エルニーニャ王国の首都である都市レジーナ。
そこにある軍司令部の廊下を、一人の少年が歩いていた。
その少年はきれいな銀髪にそれと同じ瞳を持っている。
この少年の名前はグレン・フォース。18歳で、階級は大尉。
いま少年が着ている男子用の軍服は、色は紺。
両肩には鮮やかに装飾された金色の肩章。
左胸には小さなポケットがあり、その下にこの国のシンボルであるライオンのマークが刻まれたバッチと階級を示すための色分けされたバッチ(グレンのバッチは灰色)がついている。
そして靴は黒い革靴。
その軍服を、グレンはきれいに着こなしていた。
グレンは何か少し慌てた様子で、足早に廊下を歩き、ある一室にそのまま入っていく。
部屋に入ると、そこには3人の男女が休憩時間を過ごしていた。1人は少年、残りは少女。
この国の軍服は男女で違うため、女の子2人は制服のブレザーのような服に男子と同じ装飾がされた金色の肩章に赤いネクタイ。
そして左胸にある小さなポケットの下に国のマークと階級を示すバッチ。
下は動きやすいようにちょうど太ももくらいまでのミニスカートという格好。
そして靴は少し短めの黒いブーツ。
しかし、男子の服も女子の服も学生服のようで、肩章と国のマークと階級バッチが付いていないと普通の学生と間違えてしまいそうなデザインだ。
無論、こんなデザインにしているのには理由がある。
敵国に潜入するときにいちいち服を着替えている暇はない。
そこで、この国の若い軍人が多いという特徴を生かしてあえて学生服のようなデザインにし、肩章などのものをはずしてしまえばそのまま学生として潜入できるようにしたのである。
(ちなみにこの国の軍人の年齢はだいたい10〜20歳代くらい)
部屋にいた3人はグレンの存在にすぐに気づき、こちらを見る。そして少年がグレンに話し掛けてきた。
「グレンさんじゃないですか。どうしたんですか?そんなに急いで。任務ですか?」
この少年の名前は、カイ・シーケンス。ショートカットより少し長めの黒髪に漆黒の瞳を持っている。
グレンと同じく18歳で、階級は少尉。階級章の色は黒。
「・・・いや」
グレンはカイの問にそれだけ言って、あたりをきょろきょろと見渡す。
「そんなにきょろきょろして、何か探し物ですか?」
そう訊いてきたのはリア・マクラミー。腰まで伸ばした金髪に淡いブルーの瞳を持っている。
こちらも18歳で、階級は中尉。階級章の色は藍色。
「ああ・・・まあ・・・」
リアの問いにも、グレンはそれだけ言ってまだきょろきょろしている。そのグレンを、3人は不思議がってみていたが、不意に残りの少女が口を開く。
「あれ?グレンさん、銃はどうしたんですか?」
この少女はラディア・ローズ。ウェーブのかかった黒髪にそれと同じ色の瞳を持っている。
この3人の中では唯一の17歳で、階級は曹長。階級章の色は赤。
ラディアの言葉を聞いて、他の2人もグレンが腰につけているホルスターにいつも入っているはずの銃がないことに気づく。
「そういえば無いですね、銃。いつもは必ず入ってるのに」
「もしかして・・・無くしたんですか?」
そう言ったのは、リアとカイだった。
そのカイの言葉を聞いた途端、グレンが間髪入れずに口を開く。
「なくしたんじゃない!なくなったんだ!!」
「・・・どっちもあまり変わらないと思いますよ」
そう言ったのはラディア。この言葉を聞いて、グレンは口を閉ざしてしまう。
そんなグレンを見ていたほかの二人は、ラディアの爆弾発言に少し慌てたが、何とか話を進めようとリアが口を開く。
「グレンさん、紛失手続きはしてきたんですか?」
そのリアの問いに、グレンは気を取り直したのか、いつもの口調で答える。
「ああ、さっき受付に言って手続きをしてきた。
しかし、何とかして見つけないと、後々面倒なことになる」
「面倒なことって、どうなるんですか?」
グレンの言葉を聞いてそう訊いて来たのは、ラディアだった。
それもそのはず、彼女は軍に入ってきて3年しか経っていない上に、武器は私物の短剣を使っているため、その手のことはまったく知らないのだ。
ラディアの問いに、リアが答える。
「軍支給の武器を使っている場合、なくしたり、壊してしまったりしたら一応新しい同じタイプの武器を支給してもらえるんだけど、それには請求書を書かなくちゃいけないの」
「なんでそれが面倒なことなんですか?」
リアの言葉に今度はカイが質問する。カイもラディア同様、自分の私物である剣を使っているため、武器の請求法をまったく知らなかった。
カイの問いに、グレンが少しため溜息混じりに答えた。
「・・・そうか、お前達は知らなくても仕方ないな。
武器を支給してもらう場合、請求書を書かなければならないと言うのはさっきリアが言った通りだ。
でも、この請求書がまた厄介で、武器を支給してもらいたい理由を書かなければならないうえに、そのほかにも細かい選択性の項目があって、それが100項目近くあるんだ」
「100項目!?」
「なんで請求書書くだけでそんなに項目があるんですか!?」
グレンの説明を聞いて、カイとラディアの2人がほぼ同時に叫ぶ。
それを見て、グレンはまた少しため息をつく。
「・・・まあ、それを説明するだけでまだかなり時間を使わなければいけなくなるから、今はやめておこう。
とにかく、だからなにがなんでもなくなった銃を見つけなきゃいけない」
「じゃあ、私達も手伝いますよ」
そう口を開いたのは、リアだった。それに続いて、他の2人も口を開く。
「そうですね。1人で探すより4人のほうが効率いいですし」
「銃なくしただけで100項目なんて、ふざけてますしね」
こうして、4人の銃探しが始まった。
「で、どこでなくしたんですか?」
カイがそう訊く。
四人はさっきまでいた部屋を出て、廊下を歩いていた。
とりあえず、グレンが銃をなくした場所に行ってみようという事になったのだ。
「・・・確か、第一休憩室」
「じゃあ、とりあえずそこを探してみましょう」
そうして歩くこと数分、4人は第一休憩室に入った。
「じゃあ、とりあえず部屋中を徹底的に捜しましょう」
カイの言葉で、銃の捜索が始まる。しかし、いくら探しても銃は見つからなかった。
「だめね、ここには無いのかしら」
リアがため息混じりに言う。そのあと、ラディアが口を開いた。
「仕方ありませんから、今日のグレンさんの行動を振り返ってみたらどうですか?何か新しい発見があるかもしれませんよ」
そのラディアの提案に他の3人も同意した。
「じゃあ、まずは寮に行きましょうか。さすがに寮において来たって事は無いと思いますけど・・・」
こうして、4人は司令部を出て、自分たちの住まいである寮に向かう。
数分後、4人はグレンとカイの部屋にいた。そして現場検証を始める。
「えーっと、まずはここでのグレンさんの行動を振り返りましょう」
そう言うと、カイは淡々と話し出した。
「まず、朝起きてすぐ俺達は寮の食堂に言って朝食を取った。
そのあとはすぐにこの部屋に戻ってきて2人とも着替えをして司令部に向かう。
そのときはまだグレンさんはちゃんとホルスターに銃を入れていたっと。
これで間違ってませんよね、グレンさん?」
「ああ、間違っていないと思う」
「じゃあ、司令部に行ったあとは何をしてたんですか?」
グレンがそう言った後、ラディアが訊く。
「・・・そのあとは、任務地のアスリーアに行っていた」
「それで、帰ってきたときはまだちゃんと銃を持ってたんですよね」
「ああ、その後はすぐ休憩時間だったから、一番初めに行った第一休憩室にいたんだ。
そこで休憩時間中に銃を整備しておこうと思ったんだ。午後からもまた任務があったからな。
それで銃をはずしてテーブルの上に置いたんだ。
そのあと、整備しようとしたら上官につかまってしまって、少しの間銃から目を離したんだ。
そして上官との話が終わってテーブルを見たら、銃がなくなっていたんだ」
グレンの説明を聞いて、リアが口を開く。
「じゃあ、やっぱり銃がある可能性のある場所は、あの第一休憩室しかないんですね?」
「そうとも限りませんよ、もしかしたら誰かが間違えて持って行っちゃったってこともあるかもしれませんし・・・」
リアの後に、ラディアも口を開く。
「この司令部って、銃を使ってる軍人がかなり多いですからね。しかもグレンさんと同じタイプの」
ラディアに続き、カイも口を開く。
4人は、完全に手がかりを失ってしまった。しばらく考えた末、仕方ないのでもう一度第一休憩室に行こうという結論を出した。
グレン達が第一休憩室に向かって歩いていたころ、司令部の渡り廊下を、1人の青年が歩いていた。
その青年は、育ちがいいのか、軍人には似合わない穏やかな雰囲気を漂わせていた。
この青年の名前は、アルベルト・リーガル。前髪を真ん中で分けたショートカットの黒髪と、きれいな緑色の瞳を持っている。
年齢は20歳で、階級は少佐。階級章の色は緑。
その青年は、しわひとつ無い軍服を、これ以上無いくらいきれいに着ていた。
そして腰にはホルスターをつっていて、その中には軍支給の銃が入っていた。
その銃は・・・グレンと同じ、四十五口径。
アルベルトはしばらくそのまま廊下を歩いていたが、不意に後ろから声が聞こえた。
「なあ、アルベルト」
その言葉を聞いて、アルベルトは後ろを振り向く。
そこには仕事の同僚が立っていた。
その人物は濃い茶色の髪に、それと同じ瞳を持つ長身の男で、左頬についた大きな傷が印象的だった。バッチを見る限り、階級は中佐。
「何ですか?」
アルベルトは突然呼び止められて不思議そうな顔を作る。
そんなアルベルトにかまわずに、男はアルベルトの腰にある銃を指差し、口を開いた。
「それ・・・お前の銃か?なんかいつもと違わねぇか?どこがっつわれるとわかんねぇけど」
その男の言葉を聞いて、アルベルトも首をかしげる。
「やっぱりわかりますか?僕も先ほどから何か違和感を感じていたんですよ」
「もしかしてそれ・・・違う奴の銃なんじゃねぇか?ちょっとよく見てみろよ」
「わかりました」
男の提案に素直にそう答え、アルベルトはホルスターから銃を抜き、見つめる。
そしてしばらくして、「あっ」と声をあげた。
「・・・やっぱり違ったんだな?」
「・・・はい。きっと、午後の任務に行く前、慌ててたんで間違えてしまったんだと思います」
そのアルベルトの答えに、男は呆れて大きな溜息をついた。
「まったく、なんでお前が少佐になれたのか、いまだに謎だぜ。まあ、お前らしいけどな」
「どうしましょう?」
「とりあえず、受付に行って銃の紛失届が来てないか訊いてこいよ。
もし来てたらそいつの所有物である可能性が高いだろ」
「そうですね。じゃあ、行ってきます」
こうして、アルベルトはその男と別れ、受付に向かった。
「すみません。銃の紛失届が来てませんか?」
受付に行くと、アルベルトはすぐにそこにいた受付嬢にそう訊く。
それに受付嬢は「少々お待ちください」とだけ言い、机の引出しからファイルを取り出した。
それを無言でぱらぱらとめくっていく。そうして何枚かめくったあと、不意に口を開いた。
「・・・1時間ほど前、銃の紛失手続きをして行った方が1人いました」
「誰ですか?」
「グレン・フォース大尉です。紛失したのは、軍支給の四十五口径の銃だそうです」
「!!その人はどこにいるかわかりますか?」
「はっきりとはわかりませんが、銃をなくした場所は第一休憩室になっていますので、そこにいるかもしれません」
「わかりました。ありがとうございます」
アルベルトは、受付嬢にそうお礼を言うと、すぐに第一休憩室に向かった。
「銃、やっぱりありませんね」
リアが落胆して言う。
「やっぱり、請求書を書くしかないんですかね?」
カイもそう言う。
それを見て、グレンも溜息をついた。
やはりこうなってしまうのか。覚悟はしていたが、やはり実際に書くとなると気が滅入ってしまう。
しかし、無くなってしまったものは仕方がない。請求書を書きにグレンが立ち上がろうとした、そのときだった。
部屋に、1人の青年が入ってきた。
その青年は、しわひとつ無い軍服をこれ以上無いくらいきれいに着ていた。バッチを見る限りでは、階級は少佐。
その青年は前髪を真ん中で分けたショートカットの黒髪と、きれいな緑色の瞳を持っていた。
育ちがいいのか、軍人には似合わない穏やかな雰囲気を漂わせている。
青年は、部屋に入ってくるなりあたりをきょろきょろと見回していた。
しかし、少しして口を開く。
「すみません、グレン・フォース大尉はここにいますか?」
それを聞いて、グレンは口を開いた。
「・・・俺がグレンですけど、何か用ですか?」
グレンがそう言うと、その青年は嬉しそうに近づいてきた。
「あ、あなたがフォース大尉ですか。僕はアルベルト・リーガル。バッチを見てわかる通り、少佐です」
「あの・・・少佐さんがグレンさんに一体何のご用があるんでしょうか?」
そう言ったのは、リアだった。
そのリアをアルベルトはしばらく直立不動で見ていた。
しかし、しばらくすると顔を真っ赤にし、動きとしゃべりがぎこちなくなる。
「あ・・・えっと・・・僕は、フォース大尉にこれを届けに来たんです」
そうして、アルベルトはあるものを差し出した。
それは軍支給の四十五口径の・・・銃。
「あ・・・」
「これ、グレンさんの銃じゃないですか!?」
「あなたが見つけてくださったんですか?」
リアが訊くが、それにアルベルトはまたぎこちないしゃべりで答える。
「あ・・・いえ・・・その・・・実は、僕が午後の任務に行く前に、間違えて持っていってしまったんです。
さきほどそれに気づいて・・・それで受付で訊いたらあなたが紛失届を出しているって聞いたもので・・・」
「そうだったんですか・・・わざわざ届けていただいて、ありがとうございました」
そうお礼を言ったのは、グレンだった。それを聞いたアルベルトは、おどおどしながらも言葉を返した。
「いえ・・・僕が間違えて持って行ったんですから、お礼なんていいです。では、僕は行きますね」
そう言って、アルベルトは部屋から出て行った。
それをグレン達は見ていたが、しばらくしてグレンは手に持っていた銃をホルスターにしまう。
「よかったですね、グレンさん。請求書書かずにすんで」
「ああ。でも、そそっかしい人だったな」
「左官クラスの人にも、ああいう人がいるんですね」
「どうやって少佐になったんでしょうね」
4人は、それぞれ思ったことを口にする。
そうしてしばらくそのまま立っていたが、不意にグレンが口を開いた。
「・・・行こう。午後の任務に間に合わなくなる」
そして、歩き出した。
他の3人もそれに続いて部屋を出る。
こうして、4人の小さな事件は幕を閉じた。