軍に入隊して数ヶ月。初めて任務に出ることになった。
任務は指令型。最近問題になっている強盗殺人事件の捜査だった。
今回任務に当たるメンバーはほとんどが私と同じ今年入隊したばかりの子たち。こんな私たちに任されるのだから、どうやらそんなに重要な仕事ではないようだ。
「初めての任務かー。緊張するね、ラディアちゃん」
集合場所である練兵場に向かう途中、一緒に歩いていた少女が話しかけてくる。
彼女の名前はジェシカ。私と一緒に入った子で、入隊してすぐ仲良くなった。それ以来、いつも一緒にいる。
「大丈夫だよ、私たちだって今まで訓練を受けてたんだから。みんなで力を合わせれば、きっとうまくいくよ」
「うん、そうだね」
私が言うと、彼女も笑顔を向けてくれた。彼女の笑顔はとても可愛くて心が安らぐ気がする。
練兵場に着くと、ほとんどのメンバーが到着していた。
全員が到着すると、今回のリーダーである大尉が任務の趣旨を説明してくれた。
どうやら今回はすでに犯人のアジトはわかっているらしく、先に数人で偵察に行き、そのあとで突入し一気に犯人を叩くらしい。
「では、偵察にいくメンバーを発表する。リスト・ラフティス、エルク・イージス、そしてラディア・ローズ。以上の三名だ。」
彼の言葉を聞いて、隣にいたジェシカが小声で話しかけてきた。
「すごいね、ラディアちゃん!一人だけ女の子で選ばれるなんて!がんばってね、私応援してるからね!」
「うん、ありがとう。でも、私が頑張ったあとはジェシカも頑張るんだよ。私も応援するからね」
私たちが話している途中、また彼の声が聞こえてきた。
「今名前を呼んだものは非常に能力が高いと思われる者たちだ。非常事態が起こった場合も、三人で乗り切れると信じている。だが、無理はしなくていい。君たちの任務は今の犯人たちの状況を正確に判断し、私たちに伝えることなのだから」
「はいっ!」
そう言う彼に、私を含む選ばれた三人が敬礼をした。
とうとう、ミッションが始まる。
「様子はどう、リストくん?」
「中が薄暗くてよく見えないな。もう少し近づかないとだめだ」
中を覗き込み、リストが言う。
私たちは犯人のアジトに来ていた。とても大きな建物で、どうやら以前は何かの工場に使われていたようだ。今は閉鎖して廃墟となっているため、こうして犯罪者のたまり場となっているが。
「いや、ここでも十分見えるよ。ずいぶん人数がいるな。10…20…ざっと30人はいる」
リストの横からエルクが覗き込む。それに続いて、私も覗いてみた。確かに、かなりの人数がいる。
「そうだね。ずいぶん人がいるみたい。みんな男の人だね」
「二人とも、中の様子が見えるの?!ずいぶん目がいいんだね」
私たちの言葉を聞いて、リストが驚いた表情をする。それに、エルクは当たり前のように答えた。
「まあね。俺、田舎育ちだから」
「私も、そんなものだよ」
私も頷く。しかし私の場合、本当はロウェルと暗闇を想定しての稽古をしていたからなのだが、あえてそれは言わないでおく。
「そうなんだ。一応ぼくも田舎育ちだけど、全然見えないや。今回の偵察は、二人に任せるね」
リストはそう言うと少し下がって、私たちに場所を譲った。すると、エルクが少し身を乗り出す。
「…結構若い人ばかりだね。20〜30代ってところかな」
「そうだね。あと、奥にドアが見える。もしかしたら、あそこに今まで盗んだものを保管してるのかも」
私とエルクで中の様子を把握する。見る限り彼らがいる場所は開けていて、隠れる場所はない。突入さえしてしまえば、犯人を取り逃がすことはないだろう。
もし逃げようとしてもこちらもかなりの人数がいるし、大尉もいるから出入り口をふさいでくれるはず。
「よし、大体わかったから一度大尉たちのところに戻ろう」
「わかったわ。行こう、リストくん」
そうして出来るだけ音を殺して走り出す。彼らの後に、私も続いた。
しかし、その時だった。後ろでドサッという音がした。おそらく、人が倒れる音。
慌ててもといた場所に戻り、中を覗き込む。
そこにいたのは…
一方その頃、リストとエルクはラディアが途中で引き返したことに気づかず仲間のもとに情報を持って戻ってきていた。
「大尉、ただいま戻りました!」
「ごくろうさま。中の様子はきちんと調べて来れたか?」
「はい、アジトの構造も大体把握してきました」
「よろしい。ところで、ローズ伍長はどうした?一緒に戻ってこなかったのか?」
「えっ?!」
彼の言葉を聞いて二人同時に後ろを見る。そしてようやく、ラディアがいないことに気がついた。
「どうして?!確かに一緒に出てきたのに!」
「もしかして、途中で引き返しちゃったのかな?」
「…戻ってくる途中で犯人たちに捕まった可能性もあるな。全員私についてきなさい。アジトに突入する!」
「はいっ!」
そうして、彼らはアジトへと向かった。
中を覗くと、そこには女性が倒れていた。ロープで手足を縛られている。
おそらく彼らに連れてこられたのだろう。
彼らのうちの一人が女性に近づき、バッグの中を漁る。そして金目の物をすべて抜き取ると、今度は彼女が身に付けているアクセサリーを取り始めた。
女性は抵抗するが、ロープで縛られている上に口をテープでふさがれていて声も出せず、たいした抵抗は出来ていなかった。
すべてを取り終えると、近くの男に命令する。
「殺せ」
その命令に従い、女性に近づくと男が持っていたナイフを振り上げる。
女性は逃げようとするが、縛られている上に他の男に押さえられていてその場から動けないようだ。
(だめ!)
そう思った途端、身体が勝手に動いていた。その場から走り出し、太ももで固定していた短剣を抜く。そして男の持っているナイフをはじき、女性を押さえていた男の顔面に蹴りを入れる。
「ぐおっ!」
男がうめき声を上げて倒れる。とっさに女性を庇うように前に立った。
「ちっ、軍か…」
軍服を着ていたからすぐに軍人だとわかったようだ。私を見てリーダーらしき男が舌打ちをする。
しかし、すぐに馬鹿にしたようにいやらしい笑みを浮かべた。
「しかしこんな小娘一人を送り込んでくるとは、俺たちはそうとう軍になめられてるらしいな」
確かに、相手は相当な人数がいる。それに引き換え私は一人で、おまけに後ろには動けない女性。
私は彼女を守りながら闘わなければならない。圧倒的に私が不利だろう。
でも…
「別に、なめてなんかいないよ。今回はちょっとした手違いで私ひとりになっちゃっただけだもの。でも、私ひとりでもあなたたちを倒せるわ」
泣き言は言っていられない。こうなってしまったのは私の責任なんだから。それに、きっともうすぐ私がいないことに気づいた大尉たちが来てくれる。
それまで、何とか頑張らないと。
「そうか、それはかわいそうにな。気の毒だが、お前にはそこの女と一緒に死んでもらうぞ。…やれ」
男が言うと、彼らが一気に私に向かってきた。後ろを見ると、女性が泣きそうな目で私を見る。
私は、安心させるために彼女に笑いかける。
「大丈夫、あなたは必ず守るから。私を信じて」
そして前を見る。彼らと私との距離はどんどん近づく。私は短剣を握りなおした。
私だって、こんなところで死ねない。私は、彼女に会うんだから。そのために、軍に来たんだから。
だから…ロウェル、私に力を貸してね。
「やああああああ!」
私は、走り出した。
それから数日後。
休憩室で男の子たちが楽しそうに話している。
今は今年入隊してきた女の子で誰が可愛いかだった。
「今年入隊して来たあの子、可愛いよなー」
「ああ、ラディアって子だろ?」
そう話す彼らの視線の先には、もちろんラディア。
「あの子がピンチになったら俺が守るんだ!」
「いや、俺が!」
そう不毛な言い争いをしている彼らのもとに、新たな参加者が走ってくる。そして彼らの前で止まり、息を整える。
「おい聞いたか?!この間の任務の話!!」
「ああ、強盗殺人のあれだろ?」
「何だよ、今いいところだったのに…」
「それが、その犯人たち…ラディア・ローズ一人で瞬殺したらしい。30人全部」
そう話す彼自身も信じられないらしい。困惑した表情を浮かべていた。
それもそうだろう。彼もピンチのときには俺が!と思っていた一人なのだから。
彼の話を聞いて、言い争いをしていた二人も固まる。
(ウソだウソだウソだウソだ)
(信じない信じない信じない信じない)
彼らは自分に言い聞かせるように繰り返す。その視線の先には、もちろん彼女。
その当の彼女はというと
「…?なんか、視線を感じるなぁ」
彼らの葛藤を、知ることはなかった。
任務のあの日、ラディアがいないことに気づいて慌てて仲間たちが駆けつけると、すでにことは済んでいた。
一人立つラディアの周りには、大量の男たちが倒れていた。そして彼女のそばには、縛られて倒れている女性。
ラディアが彼らに気づくと、真っ先に大尉のところへ行き事情を話して勝手な行動をとったことを謝った。
もちろん立場上、大尉は彼女を叱ったがそのあとすぐに褒めてくれた。
「勝手な行動をとったことは問題だが、君はひとりの命を救った。それは、誇っていいことだよ」
そして、笑いかけてくれた。
少し恥ずかしかったけど、とても嬉しかった。
それからというものの、私はしばしば任務に参加するようになり順調に昇進していった。
そして軍に入ってから二年が経ったある日。私は曹長になっていた。
少し重要な任務にも参加できるようになり、今日も任務を終えて司令部に帰ってきたところだった。
(このまま順調に昇進できれば、きっとリアさんたちにも会える)
彼らは、今はそれぞれ階級が上がっているらしい。
私ももう少し上がれば、彼らと同じ任務に就けるかもしれない。
そう思うと、とても嬉しくなった。自然と足取りも軽くなる。
いつも通り歌を口ずさみながら歩いていると、不意に聞こえた。彼らの声が…
「これからどうします?」
「そうね…そろそろお昼だし、食堂に行きましょう?早く行かないと、場所がなくなっちゃうし」
「そうだな。今日はもうデスクワークだけだし、少しゆっくりしてから行くか」
慌てて声のもとを探す。すると、遠くのほうに見えた。きれいな、長い金髪。
後姿だけだけど、間違いない。彼女だ。声も、聞き間違えるはずがない。ずっと、会いたかった人の声。
私は走り出す。彼らは歩いているから、距離はすぐに縮む。
私は必死に手を伸ばす。そして
「リアさん!!」
追いつくと、彼女に飛びついていた。
やっと…やっと会えた。
私の、会いたかった人。
嬉しくて、涙が止まらなかった。