れてなさいって。私、だからクローゼットの中にいたの。お母さんが絶対に出るなって言ったから」

「大きなわんこ?」

エメロードの拙い説明にカイが頭に?を浮かべる。

「そのわんこ、どんな形だったかわかるかな?」

グレンもエメロードの説明だけではわからず、訊いてみる。せめて、相手がどんな姿をしているかだけでも把握しなければ。

グレンの質問に、エメロードは大きく頷いた。

「わかるよ。絵に描いてあげるね。私、絵が上手だから」

そして立ち上がり、近くにあった紙とクレヨンで『わんこ』の姿を描いていく。

それは、3つの犬の頭に身体、そしてその身体を覆う黒い毛…。

「これって…ケルベロス?!

エメロードの絵を見たリアが思わず叫ぶ。

それにカイも

「ケルベロスって…神話に出てくる地獄の番犬『ケルベロス』のことですか?!

と驚いた口調で言う。

そんな中、グレンだけは落ち着いた口調でエメロードに尋ねる。

「エメロードちゃん、このわんこがどこから来たかわかるかい?」

その質問に、彼女は首を横に振る。

「わかんない。いっつもわんこはいきなり来るから…でも、今日のうちにもう一回来ると思うよ」

「もう一回?エメロードちゃんは、どうしてそう思うのかな?」

「わんこは、来たときはいつも二回来るの。今日はまだ一回しか来てないから、近いうちにもう一回来ると思うよ」

「そうか、ありがとう」

エメロードの言葉を聞いて、グレンが2人を見る。

「聞いた通りだ。ケルベロスはもう一度ここに来る。そのときに一気に片付けよう」

「わかりました」

「了解です」

その二人の返事を聞いて、グレンは近くのテーブルにエメロードが使っていた紙を裏返して広げる。

「じゃあ、ケルベロスが来る前に作戦を立てよう」

そして作戦会議を始めようとするグレンに、リアが話しかける。

「グレンさん、いいですか?」

「なんだ?」

グレンが自分のほうを見たのを確認して、話し出す。

「本で読んだだけなんですけど…神話では、ケルベロスの唯一の弱点は中央の頭とされています。そして、頭を攻撃するならカイ君の剣が一番いいと思うんです。だから、私とグレンさんでケルベロスの動きを止めて、その間にカイ君に攻撃してもらうというのはどうでしょう?」

「確かにそれが一番いいんだろうが…本当にケルベロスの動きを止められるか、リア?」

リアの話を聞くと、グレンは少し考え込む。それから、心配そうに口を開いた。

それにリアは、はっきりと答える。

「はいっ!必ず止めてみせます!」

「…わかった。では、その作戦で行こう。期待してるからな、リア」

彼らの中で、そう結論が出たときだった。

遠くから『グルルル』といううめき声が聞こえる。

「お姉ちゃん、わんこが来たよ!」

エメロードがそう叫ぶ。それを聞いたリアはエメロードの頭を撫でて、優しく言う。

「エメロードちゃん、お姉ちゃん達がわんこをやっつけて来てあげるから、お姉ちゃん達がここに戻ってくるまでまたクローゼットの中にいてくれるかな?」

「うん、わかった!」

リアの言葉に、エメロードは元気に返事をしてクローゼットの中に入って行った。それを確認して、グレンが二人を促す。

「行くぞ、カイ、リア!」

こうして、3人はケルベロスを倒すために家を出たのだった。

 

 

3人が外に出ると、村の入り口にケルベロスがいた。

それを見て、グレンが二人に指示を出す。

「いいか、さっきの作戦通りで行くぞ!ただ、絶対に無理はするな!」

そして指示を出すと共に、ケルベロスに向かって走っていった。リアとカイもそれに続く。

3人がそれぞれ走るが、カイだけはケルベロスにギリギリまで近づくと2人の邪魔にならないように近くにあった家の陰まで跳び、待機する。

それを確認して、リアとグレンはそれぞれ左右逆方向に跳び二手に分かれた。そして着地した瞬間に、グレンがホルスターから銃を取り出し発砲する。

それをケルベロスはひょいっ、と簡単に避けた。

しかしその隙をついてリアがケルベロスの脚を狙ってムチを放つ。

ムチはケルベロスにあたり、脚に絡みつくかに見えた。しかしそれも、ケルベロスはギリギリのところで避けてしまう。

「チッ!」

それを見たリアが悔しそうに舌打ちする。

「リア、落ち着くんだ!タイミングは良かった、もう一度やるぞ!」

リアの様子を見たグレンがそう言う。そしてまた二手に分かれ、グレンが発砲する。

その隙にリアがケルベロスの死角に入り、再びムチを放つ。

そのムチはケルベロスの脚にあたり、しっかりと絡みついた。

「ええい!」

ムチが絡みついたことを確認したリアは、思い切り自分のほうにそれを引っ張る。

リアに脚を引っ張られたケルベロスはバランスを崩し、少しよろけた。

その様子を見たグレンが、すかさず指示を出す。

「カイ、いまだ!」

「はいっ!」

グレンの声を聞いた瞬間、タイミングを待っていたカイが家の陰から飛び出し、バク転の要領で一回転して剣を構えそれをケルベロスの頭に突き立てた。

「ギャウウウ!」

ケルベロスが苦痛の叫びを上げる。そして、その体がグラリと傾いた。

その瞬間、カイは突き立てていた剣を抜き、ケルベロスの頭を蹴って飛び上がり地面に着地する。

その反動で、ケルベロスはズーンッという低い音をたてて倒れる。そしてケルベロスが倒れたあと、その身体を眩い光が包み込み、パンッとはじけてその姿を消した。

「…終わった」

リアが静かに言う。それにグレンとカイも

「ああ」

「そうですね」

とそれぞれ呟いた。

そしてそのあと、3人はしばらく何も言わずにケルベロスがいた場所を見ていた。

しかし、その沈黙をリアが破る。

「さあ、エメロードちゃんの家に戻りましょう。きっと待ちくたびれてるわ」

こうして、3人はエメロードの家に向かって歩いていった。

 

 

「エメロードちゃん、もう出てきてもいいよ」

リアがそう言ってエメロードを呼ぶ。すると、クローゼットの中からゆっくりとエメロードが出てきた。

そして

「お姉ちゃん達、お母さんの仇をとってくれてありがとう」

と静かに言う。

その身体は、光に包まれていた。

「…エメロードちゃん?」

エメロードの姿を見たリアが彼女に近づく。しかし、そんなリアを気にしていない様子でエメロードはさらに続ける。

「ありがとう。これで私も…お母さんのところに行ける」

「え?」

その言葉に、リアは頭に?を浮かべる。その瞬間、今までエメロードの身体を包んでいた光が弾けた。

そしてその光が消えたときには、もうエメロードの姿はどこにもなかった。

それを見て、カイが静かに言う。

「エメロードは…もう死んでたんだな。でもお母さんの仇を討ちたくて、ここで俺たちが来るのを待ってたんだ…」

「うん。そうだね」

カイの言葉に、リアの頷く。

それから3人はしばらくの間、何も話さなかった。しかしグレンが不意に口を開く。

「さて、帰ろうか。軍に報告しなきゃな…」

「はい」

グレンの言葉に2人も返事を返し、村から出る。そして隠していた車に乗り込み軍に報告するために自分たちの街に帰ったのだった。

 

 

このときの事件は、のちに『センヴィーナの悲劇』と呼ばれ、長き歴史のひとつとして語られることとなる。

そして、3人がこの事件のことを忘れることはなかった。

ずっと…永遠に。