エルニーニャ王国の首都レジーナ。そこにある中央司令部の前に、一人の男が立っていた。
その男はショートカットの金髪とエメラルドグリーンの瞳を持っていた。そして灰色のスーツを着ていて、とても紳士的な雰囲気をかもし出している。
男は、司令部の前の門で止まり建物を仰ぎ見る。
「・・・ここにいるのか・・・リア」
そして男は、そのまま司令部に入っていった。
「すみません、リア・マクラミーさんはいらっしゃるでしょうか?」
司令部内に入った男が、すぐそこにあった受付にいた女性に訊く。それを聞くと、女性はすぐに返事をした。
「今の時間ですと、マクラミー中尉は第三休憩室で休憩を取っているはずです」
「そうですか、ありがとうございます」
女性の返事に男はそう言い、受付の隣にあった案内板を見る。
そして休憩室の場所を確認し、そのまま建物の奥に消えていった。
「あー!また負けた!くっそー!」
ディアが大声を出す。それにカスケードが言った。
「あんまり大声出すな不良。お前が負けるのは仕方ないだろ、バカなんだから」
「何だと!」
そして二人の壮絶な口喧嘩が始まる。
そこは第三休憩室だった。
その場所にはグレン、カイ、リア、ラディア、ディア、アクト、カスケード、ツキ、そしてクライスとクレインがいた。
この10人は、午前中の任務を終え、こうして休憩をしている。
そしてそこのテーブルを使い、カイ、ディア、カスケード、ツキ、クライスの5人が休憩の時の恒例行事となりつつあるポーカーをしていたのだ。
「だいたい、ツキがいたんじゃ勝負にならねえよ!」
ディアがツキを指差して言う。それを見て、ツキは困ったように言った。
「そんな事言われたって、俺にはどうしようもない」
「そうですよ。ツキさんはたまたま運がいいだけなんですし・・・」
ツキのあとにクライスが言う。そのあとに、アクトも続けた。
「そうだな。ツキさんは悪くない。悪いのはディア、お前のその単細胞な頭だ。だから勝てないんだよ」
「うるせぇ!」
アクトの言葉に、ディアがそう不機嫌そうに言う。
ディアは、さっきの勝負ですでに8連敗目だった。自己最高記録はもう突破しているので、あとはこれから何連敗できるかという記録に挑戦するだけである。
その光景をみて、クレインが隣にいるリアしか聞き取れないような小声で一言。
「・・・バカの川流れ」
「それ・・・どういう意味?」
「バカの流れは止まらない。つまり、あの人が負け出すと底なしに負けるってこと・・・」
「・・・クレインちゃん、酷い」
リアがそう言ったときだった。突然入り口から声が聞こえる。
「あの・・・ここにリア・マクラミーさんはいらっしゃいますか?」
その声に反応してリアがその男を見て答える。
「はい、マクラミーは私ですけど・・・」
そして声のした方を見る。その瞬間、リアは声を失った。
そこには、見覚えのある人物が立っていた。
それは、自分の父親であるレスターにそっくりな人物だった。
いや、リアは直感的にその男がレスターであるとわかった。
その男からはレスターが持っていたすべてのものが感じられる。
しかし、レスターは9年前に死んだ。殺されたのだ。母親であるアリアと共に・・・。
リアは恐る恐る訊いた。
「・・・お、お父さん?」
すると、目の前にいる男は微笑む。そして嬉しそうに言った。
「覚えていてくれたんだね、リア。嬉しいよ」
その言葉を聞いた途端、リアは涙を浮かべ、その男に向かって走る。
「お父さん!!」
そしてその男、レスターに抱きついた。
数分後、レスターがリアを落ち着かせ、椅子に座らせる。
そして自分もその隣の椅子に座った。それを見て、リアが口を開いた。
「お父さん、どうしてあの時助かったの?いままでどこにいたの?」
それを聞いたレスターはその質問にゆっくりと答えた。
「あの時、僕は強盗に撃たれて一度はもうだめだと思った。
でも、僕は生きていたんだ。気がついた僕は少し身体を起こした。
途端に激痛が走ったが、僕は構わずに辺りを見た。
アリアや、リアたちが心配だった。
残念ながらアリアはもう息がなかったが、リアたちは生きていた。
それをみて安心した僕は、それからもう動けなくなってしまった。
強盗たちは、僕は死んだものと思っているだろう。生きていると知られたら口封じのためにまた命を狙われるかもしれない。
だから僕は身を隠そうと思った。しかし、身体が言う事を聞かなかった。そこにいてはいけないと思っても、身体が動かない。
僕はそのまましばらくそこにいたが、突然ある男が僕の家に入ってきた。
その男が僕を助け、かくまってくれたんだ。
そして僕は今日、その男の家からここに着たんだ」
そこまで言って、レスターは一息つきそのあと、またリアを見ていった。
「リア、これから一緒に暮らさないか?」
「・・・え?」
それを聞いたリアは、唖然としてそれしか言えなかった。
死んだはずの父親が急に現れ、そして一緒に暮らそうといってきたのだ。
誰でもこんな反応になってしまうだろう。
そのリアの反応を見越したようにレスターは続ける。
「リアが驚くのもわかる。
でも、僕はなるべくリアに軍にいてほしくないんだ。いつ死んでしまうかわからないからね。
それに、僕も前の仕事ではないがその男のおかげで新しい職をみつけた。家族を養うくらいのことはできる。
だから、リアが軍を辞めても十分暮らしていける。・・・どうだい?」
レスターは優しく問い掛ける。
それに対してリアはしばらく黙ったままだったが、ゆっくりと口を開いた。
「エレナたちには、このことは話したの?」
「いや、エレナたちにはまだ話していない。
まず、長女であるリアの考えを聞いてから、あの子達にも話そうと思ってね」
リアの問いに、レスターはそう答える。
それを聞いてリアは「そう」とだけ言い、出入り口に向かって歩いていく。
そして振り向き、言った。
「・・・少し・・・考えさせて」
それから、無言で部屋を出て行った。
それを見ていたグレンが、不意に口を開く。
「レスターさん」
「なんだい?」
「レスターさんはリアたちと一緒に暮らしたいと言っていましたが、それはリアたちの事を本当に考えて出した答えなんですか?」
グレンは問う。
さっきのリアの様子を見た限り、考えると言ってはいるが、あまり軍から離れたくなさそうだった。
それを考えると、初対面の相手に失礼だとは思いつつも聞かずにはいられないのだ。
そのグレンの問いを聞いたレスターは、ゆっくりと瞳を閉じ、答えた。
「・・・きみは、リアとは長く行動を共にしているのかい?」
「3年ちょっとです。長いとは言えませんが、自分では短くもないと思っています」
「・・・そうか、それならその質問が出てもおかしくはないな」
グレンの言葉にそう言い、レスターは話した。
「僕も、ここに来る前に何ヶ月も考えた。
あれからもう9年も経っている。リアもエレナたちもみんな成長して自分の生活をしているだろう。
その時にはリアが軍に入っていることも知っていた。
だから、ずっとあの子達を放っておいた僕が突然現れてリアたちのいまの生活を変えてしまってもいいのか。
だがリアが軍にいる以上、親としては放っておくわけにはいかない。だからこうしてここに来た。
しかし、親だからといって無理強いもできない。
もしこれでリアがこのまま軍にいたいと言うなら、僕は何も言わずにもといた街に帰ろうと思う。
それが、僕が親としてできる、最後のことだと思っている」
そのレスターの答えを聞いて、グレンは少し頷いた。
この人は本当に娘の事を心配している。そして娘の意志を尊重しようとしている。
グレンは、彼の言葉を聞いて安心した。
「わかりました。リアのことはあなたの判断に従います。
初対面の分際でこんな事を訊いて、申し訳ありませんでした」
グレンがそう言って、頭をさげる。それにレスターは笑顔で返事を返した。
「いや、いいんだ。リアはとてもいい仲間に出会えたようだからね。僕も嬉しいよ。
リアがどうするかわからないが、これからも、娘をよろしく頼む」
そしてグレンに握手を求める。それを、グレンもしっかりと握り返した。
その頃、リアは寮の廊下を歩いていた。
たまたますれ違った寮母のセレスティアに挨拶をし、部屋に向かう。
部屋に着くと、真っ直ぐと自分のベッドに向かい、そのベッドにトサッと音を立てて座った。
(・・・どうしよう・・・)
ずっと死んだと思っていた父親が突然現れ、しかも軍人を辞めて一緒に暮らそうと言ってきた。
本当は、どちらも嬉しいことのはずなのに、なぜか喜べない。
この事を知ったら、エレナたちはどんな反応を示すだろう。
ミーナにいたっては、もしかしたら父の顔を覚えていないかもしれない。
レスターはまず自分に話そうと思って来たと言っていた。
つまり、自分の判断でエレナやミーナの生活にも影響が出てくる。
そんな事を、自分ひとりで考えていいのか。自分ひとりで決めていいのか。
それに、自分は本当に今軍を辞めてしまって良いのだろうか。
考えれば考えるほど、リアの迷いは大きくなるばかりだった。
そんな自分に気づいて、リアはふっと自嘲の笑みを浮かべる。
(何もお父さんは今決めろって言ってる訳じゃないのに、何焦ってるんだろう・・・私)
そしてそのまま後ろに倒れこむ。その行動に抗議するように、ベッドがギシギシなった。
(これからゆっくり考えて決めよう・・・そう、ゆっくり考えて・・・)
そう考えながら、リアはゆっくりと瞳を閉じた。
午後からは仕事がない。今日はゆっくりと眠ろう。
そして、リアはそのまま夢の世界に旅立った。
その日の夜、仕事を終えたグレンとカイは自室に戻りいつものようにそれぞれのベッドに腰掛けた。
そのあと、すぐにカイが口を開く。
「ねえ、グレンさんはどう思います?」
「・・・リアのことか?」
「そうです。リアさんは、軍を辞めると思いますか?」
「さあな」
グレンはそっけなく答える。
「さあなって・・・グレンさんはリアさんが心配じゃないんですか」
カイが少し不機嫌そうに言う。それに、グレンはまたそっけなく言う。
「俺たちが心配してもしょうがない。リアは自分で答えを出して、自分のやりたいようにやるさ。俺たちはそれを見守るだけだ」
グレンはそう言ってベッドから立ち上がり、カイを振り向く。
「ほら、いい加減食堂行くぞ。早くしないと混んでくる」
そしてそのまま部屋を出る。それに、カイも無言でついて行った。
翌日、リアは軍服に着替えるためにクローゼットを開ける。
そしてかけてあった軍服を取りだし、いつも通りに着替える。
そしてクローゼットを閉めようとした、その時だった。
上のほうから何かが落ちてきてトサッという軽い音がした。
「・・・?」
リアはそれを見る。するとそこにあったのは小さな白いポーチだった。
それは、家族で過ごした最後の誕生日に、母がくれた誕生日プレゼントだった。
「・・・・・・」
リアはそれを無言で取り上げる。そして中身を開けた。それには、軍に入る前に集めた、小物や簡単な化粧道具が入っていた。
リアはそれを持ったままベッドに腰掛ける。そして中身を丁寧に出した。
イヤリング、ネックレス、ファンデーションにルージュ。中に入っている物は、懐かしい物ばかりだった。
しかし、リアはふとあることに気づく。
(・・・あら?)
それには、見覚えのない物が入っていた。リアはそれを取り上げ、まじまじと見つめる。
それは、とても小さな円柱型のものだった。
ガラス細工で、中にはリアには理解できない小型の精密機械のような物がたくさん入っていた。
(何かしら?これ)
リアがまじまじと見ながら考えていると、不意にラディアの声が聞こえた。
「リアさん、何やってるんですか?」
ラディアはさっきまで顔を洗っていたのだろう。少し髪の毛が濡れていた。
それをみて、リアは不自然にならない程度の笑顔で答える。
「ううん、なんでもない。それよりラディアちゃん、準備できた?」
「あ、はい」
「じゃあ、そろそろ行こうか。ご飯食べなきゃいけないし、遅刻しちゃう」
そう言って、リアはベッドから立ち上がる。さっきの円柱型のものはスカートのポケットに入れた。
(休憩時間にでも、クレインちゃんに訊いてみよう)
そうして、そのままラディアと部屋を出た。
その日の休憩時間、リアはいつも通り第三休憩室に入る。
すると、すでにもういつものメンバーでのポーカーが始まっていた。
「だーっ!また負けた!」
「いい加減諦めたらどうですか?ディアさん」
「そうだぞ、ツキがいる限り勝てるわけないんだから諦めろ、不良」
「不良って言うんじゃねーって言ってんだろうが!」
「ディアさん、そんなにツキさんに勝ちたいの?」
「あ?なんだよクレイン」
「そんなにツキさんに勝ちたいなら、ストレスを与えることね。そうすれば勝てるわ。
この前のツキさんのスランプは、ストレスの所為だから」
「おい、クレイン。それ言うなよ!恥しいだろ!」
「へー、そうだったんですかー」
そんな会話が繰り広げられている。
そんな中、リアは真っ直ぐクレインがいるところに向かい、話し掛けた。
「クレインちゃん、ちょっといい?」
「なんですか?」
リアが話し掛けると、クレインはそう言って振り向く。
それに、リアはポケットからあの円柱型のものを取り出して訊いた。
「ねえ、これ何かわかる?機械系だから、あなたに聞けばわかるかと思って・・・」
そしてそれを差し出す。
クレインはそれを受け取り、方向を変えたり覗き込んだりして見つめた。
「・・・ごめんなさい、私にもわからないわ。でも、なにかの機械の心臓部だとは思います」
「心臓部?」
リアが訊き返す。それに、クレインは答えた。
「はい。機械には、たまに心臓部が必要な機械があるんです。詳しくはわかりませんけど、きっとそれだと思います」
クレインはそうリアに説明し、それを返した。リアはそれを受け取り、クレインに言う。
「そう、わかった。教えてくれて、ありがとう」
「すみません、あまり役に立てませんでしたね」
「ううん、それだけわかれば今は十分だわ」
そう言って、リアはその部屋から出た。
(・・・なにかの心臓部?そんなのが、なんであのポーチに入ってたのかしら?)
クレインに訊けばこれがなんなのかわかると思っていたが、結果は謎が増えただけだった。
気味が悪いので捨てたかったが、機械だからそうもいかない。
リアは、とりあえずしばらくは自分が持っていることにして、そのまま部屋に戻った。
それから数週間、リアは普通に過ごした。
今日は、午前中はデスクワークだ。リアはラディアと一緒に積み上げられた書類を片付けていく。
そうしてしばらく話をしながら作業していたが、ふと思い出したようにラディアがリアに問いかける。
「そういえば、リアさんいっつもその万年筆使ってますよね」
そしてリアが持っているペンを指差す。それは綺麗な黒の比較的細い万年筆だった。
リアはそれを大切そうに持ち直し、ラディアの質問に答える。
「これね、私の誕生日に、お父さんがくれた物なの」
「へー、レスターさんがくれたんですか?」
「そうなの。でも、そのあとすぐに強盗に襲われて・・・だから、これは形見だったの、お父さんの。
でも、お父さんは生きてたから、形見って言わないわね。
でも、お父さんがくれた物だから、いつも使ってるんだ」
リアはそう言う。その顔は、とても幸せそうだった。やっぱり、父親が生きていたことがとても嬉しいのだろう。
でも・・・やっぱりラディアには気になる事があった。
「ねえ・・・リアさん」
「なに?」
「やっぱり・・・軍辞めちゃうんですか?」
そう、ラディアはレスターが来た日から、ずっとその事が気になっていた。しかし、なかなか訊く機会がなかったのだ。
そのラディアの問いを訊いて、リアは少しの間黙ったままだった。
しかし、それは答えが決まっていないからではない。
ラディアがこんなに心配してくれているのが、嬉しかったのだ。
リアは、それをみてすでに自分の中で出た答えを口にする。
私は・・・
「大丈夫よ、ラディアちゃん。私、軍は辞めないわ。ラディアちゃんをおいて、辞められるわけないじゃない」
そうだ。自分には大切な人たちや、いろいろ世話を焼いてくれる上司がいる。
父親や、エレナたちも大切だが、いまはそれと同じくらいその人たちも大事だ。
そしてその人たちを守るには、やはり軍に在籍している方が都合がいい。だから、自分は軍を辞めない。
そのリアの言葉を聞いて、ラディアの表情がぱっと明るくなった。
「本当ですか!?本当に、軍辞めないんですか!?」
「うん。私、辞めないよ。これからもよろしくね、ラディアちゃん」
「はい!嬉しいです。私、これからも頑張りますね!」
そう言うと、ラディアはまた作業をはじめた。
リアが軍を辞めないのが嬉しいのか、軽く歌を口ずさんでいる。その声は、とても綺麗な声だった。
そんなラディアを見て、リアは軽く笑みを浮かべ、ラディア同様作業を再開した。
その日、リアが軍を辞めないと決めたということはラディアの働きで一気に取り巻きに知れ渡り、その夜はアクトの部屋で食事を取ることになった。
部屋には休憩時間と同様のメンバー+フォークが集まる。二人部屋に11人は狭いが、なんとか全員が座る。
そしてアクトが大きななべを持ってきて、その後ろからフォークが大量の具が乗った皿を持ってくる。
「ほら、鍋置くからそこどけ。ディア、お前邪魔」
アクトはそう言うと、軽くディアを蹴飛ばしてテーブルに鍋を置く。
一方、フォークは大きな皿を両手に持ったまま、ツキと格闘していた。
「あうー、どけてー、お兄ちゃんどけてー」
フォークはそう言ってなんとか前進しようとする。しかし、ツキはそのフォークの頭を軽く抑えて前進を阻止する。
「ほら、そんなんじゃいつまで経っても通れないぞ。もう少し力つけろ」
「両手ふさがってるんだから力なんて入んないよー」
「まったく、しょうがないな」
ツキはそう言ってフォークの頭から手を離す。するとフォークは転びそうになったが、何とか踏みとどまってテーブルに皿を置く。
「さて、はじめるか」
アクトがそう言い、このメンバーが揃うとなぜか騒がしくなる食事が始まった。最初は一応普通ににぎやかですむのだが、30分もすると、いつもの「あれ」が始まる。
「あ、てめー!今俺の肉とっただろ!」
「何言ってんだ、俺は鍋の中から取っただけだ。鍋の中から取ったんだから、俺のだろ」
「それ俺がねらってたんだよ!」
「ねらってても先に俺がとったんだから俺のだ」
ディアとカスケードがそう言い争っていたが、ディアの頭をアクトが叩くことでそれは中断される。
「いってーな。何すんだよ、アクト」
「具はまだたくさんあるんだからたかが肉一枚で騒ぐなよ。第一うるさい」
そしてそれによって、自然的に争いは終わる。本当にいつものやりとり。
リアは、お皿と箸を持ったままただそれを眺めていた。しばらくそうしていたが、突然クレインに話し掛けられる。
「リアさん」
「え・・・あ・・・何?クレインちゃん」
リアがそう言って、クレインを見る。すると、クレインが少し心配したような顔で聞いてきた。
「リアさん、軍を辞めないこと・・・後悔してませんか?」
それを訊いて、リアは訊き返す。
「・・・どうして?」
「リアさん・・・なんだかとても淋しそうな顔してるから・・・」
そんなクレインに、リアは笑顔で答えた。
「そんな事ないよ。軍を辞めないこと、後悔なんかしてないよ。
確かに、お父さん達と暮らせないのは淋しいけど、私は私が一番良いと思った答えを出したんだから、後悔なんかしてないわ」
「・・・そうですか」
リアの言葉を聞いて、クレインはそう言う。その言葉で、その話は終わった。
それからは、普通に話し、普通にご飯を食べ、後片付けを手伝ってそのままラディアと部屋に戻った。
そうして、この日も、何事もなく終わった。
それから数日後、いつも通り第三休憩室でいつものメンバーが休憩を取っていると、そこにレスターが入ってきた。
おそらくリアの答えを聞きに来たのだろう。そこにいたメンバーはほとんど同時にレスターを見る。
「やあ、リア。久しぶりだね」
部屋に入って来たレスターはそう言い、そのまま笑顔でリアに歩み寄る。そして言った。
「リア、この前の提案の返事は決まったかい?」
「・・・うん」
レスターの言葉に、リアは少し俯きながら言う。そして続けた。
「私・・・やっぱり軍は辞めない。だからお父さんとも一緒に暮らせないわ。・・・ごめんなさい」
その言葉を聞くと、レスターはふうっと溜息をついた。
「・・・やっぱりね」
「・・・え?」
レスターのその言葉を聞いて、リアが顔を上げる。それを確認して、レスターがまた口を開いた。
「本当はわかっていたんだ。数週間前にここに来て、君に会った時から。そして君の仲間たちを見た時から。
君はいい仲間に恵まれた。本当に君のことを心配していたよ。
だから、そんな仲間達をおいて君が軍を辞められるわけがない。・・・君は優しすぎるからね」
「お父さん・・・」
リアはそれだけ呟き、レスターに抱きついて言った。
「ごめんなさい。ごめんなさい、お父さん」
そんなリアを見て、レスターは優しく頭を撫でた。
それからしばらくは、レスターを交えて会話をした。
主な内容は、リアの幼い頃のこと。カイやラディアが率先して質問し、それにリアとレスターが二人で会話をしながら答える。
たまにレスターが本人も覚えていないようなことを言い、リアは顔を赤くした。
そうして一通り話すと、レスターは席を立った。
「さて、僕はそろそろ帰るよ。君達ももう少しで休憩時間が終ってしまうのだろう?」
「あ、本当だ。もうこんな時間」
「やっぱり楽しい時間って、あっという間に過ぎちゃうんですよね」
「じゃあ、私は先にお仕事行こうかな」
それぞれが言う中、リアがそう言って部屋を出ようとする。しかし、それを見てレスターが引き止めた。
「あ、リア。ちょっと待って!」
「・・・?なに、お父さん?」
リアがそう言うと、レスターが少し小さな声で言った。
「いや・・・ちょっと訊きたいんだが、君の部屋でガラス細工の円柱型の小さな筒を見なかったかい?」
「え?ガラス細工の筒・・・あ!」
もしかして、ポーチの中にあったあれだろうか。そう思い、リアはレスターにそのことを言う。
「つい最近、お母さんがくれたポーチの中にそういうのがあったけど・・・」
「!!きっとそれだ!それは僕の大事なものなんだ。今度取りに来るから、用意していてもらってもいいかい?」
「うん、わかった。よかった、捨てなくて。気味が悪くて、捨てようかとも思ってたんだ」
リアはそう言い、笑顔を作る。
(そっか。あれ、お父さんのものだったんだ。きっと私がお父さんの遺品をポーチに入れてた時、一緒に入れちゃったんだわ)
そう考えるリアは、今までの答えが出て、清々しい気持ちだった。そしてそのまま部屋を出て行く。
そんなリアを、グレンは黙ってみていた。
しかし、レスターがリアに何を言っていたのか、たまたま聞こえてしまっていた。
それに、リアがその筒をクレインに見せているところもたまたま見ていて、その筒がどんなものだったのかも知っている。
それらをふまえて考えると、どうしてもなんとも言えない不安な気持ちがこみ上げてくる。
グレンは、思い切って調べてみることにした。
グレンは、まだ休憩室のソファーで休んでいたクレインに話しかける。
「なあ、クレイン。ちょっと頼みがあるんだけど・・・」
「え?」
翌日、グレンとクレインは情報処理室にいた。その日は二人とも午前中は仕事が無かった為、こうしてここに来たのだ。
そこには何十台というパソコンや周辺機器が置かれていた。
そしてその部屋のパソコンのうちの一台で、クレインが何かを調べていた。
そしてその横では、グレンもパソコンの画面を真剣な面持ちで見ている。
「でも、レスターさんの前の会社のことなんて調べて、一体どうするんですか?」
クレインが手を動かしながら訊く。それに、グレンも画面を見たままで答えた。
「ちょっと気になることがあるんだ。前、リアがお前にガラス細工の筒を見せてただろう?」
そのグレンの言葉を聞いた途端、クレインが手を止めグレンを見る。
「・・・どうして知ってるんですか?」
「そのときたまたま見てたんだ。俺はあまり機械に詳しくはないが、あれはきっと核兵器かなにかの心臓部だ」
「!!核兵器!?どうしてそんなものの心臓部をリアさんが持ってるんですか!?」
クレインがかなり驚いたように言う。それもそうだろう。核兵器などと聞かされては、誰でもそうなる。
グレンは、クレインのその言葉に対して、首を横に振った。
「わからない。でも、リアがそれを持っていることをきいて、レスターさんは『それは僕の大事なものだ』と言っていたんだ。
あ、これもさっき休憩室にいた時にたまたま聞こえたんだ」
クレインが口を開こうとした為、グレンが何を聞こうとしているのかを見越して答える。
すると、言うことがなくなってしまった為クレインはまた手を動かし始めた。それを見て、グレンが続ける。
「だから、レスターさんがいた会社のことを調べて欲しいんだ。会社の名前だけでもわかれば、きっと手がかりになる」
「・・・そうですか」
クレインはグレンの言葉にそれだけ言うと、それからは何も話さずにキーを打ちつづけた。それを、グレンも黙ってみる。
しばらくそうしていたが、クレインが不意に口を開いた。
「グレンさん、出ました」
そのクレインの言葉を聞いて、グレンは画面を見る。
すると、そこにはレスターがいた会社の名前など、たくさんの情報が出ていた。
そしてその会社の名前は・・・アーシャルコーポレーション。
「アーシャルコーポレーション!?」
その会社の名前に驚いたグレンは、思わずそう叫ぶ。それを見て、クレインが聞いた。
「アーシャルコーポレーションがどうかしたんですか?」
「アーシャルコーポレーションは、表向きは情報ネットワークを扱う会社だが、かなり昔から軍に目をつけられている会社なんだ。
軍に秘密裏に違法な研究をしているとか、そういった噂が絶えなかった。
そんな噂がある会社は危険だ。もしその噂が本当なら法的な処置をしなければならない。
だが、たかが噂だ。そんな噂だけで軍は動かせない。決定的な証拠が無ければ。
だから、軍はずっと手が出せずにいたんだ」
そしてグレンは画面から目を離し、クレインを見る。
「もしかしたら、この会社の噂は本当で、レスターさんはそれに大きく関わっているのかもしれない。・・・まずいことを知ってしまったかもな」
そして続ける。
「クレイン、このことは絶対に誰にも言うなよ。特に・・・リアには」
「・・・わかってます」
グレンの言葉にそう言い、クレインは部屋の時計を見る。その時計は、午後の1時を指していた。
「そろそろ行きましょうか。きっと、みんな休憩室に集まってます」
「ああ」
そうして、二人はその部屋を出た。
その頃、リアはいつものようにみんなと休憩を取っていた。ソファーに座り、紅茶を飲む。
(クレインちゃん、今日は来ないのかな・・・グレンさんも見当たらないし・・・)
リアはそんな事を考えながら、残りの紅茶を飲み干す。そしてカップを片付けに行こうとした時だった。
部屋のドアが開く音がし、レスターが入ってきた。それに気づいて、リアはレスターに声をかける。
「お父さん、どうしたの?」
すると、レスターは笑顔で答えた。
「昨日頼んでおいたあれ、持って来てくれたかい?」
「ああ、あれね」
リアはそう言い、スカートのポケットに手を入れる。
今日の朝、レスターがいつ訪ねてきてもいいようにポケットに入れてきたのだ。それはちゃんと入っている。
「うん、あるわ。今渡していい?」
リアがそう言い、ポケットからそれを出そうとしたが、レスターが止めた。
「いや、できればあまり人が来なくて・・・広いところがいいな。話があるんだ」
そのレスターの言葉を聞いて、リアは少し不思議そうな顔をしたが、すぐに答えた。
「そう。そういうことなら仕方ないかな。それじゃあ・・・練兵場なんかどうかしら?あそこなら、今の時間は誰もいないはずよ」
「そうか。じゃあ、そこでいいよ」
「決まりね。じゃあ、ちょっと待ってて」
レスターの答えを聞いたリアはそう言い、カイのほうに歩いていく。
「カイ君、ちょっといい?」
すると、今までポーカーをしていたカイがリアの方を向く。
「何ですか?リアさん」
「私、お父さんと一緒にちょっと練兵場に行ってくるね。午後の任務には間に合うようには戻ってくるから」
「わかりました。じゃあ、もし戻ってこなかったら呼びに行きますよ」
「うん、お願いね」
リアはそう言い、レスターのところに戻る。
「おまたせ。じゃあ、行きましょう」
そしてリアはレスターと一緒にその部屋から出た。
練兵場に着いた二人は、向かい合うように立った。
「はい、これ」
そう言ってリアはレスターに小さなガラス細工の筒を手渡す。
「これのことだよね?これじゃなかったら、私はわからないわ」
そのリアの言葉を聞きながら、レスターは念入りにその筒を見た。そして笑顔で言う。
「間違いない。これだよ!ありがとう、リア!本当によかった・・・」
レスターは安心したようにそう言い、本当に大切そうにそれをポケットにしまった。それを見て、リアはクルッと後ろを向き、レスターに背中を見せるように立った。
「で、話ってなに?お父さん。もしかして・・・」
リアはそう言って、レスターの方を振り向く。その瞬間、ナイフを振り上げるレスターの姿が瞳に映った。
「え・・・?」
ザシュッ
そして、赤い鮮血が飛び散った。
リアが練兵場に着く少し前、グレン達は休憩室に着いていた。クレインと二人で部屋に入る。
すると、いつものメンバーのポーカーと、それ以外のメンバーでのおしゃべりが行われていた。しかし、
リアの姿だけが見当たらない。
「・・・リアは?」
グレンが聞く。すると、それにカイが答えた。
「リアさんなら、レスターさんと一緒に練兵場に行きましたよ」
「練兵場?」
なぜそんなところに行く必要がある。グレンがそう聞くと、カイは少し不思議そうな表情で答えた。
「さあ?よくわかりませんけど、リアさんが練兵場に行くって言う前に、レスターさんと何を話してたかなら、少しわかりますよ」
「・・・何を話していた?」
カイの言葉を聞いた瞬間、グレンの中に言い知れぬ不安が押し寄せてきた。まさか・・・まさか・・・
「えーっと、昨日頼んでおいたあれがどうとか・・・確か、そんな感じです。
ちょっと遠かったんで、はっきりとは聞こえませんでしたけど」
「!!!」
「グレンさん、ひょっとしたら・・・」
「ああ!」
グレンの悪い予感が的中した。リアがあの筒を渡しに行って、しかもその渡す場所が練兵場。という事は・・・
「くっ!」
そうしてグレンは走り出す。目指す場所は・・・練兵場。
「あっ!グレンさん!?どこ行くんですか!?」
いきなり走り出したグレンを見て、カイが叫ぶ。すると、後ろから声がした。
「カイ、どうした?」
カスケードだった。その隣にはディアとツキもいる。
「それが、俺にも何がなんだか・・・」
カイは困惑した表情でそう言う。そしてカイがそう行った途端、今度は間髪入れずにクレインも部屋を出ようとした。
そのクレインを見て、カイが聞く。
「クレイン、何があったんだ?」
するとクレインは振り返り、切羽詰った口調で言った。
「走りながら話します!とにかく、リアさんが危ないかもしれないんです!」
「えっ!?」
そのクレインの言葉を聞いて、そこにいたメンバーが同時に叫ぶ。
それを見て、クレインは「とにかく早く」とみんなを急かし、その部屋から出させた。
そして全員で司令部をかけて行く。
「クレイン、そろそろ説明しろ。せっかく走ってんだから」
カスケードが言う。それにクレインはコクリと頷き、説明を始めた。
「実は、数週間前にリアさんが私にあるものを見せたんです」
「あるもの?」
「ええ。ガラス細工の、とてもたくさんの精密機械が入った筒でした。
リアさんは、機械なら私に見せればわかるかと思ったらしいですけど、私もわからなかったんです。
でも、私にもわかったことがひとつだけありました。
それは、そのガラス細工のものが、何かの機械の心臓部だろうということです」
「心臓部?」
「そうです。でも今日、それが本当は一体何なのかがわかったんです。
正確に言えば、グレンさんが気づいたんです。それが何なのか・・・」
「で?結局なんだったんだよ」
そろそろ焦れてきたのか、ディアが話に口を挟む。すると、すかさずカスケードが口を開いた。
「うるさい。不良は黙ってろ」
「不良って言うんじゃねえ!」
その会話を聞いて、クレインが一つ咳払いをする。
「話を戻しますよ。で、結局なんだったのか。
結論を言うと、あれは核兵器の心臓部だったんです」
「核兵器!?」
「かくへいきってなんですか?」
核兵器という単語を聞いてそこにいるメンバーが緊張をあらわにしたのに、ラディアの一言がそれを一瞬のうちにぶっ壊す。
それを見て、カスケードが説明を始めた。
「核兵器ってのは、簡単に言うと武器だよ。
ただ、その機械ひとつで小さな国なら一瞬のうちで破壊し尽くせるほどの力を持っている」
「そんなにすごいんですか!?かくへいきって!」
ラディアが、ようやく驚きをあらわにする。
「でも、なんでそんなのをリアさんが持ってたんだ?」
そう口を開いたのは、ツキだった。それにクレインは首を横に振って答える。
「そこまではわからない。でも、レスターさんが以前勤めていた会社は、アーシャルコーポレーションだったの。
そう考えれば、リアさんはまったく関係ないというわけではないわ」
「アーシャルコーポレーション!?」
アーシャルコーポレーションという単語を聞いて、そう声を上げたのはカスケードだった。
そのカスケードに、クライスが問い掛ける。
「その会社が、どうかしたんですか?」
「アーシャルコーポレーションってのは、だいぶ昔から軍が目をつけてた会社の名前さ。
その会社には、数え切れないほどの噂があったんだ。どれもこれも軍にとって都合の悪い噂ばかりさ」
そう答えたのは、ツキだった。それを聞いて、今度はカスケードが訊いた。
「お前、軍に入ってあんま経ってないのに、どうしてそんな事知ってんだ?」
「軍に入ってからいろいろ調べたのさ。軍人たるもの、知識がないと勤まらないからな」
「お前・・・そんな勉強熱心なのになんでギャンブル止めないんだよ」
カスケードが呆れかえって言う。すると、ツキは胸を張って答えた。
「それとこれとは話が別だ」
そう話している二人に、クレインが言う。
「そんな話をしてる場合じゃないでしょ!それに、練兵場が見えてきたわ!」
そして、全員が一斉に練兵場に入る。
クレイン達が休憩室から出る少し前、先に部屋を飛び出していたグレンは全速力で司令部を走り抜けた。
自分はリアがクレインにあれを見せていた時から、それが核兵器の心臓部だと気づいていた。
そしてレスターはそれを自分のものだと言っていた。
なのに、なぜ自分はリアに注意を払わなかったのか。
もしレスターが関わっているのなら、心臓部を手に入れた後リアを殺さないわけがない。
たとえ今、リアがそれが何かわかっていなくても今後も気づかないとは限らない。
そんな危険な人物を、生かしておく訳がない。
そしてレスターはリアの父親。一番リアに近づきやすい存在だ。
なのに・・・なのに・・・
グレンの頭は、そんな後悔でいっぱいになった。
グレンはそんな後悔の中、リアの無事を祈りながら必死で走った。
そしてその後もしばらく走り、ようやく練兵場が見えてきた。
(・・・リア!)
「お・・・お父さん?」
レスターが振り下ろしたナイフをギリギリで避けたリアは、座り込んだまま言う。
リアの左腕からは、ナイフがかすった為に少し血が流れていた。
そんなリアを見ながら、レスターは無言で近づいてくる。
「お父さん、どうしたの!?なんで攻撃するの!?」
少しずつ近づいてくるレスターに、リアは必死に問い掛ける。しかし、返答は無かった。
レスターは、リアの目の前に立ちそのまま再びナイフを振り上げ、少し笑みを浮かべて言った。
「さようなら、リア」
そしてそのままナイフを振り下ろす。それに反応して、リアは耐えられずに目を閉じた。
「・・・っ!」
(グレンさん!!)
リアがそう心の中で叫んだ。次の瞬間。
ザシュッ
ナイフが刺さる音がした。しかし、リアは生きていた。
それどころか、さっきナイフがかすった左腕以外の場所にあるはずの痛みすらない。
リアは恐る恐る目を開けた。すると目の前にあったのは、綺麗な銀色。
「グレンさん!」
そこにいたのは、グレンだった。
グレンは、リアに覆い被さるように向かい合って屈んでいた。その表情は、少し苦しそうだった。
「く・・・」
グレンはそううめく。その背中には、レスターが持っていたナイフが刺さっていた。
そしてその様子を、レスターが無表情で見ていた。
しかし、すぐにグレンに近づき背中に刺さったナイフを思いきり引き抜く。
「ぐあっ!」
「グレンさん!」
ナイフを引き抜かれた為に襲ってきた激痛に、グレンはうめき声を上げる。
そのグレンを、リアが抱きかかえる。ちょうどそのときだった。
「リア!無事か!?」
「カスケードさん、それにみんな!」
グレンの後に部屋を出たカスケード達が来たのだ。
そしてカイとラディアが真っ先にリア達のところに駈け寄って来た。
「リアさん、大丈夫ですか!?」
カイが慌てた口調で言う。
「私は大丈夫。でも、グレンさんが・・・!」
「グレンさん!?」
リアの言葉を聞いたラディアが、すかさずグレンを見る。そして両手で口を覆い隠した。
「グレンさん!どうして!?」
「私をかばって刺されてしまったの!早く手当てを・・・!」
リアがそう言った時だった。グレンが起き上がり、カイの方を向く。
「俺は大丈夫だ。それより、リアをカスケードさん達のところに・・・そっちの方が安全だ」
「でも、グレンさんも傷が酷いじゃないですか!グレンさんもラディアに・・・」
カイがそう言う。しかし、グレンはかたくなに首を横に振った。
「俺なら本当に大丈夫だ。だから、早くリアを・・・!」
そのグレンの瞳には、迷いのない光が宿っていた。
グレンがこのような瞳をしていたらもう何を言っても聞かない。
カイはグレンの言葉に従うことにした。
「・・・わかりました。でも、無茶だけはしないでくださいよ。
きっとグレンさんのことだから、レスターさんを止める気なんでしょう?」
そう言って、少し表情を緩める。すると、グレンもいつもは滅多に見せない笑みを浮かべた。
「ああ、わかってる。・・・頼んだぞ」
「はい。行くぞ、ラディア」
グレンの言葉にそう答え、カイはラディアとリアを連れてカスケード達がいるところまで離れる。
それを確認して、グレンはゆっくりと立ちあがった。
「やれやれ、計算が狂ってしまったな」
レスターが溜息混じりに言う。そしてしばらく考え事をし、少し笑みを浮かべた。
「まあいい。せっかくだから、リアに真実を教えてあげることにしよう」
レスターはそう言うと、リアのほうを見て大声で言う。
「リア!聞こえているか?」
「!!」
その声に反応して、カスケード達といたリアがレスターの方を向く。それを見て、レスターはさらに笑みを浮かべて言った。
「リア、これからいい事を教えてあげよう。アリアのことだ」
「!!お母さん!?」
母の名前を聞いて、リアが敏感に反応する。それを楽しむように、レスターは続けた。
「ああ、君が僕にくれたこの筒。・・・これは核兵器の心臓部でね。アリアが造った物なんだよ」
「!!」
「なんだって!?」
レスターの言葉を聞いたグレンが叫ぶ。
その反応を見て気をよくしたのか、レスターはさらに楽しそうに話した。
「ああ、そうだ。君達が練兵場に来たという事は、アーシャルコーポレーションの事は知っているんだろう?僕はそこの社長なんだ。
そしてアリアは核兵器の研究員。彼女は本当に優秀だったよ。僕達が不可能だと考えたことを、すべて可能なものにしていった。
そして数十年前、アリアはとうとう核兵器を完成させた。
しかし、アリアは自分が作り出してしまった物を恐れた。そして心臓部を持って会社から逃げ出したんだ。
心臓部が無ければ核兵器もただの鉄の塊・・・。すぐにそれを取り返す為の計画が練られた。
だが、彼女は会社の中でもかなり上にいた者でね。しかも記憶力が常人離れしていて、私以外はすべて顔がわれていた。
だから仕方なく、私が自ら彼女に近づいたんだ。彼女はすぐに僕に心を開いたよ。僕が、自分が逃げ出してきた会社の社長とも知らずに・・・。
そして僕達は結婚し、3人も子供が出来てしまった。
僕にとっては、それはもう邪魔な存在だったよ。好きでもない女との間に出来た子供なのだから。
でも僕は必死で我慢したよ。すべては彼女が持ち出したものの為に・・・。
そしてあの日、僕は計画を実行に移した。彼女から心臓部のありかを聞き出すことにしたんだ。
僕はその為に野盗を雇って家を襲わせた」
そこまで言うと、レスターは大きな溜息をついた。
「しかし、ここから計算が狂ってしまったんだ。
そいつらは僕だけではなく、ターゲットである彼女まで殺してしまった。おかげで僕はあれのありかがわからない。慌てたよ。
あ、もちろんあいつらには罰として死んでもらったがね」
レスターは口調を変えずに言う。しかしそこで、カスケードが口を開いた。
「だが、あの時あそこには生きている人間はリアちゃん達しかいなかった!
アリアさんはすでに亡くなっていたし、あんたの死体もなかった!
あんたが死んだって言うなら、なぜあそこに死体がなかった!?」
「えっ!?」
そのカスケードの言葉を聞いて声を上げたのは、リアだった。リアはまっすぐカスケードを見る。
すると、それに気づいたカスケードが少し困った表情をして言った。
「ごめんな。リアちゃんは覚えてないだろうけど、あの時君達を見つけた軍人は、俺とニアだったんだ。
別に隠してた訳じゃないけど、リアちゃんが覚えてないみたいだったから、言わなかったんだ。
わざわざ辛い過去を思い出させたくなかったからな」
「・・・・・・」
リアはそのままカスケードを見ていた。そして口を開きかけたが、レスターがそれを遮る。
「そうか。あの時の軍人はやはり君だったのか。君には感謝しているよ。君が義母さんにうまいこと説明してくれたんだろう?
おかげでその後はかなり動きやすかった。
・・・おっと、忘れるところだった。あそこに僕の遺体がなかった理由だったね。そんなのは簡単だ。あれが僕のクローンだったからだよ」
「クローン!?」
そこにいた全員が思わず声を上げる。そしてカイが言った。
「クローンなんて、いまの技術じゃ無理だ!作れるわけがない!」
しかし、そんなカイの言葉を聞いてレスターはいやらしい笑みを浮かべた。
「無理?ふふ・・・うちの研究員をなめてもらっては困る。
僕の会社にいるのは優秀な研究者ばかりだ。クローンを作ることなんて、造作もないこと・・・。
まあ、それはとりあえず置いておこう。さっきの話の続きだ。クローンなのだから、死体は回収してしまえばいいだけの事だ。
アリアからあれのありかを聞き出す為に、僕はあそこにいたんだから回収作業もすぐにできる」
そうレスターが言った時だった。
「お父さん!」
リアがレスターを呼ぶ。リアの声を聞いたレスターは、つまらなそうにリアの方を見た。
「あれは・・・万年筆は・・・あれはお父さんが買ってくれたものでしょう?」
「万年筆?・・・何のことだ?」
レスターにそう言われ、リアは最後の望みをかけるように胸ポケットから黒の万年筆を取り出し、レスターに見せる。
「これ・・・この万年筆・・・お父さんがあの日の私の誕生日にプレゼントしてくれたものよ。ね?見覚えがあるでしょう?
だって、これはお父さんが買ってくれたものなんだから・・・!」
リアは必死に訴える。しかし、レスターの口から出たのは、残酷な言葉だった。
「僕はそんな万年筆は買った覚えはない。
なにせあれは僕のクローンだ。どうせ君が欲しがっていたものをたまたま覚えていて、気まぐれで買ったんだろう。
クローンには僕の記憶を植え込んで、ついでに自分はクローンだという事も忘れてもらっていたからね。父親面して買ったんだろう」
「・・・っ!」
そのレスターの言葉を聞いた瞬間、リアの望みは打ち砕かれた。
そしてその瞬間、いままでの記憶がよみがえる。
ただいま、リア、エレナ、ミーナ。
お帰り、お父さん!
(いや・・・)
じゃあ、次はお母さんがプレゼントをあげようかな。
じゃあ、お父さんからも・・・
いや――――――!
もう大丈夫だからね。
(いや・・・)
そういえば、リアさんいっつもその万年筆使ってますよね。
これね、私の誕生日に、お父さんがくれた物なの。
これは形見だったの、お父さんの。
お父さんがくれた物だから、いつも使ってるんだ。
(いや・・・)
レスターは、あんたのことを本当に愛していたんだね。もちろん、アリアも・・・
リア・・・
「いや――――――――!」
「リアさん!?」
次の瞬間、リアはそう叫びその場に座り込んでしまった。そしてそれを見たカイがすぐにリアを抱き寄せる。
「あ・・・あ・・・」
リアは、カイの腕の中でただただ震えていた。それを見て、カイがレスターを睨みつける。
それは、普段のカイからは想像も出来ないほど恐ろしい表情だった。おそらく、そこらへんの上官なら3秒も耐えられないだろう。
そしてカイ同様、グレンもレスターを睨みつけていた。それを見て、レスターがいやらしい笑みを浮かべる。
「おやおや、そんなに怖い顔をして。せっかくの美少年が台無しだ」
「・・・黙れ」
そのグレンを見て、レスターはさらに笑みを浮かべた。
「おや、美少年と言う表現は嫌いだったかな?じゃあ、美男子ではどうだい?」
「黙れと言っているだろう!」
そしてグレンはレスターに向けて銃を構える。それを見ると、レスターは表情を元に戻した。
「やれやれ、君はもっと頭のいい子だと思っていたが、意外と短気だな。そんなんでは軍人は勤まらないだろう?」
「・・・・・・」
「おや、今度はだんまりかい?それとも・・・本気で僕を殺そうと持ってるのかな?」
レスターがそう言うが、グレンは相変わらず黙ったままだ。それを見て、レスターがまた笑みを浮かべる。
「フフ・・・本気みたいだね。でも、そんな銃じゃ僕に傷ひとつ負わせる事は出来ないと思うよ。僕、案外俊敏だからね?」
レスターのその言葉を聞いてもなお、グレンは何も言わない。そしてゆっくりと引き金にかけた指に力を込めた。
一方、カイになだめられて落ち着きを取り戻したリアが、グレン達の方を見る。
そしてその時、引き金にかけられたグレンの指に力が込められたのを、リアは見た。
「!!グレンさん、やめて!」
「あ、リアさん!?どこ行くんですか!」
次の瞬間、リアがグレン達の方に向かって走り出す。
それを、カイが腕を掴んで止めようとしたが、数秒の差で間に合わず、リアはそのまま走って行ってしまった。
「死ね!レスター!」
グレンがそう言って引き金を引こうとした、その時だった。
目の前に金色が広がる。
それがリアだと認識した時には、もう遅かった。
グレンはそのまま引き金を引いてしまう。
パンッ!
グレンが銃を撃った次の瞬間、リアの身体から血が飛び散る。そしてそのまま倒れこんだ。
「リ・・・ア・・・?」
その光景を見て、グレンは手から力が抜け、そのまま銃を地面に落としてしまう。
ガシャンッという音だけが、虚しく響いた。
「リア!」
次の瞬間、レスターがリアに駆け寄る。それを見て、カスケードが口を開いた。
「アクト!軍用の病院に連絡してくれ!」
「わかった!」
カスケードの言葉にそう答えて、アクトは練兵場から出て行く。
その後姿を見て、カスケードがもう一言言った。
「ついでに全速力で来ないと後でぶっ飛ばすとも伝えておけ!」
そんな中、レスターがリアをゆっくりと抱き起こす。
「リア・・・なんで・・・どうして僕なんかを庇ったんだ!」
すると、リアは朦朧とした意識の中で笑顔を浮かべ、答えた。
「・・・き・・・だから・・・」
「・・・え?」
「好き・・・だから・・・。たとえ・・・お父さんが私達や・・・お母さんの事が嫌いでも・・・それでも私は・・・お父さんが・・・好きだから・・・」
そう言うと、リアは一呼吸置いて再び言う。
「だから・・・お父さんには・・・死なないで欲しい・・・お父さん・・・生きて・・・」
リアはそう言うと瞳を閉じ、ぐったりとして動かなくなる。
「・・・リア?リア!」
そのリアを見て、レスターが必死でリアを呼ぶ。その時、ちょうどアクトが帰って来た。
「カスケードさん、一番近くの病院に連絡してきた!5分くらいで来れるって!」
「わかった!じゃあ、その間にカイとラディアで応急処置頼む!」
「はい!」
カスケードの指示に、二人はそう答えてリアの方に向かって走って行った。
5分後、時間通りに救急隊が来た。数人で手早くリアを担架に載せ、病院に運ぶ。
それを確認すると、グレンはすぐに出口に向かって走る。
しかし、カスケードが腕を掴んでそれを止めた。そして訊く。
「・・・どこに行く気だ?グレン」
「決ってるじゃないですか!リアのところです!」
そのグレンの返答を聞き、カスケードが怒鳴る。
「何言ってる!お前も怪我してるんだぞ!ちゃんと医務室で手当てしてから行け!」
「俺は大丈夫です!それよりリアが・・・!」
「だめだ!ちゃんと手当てをしろ!」
二人がそう言い争う。そんな中、その光景をカイの横で見ていたラディアが、急にグレン達の方に向かって走り出した。
「あ、ラディア!?」
そんなカイの言葉も無視して、ラディアは走る。そして
「グレンさん!」
「・・・え?」
バシーンッ!
練兵場にその音が響いた時、そこにいる全員が絶句した。
ラディアがグレンをぶったのだ。
ぶたれたグレンの頬は、かなり赤くなっている。
そのぶたれたところを押さえて、グレンは呆気に取られた表情でラディアを見た。
そのグレンを見て、ラディアがいきなり口を開く。
「バカじゃないですか!?」
「な・・・」
あまりにも突然の事で、グレンはそれしか言えない。しかし、そんなグレンにはお構いなしでラディアは続けた。
「グレンさんの傷、かなり酷いんですよ!?それなのに手当てもしないで病院なんて行ったら、グレンさん死んじゃいます!
もしリアさんが助かっても、グレンさんが死んじゃったら、リアさん悲しみます!
私だって、そんなのいやです!」
そしてそう一気に言った後、ぼろぼろと涙をこぼした。
「グレンさん、少しは自分の身体の事も考えてください!じゃないと、本当にいつか死んじゃいますよ!
ほら、早く医務室に行って下さい!手当てします!」
そう言われた後も、グレンは呆気に取られていた。
いつものほほんとしているラディアが怒ったのを見たのは、これが初めてだったのだ。
しかも、ラディアが泣くのを見るのも、これが初めてである。
グレンは、そんなラディアをみて言った。
「・・・悪かったよ、ラディア。手当て・・・頼む」
そのグレンの言葉を聞いたラディアは、少し笑みを浮かべた。
「・・・はい。任せてください」
そして二人は医務室に向かった。
それから、グレンはラディアに傷を治療してもらってから一緒にリアが運ばれた病院に行った。
すると、そこにはすでに他のメンバーが集まっていた。
そして、レスターもいた。レスターは、必死に何かに祈るように手を組んでいた。
グレンとラディアは、無言で空いている椅子に座る。
そして黙って待った。その間、他のメンバーも決して口を開く事はなかった。
ただただ、手術室のランプだけが己の存在を主張していた。
(リア・・・リア・・・)
待っている間、グレンは必死に祈った。
どうか、リアを助けてくれと・・・。必死で祈った。
それから数時間後、手術中のランプが消え、中から医者が出てくる。
「先生、どうですか?」
それを見た途端、カスケードがそう訊く。それに、医者は深刻な面持ちで答えた。
「手術は成功しました。しかし、意識は戻っていません。いまだに危険な状態です」
医者はそこでいったん言葉を切り、続けた。
「しかし、一体あの子は誰に撃たれたのですか?私は長年医者をやってますが、あんな神業のような撃ち方、初めて見ましたよ」
その医者の言葉を聞いて、グレンがびくりと身体を震わす。
その様子を見ながら、カスケードが訊き返した。
「・・・どういう事ですか?」
「いや、あの子の身体の中にあった銃弾は、心臓のすぐ横にあったのです。あと数センチ右にずれていたら、確実に心臓を貫いていました。
まったく、生きていたのが不思議なくらいです。
そのせいで、心臓がショック状態を起こしてしまっているんです。だからいつ容態が悪化してもおかしくありません。・・・覚悟しておいてください。
とりあえず、何かあったらすぐに連絡します。今日は帰って休まれるとよろしいでしょう」
医者がそう締めくくり、その日はとりあえず全員が帰ることになった。
それから数日後、グレンはリアが入院している病院に来ていた。そしてまっすぐにリアの病室に向かい、部屋に入る。
部屋に入ると、グレンはリアがいるベッドに近づいた。リアはまだ硬く瞳を閉じたままだった。
「やあ、リア」
グレンが口を開く。そして話し始めた。
「今日、フォークが司令部に来てたぞ。なんか、またあのベクトルがいなくなったらしいな。結局司令部にはいなくて、迷惑かけたからって、クッキー置いて行ったよ。
俺は洋菓子は好きじゃないから食べなかったけど、みんなおいしいって食べてたな。でも、みんなって言ってもほとんどラディアが食べてたよ。
食べた後に『ごめんなさい、いつもはリアさんが止めてくれるから・・・』って言ってたな。
やっぱり、いつも一緒にいたからリアがいないと寂しいんだろうな。寮でもいまは一人だし。
あ、そう言えばフォークもかなり心配してたぞ。『今度リアさんに闇鍋持って行ってあげよー』とか言って、張り切ってたな。
でもあれ、うまいのか?ラディアはおいしいって食べてたけど、ラディアじゃちょっと怪しいな・・・」
グレンは一人で話し続ける。
しかし、返事を返してくれる人は・・・いない。
グレンは一度軽く溜息をついた。
「・・・俺、そろそろ行くな。また来るから・・・」
そして病室を出る。そしてそのまま廊下を歩いて行こうとした時だった。
「やっぱりここにいたんですね・・・グレンさん」
後ろから声が聞こえた。振りかえってみると、それはカイだった。カイは少し呆れたように言う。
「グレンさん、リアさんがここに運ばれた次の日から、ずっとここに来てますね。
・・・ちょっと、そこで座って話しませんか?」
そして近くにあった椅子を指差す。グレンは、少し迷ったがそれに同意し、椅子に座った。それを見てカイも座る。
しばらくそのまま二人とも黙って座っていたが、カイが口を開いた。
「グレンさん、リアさんがこうなったのは自分のせいだと思ってるでしょ」
「・・・!」
それを聞いて、グレンはカイを見る。しかし、カイはそんな事は気にせずに話した。
「グレンさんの悪い癖ですよね。何かがあるとすぐに自分を責める。
だいぶ前に・・・俺が刺された時もそうでしたよね。グレンさん、自分を責めて・・・辛そうな顔して・・・」
そして、今度はグレンを見て言った。
「でも、前のことも今回の事も、全部グレンさんのせいじゃないです」
そう言うと、カイはグレンを抱き寄せた。
「だから、自分を責めるのは止めてください」
それを聞いて、グレンは溜まらない気持ちになった。でも・・・でも・・・
「でも、俺がリアを撃ったのは事実だ!俺がリアを撃ったんだ!
リアが見えた時、とっさに狙いをずらしたけど、だめだった!
俺がリアを殺そうとしたんだ!
俺が・・・リアを・・・撃ったんだ・・・うっ・・・うっ・・・リア・・・リア・・・」
そしてグレンはカイに抱きついて思い切り泣いた。
その間、カイはただただグレンを落ち着かせるように背中をポンポンと叩いた。
それから数週間後、いつものメンバーはいつものように第三休憩室にいた。
そしてグレンはというと、カイと話した次の日からは、毎日病院に行く事は無くなった。
しかし何日かに一度は必ずリアの様子を見に行っていた。
一方、今回の事件の首謀者であるレスターはどうなったかと言うと、カスケードの働きによって無期懲役になった。
本来なら死刑を免れないほどの罪だ。無期懲役になっただけでもかなり刑が軽くなった方である。
「でも、どうやって無期懲役まで刑を下げたんですか?」
カイが聞く。
「アーシャルコーポレーションで研究してたものを使ったんだよ。
あそこの研究は、軍でも利用価値のあるものが結構あったからな。
それをふまえて裁判をしろって、俺が脅したんだ」
「そんな事して、カスケードさんは大丈夫なんですか?」
「心配すんな。俺にはいろいろ上司のコネがあるからな」
そんな会話をしていた時だった。部屋のドアが勢いよく開く。
その瞬間、そこにいた全員がドアの方を見た。すると、そこにはクレインが立っていた。
「あ、クレイン。そういやお前だけいなかったな。どうしたんだ?そんなに慌てて・・・」
ディアが聞く。すると、クレインは自分を落ち着けるように数回深呼吸してから話し出す。
「リ・・・リ・・・リ・・・」
しかし、まだ落ち着けていないようだ。クレインの出す音は、言葉になっていない。
「リがどうしたんだよ」
「リ・・・リアさんが・・・!」
「リア!?リアがどうかしたのか!?」
リアの名前を聞いた途端、そこにいた全員が緊張をあらわにする。
もしや、リアの容態が悪化したのか・・・。
しかし、その心配は取り越し苦労に終った。
「リアさんの意識が・・・戻ったって・・・!」
「!!本当か!?」
「うん。リアさんがみんなに会いたがってるんだって!だから今から病院に来てくれって、ドクターが!」
「いやったー!!」
「おい、すぐ病院行くぞ!車出せ!」
「グレンさん、よかったですね!」
「・・・ああ!」
そして全員がその部屋から出る。そうして、グレン達は病院に向かった。
グレン達が病室に入ると、そこにはベッドに座ったリアがいた。リアは部屋に入ってきたグレン達に気づき、笑顔を見せる。
「みんな!ごめんね、お仕事中に呼び出しちゃって・・・」
「そんな事いいんです!意識が戻って本当によかった・・・」
リアの言葉に、クレインが言う。そして他のメンバーも次々に口を開き、しばらくにぎやかな会話が始まる。
そして話し始めて1時間ほどが経過した時だった。リアが徐にきりだす。
「あの・・・グレンさんと、カスケードさんに話があるの。悪いですけど、他の人はいったん席をはずしてもらえませんか?」
リアがそう言うと、それにアクトが答えた。
「わかった。じゃあおれ達出てるから、終ったら教えて」
「はい。わかりました」
そうして、グレンとカスケード以外のメンバーは部屋を出る。それを確認して、リアは話し出した。
「まず、グレンさん。私の勝手な行動で、きっとグレンさんを苦しめてしまいました。本当にごめんなさい」
そう言い、リアは頭を下げる。それを見て、グレンは首を横に振った。
「いや、俺のことはいいんだ。それより、リアが無事で本当によかった」
そのグレンの言葉を聞いて、リアは少し笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。それから・・・カスケードさん」
「なんだ?」
「実は・・・お願いがあるんです・・・」
「お願い?」
「ええ。カスケードさんじゃなくちゃだめなんです。聞いて・・・もらえますか?」
その数日後、カスケードが再び病院を訪れた。
しかし一人ではなく、その横にはもう一人男がいた。カスケードはその男と一緒にリアの病室に入る。
「リア、連れてきてやったぞ」
そう言い、その男をリアのベッドの横に連れて行く。
その男は、レスターだった。
そう、カスケードでなくてはならなかったリアのお願いとは、レスターをここに連れてきて欲しいと言う事だったのだ。
リアはあの時、レスターと話がしたいから連れてきて欲しいと頼んだのだ。
「ありがとうカスケードさん!本当に連れてきてくれるなんて・・・!」
「俺はやると言った事はやるからな。
ただし、レスターさんはいまや極悪犯だ。俺が監視している事を条件に承諾してもらったから、二人きりにはしてやれない。・・・すまないな」
カスケードはすまなさそうな顔でそう言う。しかし、リアはそれに対して大きく首を横に振った。
「いいえ!会えるだけでもかなりのわがままなんです。本当に、会えるだけで十分です」
「・・・そうか」
カスケードはそう言って笑みを浮かべる。そしてリアに言った。
「さて、俺は部屋を出てるから、終ったら呼んでくれ」
そして部屋を出ようとする。それに、リアが声をかけた。
「え・・・でも、カスケードさんが監視してなくちゃいけないんじゃ・・・」
そのリアの言葉を聞いたカスケードは、今度は少し意地悪い笑みを浮かべた。
「今思い出したんだが・・・上層部は監視しろとは言ったが、『必ず部屋で監視しろ』とは言ってなかった。
だから俺は部屋の外で監視することにしたんだ。
俺は上の命令にはそむいてないから、処罰も受けない。そう言う事だ。じゃあな」
そう言って、カスケードは部屋を出る。すると、病室はリアとレスターの二人だけになった。それを確認して、先にレスターが話し出す。
「リア、いまから君に本当の事を話そうと思う」
「・・・本当の事?」
「ああ。あの時、僕は君達は邪魔な存在だと言ったが、それは嘘だ。
本当はアリアも・・・君達も愛しくて仕方なかった。
最初はあれが目当てで彼女に近づいたのに、いつのまにか僕は彼女に惹かれていた。だからその子供である君達も愛しくてたまらなかった。
そしてあの日の夜、本当はアリアも含めて君達は死んだ事にしてどこか遠くに逃がすつもりだった。
だが、計算が狂った。僕が雇った者達が、本当にアリアを殺してしまったんだ。
僕はとても悲しかった。でも・・・何とか君達だけは生きていた。それだけでも、僕には救いだった。
でもまた計算が狂った。アリアが、君にあれを託していたんだ。
それがわかった以上、君を生かしておくわけにはいかなくなった。
でも実の娘だ。殺すのは辛い。だから、僕は嘘をついたんだ。君達が嫌いだと。
そうすれば・・・殺す前に嫌われてしまえば、悲しさは半減するだろう。そう思ったんだ」
そこまで言い、レスターは自嘲の笑みを浮かべる。
「僕は駄目な父親だ。何をするのでもまず自分の被害が最小限に押さえられる方法を考えてしまう。
父親なら、まずは自分の事よりも、君たちの事を考えなければならないのに・・・。
僕は自分の身がかわいいが為に、君を酷く傷つけてしまった。
本当にすまなかった・・・すまなかった・・・!」
すべてを話し終えると、レスターはそう言って頭を下げる。それを見て、リアは少し笑みを浮かべた。
「そっか・・・よかった・・・」
「・・・え?」
そのリアの言葉を聞いて、レスターは顔を上げる。それを確認すると、リアはまた笑みを浮かべた。
「私・・・嫌われてなかったんだ・・・。私・・・お父さんの子でいていいんだ・・・」
リアはそう言うと、レスターに抱きついて、言った。
「カスケードさんに聞いたんだ。お父さん、無期懲役なんでしょ?
でも、無期懲役ってことは、頑張ればすぐに出てこられるんだよね・・・」
リアはそこで言葉を切り、レスターを見て言った。
「お父さん、早く帰ってきてね。私・・・ずっと待ってるから・・・約束よ?」
その言葉を聞いて、レスターは驚きを含んだ表情をする。しかし、すぐに涙を浮かべて答える。
「ああ。わかったよ、リア・・・約束だ」
そうして、リアを強く抱きしめた。
その後カスケードを呼び、話が終った旨を伝えると、二人はすぐに帰っていった。
それからすぐ、リアは病院の屋上に向かった。屋上へ続くドアを開けると、優しい風がリアの髪をなびかせる。
リアはそのまま柵まで歩いて行き、そこに手を置いた。
そこからは、レスターがいるはずである刑務所が見える。その建物を見て、リアは呟いた。
「約束だよ・・・お父さん」