リアの静止を振りきって飛び出したアーレイドは、再びもとの場所に戻ってきていた。

しばらくあちこちを探したが、結局ハルは見つからなかったのだ。

(ハル…どこ行ったんだよ…)

その場に立ち尽くしたまま、アーレイドは辺りを見まわす。すると、ある事に気づいた。

一方にある、路地裏。

「…そういえば、あそこはまだ探してなかったな」

ハルがいなくなったのはアーレイドが探しに出るかなり前だ。

最初から近くにはいないと考えて探していたので、路地裏の存在を見落としていた。

「…もうあそこしかないよな」

もうすでにほとんどの場所は探した。残っているのはあの路地裏しかない。

アーレイドはそのまま一人路地裏に入っていった。そしてしばらく歩き続ける。

(…暗いな)

路地裏には月の光が入ってこない。目が慣れるまでは、真っ暗だ。

転ばないように横にある壁に手を這わせながら先に進む。

それから少しして目が慣れ、辺りが見え始めた頃だった。少し先に紫色が見える。

「…ハル?」

アーレイドがそうである事を願って声をかける。すると、すぐに声が帰って来た。振り向きざまに口を開く。

「アーレ…イド…?」

聞き慣れた、少し高めの幼い声だった。それを聞いて、アーレイドはほっとした。そしてハルに歩み寄る。

「ハル、お前こんな所で何してるんだ?」

ハルにそう声をかけた時だった。今まで射し込んでいなかった月明かりが少しだけ路地裏に入って来た。

その瞬間、アーレイドはキラリと光るものを見る。

それは…ハルが手にしている大鎌だった。その大鎌には、よく見ると少し時間が経ってどす黒くなった…血がついていた。

そしてそれを握るハルの手にも、べっとりと血がついている。

「ハル!?お前…どうしたんだ!?」

アーレイドはそう言ってハルの肩を掴む。

すると、今まで見えていなかったものが見えた。それは…横たわる肉の塊。

「これは、まさか…アーサー・ロジット!?」

そこには今回の容疑者の一人、アーサー・ロジットが倒れていた。一応手を取り脈を計ってみたが、やはり死んでいた。

辺りには自分達以外誰もいない。この状況からして、犯人はハルしか考えられない。

しかし、ハルがそんな事をするはずがない。そう信じて、訊いてみる。

「ハル、一応訊いておく。…お前じゃ、ないよな?」

そのアーレイドの言葉を聞いて、ハルは思いきり首を左右に振った。

「僕がやったんじゃない!僕が来た時には、この人はもう死んでたんだよ!」

ハルがそう言った時だった。

「ハル君!アーレイド君!」

路地裏の入り口方向から声が聞こえてきた。

その声の方を見ると、クリス達がこちらに走ってくるのが見えた。

クリス達は近くに来ると、すぐにアーサーの死体を発見する。

「!!これは…一体何があったんです?」

「それは…」

クリスの問いに、アーレイドは言葉に詰まる。

今回の事情からしてあまりハルに不利になることは言いたくないが、それはかなわない。

なぜなら、こうしか答えようがないのだから。

「…俺がここに来た時にはハルと、アーサーの死体だけがここにありました。それ以前のことは…わかりません」

それを聞いて、クリスは少し考え込む。その後、ゆっくりと口を開いた。

「…そうですか。わかりました。…グレン君」

「はい」

クリスの呼びかけにそう答え、グレンはすぐにリア達に指示を出した。

「リアとラディア、それとシェリー。ハルを中央留置所に連れて行け」

「えっ!?」

そのグレンの言葉にそう声を上げたのは、ハルだった。そして訴える。

「どうしてですか!?僕はこの人を殺してません!僕が来た時にはもう死んでたんです!」

そのハルの訴えを聞いて、グレンが口を開く。

「ハル、今の状況ではお前の証言は無力だ。特に、今回の場合はな」

「今回の…場合?」

「お前には黙っているようにとメリーから口止めされてるが、こうなったら仕方ないだろう。

ハル、お前は今軍の裏切り者の容疑者になっている」

「裏切り者!?」

ハルはそれを聞いて驚愕した。

自分が…裏切り者?自分は軍に入隊してからずっと頼れる軍人を目指して頑張ってきた。

国や人々にも尽くしてきたつもりだ。

その自分が、裏切り者!?

「そんな!僕はこの国を裏切ったりしません!いままでも、これからも…!」

「…俺もそう思っていた。だが、今のこの状況ではお前を助けられない。

いくらカスケードさんや…メリーがいても」

「そんな…」

そのグレンの言葉に、ハルはその場に座り込んでしまう。

しばらくそのまま座り込んでいたが、近くに眩い金色が見えて、涙が出てきた。

それは今一番そばにいて欲しい人の姿。

「アーレイドぉ…」

ハルはゆっくり立ち上がり、フラフラと歩いていく。そしてアーレイドの前に来ると、その服を掴んだ。そして訴える。

「アーレイド。…アーレイドは信じてくれるよね?僕は…人殺しなんてしてない」

「…ハル」

ハルに訴えかけられたアーレイドは、辛そうな表情をしていた。

いつもは綺麗な澄んだエメラルドグリーンは、悲しみで濁る。

それを見て、ハルはさらに涙をこぼす。服から手を放し、辺りを見た。

「誰も…信じてくれないの?グレンさんも、カイさんも、リアさんも、ラディアさんも、シェリーさんも、クリスさんも…」

そしてまたアーレイドの服を掴み、俯く。地面には、とめどなく涙が零れ落ちた。

「アーレイドも…信じてくれないの?」

やっとハルがそれだけ言う。その後、すぐにリアが隣に来た。

「ハル君…行こう」

そしてハルの手を引く。それに、ハルはおとなしく従った。

もう訴えても仕方ない。いくら自分がやっていないと主張しても、何も変わらない。誰も信じてくれない。

ハルがリアに連れられ、路地裏を出ようとした時だった。

「ハル!」

そう呼びかける声が聞こえた。

ハルにはそれが誰かわかっていた。長年一緒に暮らした、大切な人。

振りかえると、すぐにその大きな身体に抱きしめられた。

そして耳元で聞こえた、小さな声。

 

おれは…お前を信じてる。絶対、お前は無実だって。

 

それを聞いて、ハルは少しだけ笑みを浮かべた。

アーレイドの言葉だけが、せめてもの救いだった。

大切な人は信じてくれている。自分はやっていないと。

だから笑って行こうと思う。少しでも…安心させる為に。

 

ありがとう、アーレイド。

 

 

アーサーを追いかけていたクライスは、クリス達より少し早くハルを見つけていた。路地裏の屋根から、その様子をうかがう。

「おいおい、アーサー死んじゃってるよ。どうしよう…お?」

クライスがそこについたすぐ後、クリス達がやってきた。そして何かを話している。

クライスはよく耳をすました。もともと裏の仕事が多かった為、耳や目は人よりもかなり良い。この距離なら、まだ耳をすませば聞こえる。

話の内容から、すぐに状況は把握できた。無線機を取りだし、クレインにつなぐ。

「クレイン、いるか?」

するとすぐに返事が返ってくる。

『いるわよ、なに?』

「いまクリスさん達の班がいる所にいるんだけど…」

『アーサー・ロジットはどうしたのよ、バカ兄』

「バカとはなんだバカとは。いいから最後まで聞けって。

アーサーを追ってたらここに来ちまったんだ。それでな、どうやら…」

そう言って、クライスはクリス達の話の内容から推測した今の状況をクレインに説明する。

それを聞き終わると、クレインはすぐに口を開いた。

『そう。分かったわ、メリーに伝えておく。それはそうと、あんたに伝言頼んでいいかしら。クリスさん達に』

「なんか分かったのか?」

『ええ。いまから言うから、しっかり伝えてね。じゃあ、話すわよ』

そうしてクレインはまるまる十分ほど話しつづけた。そして最後に

『じゃあ、よろしくね』

とだけ言って無線を切ってしまった。それを確認して、クライスも無線を切る。

「やれやれ、つれない妹だね」

そして屋根から飛び降り、クリス達の前に着地する。

「や、みんなご機嫌いかが?」

「ク、クライス!?いきなりそんなとこから出てくるなよ」

カイが数歩さがりながら言う。それに、クライスは頭をかいて答えた。

「すいません。でもクレインから伝言預かったんで」

「伝言?」

「ええ。クレインが、すぐにクリスさん達に伝えてくれって」

クライスはそう前置きしてクレインから聞いたことを正確に伝えた。

それを聞いて、クリスは不敵に笑った。

「そうですか。それでは…少し調べる必要がありますね」

そしてアーサーの遺体を見る。その後、今度はクライスの方を見た。

「クライス君、無線持ってますか?」

「ええ、持ってますよ」

クライスが無線を取り出しながら言う。

「メリテェアさんの無線機には?」

「つなげます」

「そうですか、それではそれを少し貸してください」

そう言われ、クライスはクリスに無線機を渡す。クリスはすぐにそれを受け取り、ボタンを押した。

 

 

クライスから報告を受けたクレインは、すぐに電話でメリテェアに連絡を取った。

「メリテェア?私だけど」

『何かありましたの?』

「実は、いまハル君が留置所に連れて行かれたそうなの」

『留置所に?』

「ええ、実は…」

そう言って、クレインはハルが留置所に連れて行かれた経緯をメリテェアに説明した。クライスから説明を受けた通りに。

「…と言う事で、ハル君にはアーサー殺害容疑がかかってしまったようよ」

『そうですか…わかりました。ご報告いただきありがとうございますわ』

「いえ、それじゃあ」

そう言って受話器を置く。そしてポツリと呟いた。

「バカ兄…ちゃんと伝えてくれたかしら?」

パソコンの電源は、まだついたままだった。

 

 

メリテェアが受話器を置くと、カスケードが口を開いた。

「なんだって?」

「アーサー・ロジットがクリスさんたちの担当区域の路地裏で殺害されたそうです。

そしてその容疑がハル君にかかり、クリスさん達の判断で留置所に連れて行かれたそうですわ」

「…そうか」

カスケードがそう言った後、沈黙が訪れた。

その間聞こえるのは、司令部に残っているごく数人の足音。

少しして、不意にその沈黙を破るかのようにメリテェアの無線機が鳴った。

メリテェアがボタンを押すと、すぐに声が聞こえてきた。

『メリテェアさんですか?僕です。クリスです』

「あら、クリスさん。どうかしましたの?わざわざクライス君の無線を使って…」

『ええ。実は、メリテェアさんに許可を出していただきたくて』

「許可…ですの?なんのです?」

「はい。実は…」

その後、メリテェアはしばらく何も話さず、ただクリスの話を聞いていた。

そして聞き終わったのか、口を開く。

「わかりましたわ。特別に許可を出します。お好きなようにしてかまいませんわ」

『ありがとうございます』

クリスとの会話が終ると、メリテェアはすぐに無線機を切った。そしてカスケードに話の内容を伝える。

「…そうか、クリスもなかなか大胆な事するな」

「彼らしいですわ」

「そうだな」

カスケードはそう言うと、扉に向かって歩き出した。それを見て、メリテェアが聞く。

「…ハル君の所に行くんですの?」

「ああ。少しの間、頼むなメリー」

「はい。…お気をつけて」

そのメリテェアの言葉に軽く手を上げて答え、カスケードは扉の向こうに消えて行った。

 

 

その頃、ハルは中央留置所の廊下を歩いていた。両隣には職員が歩いている。

ここに来て、入り口まではリア達と一緒だった。

しかし、建物の中に被疑者と一緒に入れるのは職員だけで、リア達は軍人と言えどもハルの知り合いだったため、一緒に入れなかった。

リア達は建物を離れる時、しきりにハルの方を見ていたが、すぐに自分達の持ち場へ帰って行った。

しばらく歩き、誰も入っていない牢の前にきた。そこでいったん止まり、職員の一人が鍵を開ける。

「ほら、入れ」

そう言って、後ろにいた職員がハルの身体を突き飛ばす。小さく華奢な身体は思いきり牢の床に倒れ込んだ。

そんなハルに見向きもせずに、職員二人は鍵をかけ、去って行ってしまった。

床に倒れ込んでしまったハルは、ゆっくり起きあがる。起きあがったハルの頬には、擦り傷が出来ていた。

牢はコンクリートで出来ている為、さっき突き飛ばされた時に擦ってしまったのだ。

本来なら軽い痛みを感じるはずだが、いまはまったく痛みを感じなかった。

身体の痛みなんかよりも、いまは心の痛みの方が大きい。

誰も信じてくれない。誰も助けてくれない。

悲しかった。悲しさで頭がおかしくなりそうだった。

ハルは床に座ってうずくまり、小さな声ですすり泣いた。

 

 

カスケードは中央留置所の前にいた。車から降りて、建物の中に入る。

中に入ると、すぐに近くにいた職員に声をかけられた。

「これはこれは、大佐殿ではありませんか。何のご用件でしょうか?」

話しかけられたはいいが、こっちはこの人物を知らない。

もちろん、向こうも知らないはずだ。ここの職員は階級章の色をすべて覚えさせられる。

だからカスケードのバッチをみて大佐だと判断したのだろう。

「ハル・スティーナに会いたい。どこにいる?」

「ハル・スティーナ?はて、聞いたことがありませんが…」

「さっき連れてこられた髪が紫色の少年だ」

職員が考え込むのでカスケードがそう言った。

この国に紫の髪の者は滅多にいない。そう言えばわかるだろう。

案の定、職員は手をぽんと叩いた。

「ああ、あの同僚殺しの容疑で連れてこられた少年ですか。あの少年なら留置所のB棟に連れて行かれましたよ。

いやー、それにしてもあんな子供が同僚殺しなんて、一体何を考えてるやら…」

職員がそこまで言った時だった。突然職員は胸倉を掴まれた。

掴んだ本人、カスケードは鋭い眼光で職員を睨んでいる。

「ハル・スティーナは私の部下だ。私の部下を侮辱するような物言いはしないでいただきたい」

胸倉を掴まれた職員は、いまにも窒息しそうだった。かすれた声で、懸命に訴える。

「す…すみませんでした。もう言いませんので、どうか許してください」

そう言う職員を見て、カスケードは手を離した。職員は思いきりむせている。

その職員に見向きもしないで、カスケードは建物の奥へと進んで行った。

 

 

カスケードはB棟に来ると、すぐに扉を開け奥に進んだ。すると、すぐにすすり泣く小さな声が聞こえた。

カスケードはその声が聞こえる牢に向かう。その牢の中を見ると、うずくまった紫色の髪を持った少年がいた。

「ハル」

カスケードが呼びかける。すると、少年はびくりと肩を振るわせ、恐る恐る顔を上げた。

「カスケード…さん?」

そう言うハルの顔は赤く火照り、紫色の瞳には涙が溜まっていた。

「ハル、大丈夫か?あーあ、頬に怪我してしかもその泣き面じゃ、せっかくのかわいい顔が台無しだぞ」

そう言って、カスケードは笑う。少しでもハルを元気付ける為に。

カスケードの言葉を聞いて、ハルはカスケードの方に歩いてきた。そして柵越しに話す。

「カスケードさん、助けてください。もうカスケードさんしか頼れないんです。

誰も…信じてくれないんです。クリスさん達も、グレンさん達も。ボクは…やってないのに…」

そして力無く座り込み、また泣き出してしまった。そのハルの頭を、カスケードが優しく撫でる。

「よしよし。そうだよな、辛いよな。

ハルは軍に入っていても、まだ15歳だ。まだまだ子供で、こんな辛さには耐えられるはず無い。

でも、大丈夫だ。すぐにクリスや…グレン達がここから出してくれるから」

その言葉に、ハルは顔を上げた。そして訴える。

「グレンさん達が…助けてくれる?どうしてですか?

グレンさん達はボクをここに入れたのに。

ボクを…信じてくれなかったのに…」

顔を上げたハルの瞳には、まだ涙が溜まっていた。カスケードはそれを指で拭いてやり、言う。

「ハル、それは違うよ。

グレン達はお前を信じてないからここに入れたんじゃない。むしろお前を信じてるからここに入れたんだ。

お前を安全な場所に逃がす為に」

「どういう…ことですか?」

「お前は殺してない。だったら他に真犯人がいる。

そいつが、お前がアーサーを殺した事を悔やんで自殺したと見せかけてお前を殺す可能性もあるだろ?だからここに入れたんだ。

今後の捜査がやりやすいように」

そのカスケードの言葉を聞いて、ハルはすがるように聞いた。

「じゃあ、みんなボクを信じてくれてるの?ボクは…一人じゃないの?」

「ああ、だから安心して待ってろ。すぐに、ここから出られるから」

「…はい」

そう言うハルは笑っていた。それを見て、カスケードも少し笑みを浮かべる。

「よし。ハルも元気になったことだし、おれもそろそろ行くよ。また、司令部で会おうな」

そう言って、カスケードはその場から離れた。

B棟を出ようとしたとき、前方に人が立っているのが見えた。その人物は、前髪だけを残してオールバックにした黒髪と、闇のような瞳を持っていた。

その人物に、カスケードは話しかけた。

「お久しぶりです、モンテスキューさん」

そのカスケードの言葉に、モンテスキューと呼ばれた人物は笑みを浮かべて答えた。

「ああ。本当に久しぶりだな、インフェリア大佐」

「今日はどうしたんですか?」

「久しぶりに君が来たと言う連絡があってね、帰ってしまう前に挨拶でもと思ってきたんだよ」

「そうでしたか」

それから二人は何もしゃべらず、そこに立っていた。少しして、モンテスキュー氏が口を開く。

「あの子は…大丈夫かな?」

「あの子って…ハルの事ですか?」

「ああ。私は顔を見ればすぐにどういう人かわかる。あの子は人を…仲間を殺せるような子ではない。

きっと無実の罪を着せられてしまったのだろう。あんな小さな子供なのに…」

そう言うモンテスキュー氏はとても悲しそうな顔をしていた。それを見て、カスケードが言う。

「大丈夫。ハルは強いです。ここにいる間も、何とかやって行けるでしょう」

そう言ってカスケードは歩き出した。

「ここにいる間、ハルを…お願いします」

最後に一言そう言って、カスケードはその場を去って行った。

 

 

カスケードと別れた後、モンテスキュー氏はそのままハルがいる牢に向かった。そして牢の前に来て口を開く。

「君がハル・スティーナ君かな?」

その声に反応して、ハルはモンテスキュー氏の方を見た。そして言う。

「あの…どなたでしょう?」

そう聞くハルの頭の上には、たくさんの?が見えそうだった。

ハルの質問に、モンテスキュー氏は笑顔で答える。

「私はモンテスキュー。ケイアルス・モンテスキューだ。

ここの職員で、カウンセラーも兼ねている。

インフェリア大佐に君の事を頼まれてね」

ハルが不安がらないように身近な名前を出す。すると、ハルも少し警戒心が解けたようだった。その言葉を聞いて訊きかえす。

「カスケードさんに?」

「ああ、彼は本当に部下思いの良い人だ。ああいう人が、将来大総統になって欲しいものだが…」

「あの…ケイアルスさんはカスケードさんとはどういう関係なんですか?」

ハルがきょとんとした表情で聞く。それに、ケイアルスはまた笑顔で答えた。

「インフェリア大佐とはちょっとした知り合いでね。会ったのは3年くらい前だ。まあ、軽いお友達といった感じかな。

とりあえず、君の事を頼まれたから、見に来たんだ。しかし…」

そこでケイアルスはハルの顔をじっと見る。そしてこう言った。

「ハル君、顔色が少し悪いね。まあ、今日はいろいろあっただろうから疲れが出たんだろう。そこにあるベッドで休むと良い。

まあ、あまり寝心地はよくないかもしれないが、少しは疲れが取れるだろう」

ケイアルスはそう言うと、一言「おやすみ」とだけ言い、その場から去って行った。

ハルはそれを見送り、牢の中にあるベッドを見つめた。

ベッドと言うにはあまりにも粗末だが、確かに疲れてはいた。ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

ハルはベッドの方に歩いて行き、軽く布団を直してベッドにもぐり込む。

するとかなり疲れていたらしく、すぐに眠気は襲ってきた。ハルはそのまま、意識を手放した。

 

 

ハルは満月が輝く夜の外にいた。しかも空に浮いている。

よく見ると、どうやらそこはさっきまで自分がいた路地裏に近い所のようだ。任務地である屋敷跡が見える。

ハルはしばらく下を見ていた。すると、見覚えのある金色が見えた。

 

あっ!アーレイドだ!

 

そう、下にいるのは間違い無くアーレイドだった。一人で武器を手にして歩いている。

 

どうしてグレンさん達は一緒じゃないんだろう?

 

アーレイドは軍服を着ている。明らかに任務中だ。だとすれば、グレン達も一緒のはずなのだが…

ハルがそんな考えをめぐらせていると、アーレイドの後ろにもうひとつ人影が見えた。

 

…誰だろう。

 

ハルはその人物が誰か確認する為に、よく目を凝らした。

すると、紫色の少し長めの髪が見えた。それは、毎日見ている顔だった。それは…

 

ボク!?

 

そう、アーレイドの後ろにいるのは毎日鏡で見る顔。ハル・スティーナの顔だった。

 

ど、どうしてボクが!?

 

混乱する中、さっきよりも目を凝らしてみる。すると、ハル・スティーナの顔を持った人物はハルの武器である大鎌をもっていた。

その人物はどんどんアーレイドの背後に近づいてくる。そして十分近づくと、大きく大鎌を振り上げた。

 

まさか…

 

まさかそんなはずは無い。自分が…ハル・スティーナがアーレイドを襲うなんて。そんな…そんな…

 

やめて…やめて…

 

ハルは訴える。しかしその訴えは届くはずも無く、ハル・スティーナはそのままアーレイドに向かって鎌を振り下ろした。

 

 

「やめてーーーーーーっ!」

そう叫んで、ハルは目が覚めた。いまの夢は何だったのだろう。自分はそんなに不安だったのだろうか。

あの夢は、恐くて途中で目が覚めてしまったが、最後まで見ていたらきっと…

「なんでこんな夢なんか…」

そう言って、ハルはふと思い出した。祖母が死んでしまったときのことを。

 

確か8歳くらいの時だった気がする。

祖母が死んでしまう前、ハルは祖母が病院で死んでしまう夢を見た。

その時はきっとおばあちゃんが死んでしまうのが恐かったからこんな夢を見たのだと思い誰にも言わなかった。

しかし数日後、実際に祖母がなくなった。

その事で不安になり、ハルは夢の事を祖父に話してみた。

すると、祖父は笑ってこう言った。

「ハル、お前はすごいな。それは予知夢だよ」

「よちむ?」

「ああ。人間はたまに未来の事を夢に見る。それが予知夢だ。

ハルは夢でおばあちゃんが死んでしまう未来を見たんだよ」

「ふーん。また見ることって、あるかな?」

「ああ、ハルならあるかもしれないな。

その時は、自分の見た現実を信じて行動するんだよ」

「うん」

 

いまのが予知夢だという確証は無い。

しかし、確証が無いからと言って行動しなければ何も変わらない。だったら…。

ハルはすぐに柵の近くに行き、外に向かって叫んだ。

「誰か、誰かいませんか!?」

ハルは懸命に叫ぶ。しかし、この近くに人の気配は無かった。

「誰か、誰か来てください!お願いします!」

再び叫んでも、誰も来ない。

その時、一人の人物が頭に浮かんだ。この人なら、思いきり叫べば来てくれるかもしれない。

「ケイアルスさん!」

ハルは叫ぶ。カスケードはきっと司令部に戻っただろう。もうここにいる人で頼れるのは彼しかいない。

「ケイアルスさん!助けてください!」

ハルは叫び続けるが、誰も来ない。やはりこの近くに人はいないのか。

ハルはその場に座り込んだ。そしてすぐに肩が小刻みに震えだし、床に涙がこぼれる。

自分はこれからの未来を知っている。

大切な人が、危険にさらされる事を知っている。

なのに何も出来ない。自分は無力だ。

「…て下さい」

震える、小さな声で言う。

「…助けてください」

そしてハルは、天井の向こうにあるであろう空を仰ぎ、涙をこぼして叫んだ。

「アーレイドが…アーレイドが…ボクに殺されちゃう!」

 

 

その悲痛の訴えを聞いたものは、誰もいなかった。

この建物にも、そして外にも。どこにも…いなかった。

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