「ドミノさ、ホワイトナイト大尉のこと嫌いなのか?」

突然そう尋ねられ、ドミナリオは戸惑った。

もともとホリィは遠まわしな言い方をしないが、それはあまりにもストレートすぎる。

「…なんで」

「妙に避けてるし、グレイヴちゃんになんか言ったらしいじゃん」

知っていたのか。

どうして、とは訊く必要がないだろう。アーシェからオリビアに伝われば、自然にこの男にも話はいく。

さっきの質問には、やはりそのまま返すことにした。

「嫌いだよ」

「どうして」

「嫌いなものは嫌いなんだ。あの人は軍人として認められない」

ドミナリオが言い切ると、ホリィは頭を掻きながら黙り込んだ。

軍人学校時代から、彼はドミナリオと話しているときによくこの仕草をした。

それは大抵、意見の合わないとき。だから反論が返ってくるだろうなと、ドミナリオは予測していたのだが。

「まぁ、確かにあの人は軍人に向いてないかもしれないけどな」

意外にも、ホリィはそう言った。

珍しく意見が一致したことに、ドミナリオは少し嬉しくなる。

「へぇ、ホリィもあの人は軍人であるべきじゃないって思うんだ」

「そこまでじゃないけど、あの人ってさ」

けれども、良くなった機嫌はすぐに傾いた。

「軍人にしては優しすぎるんだよ」

この言葉も意外だったが、ドミナリオの考えとは程遠い。

嫌いな人物をこのように表現されるのは、はっきり言って屈辱だ。

「なんであれが優しいって?」

「あの人、他人のことを考えすぎるんだよな。

でも他人のためにする行為って、結局は自分の主観になるだろ?

だからドミノはあの人が嫌いなんじゃないかとオレは思うんだ」

ホリィの言っていることは、ドミナリオには理解できない。

あの自分勝手に動いて人を傷つけるような奴が、「他人のことを考えすぎる」なんてことはありえない。

それがドミナリオの考えだ。

しかし、もう一度ホリィの言葉をよく考えてみると。

「他人のためにする行為が、主観?」

「そう。自分の行動になるわけだから、客観的に見ることはどっちにしろ難しい」

「…なるほどね」

ホリィが言いたいのは、どんなに人のためを思ってした行動も、結局自分がしたことであるということ。

本当にそれが他人のためになっているかということは別問題というわけだ。

もし相手のためになっていても、第三者が見たときに「酷い」と思うこともある。

ここではドミナリオは第三者にあたる。ホワイトナイト大尉が行為者で、その相手が――

「つまりホリィは、あの人が優しいってことに僕が気づいてないって言いたいの?」

「まぁ、そういうことになるのか。でもオレだって予備知識ないとわかんなかっただろうな」

「予備知識?」

ホリィがホワイトナイト大尉の何を知っているというのか。

上司と部下というだけで、接点はあまりなかったと思うが。

「オレ、軍人学校通う前に普通の学校行ってたんだけどさ」

「知ってるよ。それが何?」

「そこで知り合った友達が、大尉の弟なんだ」

…は?何だって?

ドミナリオはホリィの言葉を何度も心の中で繰り返す。

友達が、大尉の、弟。

つまり、それは。

「軍に入るずっと前から、大尉のことを知ってた…?」

「あぁ。会ったのは軍に入ってからだけど、話はそいつから聞いてた」

ホリィは懐かしむように笑った。

そして、あの頃を楽しそうに語りだした。

 

父は会社員、母は看護師。

ホリィはごく平凡な家に生まれ、育った。

そしてごく普通の学校に通い、学んだ。

けれど、彼にとってその学校生活はとても楽しいものだった。

新しいことや面白いことを見つけるのが得意なホリィは、クラスの人気者だった。

そんな彼が最も親しくしていたのが、隣の席に座っていた少年。

「ユロウ、おはよう!」

「おはよ、ホリィ君」

ユロウ・ホワイトナイトは、とても大人しい人物だった。

活発な初等学生の中で、彼だけはいつも自分の席にいた。

賑やかなクラスを遠くから見ていて、休み時間のボール遊びにも加わらなかった。

体育の時間にも参加していなかったと思う。一緒に運動をした記憶がない。

「ユロウもドッヂボールやろうぜ。今日は隣のクラスと対戦することになってんだ」

そう誘っても、ユロウの答えはいつも同じだった。

「ごめんね、僕はできないんだ」

そう言って、寂しそうに笑う。

どうして仲間に入らないのか、クラスの誰もが不思議に思っていた。

それがだんだんと仲間はずれに向いていくのには、そう時間はかからなかった。

「お前、体育サボってんじゃねーよ」

誰かがそう言ったとき、ユロウはクラスで孤立してしまった。

ユロウに関わったらただじゃおかない、とクラスのリーダー格が言えば、それだけで十分だった。

ホリィも朝ユロウに挨拶しただけで、数回殴られたことがある。

痛いのは嫌だからと、ユロウに話しかけないようにした。

隣の席で、段々と元気をなくしていくユロウが痛々しかった。

 

「それ、いじめって言わない?」

「あぁ、いじめとしか言いようがないな」

ドミナリオの言葉に、ホリィは間髪いれずに返した。

後悔の表情が見える。

いつもうるさいくらい元気のいいホリィの、こんな顔を見ているのが堪えられなくて、ドミナリオは話の先を促した。

「それで、その続きは?」

「やっぱり気分悪くてさ、親に話したんだよ」

「担任には?」

「この事態で何にもしない奴に訴えてもなって、そのときは思ってた」

今はどうなんだろう。

ホリィのことだから、相談するだけしてみたほうが良かったと思っているだろうか。

人を悪く言わない奴だから、きっとそう考える。

ホリィの横顔を見ながら考えていたら、話の続きが始まった。

 

両親はホリィの話を聞いて、すぐに言った。

「勇気を持ちなさい、ホリィ」

自分までユロウとの関わりを断ってしまうことは間違っている。

直接暴力を振るったり悪口を言ったりしなくても、ユロウを傷つけることになる。

殴られても、勇気を持って接しなさい。

「お前が仲良くし始めれば、皆お前に続くさ。

力で抑える奴と勇気を持って優しくする奴では、お前はどっちにつきたいと思う?」

父の問いへの答えは、決まっている。

自分だってクラスの中心にいたと自負できる。だったら、動かなければならない。

「父ちゃん、ケンカになるかもしれないよ」

「男ならケンカくらい何だ。大事なものを守るために戦うんなら、堂々としていろ」

やるべきことが明確になったら、すっきりした。

自分は殴られようと貶されようと、ユロウと仲良くしよう。

何かあったら戦う。ユロウが虐められたら自分が守る。

決心した次の日から、ホリィはもう行動を開始した。

「ユロウ、おはよう!」

「!…おはよ、ホリィ君」

たった一言だけで、ユロウはとても嬉しそうに笑った。

誰かの笑顔を見てこんなに胸が温かくなるなんて、ホリィは初めて知った。

「おいホリィ、こいつと喋ったら殴るって言ったよな」

「そしたら殴り返す」

「なんだと?!」

笑顔を守りたい。ずっと笑っていてほしい。

だから戦った。殴られても泣かなかった。

立ち向かって、ぼろぼろになって、それでもユロウの側にいた。

「ホリィ君…大丈夫?」

「だいじょぶだって。怪我してもちゃんと救急セット持ち歩いてるし」

「…僕の所為で、ごめんね」

もしまた落ち込んだら、自分が笑う。

笑って頭を撫でてやる。

「ケンカはオレが勝手にやってることだから気にすんな!

オレはこれを名誉の戦いだと思ってるしな!」

「ホリィ君…」

そんなことが続いて、二人は仲を深めていった。

ユロウがどうして運動に加わらないのか、どうして晴れた日でも傘を持ち歩いているのか、それもわかった。

病気って大変だよな、とホリィが言うと、ユロウはうーん、と考え込んでしまった。

「大変だけど、それだけじゃないよ。そのおかげでホリィ君と仲良くなれたし」

「でもそんな病気なかったら一緒にドッヂボールできたよなー」

「そうだね、一緒にグラウンド走ったりもできたよね…」

また寂しそうな顔をするユロウに、ホリィは慌てて弁解する。

「いやいやいや、まぁ、なんだ、その…そんなじゃなくても、お前と一緒にいて楽しいからそれでいい!」

「あはは、ありがと」

この笑顔があるから、ホリィは自分が正しいと思う道を信じられた。

だから逆に、こっちが感謝しなきゃいけないくらいだ。

そう言おうとしたら、先にユロウが言葉を発した。

「ホリィ君って、僕のお兄ちゃんとちょっと似てる」

「お兄ちゃん?」

「うん。僕にはお兄ちゃんがいるんだよ」

ユロウの話す兄は、とても優しい人だった。

いつでもユロウと一緒にいてくれて、一緒に笑っていてくれて。

寂しい時は支えてくれる、そんな人物だった。

「いい人だな」

「うん。僕、お兄ちゃん大好きなんだ」

そう話すユロウはとても幸せそうで、本当に兄が好きなんだと伝わってきた。

だから、その表情が突然陰るなんて思わなかった。

「…大好きだから、心配なんだ」

「え?」

急に声が暗くなる。

さっきまでの幸せは、どこにいってしまったんだろう。

ホリィが顔を覗き込むと、ユロウは慌てて笑顔を作った。

でも、さっきとは全然違う笑顔。

「うん…お兄ちゃん、お医者さん嫌いなんだ。

僕がお医者さん苦手だから」

「なんで?」

「僕がお医者さんに虐められてたから。お兄ちゃんはそれを知ってすごく怒ったんだ」

医者に虐められるというのが、ホリィには分からなかった。

ホリィの母親は看護師だから、なおさらだ。

でも、ユロウの兄が、弟を思うあまりに怒っているということは分かる。

「怒ってるから…僕がお医者さんになりたいって言ったら、おにいちゃんなんて言うかな」

「ユロウは医者になりたいのか?」

「だって、僕が虐めないお医者さんになれば…僕みたいな思いをする人はいなくなるでしょ?」

ユロウはもう、吹っ切れているようだった。

どんなに苦手でも、それはそれ。

自分が人を助けられるようになれば、そんなことは関係なくなる。

「お兄ちゃんは軍人さんだから、きっと大怪我することもあると思う。怪我したらお医者さんにおねがいしなきゃならない。

それなのにお医者さん嫌いなままだったら、お兄ちゃんが辛いのに…」

「そうだな…」

兄が弟を想っているように、弟も兄を想っている。

だけど、それがわずかにすれ違っている。

二人とも優しすぎる。

「ユロウの兄ちゃんも、いつかはわかってくれるよ」

「そうかな」

「きっとそうだって!そんなに優しい人なら、ユロウが医者になるのも歓迎してくれるはずだ!」

ホリィが笑うと、ユロウも笑った。

「そうだね…そうだよね!」

ホリィが一番好きな笑顔で。

 

ねぇ、ホリィ君はなりたいものある?

そうだな、オレは…

 

それが、ホリィの原点。

カッコイイから、という理由だけだったのが、明確な目的になった瞬間。

「オレは、あの笑顔を守るために軍人になった。父ちゃんにせがんで軍人学校に入ったのも、それがもとなんだ」

ホリィは真っ直ぐに、強く、前を見ていた。

ドミナリオがたまに感じた強いホリィは、これだったのだ。

「…で、結局どうなったわけ?」

ホリィをちょっとかっこいいと思ってしまった自分が恥ずかしくなって、ドミナリオはむりやり話題を戻した。

「クラスの問題はいつの間にか解決したな。

オレがユロウに話しかけてたら、他のみんなも話しかけるようになってた」

それって、ホリィのおかげってことじゃないか。

ドミナリオが知らなかったホリィは、確かに今の彼に繋がっている。

「オレが学校辞めるとき、ユロウも辞めた。その頃にはみんなが別れを惜しんでくれてたよ」

「辞めたんだ」

「やっぱり運動がついていけなくてさ。今は自分で勉強しながら家事手伝い」

「へぇ…」

今でも交流があって、外に行くとたまに会うらしい。

日傘はそのときの良い目印になる。

「…ホリィはそのユロウって人が言ったとおりに、あの人が優しいって思うの?」

「思う」

「優しいのは弟にだけかもしれないよ」

「それなら軍人やってないって。大尉がオレたちに追われる立場になってるかもな」

「そんなものかな」

「そんなものだよ」

ホリィは楽天家だから、そう言うんだ。

そう片付けてしまえば、迷うことはないのに。

いや、言ったのがホリィだから迷うんだ。

学生の時から一緒にいた、自分が友達と認める彼だから。

「ホリィ」

「ん?」

「僕、ダスクタイト伍長をあの人にとられたくないんだ」

どんなにホワイトナイト大尉が優しい人物でも、その気持ちをごまかすことはできない。

やっぱり、渡せないよ。

「それならグレイヴちゃんに謝らないとな。きっと混乱したから」

「そうだね」

「下手したらお前の好感度ダウンで、攻略不可能になるかもしれないしな」

「…その言い方、腹立つからやめてくれない?」

 

まだまだ自分たちは未熟で、自分の気持ちも人の気持ちも曖昧にしかわからない。

だけど、それはこれからの自分次第でなんとでもなる。

自分をつくるものを大切にしながら、自分を大切につくっていこう。

 

「ドミノ、まず身長伸ばせよ」

「うるさいな」