ある場所の地下。

そこにはたくさんの牢屋があった。

牢屋のひとつひとつを見ていくと、出入り口は屈強な鉄格子の柵。そして光が入るための空間にも鉄格子の柵がある。

そんな牢屋のひとつで倒れている少年が二人。

一人はきれいな銀髪を持っている。

名前はグレン・フォース。地位は中尉。黒のタンクトップに黒のズボン、そして黒い革の靴を履いている。

腰には銃を入れるためのホルスターをつけているが、今はその中に収まっているはずの銃はない。

そしてもう一人、ショートカットより少し長めの黒髪。

名前はカイ・シーケンス。地位は准尉。白いTシャツに青いジーンズ、そして白いスニーカー。

こちらもいつもは腰にさしてあるはずの剣はない。

二人はしばらくそのままで、閉ざされた瞼を開くことはなかった。

しかし、不意にカイの指先がピクリと動く。

「・・・うっ・・・」

そう少し声をあげて、カイは目を覚ました。その瞳は黒。

カイは意識をはっきりさせるため、少し頭を左右に振って先ほど殴られたはずの後頭部に手を当てる。

しかし、

「・・・あれ?」

殴られたはずのところに傷がない。

もし大した傷じゃなかったとしても、気を失うほどの力で殴られたのだ。コブくらいできていてもおかしくない。

なのにそれすらないのだ。

「・・・どうなってんだ?」

しばらくそうして傷がない理由を考えていたが、不意にあることを思い出した。

「そうだ、グレンさん!リアさん!」

そして再びあたりを見回す。

すると少し離れた場所に人影を見つけた。

それを見たカイはすぐにその人影のところに行く。そしてその身体を抱き上げて軽く揺さぶった。

「グレンさん!グレンさん!」

すると閉ざされた瞼が少し動き、ゆっくりと開く。こっちの瞳は銀。

「・・・う・・・」

「グレンさん!気がついたんですね」

それを見たカイはほっと安堵の溜息をつく。

そんなカイを見ながらも、グレンはゆっくりと身体を起こし、あたりを見回した。

「・・・ここはどこだ?」

「正確にはわかりませんが、どこかの地下にある牢屋みたいですね」

グレンの問いにカイはそう答える。

「・・・リアは?」

「それが、俺が起きてあたりを見た時にはもう俺とグレンさんしかいなくて・・・リアさんはどこにいるか分からないんです」

「・・・そうか」

カイの答えにグレンは少し俯いてそれだけ言う。

こう見えてもグレンは仲間のことを結構気にかけているらしい。その声で、リアのことを人一倍心配していることが窺えた。

「そういえばグレンさん。頭の傷の具合はどうですか?グレンさんも殴られてたでしょ?」

グレンの様子を見ていたカイが突然話題を変える。それにグレンは少し驚いたが、すぐに答えた。

「ああ、そういえば・・・でも、もう痛みも傷もないな。・・・どうしてだ?」

「やっぱり・・・」

「やっぱり?どういうことだ?」

カイの意味深な言葉にグレンが問う。それにカイはすぐに答えた。

「実は、俺の傷も完治してるんですよ。あいつらが手当てしたとも思えないし、どうしてだろうと思って・・・」

そこまでカイが言ったときだった。

「しっ!」

グレンが口の前で人差し指を立てて言う。

「どうしたんですか?」

「・・・誰か来る」

そうグレンが言ったときだった。

コツコツと誰かが階段を下りてくる音が聞こえてきた。

それを聞いた二人はじっと階段の方を見る。

するとしばらくして、一人の少女が姿を現した。

その少女は、年齢は十四、五歳ほど。

ウェーブのかかった長い黒髪にそれと同じ色の瞳、服装は赤のワンピース。その胸元を、ワンピースについた赤いバラが美しく飾っていた。

そして足には赤いハイヒール。

その少女は、階段を降りきるとゆっくりとグレンたちがいる牢屋に向かって歩いてきた。そして牢屋の前で足を止める。

「はじめまして。グレンさん、カイさん」

少女が小さな声で挨拶をする。

それに一応二人も答えた。

「はじめまして」

「はじめまして。早速で悪いけど、君は誰だい?」

カイが挨拶したあとにそう少女に聞く。

それに少女はまた小さな声で、しかしはっきりと答えた。

「私はラディア・ローズ。ラディアと呼んでください。あなたたちの監視役です」

少女がそう答えた後に、今度はグレンが聞く。

「えーと、じゃあラディア。俺たちのほかにもう一人金髪の女の子がいたはずなんだけど、その子がどこにいるか知らないか?」

それに対してラディアは少し真剣な表情で答えた。

「もちろん知っています。というか、私はあなたたちにそれを教えるために来たんです」

「・・・?どういうことだ?」

「少し待っていてください。この牢屋のカギと・・・あなたたちの武器を持ってきます。

そのあとで、ゆっくりとお話をしたいと思います」

ラディアはそう言うと、階段を登っていってしまった。

しかし、数分でまた地下に戻ってきた。その手にはカギと、グレンたちの武器である銃と剣とムチが抱えられていた。

ラディアはグレンたちの牢屋のカギを開けると、すぐにそこに入ってきた。

そしてグレンたちの前に腰を下ろし、武器を自分の前に静かに置く。

「まず、ここがどこか一応言っておきたいと思います」

腰をおろしたラディアがゆっくりと語りだした。

「ここは私の家の地下にある牢屋です。

そして私は今からあなたたちを助け出します。

ちなみにあなたたちの傷の手当てをしたのも私です」

「・・・どうして俺たちを助けてくれるんだ?俺たちと君とは初対面だろ?

それに手当てをしたとしても、短時間でこんなにきれいに治せるのもなのか?」

ラディアの言葉を聞いたグレンがそう聞く。

それにラディアは小さくだが力強く答えた。

「私・・・リアさんを助けたいんです。それと、私には治癒能力があるんです」

「・・・治癒能力?」

「私、実はこの村の出身じゃないんです。

小さい頃に親に捨てられて、この村の村長であるアスリック様に拾っていただきました。

そして物心ついたときからもう治癒能力があったんです」

「・・・もうひとついいかな?」

ラディアの説明を黙って聞いていたグレンが口を開く。

「どうぞ」

「どうしてリアを助けたいんだ?」

そのグレンの問いを聞いたラディアは少しの間黙ってしまったが、胸にゆっくりと手を当て少し息を吐いて答えた。

「私、先ほどまで別の場所に捕らえられていたリアさんのお世話をしていたんです。

そのときにリアさんにとてもよくしていただいて・・・助けようと思ったんです。

このままだとリアさんは、村の生け贄にされてしまうんです」

「なんだって!?」

そのラディアの発した言葉に驚いた二人は同時に叫ぶ。そしてグレンがそのあとに口を開いた。

「詳しく教えてくれないか?」

「もちろんです。そのために来たんですから」

そしてラディアは説明を始めた。

「この村には村の守り神である神獣さまがいるんです」

「神獣さま?」

「はい。そして村のしきたりで・・・日にちはその年によって変わりますが、年に一度必ず村の娘を生け贄として神獣に捧げていたんです。

でも、ここ十数年村に娘が生まれず、とうとうこれ以上娘を差し出したら村には娘がいなくなってしまうというところまで陥りました。

そこでここを訪れた旅人などの中から娘を奪って生け贄にすることにしたのです」

「・・・それで今回はたまたま俺たちが来ちまったって訳か」

カイがそう言って軽く舌打ちをする。

「そうです。そして今回、リアさんは村人にとても喜ばれました。なぜなら金髪だったからです。

この村では、昔から金髪の娘を生け贄に捧げると神獣さまにとても喜ばれ、その年は村にとてもいい事が起こるとされているんです」

「なるほど。で、リアは今どこにいるんだ?」

ラディアの説明がひと通り終わったと判断したグレンがそう聞く。

「リアさんは、今はおそらく生け贄の祭壇にいるはずです。

生け贄の祭壇は村のはずれにある丘の上の建物です。・・・ご覧になりましたか?」

それに今度はカイが答えた。

「ああ、見たよ。確か十年前まで鉱物を加工するために使われてたって言ってたね、ここの村長が。

てことは、あれは大ウソだったってことだな」

「まあ、そうですね。実際は、あそこは大昔から生け贄の祭壇として使われているんです。

ですから外から見るとただの廃墟ですけど、中はとても立派に造られています。

もちろん、行かれるのなら道案内は私がします。あの中の道は全て覚えていますので」

「ああ、もちろん行かせてもらうよ。こっちもリアがいないといろいろと困るからな」

そう言ったのは、グレンだった。その口元にはめったに見せない笑みを浮かべている。それを見たラディアも笑みを浮かべた。

しかしすぐに表情を戻して思い出したように聞く。

「そういえば、あなたたちはいったい何をしにこの村に来たんですか?」

「え?村長から聞いてないのかい?俺たちはただの旅人だよ。別に何か目的があってきたわけじゃない」

ラディアの問いに少し驚きつつもそうグレンが言うが、すぐにラディアが笑顔で口を挟む。

「ウソですよね。軍人であるあなたたちが目的もなしにこんな所に来るはずがないですもん」

「!!どうしてそれを!?」

ラディアの言葉に驚いたカイが叫ぶ。それにラディアは当然のように答えた。

「あなたたちの武器を見たときに気づいたんです。

軍から与えられた武器には必ずどこかにエルニーニャ王国のシンボルであるライオンのマークが刻まれています。

そしてあなたたちの武器には、剣以外にはグリップのところにそれがありました。

こんな首都から離れた村だと知らない人がほとんどですけど、私はアスリック様に拾っていただく前は首都の近くに住んでいたんです。だから知ってるんですよ」

そこまで言うと、ラディアは一度言葉を切り、ふう、と息を吐いてまた話し出した。

「それと、あなたたちを捕らえたあとにあなたたちが乗ってきた車を見たんです。

それを見ると旅をしているわりには車が汚れていませんでしたし、素人の私が見てもとても高そうな車でした。

ただの旅人があんな高そうな車を買えるわけがありませんよね?」

それを聞いたグレンはラディアがしたのと同じようにふう、と軽く溜息をついた。

「まったく、君の観察力は軍人に向いているよ。

君の言う通り、俺たちは軍人だ。俺が中尉、リアが少尉、カイが准尉だ。

そして俺たちが今回この村に来た理由はこの村の視察のためだ。上官の命令でね。

おそらくあまり首都との接触がないこの村の状況を知ることで、今後この村との交流を深めるかどうかを検討するつもりなんだろう。

財源はしっかりしているからね、この村は」

グレンが諦めたようにそう説明した後、ラディアは少し微笑んだ。

「ありがとうございます。本当のことを話して下さって。

では話も終わったことですし、生け贄の祭壇に案内しようと思います。準備はいいですか?」

それにカイは笑顔で答え、グレンはいつもの無表情で答えた。

「ああ。とっくにできてるよ」

「俺も、準備はできている」

「では、行きましょうか」

そう言ってラディアが立ち上がったときだった。

「あ、そうだ。ラディア、ちょっといいかな?」

カイが思い出したようにそう言ってラディアを引き止める。

「なんでしょう?」

その声を聞いたラディアはカイの方を振り返る。

それを確認したカイはまた口を開いた。

「俺たちが乗ってきた車、今どこにある?」

「・・・あなたたちの車は、動かしていないので最初に止まっていた所にありますけど・・・」

カイのその問いの意味がつかめずに、少し戸惑いながらラディアは答える。

「その車の中、見た?」

ラディアの答えを聞いたカイは、さらに聞く。

「ええ、見ましたけど・・・」

「じゃあ、車の後部座席に小さなポーチがなかった?」

「あ、ありましたけど・・・」

「それさ、今も車の中にあるの?」

「いいえ、目に見えたものはすべて私の家にあります」

「じゃあさ、それ持って来てくれない?」

「はい、わかりました」

カイの頼みを聞いたラディアはそう返事をして牢屋を出てまた階段を上がっていった。そして数分後に戻ってくる。

その手には深緑の小さなポーチを持っていた。

「これですか?」

カイにポーチを差し出しながらラディアが聞く。

「ああ、これだ。ありがとな、ラディア」

カイはそうラディアに礼を言うと、ポーチの中身を確認し始めた。

「よし、全部入ってるな」

「・・・そのポーチ、何が入ってるんだ?」

ポーチの中身を確認し終えたカイにグレンが怪訝そうに聞く。

そのグレンの問いに、カイはグレンのほうを見ると少し微笑んでその中身を、ポーチをひっくり返して出した。

するとガラガラと音を立ててたくさんのプラスチック製の小さな箱と少し大きめの箱が出てきた。

大きめの箱以外には透明な液体や何かの葉など、いろいろなものが入っている。

グレンはそのひとつを手に取り、中身を見る。

「・・・薬か?」

「正確には違いますね。これはまだ薬になる前の段階のものです。

いつでもどこでも薬を調合できるように、こうして箱に入れて持ち歩いてるんですよ。

今回はラディアがいるから必要ないかもしれませんけど・・・」

グレンの問いにカイは笑顔で答えた。

「・・・お前、薬剤師の免許を持ってるのか?」

「いいえ、持ってません。でもうちは代々薬剤師の家系で、俺も小さいときからそういう本を絵本代わりに読んでたんです。

そしたらいつのまにか薬を調合できるようになってて・・・

一度調合した薬の作り方は絶対に忘れないのが自慢です」

そのカイの答えにグレンは呆れた表情を作る。

「・・・俺からの命令だ。今年のうちに薬剤師の免許をちゃんと取れ」

「面倒くさいから却下です。

それに、薬剤師の免許取ったら軍の中でそっち関係の場所に行かなきゃならないじゃないですか」

「・・・・・・」

カイのその答えを聞いた瞬間、グレンははー、と息を吐いて下を向いてしまった。

その様子を黙ってみていたラディアだったが、さすがにこれ以上ここにいては時間がなくなってしまうと判断したのか

「あのー、そろそろ行きませんか?早く行かないと、リアさんも心配ですし・・・」

と相変わらずの小さな声で言う。

そのラディアの言葉を聞いた二人は不毛な会話を止めた。

「そうだな、じゃあ今度こそ行こう」

こうして、三人はラディアの家を後にした。

 

 

村は闇に包まれていた。

その闇の中で唯一村を照らすのは月明かりだけだった。

時刻は午前三時。

普通なら全員が寝静まり、外を歩く人はいないはずの時間。

そんな時間に、村を歩いている人物が三人。月明かりに照らされている。

「なー、ラディア。あとどの位かかる?」

「えーっと、あと十分くらいだと思います」

カイの問いにラディアが答える。

その手にはリアの武器であるムチと、この村に来たときに着ていた服と靴がしっかりと抱えられていた。

「それにしても誰もいないな。これから神獣が来るんだから、もっと人がいるかと思ったけど・・・」

それに対してラディアが静かに説明する。

「神獣さまが来る日はみんな地下に避難しているんです。

この村の家には私の家みたいに牢屋はありませんが地下室があります。村人は神獣さまを怒らせないようにそこに避難しているんです。だから今は誰もいません。

誰かいるとしたら、それは生け贄の祭壇がある建物のどこかにいるアスリック様と、アスリック様に選ばれたガードマンや使用人が数人でしょうね」

「そういえばラディア。ひとつあの建物について聞きたいことがあるんだ」

今まで黙ってラディアの説明を聞いていたグレンが口を開く。

「なんですか?」

「あの建物の道案内をするって言っていたよね。

ということは、あそこは知っている者しか分からない迷路のような道になっているのかい?」

そのグレンの問いに、ラディアは少し真剣な面持ちで答えた。

「はい。あの道は、よそ者に村の秘密がばれないように道を覚えているものか、地図を持っているものしか生け贄の祭壇に辿り着けないような複雑な道になっています。

数年前に、この村を訪れた旅人が夜に中を見ようと建物の中に忍び込んだらしくて・・・次の日、村中大騒ぎになりました。『昨日来た旅人がいなくなった』って。

そうして村中総出で捜索して・・・見つかったのは数ヵ月後でした。その旅人は、建物の中で道に迷って、飢え死にしていました・・・」

「・・・そうか」

そのラディアの話を聞いたグレンは、それだけ言う。そして黙ってしまった。

そうしてしばらく歩いていたが、不意にラディアが足を止めた。

「・・・着きました」

その言葉にグレンとカイも足を止める。

その建物は、近くで見ると本当にボロボロだった。コンクリート製の壁は所々朽ちている。今にも崩れてきそうだった。

しかし、大きさはとてつもなくでかい。村長の家とさほど変わらなかった。

「・・・行こう」

グレンが静かに言う。

それに他の二人も答えた。

「はい」

そうして建物の中に入る。

 

 

「・・・中は暗いな」

グレンが誰に言うでもなく呟く。

それが聞こえたのかはわからないが、ラディアがワンピースのポケットからゆっくりと小さな懐中電灯を取り出した。

「・・・念のために持ってきました」

そしてスイッチを入れる。

すると広範囲ではないが、建物の中が光で照らされた。

途端に、眩い光がグレンたちを襲う。

「・・・これは・・・金か?」

そう、ラディアが懐中電灯で照らしたところはすべてが金色。

そしてその金色に反射して、ライトを当てていないところも明るくなる。

「そうです。金です。神獣さまを迎える建物なので、中はすべて金でできているんです。・・・こっちです」

ラディアはそう言うと、ゆっくりと建物の奥に向かって進んでいく。

それに二人もついていった。

 

 

一方その頃、生け贄の祭壇には一人の少女が寝かされていた。

その少女は腰まで伸ばした長い金髪を持っていた。

名前はリア・マクラミー。地位は少尉。

いつもは白い胸の下までしかないTシャツにジーパンを太ももの上のところで切って短パンにしたズボン、そして白いスニーカーという格好をしているが、今は真っ白な純白のドレスを着ている。

そしていつもはズボンのベルトを回すところに巻きつけているムチも、グレンたちといるラディアが持っているため今はない。

リアはしばらく目覚めることはなかったが、ゆっくりとその閉ざされた瞼が開いた。見えてきたその瞳の色は淡いブルー。

「・・・ん・・・」

リアはゆっくりと身体を起こす。

そしてあたりを見回した。

するとそこに見えるのは金色ばかり。しかも、かなり広い部屋だった。

自分がいる位置から一応出入り口は見えるが、遥か遠くに小さく見える。

「・・・ここ・・・どこ?それに、何で私ドレスなんて着てるの?」

リアは自分が着ているドレスをつまみながら呟く。そして今までの記憶を整理する。

「えーっと、夜中に私たちの部屋に村長さんたちが来て・・・その人たちは棒を持ってて・・・

私は応戦しようとしたけどグレンさんに止められて、グレンさんもカイくんも殴られて・・・そのあと私も殴られて・・・

目が覚めたら私一人だけで牢屋に入れられてて、どうしようと思っておろおろしてたらラディアちゃんが来て・・・

そのあとしばらくお話して、ラディアちゃんが持ってきたお水を飲んで・・・

そしたらなんだか眠くなって、気がついたらここにいた・・・てことは」

リアはまだ完全に目覚めきらないままそこまで言って言葉を切る。そして

「もしかして・・・一服盛られた?」

一人呟く。

リアはとにかくここから出なくてはと思い、寝台から立ち上がる。しかし、そこで自分が靴を履いていないことに気づく。

しばらく自分の足を見て考えて込んでいたが、

「・・・まあ、しょうがないか。足は洗えばいいし、とにかく今はここから逃げてグレンさんたちと合流することを考えなきゃ。

きっとグレンさんたちも私を探してここに来てくれる」

そう結論を出し、出口に向かって歩き出す。

しかし、不意に何かが聞こえた。

「・・・?今、何かの鳴き声みたいなのが聞こえたような・・・」

聞こえた音に反応して、リアはその場で足を止めて少しの間何かを考えていたが

「・・・気のせいかしら?」

そう結論を出してまた出口に向かう。そして出口に着き、部屋から出ようとしたその瞬間だった。

「きゃっ」

突然何かにぶつかる。その衝撃で、リアはしりもちをついてしまった。

「いたた・・・なに?」

そして正面を見る。

そこに見えたのは黒い物体だった。

「・・・?」

その黒い物体をしばらく見ていたが、

「グルルルル」

という唸り声を聞いて、今度は上を見上げる。

するとそこに見えたのは・・・熊のような顔。

「・・・・・・」

リアは驚きのあまりしばらく何も言えず、ただその顔を見上げるだけ。その口は開いたり閉じたりを繰り返し、必死に何かを言おうとしていた。

しかし、目の前に現れた黒い物体がその大きな手を思い切り振りかぶった瞬間

「き・・・きゃーっ!」

その物体から逃れるため、寝台に走り出す。

それとほぼ同時にさっきまでリアがいた場所に大きな手が現れる。

ブンッと空を切る音と、ビリッと何かが破れる音。

怪物の手がリアのドレスをかすり、裾が破れてしまったのだ。

「!!」

それを見たリアは一瞬動きを止めてしまうが、すぐにまた走り出す。

そのリアを追うように、怪物も動き出した。

リアは怪物に応戦しようと腰に手を当てる。しかし、

(ムチがない!)

それもそのはず、リアの武器であるムチは、今はラディアが持っているのだから。

(・・・そうか、こんな服じゃ武器があるわけないじゃん!私のばかっ)

武器がない以上、逃げきってグレンたちの助けを待つしかない。

そんなリアの状況をあざ笑うかのように、怪物がまた大きな手をリアに向かって振り下ろす。

「くっ・・・」

その怪物の攻撃を、リアはまた紙一重でかわす。

しばらくそうして部屋の中を逃げていたが、怪物に追いつかれ、部屋の角のところに追いつめられてしまった。

「あ・・・あ・・・」

リアは恐怖のあまり、言葉にならない声をあげるだけ。

(殺される)

そんなリアの様子をあざ笑うかのように、怪物はゆっくりと大きな手を振り上げた。

(いや・・・死にたくない・・・まだ・・・死にたくない・・・助けて・・・誰か!)

そんな想いからか、リアの瞳から涙が溢れだす。

そんなリアを気にせずに、怪物は彼女に向かってそれを振り下ろす。

「いやーっ!グレンさん!」

そのとき、一筋の涙がリアの頬を伝って落ちた。

 

 

リアが怪物と鉢合わせる少し前、グレンたちはラディアのおかげで順調に建物の中を進んでいた。

「次は右です。後は真っ直ぐ行くだけです」

ラディアがそう言い、右に曲がる。グレンとカイもそれに続いて角を曲がった。

「それにしても、君はすごいな。ラディア。こんな複雑な道、俺でも覚えられるか分からない」

一度も道に迷うことなく進んで行くラディアに感心したようにグレンが呟く。

それにラディアは相変わらずの小さな声で答える。

「私よりすごい人達がいますよ。その人達はこの建物の地図を一度見ただけで道をすべて覚えてしまったそうです。

私は覚えるのに三年かかりました」

「へー、その人達って誰?今もこの村にいるの?」

そのラディアの言葉に興味深そうにそう言ったのは、カイだった。

それに対してもラディアはまた小さな声で答える。

「いいえ、今はもうこの村にはいません。というか、十数年前に死んでしまったそうです」

「ふーん」

ラディアとカイがそう話をしていたときだった。

急にグレンが足を止める。

「どうしたんですか、グレンさん?」

急に足を止めたグレンを不思議に思ったカイが聞く。

それにグレンは少し表情をかたくして答えた。

「いま・・・リアの声が聞こえた気がしたんだ」

そのグレンの言葉を聞いたカイが、ラディアに聞く。

「ラディア、ここから生け贄の祭壇までの距離ってあとどれくらい?」

「え?えっと・・・ここからならあと一キロくらいだと思いますけど・・・」

それを聞いたカイが、今度はグレンを見て言う。

「だそうです。一キロも離れたところから声なんて聞こえるわけないじゃないですか」

「・・・そうだな」

カイの言葉に納得してそう答えて歩き出したグレンだったが、また足を止めた。

「今度はなんですか、グレンさん?早く行かないとリアさんが生け贄になっちゃうじゃないですか」

再び足をとめたグレンに対して、呆れたようにカイが言う。

「・・・やっぱり聞こえた」

「何がですか?」

「リアの声が聞こえたんだ・・・リアが危ない!」

「あっ・・・ちょっと!グレンさん!?」

そう言うと、グレンは一人走り出してしまった。

「もう、なんなんだよ!ラディア、グレンさんを追おう!」

そんなグレンを見ていたカイだが、それだけ言うとラディアと一緒に走り出した。

そのカイ達はお構いなしで、グレンは一人で一本道を走っていく。そしてようやく入り口が見えてきた。

グレンは躊躇わずにその入り口から中に入る。やっとのことでグレンに追いついたカイとラディアも続いて中に入る。

その瞬間、遠くに黒い物体が見えた。そしてその陰にかろうじて見えた長い金髪の少女。

「リア!」

「リアさん!」

「リアさん!それに・・・あれは神獣さまです!」

グレンとカイ、そしてラディアが同時に叫ぶ。それに反応して少女がこちらを見た。

「グレンさん!それにカイくんにラディアちゃんも・・・!」

グレンたちの姿を確認したリアは、嬉しそうに叫ぶ。しかし、よく見るとその白い肩からは赤い血が流れていた。

どうやらリアの前にいる怪物にやられたらしい。その怪物の爪には赤いものがついていた。

「カイ、とりあえずリアから怪物を離すぞ!」

「はいっ!ラディア、リアさんを頼む!」

グレンの指示にそう答えたカイは、腰から剣を抜く。

それを確認したグレンも、腰のホルスターから銃を抜いた。そして怪物に近づいていき、発砲する。

しかし、怪物はそれを難なくよけた。

(・・・図体のわりに動きが速いな)

グレンは再び怪物との距離を取ると、射程距離ギリギリで発砲した。

それを怪物は再び軽くよける。その瞬間

「カイ、行け!」

叫んだ。

「はい、グレンさん!」

そのグレンの言葉のあとすぐ、カイが怪物の背中を斬りつけた。

どうやらグレンが攻撃している間に、後ろに回ったらしい。

「ギャウウウウウ!」

カイに斬りつけられたことで怪物は叫び声をあげてうつ伏せにそのまま倒れた。

ズゥゥゥゥゥンという低い音が部屋中に響いた。そして怪物は動かなくなった。

そこで初めてグレンがあることに気づく。

「この怪物・・・尻尾が蛇だぞ」

そう、さっきまではリアを助けることに必死で気づかなかったが、よく見ると尻尾が蛇だったのだ。

「尻尾が蛇で身体が熊ってことは・・・」

「キマイラだ」

カイがそこまで言って考え込んだところで、グレンが続ける。

「じゃあ、こいつは神獣なんかじゃなかったんですね」

「ああ、村人が勝手に勘違いしたんだろう」

二人はそう話していたが、しばらくしてグレンが考え込んでしまう。しかし、すぐにカイの方を見た。

「カイ、とどめをさせ」

「俺がですか?」

それにカイは少し戸惑いの表情を見せて言った。

そのカイの言葉に、グレンが頷く。

「ああ、そうだ。クラフト将軍に言われただろう。『怪物が出るという噂が本当で、俺たちが村にいる間にその怪物が出たら始末しろ』と。

俺の銃より剣の方が確実だからな」

「・・・分かりました」

グレンの指示にそう答えたカイは、剣を握りなおして怪物に近づく。そしてその心臓に剣を突きたてた。

その瞬間、キマイラの身体がびくっと跳ねたが、すぐにまた動かなくなった。

それを確認して、カイは突きたてた剣をゆっくりと引き抜く。その剣には血がついていた。

カイはその血を、剣を軽く振ることで落とす。

そしてその剣を腰に収めると、すぐにリアとラディアのところに歩いていった。

グレンもそれに続き歩き出す。

「ラディア、リアさんの様子はどうだ?」

カイがラディアの傍にしゃがみこんで聞く。

「命に別状はないと思いますけど、出血が酷いです。早く止血した方がいいですね。

・・・さすがに私でもこれは治療できません。私の能力はまだ発展途上なんです。成人すればどんな傷でも治せるようになるんですけど・・・」

「そうか」

ラディアの言葉にそう返したカイは、持っていたポーチの中からいくつかの箱を取り出し、それをいろいろと混ぜ始めた。

「カイ、止血できそうなのか?」

その様子を見ていたグレンが静かに聞く。

それにカイは手を動かしながら答えた。

「はい、ある程度の出血なら止められる薬の作り方を知ってるんで」

そうしてカイはしばらく作業を続けていたが、不意にゆっくりと立ち上がり、リアの方に歩いていく。

グレンたちが来て安心したのだろう。さっきまでは起きていたらしいが、いまは眠っている。

しかし、リアは瞼を閉じたまま少し息苦しそうに呼吸して、汗をかいていた。

その様子を見たカイは、リアの額に手を当てる。

(・・・傷のせいで少し発熱してるな)

そして額から手を離し、とりあえず肩の傷に調合した薬を塗る。

「これで、傷の方は大丈夫です。あとは傷のせいで少し発熱してるので、ラディアの家に戻ってゆっくり休ませましょう。そこでまた薬を調合します」

薬を塗ったあと、グレンにカイがそう言う。

「そうか。じゃあ、すぐにここから出よう。ラディア、また道案内を頼む。リアは俺がおぶっていくよ」

カイの言葉を聞いたあと、グレンはラディアにそう言ってリアを背中にしっかりと乗せる。

それを見たカイは、少し安心したようにふうっと息を吐いた。

なにせ自分がリアの治療をするために薬を調合しているとき、ずっと心配そうに見ていたのだ。

表情には出さないが、その人の安心した様子を見て、カイも少し安心した。

「分かりました。では、行きましょう」

グレンの言葉に対してラディアはそう言うと、ゆっくりと歩き出した。

しかし、ラディアの前を歩いていたグレンが突然足を止める。

「グレンさん、どうしたんですか?」

ラディアがグレンを見上げて聞く。

「・・・誰か来る。それも一人じゃない。最低でも・・・五人はいる」

ラディアの問いにグレンはそう言うと、しばらく黙ったまま出口を見つめる。

すると遠くから数人の足音が聞こえてきた。

しばらくして人影が見えてくる。

その人物は・・・

「カーネギーさん・・・」

そう、その人物とは村長のアスリック・カーネギーだった。

アスリックは数人の使用人とガードマンを引き連れていた。

グレンたちの姿を見ると、出口のすぐそばで足を止めた。

「おやおや、こんなところで何をやっているのかな?

第一、どうやって牢屋から出てきたんだ?監視役のラディアがいただろう」

アスリックが含み笑いを浮かべて言う。

それに答えたのは、ラディアだった。

「私がこの人たちをここまで案内してきました。アスリック様」

「ラディア!?何故お前がここに!?まさか、その者たちに脅されてここまで案内させられたのか?」

ラディアの姿を見たアスリックは驚きの表情でそう言う。

どうやらグレンの陰に隠れてアスリックのところからはラディアが見えなかったようだ。

アスリックの問いにラディアは静かに答える。

「いいえ、私は自分の意志でグレンさんたちを逃がし、ここに案内しました。リアさんを助けるために・・・」

「そんなことをしたら神獣さまのお怒りをかうぞ!

ラディア、いまからでも遅くはない。こっちに来るんだ!」

アスリックはそう言ってラディアを説得するが、ラディアは満面の笑みで答えた。

「イヤです。それに、神獣さまのお怒りをかうことはありません。

だって、神獣さまはもう死んでいるんですから」

「なんだって!?」

ラディアの言葉にアスリックは驚きを隠せない。

そのアスリックに追い討ちをかけるようにカイが口を開いた。

「本当だよ。そこに黒い塊が倒れてるだろ?」

そう言って倒れているキマイラを指さす。

それを見たアスリックの表情はどんどん怒りを含んだものになっていく。

「貴様ら・・・許さんぞ!よくも神獣さまを!

それにラディア、お前にもあとでゆっくりと罰を与えてやろう!

お前たち、やれ!」

「はっ!」

アスリックの命令に従い、ガードマン達がゆっくりとおのおのの武器を手に取る。

それを見たグレンは片手で銃を抜き、カイも剣を抜こうとしたが

「待ってください」

と言うラディアの声で動きを止めた。

それを確認したラディアはまた口を開く。

「私に・・・やらせてください」

「・・・闘えるのか?」

ラディアの言葉を聞いたグレンは心配そうに聞くが、ラディアははっきりと答えた。

「はい。アスリック様には内緒で、鍛えていたんで」

その声は自信に満ち溢れていた。

しばらくラディアを見たままグレンは何も言わなかったが、少し息を吐いて口を開いた。

「・・・無理はするなよ。やばそうだったらすぐに言え」

「ありがとうございます」

グレンの言葉にそう言ったラディアは、ゆっくりとスカートの裾を上げる。

そして右足の太もものところに固定していた短剣を取り出した。

ガードマン達は着実にラディアとの距離を縮めてきている。そして一気に走り出し、ラディアに攻撃したその瞬間だった。

「!?」

ラディアがその場所から消えたのだ。

あまりにも突然の出来事に対処できなかったガードマンは、その場で一瞬動きを止めてしまう。

それが命取りだった。

「ぎゃっ」

ガードマンが短いうめき声を上げてその場に倒れる。その瞬間に今度はその倒れたガードマンの心臓に短剣が突きたてられた。

そしてすぐにその短剣が抜かれる。そのときには、ガードマンはもう動かない肉の塊になっていた。

続いてラディアは動きを止めずにもう一人のガードマンにすばやく近づき、今度は喉に短剣を突きたてる。

短剣を突きたてられたガードマンは、うめくこともできずにその場に倒れ、静かに死んでいった。

さらにラディアは残りの二人の使用人に向かって走って行き、まるで踊りで回転するかのように華麗に回りながらその喉を切り裂いていく。

アスリックが連れてきた四人の使用人とガードマンは、あっという間に動かなくなった。

その間の時間は、たったの一、二分だった。

壁や床にはガードマン達が流した血が大量に飛び散っている。

「・・・すごい」

カイが誰に言うでもなく呟く。

軍の中でも、これほどの実力者はそうそういないだろう。

ラディアはしばらくその場に立っていたが、すぐにアスリックに向かって歩き出した。

「ひっ」

ラディアが近寄ってきたことに驚いたアスリックは、そのまま後ずさりしてしまう。

「ラ・・・ラディア、私が悪かった。お前に罰は与えない。あの者たちも逃がしてやろう。だから許してくれ」

アスリックは必死でラディアに訴える。

しかし、それを無視してラディアはさらに近づき、ゆっくりと短剣を振り上げた。

それを見た瞬間、グレンが叫ぶ。

「やめるんだ!ラディア!」

しかし、そのグレンの静止も無視してラディアはアスリックの心臓に短剣を突きたて、すぐに引き抜く。

その瞬間、大量の血が飛び散り、金色の壁と床を赤く染めた。

アスリックはそのまま倒れ、二度と立ち上がることはなかった。

「・・・・・・」

そのアスリックを、ラディアは黙って見ていた。

ラディアの頬には飛び散った血がついている。

「ラディア・・・どうして・・・」

グレンがラディアに近づきながら問う。

それにラディアは小さな声で答えた。

「私・・・リアさんを助けたいからあなたたちを助けるって言いましたよね・・・」

「ああ」

「実は、あなたたちを助けた理由はもうひとつあったんです」

「それは・・・どんな理由だい?」

グレンと一緒にラディアの話を聞いていたカイが聞く。

「私、ここに来る前に家で『親に捨てられてアスリック様に拾っていただいた』って話しましたけど、

本当は親に捨てられたんじゃなくて、親が殺されたんです。・・・アスリック様に」

「・・・続けてくれ」

「それを知ったのはほんの数日前でした。それまでは私、本当にアスリック様に拾っていただいたんだと思ってました。

けど、あることをきっかけに真実を知ってしまって・・・ここに来る途中で、地図を一度見ただけでこの道をすべて覚えた人の話をしましたよね」

「・・・ああ」

「その人が、私の両親だったんです。

でも、私の両親はこの村の生まれじゃなくて・・・この村に家族で旅行に来たとき、たまたま両親は見てしまったんです。ここの地図を・・・

それで村の人たちが、秘密がばれることを恐れて口封じのために殺したんです。

その頃私はまだとても小さかったので、殺されずにこの村で育てられました。

でもそのことを知ってしまって、私は戸惑いました。アスリック様をずっと尊敬していたので・・・

でも、アスリック様のせいで私は両親の顔も知らない・・・その想いがアスリック様に対する尊敬を上回りました。

それで、復讐するためにアスリック様を殺すことを決心したんです」

「そうだったのか・・・」

ラディアの話をすべて聞き終えたグレンはそれだけ言う。

それにラディアがさらに続けた。

「・・・私を連行しますか?中尉さん」

しかし、そのラディアの言葉を無視するようにグレンは歩き出した。そして一言。

「・・・リアを助けるのを手伝ってくれた人・・・友達を売るようなことはしない」

それだけ言うと、グレンは出口から出て行った。

カイもそれに続く。

それをラディアは黙ってみていたが、不意に走り出しグレンたちと一緒に歩き出す。

その瞳には涙が浮かんでいた。

 

 

「ラディアちゃん、本当にありがとう」

ベッドに横になったままで、リアがそばにいたラディアにお礼を言う。

リアをラディアの家に連れてきたグレンたちは、すぐにベッドにリアを寝かせ、カイが調合した薬を飲ませたのだ。

すると数時間後にリアが目を覚ましたので、こうしてラディアが様子を見ているのである。

リアの言葉にラディアは小さな声で答えた。

「私にはお礼なんていらないです。だって、あなたが私にそうさせたんだから・・・」

「へ?そうなの?私・・・あなたに何かした?」

ラディアの言葉を聞いたリアは不思議そうにそう聞く。

それにラディアは少し微笑を浮かべた。

「ええ、リアさんは私にとてもいろいろなことを教えてくれました」

(そう、あのときのあなたの言葉がなければ、私は・・・)

 

 

「ねえ、あなた、名前なんて言うの?」

「ラディア・・・ラディア・ローズです」

「へー、じゃあ、ラディアちゃんでいい?」

「はい」

「そういえば、私殴られたんだけど、その傷がもうないの。あなたが手当てしてくれたの?」

「はい。私、治癒能力があるんで、ちょっとした傷ならきれいに治せます」

「へー、すごいね」

「でも、私はあんまり嬉しくないんです」

「なんで?」

「だって、私だけこんな変な能力があるなんて、嫌じゃないですか」

「そんなことないよ。私はとてもいい能力だと思うよ?

だって、もし将来大事な人ができて、その人がケガとかしちゃった時に治してあげられるじゃない。

少なくとも私はその能力欲しいな」

「リアさんは、大事な人がいるんですか?」

「うん、いるよ。絶対に死なせたくない人・・・」

「私にも・・・できるかな」

「できるよ。そのときのためにその能力、大事にしなきゃね」

「・・・はい」

 

 

私はいつもこんな能力なくなってしまえばいいのにと考えていた。

でもリアさんはその能力の使い方を私に教えてくれた。

あのときのリアさんの言葉がなければ、私はあなたを助けようとは思わなかった。

「リアさん、ありがとうございました」

「・・・なんだかよくわからないけど、あなたが私を助けてくれたことでチャラよ」

そうして二人でしばらく笑った。

 

 

「ラディア、悪いね。わざわざ村の外まで見送りさせて・・・」

カイが本当にすまないという表情で言う。

それにラディアは笑顔で答えた。

「いいんです。私もここから出るところなので・・・」

「ラディアちゃん、この村出ちゃうの!?」

「はい、アスリック様と神獣さまを殺してしまった以上、私はこの村にはいられません。

この村のことはあまり知られていないので、少し遠い街に行ってそこで暮らそうと思います」

「そう・・・気をつけてね」

「はい。では、私はこれで」

リアの言葉にラディアはそう言うと、ゆっくりと歩き出した。

それを、三人はその姿が見えなくなるまで見送った。

「さて、俺たちも行こう」

グレンがそう言い、車に向かう。

それにリアとカイも従い、グレンの後に続いて車に乗り込んだ。そして車はゆっくりと進みだす。

エルニーニャ王国の首都、レジーナに向かって・・・

 

 

この任務をきっかけに、軍上層部では俺たちのことが評判になったらしい。

どうやら俺たちに任務を任せると早く、そして確実に任務を遂行できるということが噂になったようだ。

その噂のせいで、俺たちはことあるごとにチームを組まされるようになった。

そして月日は流れ、三年後。

俺たちは相変わらずチームを組まされ、任務をこなしていた。

唯一変わったことといえば、それぞれの階級。

日頃の働きを認められ、俺は大尉、リアは中尉、カイは少尉になっていた。

こうして、俺たちはこれからも任務を遂行していく。

軍のためではなく、俺たち自身のために・・・。