信じたくない光景。
目の前に広がる紅い光景。
その視界いっぱいの紅の中に倒れている二人の人間。
一人は茶髪のロングヘアー。その髪は、自分の中から流れ出た紅いものによってかたまり、その紅いものが空気と触れ合うことでどす黒く変色している。
もう一人はショートカットの金髪。こちらも、きれいな金髪は赤く染まり、薄く開かれた唇からは、その紅いものが一筋、流れている。
2人とも、瞳は光を失っていた。
その2人の人間のそばに、三人の少女。
そのうちの一人、金髪の少女が残りの二人を包む状態で座り、怯えていた。
「お母さん、お父さん!!」
震える声を振り絞っても、呼ばれた人間たちは返事を返さない。
返したくても、返せない。
光を失った瞳で・・・見ているだけ。
「いや・・・いや・・・いや・・・いや――――――!」
私は、当時にしては比較的裕福な家庭に、三人姉妹の長女として生まれた。そして、何不自由無く育てられた。
家族の中でもいざこざは無く、本当に平和な、どこにでもある普通の家庭だった。
そう本当に平和だった。9歳の・・・誕生日までは・・・。
ある家の庭を、一人の女性が歩いていた。
その女性の名前は、アリア・マクラミー。茶髪のロングへアーと淡いブルーの瞳を持っている。
とても穏やかな雰囲気の女性で、あまり怒ったことがない。
その女性はそのまま庭を歩いて行き、やさしい声で呼びかける。
「リアー、エレナー、ミーナー、おやつですよー」
その呼びかけに、三種類の声が「はーい」と返事をする。そして三人の少女が出てきた。
一人は、リア。肩くらいまでの金髪と、淡いブルーの瞳を持っている。
服装は、真っ白なワンピースにそれと同じ色のサンダル。
二人目はリアと2つちがいの妹、エレナ。エレナは長い茶髪をみつ編みにし、それを左肩で前に持ってきていた。
瞳の色は左が淡いブルー、右がエメラルドグリーン。服装は、赤のワンピースにそれと同じ色のサンダル。
三人目は、リアと4つちがいの一番下の妹、ミーナ。ミーナはブロンドの髪と、エメラルドグリーンの瞳を持っている。
服装は、紫のワンピースに同じ色のサンダル。
三人はそのままそのアリアに近づいていく。アリアは、それをやさしい笑みで迎えた。
「お母さん、今日のおやつはなに?」
ミーナが待ちきれないと言った口調で訊く。
それにアリアは先ほどの笑みのまま答える。
「今日はあなた達の大好きなアップルパイよ。紅茶もいっしょにね」
「わーい!わたし、お母さんのアップルパイ大好き!」
「わたしも!」
「わたしもー」
三人は、口々にそう言い、先に家の中に走って行く。
それを、アリアは幸せそうに見つめる。
「おやつを食べる前に手を洗うのよ」
「はーい!」
三人は、アリアの言葉にそう答えて、消えて行った。
リビングに、楽しそうな声が響く。
「おいしー!」
「うん、おいしー」
「おいしー」
三人は、口々にそう言いながら、夢中でアップルパイを食べる。
それをアリアは微笑を浮かべながら見ていたが、不意に扉が開く音がして、立ちあがる。そしてそのまま玄関に向かった。
しばらくそのままアリアは戻ってこなかったが、突然呼びかけられる。
「リア、エレナ、ミーナ。お父さんが帰ってきたわよ!」
「えっ!?」
その言葉を聞くなり、三人は食べていたパイもほったらかしで、玄関に向かう。
それもそのはず、リア達の父親はとても忙しい人で、なかなか家に帰ってこない。長いときは、1年近くも帰ってこないのだ。
三人は玄関につくと、母親の先にあるものを見つめる。
それは、間違い無く自分たちの父親だった。
この男性の名前は、レスター・マクラミー。ショートカットの金髪とエメラルドグリーンの瞳を持っている。
そしてこちらも、アリア同様、やさしい雰囲気をかもし出していた。
レスターは、リア達の存在に気づくとにっこりと微笑みかけてきた。
「ただいま、リア、エレナ、ミーナ」
その声を聞いた瞬間、半ば硬直状態だった三人は、一気にその男に飛びつく。
「お帰り、お父さん!」
それが、リアが半年ぶりに感じた、父の温もりだった。
「ねえ、お父さん。なんで急に帰ってきたの?いつもは帰ってくる何日か前に電話してくるのに」
夕食を食べている最中、リアが不思議そうに訊いた。
すると、それを聞いたレスターは少し驚いたといった表情を浮かべる。
「リア、忘れたのかい?カレンダーをよく見てごらんよ」
「・・・・・・?」
よくわからなかったが、とりあえずリアは言われた通り、カレンダーを見てみる。
それを確認して、レスターは訊いてきた。
「今日は何月何日だい?」
「4月3日」
「じゃあ、明日は何日だい?」
「4月4日」
「じゃあ、4月4日は何の日?」
そこまで言われて、リアは初めてレスターが帰ってきた理由を悟った。
「あ・・・」
「そう、明日はリア、君の誕生日だ。だから帰ってきたんだよ。
上司に無理を言って、休暇をもらってきたんだ」
「じゃあ、しばらくここにいるの?」
そう訊いたのは、リアでは無くエレナ。
エレナは本当にお父さんっ子で、おそらく誰よりもレスターが帰ってくるのをいつも心待ちにしている。
だから、少しでも長くいてほしいのだろう。
しかし、レスターは残念そうに首を横に振った。
「うん、僕もそうなればいいと思っていたんだけどね、エレナ。
なにせ無理を言ってとった休暇だから、明後日には帰らなければならないんだ」
「えー!!」
エレナとミーナが同時に叫ぶ。それを見たレスターは、本当に申し訳なさそうな顔をした。
そのレスターの顔を見たリアが、すかさず口を開く。
「エレナ、ミーナ、そんな事言ってお父さんを困らせちゃだめよ。
お父さんだって忙しいんだし、仕方なく帰っちゃうんだし・・・」
そのあとを、料理を持ってきたアリアが続ける。
「そうよ。でも、明後日まではいるんだから、明日はたくさんお父さんと遊んでもらいなさい」
「はーい!」
そうして、この日は平和に過ぎた。
そして、運命のあの日。
9歳の誕生日を・・・迎える。
この日は、マクラミー家は大忙しだった。
この家の長女であるリアの誕生日であるため、そのお祝いのための準備が着々と進められていた。
そんな中を、レスターが横切り、アリアに話しかける。
「アリア、僕ちょっと出かけてくるよ。リアの誕生日プレゼントを買ってくる。夕方までには戻るから」
「わかったわ、行ってらっしゃい」
レスターの言葉に、アリアはそう答える。それを聞いたレスターは、そのまま家を出て行った。
そして夜。家の中はきれいに飾り付けがされ、テーブルには豪華な料理がたくさん並んでいた。
「さあ、みんな。リアお姉ちゃんのお誕生日のお祝いをしましょうね」
全員が席についたあと、アリアのその言葉で、ささやかな誕生パーティーが幕を開けた。
「リアお姉ちゃん、これあげる」
そう言って、エレナとミーナが小さな箱をリアに差し出す。
それを受け取りながら、リアが訊いた。
「これ、なに?」
それを聞くと、エレナとミーナは笑みを浮かべ、返事を返す。
「秘密、いいから開けてみて」
2人にそう急かされて、リアが箱を開けてみると、中には小さなペンダントが入っていた。
そのペンダントは、金色の土台に、藍色の石が飾られた、シンプルなものだった。
「わたし達二人で、お金出しあって買ったんだ」
「ありがとう!エレナ、ミーナ」
リアはそう言うと、早速そのペンダントをつけてみる。
「どう?似合う?」
「うん、とっても似合うよ!」
リアが訊くと、二人はそう返してくる。それにリアは少し照れ笑いを浮かべた。
アリアとレスターはそれを微笑を浮かべてみていたが、不意にアリアが口を開く。
「じゃあ、次はお母さんがプレゼントをあげようかな」
そう言って、少し大きめの箱を取り出した。
リアはそれを受け取り、開けてみる。
するとその中には、小さな白いポーチが入っていた。
「あなた、それ欲しいって言ってたでしょう?」
「覚えててくれたの?ありがとう、お母さん」
今まで、それを見ているだけだったレスターが、最後に口を開く。
「じゃあ、お父さんからも・・・」
そうして箱を取り出そうとしたそのときだった。
急にその部屋の窓が、激しい音を立てて割れた。
部屋中に窓ガラスが散乱する。そしてその後に、数人の男が入ってきた。
「な・・・なんだ君達は!」
レスターがそう言う。それに、数人のうちの一人が乱暴な口調で怒鳴り返した。
「うるせぇ!」
そしていきなり銃を取り出し、数発撃つ。
それはすべて、レスターの身体に吸い込まれた。
レスターの身体から紅い鮮血が飛び散り、そのままその場に倒れる。
「きゃーっ!あなたー!」
レスターが倒れるのを見て、アリアが叫んでしまった。それが、この瞬間の彼女の過ちだった。
アリアの叫びを聞いたほかの男が、レスターを撃った男同様、銃を取り出してアリアの身体めがけて撃つ。
その瞬間、アリアの身体からも血が飛び散り、そのまま倒れた。
それをリアは声もあげず黙って見つめる。
いや、正確には声を出すこともできなかった。
しばらくそのままだったが、「お姉ちゃん」という声にはっと我に返る。
リアはすぐにその声の主、エレナとミーナを抱き寄せる。そして庇うようにしっかりと抱きしめた。
その間、男たちはリア達を無視して金目のものを盗りつづけた。
そしてたいていのものを盗り終えたのか、男たちのうちの一人がこちらを見た。
「このガキどもはどうする?」
すると、他の男もこちらを見て、言った。
「放っておけ、どうせなにもできやしねぇよ」
「それもそうだな」
そうして、男たちは全員、入ってきた窓から・・・出て行った。
信じたくない光景。
目の前に広がる紅い光景。
その視界いっぱいの紅の中に倒れている二人の人間。
一人は茶髪のロングヘアー。その髪は、自分の中から流れ出た紅いものによってかたまり、その紅いものが空気と触れ合うことでどす黒く変色している。
もう一人はショートカットの金髪。こちらも、きれいな金髪は赤く染まり、薄く開かれた唇からは、その紅いものが一筋、流れている。
2人とも、瞳は光を失っていた。
その2人の人間のそばに、三人の少女。
そのうちの一人、金髪の少女が残りの二人を包む状態で座り、怯えていた。
「お母さん、お父さん!!」
震える声を振り絞っても、呼ばれた人間たちは返事を返さない。
返したくても、返せない。
光を失った瞳で・・・見ているだけ。
「いや・・・いや・・・いや・・・いや――――――!」
リアは、そのまま気を失ってしまった。
「・・・うっ」
しばらくして、リアは目を覚ました。左右を見てみると、妹たちはまだ気を失ったままだった。
少しの間、状況を理解できなかったが、目の前で起こった出来事を、すべて思い出す。
そうだ・・・お父さんとお母さんは殺されたんだ・・・。
そんな絶望が、リアを襲ったそのときだった。
不意に誰かの声が聞こえた。でも、この家にはもう自分たち以外は誰もいない。きっと空耳だろう。
そう思って、さっき聞こえた声を頭から消そうとしたときだった。
突然ドアが開き、一人の少年が入ってきた。少年は軍服を着ていた。
その少年は、澄んだ緑色の瞳を持っていた。そして髪は、月明かりで瞳と同じ色に見える。
少年は、リア達の姿を確認すると、一瞬驚いた表情を見せ、すぐにドアの外に向かって叫んだ。
「カスケード、こっちに来て!女の子がいる!」
少年がそう呼んでからすぐ、もう一人少年が入ってきた。
その少年は乱暴に後ろで縛ったダークブルーの髪と、その髪とはうってかわった、澄んだ海色の瞳を持っていた。
「ニア、本当にこんなとこに女の子が・・・あ、ほんとにいた。お前、ここの家のもんか?」
リアは言葉を発しようとしたが声が出ず、仕方なく首を上下運動させる。
「そうか」
もう一人の少年がカスケードと呼んでいた少年は、それだけ言う。
そのあと、ニアと呼ばれたいた少年が、リアにやさしく手を差し伸べた。
「怖かっただろう?でも、もう大丈夫だからね。
さあ、僕達といっしょに行こう。一応、病院にも行かないとね」
それを聞いた途端、リアの瞳に涙が溢れる。そしてその少年に抱きつき、思い切り泣いた。
この後、わたし達は病院につれて行かれ、簡単な検査を受けた。
でもみんな検査結果は「異常なし」。
病院を出たわたし達は、小さいころからお世話になっていた母方の祖母の家につれて行かれ、そのまま引き取られた。
それからしばらく、祖母の家で何不自由無く、大切にしてもらった。
でもそれから数ヶ月後、私は・・・決意を祖母に伝えに行った。
「おばあちゃん、話があるの」
そう言って、祖母に話しかける。その声に反応して、祖母は私を見た。
私はそれを確認すると、ゆっくりと口を開く。
「あのね、私・・・」
しかし、言い終える前に祖母が口を挟んだ。
「軍人になりたいんだね?リア」
その発言に私は驚いた。そして少し動揺しながらも訊く。
「どうしてわかったの?」
すると、祖母はゆっくりと話し出した。
「あんたは優しすぎるからね・・・そろそろそう言い出すと思っていたよ。
あんた達の両親を殺した犯人を探すんだろう?」
そしてしばらくの間口を閉ざし、再び開く。
「止めても、無駄なんだね?」
その問いに、私は無言で、首を縦に振ることで答えた。
それを見て、祖母はふうっと溜息をついた。そしてまた口を開く。
「少しの間、ここで待ってなさい」
そう言い残して、祖母は部屋の奥に消えた。そして数分後、小さな箱を持ってくる。それを私に差し出した。
「これ・・・何?」
「お父さんからの誕生日プレゼントだよ。
あんたがここに引き取られてからすぐ、ニアとカスケードって軍人さんが届けてくれたんだ。
家の中に落ちてたそうだよ」
「お父さんからの・・・」
そうだ、お父さんは私に誕生日プレゼントを渡そうとしたときに襲われ、殺された。
あのときのショックで、誕生日プレゼントのことなんて、すっかり忘れていた。
リアは無言で開けてみる。するとそこには・・・小さな万年筆が入っていた。
「これ・・・私が欲しいって言ってた万年筆だ・・・」
そう、半年以上前、レスターが再び仕事に行ってしまう前に、一度だけリアはレスターと二人で街を歩いたのだ。
そのときにショーウィンドウに入っていたこの万年筆を、欲しいと言ったことがあったのだ。
でもそれは独り言程度のつぶやきで、父には聞こえていないと思っていたのだ。
なのに父は、その万年筆を買っておいてくれた。
「レスターは、あんたのことを本当に愛していたんだね。もちろん、アリアも・・・」
祖母はそう言って、やさしく私を抱きしめた。そしてつぶやく。
「その万年筆は大切にするんだよ。唯一の父親の証だ。
それと・・・辛くなったら、いつでも帰っておいで。私達は、いつでもここにいるから・・・」
その言葉を聞いて、リアの瞳に涙が溢れる。
「ありがとう、おばあちゃん」
そして瞳を閉じる。そのとき、溜まっていた涙が、優しく頬をなでた。
その後、10歳の誕生日に軍の入隊試験を受け、なんとか合格。軍に入ることが出来た。
そして合格の知らせがきたその日、私は軍の寮に移り、そこに住むことにした。
次の日には部屋を整理し、司令部に顔を出す。
新しい軍服に着替え、外からは見えないように、金色の土台に藍色の石が飾り付けられたシンプルなペンダントをつけ、
胸ポケットに、これも外からは見えないように小さな万年筆を入れる。
そして司令部に向かった。
司令部に行った後、私たち新人は簡単な訓練を受け、その日は終了した。
そして私はそのまま帰ろうとしたが、後ろから声をかけられた。
「リア・マクラミー三等兵!」
そう声をかけてきたのは、先程まで私たちの指導をしていた上司だった。バッチを見ると、藍色。つまり、中尉だった。
「なんですか?」
私は振り向き様に訊く。
すると、その上司は私に紙を差し出しながら言う。
「君は確か自分の武器を持っていなかったな。これは軍支給の武器のリストだ。
明日までに選んで、受付にこの紙を出してくれ」
「わかりました」
私はそれだけ言うと、その上司に会釈してその場を去る。
寮の部屋につくと、私は上司から渡された紙を眺める。
それにはいろいろな武器の種類が書かれていた。銃、剣、短剣、槍、その他にもいろいろなものがあった。
その中でも、私が惹かれたのは、ムチだった。
そのリストの中で、私が見る限り一番殺傷能力が低かった。
軍に入ったものの、私は人は殺したくない。
大切な人たちを殺されてしまう苦しみを、私は痛いほど良く知っている。
だから私はムチを選んだ。
殺さずに、闘うために。
殺さずに、守るために。
次の日、私は受付に行った。あのリストの紙を持って。
そのリストを受付に出す。希望武器の欄に書いてあるものは…ムチ。
この日から、私の本当の戦いが…始まった。
あれから9年。いまだにお母さんたちを殺した犯人は見つかっていない。
でも、軍に入ったことで今の私には、お母さんやお父さん、そしてエレナ達と同じくらい大切な人たち・・・仲間がいる。
そして信頼できる上司も・・・。
その上司のうちの一人が言っていた。
「大切なものは何が何でも守り抜け。後で後悔しても、遅いんだ」
この言葉は、一番今の私を支えてくれる言葉。
この言葉があるから、がんばれる。
だから私は守ろうと思う。
大切な人たちを。
もう2度と、失いたくないから。
もう2度と、一人になりたくないから。