メリテェア達と別れたあと、アーレイドは一人司令部の廊下を歩いていた。

しばらく歩いた所で、ふと足を止める。そこには、一人壁によしかかり俯いているハルがいた。

「ハル、どうしたんだ、そんな所で?」

アーレイドがそのままで呼びかける。すると、ハルがこちらを向き、すぐに嬉しそうに駆け寄ってきた。

長年一緒にいるためか、声ですぐに誰かわかるのだろう。

ハルはアーレイドの前に来ると、すぐに口を開いた。

「アーレイドを待ってたんだ。同じ班だから。グレンさん達も同じ班なんだよ」

ハルはとても嬉しそうに言う。

しかし、同じ班と聞いてもアーレイドはいつものようには喜べない。むしろ警戒してしまうほどだ。

 

ただのメリテェアの気遣いか、それともハルの監視か…

 

自分一人が一緒なら前者の考えですぐに落ち着いてしまうが、グレン達も一緒となると、どうしても後者の考えも捨てられなくなってしまう。

メリテェアにかぎってそんな事はないとは思いながらも、今の状況から見てもメリテェアだからと安心は出来ない。

「…アーレイド?」

アーレイドがそんな考えに頭を働かせていると、突然声が聞こえた。

その声に考えを中断したアーレイドは声の主を見る。その声の主、ハルはとても心配そうな顔をしていた。

「アーレイド、どうしたの?そんな恐い顔して。具合が悪いの?それとも、どこか痛いの?」

ハルはそう言って、アーレイドの身体によしかかる。

「辛かったらすぐに言ってね、ボク力になるから」

「ハル…」

ハルはなおアーレイドの身体によしかかっていた。アーレイドからは見えないように顔を伏せたまま。

ハル自身も分かっているのだろう。

軍全体が動くような大きな事件だ。もう一度ここに帰ってこられるとは限らない。むしろ、その可能性の方が低い。

だからハルも必死に訴えているのだ。自分がいなくなっても後悔しないように。自分にけじめをつけるために…。

それを感じたアーレイドはそのままの状態で強くハルを抱きしめる。

ハルは今自分が置かれている状況をまったく知らない。大きな事件が起きたと言う事だけを聞かされこれから任務に赴く。

それは明らかに危険だ。本当に、何が起きるかわからない。

だから、守ってやらなくては。事情を知っている自分が、クレイン達がハルの無実を証明してくれるまでは。

「ハル、お前は…オレが守るから」

 

司令部内に鳴り響くアナウンスが、始まりの合図

 

―中央司令部入り口前 班司令官、クリス―

 

「リルリア准将にこの班を任されたので、基本的にこの班ではボクの指示にしたがっていただきます。

僕らは潜入班です。ですので、組織への潜入は僕達が先頭を切る事になります。ここにいる方たちは、その事を十分にわきまえて行動してください。

では、全員先ほど言った持ち場に移動してください」

「はっ」

クリスの言葉でほとんどのものが移動し始めた。そして残ったのは、事情を知っているもの。グレン、カイ、リア、ラディア、アーレイド、シェリア。

そして事情を知らないもの、ハル。

 「君達は即戦力なので、しばらくここに残ってもらいます。潜入は夜です。夕方になってから、ボク達は持ち場に行きます」

「それまでは…どうするんですか?」

グレンが訊く。それに、クリスはにっこりと笑って答えた。

「少し、調べものを。アーレイド君」

いきなりクリスに名前を呼ばれ、少し驚きながらもアーレイドはすぐに返事をした。

「はい」

「君はハル君とボクが呼ぶまで部屋に待機していてください。アーレイド君達以外は、ボクの調べものを手伝ってください」

「あの…ボク達はお手伝いしなくてもいいんですか?」

「ええ、ただ部屋で待っていてくれればいいです」

クリスのその言葉を聞いて、ハルは少し俯きながら言った。

「わかりました。じゃあ、行こう。アーレイド」

それを聞いて、アーレイドは申し訳なさそうにハルに言う。

「あ、悪い。先に戻っててくれるか?すぐに俺も戻るから」

「…うん、わかった。すぐに戻ってきてね」

そう言って、ハルはトタトタと走って行った。それを確認して、アーレイドは言う。

「俺達を部屋に戻すという事は、そういう事なんですよね」

「ええ、ハル君一人で戻してもいいんですが、一人だと寂しいでしょうから。あなたも一緒にいてあげてください」

「…はい。ありがとうございます」

そう言って、アーレイドはハルの後を追っていった。

 

 

―同時刻、中央司令部練兵場 班司令官、アクト―

 

「…なんでお前が班司令官なんだよ」

ディアが明らかに不機嫌そうに言う。それを分かって、アクトはそれをさらに煽るような言い方をした。

「決まってるだろ、今いる中佐クラスで任せられるのがおれだから。バカで不良に任せたら任務が失敗する」

「んだとコラ。泣かすぞ」

「できるならな」

そんな不毛な会話を、ツキが止める。

「そこの二人、落ち着けって。得にディア。アクトになるのは仕方ないだろう。

メリーもカスケードもいないし、俺は年長者でも曹長だし。お前らと同じ中佐クラスのクレインは別方向で仕事してるし。

事情を知ってる中佐クラスはお前らだけだ。

それに、アクトならディアがいるからそこらへんの大佐クラスでも文句を言う奴はいない」

そう言って、ツキはそのまま歩き去って行った。

どうやら二人のいつもの喧嘩を見てアルベルトが挙動不審に陥り、ブラックに蹴られているらしい。それを止めに行った様だ。

それを見て、アクトは溜息をつく。そして誰にも聞こえないようにポツリと呟いた。

「どうして…おれの班には(ツキさん以外)まともな人がいないんだろう」

せめて、グレンだけでもこっちに回して欲しかった。

 

 

その頃、クリス達は資料室にいた。

そしてクリスに連れてこられた全員が真剣に…とは言いがたいがまあそれなりに資料を調べている。しかし、例外一人。

シェリアの目線の先には、またいつものようにカイがいる。

しかも調べながらあくびをしてグレンにつつかれている。

(あくびしてるカイさんも素敵…)

もちろんシェリアの目にグレンは映っていない。

一度崖から落ちておいで、シェリー。

そんなシェリアを見て、リアが軽くつつく。

「シェリーちゃん、シェリーちゃん。仕事仕事」

「あっ!ご、ごめんなさい!」

そうリアに謝って、シェリアは仕事を再開する。

リア達の紹介で休憩時間など休憩室に来るまでにはなったが、やはりシェリアはカイを見つめてしまうのだ。前よりは少し落ち着いたようだが…。

女性二人がそんな事をしている間に、グレンが探していた資料を見つけたようだ。

クリスを呼んで、資料を手渡す。

クリスはそれを受け取って、ざっと目を通した。そしてすこし笑う。

「思ったとおりです。やはり、今回容疑者としてあげられている者は、過去にアーシャルコーポレーションで働いていた事がありますね。…ハル君以外」

「ええ、ですが裏で動いていたのかはさすがにわかりません。でもリアの事があったすぐ後ですし…。ないとは言いきれません。

とりあえず、ここからはクレインの仕事ですね」

「そうですね。では、クレインさんの所へ行って来ます。あなた達は、夜まで休憩を取ってください。お疲れ様でした」

そう言って、クリスはその部屋から出て行った。

 

 

クリスが部屋から出て行く少し前、クレインは情報処理室で仕事をしていた。もちろん、彼女の得意分野、ハッキング。

クレインはパソコンを見つめ、次々とキーを押しつづける。しかし、すぐにその手は止まった。

「あー、もうっ!こんなに手の込んだのハッキングするの初めてだわ!これじゃあいつになるかわからないじゃない!」

そして椅子の背もたれに思いきり身を預ける。白い天井が、一面に広がった。

クレインがそのまましばらくその天井を見ていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

そのクレインの言葉を合図に、ノックした人物が部屋に入ってくる。それは、一束の資料を手に持ったクリスだった。

「あら、クリスさん。どうしたんですか?」

「いえ、ちょっと渡したいものがありまして。ハッキングは順調ですか?」

その言葉で、クレインの動きが一瞬止まった。

「…なるほど、思ったより厄介なようですね」

「すみません。お役に立てなくて…」

クレインが少し落ち込んでいるのを見ると、クリスはにっこりと笑みを浮かべて持っていた資料をクレインに差し出した。

「なら、これが役に立つはずです。ぜひあなたにも読んで欲しくて持ってきたんですよ」

クリスの言葉を聞いて、クレインが資料に手を伸ばす。そしてそれを読み始めた。

最初は表情は暗かったが、どんどん明るくなり、瞳には生き生きとした輝きが出てきた。

「クリスさん、これ本当ですか?」

「ええ、これでハッキングもやり易くなるでしょ?」

「はい!本当にありがとうございます!」

そしてクレインはすぐにパソコンに向かい、これでもかというスピードでキーを打ち始めた。

それに少し微笑を浮かべて、クリスはその部屋を出た。

(本当にコンピュータが好きなんですね、彼女は)

そして、長く続く廊下を歩いて行った。

 

 

一方、メリテェアとカスケードは今回の任務の司令室にと用意された第一会議室にいた。そして二人してひとつの資料を除き込む。

「クリスもなかなか気が利くな。わざわざこんな資料探して引っ張り出してきてくれるなんて」

「ええ。でも、この資料はコピーらしいですわ。オリジナルはクレインさんに渡したそうです」

そう、クリスはクレインに資料を渡す前、その資料をコピーしてカスケード達にも渡していたのだ。

これだけ頭が切れるのだから、今の歳で中佐の地位にいるのも頷ける。むしろ、後一年もすれば大佐まで地位は上がるだろう。

「まったく、頭のいい部下を持つと上司は楽が出来ていいよ」

「そうですわね」

カスケードの言葉にメリテェアはそう笑う。その彼女自身も、かなりの切れ者なのだが…。

「それはそうと、これからどうしますの?この資料が正しいと推定してハル君以外の監視を強化する事も出来ますけれど」

そのメリテェアの提案を聞いて、カスケードは少しの間何かを考え込んでしまった。そして言う。

「いや、このままにしよう。向こうもバカじゃない。監視を強化すれば今回の任務の意味がバレるかもしれない。とりあえず、最初の予定通りにやる」

「わかりましたわ」

 

 

「ねえ、アーレイド」

ハルがベッドの上に座っているアーレイドに話しかける。

アーレイド達はクリスに言われたとおり、寮の部屋に戻っていた。

そしてこれからの事を話しながらクリスに呼ばれるのを待っていたのだ。

「なんだ?」

アーレイドはハルの言葉に普通の調子で返事をする。

しかし本当は必死に考えていた。その先の質問にどう答えようか。

アーレイドには分かっていたのだ。これからハルが自分に何を訊こうとしているのか。

「アーレイド、ボクに何か隠し事してない?」

…やっぱりな。

ハルは何に関しても結構敏感だ。自分への態度が少しでも違うとすぐにわかってしまう。何かが変だと。

「アーレイドだけじゃない。グレンさん達も、カスケードさん達も、メリーさん達も。

みんな本当にちょっとだけだけどボクに対してよそよそしい気がする。

ねえ、何かあるならなんで教えてくれないの?もしかして、昼間呼ばれてた事と関係あるの?」

「……」

「ねえ、アーレイド」

「…ごめんな。今は、教えられないんだ」

あの事はメリテェアに口止めされている。それでなくても、ハルにはあまりにも残酷な事実だ。『頼れる軍人さん』を目指しているハルには。

自分が…裏切り者の容疑者になっているなんて…。

こんな事はハルが知らなくてもいい。ハルが知らないところでことが進んで、ハルが知らないところで事件が解決しているのが一番いい。

そうすれば、ハルがこれ以上辛い思いをしなくて済むのだから。

「メリーさんに口止めされてて…ごめんな」

「…そっか」

そう言ってハルは俯く。下を向いているので表情は見えなかったが、床に黒いしみがポタポタと落ちていた。

それを見てアーレイドはハルに手を伸ばしたが、ハルはすぐに顔を上げた。

「そうだよね。メリーさんに口止めされてるなら、言えないよね。今回の任務の事なんでしょ?ごめんね、無理言って」

そしてハルは少し微笑む。その笑みは、明らかに無理をして出している笑みだった。

「…ハル」

アーレイドはそんなハルを見ていて耐えられなくなり、優しくその小さな身体を抱き寄せる。

「ほんとに…ごめんな」

そして額に軽く口付けた。その時だった。

『潜入班のものに告ぐ。大至急司令部入り口に集合せよ。繰り返す…』

「…呼ばれたね」

「ああ」

「…行こうか」

「そうだな」

そして二人で部屋を出た。テーブルには、みんなで取った写真が一枚。

 

 

入り口にはクリスと、クリスに残る事を命じられたメンバーがいた。クリスが全員いる事を確認し、話し始める。

「では、これから現場に向かいます。先に行った方達が準備を整えているはずなのでスムーズに進むはずですよ。じゃあ、二台に別れて車に乗ってください」

クリスの指示でそれぞれが車に乗り込んだ。二台の車は、静かに夜のレジーナを走って行った。

 

 

一方、クレインはクリスが持ってきた資料のおかげで順調に作業を進めていた。そしてひとつの情報を引き出す。

「これは…早く知らせなきゃ!」

そしてすぐにそこにあった電話の受話器を取りボタンをプッシュする。ニ、三回の呼び出し音の後で、カスケードが出た。

『クレインか?どうしたんだ?』

「カスケードさん。たった今分かったんだけど、潜入班が行った場所のほかにもう一箇所麻薬を貯蔵してる場所があるみたいなの。待機班をそっちに回してくれませんか?

一応クライスにも連絡して行ってもらいますけど」

『分かった。すぐにアクトに連絡する』

「お願いしますね」

そう言って電話を切ると、クレインは今度はデスクにあった無線機を取り、ボタンを押した。

「クライス、クライス」

 

クライスは闇夜の中、住宅の屋根の上にいた。服装は全身黒地の服に黒いマスク。完全に周囲の色と溶け込んでそこにいると分かっていてもなかなか見えそうにない。

「暇だなー。クレインの奴まだ連絡ないのかよ」

あまりの暇さにそうぼやいたその時だった。服の中の無線機が音を立てる。その音に反応してクライスは無線機を取りだしボタンを押した。

『クライス、クライス』

「クレイン、なんか分かったのか?」

『ええ。今あんたはどこにいるの?』

「オレか?オレは…」

クライスは辺りを見まわす。大体北区画のあたりか…

「多分北区画だ。そこの住宅街」

『そう、ならちょうどいいわ。そこから南に五キロくらい行ったところに工場跡があるの。そこに行って。そこの工場に麻薬が貯蔵されてるはずだから。

アクトさん達も行ってくれるから、ついたら何もしないで待っててね』

「わかった」

クライスはそう言って無線機を切り、呟いた。

「さて、ようやく面白くなってきたな」

そして闇の中に消えて行った。

 

 

その頃、潜入班は現場についていた。そこは東区画の屋敷跡だった。かなり古い建物で、今にも崩れそうな感じだ。

そこにいるものは、全員が静かに潜入の時を待つ。

グレンもクリスの指示に従い静かに時を待っていた。しばらくそのままそこにいたが、不意に肩をつつかれる感触がした。隣を見ると、そこにはカイがいた。

「どうしたんだ?」

「グレンさん、あそこ見てください」

そして一方を指差す。そこには一人の女性がいた。

深紅のショートカットの髪と、それより少し薄い色の瞳を持った20歳くらいのかなりプライドが高そうな女性。ソフィア・ライアーだった。

その女性は自分達同様、息を殺して時を待っている。

「あの人も俺達と同じ班だったんですね」

カイが言う。その口調は少し嫌いなタイプの人物の事を話すときの口調だった。

「ああ、メリーが監視がしやすいように両方の班に配置するって言ってたからな」

グレン達がそう話していると、すぐにクリスの声が聞こえた。

「では皆さん、突入します。ゆっくり建物に近づいてください」

クリスの言葉で全員が建物の壁に張り付くような姿勢で待つ。

グレン達も他の者同様扉に一番近い位置で待機した。すると、中から声が聞こえてきた。声の質的に、男のもののようだ。

「では、行きます!」

クリスがそう言ったと同時に、グレンとカイはドアを蹴破る。そして屋敷の中に入っていった。

そこにはやはり、数十人の男がいた。手には麻薬らしき白い粉を持っている。

「動くな!ここにいる者は麻薬の密売に関わったとして軍に連行する!少しでも妙な行動を取ったら撃つ!」

男達に銃を向けグレンが言う。それを聞いて、男達はすぐに両手を上げた。その男達を、他の軍人達が連行する。

「…カイ」

「分かってます」

グレンの言葉にカイはそう答えると、すぐに白い粉が大量においてあるテーブルに向かった。そして指を舐めて湿らせ、その指でテーブルの白い粉をすくい口に運ぶ。

「……」

「どうですか?カイ君」

そのカイに歩みより、クリスがそう訊く。それにカイはすぐに答える。

「やっぱりこれは麻薬です。味的に大麻ですかね?」

「そうですか。では、これは押収して行きましょう」

クリスがそう言って大麻に手を伸ばしたその時だった。

「クリスさん!」

不意にそうクリスを呼ぶ声が聞こえる。それはリアだった。少し後ろにはラディアとアーレイドもいる。

「どうしたんですか?」

走ってくるリアにクリスがそう訊く。

それをきいてリアははすぐにクリスの前で止まり、息を切らしながら周りには聞こえないように小声で言った。

「今回の容疑者のソフィア・ライアーがいなくなったんです…!あと、ハル君も」

「なんだって!?本当か、リア?」

「ええ、さっきまではいたんですけど、気がついたらどこにもいなくて。

ラディアちゃんたちと少し探したんですけど…」

それを聞いてクリスは少し考え込む。

「もしかして、ソフィアに連れ去られたのでは…」

「!!」

そのクリスの言葉を聞いてアーレイドはあせった。

ソフィアは今回の容疑者だ。もしソフィアが裏切り者だとして何かに利用する為にハルを連れ去ったとしたら…。

「ハルが危ない!」

「あ、アーレイド君!」

いきなり走り出すアーレイドをリアが腕を掴んで止めようとしたが、間に合わなかった。

リアの腕を掻い潜ってアーレイドは屋敷の外に走り出てしまう。

「仕方ありません、追いましょう。皆さん、後は頼みますよ!」

そうして、グレン達もアーレイドを追って屋敷を出た。

 

クリス達が潜入する少し前。アクト達は北区画の工場跡に来ていた。

「ったく、なんで俺達がこんなとこまで来なきゃならねぇんだよ」

いつものようにディアが文句を言う。それにツキが言った。

「いちいち文句言うな。これが終ったらきっとメリテェアが少しは休みくれるって」

「だといいけどな」

「しっ、そろそろ行くぞ」

そう言ってアクトが二人の会話を止める。そしてそこにいる全員に言った。

「これから工場跡に潜入します。全員、戦闘準備をしてください」

そして静かに工場に近づいていく。工場の前に来て全員がいる事を確認すると、アクトは叫んだ。

「突入!」

その合図で全員が工場に入る。すると、そこにはかなりの人数の男達がいた。

それを見て、ディアが軽く口笛を吹く。そしてツキに話し掛けた。

「なあ、何人くらいいると思う?」

「まあ、ざっと四十ってとこじゃないか?」

その会話を無視して、アクトが男達に告げる。

「お前達は麻薬の密売に関わったとして軍に連行する!おとなしく従うならよし!もし逆らうなら…」

アクトが言い終わる前に、男達は自分の武器を取り出した。それを見てディアが嬉しそうに言う。

「おー、やる気満々。元気だねー」

「殺すなよ、喧嘩屋」

「わかってるって」

そしてディアとツキは二人同時に男達の中に突っ走って行く。

一方、ブラックも無言で自分の刀を鞘から抜き取っていた。それを見て、アルベルトが銃を取り出しながら小声で言う。

「ブラック、殺しちゃだめだよ」

それにブラックはチッと舌打ちしてこう言った。

「じゃあ峰打ちにすりゃあいいんだろ」

そして刀を逆にし男たちに向かって行く。それに続いてアルベルトも発砲した。しかも百発百中。裏バージョン発動中だった。

アルベルトは狙いを定めて銃を発砲しながら、異様な光景を目にする。

そこにいたのは肩より少し長めの茶色の髪と、黒の瞳を持った167歳くらいのかなり温厚そうな少年、アーサー・ロジットだった。

アーサーは戦闘を繰り広げているほかの軍人など見向きもしないで一人工場から出て行った。

(まさか…)

アルベルトはすぐに銃の発砲を止めアクトの所に行く。

「アクト君」

そのアルベルトの呼びかけに反応してアクトが振りかえる。それを確認してアルベルトは先ほどの事を話した。

「アーサー・ロジットがいなくなりました。他の戦ってる軍人を無視して一人工場を出て行ったんです」

「…じゃあ、やっぱり」

「その可能性はあります」

「…メリー達に報告しよう」

そう言ってアクトはすぐに無線機を取り出し、ボタンを押した。そして話し出す。

「カスケードさん」

 

 

その頃、カスケードとメリテェアは第一会議室で話をしていた。

「この分だと、予定通りに事が運びそうですわね」

「ああ」

そう少し安心した時だった。急に無線機が鳴る。その音に反応してすぐにカスケードは無線機を取る。

『カスケードさん』

「アクトか。どうしたんだ?」

『今回の容疑者のアーサー・ロジットがいなくなりました』

「なんだって?」

『追いかけたいんですけど、おれはこっちのことで手一杯で…』

「分かった。アーサーは俺達に任せて、お前はそっちに専念してくれ」

『分かりました』

そして電源を切る。横を見ると、メリテェアが心配そうにこちらを見ていた。それを見て少し笑みを浮かべる。

「やれやれ、予定通りにはさせてくれないらしい。とりあえず、クレインに連絡してクライスを動かしてもらおう」

カスケードはそう言って電話の受話器を取り、電話をつなぐ。すると、すぐにクレインが出た。

「クレインか?」

『カスケードさん。どうしたんですか?』

「それが、アーサー・ロジットがいなくなったらしい。クライスを動かして探してくれるか?」

『わかりました。すぐに連絡します』

そしてクレインはすぐに電話を切った。その後すぐに受話器を戻して、カスケードが呟く。

「何も…起こらなければいいけどな」

 

 

カスケードから連絡を受けたクレインはすぐにクライスに連絡を取った。

「クライス、クライス」

『クレインか。今度はなんだ?』

「アーサー・ロジットがいなくなったの。きっとまだその付近にいると思うからすぐに探して追いかけて」

『分かった』

そう言ってクライスから電源を切る。

それを確認してクレインは自分も無線機を置き、すぐにパソコンに向かった。

「私も、早くこれを終らせなきゃ…!」

そしてキーを打ち続ける。

 

 

クリス達が男達から麻薬を押収していた頃。ハルは他の軍人達と同じように建物の中で仕事をしていた。

しかし、ふとあることに気づく。

(…あれ?)

ハルが見ている方向、だいたい南の方向に一人の軍人がいた。

(あの人…この班じゃないよね?)

ハルは結構記憶力がいい。今回の任務で同じ班の軍人をすべて覚えている。だから違う人がいればすぐにわかるのだ。

その人物は、肩より少し長めの茶色の髪と、黒の瞳を持ったかなり温厚そうな少年だった。

(どうしたんだろう?)

しばらく観察していると、その軍人は路地裏に入っていった。それを見て、ハルも後を追う。一応、武器である大鎌を持って。

違う班ならここにいてはまずい。早く教えてやらなくては。

そう思い、ハルはその少年が入っていった路地裏に入っていく。路地裏では光が当たらないため、辺りは何も見えないほど暗い。

ハルはしばらくそのまま歩いていたが、不意に何かに躓き、転んでしまった。思いきり地面に顔をぶつける。

「いったー」

そうして起きあがった時だった。手にぬるりとした感触が残る。

「…え?」

何だろう、今の?

ハルは恐る恐る躓いた辺りに手を這わせてみる。すると、大きな塊がそこにあった。

しばらくしてようやく目が慣れてくると、それが何なのかはっきりわかった。

それは…人だった。

血まみれで、さっき見た軍人が倒れていたのだ。

「だ…大丈夫ですか!?」

そう言ってハルはその人物の体をゆする。しかし反応はない。

「す…すぐにクリスさんに連絡しなきゃ!」

そうして立ちあがろうとしたその時だった。突然後ろから口を塞がれる。

「んっ…!」

塞がれた瞬間、ハルはその手を引き剥がそうとした。

ハルの力があれば、それはいとも容易かっただろう。

しかし、引き剥がす前にハルの意識は遠のいて行った。

(アーレ…イド…)

そしてそのまま意識を失い地面に倒れ込む。

それが…悪夢の始まり…

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