「グレン・フォース大尉。明日の午後よりカイ・シーケンス少尉、リア・マクラミー中尉、ラディア・ローズ曹長を連れて1週間の遠征任務を命ずる。

君たちのほかにあと三人、行動を共にする者がいる。

カスケード・インフェリア大佐、ディア・ヴィオラセント中佐、アクト・ロストート中佐だ。

指揮はインフェリア大佐がとる。任務の内容は・・・」

 

 

中央司令部の中庭。そこはとても広々とした、自然の溢れる空間だった。

中庭の中心には大きな噴水があり、澄んだ水が心地よい音と共に流れる。

両端には大きな木が等間隔に並んでおり、この空間の空気を綺麗に浄化する。

そしてその傍には花壇があり、小さなかわいらしい花がたくさん植えられていた。

その傍にあるベンチには休憩時間中の軍人達が座り、仲間との会話を楽しんでいる。

そんな中庭にあるひときわ大きな木の上に、一人の少年が座っていた。

この少年の名前はグレン・フォース。きれいなショートカットの銀髪に、それと同じ色の瞳を持っている。

腰にはホルスターをつっていて、中には四十五口径のリヴォルバーが収まっていた。

服装は軍人であるため軍服。

この国の軍服は他の国とは違い、少し変わったデザインである。

男子の軍服は紺色で、両肩には鮮やかに装飾された金色の肩章。

左胸には小さなポケットがあり、その下にこの国のシンボルであるライオンのマークが刻まれたバッチと階級を示すための色分けされたバッチ(グレンは大尉なので、色は灰色)がついている。

そして靴は黒い革靴だった。

グレンはその大きな木の枝に座りながら残りわずかな休憩時間を過ごす。

午後からは遠征任務はなく、基本的にデスクワークだけだった。そのことを考えると、グレンの口からは大きな溜息がこぼれる。

グレンは、人前ではどんな仕事でも文句を言わず完璧にこなす。

しかし内心ではかなり嫌な仕事もやはりある。特に嫌いな仕事が書類の整理や作成。つまりデスクワーク。

グレンは、落ち着きはあるが基本的に何時間も黙って座っているのが嫌いだ。体がなまってしまう。

だからグレンはデスクワークよりも遠征任務を好む。

なのに午後からの仕事はデスクワークだ。当然気も滅入る。

グレンはもう一度深いため息をついた。

すると、今まで吹いていなかった風が木の葉の擦れる音と共にグレンの頬を撫でる。まるでグレンを慰めるように。

それを感じて、グレンは少し微笑んだ。

「わかってる。仕事はきちんとやらないとな」

そしてどこまでも青い空を眺める。

 

 

一方そのころ、司令部内の廊下を足早に歩く少女がいた。

その少女はあたりをきょろきょろと見まわして懸命に何かを探している。

この少女の名前はリア・マクラミー。腰まで伸ばした長い金髪に淡いブルーの瞳を持っている。

彼女も軍人であるため、女子用の軍服を着ていた。

女子の軍服は制服のブレザーのような服に男子と同じ装飾がされた金色の肩章に赤いネクタイ。

そして左胸にある小さなポケットの下に国のマークと階級を示すバッチ(リアは中尉なので、色は藍色)、下は動きやすいようにちょうど太ももくらいまでのミニスカートという格好。

そして靴は少し短めの黒いブーツ。

この国の軍服は男女でデザインが少し違うが、一つだけ共通点がある。

それは、男女共に肩章、国のマークと階級を示すバッチを外してしまえば普通の学生の服装と変わらないということ。

無論、こんなデザインにしているのには理由がある。

敵国に潜入するときにいちいち服を着替えている暇はない。

そこで、この国の若い軍人が多いという特徴を生かしてあえて学生服のようなデザインにし、肩章などのものをはずしてしまえばそのまま学生として潜入できるようにしたのである。

(ちなみにこの国の軍人の年齢はだいたい十〜二十歳代くらい)

リアはあたりを見まわしながら必死に叫ぶ。

「グレンさーん、グレンさんどこですかー?」

どうやら探していたのはグレンだったようだ。

リアはしばらくそのまま廊下を歩いていたが、不意に中庭に続く道の前で足を止める。

(・・・もしかして・・・)

そして中庭に続く道へ曲がり、奥に進んだ。

数分ほど歩くと、司令部の中庭に出た。

そして、リアはたくさんある他のものには目もくれず、その中庭にあるひときわ大きな木に歩み寄った。そして叫ぶ。

「グレンさーん!そこにいますかー?いたら降りてきてください!お仕事ですよー!」

リアは呼んでからしばらくは木の傍にいたが、返事がない。

「・・・・・・」

それからさらに数分待ったが、いっこうに人が降りてくる気配はない。

(・・・おかしいわね。絶対にここだと思ったのに・・・)

仕方がないのでリアは別の場所を探そうともと来た道を戻ろうとする。

しかしその瞬間、うしろでトサッと何かが落ちる軽い音がした。

その音を聞くと、リアはにっこりとして後ろを振り返る。

するとそこには探していた人物、グレンが立っていた。

「何のようだ?リア」

グレンがいつもの無表情で訊く。それにリアは先ほどの笑顔で答えた。

「さっき言った通りですよ。お仕事です」

「お前達とか?」

「みたいですね」

「だが、俺は午後から別の仕事が入っている」

「大丈夫です。午後からの仕事はグレンさんの変わりに別の人がやることになったので。

グレンさんも、デスクワークよりこっちのお仕事のほうが好きでしょう?」

リアはなおも笑顔でそう言う。それにグレンは苦笑で答えるしかなかった。

リアは自分のことをかなりわかっている。やっぱりリアにはかなわない。

「お前が取ってきてくれたのか?」

反論しても無駄なので、グレンは少し力を抜いて訊く。するとリアはすぐに首を横に振った。

「いいえ、上層部からの命令です。

何でも今回の任務は要人護衛で、その人に『護衛にはグレン・フォース大尉を』って、念押しされたそうです」

「俺が・・・推薦されたのか?」

リアの言葉を聞いて、グレンはなんとなく嫌な予感がした。

軍の中では俺や、リア達の名前がよく知られているらしいが、軍の外で名前が知られるようなことをした覚えはない。それなのに、なぜ俺が?

グレンはいろいろなことを考えたが、そんな事を考えても仕方がないと最終的に結論を出し、リアのほうを見る。

「で?どこに行くんだ?」

「それはまだわからないです。私もグレンさんを呼んでこいと言われただけで、任務の内容は聞かされてないんです。

なんでも、グレンさんに直接内容を話したいらしいです。

とにかく、第三会議室に行って下さい。私達はグレンさんの指示に従いますから」

「わかった」

リアの説明にそう答えて、グレンはそのまま一人で第三会議室に向かった。

 

 

リアと別れたグレンは、まっすぐ第三会議室に向かった。

そして会議室の前に着くと、軽くノックをする。すると中から「入りなさい」という声が聞こえてきた。

それに従い、グレンは部屋の中に入る。

部屋の中には数人の左官クラスの上官がいた。グレンはその人物たちを見ながら前に進み、軽く敬礼をする。

すると、上官の一人が話を始めた。

「よく来た、フォース大尉。では、早速任務の内容を説明しよう。

まず、今回の任務は要人護衛だ。

明日の午後よりカイ・シーケンス少尉、リア・マクラミー中尉、ラディア・ローズ曹長を連れて1週間の遠征任務を命ずる。

君たちのほかにあと三人、行動を共にする者がいる。

カスケード・インフェリア大佐、ディア・ヴィオラセント中佐、アクト・ロストート中佐だ。指揮はインフェリア大佐がとる。

ここまでで質問はあるかな?」

上官にそう言われ、グレンは先ほど持った疑問のことを訊くことにした。

「一つだけ、あります」

「なんだね?」

「この任務は、依頼主から俺を使うようにと念押しされたと聞きました。一体なぜですか?」

グレンはそう聞いたが、上官は少しの間口を閉ざしてしまった。

しかし隠しても無駄だろうと言うような溜息を漏らし、話す。

「それは、依頼主が君のことをよく知っている人物だからだ。そして、その人物のことは君もよく知っている」

「俺も?」

「ああ。依頼主の名はジョージ・フォース。君の父親だ」

「!!父さんが!?」

「私達も最初はその申し入れを断ろうとも思った。

護衛されるほうとするほうが身内の関係だと、個人的な事情も絡んでくる。

しかし君の父親は相当な権力を持っている。断ると我々の評価も落ちかねん。

そこで申し入れを受け入れたのだ」

「・・・・・・」

嫌な予感が的中した。グレンは軍に入るとき、父親にもうおまえを息子とは思わないと言われた。

なのに父親が護衛に自分を使うようにと言ってきた。

自分の親を疑うようなことはしたくないが、どうしてもなにかあるのではないかと思ってしまう。

そんなグレンをよそに、上官は話を進めて行く。

「しかし護衛をする以上はそういう事があってはいけない。

そのため君は任務の間は彼を父親と思ってはいけない。わかるね?フォース大尉」

「・・・はい」

「では、軍人として最高の勤めをしてくれることを祈っている。

今日はゆっくり休み、明日からの任務に備えるが良い。

マクラミー中尉たちにもそう伝えて今日は休ませなさい」

「わかりました」

上官の言葉にそう答えると、グレンは再び軽く敬礼し、部屋を出て行った。

そしてこのことを伝えるために他の三人を探しに行った。

 

 

数十分後、リアたちを見つけたグレンは寮の自分の部屋にいた。

大まかには仕事の内容は話したが、詳しい内容は司令部ではなく、ここで話した方が良いと判断したからだ。

「で?詳しい内容はなんなんですか?グレンさん」

カイが訊く。それを合図に、グレンは話す。

「俺もまだよくはわからない。

だが、明日の正午からジョージ・フォース氏の護衛をすることになった」

「フォース氏って、あのフォース財閥のフォースですか?」

「そうだ。だから失敗は許されない。軍の評価が一気に落ちるからな」

「そんな大変な仕事を、私達だけでやるんですか?」

グレンの言葉で不安になったのか、ラディアが心配そうな表情(ぱっと見そうは見えないが)で訊く。

そのラディアの不安を取り除くため、グレンは少し表情を緩める。

「いや、俺たちのほかに左官クラスの人物が3人同行するらしい」

「誰ですか?」

「カスケード・インフェリア大佐、ディア・ヴィオラセント中佐、アクト・ロストート中佐だ」

「ヴィオラセント中佐?」

カイがグレンの口から出た名前の中の一人を口にする。その表情を見ると、少し嫌がっている感じだった。

それを感じ取ったリアが、カイに話し掛ける。

「カイくん、ヴィオラセント中佐を知ってるの?」

その質問に、カイは表情を変えずに答える。

「いや、知ってるっていうか・・・軍の中ではかなり有名ですよ、ヴィオラセント中佐。

なんでも、軍一の喧嘩屋なんだそうです」

「喧嘩屋?」

「はい。かなり喧嘩っ早くて、ヴィオラセント中佐を止められるのは今回中佐と一緒に来るロストート中佐だけなんだそうです」

確かに、グレンも喧嘩屋と言われている軍人の存在は知っていた。

しかし、それが今回仕事を共に行うヴィオラセント中佐だとは知らなかった。

カイの言葉を聞いたグレンは、その事を知ってしまって少し不安になった。

しかしまあ、中佐にまでなった人だ。仕事中に大暴れすることはないだろう。

グレンは頭の中にある不安をそう結論づけることでやわらげようとした。

そしてその事を他のメンバーに悟られないように話を再開した。

「とにかく、そういうことだ。これ以上のことは俺も聞かされていない。

上層部の話によると、ちゃんとした内容は後でセレスティアさんが俺たちの部屋に手紙を持ってきてくれるらしい。

明日からはしばらくはずっと仕事だから今日は早めに部屋に戻って体を休めておけ」

グレンがそう話を締めくくり、リアたちは自分の部屋に帰っていった。

そしてその日の夜、寮母であるセレスティアがグレンたちの部屋を訪ね、一通の手紙を持って来た。グレンがそれを受け取る。

グレンはそれを持ってベッドに腰をおろし、封を開けて中に入っていた文書を読む。

それにはこう書かれていた。

『カスケード・インフェリア大佐、ディア・ヴィオラセント中佐、アクト・ロストート中佐、グレン・フォース大尉、リア・マクラミー中尉、カイ・シーケンス少尉、ラディア・ローズ曹長。

以上の7名に明日の正午よりジョージ・フォース氏の護衛を命ずる。

期間は一週間。フォース氏を無事に南の都市オフィリーアまで連れて行き、再びレジーナに帰ってくること。

指揮はインフェリア大佐がとる。何かあった際には必ずインフェリア大佐の指示に従うこと。

失敗は許されない。健闘を祈る。

大総統 アレックス・ダリアウェイド』

全て読み終わると、グレンはそれを隣にいたカイに渡した。

それを受け取ったカイは無言でそれを読み、丁寧に折る。

「やっぱり軍のお偉いさんは今回の任務に関してはかなり力を入れるみたいですね」

「フォース家といえばレジーナの有名財閥だ。当然だろう」

グレンはいつもの調子で答えたが、次のカイの言葉で一瞬動きを止める。

「でも、少し変ですよね。今回の任務には左官クラスが3人もいるのに、残りのメンバーが大尉以下。しかも曹長まで入ってます。

失敗できない任務なら、どうして俺達みたいな下っ端を使うんでしょう?」

グレンは迷った。

ここで今回の任務で俺たちが使われる理由を話すべきだろうか?

しかしそれを話すことは同時に自分の出身のことも言わなければならない。

グレンとしては、それは避けたかった。

今はまだ皆に話すべき時ではない。その時がくれば、いやでも言うことになるだろう。

そう判断したグレンはそのことには触れず、

「大総統も、まだ俺たちを見捨ててないってことだろう」

とだけ言った。

カイはそのグレンを見て少し違和感を感じたようだったが、それには触れず言った。

「さて、今日はもう寝ましょうか。早く休んで明日に備えないといけないんですよね、グレンさん」

そしてベッドに横になる。それを見て、グレンは少しだけ笑みを浮かべて自分も横になった。

 

 

一方、女子寮の部屋ではリアたちが手紙を受け取っていた。

それをリアが読み、そのあとにラディアが読む。

「なんだかいつもより大変なお仕事になりそうですね、リアさん」

ラディアが言うが、その口調はまったくそう思っていないような、明るい口調だった。

しかしラディアは口調と表情には出ないだけで、本当はちゃんとそう思っているのだ。

それを知っているリアは、ラディアに調子をあわせて言う。

「そうねー。でも、大丈夫よ。今回は私達だけじゃなくて、左官クラスの人が3人もいるんだもん」

「でも、フォース家って結構有名なところですよね。私緊張します」

「大丈夫。いつもどおり、自分ができる事をやればいいんだから」

そう言ってリアはラディアの頭をポンと叩き、ベッドに入る。

「さあ、もう寝なくちゃ。明日は早くはないけど、長距離の移動だろうから」

「・・・はい。おやすみなさい、リアさん」

「おやすみ、ラディアちゃん」

そして二人は眠りにつく。

こうしてこの日は静かに終わった。

 

 

翌日、今回の任務につくメンバーは司令部の入り口前に集合することになっていた。

グレンとカイは朝起きるといつも通りに食堂で朝食を取り、いつも通りに着替えた。

ただ違ったのは、出勤する時間とその服装。

今回の任務は護衛だがそれは軍人としてではなくフォース氏が雇ったボディーガードとして。

だから軍人だとばれないように私服で行動する。

そのためグレンは黒のタンクトップに黒のズボン、そして黒い革靴という格好。腰には四十五口径のリヴォルバーが入ったホルスターをつっている。

一方カイは白いTシャツに青いジーンズ、白いスニーカー。腰には剣をさしている。

「さて、そろそろ行くか」

「そうですね」

こうして、グレンとカイは寮を出て司令部の入り口前に向かう。

入り口前に着くと、他のメンバーはすでに集まっていた。

二人はいつも行動を共にしているリアとラディア。

リアは白い胸の下までしかない短いTシャツにジーパンを太ももの上のところで切って短パンにしたズボン、そして白いスニーカーという格好。

そしてズボンの、本来はベルトをまわすための穴には武器であるムチがきれいに束ねられて巻きつけられていた。

ラディアは赤いバラが胸元を美しく飾ったそれと同じ色のワンピースに、赤いハイヒール。

そして二人の近くにいる三人は、初めて行動を共にする左官3人。

一人は後ろで乱暴に縛ったダークブルーの髪と、海色の瞳を持った青年。

その青年は、第二ボタンくらいまでは開けたままであろう白いYシャツと青より少し濃い色のジーンズをはいていた。そして左耳には銀色のカフス。

おそらくこの人がカスケード・インフェリア大佐だろう。

二人目は濃い茶色の髪にそれと同じ色の瞳を持ち、左頬に大きな傷がある青年。

服装は黒のシャツに黒のズボンと、上から下まで真っ黒だった。

そして肩には大きな緑の箱を背負っている。

グレンは大きな左頬の傷の噂を聞いたことがあったので、すぐにこの人物がディア・ヴィオラセント中佐だとわかった。

三人目は金髪のショートカットと紫色の瞳を持った女性。

最後に残ったため、この人がアクト・ロストート中佐だろう。

ロストート中佐は白いシャツに白いズボンと上から下まで真っ白で、ヴィオラセント中佐とはまったく正反対の格好だった。

グレン達が近づいて行くと、それに気づいたカスケードが口を開いた。

「よし、全員そろったな。

まず、私が今回指揮をとるカスケード・インフェリアだ。今日から一週間、基本的には私の指示にしたがってもらうことになる。

今回の任務はジョージ・フォース氏の護衛だ。失敗は許されない。気を引き締めて任務にあたってくれ」

そこで一息つき、また話し出す。

「さて、指示するときなどに名前がわからないと不便だ。

よって、簡単な自己紹介をしてもらいたい。左から順番に頼む」

そのとき一番左側にいたのはリアだった。リアは軽く敬礼してから自己紹介を始める。

「リア・マクラミーです。階級は中尉です。よろしくお願いします」

「ラディア・ローズです。階級は曹長です♪よろしくお願いしまーす」

「カイ・シーケンスです。階級は少尉です」

「グレン・フォースです。階級は大尉です。よろしくお願いします」

グレンの自己紹介が終わったあと、その隣にいたディアが口を開いた。

「ディア・ヴィオラセント、中佐だ。よろしくな、グレンちゃん達」

それを聞いて、グレンが少し動揺を見せる。

「グ・・・グレンちゃん?」

「だって、アンタがグレンだろ?だったらグレンちゃんだろ」

ディアがそう言ったあとだった。

突然彼の右の脇腹にドスッという音と共に肘打ちが飛んできた。

それをまともに受けたディアは「うっ」と小さくうめいてその犯人を見る。

「何するんだよ、アクト」

それは隣にいたアクトだった。アクトは少し冷たい口調で言う。

「お前が年下いじめるからだろ。

だいたい、初対面でしかも男をちゃん付けで呼ぶなよ。かわいそうだろ」

そして自分の自己紹介を始めた。

「おれはアクト・ロストート。中佐で、こいつの保護者って言われてる。こいつに何かされたら遠慮なく殺っちゃっていいから」

「アクト、それは酷くねぇか?」

「逝ってらっしゃい」

この会話を聞いていたグレンは結構強気な女の人だな、と思った。

軍にいる女性は強気な人が多いが、自分のことを『おれ』という人は今までに見たことがない。

そのときは、グレンはきっとなめられないようにそうしているのだろうと思った。

ディアとアクトの会話を打ち切るように、カスケードが口を開く。

「そこの二人、それくらいにしておけ。いまのは不良、お前が悪い」

「だからその呼び方やめろって言ってんだろ!」

「やめて欲しかったらグレンをグレンちゃんって呼ぶのをやめることだな。

とりあえず、自己紹介はすんだ。今回は軍人だとバレないようにそれぞれ名前で呼び合うこと。

それとフォース氏の護衛には軍の車ではなく、一般乗用車を利用する。台数は2台、3人と4人に分かれて乗る。

まず、フォース氏の車の前を走る車には、私とグレン、そしてラディアに乗ってもらう。

残りは後ろを走る車だ。車はそこに用意してある」

そして正面を指差した。そこには2台の車があった。

「では、それぞれいま言った組み合わせで乗り込んでくれ。あと、カイとラディア」

カスケードに呼ばれた二人は少し驚いたようだが、すぐに返事をした。

「はい」

「君達二人の噂は聞いている。任務中に怪我人が出た場合、すべてを君達に一任する。期待しているぞ」

そう言われて、二人は顔を見合わせた。自分たちのことが噂になっているとは思ってもみなかった。

二人はしばらくそうして顔を見合わせていたが、すぐにカスケードの方を向き、軽く敬礼した。

「はい!御期待にこたえられるよう、精一杯やらせていただきます!」

こうして7人はそれぞれ車に乗り込み、フォース家に向かった。

 

 

数十分後、グレン達の乗った車がフォース氏の家の前で止まる。そして全員が車から降りた。

「うわー。すごい大きなお家ですねー」

そう言いながら、ラディアは家を見上げる。

その家の敷地は1000坪にも達し、家の周りには大きな庭、そして噴水がきれいな水を流している。

その家と庭の周りを、大きな塀が囲み、家の入り口と塀にある入り口にそれぞれ二人ずつ、警備員がそれぞれの武器を持って立っていた。

その警備員を見て、カスケードが近づいて行った。おそらくフォース氏の護衛の旨を伝えに行ったのだろう。

しばらく警備員と話して戻ってきたカスケードが口を開く。

「あそこの警備員がフォース氏に俺達のことを伝えに行くそうだ。もう少しで出てくるらしい」

そう言ってから数分後、ジョージ・フォース氏が出てきた。

ジョージは、年齢は40歳前後。ショートカットの茶色の髪と、それより少し濃い色の瞳を持っている。服装は紺のスーツに黒の革靴という格好だった。

その横には秘書らしき初老の男性がいた。その男性は黒のスーツに黒の革靴を履いていた。

「インフェリア大佐は誰かね?」

ジョージが穏やかな口調で言う。

それにカスケードが一歩前に出、軽く敬礼して答える。

「私がインフェリアです」

「ああ、君か。軍から話は聞いている。君がリーダーなのだろう?

取引先にあるものを渡しに行くのだが、先日それを狙っている会社がろくでもない輩達を雇ったという情報が入ったのでね。急遽軍に護衛を依頼したんだよ。

君達のすばらしい働きを期待しているよ。

ああ、それと私の横にいるのは秘書のレファールドだ。今回は彼も同行する」

その言葉の後に、紹介された秘書が頭を下げる。

「はい、わかりました。そのご期待にこたえられるよう、全力で護衛に当たらせていただきます」

カスケードの敬礼の後、グレンたちも敬礼をする。

「ではフォースさん、これを渡しておきます。今回護衛に当たるものの個人データと無線機です。

個人データは何かを頼む際の参考にしてください。

では、出発しましょう。車に乗ってください」

カスケードが紙と無線機を渡し、車に乗るように促す。

しかしジョージは車に乗ろうとはせずに、カスケードに言う。

「すまないが、先に乗っていてくれないか?少し時間が欲しいんだ」

それを聞いてカスケードは少しためらったが、言う通りにすることにした。

「・・・わかりました。しかし、あまり長くはいられません。ここも安全ではありませんから」

「わかっているよ」

カスケードにそう言って、ジョージはまっすぐグレンのほうに向かって行った。グレンはそれを黙ってみている。

「・・・久しぶりだな。グレン」

「・・・・・・」

「背が低いのは昔から変わらないんだな。軍ではうまくやってるのか?」

「・・・・・・」

「レイチェルもエルファもお前が元気でやっているか、本当に心配していたよ。でも・・・」

ジョージがそう言った時、今まで黙っていたグレンが突然口を開いた。

「失礼ですが、俺はあの時もう親子の縁を切られたと思っています。

だから俺はあなたにグレンと呼ばれていい存在ではありません。ですから、名前で呼ばないでください」

そして一歩進み、今度は小さな声で言う。

「・・・カスケードさん達が待っています。早く車に乗ってください。・・・フォースさん」

グレンはそう言うと、足早に自分の車の方に歩いていく。

それをジョージは黙ってみていたが、すぐに歩き出し自分も車に乗りこんだ。

グレンは車まで来ると、運転席側の窓をノックする。

運転席には、カスケードが乗っていた。カスケードはノックに反応して窓を開ける。

「どうした?」

「すみません。俺に運転させてもらえませんか?

乗り物によわくて、自分で運転していないとすぐに酔ってしまうんです」

「そういう事なら仕方ないな。じゃあ、私が助手席に乗ろう」

「ありがとうございます」

カスケードが車から降りるのを確認して、グレンがそう言う。

それにカスケードは少し笑みを浮かべて助手席に乗り込んだ。グレンも運転席に乗り込む。

それを確認して、カスケードが無線機を取り出しスイッチを入れる。

「それでは出発します。フォースさんは私達の車のあとについてきて下さい。その後ろをもう一台が走ります」

そして、3台がゆっくりと走り出した。

 

 

出発してから3時間ほどが経ったころ、街からはかなり遠ざかり、見渡す限り広がるものは茶色の土と澄み切った空だけだった。

そしてそのころ、リア達が乗った車の中では驚くべき事実が明らかになろうとしていた。

「あのー、ロストート中佐?」

リアが口を開く。そのリアの呼びかけに反応して助手席から後部座席を見たアクトが無表情のまま言う。

「おれのことはアクトでいいよ」

「え・・・でも、上司ですし・・・車の中ですし・・・」

「そんな事気にしなくていいから。あと、こいつのこともディアでいいよ」

そう言って、ディアを指差す。それにディアは少し溜息混じりに言う。

「アクト、そう言うことは俺の了解をとってからにしろよ」

「なんでお前なんかの了承取らなきゃならないんだよ」

「おまえなぁ」

ディアとアクトはそんな不毛な会話をしていたが、それを今まで黙って聞いていたカイが冗談めいた口調でその会話を遮った。

「ディアさんとアクトさんって、仲がいいんですね。まるで新婚さんみたいだ」

その言葉を聞いた瞬間、アクトの動きが止まった。

その隣のディアは必死に笑いをこらえながら、楽しそうに言う。

「だろ?」

「はい。アクトさんもとてもキレイですし、お似合いのカップルって感じで・・・羨ましいです」

「・・・・・・」

「でもな、カイ。一般常識的に考えたら、俺たちはカップルにはなれないんだ」

「・・・?どうしてですか?」

カイは不思議そうに問う。

しかしそれはもうすでに何かを悟ったような口調になっていたうえに、笑いを含んでいた。

そしてその横にいたリアも、何かに気づいたらしく突然「あっ」と声をあげて口に手を当てる。

そしてかなり申し訳なさそうな顔をして、小さな声でディアに訊く。

「あの・・・アクトさんてもしかして・・・男性ですか?」

そのリアの問いを聞いて、ディアはさらに楽しそうな口調で言う。

「当たり」

そのディアの言葉を聞いたカイは嬉しそうに叫んだ。

「やっぱり!でもそれにしてもきれいですよねー、アクトさん」

「ごめんなさい。ごめんなさい、アクトさん。全然知らないで失礼なこといっぱい言っちゃって・・・」

そんなカイとはちがい、口を開いたリアは必死で謝る。その言葉に、アクトは力なく答えた。

「いいよ、慣れてるから」

その様子を、ディアはかなり満足げに見ていたが、不意に何かを感じ取ったのか、表情を硬くした。

そしてアクトの方を見る。するとアクトもそれを感じ取っていたらしく、表情を仕事用のものにしていた。

「アクトも感じたか?」

「ああ」

その様子を見て、何かが起こったことを察知した二人がほぼ同時に訊く。

「何かあったんですか?」

その問いに、アクトが答えた。

「ああ。後ろから追っ手が来た。いよいよ本格的に仕事が始まったな。どうする、ディア?」

「とりあえず今回のリーダーはカスケードだ。あいつの判断に任せよう」

アクトの問いにそう答えたディアは、傍らにあった無線機を取りスイッチを入れる。

「俺だ。後ろから追っ手が来た。どうする?」

そう話してから数秒後、無線機からカスケードの声が聞こえてきた。

『私だ。後ろの追っ手についてはお前達の判断に任せる。好きなようにしろ』

「・・・だとよ。アクト、運転かわれ」

「わかった」

そう言うと、アクトは自分の足元から司令部前でディアが背負っていた緑色の箱を取り出した。

そしてディアにその箱を渡し、席をすばやく入れ替える。

席を入れ替えると、アクトはアクセルを踏み、ディアは箱を開けた。

そこには分解されたライフルが入っていた。ディアはそれをすばやく組み立て、窓から顔を出して狙いを定める。

「なあ、アクト。あいつは好きにしていいって言ったが、少しは手加減した方がいいと思うか?」

「その方が、上層部からの評価はよくなるかもな。『喧嘩屋』のディアさん」

アクトがそう皮肉を込めて言う。するとディアはそれに対して考えもせずに答えた。

「あんな口先だけの奴らの機嫌とるのなんか、俺はゴメンだ。って訳で、手加減はしないことにした」

「どうせ最初からその気なんて無かったんだろ」

「まあな。・・・もう少し左」

「わかった」

ディアの指示で、アクトがハンドルを思いきり左にきる。

すると車は転倒するのではないかという勢いで左によった。

その反動でリアがカイにぶつかってしまい、「きゃっ」と軽い悲鳴を上げる。

しかし、アクトはそんな事はお構いなしで運転し、ディアもアクト同様狙いを定める。

(・・・よし)

そして定めた狙いをずらさないようにしっかりと固定して・・・撃った。すると弾は追っ手の車の一部に命中した。

追っ手の車はしばらくは普通に走っていたが、途中で大爆発を起こした。

どうやらディアが撃ち抜いたのはガソリンタンクだったらしい。大爆発を起こした車は、そのまま炎の塊となって燃え続けた。

「よし」

車が燃えているのを確認して、ディアは助手席に座った。そしてライフルを分解してケースにしまう。

「アクト、運転交代しろ」

「ああ」

そう言って、二人はまたもとの場所に戻った。それを、今まで黙ってみていたリアが恐る恐る訊く。

「二人とも、慣れてるんですね。こういうこと、よくあるんですか?」

それに、ディアが答える。

「ああ。軍人だってのを隠しての任務だとよくあるな」

それを聞いて、今度はカイが訊く。

「運転が出来るってことは、二人とも免許を持ってるんですか?」

それに今度はアクトが答えた。しかし、それは恐ろしい答えだった。

「いいや、免許持ってるのはディアだけ。おれは無免許」

「えっ!?それって、違法じゃないですか!」

リアが思わず叫ぶ。

「そうだな」

「免許・・・とらないんですか?」

「うん。面倒くさいから」

「・・・・・・」

リアは、それ以上は聞かないことにした。そしてそれと同時に、もうアクトが運転する車には乗りたくないと思った。

 

 

一方、ディア達が後ろの追っ手に気づく少し前、グレン達が乗る車は一定のスピードで何事もなく走っていた。

「カスケードさん、訊いていいですか?」

いままで運転に集中して一言も話さなかったグレンが口を開く。

「なんだ?」

「カスケードさんは数年前までは軍支給の銃を使っていたそうですけど、なんで急に大剣に武器を変えたんですか?」

グレンはカスケードの事を先輩から少し聞いていた。そのため前は銃を使っていたことを知っていたのだ。

そして武器が同じだったからか、前からずっとそれが気になっていたのだ。

グレンのその問いに、カスケードは答えず前を見たままだった。

それは明らかに暗い雰囲気をかもし出ている。

なのに、そんな場の雰囲気をまったく気にしないラディアが楽しそうに話しに入ってきた。

「へー、カスケードさんって力持ちなんですね。大剣を武器に使うなんて」

そんなラディアの明るさに影響され、カスケードは少し笑みを浮かべる。

「そんな事はない。大剣を扱うのに力なんていらないからな」

「そうなんですか?」

「ああ。大剣を使うときは遠心力とてこの原理を使うんだ。だから誰でも扱える」

「へー、てこの原理かー。てこの原理って、何ですか?」

カスケードの説明を聞いて珍しくラディアが一度で理解したと思った途端、ラディアの天然が炸裂する。

カスケードはそのラディアの反応を見て少し驚いたようだった。

それもそうだろう。ラディアは17歳である。17歳でてこの原理を知らない人間はいないと思っていたに違いない。

だが、ラディアにそんな常識的な考えは通用しない。

それを理解したかはわからないが、カスケードはクスクスと笑い、ラディアにてこの原理の説明を始めた。

そんな二人をよそに、グレンはただ運転を続けた。

ラディアが話に入ってきてしまったことでカスケードが大剣を持ち始めた理由は聞きそびれてしまった。

しかし、それが無くても彼は話してはくれなかっただろう。

きっと彼にも自分たち同様話したくない過去があるのだ。それは人間である以上当然だろう。

グレンはその事を気にせずにカスケードにあんなことを訊いてしまったことを少し後悔した。

もうさっきのことは任務中口にしないようにしよう。

グレンがそう心に決めたそのとき、隣にあった無線がピピッと鳴り始めた。

その音を聞いて、カスケードはラディアとの話を止めて無線を取る。そしてスイッチを押した。

『俺だ。後ろから追っ手が来た。どうする?』

無線から聞こえてきたのは、ディアの声だった。

その言葉を聞いて、グレンは少し緊張した。

自分は運転しているため後ろを見るわけにはいかなかったが、ラディアも珍しく少し緊張した雰囲気を出している。

無線での報告を聞き終えると、カスケードはもう一度スイッチを押し、話した。

「私だ。後ろの追っ手についてはお前達の判断に任せる。好きなようににしろ」

そして無線を元の位置に戻す。

「・・・大丈夫なんですか?」

「ああ、あいつらはこういうのに慣れてる。すぐに終るさ」

カスケードの言葉を聞いてもグレンは少し不安だったが、カスケードとディア達の交友が長いのはカイから聞いていたため、信じることにした。

そして再び運転に集中する。

そうして少しの間沈黙が続いたが、カスケードが口を開いた。

「・・・形見なんだ」

「・・・?」

「さっきの話の続きさ。聞きたがってただろ?俺がなんで大剣を使うようになったのか」

「・・・・・・」

「昔、俺には親友がいたんだ。ニアって名前だったんだけどな。そいつ・・・五年前に死んだんだ」

「・・・どうして?」

「・・・・・・殉職だよ。任務中に死んだんだ。俺が気づいてやれなかったから・・・」

そう語るカスケードはとてもさびしそうな顔をしていた。

そしてそれと同時に、何かに謝るような瞳をしていた。

おそらく、先ほど言っていたニアという人に謝っているのだろう。

カスケードは少しの間そのままだったが、再び話し出した。

「そのニアって奴が使ってた剣を、俺が形見として使ったるんだ。そして、このカフスもな」

そう言って、左耳に手を当てる。

それを聞いて、グレンはカスケードに初めて会ったときのことを思い出した。

すると確かに、カスケードは左耳に小さな銀色のカフスをしていた。そのことを言っているのだろう。

「・・・何も知らずにこんな事を聞いて、すみませんでした」

グレンは心から謝った。自分だって会ったばかりの他人に、あの時の事は話したくない。

実際、もう長い間行動を共にしてい カイ達にだって、話していないのに・・・。

「いいんだ。訊かれたからっていうのもあるが、俺が話してもいいと思って話したんだからな」

カスケードは言う。

このときカスケードは不思議な気持ちを覚えていた。

出会ってから数時間しか経っていない人間に、ニアのことを話したのはきっとこれが初めてだろう。ディア達にだってしばらくは話さなかったのだ。

なのにグレンには話した。自分でもよくわからないが、グレンになら・・・グレン達になら話していいと思った。

グレン達ならむやみに人の過去を言いふらすことはないだろう。

そしてグレンたちもそれぞれ何か辛い過去を背負って生きている。カスケードにはそんな確信があった。

それから少しあと、後方から爆発音が聞こえてきた。それを聞いて、ラディアが後ろを見る。

「後ろで何かあったみたいですね」

「どうせまた不良が相手の車火だるまにしたんだろ。気にするな」

「不良って、誰ですか?」

「ディアのことさ。あいつには気をつけろよ、バラ姫」

「バラ姫って、誰ですか?」

「お前のことさ。ちなみにグレンは『銀髪』だ。いま決めた。たまにそう呼ぶからちゃんと反応しろよ」

「はーい」

カスケードの言葉を聞いて、ラディアがそう返事をする。しかもあだ名をもらって嬉しいのか、いつも以上に明るい声だった。

そんなラディアを見てカスケードは少し笑みを浮かべた。そして前を見る。

「・・・草原が見えてきたな。あそこで少し休憩を取ろう」

カスケードはそう言うと、無線機を取りスイッチを入れた。

「インフェリアです。前方に草原が見えてきました。あそこで休憩を取ります。

フォースさんの車はそのまま私達の車の後ろについてきて下さい」

そう言い終えると、少しの間そのまままった。すると無線からジョージの声が聞こえてきた。

『・・・・・・ああ、わかった。君達に任せるよ』

その返事を聞くと、カスケードはもう一度スイッチを押して話し出した。

「私だ。少し手前に草原が見えてきた。そこで休憩を取る。

お前達は念のため先に草原に行って安全を確認してきてくれ」

『・・・・・・俺だ。じゃあ、先に行ってるぜ』

少ししてそう言うディアの声が聞こえてきた。

そしてそのあとすぐに後ろからディア達の車がカスケードたちの車を追い越して行く。それを確認して、カスケードは再びスイッチを押した。

「インフェリアです。いま部下が草原の安全を確認しに行きましたので、少しゆっくり走ります」

『・・・・・・わかった』

そうして、しばらく低速度で車を走らせた。

それから少ししてディアたちからの報告が入る。

『俺だ。草原に追っ手なし。大丈夫だぜ』

「わかった。私達もすぐに行く。少しそこで待っていてくれ」

『了解』

ディア達の報告を聞くと、カスケードはジョージに報告をする。

「草原は安全だそうです。これからそこに向かいます」

『・・・・・・ああ』

こうして、グレンたちは草原に向かった。

 

 

草原に着くと、そこには色とりどりの小さな花や緑色の草などが生えていた。そこに簡単な敷物をしいて休憩をする。

「あの、フォースさんは家具メーカーの社長さんですよね?あんな素敵な家具を、どうやったら作れるんですか?」

リアが興味深げに訊く。

フォース財閥は、基本的には大手家具メーカーとして知られている。

そしてリアは部屋の模様替えが好きで、フォース財閥が経営する家具店にもしばしば足を運ぶ。

そこの社長が目の前にいるとなれば、何かを質問せずにはいられないのだろう。

そのリアの質問に、ジョージは丁寧に答える。

それをリアは真剣に聞いていた。そして一通り話を聞き終えると、ふうっと軽く息を吐く。

「そうなんですか・・・やっぱり大変なんですね」

「そんな事はない。私達が頑張れば頑張るほど、その成果がお客様の笑顔として出るからね。

お客様に喜んでもらうことほど、嬉しいことはないよ」

リアの言葉に、ジョージは笑顔で答えた。そして続ける。

「それに、そちらの方が大変なのではないのかい?軍人は男が多いし・・・

でも、護衛ができるほどの女性が3人もいるとは思わなかった。よほど訓練をされたのですね」

それを聞いて、カスケードとディアが真っ先に笑い出した。

しかしジョージが目の前にいるため、クスクス笑いで。

そしてその横で、固まっている人物が約1名と状況をすべて理解して楽しんでいる者が1名とまったく状況を把握していない者が約2名。

それらの反応を気にしながら、リアが口を開く。

「あの・・・フォースさん。この中に女は私とラディアちゃんしかいませんよ?」

それを聞いて、ジョージが首をかしげる。

「おや?でも、アクトさんは・・・」

「アクトさんは男です」

「えっ!?そうなんですか!?」

リアのその言葉を聞いた瞬間、ジョージと状況を理解できていなかった2人、グレンとラディアが同時に叫ぶ。

その言葉を聞いた瞬間、耐え切れなくなったカスケードとディアが同時にふきだす。

一方、ジョージはアクトに頭を下げていた。

「いや、すみませんでしたアクトさん。あまりにも綺麗なのでてっきり女性かと・・・」

「いいです。慣れてますから・・・」

ジョージの謝罪に、アクトはいつものようにそう答えた。

 

 

それから少しして、一行は再び車を走らせた。

そして夜になり、途中の町でホテルを取ることにする。

午後6時ホテルに入ると、正面にカウンターがあった。カスケードがそこに向かう。

「いらっしゃいませ。当ホテルへようこそ。ご予約はされていますか?」

「いや」

「本日は何名様のご宿泊でしょうか?」

9人です」

「お部屋はいかがいたしましょう?」

「できれば2人部屋3つに3人部屋1つでお願いします」

「少々お待ちください」

ホテルの常務員がパソコンで部屋の確認をはじめた。少しして、顔を上げる。

3階にちょうどお部屋がございます。案内させていただきます」

そうして、常務員がカウンターから出てきた。それに全員がついていく。

部屋をどうするかはホテルに入る前に話し合っていた。

その結果、それぞれカスケードとグレン、ディアとリア、カイとラディア、そしてアクトとジョージとレファールドという具合になっていた。

部屋の前でそれぞれ常務員から部屋の鍵を渡され、それを持って部屋に入る。グレンたちが部屋に入ったのは、一番最後だった。

部屋に入ると、そこにはベッド、テレビ、洗面所、ユニットバス、すべてが揃っていた。

グレンは、ずっと運転をしていてかなり疲れていたのでそのままベッドに腰を下ろすと、ふうっと溜息をついた。

「グレン、お前風呂入るか?」

「あ・・・はい」

「だったら、先に入ってきていいぞ。ずっと運転しててお前の方が疲れてるだろ」

「・・・いいんですか?」

「ああ」

「・・・じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」

グレンはカスケードの言葉にそう答え、備え付けられたタオルを持って浴室へ向かった。

 

 

数十分後、グレンは濡れた髪をタオルで拭きながら浴室から出た。そしてカスケードのところに行く。

「カスケードさん、お風呂開きましたよ」

「ああ」

カスケードはそう言うと、ベッドから立ちあがった。

グレンはそれを確認し、自分のベッドに腰を下ろす。そのときだった。

「グレン・フォース」

カスケードが急に言った。それに反応して、グレンはカスケードを見る。

そのグレンの反応を確認したカスケードは、グレンが座っているベッドのそばの壁によしかかり体を預け、話し出した。

「お前の名前だ。そして今回の護衛対象人物はジョージ・フォース。・・・お前と同じセカンドネームだな。

それから上層部の話によると、今回ジョージ・フォースは護衛にお前を使うようにと念押ししていたらしい。

このことを考えれば、すぐにすべてがわかる」

「・・・・・・」

「・・・お前の父親だな?」

「・・・はい」

グレンは小さく言った。

やはり他の人なら偶然セカンドネームが同じということでごまかせるが、今回自分が使われた経緯を知っている人はごまかせないらしい。

グレンの返事を聞いたカスケードは、続けた。

「今日出発する前のフォース氏との会話を聞いた。

・・・どうして親子の縁を切るようなことになったんだ?」

「・・・・・・」

グレンは、自分の過去を話すべきか迷った。

しかし、カスケードは会ったばかりの自分に過去のことを話してくれた。

それを考えると、話さないわけにはいかなかった。

グレンはゆっくりと口を開いた。

「・・・実は・・・」

グレンは語った。

子供のころの幸せな日々、

10歳の誕生日に起きた悲劇のこと、

犯人を見つけるために軍に入る決意をしたこと、

そのときジョージに親子の縁を切られたこと、

そしてそれからはジョージを父親と思っていないこと・・・。

「・・・そうか」

「・・・・・・」

すべてを聞き終えるとカスケードはそう言った。そして窓の外を見る。

「でも、それでいいのか?」

「・・・え?」

カスケードの言葉を聞いて、グレンが驚きの表情でカスケードを見る。

「本当にそれでいいのか?もし犯人を捕まえられたとしても、親子の縁は切られたまま。それでいいのか?

縁を切られても、血のつながりはある。立派な親子だ。

それにお前は、本当はまだ彼を父親だと思って、慕ってるんだろう?

慕ってるからこそ、いまもこうして軍人をやっているんだろう?」

「・・・・・・」

「おそらくお前が犯人を捕まえようと思ったのは、単に復讐のためだけじゃなく、父親と母親の身を守りたかったからだろう」

「・・・・・・」

「なのに、守りたい人と一生他人として生きる。そんなの辛いだろ。

あとから後悔しても・・・遅いんだぞ」

そのときのグレンに、カスケードのその言葉は深く胸をついた。

しかし、どうすることも出来ない。自分が親子に戻りたいと思っても、ジョージがそれを許してくれないだろう。

カスケードの問いに、グレンはうつむいて答えた。

「いいんです。俺には・・・あの人の息子である権利なんて無いんですから・・・・・・」

 

 

グレンたちがホテルに入ってから少しあと、街の中を、一人の男が歩いていた。

その男は辺りをきょろきょろと見渡したあと、そっと路地裏に入っていく。

そしてポケットから無線機を取り出し、スイッチを入れた。

「私です。ジョージ・フォース達が街の宿に入りました。明日にはポイントに着けます。しっかりと働いてくださいね」

『・・・・・・了解』

無線機から返事が聞こえる。

それを聞いた男は、薄く笑みを浮かべて無線機のスイッチを切り、路地裏から出ると人ごみの中に消えて行った。

 

 

午後10時、カスケードとグレンは明日のことを考えて早めに寝ることにした。

しかし、グレンは先ほどのカスケードの言葉が頭から離れず、いろいろと考え込んでいた。

そうしてしばらく考えるうちに、グレンの頭の中にあることが浮かんだ。

それはジョージの秘書であるレファールドのことだった。

彼はグレンが家を出たときはまだ家にいなかった。つまり、最近秘書になったばかりであろう。

そう考え始めると、グレンの頭の中にはある可能性が浮かび始めた。

しかし、これは今のグレンには調べることが出来ない。調べられるのは、いま中央司令部にいる人間だけだ。

どうしてもそのことが気になったグレンは、ベッドから出て靴を履き、カスケードを起こさないようにゆっくりと部屋を出た。

そしてホテル内の電話まで歩いていく。

電話の前に来ると、グレンは受話器を取り、数個のボタンを押した。そして受話器を耳に当てる。

すると数回の呼び出し音ののち、女性の声が聞こえてきた。

『はい、中央司令部です。どちら様でしょうか?』

「グレン・フォース大尉です。すぐに調べて欲しいことがあるのですが」

『何でしょうか?』

「実は・・・・・・」

 

 

翌朝、グレンたちはホテルの外にいた。しかし、カスケードだけは支払いをするためにまだホテル内にいた。

しばらくして、カスケードが出てきた。カスケードは全員いることを確認して、話し出す。

「では、今日は100キロ先にあるレフロまで行こうと思います。レファールドさん、運転お願いします」

「はい、お任せください」

カスケードの言葉にレファールドは笑顔で答えた。こうして、グレンたちは再び車に乗り込んだ。

 

 

「今日も平和ですねー」

出発してから5時間ほど、窓から変わっていく景色を眺めながら、ラディアが言う。

それに、カスケードも同意した。

「ああ、この調子なら今日は何もなくレフロまでつけるかもな」

そしてグレンも、そう思いかけていたそのときだった。

両脇から、それぞれ3台ずつ車が走ってくる。

そしてそのうちの3台がカスケード達の車の前に出て、横に一列に並んで止まった。

それを見て、グレンはカスケードの指示を仰ぐ。

「カスケードさん、どうしますか?突破しようと思えば出来ますけど・・・」

「いや、それをやると敵意を煽ることになりかねない。止まってくれ」

「わかりました」

カスケードの指示を聞いたグレンは、ブレーキを踏みゆっくりと止まった。

それに続いて、後ろの2台も車を止める。それを確認すると、カスケードは無線で話した。

「私だ。ディア達は車から降りてくれ。

話はするが、おそらく戦闘になるだろう。車から降りる前に、武器の確認をするように。

フォースさん達は危険ですので車の中にいてください」

そしてカスケードは無線を元の場所に戻し、車から降りた。

それに続いてグレンたちも車から降りる。そしてディアたちも指示通り車から降りてきていた。

全員が降りると、前に止まっている3台を含めた6台の車からそれぞれ数人ずつ男が降りてくる。

どの男もがっしりとした体格をしていた。

「さて、お前たちは俺達に何のようだ?何も用がないならそこをどいてもらおうか」

カスケードが凄みをきかせて言う。しかし、男達は何も反応しなかった。

それから少しして、一人の男が一歩前に進みでる。

「お前達には用はない。俺達が用があるのは、ジョージ・フォースだけだ。

おとなしく奴を渡すなら、おまえ達は見逃してやろう」

「あいにく、俺達も仕事なんでな。簡単に渡すわけにはいかない」

男の言葉に、カスケードがそう答える。すると、男はゆっくりと戦闘態勢に入った。

「では、力ずくで奪い取るまでだ」

その男の行動を合図に、他の男達も戦闘体制を整えた。

それを見たディアが、ヒュウッと軽く口笛を吹く。

「まあまあ、ずいぶんと血の気の多い奴らだな。

えーと、246・・・・・・ざっと20人ってとこか。やっちまっていいんだろ?」

それにカスケードが少し呆れた口調で答えた。

「まったく、そんなだからお前は不良で喧嘩屋って言われるんだよ」

「不良っていってんのはお前だけだろ!」

「いちいちうるさい奴だな。とりあえずやっちまっていいから、とっとと片付けるぞ」

「おう」

そしてカスケードとディアも戦闘態勢に入る。それに続いてグレン達も戦闘態勢に入った、ちょうどそのときだった。

「おい、カイ!」

カスケードがカイを呼ぶ。突然呼ばれたカイは少し驚いたが、すぐに返事をした。

「なんですか?」

「お前はフォースさんたちを連れてあそこの森に隠れてろ」

そう言って、カスケードはある方向を指差す。その指の先には、小さな森があった。

その場所を確認して、カイはカスケードを見る。

「はい、わかりました!では、行きます!」

そう言って、カイはジョージ達が乗っている車に向かい、ジョージとレファールドを連れて森の中に入って行った。

それを確認して、カスケードは言う。

「よし、みんな思う存分暴れていいぞ。出きるだけ早く終らせるからな!」

「はい!」

「おう!」

カスケードの言葉にそれぞれそう答えると、それぞれ自分の相手を定めて向かって行った。

アクトはナイフで相手の急所を確実に切り裂いていき、ラディアはいつもの踊るような動きで相手を翻弄し、確実にしとめて行く。

そしてリア、ディア、カスケードもそれぞれの武器で着実に敵を減らしていった。

そしてグレンはというと、数人を倒し次の相手に狙いを定めて追い詰める。そしてその男の額に銃を当てた。

「さあ、次はお前だ。残念だったな、お前達の計画は失敗に終りそうだ」

グレンが言う。

しかし、それを聞いた途端、追い詰められているはずの男が大声で笑い始めた。

「フフフフ・・・ハハハハハハ!お前は何もわかってないんだな」

「・・・なんだと?」

グレンの反応を見て、男は満足そうに続けた。

「お前達は本当に今回行動しているのは俺達だけだと思ってたのか?おめでたい奴らだ。

俺達がただの囮であるとも知らないで!」

「!!」

それを聞いた瞬間、グレンの脳裏に昨夜の考えが浮かんだ。

しかしその考えはあまりにもただのこじつけの様で、昨日のうちに忘れようとしていた考えだった。

「まさか・・・レファールドさんか!」

「何!?」

グレンの言葉を聞いたカスケードが叫ぶ。

恐らくカスケードもそんな事は考えていなかったのだろう。かなり驚いた表情をしている。

それを聞いた男は、再び高笑いを上げた。

「ハハハハ、ようやく気づいたか!そうさ、俺達のリーダーはあいつだ。

今ごろはきっと、一緒に行った奴を殺して、ジョージも殺してるころだろう」

(!!カイが!?)

その言葉を聞いたとき、グレンはすぐにでもカイ、そしてジョージを探しに行きたかった。

しかしいまは仕事中で、しかもリーダーはカスケードだ。自分勝手には動けない。

そう思って、グレンは踏みとどまった。

そして目の前の敵を倒すために、銃を握りなおす。そのときだった。

「行け、グレン!」

遠くから声が聞こえた。カスケードだ。カスケードはまっすぐこっちを見ている。

「行け、グレン!俺が許す。ここは俺達に任せて、フォースさんたちを助けに行け!」

「でも、カスケードさん達は・・・っ」

「俺達は大丈夫だ。すぐに片付けて後を追う!だから行け!」

そこまで言って、カスケードは一度息をつき、続ける。

「大切なものは何が何でも守り抜け!あとで後悔しても、遅いんだ!」

「・・・・・・!」

その言葉を聞いて、グレンは悟った。

そうだ、あとで後悔しても、遅いんだ。それはもう8年前にわかったことだ。

そしてそれを体験するのは、一回で十分だ。

グレンはカスケードの言葉で決心し、ラディアの方を見た。

「ラディア!」

「・・・!何ですか?」

「お前の短剣を一本貸してくれ、予備の方でいい!」

おそらくレファールドはグレンの動きを止めるためにジョージを人質にとるだろう。

その場合、接近戦の方が相手を狙いやすい。

そしてラディアは常に予備の短剣を一本持っている。それを考えたグレンは、ラディアから短剣を借りていくことにしたのだ。

グレンの言葉を聞いたラディアは、すぐに左足に固定していた短剣を取り出し、グレンの方に投げる。グレンはそれを片手でキャッチした。

「ラディア、ありがとう!あとで必ず返す!」

そしてそう言って、グレンは森の中に入っていった。

 

 

一方グレンが森に入ったころ、カイとジョージ、そしてレファールドは森の中をゆっくりと歩いていた。

カイが先頭になって歩き、前方の安全を確認しながら進んで行く。

「カイ君、どこまで歩くんだい?もうずいぶん奥まで来たと思うが・・・」

「・・・そうですね、そろそろいいかもしれません。

じゃあ、フォースさんとレファールドさんは少しここで待っていてください。

周りに誰もいないか、見てきますんで」

ジョージの言葉に対してそう言い、カイは数メートル進んで、辺りを見まわした。

(・・・よし、誰もいないな)

そうして辺りを見ているときだった。後ろから突然ジョージの声が聞こえてきた。

「カイ君、危ない!」

「・・・え?」

ジョージの声に反応して、カイが後ろを振り返った瞬間だった。突然腹部に何かが刺さった。

「がっ!」

そのときのショックで、カイは言葉にならない声をあげる。そして腹部を見た。

すると、腹部には刃が見えないほど深くナイフが刺さっていた。

そしてそのナイフの柄を持っている人物は・・・

(レ・・・レファールド・・・さん?)

そう、その人物はレファールドだった。

レファールドは体全体でカイにナイフを刺していた。その表情を見ると、少し笑みを浮かべていた。

レファールドは少ししてからずるりとナイフを抜く。

その途端、カイの腹部から大量の血が噴き出した。そしてレファールドの服に紅い点をいくつか残す。

それを見るレファールドは、相変わらず薄ら笑いを浮かべていた。

彼が握るナイフの先からは、カイの血がポタポタと滴り落ちている。

カイは、そんなレファールドの笑みを見ながらうつぶせに倒れた。

カイが倒れたあと、地面にカイの血が広がっていく。

そしてその血は、地面の土に吸い込まれていった。

「フフフ、あっけないですね。これが本当に中央の軍人ですか?ふん、聞いて呆れますね」

そのレファールドを黙ってみていたジョージが、やっと口を開く。

「レ・・・レファールド、君は・・・一体・・・」

それを聞くと、レファールドは楽しそうにジョージを見た。

「あなたが私の正体を知る必要はありません。

だって、あなたはいまここで死ぬんですから。彼のようにね・・・」

そしてレファールドが血に汚れたナイフを振り上げた、そのときだった。

「やめろ!」

静止の声が響く。その声を聞いてレファールドは振り上げたナイフをおろし、声の主を見た。

すると、そこにはグレンが立っていた。

「グレン!」

ジョージが叫ぶ。そのジョージを見て、グレンはほっと息をついた。父親は無事だった。

しかし、カイの姿が見えない。グレンは辺りを見まわす。

そして、見つけてしまった。地の海の中に倒れる、瞳に生気を宿さない・・・カイの姿を。

「カイ!」

その姿を見つけると、グレンはすぐに駆け寄った。そして軽く揺さぶってみる。

「カイ、カイ!しっかりしろ!」

しかし、呼びかけられた本人はまったく反応を返さない。

グレンは心配になり、耳をカイの口に近づけてみる。すると、微かだが呼吸をしていた。

それを確認して、グレンは安堵の溜息をつく。

そしてレファールドを見た。憎しみのこもった目で。

それを見たレファールドは、楽しそうにクスクスと笑った。

「おや、怖い目ですね。そんなにその男が大切なんですか?」

「・・・・・・」

「そんなに大切なら、すぐにあなたも同じところに送ってあげますよ。

まだあの男は死んではいないようですけど、放っておけばすぐに死にますからね」

グレンが言葉を返さないことにレファールドは機嫌をよくしたのか、さらに楽しそうに言う。

しかし、次のグレンの言葉でその笑いが一気に消えた。

「・・・キース」

「・・・!」

グレンの口からでたその単語を聞いて、レファールドがピクッと反応する。

それを見て、グレンは確信したように話しだした。

「昨日軍に電話して調べてもらったんだ。

昔、レジーナにキースという凄腕の探偵がいたそうだ。その探偵が手がけた事件は迷宮入りしたものが無かったらしい。

そしてその探偵は、軍からも依頼を受けて軍が抱えている迷宮入りした事件を解決するために、しばしば司令部を出入りしていたそうだ」

「・・・・・・」

「それと、調べてもらったところによるとその探偵は裏の仕事としてスパイ活動もしていたらしい。

そのことを知っていた軍は、たまに事件解決のほかにもスパイの仕事も依頼していたらしいな」

「・・・・・・」

「そして数年前、軍はその探偵に軍人として働かないかと持ちかけたらしい。

もちろん、下っ端から始まるなら誰もその話は受けない。

そこで軍はその探偵に軍に入ればすぐに少佐の地位を与えるという条件を出した。

しかし、探偵はこう言ってその申し入れを断ったそうだ。

『今抱えている仕事があるから軍に入るわけにはいかない』と・・・。

さっき俺はこのことを数年前と言ったが、詳しく言うと8年前、ちょうど俺達が野盗に襲われた時期だ」

「・・・それで?」

そこで初めて、レファールドが口を開いた。それはまるで相手を軽蔑するような口調だった。

「まさか、その男が私だと言うんですか?はっ、ばかばかしい!

私を良く見てごらんなさい。私はもう60歳になります。

8年前だとしても52歳。そんな老いぼれに、スパイなんて出来る訳がないでしょう!」

しかしそれを聞いても、グレンは淡々と話を進めた。

「人の話は最後まで聞け。

その男は、優秀な探偵でありスパイであり、そして変装の名人だったんだ。

彼が変装をすれば、変装をしていると知らされている人以外、誰にもわからないと言われていたらしい。

だから、いまのその姿も変装なんだろう?

・・・正体を見せろ、キース・オルヘスター!」

そう言って、グレンが銃を構える。

そしてレファールド、いや、キースに狙いをさだめた。

その様子を見て、キースは少し身構えたが、すぐに軽く笑い出した。

「フフフ・・・8年前はただの小さな子供だったのに、ずいぶんと賢くなりましたね。グレン君」

そしてキースは右手を顔に運び、ベリベリと何かをはがした。

すると、キースの本当の顔が現れた。見た目はだいたい30歳くらいだろうか。顔立ちはとてもよく、育ちのよさを感じさせた。

そして黒のショートカットの髪と、血の様な赤の瞳を持っていた。

「確かに、私はキースです。そして8年前、君達を野党に変装して襲いました。その理由を、いま教えてあげましょう」

キースはそう言うと瞳を閉じ、つい昨日の事を語るように話し出した。

 

あれは、いまから12年位前のことでしょうか。私のところに、ある会社の社長が尋ねてきました。

その社長はレジーナでもかなり有名な会社の社長でした。その男は、私にこういってきたんです。

「ジョージ・フォースという男を監視してほしい」

ジョージ・フォースといえば、当時でもかなり有名でした。なので私もよく知っていましたよ。

私は、男にその理由を聞きました。すると男は、こう言ったんです。

「実はジョージがあるソフトの開発に取りかかった。その様子を監視し、随時私に報告してくれ」

もちろん、フォース氏が何のソフトを開発し始めたのかを聞きました。それからその仕事を受けるかを決めようと思ったのです。

すると、男は非常に興味深い話をはじめたのです。私はすぐにその仕事を引き受けることにしました。

私は彼の会社に潜入し、調査することにしたのです。

 

「ジョージ・フォースは、とても正義感の強い男でした。

そしてフォースが昔から許せなかった行為が、一つだけあったのです。

それがコンピューターウィルスの作成だったのです。

フォースは、いままでその人が苦労して集めた情報や、作成したデータを一瞬のうちのダメにしてしまうウィルスの存在が許せなかったのです。

だからジョージは開発をはじめました。

この世に存在する全てのコンピューターウィルスに対応できるディスクの開発を。

そして8年前、とうとう作り上げたのです。そのディスクを!」

キースはそこまで言い、まるで自分の興奮を抑えるように息をはいた。

「私は、その事を依頼主である男に報告しました。

するとその男は、すぐに私にそのディスクを奪うように依頼しました。

ディスクは常にフォースが持っていた事を私は知っていたので、その以来を受けた私は野盗としてフォースを襲うことにしたのです。

これが8年前の真相ですよ。

まあ、たまたまそこにあなたがいて、私が雇った本物の賊があんな事をしてしまいましたが、そこは問題ではありません」

「・・・・・・」

「・・・いや、問題だったかもしれませんね。

あんな余計な事をしていたせいで、ディスクを奪い損ねてしまったのですから。

まあ、そんな事を今更言ってもしかたありません。とにかく、それで私は一度チャンスを逃してしまいました。

そこで私は、いつでもフォースの情報を得られるように、フォースの家に潜入することにしたのです。レファールドとしてね」

「・・・そして、二度目のチャンスがきたということか」

グレンが低い声で言う。それに、キースは満足げに頷いた。

「そうです。8年前、あの事件がきっかけでディスクがねらわれている事を意識したフォースは、レジーナから遠く、技術が発達した場所の会社にディスクを譲る事を考えたのです。

ディスクを正しく使う事を条件にね。

そしてその2つの条件にぴったりと当てはまるのが、オフィリーアだったのです」

キースはそう言うと、再び戦闘態勢をとった。

「さて、そろそろ話すのにも飽きました。

はじめましょうか。・・・短剣は持ってきていますね?」

「・・・!」

「フフ・・・なぜ知っているのかという表情ですね。

そんなのは簡単ですよ。あなたはとても賢くなりました。

ジョージを連れて行かれた以上、自分の動きを封じるためにジョージを人質に取るだろうと考えたのでしょう?

そしてその場合、接近戦の方が有利だと。

そう考えると、あなたがラディアさんから短剣を借りてくるのはすぐにわかることです」

「・・・そうか、さすが探偵だな」

グレンが短剣を出しながら、そういう。それにキースはクスクスと笑いながら言った。

「お褒めに預かり、光栄です。

さて、私はなるべく早く仕事を終わらせたい。すぐに勝負をつけますよ。

あなたも、彼に死んでほしくはないでしょう?」

「・・・・・・」

キースの言葉を聞いて、グレンはカイの方をちらりと見る。

カイがキースに刺されてから、もうおよそ5分ほどが経過している。確かに、このままほうっておくとカイの命に関わる。

早く片付けて、ラディアを呼んでこなければ。

グレンは戦闘態勢をとる。

あまり使わないのでなれていないが、自分流に短剣を構える。

それを、キースは微笑み混じりの顔で見ていた。

そして二人同時に一歩前に出て・・・相手に向かってダッシュした。

そのほんの数秒後、お互いの武器がぶつかり合い、キンッという軽い金属音が響いた。

そして二人とも次の相手からの攻撃を予想して後ろに跳ぶ。

「なかなかいい腕ですね。短剣はあまり使い慣れていないのでしょう?」

キースはそういう。そしてその後、すぐにグレンに向かっていき、攻撃をしかける。

それをグレンは後ろに飛んで避ける。

しかし、それを確認したキースがナイフを持ったまま蹴りを入れる。

グレンはそれを見たが、とっさに避けることができずその蹴りをまともにくらい、そのまま後ろに吹っ飛ぶ。そして後ろにあった木に激突した。

「うっ・・・!」

その衝撃に耐え切れず、グレンは軽くうめく。しかしすぐに起き上がり、再び短剣を構えた。

「ほう、からだのわりにずいぶん頑丈なようですね。

本当は早く終わらせたいのですが、これはこれで楽しめます。

頑張って、私の攻撃に耐えてくださいね」

立ち上がるグレンを見て、キースは楽しそうに言う。

しかし、グレンは足元をふらつかせながらも、言った。

「残念ながら、俺にはあんたの遊びに付き合ってやれるほど時間がない。次で終わらせる」

「おやおや、そんなにふらついているのに、その自信は一体どこから来るのでしょうね」

キースは言う。そして一歩前に出た。

「でも、次で終わりだというのは正しいですね。

あなたの発言で私の心は変わりました。次の一撃で、確実に逝かせてあげましょう!」

そして、真っ直ぐグレンに向かっていく。それを、グレンは片手で短剣を構え、むかえうった。

「さあ、安らかに逝きなさい!」

そう言って、キースはナイフをグレンに向かって振り下ろす。次の瞬間。

 

ドスッ!

 

何かに刃物が刺さる、重い音がした。そして地面に血が滴り落ちる。

「あ・・・か・・・」

そう声をあげたのは、キースだった。

彼のその胸には、グレンが持っていた短剣が深々と刺さっている。

そしてグレンの左手には、キースが持っていたナイフが握られていた。

グレンが握っているのは刃の部分なので、グレンの手からも血が滴り落ちている。

「・・・終わりだ、キース。地獄で、お前がしたことの償いをするんだな」

そう言って、グレンはキースの胸からナイフを抜く。

ナイフを抜くと、その胸から大量の血が溢れ出し、グレンの服にその血が付着した。そして頬にも、少しだけ血が飛ぶ。

一方、キースは短剣を抜かれた反動で、そのまま後ろに倒れた。そして動かなくなる。

それを、グレンは少しの間眺めてジョージの方に向かっていった。

「大丈夫ですか?」

「ああ」

それを最後に、しばらく二人の間の会話がとぎれる。しかし、ジョージが口を開いた。

「・・・知っていたんだ」

「え?」

「知っていたんだ。お前が軍に入りたいと言い出した理由を」

「・・・・・・!」

「お前は、8年前私たちを襲った犯人を捕まえようと、軍に入ったんだろう?

お前が軍に入りたいと言い出したとき、私は直感的にそれを察した。

だが、レイチェルは気づいていなかった。必死にお前を軍に入れまいとしていた。

それを見て、私は決めたんだ。お前を軍に入れてやろうと。

そして、お前に家を出て行けといった。

その方が・・・私たちがお前の気持ちに気づいていないと思わせる方が、お前が軍にいるのが嫌になったとき、私たちの期待がない分お前が軍を辞めやすいだろうと、そう判断したんだ。

そしてお前が出て行ったあと、レイチェルにも説明して納得させた。

しかし、レイチェルは納得はしたものの、毎日のようにお前を心配していた。

だから今回、依頼をするときにお前を使うよう軍に念押ししたんだ。

グレンは元気にやっていたと、レイチェルに話して安心させてやるために。

そして、お前に言うために・・・」

ジョージはそう言うと、真っ直ぐグレンを見つめた。

「グレン、家に帰ってこないか?」

「え・・・」

そのジョージの言葉を聞いた途端、グレンは驚きの表情を浮かべる。

いままでグレンはもうあの家に戻ることはないと思っていたのだ。当然だろう。

そのグレンの反応を見たジョージは、それを予測していたように、続ける。

「お前にとっては偶然とはいえ、これでお前が軍にいる理由は無くなった。

だから、また私達と、一緒に暮らさないか?

そうすれば、レイチェルもエルファも、きっと喜ぶ」

「・・・・・・」

それを聞いて、グレンは迷った。

確かに、今回の剣で自分が軍にいる理由はもう無くなった。

そして帰ろうと思えば帰れる環境になった。

このまま軍を辞めて帰るのも、いまのグレンの選択肢には入るだろう、・・・でも。

「やっぱり、俺は帰りません。軍人を続けます」

それを聞いたジョージは、かなり驚いた。

おそらくグレンは帰ってくるものだと思っていたのだろう。

「なぜだ!?もう軍にいる理由は無くなった。

なのに、お前はいつ死んでもおかしくない危険な場所に居続けると言うのか!?」

「・・・確かにあなたの言う通り、もう俺には事実上軍にいる理由は無くなりました。

でも、いまの俺にはあなた達と同じくらい大切な人と・・・大切な仲間がいます」

そう、軍人になってから五年目の年、グレンに初めて心から信頼できる仲間が出来た。

そしてそれと同時に、大切な存在も見つけた。

今は家族と同じくらい、この存在も守りたいと思う。だから・・・

「だから俺は・・・家には帰りません」

そう言ってグレンは立ちあがり、カイの方を振り向く。そして言った。

「でも・・・休暇のときくらいは、家に帰ろうと思います。快く迎えてくれますか?・・・父さん」

それを聞いて、ジョージはグレンを見上げた。

その表情からは8年ぶりに息子から『父さん』と呼ばれた驚きと、喜びを感じることが出来た。

ジョージは、グレンの問いに少し微笑を浮かべて答えた。

「ああ・・・もちろんだ」

「・・・ありがとうございます」

ジョージの言葉にグレンはそう言うと、カイのほうに歩いて行った。

 

 

グレンがカイを抱きかかえ、口に耳を近づけると、カイはまだ呼吸をしていた。

しかし、その呼吸は前に聞いたときよりかなりか細くなっている。

グレンの感覚では、カイは刺されてから既に十分は経過していた。

これだけの傷だと、十分間もったことさえも奇跡に近かった。

(・・・相変わらず生命力だけは強いんだな、こいつは)

カイを見て、グレンは少し微笑む。そしてカイの腕を首に回し、立ちあがった。

早くラディアのところに連れて行かなければ。

そう思うのだが、グレンとカイの身長は20センチ以上違う。かなり重い上に、どうしても引きずってしまうためなかなかうまく運べない。

困り果てたグレンが、カイを横たえどうしようかと考えていた、そのときだった。

「あっ、グレンさん!カスケードさん、グレンさんがいました!」

そう言っていたのは、リアだった。

リアが後ろを向いてカスケードを呼ぶと、カスケードとそのほかのメンバーが走ってくる。

そしてそのメンバーの中で、真っ先にグレンに近づいてきたのは、カスケードだった。

「グレン、大丈夫か?結構フラフラに見えるぞ」

「俺は大丈夫です。

それよりラディア、こっちに来てくれ!カイがキースに刺された。早く手当てしないと危険な状態なんだ!」

「カイさんが!?わかりました。私の力じゃどこまで出来るかわかりませんけど、やってみます!」

「ラディアちゃん、俺も手伝う!」

「お願いします!」

グレンに言われ、ラディアが小走りで近づいてくる。それに、後ろにいたアクトも続いた。

それをグレンは心配そうな様子で見ていたが、カスケードに後ろから声をかけられる。その隣には、ディアもいた。

「グレン、あそこに倒れてるのがキースか?」

そして少し離れたところに倒れている男を指差す。

「はい」

「何があったか、すべて話せ」

そう言われてグレンは頷き、すべてを話した。

ジョージが数年前、すべてのコンピューターウィルスに対応できるソフトを開発したこと。

この事件の根本的原因は、そのディスクを狙ったある会社の社長であること。

そしてレファールドが本当はキースという探偵であること・・・。

すべてを話して、グレンは付け加えた。

「残念ながらその会社の名前を聞き出さずに、キースを殺してしまいました。・・・すみません」

しかしそれを聞いても、カスケードは怒ることはしなかった。

「いいさ、目の前に数年前自分達を襲った犯人がいるのに、冷静でいられる人間なんていない。

それはいつも冷静なお前でも例外じゃない。

とりあえず、今回の任務は成功に終りそうなんだ。それだけで十分さ」

カスケードはそう言い、ジョージのほうに歩いて行った。そこにはリアもいて、リアも交えて話を始める。

約数時間、そうして時間が過ぎたが、ラディアの呼びかけでその時間は終った。

「皆さん、来て下さい!カイさんの意識が戻りました!」

ラディアのその言葉を聞いて、全員がカイに歩み寄る。

「おい、薬屋。大丈夫か?」

カスケードが声をかける。それに、カイは力のない声で返した。

「・・・大丈夫じゃないです。っていうか、薬屋ってなんですか?」

「決まってるだろ。お前のあだ名だよ。いま決めたんだ。わかりやすくていいだろ」

「・・・俺はよくないです」

「まあそう言うなよ。

さて、カイの意識も戻ったことだし、車に戻るか。自分では歩けないだろうから、手伝ってやるよ。

そんで、今日は予定を変更して次の街でホテルを取ろう。

キースの遺体は・・・臭くなりそうだから置いて行くか」

カスケードがそう言う。そして全員はそれぞれの車に戻って行った。

 

 

こうして、この日は次の街でホテルを取った。

部屋のことは昨日同様、ホテルに入る前に決めた。

最初は昨日と同じままで行こうかという話になったが、グレンの強い希望でグレンはカイと一緒の部屋に入ることになった。

そして夜を迎える。

「・・・カイ、気分はどうだ?」

ベッドに横になっているカイに、グレンが話しかける。

それに、カイは相変わらずの力のない声で答えた。

「・・・だいぶいいですよ。ラディアに感謝しなきゃな」

ホテルについてすぐ、カイは疲れてるからいいと言ったのだが、ラディアがそれを聞かず、再び治療を始めたのだ。

それも1時間休みなしでずっとやっていたため、今ごろラディアは部屋で眠っていることだろう。

カイの言葉を聞くと、グレンはカイのベッドに腰掛けた。

しばらくそのまま会話のない時間が過ぎる。しかし、グレンがその沈黙を破った。

「・・・すまなかった」

「・・・?何のことですか?」

「レファールドのことだ。

俺は昨日軍で調べてもらって、レファールドがキースである可能性を見出していた。

なのにその可能性を否定し、結果カイに酷い怪我を負わせて・・・守れなくて・・・」

「・・・・・・」

そう言うグレンは、いまにも泣き出しそうだった。それを見たカイは、体を起こし、言った。

「・・・いいんですよ」

そしてグレンの体を優しく抱き寄せる。

「いいんです。俺は守られる方じゃなくて、守る方がいいですから。

それに、今回は相手の殺気に気づけなかった俺も悪いんですし。

だから・・・自分を責めないでください。グレンさんのそんな顔を見てるほうが・・・辛いですから・・・・・・」

それを聞いて、グレンはカイの体を抱きしめ返し、かろうじて聞き取れる大きさでいった。

「・・・・・・ありがとう」

そして、お互いの気持ちを確かめ合うように、長い長い、キスをした。

 

 

それからは、再び襲われることもなく無事にオフィリーアに着き、ジョージの取引も成功に終った。

そして3日かけて、ジョージをレジーナの自宅まで送り届けた。

司令部に帰ってから、カイは傷を完全に治すため数日間仕事を休んだ。

本当は任務中のラディアの治療のおかげで治っていたのだが、カイが「せっかく怪我したんだし、少しくらい休んでもいいでしょ」と言って休んだのだ。

つまり、サボったのである。

普段なら、グレンがそんな事は許さないが、今回だけは大目に見ることにした。

そしてそのグレンというと、月に一回は休暇を取って家に帰るようになっていた。

今回の任務が終って帰ってきた後に自分の家のことをカイ達にも話したので、たまにカイ達も連れて家に帰ることもあった。

基本的にグレンの両親はいい人なので、急にカイ達を連れて行っても快く歓迎してくれた。

今回の事件は、グレンの家族関係を元に戻すきっかけになったが、他のメンバーにとっても自分を大きく成長させるきっかけになったのかもしれない。

そしてその成長を生かして、グレン達はこれからも、仕事をこなして行く。

グレンは仲間を守るために、そして他のメンバーも、自分の目的を、果たすために・・・。