尉官以上が招集された任務に、曹長が二人抜擢された。

誘拐犯に特攻し、大きな功績を上げたのだが。

「おい、どういうことだ」

彼らが久しぶりに聞いた声は、怒りを含んでいた。

 

ドミナリオ、ホリィ、オリビアの三人は急速に親しくなっていった。

軍人学校に入学して三日目、彼らはすでにどのグループよりも絆を深めていた。

「ドミノ、武器何にするんだ?」

「銃かな。最もポピュラーなのでいくよ」

「へぇー。オレは剣にしようかと思ってるんだけどさ…やっぱ刀かなー」

技能訓練の武器選択の話だ。

軍人学校で決めたものが後にそのまま軍で使うものになるので、学生は慎重に決める。

「オリビアは?」

「私は棍よ。切ったり撃ったりするの好きじゃないの」

「やっぱオリビアは平和的だな!流石だぜ!」

「武器を持つって時点で平和じゃないよ」

「ドミノ、元も子もないこと言うなよ!」

三人が話している間に始業チャイムは鳴る。

今から始まる授業は「大総統史」だ。

この国の政権は大総統にある。国王は存在するが「国民の象徴」だ。

大総統を知ることはエルニーニャの常識。

「今日が初めてよね、大総統史って」

「そうだな。どんな先生だろうなー」

「人間じゃなかったりして」

「…ドミノ、お前さぁ…」

ホリィが呆れていると、教室のドアが開いた。

女子の一部がざわめく。

ドミナリオとホリィは特に気にしてはいなかったが、オリビアも例外ではなかった。

大総統史担当の教師は男性。見たところ二十代後半くらい。

ルックスは一言で言えば「かっこいい」(女子談)

首から下げたロザリオが照明を受けて輝いた。

「きりーつ」

クラス委員の号令に生徒は立とうとするが、

「挨拶はいらない。…授業始めるから六ページ開け」

教師はそれを止めていきなり授業を始めた。

当然教室はざわめく。今度は男子もだ。

「なぁドミノ、いきなり授業始めるなんておかしいよなぁ?」

「そういう先生もいるんじゃない?」

「ドミノぉ、お前さっきから冷たいぞー」

止まない声。教師の行動を怪訝に思う生徒は、会話を続けようとする。

一人が立ち上がり、勇気ある発言をする。

「先生、自己紹介とかしないんですか?」

「そんなものは意味が無い」

勇気ある発言は一蹴される。

しかし、吐き捨てられた言葉を気にしない者がこのクラスにはいる。

それがホリィ・グライドだ。

「名前くらいわからないと困るよ先生」

しかもタメ口。

クラス中に緊張が走る中、教師は眉を寄せたまま言った。

「…ダスクタイトだ。わかったら六ページ開け」

 

これが大総統史担当ブラック・ダスクタイト教諭との出会い。

それからすでに二年が経っている。

 

「どういうことって…」

「なんで軍が来るんだ」

「そんなの知りませんよ」

ドミナリオとホリィは曹長になっており、今回の任務に参加していた。

任務内容は「誘拐事件の解決」。

被害者はグレイヴ・ダスクタイト――ブラック・ダスクタイトの娘だった。

「アルベルトの奴…誰にも言うなっつったのに…」

「娘さん助かったんだから結果オーライじゃないっスか」

「それだけじゃねーよ。パラミクス、なんでアーシェを連れてきた?」

厳しい表情はオリビアに向けられる。

オリビアは一瞬俯いたが、すぐに顔を上げてはっきり答えた。

「本当に怖いときや不安な時、助けられるのは大好きな人です。

グレイヴちゃんもアーシェちゃんも両方不安でしたから」

「アーシェも危険な目にあったらどうするつもりだった?」

「私が助けます」

「助けられなかったらどうする」

「助けます!何が何でも助けます!先生の娘さんと姪御さんは私が命に代えても助けるつもりでした!」

「パラミクス、これ以上オレを怒らせたいのか?」

静かな声音がオリビアを黙らせる。

ドミナリオとホリィも、何も言えずに立ちすくむ。

「命に代えてもなんて軽々しく口にするんじゃねーよ。

誰だろうが一人でも欠けたら悲しむ奴は絶対いるんだ」

 

ブラックは厳しかった。

しかしその反面、彼は生徒から好かれていた。

ドミナリオ達三人も例外ではない。

「オレさー、剣技の授業の担当がダスクタイト先生だったんだよ」

ホリィが補習プリントに向かいながら言った。

「へぇ、それで?」

「めちゃめちゃ厳しかったんだぜ。握りが違うだの振りが危ないだのって」

「それはホリィが下手なだけじゃないの?」

「ドミノ、お前さっきから冷たすぎるぞ!」

「まぁまぁ、二人とも…それで、どうなったの?ホリィ君」

オリビアの軌道修正に、ホリィは少し機嫌を良くしたようだ。

さっきより声が弾む。

「とにかく厳しかったんだけどさ、最後に『上達したな』って褒めてくれたんだ。

オレすっごい感動したんだぜ」

「…へぇ、褒めたんだ」

ドミナリオにとっては意外なことだった。

普段の授業から考えても、ブラックはとにかく厳しい。

抜き打ちテストなんか当たり前だし、「わかりません」は通用しない。

「できて当たり前」という態度に見えた。

ドミナリオが考え込むと、

「実は私も…」

とオリビアが切り出した。

「オリビアも何かあったのか?」

「うん。昨日のテストで、教科書に載ってない問題があったでしょ?」

「資料集からの問題?」

「そう。私、資料集からって気付かなくて…先生に訊きに行ったの」

オリビアが質問しに行くと、当然のように「資料集にも目を通しておけ」と言われた。

もともと資料集などあまり使わない教材であるため、生徒のほとんどは見落としがちなのだ。

「叱られるかなって思ったんだけどね、違ったの。寧ろ褒められちゃった」

「何で?」

「問題に気付いて、ちゃんと訊きに来たからって。…頭撫でてもらっちゃった」

オリビアは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに笑う。

そこまで嬉しいものかと、ドミナリオは疑問に思う。

自分はそんな経験が無かったから、褒められることがどういうことかよくわからない。

今まではずっとできて当たり前の世界にいたのだ。

だから理解し難い事柄に出会うと、興味が沸く。

――観察してみるか。

この日からドミナリオの「先生観察」が始まった。

気付いたことをとりあえず書き出してみて、自分の考察を付け加える。

しかし、いくらやっても理解できないものはできない。

ついには書き出しているノートをホリィに見られてしまった。

「…先生観察日記ってお前…」

「…笑いたければ笑えよ」

一週間ではわからない。もう一週は必要か。

いや、このままではどれほど考えてもわからないかもしれない。

「ドミノ、観察じゃないんだよ。人の気持ちってのは経験してみないとわかんない部分が多いんだ」

「どうやって経験しろって言うんだよ」

「そのうちわかるって」

ホリィは笑っていた。ドミナリオは眉を顰めていた。

そのまま考え込み、俯き加減に廊下を歩いていると

「っ!?」

見事に人にぶつかった。

「…ってーな…お前、大丈夫か?」

しかもよりによって、

「!!」

研究対象であるブラックに。

「お前確か…ドミナリオ・エストか?」

「…はい」

気まずい。非常に気まずい。

ドミナリオはさっさと離れようと思ったが、ブラックに引き止められる。

「お前に言いたいことがある。いいか?」

「…はい」

何を言われるんだ。

まさか観察しているのがばれたのだろうか。

緊張した時間はとても長く感じる。

一秒一秒がゆっくりだ。

「お前」

逃げたい。でも足が動かない。

どうすれば…?

「クラスで唯一満点キープしてるよな」

…え?

なんだ、そんなこと?

「そう…ですね」

「よく勉強してる。入隊試験で筆記はそう重要じゃないと思っている奴が多いが、お前は違うみたいだな」

それは家柄の所為だよ先生。

さすがに口には出さなかったが、あまり愉快ではない。

しかし、

「頑張ってるな」

急に頭に置かれた重みと温かさは、不愉快さを全て取り払った。

頭を撫でられたのなんて、記憶する限り初めてだ。

「…ありがとう、ございます…」

素直に言葉も出てくる。

ホリィやオリビアの言っていた事が、やっとわかった。

 

ブラックと話したりするうちに、ドミナリオ達三人は彼を信頼するようになった。

とにかく親身になってくれる。

しかもそれは自然で、落ち着くものなのだ。

三人はそれぞれ色々な問題を抱えていたが、ブラックと関わっている間は忘れられた。

学校で学んだ一年間は、本当に楽しいものだった。

 

その中で、特にブラックが強く言っていたのが命についてだった。

「先生…私…」

オリビアは胸を押さえて俯いた。

最も大切な教えを、忘れていた。

いや、忘れていた訳ではない。見失っていたのだ。

「…娘のことを気遣ってくれたのは感謝する。

姪も苦しかっただろうから、寧ろ安心しただろう。

とにかく無事ならこれ以上は何も言わねーよ」

俯くオリビアの頭をそっと撫でる、大きな手。

久しい温もりに、暫く身を委ねた。

「エストとグライドは戻れ。パラミクスは姪を送るついでにオレが連れていく」

「わかりました」

「いやぁ、先生が変わってなくてホッとしたっスよ。

また遊びにいくっス」

ドミナリオとホリィも、オリビアと同じくらい嬉しかった。

ブラックは自分達の好きな先生のままだった。

誰よりも尊敬する人のままだった。

「僕達、いつ先生みたいになれるだろうね」

「さぁなー。まだ始まったばっかだし、頑張ってこうぜ」

「…ホリィらしいね」

 

軍人学校の卒業式の日、ドミナリオ達は担任への挨拶もそこそこに職員室へ駆け込んだ。

「先生!」

ホリィの声に、ブラックは驚いたようだった。

それから呆れて、息をついた。

「…式が終わったなら帰れ」

「先生にちゃんと挨拶したかったんです」

「私たち、とてもお世話になりましたから」

ちょっと息を吸って、目で合図して。

「ダスクタイト先生、一年間ありがとうございました!」

感謝の笑顔で、伝える。

これでもまだ足りないくらい、思い出をたくさんくれたから。

「…そういうことは担任に言え」

ブラックは目を逸らしたが、少し紅くなった顔は隠せなかった。

笑うドミナリオ達に漸く向き直った頃、

「卒業、おめでとう」

彼は確かに、笑っていた。

 

 

Fin

 

 

あとがき

何か無理矢理だ…。もっといい文章を書きたかったです。

改良したい。そのうち改良したい。いまはねたがつきてるのでむりです。

ブラック先生は素敵な先生ですよ。

H18.6.21 外野遊茉莉@オリビアが可愛くてしょうがない