これで三度目。

なんて残酷なシナリオ。

でも今度は、失敗しない。

もう絶対に、離さないから。

 

救護班が突然忙しくなったのは、アーシェが司令部を離れてすぐのことだった。

怪我を負った者が次々と運ばれ、ラディアの治癒も追いつかない。

外傷が極めて重い者以外は応急処置で済ませるしかなかった。

「おかしいですね…」

処置をしながら、クリスが呟く。

搬送されてきた者がリーガル邸戦での負傷者だけならば納得できる。

しかし怪我人は圧倒的に、軍に残った者の方が多かった。

軍に残ったのは主に階級が上位の人間だ。容易に負けるはずはない。

司令部に乗り込んできた敵がどれほど強いのか、想像するのも嫌になる。

「ラディアさん、その人が終わったら少し休んでください」

「え、でも…」

「これからもっと、怪我人は出てきますよ。だから力を温存してください」

軍に残っているのが佐官以上の人間ならば、向こうも幹部クラスを送り込んできているのかもしれない。

ハルたちが言っていた血脈に関わる人間は、今ここにはいない。だったら来ているのは裏だ。

彼らが司令部を占拠しようとしているのなら、これまでにあったテロなどとは規模が違う。

「どう出ますか、大総統…」

早く沈静させなければ、国そのものが揺らぐことになる。

もはや考える暇も残されてはいなかった。

 

侵入者の先頭は、与えられた剣で、目につく者を斬り払っていった。

背後には一瞥すらくれず、前へ前へと進んでいく。

歩きなれたはずの道に立ち止まることはしない。

目標を見据えたその瞳は、暗く澱んだ、海の色をしていた。

 

司令部に乗り込んできた裏の者はほんの数名。

それにもかかわらず、軍側の被害は大きい。

その理由を、ハルはわかっていた。

負傷者の目撃証言によると、ほとんどの者は小さな子どもに捌かれている。

初め、ハルは我が子ではないかと疑った。だが彼に佐官の大人を倒すほどの力があるとは思えない。

だとすれば、もう一人の行方不明者。彼ならば前例もあり、この状況も少しは納得がいく。

この力が何によるものなのかは解らない。そんなことを考えている場合でもない。

今はひたすらに戦いを続けている彼――ニア・インフェリアを確実に止める方法を導き出さなければ。

「ニア君は、相手が軍の人だってまるで認識していないみたいだ。ただ相手を倒すことだけを目的にしているような…」

「かといって、ニアを傷つけるわけにはいかない。…どうなってるんだ、これは…」

ハルにとって、アーレイドにとって、ニアは大切な部下であり、息子の友人だ。

そしてここにいるもう一人の男にとっては、かけがえのない家族だった。

「…ハル、アーレイド、ここは俺に任せてくれないか?」

この状況を打破できるかもしれない、今ここにある唯一の手。

それがニアの父親である、カスケードだった。

しかしそれが彼にとってどんなに辛いことかも、ハルとアーレイドには解っていた。

カスケードにとって、「ニア」との対峙はこれで三度目なのだ。

そして前の二度は、いずれも悲しい結末を迎えていた。

それでもカスケードは、まだ立ち向かう気だった。

「カスケードさん、良いんですか?」

「俺が行かなきゃ。あいつは俺の息子だからな」

すでに負傷者が多数出ていることから、無傷で事を収めるのは難しいだろう。

でもニアが友を傷つけて泣いてしまったことを、カスケードは知っている。

だから大剣を手にした。ニアのために、自分の身を守ろうと。

「行ってくる。…ニア以外は頼んだ」

我が子のもとに向かう父親を、アーレイドは拳を握り締めて見送った。

彼もまた、一つの決意をしていた。

かつての上司から託されたことを、自分の手で果たすことを。

「ハル、オレも行く」

「じゃあボクも」

「お前は軍の要だ。ここにいて、指示を出してくれ」

俯きかけた相方の肩を両手で包みこむようにし、アーレイドは力強く言った。

「それがお前の戦いだ、ハル」

カスケードも、自分も、ハルを信じている。だからハルも自分達を信じて、命じてくれ。

大総統として――この軍を統べるものとして、誇りを持った戦いを。

「…わかった。ハイル大将、任せたよ!」

 

理性は封じられ、ただ一つのことを繰り返し続ける。

斬って斬って、道を開くことが、ニアの手段であり目的だった。

インフェリアの血脈か、はたまた他の何らかの要因か。何故かはわからないが、理性を失ったニアは何者をも敵としなかった。

軍にいれば裏を、そして裏にいれば軍を脅かすほどの力を、その姿に見合わず持ち合わせていた。

十五年前、いやもっと以前から、裏は建国の英雄の力について考えていた。

エストは直接の戦力にはならず、ゼウスァートは表面上滅びた。ならば残るはインフェリア。

初めはその血を絶やそうと考えていた。ちょうど良く、それを実行できそうな駒もいた。

しかしそれは失敗に終わり、そうこうしているうちに血脈は次世代へと繋がった。

絶やせないのなら、利用することはできないだろうか。

この国を創った者の子孫がこの国を壊し、いずれは大陸全土を手中にすることができたなら。

王を傀儡とし、考えうる限りの自由を尽くすことができたなら。

現在のエルニーニャ王国では、王は国民の象徴である。国家を治める力などは持ち合わせていない。国の統治は軍に握られている。

軍さえなくなれば、王を操ることができる。

――これは、遠い昔の王派と軍派の争いの続き。残された最後の物語。

祀り上げられた新しい「英雄」――戦いが終われば捨てても問題のないもの――によって、国を壊すか。

それとも軍がそれを阻止し、このまま国を支配し続けるのか。

どちらが結末となるのかは、一組の親子の手に委ねられていた。

「ニア」

「………」

父が名を呼んでも、子は何も答えなかった。

ただ剣を振り上げて、進路を邪魔する標的を排除しようとした。

二つの刃がぶつかったその瞬間から、この国の運命は動き出した。

何が正しくて、何が間違っているのか。そもそもどこからこの戦いは始まっていたのか。

長い歴史と一族の血。辿ってきた道は、どこへ向かっているのか。

始まったものにはいつか終わりが来る。

それはこの日なのだろうか――

「ニア、もうやめろ」

「………」

二人の戦いを邪魔する者はいなかった。

他の侵入者には邪魔する理由がなかったし、軍の人間は施設内に散った侵入者達の相手をしなければならなかった。

この時、青い獅子たちの戦いを目の当たりにする者は一人としていなかった。

ただ静かな空間に、金属のぶつかる音が響くだけ。

 

司令部に侵入した軍への反逆者を捌くのは、これが初めてではない。

大事件でも、秘密裏に処理された一般非公開の事件でも、起こったことはいつも同じようなものだ。

前大総統――カスケード・インフェリアの統治下において、すでに数回の襲撃テロが起こっていた。

また、現大総統ハル・スティーナがサーリシェリア人であることに、少数ではあるが反発した人間もいた。

アーレイドはこれまで、それら全ての相手をし、黙らせてきた。

国の要を守るためというよりは、彼が慕い、また愛する人を守るため。

大総統という立場にある人間が「要」ならば、彼はいつでもそれを守護する壁だった。

生半可な気持ちの人間には絶対に突破できない防壁だった。

侵入者達は、建物に入ることはできても、彼だけは越えられない。ただ呻いて倒れていくことしかできない。

どれほど撃ち、切り裂き、殴打しても、鉄壁を破ることは不可能なのだから。

一人目はアーレイドの到着に気付いた直後、壁に叩きつけられた。

二人目、三人目は現れた者に襲い掛かり、剣をふるい弾丸を放った。

しかしそれらを受けてもなおそこに立ち、ナイフを構えていたアーレイドに、一瞬の躊躇を見抜かれ、射抜かれた。

四人目からは蹴られ、打ち付けられ、手を標本のように留められ。

傷ついても崩れることのない絶対の壁に、ただただ圧倒されるばかり。

「アーレイド君!」

医務室から出てきたクリスの目に映ったのは、廊下に倒れる肢体たち。

「…あぁ、クリスさん。怪我人の容態は?」

「こちらはなんとか。…しかし、貴方は…」

クリスは血を流すアーレイドを気にしたが、彼は首を横に振って応えた。

「かなり痛いけど、まだいけますよ」

「…戦い慣れしてる方は怖いですね」

放られた痛み止めを受け取り、アーレイドはまた行ってしまった。

ここの処理は、クリスに委ねられたようだ。

「…本当に、貴方達は幸運ですね。全員上手い具合に骨を折られて」

もしもまだ動けるようならば、侵入者達には更なる地獄が待っていたはずだ。

何しろここに残された軍医は、大総統補佐以上に容赦ないのだから。

「医務室でたっぷり治療して差し上げますよ」

戻ればまた搬送された人々が増えているかもしれない。

まだ暫くは休めなさそうだ。

 

アーシェが向かったことを無線で報告してから、ラディアは再び重傷者の治癒にとりかかった。

あちらは戦いの最中。だが、窮地というわけではなさそうだ。

現在の怪我人は司令部内の人間に集中している。

ここで一体何が起こっているのかは、クリスが戻ってきたらわかるだろう。

子どもにやられたという声の真相が、ずっと気になっている。

うわ言に上司の家名も聞いた。

戦っているのは誰なのか、彼女にはわかっていた。

「ニア君…どうして…」

何があったのかは分からない。

でも、この先彼が「どうしてこんなことになってしまったのか」を生涯問うようなことになるのは避けたい。

今なら、後になって別の道があったかもしれないと嘆かずに済む方法が見つかるかもしれない。

いや、ニアはもう知っているはずだった。誰かを傷つければ、自分が一生その傷に苦しむことになると。

「もう、だめだよ…」

もしも利用されているだけなら、早く目を醒まして。

傷が増えないうちに。

祈りながら怪我人に手を翳していると、無線の着信音が鳴り響いた。

一旦手を離し、無線をとったラディアの耳に届いた声は――

「ルーファ君?!」

『これからレヴィと一緒に戻ります。治療の準備をお願いできますか?』

レヴィアンスが帰ってくる――全くの無事ではないけれど、一つの戦いが終わったのだとわかった。

ラディアに、僅かではあるが笑みが戻る。

「わかったよ。待ってる」

司令部で戦っているのがニアだとすれば、ルーファとレヴィアンスが帰ってくることで状況が変わるかもしれない。

希望が持てるかもしれない。

――それまで、頑張るしかないよね…!

医務室に戻ったクリスに無線のことを伝え、ラディアは再び治癒を開始した。

この戦いは終わらせることができるのだという望みを抱きながら。

 

内線でレヴィアンスの帰還を知らされ、ハルは漸く一つ安堵することができた。

きっと彼の中で血脈についての決着がついたのだ。

帰ってくるということは、彼はゼウスァートではなくハイルを選んでくれたということ。

自分はまだ母でいていいのだと思うと、瞳が潤みさえした。

けれどもそんな余韻に浸らせてくれる時間も、大総統である自分にはない。

ドアの向こうにはすでに敵が迫っていることを察知し、大鎌の柄を握り締める。

ここから離れたところはアーレイドに任せた。だったらここはハル自身が片付けなければ。

侵入者たちは扉を開け放ち、軍の統帥者の首を狩らんと寄ってくる。

「…そう簡単にはさせないよ!」

ハルの鎌捌きは死神とまで称されるほどのものだ。ただし、本人はそれを気に入ってはいないが。

だがそれが伊達ではないことだけは疑いようもない事実であり、彼の強さを示している。

乱れることのない、芯の通った真っ直ぐな強さ。

「皆は、ボクが守るんだから!」

その想いの強さが彼を、大総統へと成長させたのだ。

――アーレイドは戦ってる。レヴィも戦った。

――カスケードさんだって、戦ってるんだ。

――だったらボクは、ここにいなくちゃ。

――ここで大総統じゃなくなったら、皆に申し訳が立たないよ。

大きく十字を描く刃に、太刀打ちできるものは一人としてなし。

ここが彼のいるべき場所である限り、ハルの勝利は約束されている。

倒れた輩を拘束し、内線につなぐ。

さっき話したばかりだというのに。

「…クリスさん、大総統室に怪我人が増えました。すいませんけど、治療お願いしますね」

さて、レヴィアンスたちの帰りを待とう。

親子の再会までも邪魔しに来るのなら、すぐに片付けるから。

 

その力がどこから来るのか、という話をしたことがあった。

結局分からずじまいだったが、実際に体感して、それがどんなに強いものであるかを知った。

ニアの入隊総合成績は確かに良かったが、何年も軍に籍を置いている大人に対抗できるほどではなかった。

しかし今、こうしてカスケードをも圧すほどの力を見せている。

ここにいるのは、本当にニア・インフェリアなのだろうか。

「…いや、親が子どもを間違えるはずはないだろ」

呟いた言葉は耳に入っていないのか、ニアはカスケードを斬り付け続ける。

手にしている剣は、軍の武器庫にあったもののようだ。――カスケードは十五年前を思い出し、苦笑した。

この後大剣を奪われてしまったなら、あの時の戦いの焼き直しになる。

こんなことばかり繰り返される。小さな歴史も、大きな歴史も、何度も同じところを巡る。

輪を、連鎖を、断ち切って終わらせることが、この戦いで自分達に課せられた目的だった。

子どもたちに辛い思いをさせないために、これ以上苦しみが続かないように、新しい歴史を作れるように。

そのために十年も戦ってきた。子供達自身も、生まれてからずっと戦ってきた。

「ニア、終わらせるための最善手って、何だろうな」

「………」

「全部なくなれば良いとは…お前だって思わないだろ?」

「………」

啼き続ける剣の身。振るう手は止まない。

誰が消えることも最善手ではない。ここでどちらが倒れることも幸せな結末にはならない。

「ニア、人を助ける軍人になるんだろ?!そのためにやらなきゃいけないことが、まだあるだろ!

こんなところで負けるな!目を醒ませ、ニア!」

その叫びに、ほんの一瞬力がゆるんだ。

一瞬で充分だった。大剣が子どもを払い飛ばすには、それだけで。

 

ヴィオラセント邸は、いざというときに救護施設の予備として機能することになっていた。

まさか住人がそこへ来るとは、予想もしたくなかったのだが。

「何してきたんだ、このバカ…!」

ダイの運転する車は、運転手が力尽きかけたため軍施設まではたどり着けなかった。

なんとか着いたのがこの下宿――ダイの住む、ヴィオラセント邸だった。

「母さん、司令部まで…車…」

「わかったから喋るな!」

ダイを助手席に、ルーファとレヴィアンスを後部座席に。そして運転席にはアクトが乗り込み、車は再び司令部へ向け走り出した。

「着いたらルーファとレヴィはすぐ行け。うちのバカ息子はおれがなんとかするから」

「はい!」

「ありがとう!でもこんなにスピード出さなくてもいいよ!」

運転手を交代し、ルーファたちはやっと司令部に戻ってきた。

離れた時と随分違う様子に絶句しかけたが、アクトの「早く行け」という言葉に走り出す。

立ち止まっている暇はない。ニアを見つけなければ。

「酷いな…」

変わってしまった内装に、ルーファは呟いた。

置いてあった観葉植物の鉢はほとんど倒され、壁や床は傷だらけ。

扉もいくつか破壊されていた。

その中に、レヴィアンスが彼の姿を見つけた。

「ルーファ、あれ!」

「!」

守りたくて、守りきれなくて、そのせいで喧嘩までした。

今度は絶対に、離したりしない。

「ニア!!」

 

この傷で車を運転してきたなんて、無茶にも程がある。

クリスは青い顔をして横たわるダイに、小言をちくちく言いながら輸血準備をしていた。

ルーファとレヴィアンスが帰ってきたことと、ダイが重傷を負っていることで、喜んでいいのか悪いのかわからない。

ただ、ちゃんと生きて戻ってきたことは、褒めていいだろう。

「傷は塞がったよ。…でも、しばらく動かないでね」

治癒を終えたラディアが言うと、ダイは苦笑して返した。

「動けませんよ。…あとはあいつらに任せます」

その台詞に、クリスが目を丸くした。

何ですか、とダイが目で訊ねると、彼は笑いながら言った。

「部下に仕事を任せるなんて、随分上司らしくなったじゃないですか」

「うわ…相変わらず酷ぇな、この軍医」

これでダイの戦いはひとまずおしまい。

窓の外が少しずつ白んできたのが見えた。

「…寝る。ニアが来たら起こして」

彼の長い一日が、漸く終わった。

 

頭の中に、誰かの言葉が響いてくる。

いくつもの声が重なって、迷わせる。

「大総統を倒し、この国を軍のない国に」

そう囁く声と、

「人を助ける軍人になるんだろ?!」

そう叫ぶ声。

「ニア!!」

今度は誰かを呼ぶ声。

誰か――それは、自分の名前だった気がする。

いや、間違いなく、この身が生まれたときから呼ばれてきた名前だ。

駆け寄る足音。身体に残る痛み。

そこにいるのは、誰――?

「ニア・インフェリア、それはお前の敵だよ」

混乱した頭に、その声が届いた。

 

現れたのは白装束の、男とも女ともつかない風貌の人物。

カスケードが、ルーファとレヴィアンスが、ニアのもとへ駆け寄ろうとしたその時に、突然天井から落ちてきた。

天井には非常通路がある。そこを抜けてきたのだろう。

その人物はニアに語りかける。

「それはお前の敵だ。お前を攻撃した者、お前を助けなかった者、お前を裏切った者だよ」

呆然と見ていたカスケードは、我に返って叫んだ。

「でたらめを言うな!お前は誰だ!?」

「でたらめ?」

白装束は問いに答えず、ただくすくすと笑った。

馬鹿なことをいっているのはそっちだとでも言うように。

「たった今、カスケード・インフェリアはニア・インフェリアを払い飛ばしたじゃないか。

そしてそこにいるルーファ・アストラはニア・インフェリアを助けず、レヴィアンス・ゼウスァートは軍を裏切りこちら側についた。

いずれもニア・インフェリアにとっては敵ではないか」

白装束の言うことは意図的に曲げられてはいるが、事実には違いない。

カスケードも、ルーファとレヴィアンスも、言い返すことができなかった。

「さぁ、敵は倒さなければ。斬りなさい、ニア」

その言葉で、ニアが剣の柄をぎゅっと握った。

カスケードは再び身構え、そして。

「させるかぁぁっ!!」

レヴィアンスは白装束に飛び掛った。

衝撃によろめく白装束の脇をルーファが駆け抜け、ニアに辿りつく。

柄を握った手に自分のそれを重ねて、真っ直ぐにニアを見た。

「ニア、お前の居場所はそっちじゃない。こっちで皆が、お前をずっと待ってた!」

「………!」

ニアが目を見開き、その海色に親友の姿を映した。

カスケードが一歩踏み出したのは、それと同時。白装束目掛けて、大きく大剣を振り上げた。

「馬鹿が!」

白装束は身体を捻り、しがみついていたレヴィアンスを捕まえる。前に差し出し、カスケードの動きを止めた。

「こっちには人質がいる!これでも斬ろうというのか?」

「…っ、卑怯者!」

「ごめん、おじさん…。でも」

レヴィアンスは窮地にあるにもかかわらず、笑っていた。

それを見て、カスケードの表情も和らいだ。

彼らはわかっていた。信じていた。

白装束はニアから目を離した。その時点で勝負は決まっていたのだ。

今のニアにはルーファがいる。一緒に戦ってきた親友が。

彼らが揃えば、もう心配は要らない。

「大丈夫だよ」

レヴィアンスがそう言って、白装束の手を離れた時には。

白い服は二つの刃によって、赤く染められていた。

片方は親から受け継がれた剣。

もう片方は軍の剣。

それを携える彼らは、強い意志を持った軍人。

誰にも負けはしない。だって、約束したから。

「一緒に、なるんだろ?」

「なるよ。…人を助ける軍人に!」

彼らには誰にも解けない、強い絆がある。

一緒に未来を見届けるために、これからも共に走って行こうと思えるような。

誰もその邪魔をすることはできない。

邪魔なんかさせない。

「ニア、おかえり!」

「ただいま、レヴィ!一緒に戦おう!」

レヴィアンスがニアとルーファのもとへ駆け寄り、白装束と対峙する。

その様子をカスケードは、ただ見ているだけだった。

もう任せてもいいだろう。次の時代を切り拓くのは、彼らなのだから。

背中を痛めてよろめく白装束を、三人の子どもが追い詰める。

「ガキが…舐めるなよ!」

白装束は懐に手を突っ込んだが、そのまま何も取り出すことはできなかった。

レヴィアンスが白装束を押さえ込み、ニアがその足を斬って封じ、倒れこんだところへルーファが剣先をぴたりと当てた。

身動きの取れない白装束に、もうなす術はなかった。

「協会に入り込んで悪さしてたの、キミだよね」

「そっか…俺たちのこと散々弄んでくれたよな」

「でも、それで僕たち軍を解体させようなんて考えが浅すぎるよ」

いつの間に取り出していたのか、カスケードが無線のスイッチを切った。

それからそう経たずに、廊下に足音が響く。

規則正しく、残された時間を知らせるように。

それが立ち止まった時が、幕引きの合図。

「ここまでご苦労様、イクタルミナット協会大司教殿」

優しい声に国を統べるものの威厳と責任。

彼こそがエルニーニャ王国軍の頂点。

「いいえ、偽大司教ですね。裏と協会の人間を多く動かすことができるなんて、よほど強い力をお持ちなんでしょう」

その彼が、手にした大鎌を一気に振り下ろす。

刃先は白装束の頬に掠るか掠らないかのところで止まった。

「その力をもって、ボクの部下に傷をつけたことは赦し難い。

従ってあなたの支配力がどんなに大きかろうと、国を譲るわけにはいかない!

その罪を償いなさい、裏の者よ!」

 

偽大司教および、彼が動かしていた裏の者や協会の者は、個人や軍に対する暴力、暴言をこれからじっくり裁かれることになる。

破壊された軍施設や、人や機材を非難させて機能を一時的に失っていた病院の後始末もしなければならない。

リーガル邸の被害は、家主が「気にするな」と言った。元軍人夫婦は、こんな状況に慣れてしまっているのかもしれない。

それらを考える前に、とても大切なことがあった。

そのために今まで、辛い戦いを乗り越えてきたのだ。

アーシェとグレイヴが司令部に戻り、ダイが起こされ、ルーファとレヴィアンス、そしてニアがここにいる。

暖かな日々を取り戻そう――笑顔で皆が揃えるように――それがやっと、果たされた。

それを喜び合わなければ、終わったことにはならないから。

「これで、大仕事が終わったな」

「そうですね」

「ニア君とレヴィ君も帰ってきて、本当に良かった!」

「…またこうして、会えたのね」

「もう何のしがらみもないんだよね」

「乗り越えたんだよね…僕たち」

後始末はまだ残っている。

けれども、今はほんの少し休もう。

やっと、全員が笑い合えたのだから。

 

歴史が、因縁が、終わって、そして刻まれる。

そして新しい物語が紡がれ、続いていく。

始まって、これからも、ずっと先へ。

この世界があるかぎり、終わりなんてどこにもないのかもしれない。

現に次の物語の扉が、もう開かれようとしている。

 

歪んだ夜が明けて、今日が始まる。

その朝日は、今までに見たどんなものよりも美しかった。

ここにいるのは自分一人じゃないとわかっているから。

共に歩んでいく人たちと一緒に見ている世界だから。

きっとそれは何よりも、眩しく見えたんだ。