闇に消えゆく影一つ。

堂々たる靴跡残し

焦った笑みで走り去る。

 

「今度の休み、遊びに来るか?」

昼休み前、ルーファがそう言った。

「…どこに?」

「俺の家」

「いいの?!」

ニアは目を輝かせる。

友達の家に遊びに行くなんて初めてだ。

「ニアに俺の家を紹介したいんだ。

来てくれたら大歓迎」

「行くよ!絶対行く!」

よほど嬉しいのか、ニアはくるくる回り始める。

危ないぞ、と言いながら、ルーファも嬉しい。

こんなに喜んでもらえるなんて思わなかった。

「ルーのお父さんやお母さんにも会える?」

「二人とも仕事忙しいからわからない。

父さんになら会えるかもしれないけど…」

「そっか。楽しみだなー」

「そのうちニアの家にも行って良いか?」

「いいよ!絶対来てね!」

ニアが友達でよかった。

ほっとけないけど、一緒にいて楽しい。

 

そんな約束を交わした次の日だった。

事件は突然起こる。

 

倉庫は派手に荒らされていた。

瓶は床で砕け散り、液体や粉が散乱している。

危険なものも数点あり、片付けに手間がかかりそうだ。

倉庫の持ち主――薬局の店長は、呆れて溜息をついた。

「とうとうやられちゃったな…」

この状況を予想していたかのような口ぶりで。

 

渡された依頼書の束から、大総統ハルは一枚だけを抜き取った。

「アーレイド、他の振り分けておいて」

「それは?」

「とっておきはそれ相応の人じゃないとね」

また何か企んでいるようだ。

このまま前大総統に似てしまったらどうしよう。

大総統補佐アーレイドは本気で悩んでいた。

「それ何なんだ?」

「泥棒に入られたんだって。被害は薬一瓶」

「薬…?」

「一応ホワイトナイト大尉とレガート中尉とバース少尉に頼むけど、レヴィ達にも準備させておいてね」

キーワードが揃った。

やっぱりハルは企んでいる。

「大総統は国民のために動くんだぞ?」

「国民のためだよ。依頼人のニーズに合わせてる」

他のは振り分けてね、ともう一度言って笑うハルに、アーレイドは確かな不安を抱いていた。

 

ゲティス・レガート中尉とパロット・バース少尉は冷や汗を流していた。

彼らは尉官の中でも高い技術と志を持つ者達だが、苦手なものがあった。

それが、ダイ・ホワイトナイト大尉だ。

この人はつくづく恐れられているらしい。

「ホワイトナイト大尉、本当にオレ達で良いんすか?」

「どうでも良いんだけど、上がそう言うからね」

ほら、どうでも良いとか言われた。

「大尉の力になれる自信がないので降りて良いっすか?」

「そうしたいならそうして良いけど。でも君達デスクワーク嫌いだったんじゃないか?」

「いやいやいやいや!デスクワーク大好きですよオレら!」

この人と一緒に仕事をしているといちいち厳しくツッコまれる。

それなら退屈な思いをしたほうがましだ。

「そうか、じゃあ仕方ないな。代わりに他の者を連れて行く」

「そうしてくれると助かりま…じゃなかった、力になれず申し訳ないっす!」

これじゃダメだとわかっていながら、ゲティスとパロットはホッとする。

情けないと思いながら、全てを託されるであろう後輩に心の中で謝った。

 

渡された書類に、ルーファは大きな溜息をつく。

なんでここの人たちは遊び心満載なんだ!などと心の中で叫ぶ。

「担当するはずの中尉と少尉が断ったため、君達に任せることにした。

早速現場に行こうと思う」

「ダイさん楽しそうですね」

「ルー、頑張ろうよ!ルーの家のことなんだから!」

だったら被害者として扱って欲しい。

ルーファの胸中を察したレヴィアンス、アーシェ、グレイヴは掛ける言葉が見つからない。

「それじゃ、行こうか。事件現場のシーケンス家に」

「ダイさん本当に楽しそうですね」

担当するはずの人たちが断りたがった理由が、ルーファにはよくわかった。

 

シーケンス家といえども、住居である建物の名義はフォースだ。

薬局もフォース社の援助を僅かではあるが受けている。

このような状況はフォース社の社長と薬局店長が密接すぎる関係にあるために成り立っている。

どれほど密接かは、

「父さん、ただいま」

「あれ?ルーファ、何で?」

息子の存在が物語っている。

「昨夜入った泥棒のこと、俺達が任せられたんだ」

「へぇ、そうなんだ」

薬局店長は面白そうに笑い、軍人達に向き直った。

「…それじゃ、依頼人として自己紹介しようか。

初めまして。カイ・シーケンスと申します」

親しみのある笑顔が印象的だった。

彼が、ルーファの父。

「はじめまして!僕、ニア・インフェリアです!」

ニアが前に出てきて、カイを見上げた。

「君がニアか。ルーファからよく話は聞いてる。

本当にカスケードさんと同じ色なんだな」

前回の任務でもニアは父の名を聞いた。

ちょっと誇らしくなって、照れ笑いする。

「シーケンスさん、今回の責任者のホワイトナイトです」

ダイが名乗ると、カイは頷きながら返した。

「知ってるよ。アーシェもレヴィもグレイヴも、皆知ってる。

ルーファが全部話してくれるからな」

一体どこまで話したのか気になる言葉だが、追及するのは後だ。

とにかく依頼について話を聞かなければ。

 

大豪邸に、立派な家具。

たくさんの使用人が笑顔で迎える。

「…ルーの家ってすごいんだね」

「母さんの家柄が大会社だから」

慣れない状況に戸惑いながら、ニアはきょろきょろと辺りを見回す。

落ち着きがないと言われても仕方がない。

「アーシェちゃん、すごいと思わない?」

「私の家もこんな感じよ。お手伝いさんはいないけど」

「…そう、なんだ」

浮いているのは自分だけなのだろうか。

そう思ってレヴィアンスの方をちらりと見ると、彼も目が泳いでいた。

ちょっとだけホッとして、ニアはルーファの後をついていく。

「ここに座って」

通されたのは、部屋の一つ。

今まで見てきた光景と大分違うインテリアだ。

「随分と質素ですね」

ダイの言う通り、シンプルなつくりの部屋だ。

急に別の世界に来たような感じがする。

「ここは俺と妻の部屋なんだよ」

カイが笑顔でそう言った直後、

パァンッ!!!

という破裂音が響いた。

目を丸くする子供達の中で、ルーファだけが平然としている。

何でもないという顔で、開け放したドアの外を見ていた。

「誰がだ、誰が」

ルーファの視線の先にいたのは、銀髪の男性。

手にした銃を真っ直ぐカイに向けている。

発砲されたというのに、カイはまだ笑っていた。

「危ないですよ、グレンさん。子供もいるのに…」

「俺が狙うのはお前だけだ」

目の前のやり取りに、ニアは頭の中がぐるぐるしていた。

何が起こっているんだ、一体。

この人は誰?

「母さん、帰ってたの?」

ルーファが銀髪の男性に言った。

「まだ仕事中だ。急に書類の控えが必要になったんで取りに来た。

ルーファこそどうしたんだ?」

「俺も仕事。父さんからの依頼で、ニア達と」

ここでやっと、ルーファからの説明が入る。

「この人が俺の母さん」

「ルーの…お母さん?え、でも…」

混乱するニアに、ルーファは困笑して説く。

「うちはレヴィの家と同じなんだ。父さんも母さんも男で、俺はどちらとも血が繋がってない。

本当は休みの日にニアが遊びに来たら言おうと思ったんだけど…」

予定が狂ったな、と笑うルーファに、ニアは笑えない。

衝撃が続きすぎた。

それを破ったのは、近付いてきた銀髪だった。

「君がニアか。…カスケードさんの子供の」

さっき銃を構えていたとは思えない柔らかな表情で、彼は言う。

「初めましてだな。俺はグレン・フォースという。

君のお父さんの元部下だ」

「…はい、ルーから聞きました」

ルーファだけではない。アーシェやレヴィアンスも話してくれた。

親がニアの父の部下だったことを。

「数少ない信頼できる上司の一人だった。

その子供と会えるなんてな」

誰もがニアの父を慕っている。

昔何があったのか、ニアはよく知らない。

しかし、いろいろなことを通じて父が頼られてきたのはよくわかる。

ニアが考え込んだところで、タイミングを見計らってルーファが口を開いた。

「そういう話は休みの日にしよう。今は父さんの依頼」

「あぁ、そうだな。邪魔をした」

頑張れよ、と告げて、グレンはその場を後にした。

カイはそれを見送った後、子供達に向き直る。

「さぁ、仕事の話をしようか。

…泥棒が入ったって事は聞いてるよな?」

 

現場は薬品庫。カイが作った薬を保管している場所だ。

昨夜、そこに何者かが忍び込んだ。

侵入者は倉庫内を散々荒らし、一瓶の薬を持って去った。

めちゃくちゃになった倉庫をカイが見たのは今朝のことだ。

 

話を聞いた後、まず質問したのはダイだった。

「何故一瓶盗まれたとわかったんですか?」

「昨日調合したばかりだったからね。瓶にはラベルも貼ってたし、よく覚えてる」

「どんな薬だったんですか?」

「ちょっと変わったホルモン剤ってとこかな」

どんな事を訊かれるかをあらかじめ予想していたように、カイは間を空けずに答える。

さすがは元軍人というべきか。

「現場に行ってみる?そのままにしてあるから調べ易いよ」

こちらから申し出る前に先手を打ってくるのは、やはり手順を熟知しているからだ。

何も言わずとも捜査が進みそうだ。

実際の現場でも、ほとんどカイが説明してくれた。

「こぼれた薬品で足跡が残ってるんだ。ほら」

はっきりと残る痕跡を見て、レヴィアンスは首を傾げる。

「足跡にも気付かないなんて、犯人ってボケだったのかな?」

「いや、急いでたんだろ。…多分」

ボケで済ませるな、とルーファはツッコんだ。

「ねぇルー、この辺で足跡消えてるよ!

犯人はここから飛んだのかなぁ?!」

「車にでも乗ったんだろ」

飛ぶわけないだろ、とルーファはツッコんだ。

「ところで先ほどちょっと変わったホルモン剤と仰ってましたが、どのように変わってるんですか?」

ダイはまともなことを言っているようだ。ルーファは少しホッとする。

しかし、カイの答えが

「身体自体に変異を起こすんだよ。一時的に性転換を引き起こす、性ホルモン剤」

こうだったので

「父さん何作ってるんだよ!」

とルーファはツッコんだ。

「頼まれたんだよ。だから三万エアーで」

「なんでもかんでも作るなよ!」

「面白いな…犯人から奪い返したら分けてくれますか?」

「ダイさん、それでも軍人ですか?!」

「ダイのお母さんにはそんなに影響なさそうだけどな」

「父さん論点違う!」

「性別変わったらルーファ君はお嬢様になるの?」

「アーシェまで変なボケ方するなよ!」

「アーシェは男の子でもかわいいわね、きっと」

「グレイヴだけはボケないって信じてたのにあっさりぶち壊されたよ!」

度重なるボケにツッコミを入れまくったルーファは、疲れきって肩で息をしている。

カイが彼の肩を叩き、笑顔で言った。

「大丈夫か?」

「誰のせいだよ、誰の…」

どうしてこんなに疲れる必要があるんだ。

どうしてこんなにボケばっかりなんだ。

 

気を取り直して、捜査開始。

薬を頼んだ人物が容疑者だ。

「この手の薬は高くしてあるから、いつかこういうことがあるんじゃないかって思ってたんだ」

「父さん、それ笑顔で言うことじゃないよ」

客の情報を貰い、住所を割り出す。

アーシェ、レヴィアンス、グレイヴは現場に残り、

ダイ、ルーファ、ニアは容疑者宅へ向かった。

「なんか簡単に終わりそうだね」

「そんなわけないだろ。証拠がないと捕まえられないんだから」

ニアののんきな台詞に、ルーファは溜息をついた。

ここからが大変だ。

犯人の靴には薬品がついているはずで、車に乗ったならその痕跡も残るはずだ。

しかし、これらの目立ちすぎる証拠をそのままにしているとは到底思えない。

「ルーファの言う通り、証拠がなければ意味がない。

ここが前回の任務より少し難しい所だな」

ダイも真剣な表情だ。

漸くボケ抜きの真面目な捜査ができる。

車は民家の前で停まった。

「俺が話を聞いてくる間に、そこの車を調べてくれ」

「はい!」

ダイは民家の玄関へ、ニアとルーファは脇に停めてある車へ。

「窓から見える?」

「よくわからないな。反対側に回れば…」

二人が一生懸命痕跡を捜す途中、

「なんだとぉ?!」

太い声が民家から聞こえてきた。

「…なんだろうね」

「父さんに薬を頼んだ人かな…」

車を調べるのを一旦やめ、二人は民家の玄関に目をやった。

無精ひげを生やしたごつい男が、ダイに掴みかかっている。

「頼んだ薬が盗まれたって、ふざけんのも大概にしろやぁ!」

「ふざけていません。とにかくあなたの車と靴を調べさせていただきます。

昨夜のアリバイも…」

「昨日の夜はずっと家にいた!この俺を疑ってんのか?!」

すごい剣幕でまくしたてる中年男に、ニアは恐れを抱く。

「ルー、あの人恐いよ…」

「そうだな…」

確かにあの怒鳴り声は恐い。

しかしルーファが一番怖いと思ったのは、

盗まれた薬を頼んでいたのが中年のおやじだという事実。

「何に使う気だったんだ…」

「?」

顔を青く染めるルーファと、彼の真意がわからないニア。

玄関を覗いていた二人に、中年親父は気付いてしまった。

「おい、ガキども!そこで何やってんだ!」

「やば…っ」

慌てて乗ってきた車に戻ろうとする二人だったが、

「うわっ?!」

ニアが躓き、

がつん

と音がした。

「ニア、大丈夫か?!」

「大丈夫だよ…僕は」

「…あ」

軍服の止め具が原因らしい。

中年男の車には、素晴らしい引っ掻き傷が刻まれてしまった。

「ガキ!俺の車に何しやがる!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁいっ!」

「申し訳ありません!俺の部下ですから俺が責任を負います、オッサン!」

「ダイさん、それ謝ってません!」

この騒ぎは近所中に響き渡り、苦情が殺到することになる。

 

今回の任務は失敗だ。

しかし、事件は解決した。

犯人は薬局の商売敵で、あの中年男ではなかった。

日頃からカイに苛立っていた犯人は、酒に酔った勢いで薬局の倉庫を襲撃したのだ。

倉庫を荒らして逃げたが、瓶を一つ持ったままだった。

酔っていたのでそれを飲んでしまい、朝起きたらとんでもないことになっていた。

事件の謝罪と薬の対処法を尋ねるために仕方なくカイのもとを訪れたのだった。

それがちょうど、ニアたちが中年男に怒鳴られていた頃。

前回に引き続きまたもや問題を起こして帰ってきた者達が、大将に説教されたのは言うまでもない。

 

「車の修理代はニアが払ったことになってるけど、本当は大将が立て替えてるんだ。

今回の任務は散々だよ…」

その夜、ルーファは深い溜息をつきつつ語っていた。

「カイがしっかりしていないからこんなことになるんだ」

「そうですよね…。ごめん、ルーファ」

「もう良いよ…」

今日はツッコミばかりで疲れた。

自分の周りがボケばかりということに気付いてしまった。

「でもさ、ルーファ」

俯くルーファに、カイは温かい笑みを向ける。

「ボケばかりでも、仲間がいるっていうのは良い事だろ?」

昔から見てきた父は、あまり変わっていない。

時にボケて、時に諭して、いつもルーファを支えてくれた。

「俺もカイには散々振り回されたが、今となってはまぁいい思い出だ。

ルーファもそのうち笑って思い出せるようになる」

母も昔と変わらない。

たまに天然だが、ルーファの話をよく聞き、見守ってくれた。

「…そう、だよな。俺、結構今の環境好きだよ」

両親がいる。一緒に笑い会える仲間がいる。

昔の自分からは考えられない。

「今度ニアが遊びにきたとき、ちゃんと紹介するから。

あいつが一番ほっとけなくて、でも一番大切な友達なんだ」

今こうして語れることが、なんだかんだいいつつも幸せだ。

「ルーファ、そういうの何ていうか知ってるか?」

「何?」

「親友っていうんだよ」

これから何が起こるかわからない。

でも、何が起こっても大切な人がいれば大丈夫だ。

「…親友…」

大切な人に何かあったら、自分が必ず守る。

そのために、自分の強さを磨きたい。

 

その強さが全てツッコミに変わってしまっても構わない

…というわけでは全く無いが。

 

「ところで薬頼んだ人、何に使う気だったの?」

「女装が趣味らしいよ。完璧にするために薬が欲しかったって」

「…人の趣味ってわかんないね」

 

To be continued…