ニアたちの任務の一方で、アーシェとグレイヴもある任務に当たっていた。

メンバーは七人、任務内容は「視察」。

 

「そんなに気ぃ張らなくていいぞー。初めての視察なんてお試し体験みたいなもんだからさ」

「そうそう、そのためにオレたちがいるんだから」

車を運転するのはゲティス・レガート中尉。

そして助手席にはホリィ・グライド曹長。

「ね?にぎやかでしょう、この人たち」

後部座席、つまりすぐ隣にはオリビア・パラミクス軍曹。

アーシェは上司の中で緊張して固まっていた。

「にぎやかですけど…やっぱり緊張して…」

「緊張するなって!アーシェちゃんは誕生日いつ?血液型は?」

「ホリィ君、そんなに一気に質問したらアーシェちゃんが戸惑うわよ」

カチコチのアーシェを乗せたにぎやかな車が前方を走り、その後ろをもう一台が走る。

こちらは対して静かなものだ。

運転しているのは口下手なパロット・バース少尉。

後部座席にはドミナリオ・エスト准尉。

グレイヴは助手席に乗せられ、気まずい思いで外を見ていた。

一号車と二号車のこの温度差をどうにかして欲しい。

自己紹介の時点でそれは可能だったじゃないか。

 

任務のため集合したメンバーで、最初に自己紹介をした。

「オレは今回の指揮を務めるゲティス・レガートだ。

一応中尉だけど、階級で呼ばれたら堅苦しいから名前で呼んでくれ」

空色の髪と眼が眩しい。彼は頼もしく笑った。

「それと、こいつはパロット・バース少尉。ちょっと人見知りだけど、いいやつだから」

ゲティスに紹介され、闇紫の頭をちょこんと下げる金目。

人見知りもよほどのものなのか、すぐにゲティスの後ろに隠れてしまった。

「もういいっスか?えーっと…ホリィ・グライド、曹長やってるぜ」

茶髪の彼は元気よく言った。しかし隣の者に睨まれる。

「普通上司差し置く?」

「あーゴメン、つい癖でさ」

「まったく…」

ホリィの隣にいた金髪の少年は、呆れて息を吐いたあと言う。

「ドミナリオ・エスト、准尉。先日昇進したばっかりでなかなか部下から上司扱いされないんだけどね」

再びホリィをじろりと睨んで、彼は自己紹介を終えた。

「オリビア・パラミクスです。階級は軍曹で、一応エスト准尉、グライド曹長と同期です」

金髪をみつあみにした、ちょっと大人びた雰囲気の彼女。

アーシェとグレイヴがよく知っているのはオリビアだけで、ドミナリオとホリィはちょっとした顔見知りだ。

ゲティスとパロットにいたっては初対面。

「さ、あなたたちもどうぞ」

オリビアに促され、まずはアーシェが、それからグレイヴが名乗る。

「えと…アーシェ・リーガルです。まだ伍長ですけど、よろしくお願いします」

「グレイヴ・ダスクタイト、同じく伍長です。よろしくお願いします」

全員が名乗ったあと、ゲティスはそれぞれの顔を見ながら名前を呟いた。

そして頷き、号令をかける。

「これより視察任務に向かう!何もないとは思うけど、気は抜かないように!」

 

そして現在に到るのだが、

「宿確保したから、仕事終わったらここに集合。ぐるっと見て回って何か気づいたことあればメモしとけ」

ゲティスの大まか過ぎる説明は、アーシェとグレイヴにはちょっと気の抜けるものだった。

小さな村に到着した一行は、とりあえず任務を済ませてしまうことにした。

三組に分かれて行動しようというゲティスの案により、二人組が二つと三人組が一つできる。

一組目はゲティスとホリィ、二組目はドミナリオとグレイヴ、三組目はパロットとオリビアとアーシェ。

それぞれで一区画ずつ担当し、村の様子を報告書にまとめる。

アーシェは寮で同室のオリビアが一緒なので、気が楽だった。

「オリビアさんとパロットさんは、一緒にお仕事するのは初めてなんですか?」

「えぇ、そうね。でもこの前、ドミノ君たちとはお仕事しましたよね?」

オリビアが話しかけると、パロットは視線を逸らしたまま頷いた。

「した。…確か、あの子誘拐された事件」

それでアーシェは理解できた。

ドミナリオたちとした「お仕事」は、グレイヴが誘拐された事件でのものだ。

つまり彼も従姉を助けてくれた一人というわけだ。

「パロットさん、グレイヴちゃんを助けてくれて…ありがとうございました」

「どういたしまして。でも、助けたのパロだけじゃない。ゲティスも」

「じゃああとでお礼言います。私の大切な人の、命の恩人だもの」

アーシェの柔らかな笑顔に、パロットも少し人見知りを解いたようだ。

ようやく金目がこちらを向いた。

「パロットさん、ゲティスさんと仲良いんですか?」

オリビアがこの機会を狙って尋ねる。

パロットの警戒は彼女に対しても解けているようで、今度は目を合わせて答えてた。

「昔から一緒。ゲティスがパロを軍人にした」

それから三人はいろいろなことを話した。

昔のこと、今のこと、自分のこと、人のこと。

出身の話になるとパロットは黙ってしまったので、そこに触れることはできなかった。

アーシェにとって、ダイ以外の上司というものはあまり関わらない存在だ。

オリビアは同室ということもあって、上司というよりはお姉さんといった感じだ。

上司にもいろんな人がいるんだな、と思う。

「やっぱり大尉とは全然違うタイプですよね」

「大尉?」

「ホワイトナイト大尉のことよね」

パロットはその名前に、少し困った表情を浮かべた。

アーシェとオリビアは顔を見合わせ、どうしたんですか、とハモった。

それがおかしかったのか、パロットはちょっと笑ってから言った。

「パロ、ホワイトナイト大尉苦手。あの人、ちょっと意地悪」

「意地悪って…知ってるんですか?」

「去年、一回だけ一緒に仕事した。あの人、ゲティスに意地悪した。

それから下宿行くと、あの人パロにも意地悪する」

ここにルーファかレヴィアンスがいればこの気持ちを共有できたかもしれないが、普段いじめられることのないアーシェにはわからない。

アーシェにとっては意外なダイの一面に、内容はともかく少し感心する。

オリビアはといえば追加でどんどん質問していた。

「下宿なんですか?」

「本当は寮。ゲティスとケンカした時、下宿に家出した。

そしたら下宿、大尉の家だった」

「私も行ったことあります!ねぁーがいっぱいいるんですよね!」

アーシェは以前、任務の協力を得るために下宿、つまりダイの家に行ったことがある。

家の者の趣味のおかげで、室内にはねぁーがうろうろしていた。

「でもねぁー触ろうとすると、大尉怒る」

「…そうなんですか?」

「パロ、ねぁー触ろうとした。大尉に取り上げられた」

何故アーシェの知るダイとパロットの知るダイはこんなにもかけ離れているのだろう。

話を聞く限り、まるで悪人だ。

「大尉にも事情があったのかもしれないわよ。それはそうと、パロットさんは他にも知ってる人います?」

オリビアは巧く話をシフトしてくれた。

パロットは少し考えてから、アーシェに尋ねた。

「インフェリア、知ってる?」

「ニア君のことですか?」

「そう、ニア・インフェリア。あの子、前大総統の…」

「息子です。イメージは全然違うけど」

パロットは頷きながら答えを聞いていた。

アーシェがでもどうして、と言いかけた時、

「前大総統、パロたち助けてくれた」

理由は簡単に語られた。

「助けてって…」

「ゲティスとパロ、入隊試験受けられないかもしれなかった。

でも、前大総統受けさせてくれた」

「そうだったんですか…」

何があったのかはわからないが、前大総統カスケード・インフェリアはこんなところでも慕われているようだ。

周囲がニアに期待することは、実はけっこう大きかったりするのだ。

「ニア君は頑張りやさんですよ。ちょっとドジだけど」

「でもあの人の子供。きっと強くなる」

「うん…きっとそうですよ!頑張ってるニア君、私大好き!」

「あら、アーシェちゃんニア君のこと好きなの?」

「好きですよ。ルーファ君もレヴィ君もグレイヴちゃんも、もちろんオリビアさんやパロットさんも」

「あぁ、そういうことなのね。」

オリビアはくすくすと笑い、アーシェとパロットは顔を見合わせて首をかしげる。

のんびりとした時間が過ぎていく中、

「あ…いけない、任務中だったわね」

ようやくこのことに気づいた頃には、もうだいぶ歩いていた。

 

車の中での無口ぶりは、任務中でも変わらない。

真面目に仕事をやってるのかと思えば、そうでもないらしい。

彼は村を見ず、何か考え事をしていた。

「…あの、エスト准尉」

グレイヴが声をかけると、

「ドミノでいい。皆そう呼ぶ」

一応は答えてくれる。

「…ドミノさん、以前会いましたよね」

「二回会ってる。この前君が誘拐されたあの時と、もっと前」

「もっと前?」

「僕がまだ軍人学校に通ってた頃。君は先生に差し入れを持ってきてた。

僕が君を職員室まで案内したんだけど、覚えてない?」

父は軍人学校で教員を務めている。グレイヴが差し入れを持っていくことは何度かあって、そのうちのいつなのか思い出せない。

だが職員室まで行ったのは一度だけだから、覚えていていいはずなのに。

「覚えてないなら良いんだけど。あの時も君の方が身長あったし」

「…すみません」

ドミナリオはグレイヴよりほんの少し背が低い。

まさかそんなことで拗ねているということはないだろうが、彼はそれきり再び黙ってしまった。

ドミナリオがグレイヴの父であるブラックの教え子だということは聞いている。

ブラックも話していたし、オリビアも懐かしみながら聞かせてくれた。

とはいえ、オリビアの話すブラック像は王子様テイストが濃すぎて想像がつきにくかったのだが。

ドミナリオはブラックの生徒の中でも特に優秀な生徒だったという。二年前の入隊試験で、軍人学校生としては異例の総合トップだった。

軍人学校生は例えギリギリでも合格すれば伍長からのスタートになる。そのため多くは手を抜きがちで、トップなどそうそういなかった。

それを破ったのがこのドミナリオ・エストだ。

ちなみにホリィ・グライドも実技トップという成績だったが、こちらはドミナリオほど有名ではない。

ドミナリオが特別視される理由はもう一つあったのだ。

「君、インフェリアって知ってる?」

沈黙は漸く終わり、グレイヴは半ばホッとしながら聞き返す。

「…ニアのことですか?」

「そう。…彼、どう?」

「どうって…」

「実力。入隊試験は二位だったと思うけど」

ドミナリオの生まれたエスト家は、インフェリア家と並ぶ軍人家系だった。

初代大総統から家名を貰った、歴史的な二つの家。

かつては互いにライバル視していたのだが、ニアの曽祖父の代からインフェリア家はエスト家を受け流すようになったという。

もちろんこのことをグレイヴが知るはずもないのだが、当事者に近いはずのニアも知らない。

現在はエスト家が勝手に「打倒インフェリア」を掲げている。

「ニアの実力…ですか?アタシはよく知らないんですけど…」

「腕立て伏せもできないって噂はあるね」

「それは本当みたいです」

「…へぇ」

そして再び黙り込む。

グレイヴはドミナリオの考えが読めず、困惑する。

せめてアーシェがいれば少しは場が和んだかもしれないのに。

何か話をした方が楽だ。だけど何を話そう。

普段自分から話題を出すことがないので、グレイヴはしばし悩んだ。

そしてとっさに出てきたのがこの一言。

「…あの、ホワイトナイト大尉をご存知ですか?」

…ってなんであの爽やか上司が出てくるのよ!

心の中で一人ツッコミを入れてみるものの、口に出してしまったことは戻せない。

自分で言っておいて動揺しながら、グレイヴはその言葉を聞いた。

「あぁ…あの怖がられてる人か」

あの男について語るのに、もっともわかりやすい言葉。

「怖がられてる?」

「人を近づけたくないのか、妙に威圧的。レガート中尉とバース少尉も泣かされたって話だけど?」

「でもアタシたちとは馴れ馴れしいくらい接してますよ」

「大総統命令だからじゃないの?去年なんか特に酷かったらしいけど」

「…去年?」

「知らないの?」

その言葉は、自分の知るダイ・ホワイトナイトとは別の人を言っているようだった。

至極冷静に、ドミナリオは語る。

「去年、ホワイトナイト大尉がある事件の犯人に暴行加えて処分くらったんだよ」

グレイヴの知っているダイは、暴力を振るうような人間ではない。

笑顔を浮かべながら言葉で部下をいじめるとか、せいぜいその程度。

それが、

「わざわざ一緒に任務に来てた部下を遠ざけてたらしい。

おかげでしばらく大総統補佐の監視付きだったとか」

「…噂、でしょう?」

「そう、噂。だけど火の無いところに煙はたたない。

だから君には言っておくけど」

ドミナリオの紫眼が、冷たくグレイヴを見る。

「あの人にあまり関わらない方がいい。…関わってほしくないんだ」

理由を尋ねることも、言葉を咎めることもできなかった。

言うだけ言ってすたすたと行ってしまうドミナリオを見ているだけで、何もできなかった。

 

「任務終了!とりあえずメシ食って、報告書まとめたらゆっくり休め!」

ゲティスの明るい声で、今回の任務のメインは終了した。

ホリィが任務中の出来事を話したがドミナリオに流され、オリビアに慰められていた。

パロットがゲティスに何かを報告していた。

そんな光景を見ながら、アーシェとグレイヴは今日一日の疲れを感じていた。

「お疲れ様、グレイヴちゃん」

「アーシェもね。…これからどうする?」

「あのね、ご飯の前にちょっとお散歩したいなって思うの」

「それじゃアタシも行く」

食事のあとは報告書の書き方を習うため、外出する時間がない。

それならばもう少し、この小さな村を歩きたいと思った。

「おーい、何やってんだ?」

「あ、ゲティスさん。ちょっとお散歩行ってきます」

「じゃあ途中まで一緒に行かないか?オレも腹へってなくてさ」

ゲティスを加えた三人は、他のメンバーと別れて散歩に向かった。

赤い空が綺麗で、アーシェはご機嫌だ。

「グレイヴちゃん、トンボが飛んでるよー」

「あ、本当…」

はしゃぎまわるアーシェを微笑ましく思いながら、グレイヴはゆっくりと歩いた。

これで今日聞いてしまったことを忘れられればいい。そうしたらまた、いつもと同じ日常に戻れるはず。

「ここも一年で変わったな…」

「中尉は来たことあるんですか?」

「ゲティスでいいって。オレさ、去年もここに任務で来てたんだ」

ゲティスの何気ない話が、グレイヴは妙に気になった。

どうしてかはわからないが、何か特別なもののような気がした。

「去年も視察ですか?」

「いや、危険薬物の製造者連中がここで取引やってたんだ。

去年、この場所はこんなにのどかじゃなく…金儲けと国家崩壊が目的の奴らのたまり場だった」

「それで任務を?」

「あぁ」

アーシェがグレイヴのもとに駆け寄って来る。

それは何気ない、偶然の行動だったのだけれど、

「もう十五年くらい前になるかな。オレが生まれるちょっと前なんだけど、薬物関連事件と殺人が平行して起こったことがあったんだ。

去年その関係者の残党とかがここにいて、軍ではそれを何班かに分かれて潰す作戦をとった」

この言葉はアーシェが反応するのに十分なものだった。

「ゲティスさん、十五年前の事件って…」

「聞いたことあるか?東方諸国連続殺人事件。犯人はそのずっと前に死んだと思われていた奴だったとか」

アーシェの様子が変わっていく。

グレイヴが心配して声をかけようとしたが、それを遮るように彼女は言った。

「東方諸国連続殺人事件…犯人の名前は、ラインザー・ヘルゲインですよね」

その名前を、はっきりと言った。

「たしかそうだけど…」

「その事件は東方ではなく、このエルニーニャで…レジーナで解決した。

だけどその裏は軍の一部しか知らない。知っているのは当事者と、その周囲の人々」

「…アーシェちゃん?」

それがどうしたというのか。

ゲティスにはわからないが、グレイヴにはなんとなくわかっていた。

ラインザー・ヘルゲインの名を聞いて、思い出していた。

ダイに渡した、過去の事件のデータが入っているあのディスク。

あれがなくても、他の記録を見れば自ずとわかったこと。

ただ、あのディスクが決定的なものだっただけ。

知っていた。ここ最近で調べていたから、全て思い出せる。

「アーシェ、まさか…」

「グレイヴちゃんにはわかるよね。…私ね、ほとんどわかっちゃった。

本当に最近なんだけどね」

アーシェも、グレイヴも、その答えに辿り着いていた。

自分たちの祖父が、東方諸国連続殺人事件の犯人であること。

そして、彼を死に至らしめた原因が何であるか。

「二人が何の話をしてるのかさっぱり見えないんだけど…」

「あ、すみませんゲティスさん。私ってば…」

「いやいや、そういうこともあるだろ。二人の秘密ならちゃんと胸にしまっとけよ」

ゲティスは何も訊かなかった。

何事もなかったように、また歩き始める。

「先行くぞー」

「待ってくださいよー」

アーシェもきっと知っている。

グレイヴの父が、人を斬った人間であることを。

だけどそれは昔のことで、今は絶対にありえない。

その因縁が今に生きていても。

だから、忘れよう。

何かあっても、それは「今」とは関係ないこと。

「何か」のための、ちょっとした心の準備ができただけ。

「あら、あなた…」

「久しぶり、おばちゃん」

ゲティスは知り合いに会ったようだ。

おそらく去年の任務で知り合ったのだろう。

「あらあら、可愛い女の子連れちゃって」

「だろ?オレの部下」

「まぁ、一年も経てばあの子だけが部下ってわけでもなくなるわよね」

「パロットも来てるんだけどな。宿においてきちゃってさ」

「上司の人は?今日はいないの?」

「今日はオレがリーダーなんだ」

去年の任務はどんなものだったのだろう。

さっきは興味が一部分に集中してしまい、その話を詳しく聞くことができなかった。

「去年の上司の人、まだ軍にいるの?」

「ん…まぁね。それよりさ、」

「まったく、軍も処分が甘いわね。相手が悪い人とはいえ、殺しかけたんだから辞任させればいいのに」

「いや、その話はもういいだろ、おばちゃん」

ゲティスは中断させようとするが、中年女性はアーシェたちにも話を振る。

「お譲ちゃんたち知ってる?去年ここで若い軍人さんが、犯人に瀕死の大怪我負わせたのよ。

もう追い詰めたんだから捕まえればいいのに、撃ったり蹴ったりしたんですって」

「おばちゃん、もうやめてくれよ!」

その叫びで、漸く彼女の話は終わった。

突然のことで、言葉を切らざるを得なくなったのだ。

ゲティスははっとして取り繕う。

「いや…さ、ごめん。そんな話新人に聞かせるもんじゃないよなーとか思ったからさ」

「そ…そうよねぇ…ごめんねぇ私ったら…」

ごまかすように笑う女性と、苦笑いしながら彼女に別れを告げるゲティス。

そして、

「悪いな、時間とらせて。行くか」

「あ…はい」

戸惑うアーシェと、

今の会話の内容に既視感を覚えるグレイヴ。

似たような話を、つい最近聞かなかっただろうか。

軍人が、事件の犯人に暴行を加えて…

 

報告書をまとめ終え、あとは眠るだけになる。

アーシェはしばらくオリビアと話していたが、ふとグレイヴのことが気になった。

ずっと押し黙ったままで、話を振っても何か別のことを考えているようだった。

「グレイヴちゃん…どうしたの?」

「…え、何?」

「元気ないよ?何かあった?」

「なんでもないよ。ちょっと疲れただけだから…」

笑ってみせても、ごまかせない。

アーシェとグレイヴは従姉妹同士だが、姉妹といっても過言ではない。

ずっと互いを見てきたのだから。

「…グレイヴちゃん、一人で無理しないでね」

「無理なんてしてないよ」

「ホントに?」

「本当よ」

こんな確認は形だけ。本当はわかっている。

グレイヴに何かあって、それを隠している。

話したくないなら話さなくていい。だけど、それで彼女が潰れてしまうのは嫌だ。

「オリビアさん、グレイヴちゃん疲れてるみたいだからそろそろ寝ませんか?」

「そうね。ごめんね、グレイヴちゃん」

「いえ…こっちこそ話を中断させてしまってすみません」

「いいのよ。明日またゲティスさんとパロットさんに聞いてからでも遅くないわ」

一体何の話を?とグレイヴが訊く前に、アーシェが補足した。

「ゲティスさんとパロットさんね、去年一回だけ大尉と一緒に仕事してたんだって。

そのときの話を詳しく聞きたいねってオリビアさんと話してたの」

グレイヴの中で、糸が繋がる。

大尉――ダイ・ホワイトナイトがゲティスたちと仕事をしたのは去年一度だけ。

もしもドミナリオの話と去年の事件が一致するものなら。

「…アタシ、ちょっと出てくる」

「え、グレイヴちゃん?!」

「大丈夫よ、外には出ない」

真実はすぐそこにある。

おそらく待っているのは確定。

だけど、そうでないことを望んでしまう。

なぜかはわからないけれど。

 

去年の任務について尋ねると、パロットは俯き、ゲティスはごまかそうとした。

しかしそんなものはグレイヴには通用しない。

「はっきり言ってください。去年の犯人に対する暴行…あれって…」

追究の裏に、本当の否定を待っているのが見える。

普段人の気持ちに敏感な方ではないゲティスにもわかった。

でも、彼は嘘がつける性分ではない。嘘を吐いていい場面でもない。

例えその嘘が優しくても、結局は何も救えないのだから。

「…グレイヴちゃん、わかってるんだろ?」

「………」

わかっているけれど、信じたくない。

その彼女の思いを、ゲティスはあえて破った。

「思ってる通りだよ。…去年暴行事件起こしたのは、ホワイトナイト大尉。

謹慎処分と昇進を遅らせることで決着がついてる」

「…ゲティスさんたち、その場にいたんですよね」

「見ちゃったんだよな…大尉止めたのもオレたち。

あの人裏に何かあるらしくてさ。特に危険薬物関連には我を忘れるくらい」

その言葉は当時にそのまま当てはまっていた。

銃声を追ってみれば、そこには人を何も言わず蹴りつける上司。

一瞬呆然とし、我に返って何とか彼を取り押さえた時、

見てしまった彼の眼は、理性を完全に失っていた。

「それからあの人とは組んでない。つい最近一回組まされそうになったけど…」

「去年の事件があったから、組まなかったんですか?」

「違う」

ずっとゲティスが語っていたので、その声は突然で意外だった。

パロットが小さな声で、だけどはっきりと否定する。

「去年のせいじゃない。大尉の方がパロたちと組みたがらない。

パロたち大尉苦手。でも、これ去年の所為じゃない。

ちょっと大尉意地悪。だから苦手。それだけ」

それならグレイヴにもわかる。日頃ルーファやレヴィアンスが被害にあっているのを見ているから。

だけどそれは半分冗談で、単なる日常の出来事。

それで苦手意識を感じているのだろうが、嫌いとか恐れているとかそういうことではない。

「パロットのいう通りでさ、オレたち去年のことは忘れようと思ってる。

だってあれが大尉の全てじゃないわけだし、あの人の上司らしい面だって知ってるしさ」

だから気にしない。だけど、彼ら以上に本人が気にしている。

「グレイヴちゃんも、このことは忘れてくれないかな…」

もう終わったことだから。このことが本人に伝わっても、いいことはない。

しかしグレイヴは納得がいかなかった。裏と関わるなら、なおさら。

何か知っているなら、訊きたいことがある。

ゲティスの言葉には答えず、グレイヴは部屋をあとにした。

 

翌日、もう一度村と報告書を確認してから司令部に戻った。

到着は夕方で、空は暮れのグラデーションをつくっていた。

「あ、アーシェとグレイヴ帰ってきた!」

着くなりレヴィアンスが駆け寄って迎えた。他の者の姿が見えない。

「レヴィ君ただいま。ルーファ君たちは?」

「ニアとルーファと大尉は任務に行ってる。でさ、それについてちょっと話があるんだよね」

レヴィアンスは二人を引っ張って、司令部の施設内に招いた。

第三休憩室に誰もいないことを確認して入る。

「話って何よ」

「ニアたちが行ってる任務について、ボクから二人にちょっと」

レヴィアンスが語ったのは、アーシェたちの知らないところで展開していた十五年前の話。

公にされていない事件の、簡単なあらすじ。

「…それで、ニア君たちが行ったのね」

「うん。ボクは連絡役なんだけど、今のところ何事もないみたい」

何事もなくても、過去との関連があるかもしれないというだけで心配だ。

本来伍長が行くべきものではない。

「ニア君もルーファ君も…きっと無事で帰ってくるよね。大尉もいるし…」

「そうだよ。あの人意地は悪いけどやるときはやるからね」

そう言い聞かせあうアーシェとレヴィアンスだったが、グレイヴだけはそれすらもできなかった。

部下二人と任務に行った。

はっきりと明かされない「関連」が、もしも「裏」なら。

同じことが起これば、今度は止められない。

不安のまま解散し、運命の翌日を迎える。

 

 

To be continued...