そこは田舎道だった。

軽く舗装されただけの土の道が1本だけ、東から西に通っている。その両脇には広い畑が限りなく広がっていた。

そして天気は見事な快晴。

空は青く澄み渡り、少しだけある雲は風の赴くままに身を任せゆっくりと流れている。

そんな道を一台の車が走っていた。

見たところ、乗用車のようである。

その車に乗っている人物は3人。年齢は共に15歳。

運転席に座っている人物。きれいな銀髪に、それと同じ色の瞳を持つ少年。

名前はグレン・フォース。地位は中尉。黒のタンクトップに黒のズボン、そして黒い革の靴を履いている。

腰にはホルスターをつけていて、その中には四十五口径のリヴォルバーが入っていた。

そして後部座席に座っている男女2人。

女の方、腰まで伸ばした金髪に淡いブルーの瞳。

名前はリア・マクラミー。地位は少尉。白い胸の下までしかない短いTシャツにジーパンを太ももの上のところで切って短パンにしたズボン、そして白いスニーカー。

ズボンの、本来はベルトを回すための穴には武器であるムチがきれいに束ねられて巻きつけられている。

そして男の方、ショートカットより少し長めの黒髪に漆黒の瞳。

名前はカイ・シーケンス。地位は准尉。白いTシャツに青いジーンズ、そしてリアと同じく白いスニーカー。腰には剣をさしている。

この3人は今、軍からの命令によりロックフォードという西にある小さな村を目指していた。

その命令とは『村の視察』である。

軍人であるグレンたちはレジーナで将軍のジェイ・クラフトに言われてグレンをリーダーとして初対面であるにもかかわらず、任務遂行のためにチームを組まされることになったのだ。

「ロックフォードってどんな所なんでしょうね、中尉」

リアが無言で運転しているグレンに明るく話しかける。

しかしそれに対してグレンは

「さあな、俺も行ったことがないからわからない」

とぶっきらぼうに答えるだけ。そしてそのまま黙ってしまった。

しかし、しばらくしてグレンが徐に口を開いた。

「少尉、准尉、さっき見た地図によるともうすぐ村に着く。

今回の任務はあくまで村の視察だ。そのため村に着いたら軍人だとばれないようにお互い名前で呼びあうこと。

それから、俺たちは村では国を旅して回っているただの旅人として振舞うことにする。

だから武器は一応持っていくが、本当に非常事態のとき以外使用しないように」

「はいっ」

グレンの説明を聞いて、2人は軽く敬礼して答える。

こうして、3人はロックフォードに向かった。

 

 

「わー、結構活気のある村ですね!」

リアが嬉しそうに言う。

「当然だ。ここは小さくても財源が豊富だし、行商人も多い。隣の町とも3キロほどしか離れていないしな」

「グレンさん、ここに来たことないって言ってたのに、ずいぶんと詳しいですね」

グレンの言葉を聞いてカイが不思議そうに聞く。

それにグレンは

「本で読んだだけだ」

と無表情で答える。すると今度はリアが

「でも、さっき車の中で私が『ロックフォードってどんなところでしょうね』って聞いたら『俺もいった事がないからわからない』って答えたじゃないですか」

と少しムスッとして言う。するとグレンはまた無表情で言った。

「俺は村の『状況』を知っているだけで『様子』は知らない。だから『わからない』と答えたんだ」

それを聞いたリアは言葉を失う。抗議をしたいがグレンが言っていることは確かに間違いではないのでこれ以上は反論できないのだ。

結局リアは言葉が見つからず、ムスッとしたまま黙ってしまった。

それを見たカイはこの状況を何とかしようと辺りを見回して話題になりそうなものを探す。そしてそれを見つけると指をさして言った。

「ところでグレンさん。あれ、なんでしょうね」

それを聞いてグレンはカイの指さす先にあるものを見た。リアもそれに続く。

それは村のはずれにある小さな丘に建っている建物だった。しかし、それはどう見ても今は使われていない廃墟といった感じだ。

「なんか・・・今は使われてないっぽいですね。なんかでてきそう・・・」

その建物を見たリアは、そう評価した。しかし、グレンはあまり気にしていない様子で

「さあな。あの建物のことは本には載っていなかった。

とりあえず、村を見てまわってから話を聞くためにここの村長の家に行こう。それから聞けるようだったらあの建物のことも聞いてみよう」

と言う。そのグレンの提案に二人は従い、そのまま村を見てまわった。

グレンたちはこの村にとてもいい印象を受けた。

村の市場はとても活気があって、いろいろなところから商品を宣伝する店主の声が聞こえた。

そして村人達は歩いている自分達にまるで同じ村人のように自然に話しかけ、いろいろな話をしてくる。

3人は今まで軍の命令でいろいろな街や村に軍人だということを隠して行ったが、こんなに村人以外にも親切なところは今まで見たことがなかった。

この村はそれだけ豊かで、心の温かい人たちがいるのだろう。

グレンたちはひさびさに人の温かみを感じながら、歩いていた村人に村長の家を聞いてそこに向かったのだった。

 

「わー、すごいですねー」

リアが建物を見上げて言う。

村長の家はとてつもなくでかい建物だった。

首都であるレジーナにもなかなかないような豪勢な造り。

家は二階建て、外壁はきれいな白でその壁にはたくさんの大きな窓、その窓の窓枠は遠くからではわかりにくいが、どうやら金のようである。

そしてその家のまわりの庭はきれいに芝が手入れされ、大きな木にきれいな色とりどりの花など緑が満ち溢れていた。

その家を囲う塀は二階建ての家の一階分より少し高め、コンクリート製で正面玄関の前の部分には大きな柵。

そしてその柵の前には2人の屈強な体つきのガードマンらしき人物がいた。

「これは・・・家に入れてもらえないんじゃないですか?」

カイが家の前でガードマン達に聞こえないように小声でグレンに言う。

それにグレンは

「・・・だめもとで家に入れてもらえるよう交渉してみよう」

とカイと同じく小声で言った。そしてガードマンに近づいていく。

「あの・・・すみません」

グレンがガードマンの1人に話しかける。

「なんでしょうか?」

話しかけられたガードマンが聞いてくる。その表情は険しいものだった。

それにグレンはできるだけ愛想よく話し出した。

「実は、私たちは今日この村に来たばかりの旅人なんです。

それで、私たちは訪れた場所の長には必ず御挨拶をしようと決めているんです。これからいろいろとお世話になる身なので・・・。

ですから、もしよろしければ村長さんに会わせていただけないでしょうか?」

すると、ガードマンは少し表情を緩めた。

「そういうことでしたらお通ししましょう。この村は村長の家にガードマンをつけてはいますが、基本的に村長に会いたいという者を拒まないのですよ」

そう言うと、ガードマンは後ろの2人を見た。

「あの御二方はあなたの連れですか?」

「はい、そうです」

「そうですか。では、今村長にこのことを伝えてきますので少々ここでお待ちください」

そう言い残して、ガードマンは家の中に入っていった。

「なんか・・・あっさり入れてもらえそうですね。ガードマンがいるからもっと苦戦するかと思いましたけど」

リアが拍子抜けしたような口調で言う。

それにカイも

「そうですね。長っていうのは普通、あまりむやみに自分の家に他人を入れないものなのに・・・」

と少し不思議そうに言う。

すると今度はグレンが

「まあ大体はそうだな。だが、そうでない村もごくまれにある。この村はその部類なんだろう」

と静かに言った。

そう話しているうちに、家に入って行ったガードマンが戻ってきた。

「お待たせいたしました。では、村長の部屋にご案内します」

戻ってきたガードマンがそう言ってグレンたちを家に案内する。

3人はそれに素直について行った。

 

 

家の中は外にも劣らぬ豪華さだった。

床にはふかふかの赤いじゅうたんが敷かれ、壁にはとても有名な画家達の絵がたくさん飾られている。

そして廊下の脇には、これまた有名な置物や鎧などが飾ってあった。

3人はそれらを見ながらしばらく歩いていた。

「ここでございます」

そう言ってガードマンがひとつのドアの前で足を止める。それに続いて三人も足を止めた。

それを確認したガードマンはそのドアを軽くノックする。

するとすぐに中から声が聞こえてきた。

「なんだ?」

「旅の方達をお連れしました」

「そうか。入りなさい」

それを聞いたガードマンはゆっくりと扉を開いた。そして三人を部屋に入れる。

その部屋に3人は驚いた。豪華という意味とは違う意味で・・・。

その部屋は家の外装や廊下からは考えられないほど質素な部屋だった。

部屋の広さは十畳ほど。中央には木製の少し大きめのテーブルに同じく木製の椅子が六脚。

そして部屋の隅にはクローゼットや小さな引出しなど、必要最低限のものしかなかった。廊下に飾られていたような絵画などは一つもない。

「どうなされたかな?」

グレンたちの様子を見た男はそう聞く。

その男は、見た目は50歳ほどの老人だった。

きれいな茶色の髪にシルバーの瞳、鼻の下には髪と同じ色の口ひげをたくわえていた。そしてグレーのスーツを着ている。

「いえ・・・少し意外だっただけです。家の外装や廊下がとても豪華だったので・・・」

男の問いにグレンは正直にそう答えた。

それに男は

「はじめてこの家に来て私の部屋に入ったものは皆そう言うよ。

私はできるだけ村民と同じ環境で暮らしたいのだがそうすると他の村からばかにされるのでね、せめて自分の部屋でもと思ってこういう質素な感じにしているんだよ」

と少し笑みを浮かべていった。そして

「ほら、そんなところに突っ立っていないでこちらに来て座りなさい。

と手招きをする。

3人はそれに従い、テーブルまで歩いて行きそこにある椅子に腰掛けた。

それを確認した男が話し出す。

「さて、まずは自己紹介をしなければな。私はアスリック・カーネギー、この村の村長を勤めさせてもらっている。今年六十歳になるよ」

それを聞いて、今度はグレンが口を開いた。

「カーネギーさんですね。僕はグレン・フォースです。とても六十歳には見えませんね、もっとお若く見えますよ」

「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」

グレンの言葉にアスリックはまた笑みを浮かべる。そしてその後にリアとカイも自己紹介をした。

「はじめまして、カーネギーさん。私はリア・マクラミーです」

「僕はカイ・シーケンス。お会いできて光栄です、カーネギーさん」

「私も君たちにあえて嬉しいよ。このごろは怪物騒ぎでめっきりこの村を訪れる旅人が減ってしまったからね」

「怪物?」

グレンが呟く。

(まさか・・・将軍が言っていた噂は本当だったのか?)

そう考えながらも、それを聞くのは躊躇われた。他人の自分達が詳しく聞いていいものなのか・・・。

しばらくそうして考えていたが、

「それって、村に怪物が出るって噂のですか?」

と言う声が聞こえた。

それはリアの声だった。それにアスリックは少し悲しそうな表情で話し出した。

「ええ、やはり噂になっているのですね・・・。

あれは2年程前、いつものように生活をしていた私たちでしたが、突然怪物が襲ってきたんです。

来たのは一匹だったのですが、とても私たちでは太刀打ちできず、困っているのです・・・」

そこでアスリックは言葉を切り、それからは何も言わなかった。

グレンたちも沈黙を守る。

その間は、市場から聞こえる声や鳥の声だけが遠くに聞こえた。

そのまま数分が経ったが、徐にアスリックが口を開いた。

「ところで、あなたたちは今日の宿はお決まりかな?」

「え?」

あまりにも唐突に聞かれたので、グレンはそれしか言えなかった。

「今日の宿は決まっているのかと聞いたのだが・・・もし決まっていないのなら、うちに泊まっていかないかと思ってね・・・」

「え・・・ですが、ご迷惑ではありませんか?たまたまここに来た僕達が急に泊まるなんて・・・」

グレンは遠慮してそう言ったが、アスリックは微笑を浮かべて言う。

「迷惑だったら初めからそんなことは言わんよ。私もひさびさの旅人さんとゆっくり話がしたいし・・・どうかね?」

そう言われてグレンは他の2人を見た。

それに気づいた二人は

「グレンさんがよければいいんじゃないですか?」

「そうですね。俺もグレンさんに任せます」

と言う。

それを聞いたグレンは瞳を閉じてゆっくりと少し息を吐くとアスリックを見た。

「では・・・お言葉に甘えさせていただきます。でもその前にひとつだけ聞かせてください」

「何かね?」

「この村のはずれにある丘に建っている建物はなんですか?」

「ああ、あれか・・・」

グレンの問いにアスリックはそう言うと、ゆっくりと答えた。

「あれは十年前まで鉱物を加工するために使っていた工場だよ」

「工場?」

「ああ。十年前まであそこは工場として使われていた・・・。

しかし、あそこも古くなってね、十年前別の場所に新しい工場を造ったんだ。それ以来、あそこは廃墟になっているよ」

そこで言葉を切って、アスリックは扉に向かって歩いていった。

「さて、君たちを今夜泊まる部屋まで案内しよう。ついて来なさい」

こうして、この日はアスリックの家に泊まることになったのだった。

 

 

「はー、美味しかったー」

そう言ってリアがベッドに倒れこむ。そしてばふっと音をたてて跳ね返った。

それを見ていたカイも

「本当に美味しかったですよね。こんなに美味しいもの食べたの久しぶりかも」

と満足そうに言う。

この日、アスリックの家に泊まることになった3人は夕食をご馳走になったのだ。

その夕食はとても豪華なもので、三人がお腹いっぱい食べてもまだ余るほどだった。

そして今はあてがってもらった部屋にいるのである。

その部屋にはとてもふかふかの豪華なベッドが三つにトイレに洗面台、そしてとてつもなく広いバスルームまでついていた。

「で、明日はどうします?グレンさん」

カイがグレンに聞く。

それにグレンは

「そうだな・・・。村の中も今日でひと通り見終わったし、明日カーネギーさんに詳しく村のことを聞いてからすぐにレジーナに帰ろう」

と言った。その言葉を聞いたリアが勢いよくベッドから起き上がりグレンに抗議する。

「例の怪物のことはいいんですか?」

しかし、それにグレンはそっけなく答えた。

「忘れたのか?俺たちの任務はあくまで村の視察だ。それに将軍には『任務中に怪物に遭遇したら始末しろ』と言われている。

つまり、俺たちがこの村にいる間に怪物が出てこなかったら放っておいていいんだ」

「でも・・・っ」

「『でも』じゃない。俺たちはただの軍人だ。村からの要請がない限り、その村のことにかかわることは出来ないんだ」

そう言ってグレンはそのままベッドに横たわる。

「わかったらいいかげんもう寝ろ。明日は朝カーネギーさんに話を聞いたらすぐに村を出るからな」

そしてそのまま寝てしまう。それに続いて何も言わずにカイもベッドに入った。

それを見たリアも、諦めて大人しくベッドに入る。

こうして3人はこの日、眠りについた。

 

 

深夜、グレンは規則的な寝息を立てて深い眠りに落ちていた。

しかし、さすが軍人の端くれとでも言おうか、微かにした小さな物音で目を覚ます。

そのままグレンはベッドから起き上がり、リアとカイを起こした。

「なんですか?グレンさん」

「まだ夜中ですよ?勘弁してくださいよ」

真夜中に叩き起こされたリアとカイは不平を言う。

しかしそれにかまわずにグレンは耳をすまして物音を聞いていた。近づいてくる。

そのあと微かにカチャリ、という金属音が聞こえた。

そして次の瞬間、

「伏せろ!」

グレンが叫ぶ。そしてそれとほぼ同時に何本もの線が入り口から部屋を襲った。

「きゃっ」

「な・・・なんだ!?」

その光景に完全に目を覚ました2人が叫ぶ。

そしてその線が消えると、壊れた扉から何人かの人影が入ってくる。

最初はそれが誰だかはわからなかったが、暗闇に目が慣れてくるとその姿ははっきりと映った。

それはきれいな茶色の髪を持ち、鼻の下にはそれと同じ色の口ひげをたくわえた老人・・・。

「まさか・・・カーネギーさん!?」

そう、部屋に入ってきたのはこの村の村長であるアスリック・カーネギーと外にいたガードマン、そして数人の使用人だった。

アスリック以外の手には木の棒が握られている。

「なぜあなたがここに!?」

そう叫んだのは、カイだった。それにアスリックはゆっくりと答える。

「まあ、いろいろと事情があってね・・・」

そう言うアスリックに昼間みせたやさしい表情はなく、代わりにひどく冷徹な表情が顔に張り付いていた。

「取り囲め」

そのままの表情でアスリックが言う。

すると、アスリック以外の全員がグレンたちを取り囲んだ。

「どうしてこんなことを!?」

グレンがアスリックに向かって叫ぶ。

それにアスリックは表情を変えずに言った。

「言っただろう?いろいろと事情があるのだよ・・・。やれ」

そのアスリックの言葉を合図に、ガードマン達がじりじりと三人に近づいてくる。

それにリアは腰につけていたムチで応戦しようとするが、

「だめだ!」

と言うグレンの声で動きを止めた。

「何でですか!?」

「ここに来たときに言っただろう!本当に非常事態のとき以外武器は使うなと!」

「でもっ」

「なんと言おうとだめだ!」

それを聞いて、諦めたリアは仕方なくムチから手を離す。

その瞬間、ドカッという音と共にグレンが倒れた。

ガードマンに後頭部を殴られたのだ。

「グレンさん!」

それを見たリアがすぐにグレンに駆け寄り、抱きかかえて身体を揺さぶる。

しかし、かたく閉ざされた瞳が開くことはない。どうやら完全に気を失っているようだ。

そしてそうしているリアの後ろで、再び鈍い音がした。

音がした方を見ると、今度はカイが床に倒れている。

「カイくん!」

それを見て今度はカイに手を伸ばそうとした瞬間、後ろから頭部に強いショックを受けた。

そしてそのまま倒れてしまう。

「う・・・」

リアは薄れゆく意識の中、必死にカイに手を伸ばそうとした。

そしてもう少しで手が届くというところで、完全に気を失ってしまう。

その三人を、見下すようにアスリックが覗き込んでいる。

「・・・連れて行け」

「はっ」

ガードマン達はそれに従い、グレンたちをそのまま部屋の外に連れて行った。

「さて、間に合うか・・・」

一人部屋に残ったアスリックが、そう独り言のように呟いた。