「いってきまーす!」

「いってらっしゃい。気をつけるんじゃぞ」

「はーい!」

後ろから聞こえる声にそう返し、元気よくドアを開けて家を出る。

今日も外は快晴で、とても気持ちよかった。

「今日もお空は笑ってるんだね。ボクにも楽しいことがあるといいな」

高い高い空を見上げ、大きく深呼吸をした。

澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで、歩を進めた。

向かうは、少し歩いたところにある店だ。

いつもは祖父が行くのだが、今日はどうしてもはずせない用事があるということでハルがいくことになった。

ハルの祖父は鍛冶屋を営んでおり、彼の鍛える武器は有名でエルニーニャでは相当な値がつく。

そして彼の鍛えた武器は非常にデリケートなため本人にしかきちんとした整備が出来ない。

そのため、取引先の店などからよく整備の依頼が来るのだ。

今日のハルのおつかいは、その品を引き取ってくることだった。

祖父が言うには、

「そんなに危険なものじゃないし、重たくもないからお前さんでも大丈夫じゃろう」

ということだった。

 

ハルは鼻歌を歌いながら元気よく歩いていく。

そしてしばらく歩き、目的の店に到着した。

「こんにちはー、スティーナです。品物を引き取りに来ましたー」

店の中に入り、少し大きな声で店主を呼ぶ。

すると、すぐに店主が小さな箱を持って出てきた。

「やあ、ハル君こんにちは。今日は君が代わりに来るって聞いて待ってたよ。これが品物だ、スティーナさんによろしくね」

店主はそう言うと、ハルにもっていた小さな箱を差し出した。

「はい、これはきちんとおじいちゃんに渡しますね!」

ハルはそれを受け取り、ぺこりとお辞儀をする。

そして店を出ようと踵を返した。

「あっ、ハル君ちょっと待って」

店のドアに手をかけたところで店主に呼び止められた。

?を浮かべて振り返ると、店主が歩み寄ってくる。

「ハル君、これはおだちんだよ。帰りにでも食べるといい」

そう言って手渡されたのは、数個の飴だった。

「ありがとう、店主さん。あとでおいしく頂きますね」

ハルはもらった飴を握り締め、店をあとにした。

 

 

「おいしいねー、この飴」

来た道を、もらった飴をなめながら引き返していく。

箱を大事に抱えて、行程を半分ほど歩いたときだった。近くから、大人数の声が聞こえてくる。

声のした方を見てみると、そこには中央司令部があった。

「あ、今日もやってるんだね」

おそらく訓練の最中なのだろう、今頃の時間は必ず中から声が聞こえてくる。

「……すこしなら、いいよね」

ハルは自分の中でそう結論を出して、司令部のほうに歩いていく。

司令部の塀の前まで来ると、徐にきょろきょろと辺りを見回した。

そしてお目当てのものを見つけると、トタトタと走っていく。

そうして手に入れた梯子を塀に立てかけ、落とさないように箱を抱えなおして登り始めた。

ハルはたまに、こうして軍人たちの訓練を覗いていくのが好きだった。

塀から顔を出し、中を覗く。この高さからだと、訓練場が一望できた。

各々が、それぞれ剣などの鍛錬をしている。

「いいなー、やっぱり軍人さんってかっこいいよね」

ハルはほうっと溜息をつく。

祖父の職業柄、軍人も多数彼を尋ねてくる。そのたび、ハルはいろいろな話を彼らから聞いていた。

彼らの話してくれる話は、とても興味深いものばかりだった。

そのため、ハルは軍人という仕事に少なからず憧れを抱いていた。

軍の仕事は危険だが、それと同時にやりがいもある。

ハルはそういった話をたくさん聞いている。

「入隊試験、受けてみようかなぁ…」

訓練の様子をぼーっと見ながら、ひとり呟いたときだった。

訓練場の一角に、ひときわ目を引く光景を見つけた。

「すごい……あれ、どうしてあんなふうに扱えるんだろう」

ハルの目に飛び込んできたのは、緑色の髪をした軍人。

彼が持っている武器はとても大きな剣だった。それを、片手で軽々と振り回している。

だが、扱っている本人は決して体躯がいいようには見えない。

むしろほっそりしたほうだった。

「あんな細い身体でも、あんなに大きな剣を扱えるんだ」

彼の身のこなしはとても滑らかで、優雅だった。

しばらくの間、ハルは魅入られたようにその軍人だけを見ていた。

しかし腕に抱えた箱のことを思い出し、慌てて梯子を降りる。

「大変、早く家に帰らなきゃ!」

ほんの少しのつもりが、だいぶ長居をしてしまった。早く帰らなければ、心配をかけてしまう。

ハルは全速力で家までの道を駆けていった。

 

 

「おじいちゃん、ただいま!」

「おお、ハルお帰り」

「おじいちゃん、おじいちゃん。さっきね、とってもすごい軍人さんを見つけたんだよ!」

「軍人?さてはお前さん、帰りが遅いと思ったらまた訓練場を覗いてきたんじゃな?」

「うん!今日はね、緑色の軍人さんがいたよ!その軍人さんがね、細い身体で大きな剣を片手で扱ってたんだよ!」

「ほう、それはすごいのう」

「でしょ?また会いたいなー」

「お前さん、よっぽどその軍人のことが気に入ったのか」

「うん!おじいちゃん、明日また訓練場覗いてきていい?」

「ああ、好きにしなさい。見つからんように気をつけるんじゃぞ」

「うん!」

 

 

世界暦502年○月×日(はれ)

今日は、おじいちゃんに頼まれておつかいに行きました。

その帰りにこっそり司令部で軍人さんを見てきました。

今日もたくさんの軍人さんが訓練をしていました。

その中に、とてもすごい軍人さんがいました。

ボクもあんな軍人さんになりたいと思いました。

明日、司令部に行こうと思います。

またあの軍人さんに会えるといいな。

 

 

「おじいちゃん、行ってきます!」

昨日と同じように元気に家を出る。

今日も天気は快晴だった。

「あの軍人さん、いるかなー」

昨日とは少し違う道を、昨日より楽しい気持ちで歩いていく。

司令部までの道のりを半分くらいまで歩いたとことでポケットから時計と取り出し、時間を確認する。

時計の針は、1時を指している。あと半分を歩いても、訓練をしているより早くついてしまう時間だった。

「少し、休んでいこうかな」

ハルは時計をポケットにしまい、近くにある公園に向かった。

その公園はハルがいつも遊んでいる場所で、中央の噴水のそばにはベンチがある。

ちょうど今頃の時間公園には日が射し、ぽかぽかと暖かいそのベンチはハルのお気に入りの場所だった。

今日もそのベンチで休憩をしようととことこと公園の中を歩いていく。

(あれ?誰かいる)

ベンチのそばまで来て、ハルは人影に気づく。

目を凝らしてみると、どうも見覚えがある顔だった。

(もしかして、あの人…)

さらに少しだけ近づいて、もう一度目を凝らしてみる。

やはり、見たことのある顔だった。

なぜならそれは…

(昨日の緑の軍人さんだ!)

昨日、訓練場で見たあの人がベンチに腰掛けていた。

今日は休みなのか、軍服ではなく私服を着ていた。

緑色の髪が、太陽の光に照らされてとても綺麗だった。

(どうしよう…一人みたいだし、話しかけてみようかな…)

いきなり初対面の人間に話しかけられたら迷惑だろうか。

でも、彼の話は聞いてみたい。

どうしたらいいのかわからずしばらくそこで固まっていると、ハルに気づいたのか不意に彼がこちらを向いた。

そしてにっこりと微笑む。

「こんにちは。ずっとこっちを見てるみたいだけど、僕に何か用かな?

あ、もしかしてこのベンチ使いたいの?だったら、僕の隣で良ければどうぞ」

そう言うと、彼は少し横にずれて空いたスペースをぽんぽんと叩く。

「あ、ありがとうございます…」

ハルは彼の好意に甘えて、隣に座らせてもらうことにした。

ベンチまで歩き、彼の隣にちょこんと座る。

せっかくめぐってきたチャンスなのだから、きちんと話を聞かなければ。

「あの…」

「ん?」

意を決して口を開けば、彼は穏やかな表情で応えてくれた。

「あの…お兄ちゃん、軍人さんですよね?」

「うん、そうだよ。軍服着てないのに、よくわかったね」

「えと…昨日、司令部で訓練をしてるお兄ちゃんを見たんです。

ボク、軍人さんに憧れてて、ときどき塀の上から訓練を覗いてるんです。

あまり良くないことだとはわかってるんですけど…」

「そっか、確かに昨日は僕、訓練をしていたね」

「大きな剣を使ってましたよね」

「うん。あれは、僕の大切なものなんだ」

「ずっと使ってるんですか?」

「ううん、使い始めたのは二年位前かな。ある人から譲ってもらったんだ」

そう語り彼は空を仰ぐ。その表情は何かを懐かしんでいるようだった。

「あの…お兄ちゃん」

「なに?」

「お兄ちゃんはあの剣、どうしてあんなふうに扱えるんですか?とても重そうに見えるのに…」

そう問うハルに、彼は少し戸惑いの表情を浮かべる。

それを見て、ハルは慌てて口を開いた。

体格のことを言われたと思って怒ったのかもしれない。

「あっ、気を悪くしたならごめんなさい!そういう意味でいったんじゃないんです!」

その慌てふためくハルを見て、彼はクスクスと笑う。

「ううん、大丈夫。怒ってなんかいないよ。

確かに、あれはとても重いから僕みたいな身体じゃ、普通は扱えないね。

でも、コツを掴めば誰でも使えるんだよ」

それを聞いて、ハルは瞳を輝かせる。

「ボクにも、使えますか?」

「もちろん。ただ、コツを掴んでも、ある程度の筋力は必要だけど」

「ボク、今度の入隊試験、受けようと思ってるんです。

もし軍人さんになれたら、お兄ちゃんみたいに大きな武器を使いたいな」

「そっか」

「お兄ちゃん」

「なに?」

「お兄ちゃんにとって、軍人さんに必要なことって、ありますか?

ボク、今まで話した軍人さんには必ず聞くようにしてて…

できれば、お兄ちゃんの話も聞きたいんです」

そう聞くと彼は少しだけ俯き目を閉じた。

それはまるで、過去の自分を思い返しているようだった。

しばらくそうした後、再びハルを見る。

その瞳は、透きとおるような、きれいな緑色だった。

「そうだね…まずは、覚悟かな」

「かくご?」

「そう、軍人の仕事は危険が伴うからね。それ相応の覚悟がなくちゃ。

それから、何かを守りたいと思う気持ち。

僕の場合は不特定多数の人だけど、誰か特別な人一人でもいい。

人ではなく、物や信念でもいいかもしれないね。

あとは、君の努力次第だよ。

…がんばってね、君がくるのを楽しみにしてるから」

彼はそう言うと、ハルの頭を軽く撫でてくれた。

それとほぼ同時くらいに、遠くから声が聞こえてくる。

「お、…い。……アー」

「あ、連れが来たみたい。僕、行くね。ひとりで大丈夫だよね?」

そう言う彼に、ハルはコクリと頷く。

「はい」

「また会えるといいね、じゃあね」

彼は手を振り、声のしたほうに歩いていった。

それに手を振り返す。

今日は司令部にいく必要がなくなったから、このまま家に帰ろう。

「帰ったら、おじいちゃんに入隊試験を受けさせてもらえるようにお願いしなきゃ」

ハルは必ず彼のいる軍に行くと誓って、大きな一歩を踏み出した。

 

 

おじいちゃん、ただいま!

お帰りハル、訓練はどうだった?

今日は司令部にいかなかったの。

はて、どうしたんじゃ?

あのね、途中で寄った公園で昨日の軍人さんに会ったの!それで、お話してきたんだ!

ほう、それはよかったのう。

それでね。ボク、あのお兄ちゃんみたいな軍人さんになりたいの。今度の入隊試験、受けさせて欲しいんだけど、だめ?

軍人?またお前さんは突拍子もないことを言い出すのう。まあ、お前さんが本気で考えてるならかまわんよ。好きにしなさい。

本当!?

ああ、お前さんが悪党にならん限りは、わしはお前さんの味方じゃからな。がんばってみなさい。

ありがとう、おじいちゃん!

そうだ、入隊試験を受けるならわしがお前さん専用の武器を鍛えてやろう。何がいい?

あのね、ボク大きな武器がいいな!

大きい武器?それならかなり重くなるが、お前さんに扱えるのか?

大丈夫、今から身体も鍛えるから!

そうか。まあ、わしもあまり重くならんように努力はしよう。そうだな、大鎌なんかどうじゃ?

おじいちゃんにまかせるよ!

じゃあ、明日からでもとりかかるか。お前さんも、きちんと勉強するんじゃぞ。

うん!

 

 

世界暦502年○月×日(はれ)

今日は司令部に行く途中の公園で昨日の軍人さんに会いました。

お兄ちゃんにいろいろな話を聞いて、入隊試験を受けることを決めました。

おじいちゃんに話したら、ボク用に武器を造ってくれると言ってくれました。

明日から、一生懸命勉強してお兄ちゃんのいる軍に行けるように頑張りたいと思います。

早くまた、お兄ちゃんに会いたいです。