「はふぅ…」

ハルは危険薬物取り締まり関係の書類に溜息をついた。

最近この手の事件が妙に多いような気がする。

軍のトップとして何とかしなければという思いはあるのだが、捜査は一向に進まない。

「…これはボク達で何とかするとして、こっちはどうしようか」

書類を持ち替え、補佐であるアーレイドに問う。

先ほどのものよりも薄く、内容も単純な書類はいかにも紙らしい音を立てた。

「これは階級低い奴等で良いんじゃないか?何だったら…」

「うん、ボクもそう思う。じゃあホワイトナイト大尉呼んで」

アーレイドが最後まで言い終わらないうちにハルは命じた。

即決型人使いについては前大総統にだんだん似てきた。

 

「よし、チェックメイトっ!」

思わずそう叫んでしまってから、レヴィアンスはハッとした。

相手が同じ階級のニアやルーファならまだいいが、今対戦していたのは。

「へぇ、やっぱりレヴィは強いんだな。今度こそ負けないようにと思っていたのに…」

上司でしかも負けず嫌いなダイが相手の時は、後が怖いため素直に喜んではいけない。

それは以前チェスをした時にわかっていたはずだ。

「ダイさん怒ってるよ…」

ルーファは聞こえないように呟いたつもりだったが、そうはいかなかった。

ダイの視線がこちらに向けられ、体を硬直させる。

「ルーファ、何か言ったかい?」

「…なんでもないです」

このままでは気まずい雰囲気のままだ。何とかしなければ。

そう思っていたとき、構内放送が第三休憩室にも響いた。

『ダイ・ホワイトナイト大尉、至急大総統室まで来るように』

聞き慣れた成人男性の声だ。何故呼ばれるのかもわかりきっている。

「やれやれ…レヴィの両親も人使い荒いよな」

「そんな事ないですよぉ…」

頬を膨らませて抗議するレヴィアンスにあまり構うことなく、ダイは第三休憩室を後にした。

「大尉どうしたのかな…仕事きたのかなぁ?」

ニアが首を傾げてルーファに尋ねる。

「多分な。俺達もかり出される可能性は高い。…そうだろ?レヴィ」

「うん…きっとそうだよ」

大総統の息子であるレヴィアンスは躊躇いなく頷いた。

 

エルニーニャ王国軍中央司令部は、国で最も大きな軍施設だ。

ニア、ルーファ、レヴィアンスの三人はここに所属している少年兵で、胸に光る茶色のバッジは彼等が伍長であることを示している。

先ほどまでいっしょにチェスをしていたダイは大尉で、年齢は彼等より七つ年上だ。

親が軍人であったこともあってか(レヴィアンスに至っては大総統を母に持つ)、実力が高いのでよく依頼型任務を請け負う。

今回もそのようで、大総統室から戻ってきたダイは民間からの依頼書を手にしていた。

「案の定、俺たちが担当だ。女子入れて六人」

「いつもと変わりませんね」

ここにいる少年四人に加えて、普段は少女二人も任務に同行している。

今課された任務は、その「普段のメンバー」でのものらしい。

「説明するから他二人呼んできてくれないか?」

「わかりました」

ダイの指示で、ニアとルーファそしてレヴィアンスは第三休憩室を飛び出した。

 

コピー機の前で少女が二人、仲が良さそうに仕事をしていた。

「あと十枚?」

金髪の小柄な少女が数字のキーを押す。

「これが終われば休憩ね。お疲れ様、アーシェ」

黒髪の長身の少女が、金髪少女の頭を軽く叩く。

「もう、叩かないでよグレイヴちゃん…」

「ごめんごめん」

笑いながら書類を印刷する少女達の方へ、パタパタと足音が近付く。

「アーシェちゃーん」

名前を呼ばれ、金髪少女は振り向いた。

視界にダークブルーの髪の少年が入ってくる。

「ニア君…どうかしたの?」

「うん…お仕事だって、大尉が」

アーシェはニアの言葉に困ったように笑った。

その傍で黒髪少女は印刷の終わった書類をまとめつつ溜息をついた。

「休めないわね」

「仕方ないよ。行こう、グレイヴちゃん」

グレイヴと呼ばれた黒髪少女は、コピー機から原版を取り出して傍にある机に置いた。

 

六人を無理矢理詰め込んだ車は、街を安全運転で走る。

後部座席の四人は今回の任務について話し、助手席に座っているグレイヴは窓の外ばかり見て何も言わない。

運転しているダイは彼女を気にするが、声をかけたりはしない。

従ってこの車内は後ろの四人によって静寂を避けている。

「最近多かったからな、危険薬物関連」

ルーファは書類を見ながら言う。

今回の任務は危険薬物関連事件とほんの少し関わりがある。

深い関わりがないからこそ階級の低い自分達に割り当てられたのだ。

「息子が危険薬物に手を出してるなんて知った時、きっとショックだったよね…」

レヴィアンスは溜息混じりに呟いた。

彼の言う通り、依頼人は危険薬物関連事件関係者の親だ。書類にそう書いてある。

「だけど任務は薬物とは関係ないのよね?」

「みたいだよ。ね、ルー」

アーシェの質問をニアはルーファに振る。ルーファはそれに頷き、再び書類に目を落とした。

「見えてきた」

ダイがポツリと呟く。ツタに装飾された少し古い家が目に入る。

「あれが依頼人の家だ。失礼のないように」

「はい!」

ニアたちの返事は軍人というよりは低学年の学生だ。それを聞いて、グレイヴが僅かに笑みを浮かべた。

 

六人を迎えてくれたのは、いかにも品の良さそうな女性だった。年齢は大体六十歳くらいだろう。

「初めまして、フォールティさん」

ダイが前へ出て頭を下げた。女性はそれに同じようにして返す。

「初めまして、可愛い軍人さん達。フォールティです」

見ていると和むような笑顔で彼女は自己紹介した。ダイは自分と他五人の名を彼女に伝える。

「中央司令部大尉のホワイトナイトです。

こちらは全員伍長で、インフェリア、シーケンス、リーガル、ハイル、ダスクタイトです。

今回は宜しくお願いします」

「えぇ、こちらこそ。小さいのに頑張ってるのね、あなたたち」

フォールティ夫人は自分の孫に接するように来訪者を家に招き入れた。

室内には古めかしい家具が並び、一昔前のお金持ちといった感じがする。

フォールティ夫人に勧められて座ったソファは、体がすっぽり埋まってしまいそうなくらいに柔らかすぎた。

ニアとレヴィアンスは飛び跳ねてみたいという衝動に駆られたが、何とか抑えていた。

「それでは、お話を聞かせていただきます」

ダイの形式的な言葉に、フォールティ夫人は頷いて話し始めた。

「つい先日…息子がどうしてもお金が必要なのだと言って、家のものをいくつか持っていってしまったの。

多分売ったのだと思うわ」

手に入れた金は薬物を買うために使われたことがわかっている。しかし、今問題なのはそこではない。

「それでね…持っていった品物の中に、主人が遺した大切な形見の品があるのよ」

「形見…ですか?」

「えぇ」

ルーファが訊くと、フォールティ夫人は少し寂しそうに笑った。

「主人は家族の写真を撮るのが好きだったわ。皆仲良く暮らしている姿を撮るのが…。

写真の中の家族はいつも明るく笑っているの」

フォールティ夫人は向かいにある暖炉の上に目を向けた。

そこには若き日の彼女と夫と思われる人物、そして幼い子供がいた。

「息子が家を出てしまってからは、主人の撮った写真と愛用のカメラが私の救いだったわ。

幸せな日々を思い出せたの。だけど…」

カメラは息子が持ち去ってしまった。

どこにあるのかはわからない。

彼女を支えていたものは行方がわからなくなってしまった。

「カメラを捜して欲しいの。主人と私と…あの子の思い出を、取り戻して欲しいのよ」

 

ニアとレヴィアンスは骨董品店の主人に聞き込みをすることになった。

捜すカメラがどういうものかわからないため、売りに来た人物について質問する。

「…っていう感じの人なんですけど、来ませんでしたか?」

ニアが訊くと、店主は難しそうな顔をして首を傾げた。

「知らないねぇ…そんな人見たこともないし…」

「そうですか…」

一軒目はハズレらしい。

落ち込むニアに、レヴィアンスは元気に言った。

「まだ始めたばっかりなんだからさ、次行こうよ」

「うん…そうだね!」

店主に礼を言って、二人は店を出た。

次の店までの地図を見ると、意外と遠い。

「ニア、競走しようか」

「いいよ。負けないからねっ!」

任務中だというのに、二人は普通の子供のように駆けて行く。

 

一方、ルーファとアーシェは近所の人から話を聞いていた。

「あぁ、あの家の?そうねぇ…昔は大人しかったわ。なんで薬物なんかに手を出したんでしょうねぇ」

「今の性格とかわかりますか?どんな人だったか…」

「さぁ…昔のことしかわからないのよ。あまり外に出ない子だったし…」

色々な人に訊いたが、どの人も似たような答えを返す。

「性格から行動パターンが読めればと思ったんだけどな…」

地図にチェックを入れながら、ルーファは息をついた。

「大丈夫よ。昔のことではあるけど大人しいっていう情報は得てるし、もう少し詳しい情報があれば良いんだから」

アーシェは地図を覗き込みながら、次の家をさがす。

そのもう少しに届かないのだが、アーシェが言うと次は見つかりそうな気がする。

「次この家か。今度こそ何かわかると良いな」

「そうだね」

二人は期待を持って、家の呼び鈴に手を伸ばした。

 

ダイとグレイヴは一旦司令部に戻り、薬物売買関係の資料を漁っていた。

骨董品などをできるだけ高額で買い取るルートがあるはずだと思い、そこを経由して金を手に入れた場合を想定したのだ。

しかし、

「グレイヴ、何かわかったかい?」

「うるさい」

ダイの言葉を冷たく避けて、グレイヴは資料に手を伸ばす。

ダイは爽やかな笑顔を浮かべたまま、さらに彼女に話し掛けた。

「酷いな…俺は君の上司だよ?」

「上司だろうが何だろうが、一分おきに声掛けられたらうるさいに決まってるでしょ。

大体アンタは何かわかったの?」

一体上司は何をやっているんだ、と呆れ果てたグレイヴだが、次の瞬間その呆れは驚愕に変わった。

「もうわかったよ、裏ルートのこと」

「早く言いなさいよ!」

さすがは上司、その早さは尊敬に値する。

しかし、どうしてわかった時に言わないのだろうか。これでは全く意味がない。

「言おうとしたのにさっきから一蹴されてたんじゃないか。

…それはともかく、この資料から裏の取引ルートについては大体わかったよ。

そういうことを請け負ってるのは大抵普通の骨董屋らしい。当然軍になんか本当のことは話さないけどね」

分厚いファイルを閉じ、ダイは椅子から立ち上がる。

グレイヴの傍にあったものも全てまとめて抱え、資料室へと向かう。

「早くニアとレヴィに言わないと…あの二人じゃやっぱり少し不安だ」

「アタシはアンタが一番不安だわ」

「心配してくれてるのかい?」

「心労してるの」

とにかく行動するしかない。手がかりがあるのなら。

 

フォールティ邸で六人は落ち合い、得た情報を交換し合うことになっている。

しかし交換できるような情報は得られていない。

ニアとレヴィアンス、ルーファとアーシェは半ば落胆してダイとグレイヴを待った。

「頼みの綱はあの二人だな…」

「大尉ならきっと何かわかったよ」

そうでなければ困る。何もわからないままでどうカメラを捜せというのか。

「カメラなんていっぱいあるしね。昔のモデルっていっても、いろんなものがあるみたいだし…」

せめてその筋の人がいれば何かわかるかもしれないが、自分たちの周りにはいない。

大体カメラについての情報も少なすぎる。せめて写真でもあればいいのだが。

「でも、カメラの写真って何か変だよね…」

「ちょっとな」

ルーファが苦笑したところで、見慣れた軍用車が傍まで来て停止した。

「大尉!」

「グレイヴちゃん、遅いよ…」

ニアは表情を輝かせ、アーシェは少し拗ねたように言う。

「ごめん。コイツがデータ見つかったのに言わないから…」

「上司に向かってコイツって…」

ダイとグレイヴのやり取りに、ルーファとレヴィアンスは「また始まった…」と溜息をつく。

「夫婦漫才なんかしてる暇ないですよ」

「誰が夫婦よ!」

ルーファの言葉に、グレイヴはすかさず言い返す。

ダイは笑いながら書類を取り出した。

「それじゃあ、さっき調べたことを言うよ。ニア、レヴィ、君たちが回った骨董品店をもう一度洗いなおす必要がある」

資料のコピーに書かれている文章を見て、ニアは少し考え込む。

普通の骨董品店が裏と結びついているという可能性は確かにある。

しかし、どの店もそんな雰囲気は無いように思われた。

「もう一度行くんですか?」

「そう。ただしニアとレヴィはもう顔が知られてるから…」

ダイはアーシェとグレイヴを見、頷いた。

 

「いやいや、可愛い娘さん達だな」

店主の機嫌も良いようだ。ここまでは作戦成功。

これまで回った骨董品店は、偶然にも店主がすべて男性だった。

やはりここは「孫のように可愛い女の子」を使うべきだろうとダイは提案した。

しかし、

「何でアタシがこんなに短いスカートはかなきゃいけないのよ…」

「仕方ないよ、グレイヴちゃん。大尉がこの方が良いって言うんだから」

着替えさせられた私服に、グレイヴはかなり不満そうだ。

普段膝上のスカートなどはかない(軍服でさえ膝下丈スカート)彼女にとって、この格好は恥ずかしいらしい。

「こんなの職権乱用よ!」

「しーっ!グレイヴちゃん、店長さんに聞かれちゃうよ…」

アーシェは慌てたが、店主は何も聞いていなかったようだ。全く変わらぬ調子で二人に話し掛ける。

「娘さんたちは何をご所望かな?」

「えっと…最近入った物で珍しい物があったら見せて欲しいんですけど」

「最近か…」

店主はニヤニヤしたまま考え込む。

アーシェの可愛らしい振る舞いはかなり効いているようだ。

「最近のものは鑑定途中でね、棚の上の方に置いてあるんだよ。

脚立に登って見てくれるかな?」

うまくいった。あとは物を見せてもらうだけだ。

「あっさり過ぎるし、可能性は低そうだな」

「僕もルーの言う通りだと思う」

店の外でルーファとニアが呟いた。

「グレイヴちゃん、私じゃ届きそうに無い…」

脚立を使ってもアーシェでは棚の上に届かない。

無駄に高い棚に届くにはグレイヴの長身が必要だ。

「わかった。アタシに任せて」

グレイヴは脚立のはしご部分に足を掛け、早足に登っていった。

彼女の身長でも棚に置いてある物がなんとか見える程度だ。しかし、それで十分だった。

「…あった」

古いカメラ。製造されてからかなりの年月が経っている。

それだけではなく、とても小さくではあるがフォールティ氏の名前が刻まれていた。

「信じられない…一発で見つかるなんて…」

グレイヴは暫く動きを止め、カメラに見入っていた。

しかし、それがいけなかった。

 

最初に気づいたのはレヴィアンスだった。あまりの恐ろしさに涙まで滲んでくる。

「…大尉…?」

震える声を聞き、ルーファもその異変に気づいた。

「どうしたんですか、ダイさん」

恐る恐る尋ねてみるが、まともな返答は望まない方が良いようだ。

「大尉、目つき違いますよ…?」

普段大ボケなニアでさえ危険を察知している。

ダイが怒っているのは誰が見ても明らかだ。

しかし、怒り方がいつもとは比にならない。

チェスに負けた時だって口元は笑っていたのに、今はそれすらも無い。

「あのジジィ…」

口調まで変貌している。

言葉の対象がどうやら店主であるらしいことに気づいたルーファは、店の方に目をやった。

「…あ」

店主はあまり首を動かさず、横目で斜め上を見ていた。斜め上には…

「大尉っ!?」

横を通っていった影とニアの声に、ルーファはさらに青ざめた。

 

「…ったく、必ず一個は問題起こして帰って来るんだな」

「まぁまぁ、もう良いじゃない」

呆れかえるアーレイドと、クスクス笑うハル。そして俯き加減のダイ。

「すみませんでした」

「そんなに気にしないで良いよ。ちょっとお父さんに似ちゃっただけなんだから」

ハルはそう言うが、アーレイドはそれこそ問題だろ、とツッコミをいれそうになる。

ダイの父親はかつて軍きっての暴れ者だった。こんな形で復活なんかされては困る。

「まぁ、今回は裏関係の骨董屋逮捕ってこともあるし、許してやるよ。

ただし、今度やったら…」

「わかっています、ハイル大将。申し訳ございませんでした」

本当は「今度やったら」どうなるのかなんて、ダイはわかっていない。

ダイが大総統室を出ると、ニア、ルーファ、レヴィアンス、アーシェの四人が待っていた。

自分たちの上司が叱られていたというのに笑っている。

「…何やってるんだ?」

「大尉を待ってたんです」

ニアが即座に言う。続いてルーファが、

「前に問題起こしたのはニアだったけど、今回はダイさんでしたからね。

落ち込んでるんじゃないかと思って」

と言う。

ダイは苦笑しつつ、辺りを見回した。

「…グレイヴは?」

「グレイヴちゃんはお仕事です」

アーシェが答えるや否や、ダイは事務室の方へかけて行った。それもかなりのスピードで。

「ほんっと、グレイヴのことになると大尉はかなりバカになるよね」

レヴィアンスがぼそっと呟いた。

今回の事も、骨董屋の店主が脚立に登っていたグレイヴのスカートの中を覗いていたことが原因だ。

それにダイがキレて店主に掴みかかり、レヴィアンスが慌てて父であるアーレイドに連絡をしたのだ。

放って置いたら店主はもっと重傷を負っていただろう。

「レヴィ、誰がバカだって?」

「うわぁぁっ!?いちいち戻ってきたんですか!?」

彼のバカはグレイヴに関してだけじゃないとルーファは思ったが、それを口に出すようなことは決してなかった。

一方ニアとアーシェは、その光景をのんきに笑って見ていた。

 

資料整理を終えて、グレイヴはニアたちがいるはずの第三休憩室へ向かっていた。

時間がかかってしまったが、休憩時間は十分ある。

「ダスクタイト伍長」

「え、…あ、大総統閣下!」

ゆっくり廊下を歩いていると、ハルに声を掛けられた。

相手は知り合いだが大総統だ。当然緊張する。

「そんなに硬くならないで。これからインフェリア伍長達に会う?」

ハルの柔らかい声に少し落ち着きを取り戻し、グレイヴは頷いた。

「会いますけど…」

「じゃあ伝えてくれるかな?今回の依頼人がぜひお礼をって言ってるから、もう一度行って来て」

お願いね、と言ってハルは行ってしまう。

突然のことで状況把握が遅れるが、フォールティ夫人の笑顔は自然と思い出された。

 

車内は相変わらず後部座席の四人の会話で賑やかだ。しかし、いつもと違う点が一つ。

「いきなり店主の胸倉掴んだりして…。何取り乱してたのよ」

隣からの声にダイは目を丸くする。グレイヴから話し掛けてくるなんて滅多に無い。

「あれは…」

「アンタがあんな短いスカート用意するから悪いんでしょ。どこから持ってきたのよ」

「…ごめん」

言い返すことなんかできない。

自分の所為で彼女を傷つけたかもしれないし、上司にも叱られた。

「俺の所為だよ。本当にごめん」

「たまには反省しなさい。…スカートの中なんて見られても何でもなかったけど」

「え?!」

車が大きく揺れた。

後部座席から悲鳴が聞こえたが、そんなことはお構い無しだ。

「何でもないって…」

「スパッツはいてたから別に問題なかったの。

…って、ちょっと、アーシェ大丈夫?!」

グレイヴが後部座席の大惨事に気づいた時、

「私は大丈夫だけど…ニア君が…」

ニアがレヴィアンスの下敷きになって目を回していた。

 

フォールティ夫人は大事そうにカメラを抱え、にっこり笑った。

「本当にありがとう。

あなたたちのおかげでとっても早くカメラが戻ってきたわ」

取り戻す過程にハプニングがあったことは伝わっていないらしい。

六人は半ばホッとしながら彼女の話を聞いていた。

「今回のことで私もわかったの。いつまでも思い出だけに縋ってちゃいけないのね。

カメラが戻ってきて一番最初に思った事は、息子が戻ってきたら一緒に写真を撮りたいってことだったの」

フォールティ夫人の笑顔から寂しそうな感じが消えた。

彼女は前に見た時よりももっと綺麗だった。

「ねぇ、あなたたちに助けてもらった記念に写真を撮らせて下さらない?」

古めかしいカメラが、輝いて見えた。

 

陽の光が柔らかく辺りを包み、並んだ五つの笑顔はとても眩しい。

「…グレイヴちゃん、入らないの?」

首を傾げるニアに、グレイヴは俯いてしまう。

アーシェがそっと耳打ちした。

「グレイヴちゃん写真苦手なの。どうしても笑顔作れないからって…」

そのままで十分なのに、と付け加えて、アーシェはグレイヴを呼ぶ。

「グレイヴちゃん、ちょっとで良いんだよー?」

「でも…アタシだけ笑ってないの不自然だし…」

「フォールティさん困っちゃうよー」

それはわかっているのだが、どうしても入る気になれない。

フォールティ夫人がまた寂しそうな表情になるのが見え、グレイヴは戸惑ってしまう。

「グレイヴ」

不意に声を掛けられ、反応する間もなく肩に手が掛けられた。

一瞬何が起こったのか理解できない。

「こうすれば嫌でも一緒に写るだろ?」

いつもより近いダイの笑顔。肩を抱く温かい手の感触。

頭の中で状況を把握できた時、取るべき行動は決まった。

「…アンタ何してんのよ…」

グレイヴの様子の変化にアーシェが気づいた頃には、時すでに遅し。

「グレイヴちゃん、ダメぇっ!」

止める声も届かず、

「ちっっとも反省してないじゃない!!」

重い音とうめき声が、シャッター音に重なった。

 

「よく撮れてるな…」

「うん、バッチリ」

「最高傑作だね」

ルーファ、ニア、レヴィアンスは口々に言った。

「もう、三人とも…。でも面白いかも」

アーシェさえもこう評してしまう。

「もうやめてよ、その写真…」

グレイヴは赤面してそっぽを向いた。

「いつもより強烈だったよな、肘うち…。まだ痛いよ」

ダイは腹部を押さえつつ笑う。

フォールティ夫人がくれた集合写真は、ジャストヒットの瞬間をとらえたベストショットだった。

「自業自得でしょ、このバカ上司…」

 

 

To be continued…