午前十時、第三会議室。

戦いが始まる。

 

午前七時、軍人寮。

ルーファは昨日からニアを心配していたのだが、どうやらその必要はないらしい。

彼は確実に強くなっていた。

「ルー、もう行く?」

ニアはすでに支度を終えていた。

涙を流すのは昨日でやめたようだ。

「まだちょっと早いと思うけど…ニアが行くなら」

「レヴィのとこに寄っていきたいなと思って。

何か情報聞いてるかもしれないし」

ただ、少し落ち着きすぎていないだろうか。

そういう風に見せようとはしていないだろうか。

心配する必要はないと思ったのに、どうしてこう思考がマイナスの方向に行くのだろう。

「…情けないな、俺」

「なんで?ルーが何で情けないの?」

「ニアが無理してないかとか考えた」

正直に答える。

これでニアが変わらなければ、本当に心配はない。

しかし、

「…ルーには、やっぱりわかっちゃうのかな」

「ニア…お前やっぱり」

「でも泣くのはやめたよ。これは本当」

自分たちは子供だ。

本当なら、無理なんてする必要はないのに。

でも、無理をしていてもそうでなくても、ニアは強くなった。

「ルーは情けなくなんかない。優しいんだよ。

ありがと、ルー」

笑えるようになった。

そこ笑顔はどこか前大総統に似ている。

ルーファはニアの頭を軽く叩く。

「ニアは俺の親友だからな。何かあったら絶対助ける」

「うん、僕もルーを助けるよ。…だから、」

手を離すと、海色が見えた。

「だから、手伝ってね」

深い色が、強さを示していた。

ニアはやはり、インフェリアの血を濃く受け継いでいる。

かつての大総統の子なのだ。

「手伝うさ。絶対終わらせるぞ」

「うん!」

ニアにとっては、ルーファが頼もしい。

いつも支えてくれた親友。

辛い時に来てくれた、かけがえのない仲間。

ルーファは両親と血が繋がっていないが、その意志はしっかりと受け継いでいる。

互いに強さを感じながら、二人はドアを開けた。

 

「ボクはまだ何も聞いてないよ」

支度途中だったレヴィアンスは、軍服に袖を通しながら言った。

「うぅ…」

早く来すぎたことをほんの少し後悔しながら、ニアは短く呻く。

それを聞き逃さないのがレヴィアンスだ。すぐさま意地悪く笑った。

「期待はずれだったでしょ?ボクだって何でも知ってるわけじゃないんだから」

「レヴィ、それは自慢にならないだろ」

「そうだけどさ。でもニアもルーファも、ボクが大総統の息子だからってちょっと過信しすぎてないかな」

「それを言われるとな…」

レヴィアンスは確かにハル・スティーナと最も関わりの深い人物ではあるが、それは家族としてだ。

大総統と軍人という関係上では、彼らは全く立場の違う人間なのだ。

そう簡単に情報が漏れていては、逆に問題になる。

「でも、レヴィが知らなかったら…僕たちも知ることができないんじゃないの?」

ニアが不安そうに言うと、それも鼻で笑い飛ばされる。

「ばっかだなー、ニアは。そういうのは公式の場で伝えるものなの」

「あ、そっか」

レヴィアンスの支度が終わって玄関に向かいながら、ニアは少し考え、

「ばかとか言わないでよ、レヴィ!」

「だってそれもわかんないニアなんてばかじゃん!」

「ばかじゃないもん、ばかじゃないもん!」

いつも通りの朝が始まる。

レヴィアンスをニアが追いかけ、その後ろをルーファが呆れながら行く。

昨日のことがまるで夢だったかのように、朝日が全てを照らしていた。

 

午前七時三十分、大総統室。

ハルは書類の確認を終え、深い息をついた。

カスケードからの連絡によると、サクラの傷は浅くはないがそれほど難しいものでもないということだった。

クリスが担当医ということもあり、少しだけ安心した。

ただ、これから相手にするものがこれ以降どんな手段を使ってくるのかがわからないため、休む暇などない。

集められるだけの資料から、考え得る全ての可能性を導かなければ。

そうすることが子供たちへの助けになる。

「アーレイド」

「何だ」

「ボクの鎌、おじいちゃんのところに預けてきて欲しいんだ。

すぐに使えるようにしておきたい」

そして、いざという時には自分も戦う。

大総統として、親として、与えられたチャンスは逃してはいけない。

もう後がないと思わなければ。

「ハル、何度も言ってるが」

「わかってるよ。一人で抱え込まない。

アーレイドだって、戦ってくれるんだよね」

「…わかっているならいい」

重量のある大鎌を手に、アーレイドが部屋を出て行く。

その後姿に、ハルは懐かしさを覚えた。

穏やかなものではない。これからを覚悟する、緊張感。

「今度は…ボクが守るんだ」

あの背中に頼ってばかりいた頃から、随分と時が経った。

今でも守ってくれる。だけど、そればかりではいけない。

強さは貰った。あとは、自分で行動する。

書類を封筒に入れ、受け取るものが現れるのを待つ。

その間にも可能性を考えることくらいはできる。

持っている情報を組み合わせ、関係を探し、少しでも真実に近づけるように。

 

午前七時四十分、司令部施設内。

ニアたち三人にアーシェとグレイヴが合流し、昨日の事件について話していた。

「大丈夫なの?ニア君の叔母さん…」

「けが自体は大丈夫だって。…でも、やっぱり僕は悔しいかな」

間に合わない距離ではなかった。

もう少し早く違和感に気づいていれば。

うつむいたニアの肩を、ルーファが優しく叩く。

「ニア」

「…わかってる。これからが僕たちのやるべきことなんだよね」

「私もニア君と一緒にがんばるからね」

「ありがとう、アーシェちゃん」

仲間がいる。一緒にいてくれる。

それがニアにとって一番の強みで、支え。

もちろんニアにとってだけではなく、それは仲間全員の相互のもの。

「ほら、早く行こう!遅刻したらまた大尉に怒られるよ!」

レヴィアンスの言葉に笑いながら頷いて、事務室に向かう。

グレイヴだけが一度振り返り、廊下を横切る赤茶色の髪の少年を見た。

一瞬だけ見えたのは、指揮官としての表情。

「…いつもあんななら良いのに」

「グレイヴちゃん、どうしたの?」

「なんでもないわ」

改めて現状を考えると、多分これからはいつもあの表情。

自分の台詞を訂正したくなった。

 

午前八時、大総統室。

ダイは書類の入った封筒を受け取る。

重かった。

封筒は二つだったが、どちらもとても重い。

「二時間で読める?」

「読みますよ」

短時間で全てを頭に入れ、これからどう動くかを考えなければならない。

指揮官としての責任よりも、部下を守りたいという思いがある。

「確認します」

「どうぞ」

「こちらが裏に関する資料、そしてこちらが例の協会に関する資料。間違いないですね?」

「間違いないよ」

「裏の狙いと協会の狙い、どちらもニア・インフェリアである…これも間違いないですね?」

「それは断言できないけれど…実際にインフェリア伍長が狙われている」

「では最後に。…俺が指揮官でかまわないんですね?」

自分が守る。

一度壊しかけた自分が。

任されていいのか、もう一度問う。

大総統は真っ直ぐにダイを見ていた。

青紫の瞳が、全てを託す。

「頼んだよ、ダイ・ホワイトナイト大尉」

それを受け止め、必ず終わらせるという決心を込めて、

「了解しました」

ダイは敬礼した。

 

午前九時三十分、第三会議室集合の連絡が伝わる。

 

ルーファはニアが気になっていた。

彼が時折自分に見せる弱さと、周囲に見せる強さ。

その不安定さを心配していた。

今、ニアはアーシェやレヴィアンスと一緒に笑っている。

いつも通りのニアだ。

けれども、ルーファはニアを見てしまっている。

本当は不安で怖いのだということを知っている。

だから守りたいのかもしれない。

皆がニアとともに戦おうとする中で、ルーファは誰よりもニアを守りたいと思っていた。

あの時、守れなかったから。

傷つけてしまったから。

もうニアを泣かせたくない。

ニア自身、もう泣かないと言っていたのに。

ニアの強さが信じられないわけじゃない。

彼の弱い部分を支えたいだけ。

「ルー、どうしたの?」

「いや…なんでもない。そろそろ移動するか」

「うん」

そういえば以前、両親が言っていた。

ニアの父カスケードは、本来軍人には向いていないと。

しかし誰よりも軍人らしい人でもある、と。

ルーファはニアもまた軍人には向いていないのではと思う。

だけど、ニアもまた誰よりも軍人らしいのだ。

強い意志を持っている。それを貫こうとしている。

いちど崩れかけても、また立ち上がる強さがある。

「ニア」

それを認めなければ、仲間とはいえないのではないか。

「なに?」

弱さばかりを気にしていては、ニアに失礼だ。

「…なんでもない」

「なんでもないって、最近ルーってばそればっかりだよ…。

言いたいことあるんだったらちゃんと言ってよね」

親友として認めよう。彼が本当は誰よりも強いことを。

「本当になんでもないんだ。俺が馬鹿だった」

「だから何なのー?ルーは馬鹿じゃないよ」

だけど弱さを見せた時は、絶対に守ろう。

自分たちは、親友だから。

 

本当は悔しかった。

大総統子息という事実はあっても、それだけでは何の役にも立てないのだから。

レヴィアンスが欲しいのは、伝えられる情報ではない。

レヴィアンス・ハイルとしての強さだ。

「ニアはさ、割り切ってるんだよね」

「何を?」

「だから…大総統の息子としての自分と、自分としての自分と」

レヴィアンスからみれば、ニアはニアだ。

確かに前大総統の血を継いではいるが、普段あまり意識されていないように感じる。

レヴィアンスは大総統の血を継いではいないけれど、知っている人には大総統の息子として見られてしまう。

現大総統の息子だから、というのもあるけれど。

そのこと自体は大きな誇りなのだけれど。

親の七光だけではないということを、示したかった。

自分は自分なのだと割り切りたいし、割り切って欲しい。

そういう考えが自分とニアの違いだと思っていた。

「レヴィは割り切れてないって思うの?」

「うん。…ていうか今朝だってニアとルーファが割り切ってなかったじゃん」

「あ、ごめん…」

「状況が状況だから仕方ないけどさ」

そう、仕方がないこと。

だけど、役に立てない。

だから割り切って欲しいというのは、逃げのようだけど。

「レヴィ君、自分の役割が何なのかを考えてるのね」

「…アーシェ」

そうだ、今この場には彼女もいたのだ。

話題が話題だから、ニアにばかり注意が向いていた。

「大総統さんの子供だから連絡役、っていうのが皆の中にあるのよ。

でもレヴィ君はそれに納得していないんでしょう?」

「そういうこと…になるのかな。ボクじゃ役に立てないしね」

「役に立てないってことはないよ。でもそれだけじゃ物足りなく感じるのはわかるなぁ」

「アーシェはそう思ってるの?」

「近いものは感じてる」

アーシェの言葉は意外だった。

でも、そうなのかもしれない。

彼女は以前、何もできない自分を悔やんでいたというから。

「役割は…これからできていくと思うの。レヴィ君オリジナルの役割が。

皆レヴィ君はレヴィ君だってわかってるもの、きっと大丈夫よ」

「ほんとに?」

「本当よ」

アーシェが「ね?」と微笑みかけると、ニアも頷く。

「レヴィはレヴィだよ。僕は僕だし、アーシェちゃんだってアーシェちゃん」

心配しなくても、ちゃんと認めてくれている。

仲間は自分を見てくれている。

だったらあとは、これから少しずつ進んで行けばいい。

「なんだ、簡単なことだったんだ…」

何かある度に悩んで、その度に仲間が言葉をくれる。

難しく考えなくていい。

大総統の子であるという誇りと、自分自身であるという誇り、両方持てばいい。

仲間がそれを認めてくれる。

 

自分は自分だと、

役割はこれからできていくと、

この言葉は、本当は自分自身に言い聞かせていた言葉なのかもしれない。

一つの目的を達成したアーシェにとって、これからは別の目的への再スタートだ。

その中でいかに自分の役割を見出していくかを考えていた。

アーシェはそれほど自分に自信があるわけではない。

自分に何ができるかを考えていくと、「何もできない」と結論しがちだ。

これから仲間を助けることができるのか、正直不安だ。

助けてもらってばかりの自分が思い返されて、本当に自分は戦えるのかと思う。

会議室に移動しながら、少し怖かった。

「アーシェ、大丈夫?」

そして不安は、長い時間を共にしてきた従姉にいつも見抜かれてしまうのだ。

「大丈夫。グレイヴちゃんこそ、なんか元気ないみたい」

「お互い様ってことね」

顔を見合わせ、少し笑って、

けれどもすぐにうつむいてしまう。

「…私、何ができるのかな」

呟いてしまうと、止められなかった。

幸い、近くにいるのはグレイヴだけだった。

「私、強くないし…戦えるのかもわからないし…

本当に皆の力になれるのか、わからないよ…」

レヴィアンスにあんなことを言っておいて、自分は焦っている。

足手まといになることを恐れて、こうして弱音を吐いている。

情けなかった。悔しかった。

だけど、

「でも、力になりたいんでしょう」

この言葉には、すぐに頷けた。

本当のことだから。

「だったらいいのよ、それだけで。

アタシも皆も、ちゃんとアーシェの強さは知ってるから」

「私の…強さ?」

「誰かのために一生懸命になれるでしょう。

アタシはそれを昔から見てきて知ってるし、皆だってわかってる」

手にぬくもりが触れる。

不安になった時、グレイヴはアーシェに触れてくれた。

手を繋いだり、頭を撫でてくれたり、

まるで本当の姉のように感じた。

「不安になったらアタシがついてる。皆だって側にいる。

アーシェが弱さを感じたら、アタシたちがアーシェの強さを教えてあげる」

「…ありがとう、グレイヴちゃん」

そうだった。

自分には、仲間がついていた。

アーシェが仲間を助けたいと思うように、

皆も仲間を助けたいと互いに思っているに違いないのだ。

皆がいれば、倒れない。

強くなれる。

「でもグレイヴちゃん、私にばっかりついてちゃだめよ。

ちゃんと大尉の側にもいてあげないと」

「なんでアイツが出てくるのよ!」

「だってグレイヴちゃん、大尉のこと」

「好きじゃないわよ、あんな奴!」

「…まだ何も言ってないのに」

独りじゃないから大丈夫。

何かがきっとできるはず。

 

不安になったらなんて、自分が不安なくせによく言えたものだ。

アーシェに言葉をかけながら、グレイヴは自分に対し呆れる。

仲間がいてくれるのは本当のことだ。皆が相手を助けようとしている。

グレイヴだって、アーシェを助けたい。皆を守りたい。

だからこそ、自分が守られるのはやはり違うような気がしていた。

もう何度も助けられてしまったから、これ以上は駄目だ。

自分は守る側でいよう。

そうしなければ申し訳ない。

「グレイヴ」

それにしても、どうしてこういうことを考えている時に現れるのか。

この男のタイミングがわからない。

「アンタ、まだそんなところにいたの?」

「まだ準備中だったんだ」

「準備なんてアタシたち呼べばすぐじゃない」

「大丈夫、レガート中尉が手伝ってくれたから」

手伝わせた、の方が適切だと思う。

けれどもダイがいつもどおりで、少しホッとした。

慌てて心の中で否定したが。

気がつくとアーシェは先に行っていて、やられた、と思う。

立ち止まっていても仕方が無いし、結局並んで歩くことになった。

「ニアたちはもう行ったみたいだな」

「そうね」

「俺たちに気を使ってくれるのはありがたいな」

「そんなわけないし、ありがたくない」

何を考えているのかわからない笑顔。

しつこいくらい絡んでくるのに、彼が嫌いだとは思わない。

なぜかはわからないけれど。

「グレイヴ」

「何よ」

「これから戦うことになると思う」

「わかってるわよ」

ダイの表情は、いつの間にか真剣なものになっていた。

見るのが怖くて、グレイヴは目を伏せようとする。

けれども、それは阻まれた。

「グレイヴは俺が守るから」

耳に入ってすぐに本気だとわかる声が、顔を上げさせる。

「俺は部下全員を守らなきゃならない。もちろんこれも俺の意思だ。

でも…グレイヴを守りたいのは、それとは少し違うんだ」

これ以上聞きたくなかった。

聞いたら、後戻りできなくなる。

だけど止めさせられない。

「それとは違う意思で、俺はグレイヴを守りたい」

立ち止まっていることに、今更気づく。

ダイから目を逸らせない自分がいる。

「俺は、グレイヴが」

「やめてよ」

漸く言葉を発せた。

嫌なタイミングだ。もう少し早ければ、こんな風に遮ることにはならなかったのに。

「アタシは、守られるのはごめんよ。アンタに守られなきゃならないほど、弱くないもの」

早足で歩き出す。

足音が、嘘だ、といった。

これが自分自身の弱さ。

人を傷つけてしまうことがグレイヴの弱さで、

自分が誰よりも弱いことを証明してしまうもの。

こんなことでは、誰も守れない。

自分でわかっている。

 

もう少しで言えると思ったのに、遮られた。

タイミングが不味かったな、と後悔する。

でも、今のうちに言っておきたかった。そうでなければ、もう伝える機会がなくなる気がした。

離れるわけでもないのに、そう思った。

「俺って馬鹿だな…」

ダイの弱点は、自分の感情が先走ってしまうことだ。

何度もそう感じることがあったから、よくわかっている。

また同じことの繰り返し。相手のことを考えないで、自分を優先してしまった。

今度こそ嫌われたかな、と思いながら、言われた台詞を思い出す。

守られるのはごめんだと、弱くないと彼女は言った。

彼女は確かに強い。

だけど、あれは明らかに。

「…強がり、かな」

どうして今になって気づくのか。

さっき引き止めておくべきだった。

不味かったけれど、タイミングだった。

そうして逃したことを改めて後悔する。

いつも自分の感情が先走って、誰かを傷つける。

いつも壊すのは自分だった。

また、壊してしまっただろうか。

少し前、壊しかけた。けれども彼女は壊れなかった。

それは彼女が強かったからだ。

今、きっと壊しかけた。今度は壊れてしまうかもしれない。

今の彼女は、弱かった。

これからのことで不安だったはずだ。

「何で俺は…っ」

廊下を走ってはいけないとか、そんなことはどうでもいい。

人にぶつかりかけながら、追う。

今度こそ守ろうと思ったのに、また傷つけた。

今ならまだ間に合うかもしれない。

まだ…

「…間に合わなかった、か」

完全にチャンスを逃した。

目に映るのは、「第三会議室」のプレート。

ここから先は、私情抜きだ。

 

午前十時、第三会議室。

戦いが始まる。

「これより、裏組織及びイクタルミナット協会の動向対策についての会議を行う」

指揮官ダイ・ホワイトナイト大尉の声に、全員が表情を固くする。

裏組織もイクタルミナット協会も、狙いはニアだ。

当事者であるニア自身にも、その理由はわからない。

ただ、裏と接触した時も、協会が家を訪れた時も、

「ニアの力が必要だ」と

そう言っていた。

自分の何がそこまで必要なのか、ニアにはわからない。

唯一つはっきりしているのは、そのために人を傷つけるのは許せないということ。

ニアにしてみれば、自分の所為で周りの人が傷ついたことになる。

ダイも、ルーファも、

それから、サクラも。

これは自分が終わらせなければならないものだ。

ニアにとって、これは自分の任務だった。

これ以上周りを巻き込みたくない。

本当なら、自分一人で戦わなければならない。

それなのに、仲間は手伝ってくれるという。

ニアを助けてくれるという。

ありがたかった。嬉しかった。

だから、もっと強くならなければと思った。

助けてくれる人を、自分にとって大切でかけがえの無いものを、

何が何でも守りたいから。

もう後悔はしたくないから。

「裏のことも、協会のことも、まだはっきりとしたことはわかっていない。

だからこそ、ニアは今危険な状態だ」

ダイはそう言った。

「危険だからこそ、ニア自身が戦わなければならない。

指揮官は俺だが、中心はニアだ」

ニアのために、言い切った。

皆が頷いた。

ニアのために、覚悟を決めてくれた。

だから、

「僕、みんなに感謝してます。こんなことに巻き込んじゃって、すごく申し訳ないけど。

でも、みんながいてくれて、すごく嬉しい」

自分は前を向いていよう。

「みんなを信じてる。

僕と一緒に戦ってくれて、ありがとう」

暖かい景色を取り戻したいから。

仲間と一緒に笑える平和で穏やかな日々に、辿り着きたいから。

 

「大切なものは何が何でも守り抜く。あとで後悔しないように」

 

「始まったな」

カスケードが呟いた。

その表情は厳しく、普段の彼とは違うものだった。

アーレイドもハルも、その表情は知っている。

そして二人も、これからを思うと。

「ハル、お前のじいちゃん…忙しいか?」

「ボクの鎌を手入れしてもらってます。だから少し忙しいかもしれません」

「俺の大剣見てもらうのも無理そうか?」

もう一度、戦う覚悟を。

昔のように動くことは、もう難しくなってきたけれど。

「それなら大丈夫ですよ、きっと」

「まだ振るえるんですか?」

「元大総統なめんなよ、アーレイド。インフェリアは代々身体能力が高いんだ」

カスケードは自分で言っている。

この人はわかってるんだ、とハルは悟った。

その身体能力の高さが、ニアが狙われる原因かもしれないということを。

けれどもそれだけならまだ納得できない部分がある。

どうして狙われるのがニアなのか。

それを読んだように、カスケードは口を開いた。

「…ハル、血脈信仰って知ってるか?」

「知ってます」

「ニアがそれで狙われてるとしたら…言いにくいんだが、ルーやレヴィはまず奴らのリストから除外されるんだ」

「あ…そうか!」

ハルはすっかり忘れていた。

ルーファとレヴィアンスは、もともとの血筋が不明なのだ。

「じゃ…じゃあ、アーシェちゃんやグレイヴちゃんは?!」

「狙われる可能性も高いが、あの子達は裏と接触した時も協会と接触した時もその場にいなかった。

あるとしたらこれからだな」

「ニア君を優先したのは?」

「今のところインフェリアだから、としか言えないな。

これも言いにくいが、アーシェちゃんたちの場合血筋を考えるとしたらラインザーに辿り着く。

あれは身体能力がどうこうじゃないから、後回しか除外になると思う」

「ダイ君は…あ、彼も同じですね。産みの親は確かに優秀な軍人でしたけど…」

今あげたのは全て関係者だが、それ以外を考えても目立つのは「大総統の息子」であるニアだ。

レヴィアンスを除けば、どうしても目のいく存在になる。

「あと可能性があるなら、同じ軍人家系のエスト家とかだけど…

こっちは知り合いがいるし、俺がちょっと聞いてくる」

「おねがいします。裏はともかく、イクタルミナット協会は血脈信仰の可能性が高いので」

「あいつらには言うか?」

「あとでダイ君に先に伝えようと思う。ボクはこれまでの考えをまとめておくよ」

一つの可能性が動き出す。

真実に近付いていればいい。そうすれば策も見えてくるかもしれない。

 

しかし、「埋もれた可能性」はまだ存在していた。

そしてそれを事実として掴んだのは、皮肉にも――。

 

 

To be continued...