クライスの伝言を聞いたクリス達は、レジーナにある軍用病院に来ていた。
病院には、来ていた全員で入った。
カイとクライスは、布で包まれた少し大きめのものを二人で持っている。
病院に入ると、すぐに院長を呼び少しの間手術室を貸してもらえるように頼む。と言うか、クリスが脅した。
手術室の前に来ると、クリスが二人から布に包まれたものを受け取り、一人手術室に入っていく。
手術室に入ると、クリスはすぐに持っていたものを手術台に置き、布をはがした。
それは、先ほどまで路地裏にあったアーサー・ロジットの遺体だった。
布をはがし終えると、クリスはズボンのポケットから小さくも大きくもない、普通サイズの箱を取り出す。
そしてその箱を開けた。すると、その中には折りたたみ式のメスやら何やらが入っていた。
クリスは箱からメスを取りだし、不敵に笑う。
「すみません。でも、ハル君のためなんです」
そう言って、アーサーの遺体にメスを入れた。
「遅いですねー、クリスさん。やっぱ司法解剖って結構時間かかるんですかね?」
クリスが手術室に入ってから約2時間ほどが経過した頃、カイがあくびをしながら言った。
「オレも医療系はさっぱりだからよくわかりませんけど、まあそれなりにかかるんじゃないですか?」
カイの言葉にクライスが答える。
クライスは、そのままクリス達と行動をする事になったため、服装は任務時のままだった。
カイとクライスがそんな会話をしていたその時、手術室のドアが開いた。
そしてクリスが布で手を拭きながら出てくる。
「どうでしたか?クリスさん」
グレンが座っていた椅子から立ちあがって聞く。すると、クリスは少し笑みを浮かべた。
「クレインさんの読み通りです。やはりあれはクローンですね。
まったく、こんな所で医師免許を取っていた事が役に立つなんて、思ってませんでしたよ」
クリスはそう言って少し息を吐く。
そう、いままで本人は黙っていたがクリスは数年前、軽い暇つぶし程度の考えで医師免許を取っていたのだ。
ついさっきそれを聞き、カイがひとつの疑問を口にする。
「でも、医師免許持ってるならなんでそっち方面に回されなかったんですか?」
それにクリスは満面の笑顔で答えた。
「決ってるじゃないですか。何のために人間に口があると思ってるんですか?」
つまり、人事委員を脅したらしい。
「とにかく、クレインが言ってた事は正しかったんですね。さすがオレの妹」
クライスが満足そうな表情でそう言った。
ついさっき分かったんだけど、その殺されたって言うアーサー・ロジットね、ちょっとおかしいのよ。
何が?
その人、軍に在籍していながらアーシャルコーポレーションにも在籍してる事になってるの。
つまり、一人が二つ職業を持ってるってことか?
そう。でも、軍人が他にも職業を持つのは無理よ。国の法律でそうなってるもの。軍人以外なら問題無いけど。
ふーん。それで?
それで、よく調べたんだけど、どうも軍にいるアーサーが偽者の可能性が高くなってきたの。
なんでだ?
アーサーはここ数年ずっと行方不明になってるの。しかも捜索願も出されていないわ。そしてアーサーの家はアーシャルコーポレーションの近く。でも…
いまは軍の寮に入っていることになってる。
そう。そして、リアさんのお父さんの時のこともふまえて考えると…
アーサーがクローンって可能性があるわけだ。
そう。良い?この事ちゃんとクリスさん達に伝えてね。私はまだ調べる事があるから。
その伝言を聞いて、クリスがメリテェアに頼んだ事。それはアーサー・ロジットの司法解剖の許可をだすことだった。
この国では基本的に死んだ人間は司法解剖する事になっている。しかし、例外がある。それは、遺体に外傷がある場合と、軍人が任務中に死亡した場合。
遺体に外傷があればそれが死因と判断され、軍人が任務中に死亡した場合は外傷があろうと毒殺だろうと司法解剖はしてはいけない。それがこの国のルールだ。
「今回のアーサーの場合、この両方に当てはまっているから司法解剖は基本的に出来ない。だが、将官以上の者から許可を得れば別だ」
グレンが言う。その後に、アーレイドが口を開いた。
「クリスさん、アーサーの傷は…」
「あの傷から見て、やはりアーサーに傷をつけたのはハル君の武器です。残念ながら、まだハル君への疑いは晴れません」
アーサーがクローンと分かっても、あの時はわからなかった。まだハルを犯人ではないと特定できない。
「…そうですか」
そう言って、アーレイドは椅子に座り込む。やはり、早くハルへの疑いを晴らしてやりたいのだろう。
それを見て、カイが明るく言った。
「まあ、とりあえずアーサーがクローンって事はわかったんだ。それだけでもかなり前進しただろ。もうひとふんばりだよ」
そしてクリスに提案する。
「とりあえず、いったん現場に戻りませんか?
きっと他の人達が麻薬どうにかしてくれてるし、もしかしたらソフィアも近くにいるかもしれませんし」
「…そうですね。では、一度戻りましょうか」
そしてクリス達は廊下を歩き出す。それに、アーレイドも続いた。
ハル…きっと助けるからな…
その頃、クレインは無線でアクト達に連絡を入れていた。
「…という訳で、ハル君は留置所に連れて行かれてしまいました」
『…そう』
「そこで、アクトさん達にお願いしたい事があるんですけど」
『なに?』
「あの…」
そしてクレインはアクトにお願いについて事細かに説明した。
「お願いできますか?」
『ああ、わかった。こっちの仕事よりずっと楽しそう。じゃあ、すぐに向かうよ。何かわかったら連絡する』
「よろしくお願いしますね」
そう言うとクレインは無線を切り、今度は受話器を手にする。
「メリテェア」
『あら、クレインさん。また何かわかりましたの?』
「うん。それで、アクトさん達に動いてもらったから」
『わかりましたわ。引き続き、無理せずお仕事頑張ってくださいね』
「ありがとう」
そして受話器を置く。
「さてと…」
クレインはそう言って軽く伸びをすると、またすぐにパソコンのキーを打ち出した。
「クレイン、何だって?」
ツキが聞く。それに、アクトは無線をしまいながら答えた。
「ちょっとアーシャルコーポレーションの近くの施設調べてきてくれって」
「またなんで?」
「あー、なんか亡霊がいるかもしれないんだってさ」
「亡霊?」
アクトの発言で、ツキの頭の上に?が浮かぶ。それを見て、アクトは困った顔で言った。
「ここでは言えないんだ。移動しながら説明するから、とにかくここは他に任せて行こう」
そう言ってアクトは歩き出し、ディア達を呼ぶ。そしてそのまま車に向かっていった。
それを見て、ツキも車に向かう。
全員が車に乗り込むと、ハルがいなくなった旨をアクトが話してから、ディアの運転で車は夜の町を走って行った。
その頃、グレン達は最初の屋敷跡に戻ってきていた。そしてひとまず麻薬の処理を終えていた兵たちを司令部に戻す。
「やっぱりソフィアはいませんね。戻ってきただけ無駄だったんでしょうか」
カイがあたりを見回して言う。そしてクリスに提案した。
「麻薬の処理も終わってる事ですし、俺たちも戻りましょうか?」
「そうですね。カスケードさん達にも報告しなきゃいけないでしょうし、戻りましょうか」
そして乗ってきた車に向かおうとしたときだった。
「あれ?アーレイドは?」
クライスが言う。そこにいた全員が、初めてそこでアーレイドがいないことに気づく。
アーレイドは、忽然と姿を消していた。
「なあ、アクト。いい加減何しに行くのか教えてくれないか?」
ツキが後部座席から助手席に座るアクトに話しかける。すると、アクトは前を向いたまま話し出した。
「ハルが連れて行かれたのはさっき話しましたよね」
「ああ」
「それで、その殺されたはずのアーサーはどうやらクローンだったらしいんです。そこでおれ達は本物のアーサーを探しに行くんです」
「…そうか。で、アーサーの居場所は?」
「アーシャルコーポレーションの近くの施設らしいです。とにかく、早くそこに向かいましょう」
車は、なおディアの運転で街中を通るには危険なスピードで走っている。
アーレイドは一人路地裏を歩いていた。先ほどまではグレン達といたのだが、明らかに場違いなものを見つけたため、ここに来たのだ。
グレン達と離れる前、アーレイドはたまたま路地裏を見ていた。すると、人が入っていくのが見えたのだ。それは…
(ハル!?)
そう、それはハルに見えた。
第一、
軍服を着ていて、紫色の髪を持った者など今はハルしかいない。
しかし、ハルはリア達によって留置所に連れて行かれたはずだ。なぜこんな所にいるのか?
そこで、アーレイドは後を追ってみることにしたのだ。武器があることを確認して、一人路地裏に入った。
これがここに来た経緯だ。
路地に入ってからしばらく歩いたが、誰もいない。
やはり見間違いだったのか。もうじき行き止まりにもなる。
アーレイドはそこでグレン達のところに戻ろうと思い、もと来た道を振り返った。
その時だった。銀色に光る、何かが見えた。
アクト達はクレインに言われた場所にいた。それは一軒の家だった。
会話上では施設と言っていたが、盗聴の事を考えて場所だけは隠しておいたのだ。
アクトがドアをノックする。すると中から返事が聞こえ、すぐにドアが開いた。
そこから出てきたのは、間違い無くアーサー・ロジットだった。
「少しお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
アクトがそう言うと、アーサーはこくんと頷き、全員を家に招き入れた。
「すっかり遅くなっちゃいましたねー、リアさん」
自分達がもともといた現場に向かう道を歩きながら、ラディアが言う。それに、リアが答えた。
「そうねー。あれから結構時間たってるし、グレンさん達もういないかしら」
「でも、グレンさん達なら待っててくれるんじゃないですか?」
今度はシェリアが言う。
「でも、カイ君がいるからねー。やっぱり待っててくれないんじゃないかしら?」
リアがそう言ってシェリアがいた方を見る。
しかし、隣にシェリアはいなかった。後ろを向くと、例の路地裏の前で止まっている。
「どうしたの?シェリーちゃん」
すると、シェリアはリアを見て答えた。
「アーレイドがいるんです」
「え?」
シェリアの言葉に、リアも路地裏の前に来て見てみる。すると、確かにアーレイドがいた。
「何やってるのかしら?」
「きっと爆弾仕掛けてるんですよー♪」
リアの言葉に、いつのまにか後ろにいたラディアが答える。
「ラディアちゃん、それは絶対に無いと思うわ。
でも、きっとグレンさん達に言われて何か調べてるのよ。
アーレイド君がいるって事は、グレンさん達もここにいるって事だしね」
リアがそう結論を出して、三人はまた歩き出す。
「ほんと、どこ行っちゃったんですかね、アーレイド」
クライスが言う。それに、カイが答えた。
「どこ行ったかはわからないけど、とりあえず探さなきゃまずいだろ。この任務で単独行動するのはかなり危険だし」
そのカイの意見に、他のメンバーも賛同した。そしてアーレイドを探しに出ようとしたその時だった。
「あ、グレンさん達いたー」
そう言ったのはラディアだった。トタトタと走ってくる。その後ろには、リアとシェリアがいた。
「よかったー、グレンさんたちまだいたんですね」
シェリアがそう言う。しかし、リアはすぐに気になっていたことを口にした。
「あの、クリスさん。アーレイド君はなにやってるんですか?一人で路地裏にいましたけど…」
「!!リアさん、あなたアーレイド君を見たんですか?」
クリスが聞くと、すぐにリアは答えた。
「はい。一人で路地裏を歩いてました。一体何を調べてるんですか?」
「!!」
リアの言葉を聞いた途端、リア達女性陣以外がいきなり走り出した。
「ちょ、ちょっとどこ行くんですか!?」
その後を、数秒遅れて女性陣は追いかけた。
クレインは、パソコンを打つのを止めていた。どうやら仕事がすべて終わったらしい。
一息つくためにコーヒーを飲んでいると、無線が鳴り出した。
「私です」
『クレイン?アクトだけど』
「アクトさんですか。どうでしたか?」
『君の言う通り、アーサーがいた。どうやら彼は自分が軍に入っていることになってる事さえ知らなかったらしい。
アーシャルコーポレーションでも、表向きの仕事しかしてない。彼は本当に巻き込まれただけみたい』
「そうですか、ありがとうございました。じゃあ、アクトさん達はそのまま戻ってきてください。お疲れ様でした」
クレインはそう言って無線を切る。そして一言呟いた。
「さて、あとはバカ兄のほうだけか…」
そしてもう一度無線を取り、話し出した。
「クライス?クリスさんに変わって」
アーレイドの腕には、軽い切り傷が出来ていた。裂けた服の間から、紅い血が見える。
アーレイドは目の前の光景が信じられなかった。目の前にはハルがいて、自分に向かって鎌を構えている。
「ハル、どうしたんだよ!いきなり攻撃してきて!第一、なんでこんな所にいるんだ?」
アーレイドは訴えるが、ハルはそのアーレイドの訴えを無視し、そのままアーレイドに向かって走ってきた。そして鎌を振り下ろす。
「くっ!」
それを、アーレイドはナイフで受けとめる。
(まったく、ハルに感謝だな)
今までなら、きっとこんな事は出来なかっただろう。
最近、ハルの鎌の重さを利用して、それで筋力トレーニングをしていた。
「もー、ボクの鎌はダンベルじゃないんだよ」
そう文句を言いながらも、ハルはちゃんと鎌を貸してくれた。それがこんな形で役に立つとは…
アーレイドは鎌をそのままはじき返し、自分も戦闘態勢に入る。
しかし、ハルを傷つける事は出来ない。何とか傷つけずに終らせなくては。
しかし、そんな甘い事が通用しない相手なのは自分が一番よく知っている。
訓練の時なら軽いお遊び程度で済むが、本当の戦闘となれば別だ。
ハルは年齢より子供っぽいため、昇進が遅れているが、実力ならすでに中尉クラスくらいだろう。
手加減できないとはいえ、やはり傷つけるわけにはいかない。
アーレイドはそのまま地面を蹴ってハルに向かって行く。そして武器を持っている手を掴み、ハルの腹部に蹴りを入れる。
しかし、それがハルに届く前にアーレイドは足をはらわれる。
そのためアーレイドは態勢を崩したが、すぐに態勢を立て直した。
そしてハルがいた正面を見る。しかしそこにハルはいなかった。
アーレイドは辺りを見まわすが、どこにもいない。
しかし、すぐに後ろから声が聞こえた。
「この程度で相手を見失うなんて、アーレイドらしくないね。やっぱり相手がボクだから?」
その声が聞こえたすぐあと、背中に激しい痛みを感じた。そして、そこで記憶は途切れた。
クリス達はかなりのスピードで路地裏に向かって走っていた。
しばらく走って、不意にクライスの無線機が鳴る。クライスはすぐに無線を取った。
『クライス?クリスさんに変わって』
それを聞いて、クライスはすぐにクリスに無線を渡す。
「何ですか?」
『クリスさん、やっとすべての情報がまとまったの。これから言う事、しっかり聞いてくださいね』
そしてクレインがしばらく話した。それを聞き終えたのか、クリスが少し笑みを浮かべて言う。
「そうですか。お仕事お疲れ様でした。しばらくゆっくり休んでください」
そう言って無線機を切ると、クリスは走りながらクレインから聞いたことを他のメンバーに話した。
すべてを話し終えたとき、ちょうど路地裏についた。クリス達はそのまま路地裏に入りまっすぐ駆け抜ける。
そしてしばらく走り、クリス達は血まみれで、しかも髪がバッサリ切られている状態で倒れているアーレイドと、ハルを見つけた。
見つけた時、ハルはアーレイドに向かって鎌を振り下ろそうとしていた。
しかしハルはクリス達の存在に気づくと、鎌を下ろしてこちらを向いた。
「…遅かったですね。もう少しでアーレイド殺しちゃうところだったです」
そう言ってハルは少し微笑む。それを無視して、グレンはラディアに聞く。
「ラディア。アーレイドの傷、治療できそうか?」
それを聞いて、ラディアはハルの隣を通り、アーレイドの傷口を見る。そして首を左右に振った。
「だめです。傷はそれほど深くはないんですけど、今の私じゃ治療は出来ません」
「そうか、リア達ですぐにアーレイドを軍の病院に運んでくれ」
そのグレンの指示を聞くと、リア達女性陣はアーレイドをつれて自分達が乗ってきた車で病院に運んだ。
その光景を、ハルは何も言わずにただ見ていた。しかしそれを無視して、クリスが口を開く。
「いい加減出てきたらどうですか?ソフィア・ライアー。このハル君はもう動かないのでしょう?」
すると、近くの物陰から人影が出てきた。そしてこちらに歩いてくる。それは、ソフィア・ライアーだった。
「さすがエイゼル中佐ね。よくこの子がもう動かないってわかったわね。
動かなくなったのは、まあ単に時間切れってことね」
ソフィアがそう言うと、クリスは嘲るように言った。
「ここまで気配がなくなれば、入隊したての軍人にだってわかりますよ」
そして溜息をついて、聞いた。
「どうしてハル君を利用したんですか?」
それに、ソフィアは満面の笑みで答えた。
「決まってるじゃない。邪魔だったからよ。あの子に軍にいられると、困るのよ」
「…どうして困るんです?」
無表情で、クリスが聞いた。それを聞くと、ソフィアは見下した口調で言った。
「あら、そんな事もわからないの?あなたは頭のいい子だと思ってたけど、違うのね。
まあ、いいわ。せっかくだから教えてあげる」
そしてソフィアは、不敵な笑みを浮かべながら話した。
「いくらあなた達でも、私がアーシャルコーポレーションにいたのは調べたんでしょう?
少し前、私達の会社のボス、レスター・マクラミーが逮捕されたわね。
まあ、そんな事はどうでもいいわ。ボスがいなくても、組織は何事も無かったように動けたんだから。
私は数年前から軍に潜入して情報を組織に提供していたんだけど、その軍にちょっと厄介な人材が入ってきちゃったのよ」
「…それがハル君ですか」
「そう。あの子はね、サーリシェリアの人間なのよ」
「!!」
「サーリシェリア!?」
それを聞いた途端、そこにいた全員が驚きをあらわにする。
ハルはエルニーニャの生まれのはずだ。軍の個人データでそうなっているし、ハル自身もそう言っていた。
「ハル君はエルニーニャの人間です。あなたが書き換えたデータでもそうなっていましたよ」
クリスがそう言うと、ソフィアは嘲笑うように言う。
「あなたも馬鹿ねぇ。そんな書き換えたってすぐわかるような所書き換えるわけないじゃない」
そう言ってソフィアは少し笑い、また話し始める。
「とにかく、あの子はサーリシェリアの人間よ。紫の髪に瞳。サーリシェリアの人間の特徴を満たしているわ。
そしてサーリシェリアの人間は、予知夢を見ることができるの」
「予知夢?」
「ええ。だからあの子はこれから組織にとって邪魔な存在になるわ。だから…」
「だからアーサーのクローンを利用してハル君に罪を着せたんですか」
かなり怒った口調でクリスが言うと、ソフィアは満足そうに笑った。
「そうよ。アーサーは自分が軍に入っていることになってるのを知らないから、一番利用しやすかったのよね。
だからハル君をこの路地裏におびき寄せて眠らせてから、あの子の武器でアーサーを殺したの。
そうすれば、うまくいけばあの子は軍から追放されるでしょう?」
そこまで言うと、ソフィアは今までの余裕たっぷりの口調から一変して自嘲気味の口調で話し出した。
「でも、今回は失敗のようね。こんなに早くばれちゃうなんて、やっぱりあなたたちは軍人としてかなりの腕を持ってる。
今回のことは私の単独行動だから、これ以上調べても何もわからないわよ。
あと、そこにあるクローンももうただの細胞の塊。調べても何もわからないわよ」
そう言うと、ソフィアは自分の軍服から銃を出しこめかみにあてた。
「じゃあ、さよならよ。これ以上組織について詮索されると、困るからね」
それを見て、とっさにグレンが止めようとした。しかし間に合わず、ソフィアは引き金を引いた。
パンッという軽い音とともにソフィアの命は止まり、そして今回の事件も…終わった。
ハルは牢の床に座っていた。あれからしばらく叫びつづけたが、結局誰も来てくれなかった。
ハルは、自分の無力さを痛感しながら、グレン達が事件を解決してくれるのを待っていた。
しばらくそのまま座っていたが、不意に牢の前に人の気配を感じた。
見ると、そこにはケイアルスが立っていた。
「ケイアルスさん…」
「ハル君。もう君はここにいなくてよくなった。
さっきインフェリア大佐から連絡があってね。事件が解決したそうだ。君の無実も証明された」
それを聞いて、ハルは涙が出てきた。カスケードの言うとおりだった。グレン達は自分の無実を証明してくれた。
「あの…ボク…ここから出ても良いんですね?」
それに、ケイアルスは頷いて答えた。そして言う。
「ああ、だから早く軍の病院に行こう」
その言葉に、ハルは耳を疑った。自分は少し怪我をしたが病院に行くほどではない。
「あの…どうして病院に?」
それに、ケイアルスは答えた。
「…アーレイドという子が怪我をして、病院に運ばれたらしい。
君は彼と親しいと聞いた。だからすぐに病院に行こう。私が送って行く」
その言葉を聞いて、ハルは夢の事を思い出した。
(やっぱり…あれは予知夢だったんだ)
そしてその場に座り込み、さっき流した涙とは、違う涙を流した。
グレン達が病院に行くと、すでにカスケード達を含めたほかのメンバーが来ていた。
みんな座って、手術中という赤く光るライトを見ていた。グレンはリアに歩み寄って聞く。
「医者は何か言ってたか?」
「…傷は深くないので、手術はすぐ終るそうです。そして、斬られた事による後遺症なども残らないだろうと」
「…そうか」
それから、しばらく誰も口を開かなかった。しかし、不意に廊下の向こうから声が聞こえた。
「インフェリア大佐」
その声に、カスケードが振り向いた。そこにはケイアルスと、ハルがいた。
ハルはすぐにカスケードに近づいてくる。
「あの…アーレイドは?」
「大丈夫、命に別状はないそうだ。手術ももうじき終る」
カスケードはそう答え、ケイアルスにハルを連れてきてくれた事で礼を言った。
「なに、私は当然の事をしただけだ。さて、私は仕事があるからもう戻るとするよ」
そうして、ケイアルスはその場を後にした。
ケイアルスが帰ったすぐあと、手術室から医者が出てきた。
「手術は成功です。明日にでも目を覚ますでしょう。
しかし…目を覚ます前に、彼の髪を切っておいたほうが良いでしょう」
そう、アーレイドの髪は背中の傷を負ったときに一緒に切られてしまった。
しかも残っている髪にも出血量が多かったため、べっとりと血がついてしまっている。
とりあえず、髪はアーレイドが目覚める前にリアが切るということで話がまとまり、その日は解散となった。
アーレイドは目が覚めると病院のベッドの上にいた。すぐ隣を見ると、嬉しそうにハルがこっちを見ている。
「アーレイド、気がついたんだね。今はボクだけだけど、ロビーにみんないるんだよ。
ちょっと待ってて、呼んで来るから」
ハルはそう言うと、有無を言わさずに部屋を出て行った。
それをアーレイドは無言で見送り、髪をまとめようと背中に手を伸ばす。しかし…
「…?」
普段はあるはずの位置に、髪が無い。
ここは小部屋のため、洗面台が用意されている。アーレイドはベッドから降りて洗面台の前に立った。そして自分を見る。
それは、いつもと違う自分だった。下ろせば腰くらいまではあった髪が、今は肩より少し下くらいのところまでしかない。
アーレイドは、その髪をゆっくり触った。
その時だった。いきなりすごい勢いで部屋のドアが開く。
「おー、アーレイド。目が覚めたってな。いやー、たいしたこと無くてよかったなー」
そう言ってにぎやかに入ってきたのは、カスケードだった。その後に続いて、他のメンバーも入ってくる。
アーレイドは、その中にリアを見つけて聞いた。
「リアさん、オレの髪…」
それに、リアはとても申し訳なさそうに答えた。
「あのね、アーレイド君の髪、傷を負った時に一緒に切られちゃったみたいなの。血もついちゃってて固まってたし。
それで切る事になったんだけど、一番短くなってた所に合わせるとその長さになっちゃって…ごめんね」
「…いえ。切ってくれて、ありがとうございました」
そこで、その話は終った。済んでしまった事をこれ以上言ってもしょうがない。
もとはと言えば、単独で行動した自分が悪いのだから。
それからしばらくは、いつものにぎやかな会話を楽しんだ。
そして一通り会話が終ると、ハルがほかのメンバーに頼んで二人にしてもらう。
「カスケードさん達も、事後処理とかで忙しいでしょ?」
これがハルの言い分だが、二人きりになるきっかけにすぎないのだろう。
二人になったあと、しばらく沈黙が続いたが、不意にハルが口を開いた。
「アーレイド、ごめんね」
「…?」
最初アーレイドは何を謝られたのかわからなかったが、すぐにハルが話し出す。
「ボク、アーレイドが怪我するのを夢に見たんだ。でも…一生懸命伝えようとしたけど、だめだった。
ボクがちゃんと伝えられてたら…アーレイド怪我しないですんだのに…」
そしてハルは泣き出してしまった。それを見て、アーレイドはハルを抱きしめる。
「何言ってんだよ、ハル。ハルはその時近くにいなかったんだから伝えられなくてもしょうがないだろ?
だいたい、今回の事はオレが単独行動したのが悪いんだから」
「でも…」
「でもは聞かない。
オレが悪いって言ってるんだからオレが悪いの。分かったか?」
それを聞いて、ハルは涙を流したままこくりと頷いた。そしてアーレイドによりかかる。
ねえ、アーレイド。
なんだ?
ボクね、今回の事で新しい目標が出来たんだ。
頼れる軍人さんのほかに?
うん。ボクね…
大総統になる。
ボクみたいに罪を着せられて苦しむ人が出ないように。
そして囚人さんも、ちゃんと人として扱ってもらえるように。
いつかボクが大総統になって。そんな国を作るんだ。
そうか。じゃあ、オレは大総統補佐だな。お前が辛い時に、支えてやれるように。
がんばれよ、未来の大総統。
それから十数年後。
…と、いう訳で厳選な審査の結果、お前に決った。
じゃ、後は頼んだぞ、ハル・スティーナ大総統閣下。
それはまた、別の話。