オレ達は日陰にいた。
日陰で暮らし、日陰で笑った。
本当は、明るい太陽の下で思い切り駆け回りたかった。
エルニーニャ王国首都レジーナは、大きな企業や貴族階級に溢れ、裕福なものが多い。
その周囲には同じく栄えた町や村がある。
しかし、少し離れると荒地が広がり、小さく貧しい村が点在する。
それらの多くはエルニーニャに取り込まれる前、どこかの国に属国扱いされていた元小国だ。
小さすぎて地図上でも国扱いされなかった。
村の者は今でもエルニーニャ政府からの援助を拒む。
しかし軍に入るなどして、国自体をのっとろうとするものは時折現れる。
大抵無駄な足掻きに終わるが、それでも軍に入ることは奨励されていた。
身内からの援助なら、受けても裏切り者にならないから。
ある年、ある夫婦が生まれた子供を村においてレジーナへ逃げた。
当然夫婦は裏切り者として扱われ、二度と村には帰る事ができない。
そしてその子供も、何の罪もないのに裏切り者扱いされることになる。
赤子なので村の外に出すことはしなかった。しかし、一目見て裏切り者とわかる印がつけられた。
父の罪と、母の罪。両腕に一つずつ焼かれた烙印は、彼を苦しめた。
祖父母に厳しく育てられ、時に殴られ、引っ掻かれ、蹴られた。
「裏切り者の子のくせに」と何度も言われた。
彼は村中から白眼視され、子供には石を投げられた。
傷だらけになって帰ってきても、手当ては誰もしてくれない。
食事だけが、彼への僅かな情だった。
ある年、ある夫婦が「怪物」に食い殺された。
彼らには幼い子供がいて、その子はそれから一人で生きることになった。
近所から僅かな施しを受けたり、木の実などを食べたりした。
寝る場所はいつも違った。
夏はそれでよかったが、冬はどうしようもなかった。
そこで彼はある家で冬を越すことになったのだ。
烙印の少年パロットと親無し子ゲティスが出会ったのは、初雪が降った日だった。
ゲティスが最初にその家で言われたことは、
「その子は裏切り者の子だからあまり近付かん方がいい」
だった。
言われるまで気付かなかったが、確かに部屋の隅には子供がいた。
闇紫の髪から、金色の眼が覗いている。
ゲティスは近付くなと言われると余計近付きたくなる性質だった。
しかし余計なことをして外で冬を越すことになるのは困るので、暫くは言う通りにしていた。
家に住む老夫婦はゲティスに優しかった。
春になったら隣の空き地に小屋を建てることを約束してくれた。
しかし、部屋の隅の子供には度々辛くあたっていた。
助けることも、声をかけることもできない。
きっとあいつには、オレが嫌な奴に見えるだろうな。
そう思いながら背中を向けていた。
老夫婦が出かけた日、ゲティスは初めて子供に近付いた。
何も話すことは無かった。
何もすることは無かった。
もしかしたらすでに嫌われているかもしれないが、近付いた。
「名前、何?」
とりあえずそれからだ。
名前がわからなければ、呼べない。
「…忘れた」
初めて聞いた声は、不思議な答え。
名前を忘れるなんて、あるんだろうか。
それとも答えたくないんだろうか。
「えっと…オレはゲティスっていうんだ。ゲティス・レガート」
「知ってる。呼ばれてるの、聞いた」
「そっか。で、お前は…名前忘れたんだよな」
「お爺様とお婆様に訊いちゃだめ」
「わかった。じゃあお前の名前がわかるもの探そうか」
ゲティスは部屋中の引出しを開け、何か無いかと見た。
その姿を、金色の眼がじっと見つめていた。
幾つ目かの引出しを開けたとき、ゲティスの目が輝いた。
「あった!これお前のことだろ?生まれた年がオレと同じだ」
ゲティスは子供の隣に戻り、見つけた紙を見せた。
「ほら、お前の名前!パロット・バース!」
「パロット…」
「そう、パロット!お前男だったんだな。髪長いから女かと思ってた」
「…死んでる」
「…え?」
ゲティスは子供が指差した文字を見た。
書類のタイトルが、「死亡証明書」。
「お前生きてるじゃん。じゃあパロットじゃないって事か?」
「ううん、パロットって呼ばれてた覚え、ある。パロット。
裏切り者だから、村、いないのかな」
「そんなのおかしいだろ!なんで…」
「名前、思い出せた。もう良い。
ありがとう、ゲティス」
パロットは初めて笑みを見せた。
しかし、それはとても寂しそうで、辛そうだった。
ゲティスにはこの事実が許せなかった。
どうして生きているのに、書類上で殺されなければならないのか。
「パロット、オレはお前の味方だからな」
「…?」
「オレは何があってもお前を守る!
今までしらんぷりしてきたのは、すっごく悪かった!
今度何かあったら、絶対助けるから!」
寂しそうに笑わないで。
本当の笑顔が見たい。
ゲティスの想いが、パロットに届く。
「ゲティス痛くなる、やだ」
「オレはそんなの平気だ!パロット、痛いの嫌いだろ?」
「大嫌い」
「だったらオレが痛くなくしてやる。自分も痛くならないようにする。
それならいいだろ?」
「…どうやって?」
「それはこれから考える」
パロットはこんな風に言われたのが初めてで、ゲティスの人間像がうまく掴めない。
だけど、一つわかった。
「ゲティス、優しい人」
自分に痛みを与えない人が、漸く現れた。
冬の間、ゲティスは老夫婦の目を気にすることなくパロットに話し掛けた。
そのことでパロットが何か言われれば、ゲティスが言い返した。
それでもゲティスは追い出されることは無く、春までこの家にいた。
約束通り、小屋も建ててもらった。
サービスが少し怖かったが、ゲティスは春になると小屋に移動した。
「ご飯はうちで食べなさいね」
老夫婦がそう言ったので、パロットに会うついでに馳走になった。
パロットを連れ出してどこかへ遊びに行くこともあった。
途中、子供がパロットに向かって石を投げると、ゲティスが全部受け止めた。
そして子供を叱りつけ、パロットを守り続けた。
「ゲティス、痛くない?」
「平気平気。石なんて全然効かないぜ。
それよりおにぎり作ってきたんだ。食おう」
「…うん」
ゲティスの空色が風に靡くと、パロットの闇紫も流れた。
「美味いだろ?」
「うん。美味しい」
二人の日々が楽しかった。
だけど世間は厳しくて、
パロットは迫害され続けて、
ゲティスはそれをずっと気にしていた。
出会ってから五年が経とうとしていたが、状況は変わらなかった。
「なんで村を出たら裏切り者なんだろうな」
「さぁ…」
「だいたいパロットは何も悪くないのにさ」
「でも烙印ある」
「それが納得いかないんだよ!
政府の援助は受けないとか言って、村出身の軍人とかからは物資出してもらったりしてるし…
この村はおかしいんだ」
「軍人になる、村出ても良い…よね」
「オレ納得行かない。やっぱり村を出る」
「!」
ゲティスの発言は、パロットを驚かせた。
話の流れから出た冗談だといい。
本当に村を出たら、ゲティスも裏切り者扱いだ。
そんなのは、辛い。
「だめ!ゲティス、だめ!裏切り者、なったら…」
「わかってるよ。パロットに辛い思いはさせない。
軍人になるなら村を出てもいいんだろ」
ゲティスは笑う。笑いながら、闇紫を撫でた。
「オレは軍人になる。ただし、この村に物資を送るためじゃない。
この村を外から変える為に軍人になるんだ」
「…変える?」
「そう。理不尽な事がなくなるように。
…だから、パロットも一緒に来ないか?」
ゲティスに手を握られる。
パロットは目の前の空色をじっと見つめた。
「いっしょに?」
「そう、一緒に。…それとも、オレと一緒は嫌か?」
首を横にぶんぶん振るパロット。
ゲティスは頷いて、
「よし、じゃあ行こう。入隊試験の勉強とかしなきゃな」
パロットを引っ張って、住んでいる小屋へ走った。
ある日、二人の少年が村を出た。
一人は軍人になるのがわかっていたので何も言われなかったが、
もう一人は裏切り者のままだった。
それでも良かった。二人一緒にいられるなら。
それから五年経った。
二人は共に軍人として、レジーナで過ごしている。
「ゲティス、朝」
「んー?もう朝か…」
「起きないと遅刻する。朝食もとれない」
「わかったって…パロットは起きるの早すぎ」
「今日、ちょっと寝坊」
「マジ?」
まだ村を変えるだけの力はないかもしれない。
けれど、志に向かって確実に進んでいる。
「今日、任務ある日。急がないと」
「あぁ…なんかあの大尉の人とだよな」
ゲティス・レガート中尉とパロット・バース少尉は、今日も二人で歩いていく。
fin