首都レジーナにある軍部司令部。

そこにある中庭に二人の少年がいた。その少年達は、二人とも軍人であるため、この国の軍服を着ている。

その軍服の色は紺色で、両肩には鮮やかに装飾された金色の肩章。

左胸には小さなポケットがあり、その下にこの国のシンボルであるライオンのマークが刻まれたバッチと階級を示すための色分けされたバッチがついている。

そして靴は黒い革の靴だった。

しかしその軍服は学生服のようで、肩章と国のマークと階級バッチが付いていないと普通の学生と間違えてしまいそうだった。

無論、こんなデザインにしているのには理由がある。

敵国に潜入するときにいちいち服を着替えている暇はない。

そこで、この国の若い軍人が多いという特徴を生かしてあえて学生服のようなデザインにし、肩章などのものをはずしてしまえばそのまま学生として潜入できるようにしたのである。

「そういえばカイ、ずっと気になっていたことがあるんだが・・・」

二人のうちの一人、きれいな銀髪にそれと同じ色の瞳を持っている少年がとなりの少年の方を向き、口を開く。

この少年の名前はグレン・フォース。地位は大尉。階級バッチの色は灰色。

腰にはホルスターをつけていて、その中には四十五口径のリヴォルバーが入っている。

「なんですか?」

グレンに話しかけられたもう一人の少年、カイ・シーケンスが聞き返す。

カイはショートカットより少し長めの黒髪に漆黒の瞳を持っている。地位は少尉で階級バッチの色は黒。腰には剣をさしていた。

「お前のその剣、どうしたんだ?グリップのところに国のマークがないということは、それは軍からの支給品なわけじゃないんだろう?」

カイの剣を指差して、グレンが聞く。

そう、普通この国では軍から支給された武器には場所が違う物がごくまれにあるが大体グリップのところに国のシンボルであるライオンのマークが刻まれている。

しかし、カイの剣にはそれがないのだ。

グレンの問いにカイは少し笑顔を作り、剣を握って答えた。

「はい。これは軍からの支給品じゃありません。これはもらったんです」

カイはそこで少しの間言葉を切り、ゆっくりと話した。

「俺の・・・師匠から」

「師匠から?」

「はい。その師匠は俺の育ての親でもあったんです」

そのカイの言葉を聞いて、グレンが口を挟んだ。

「育ての親・・・ということは、生みの親はどうした?」

そのグレンの問いに、カイは少し表情を暗くした。

そのことを思い出すのが、本当に嫌だというように。

しかし、すぐにまた話し出す。

「俺、生まれてすぐ捨てられたらしいんです。

それで、その捨てられてた俺を見つけて育ててくれて・・・剣術まで教えてくれた師匠・・・

ディレイ・シーケンスって人が使っていた剣を、俺がもらったんです」

そこでまた言葉を切って、今度はふー、と息を吐いてまた話し出した。

「いつだったか、俺の家が代々薬剤師の家系だったって言った事がありましたよね」

「ああ」

「それは、師匠の家柄のことなんです。

で、その師匠は家系にとらわれるのが嫌で山奥に住んで剣の修行をしていたんです。元々剣の腕はすごい人だったらしいので。

でも、いろいろと役に立つからと医学書だけは大量に家に置いてました。

それを小さいときから読んで薬の調合ができるようになったんです。

山奥だと何もないんで、医学書を絵本代わりにするしかなかったんですよ」

カイがそう話したのを合図にするかのように、それからしばらく二人とも黙った。

その間は他の兵士が訓練をする声や、女性兵士の話し声などが聞こえていた。

しかし、グレンが徐に口を開く。

「そのディレイさんは、いまも元気なのか?」

そのグレンの突然の問いに、カイは空を見上げてさらっと答えた。

「いえ、俺が十歳のときに死にました。病気で」

「・・・そうか」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・ディレイさんのこととその剣をもらったときのこと、教えてくれないか?」

相変わらず空を見上げているカイに、グレンがそう言う。

それを聞いたカイは、グレンに視線を向けた。

「師匠のことを?」

「ああ、お前を拾うような物好き、滅多にいないだろうからな。少しは知っておきたい」

そう言って、グレンは少し笑みをみせる。

「あ。酷いですね、それ。まあ、いいか」

グレンの言葉にカイは少し困惑したような表情を見せたが、すぐに語りだした。

「俺の師匠・・・ディレイさんは、本当に心から尊敬できる・・・そんな人だったんです」

 

 

俺は四歳から師匠に剣術を習い始めた。

俺の剣術における目標は、『いつか師匠を倒すこと』だった。

そうすれば師匠に認めてもらえるし、いつか大切な人ができた時に、師匠を超える実力があれば大抵のことからはその人を守ってやることができる。

俺はそう思って、毎日修行にあけくれた。

そして暇ができれば家にある医学書を片っ端から読んだ。

最初は絵本代わりだったが、最近は剣術を習う理由と同じ理由で医学書を読むようになっていた。

ある日、俺がいつものように外で剣の修行をしていたときだった。

「カイ、今日も頑張ってるのかい?」

俺はそれに反応して声のした方を見た。そこにいたのは・・・

「師匠!」

そこにいたのは俺の剣の師匠であり育ての親でもある人、ディレイ・シーケンスだった。

師匠はショートカットの赤髪と、黒真珠のようなきれいな瞳を持っていた。

そしてフレームのない少し厚めのメガネをかけていて、いつも白いワイシャツと黄土色のジーンズと茶色の革靴を履いていた。

「町での用事は済んだんですか?」

カイはディレイが帰ってきたことが本当にうれしいというような弾んだ口調で聞く。

それにディレイはやさしい微笑を浮かべて答えた。

「ああ、今日の用事は大したことじゃなかったからね。

それよりカイ、そろそろ家に戻ろう。でないと日が暮れてしまうよ」

そう言われて、カイははじめて太陽が西に沈んできていることに気がついた。

カイは修行をはじめると時間の感覚がなくなるため、いつもディレイにそう言われて日が暮れていることに気がつくのだ。

「本当ですね。じゃあ、戻りま・・・あっ!」

カイはそこまで言ってあることに気がついた。

「今日の夕食の当番は俺だったのに、すっかり忘れてた!すいません、師匠!」

カイは大変なことをしたとおろおろしていたが、そんなカイを見てディレイはまた微笑んで言った。

「しょうがないね、カイは。でも、何かに一生懸命取り組むのはとてもいいことだよ。

よし、カイの頑張りに免じて、今日は私が夕食を作ろう」

そう言って、ディレイはカイに手を差し伸べた。

「じゃあ行こうか、カイ」

「・・・はい、師匠」

ディレイの言葉にそう答えて、カイは差し伸べられた大きな手をしっかりと握った。

こうして、二人で家に戻ったのだった。

 

俺と師匠の生活では、こういうことはしょっちゅうだった。

でも、師匠は当番を忘れた俺を怒るどころかそう誉めてくれて、いつもそのことを許してくれた。

そして、師匠はいつも俺に関して何も深く訊くことはなかった。

でもあの日、そしてあれが最後だったと思う。

師匠が俺にこう訊いたんだ。

 

「カイは、何で剣術を学ぼうと思ったんだい?」

そうディレイが訊いたのは、ある日の夕食のときだった。

カイはこの日の夕食であるパスタを食べていたが、突然のディレイの問いに驚いてか、一瞬動きが止まった。

しかしすぐにパスタを飲み込み、ディレイの問いに答える。

「・・・一番の理由は、やっぱり強くなりたいからです」

「どうして強くなりたいんだい?」

「いつか師匠を超えるためです」

「私を超えるため?」

「はい。師匠を超えることができれば師匠に認めてもらえるし、

師匠を超える剣の実力があれば、いつか大切な人ができたときに大抵のことからその人のことを守ってあげられるから・・・」

そのカイの言葉を聞いたディレイは、持っていたフォークをゆっくりとテーブルに置いた。

そして少し表情をかたくする。

「カイ、いつか大切な人を守りたい・・・その気持ちはいいと思うよ。

でも、私に認めてもらいたいというその思いは間違っていると思うよ」

そのディレイの言葉を聞いて、カイは驚きのあまり叫んでしまった。

「どうしてですか!?師匠に認められたいと思うのは、弟子として自然なことでしょう!?

それがなんでいけないんですか!?」

それに対してディレイは表情を緩め、笑みを作る。

「カイ、君はそんなことを考えなくてもいいんだよ。

なぜなら、もう私は君のことを認めているからね」

「・・・え?」

「カイ、私は君のことを認めているよ。

それに君はいつか私を超えたいといっていたけど、その願いももう叶っている」

「どういうことですか?」

カイはディレイが言った言葉の意味が分からず、頭に?を浮かべてしまう。

それを見たディレイはまた少し笑みを浮かべた。

「きっと君は私を超えるということは、私より実力的に優れた剣士になるということだろう?」

「違うんですか?」

「ああ。私が思うに、ある人を超えるということは、剣士としての誇りを超えるということだよ」

「・・・誇りを?」

「ああ。そして君はもうとっくにそれで私を超えている。誇りを超えれば、おのずと実力も超えられる」

ディレイはそこで言葉を切り、今度は少し真剣な表情を作ってカイに言った。

「だからカイ、間違っても私の剣術の真似をしてはいけないよ。

君は君なりの剣術の腕を磨きなさい。そうしないと、いつか必ず実力が伸びなくなる。

これは剣術だけに言えることじゃない。

なにをやるにしても、一番自分をだめにするのは人の真似をすることだからね」

 

このとき、この人の偉大さを改めて思い知らされた気がした。

しかしこのとき、俺はまだ知らなかった。

これが・・・この人に教わった、最後の教えになるなんて・・・

 

カイは夕食の支度をするために、キッチンにいた。

今夜はシチューにするつもりだった。

別に大した理由はない。あまり作るのに時間がかからないとか多めに作っておけば明日朝食を作る手間が省けるとか、そんな理由だった。

「さて、作るか。早くしないと夕食が遅くなっちゃうからな」

そう言って、カイは野菜を切るために包丁を手にした。

その瞬間だった。

ガタンッと大きな音がしたかと思うと、そのあとすぐにドサッという何かが倒れる音がした。

その音を聞いて、カイはまたディレイが何かを倒したのかと思い、包丁を置いてリビングに向かった。

「師匠、また何か倒したんですか?だったらちゃんと元に・・・」

カイはリビングに顔を出してそこまで言ったが、目の前の光景に言葉を失ってしまった。しかしすぐに

「師匠!」

叫んだ。

そこには、テーブルの横に倒れこんだディレイがいた。

カイはすぐにディレイに駆け寄って仰向けに起こし、身体を揺さぶる。

「師匠!しっかりしてください!」

しかしそう呼びかけても、ディレイは反応を示すことはなく、ぐったりとしている。

「師匠!師匠!ししょうー!」

 

その日俺はすぐに町の病院に行って医者を呼んだ。

そして師匠の病名を知らされた。

でも、その医者が言っていた師匠の病名はよく覚えていない。

その病名はなんだかあまり聞いたことがないうえに長かったため、当時十歳の俺には覚えられない病名だった。

ただはっきりと覚えているのは、その病気はとても進行が速い病気で、あと二、三日以内に病院で治療をしないと確実に死に至る病気であるということだけだ。

そしてその日、医者は師匠が目覚めるまで家にいた。医者は師匠が目覚めたらそのことを話すつもりだったのだ。

そしてその日のうちに師匠が目覚めたので、予定通りそのことを伝えた。

しかし、師匠はそれを聞いても病院には行かないと言ってその医者を帰してしまった。

その日以来、俺は何とか師匠を病院に連れて行こうと懸命に説得した。

日によっては、一日に百回は『病院に行こう』と言った気がする。

しかし師匠はそのことに関して、決して首を縦に振ることはなかった。

そして俺は、運命の日を迎えた・・・

 

「あの医者が来てから、三日が経ったね、カイ」

ディレイがベッドに横になったまま言う。

その声はとても弱々しく、今にも消えてしまいそうだった。

それを聞いて、カイは最後の説得をする。

「ねえ、師匠。いまからでもきっとまだ間に合うよ。だから病院に行きましょう?」

しかし、ディレイはなおも首を横に振る。そして小さな声でこう言った。

「カイ、この世には神がいる。そしてこの世のものはすべて神によって創られ、生命の寿命も神によって決められている。

だから私が死ぬのも、神のご意志だから仕方ないんだよ。

そして私はその神に与えられた命を返すだけ・・・だから悲しむことはないんだ」

そのディレイの言葉を聞いたカイは、大きく首を横に振る。その瞳には涙が浮かんでいた。

「嫌だ!俺は神様なんて信じない!

だから師匠の命も助かる。今からでも病院に行って治療すれば助かる!

だから病院に行きましょう、師匠!」

そのカイを見たディレイは、またさらに言う。

「カイ、私は病院に行ったとしてももう助からないよ。

自分の身体だ。私が一番よくわかる。

だからカイ、私の最後のわがままを聞いてくれないかい?」

「最後だなんて言わないで下さい、師匠!」

しかし、それにかまわずにディレイは話を続ける。

「カイ、私の剣を持ってきて」

「・・・はい」

カイはそこでディレイが本当に覚悟を決めていることを悟り、言う事を聞くことにした。

ディレイの部屋にあるクローゼットの中から、一本の剣を取り出す。

そしてそれを持ってディレイのところに戻った。

それを見たディレイはまた話を続ける。

「それを・・・カイ、君にあげよう」

それを聞いたカイは、驚きのあまり目を見開いた。

「え!?だって、これは師匠が昔、師匠の先生に貰ったものでしょう?

そんな大事なもの、受け取れません!」

しかし、ディレイは微笑を作って言う。

「いいんだよ。私はもう死んでしまう。

そうしたらその剣も使い手がいなくなってしまうだろう?

その剣はそのままさびらせるのには少々もったいない代物だからね。君が使ってくれ。

そのかわりと言ってはなんだけど・・・」

ディレイはそこでいったん一呼吸おいて、また話し出す。

「私の願いを叶えてくれないかい?」

「願い?」

「ああ。カイにはもう将来なりたいものがあるかもしれないけど、できれば・・・軍人になってほしいんだ」

「俺が・・・軍人に?」

「軍人になってこの国の弱い人々を守る。それが私の小さな頃からの夢だったんだ。

・・・しかし、私が軍人になれるくらいの実力をつけたときには、もう遅かった。

若い軍人が多いこの国では・・・三十五歳はもうお呼びでない歳なんだ。

だからカイ、君が私の代わりに軍人になって・・・私の夢を叶えてくれないかい?」

ディレイは小さな声でそう言う。それを聞いたカイは困惑した表情を作った。

「でも、おれ軍人になれるくらいの実力なんてないです」

しかし、ディレイは小さい声だったがはっきりとこう言った。

「大丈夫。君はもう軍人になれるだけの実力を持っているよ。私が保証する」

それを聞いたカイは、しばらく黙って考え込んでいたが、徐に口を開いた。

その表情は、何かの決心に燃えている表情だった。

「分かりました。俺・・・軍人になります。そして師匠の願いを叶えてみせます!」

そのカイの答えを聞いて、ディレイはまた笑顔を作った。

「・・・ありがとう」

それが師匠の・・・最期の言葉だった。

 

この日から、俺はますます剣の修行にあけくれた。もちろん、師匠からもらった剣で。

町からは師匠が死んだばかりなのによく剣の修行ができるななどと批判を受けたりもしたが、そんなことは関係なかった。

二年後、俺は軍人になった。師匠の夢を叶えるために。

そして今に至る。

 

 

「と、いうわけです」

カイがグレンのほうを見て言う。

それを聞いたグレンは話が終わったと判断した。しかし、口を開くことはない。

「もしかして、俺に哀れみを感じてます?グレンさん」

グレンの表情を見たカイが言う。そしておどけて言った。

「やめてくださいよ。俺しんみりした雰囲気は苦手なんですから」

それでもグレンは口を開かない。

仕方なくカイはグレンが口を開いてくれるのを待つことにした。

そうして待つこと数分、グレンがようやく口を開いた。

「・・・カイ」

「はい?」

「もしお前に何かあっても、これからは俺が・・・」

そこまで言ったときだった。

「あ、いたいた。グレンさーん、カイくーん!」

突然少女の声がした。

その声に反応した二人はほぼ同時にその声の主を見る。

その少女は腰まで伸ばした長い金髪に淡いブルーの瞳を持っていた。

名前はリア・マクラミー。地位は中尉。階級バッチの色は藍色。

この国の軍服は、色は同じだがデザインは男女で違う。

そのためリアは制服のブレザーのような服に男子と同じ装飾がされた金色の肩章に赤いネクタイ。

そして左胸にある小さなポケットの下に国のマークと階級を示すバッチ。

下は動きやすいようにちょうど太ももくらいまでのミニスカートという格好。

そして靴はすこし短めの黒いブーツだった。

無論これも男子と同様敵国に潜入するときのためのデザインで、男女で歩いていても学生のカップルと思わせることができるかららしい。

リアは、嬉しそうに二人に近づいてきた。

「よかったー。やっと見つけたー」

「・・・何か用か?」

「はい。お二人とも、仕事ですよ」

「またですかー?」

リアの言葉を聞いてカイが不平を言う。

「しょうがないでしょう?上から私たちで行って来いって言われたんだから。

とにかく行きますよ。早く来て下さい」

リアはそう言って一人で中庭から出て行った。

「やれやれ、上も人使いが荒いな」

グレンもそう言って、リアの後を追おうとしたときだった。

「・・・グレンさん」

カイが呼び止める。

「なんだ?」

「さっき・・・なんて言おうとしたんですか?」

そう聞くカイの表情は真剣だった。しかし、グレンは少し笑みを浮かべて

「さあな」

とだけ言う。そして歩き出した。

「そりゃないですよ、グレンさん」

そのグレンのあとをカイも追う。

こうして二人は、また任務に向かうのだった。