そこへ行き着くために、まずは空白を埋めていこう。

それでもその選択が正しいのかは、判断できないのだけれど。

 

 

四年前、ノーザリア軍に配属されたダイの目的はただ一つだった。

大陸北部で横行していた危険薬物を扱う者を、自らの手で葬り去ること。

特に幼少時より因縁のあるオーガダンという男は、必ず自分でしとめなければならないと考えていた。

幸か不幸か、相手もそれを望んでいる。

再び直接対決することは――それがいつになるかはわからなくとも――間違いなかった。

「危険薬物関連事件においては相当の実績を持っているんだろう?」

「それは自負してますよ。エルニーニャの大総統から直接資料を受け取ったこともあります」

半ば掟破りともいえる行動を取ってきたことを本人の口から聞かされ、ノーザリア王国軍大将カイゼラ・スターリンズは苦笑する。

カイゼラの知るダイの父――実際には養父だが――は、暴力を振るってでも正面からぶつかっていくタイプだった。

その子が裏から手を回し、目的達成のために嫌われかねない方法をもとっていることを、意外に思った。

「ノーザリアでもそうやって、危険薬物関連事件に関わっていくつもりか?」

「関わらせるために呼んだ大将に、とやかく言われたくありません」

「それもそうだな」

場合によっては非情な選択をも辞さない。そんな男をカイゼラは部下として召喚し、ここにおいている。

後にそれがどのようなことになるかを予想した上でのことだった。

 

ノーザリアで実績を作り、階級を上げていくにつれ、ダイは他の軍人から嫌われていった。

カイゼラを慕う者の方が、あからさまにダイを避けるようになっていった。

「今日も一人で捜査か」

「一人の方が気楽で良いですよ」

「いつか困ることになるぞ」

「構いませんよ」

ダイにとって大切だったのは、今この時点でどれくらいの事件を解決できるかということだった。

その先のことなどは考えない。とにかく危険薬物の流通ルートを一刻も早く遮断することに専念していた。

そうしていつかあの男――因縁の相手であるオーガダンにたどり着くことが出来れば、その時が彼の目的達成の瞬間。

ダイの眼中には、それしかなかった。

だからこそ、重大な事実に気がつくのが遅れてしまったのかもしれない。

そもそも何故ここ数年で、危険薬物関連事件の北での発生頻度が高くなったのか。

人体実験がノーザリアで行われているとの噂まで流れるようになったその理由とは、何なのか。

危険薬物の製造自体には、さほど費用は必要ではない。だが、そこへこじつけ、さらに流通させるためには莫大な金がかかる。

その資金を、裏の者たちはどこから調達しているのだろうか。

全てはあの男を捕まえれば判るだろうと考え、ダイはそれらについて調べることを後回しにしていた。

 

「流通ルートが暴かれ、遮断され…危険薬物関連事件は、君が来てから確実に減っている」

カイゼラがデータを見ながら言った。

右肩下がりのグラフはノーザリア軍にとって、そしてダイにとって良い結果を表している。

そしてあの男――オーガダンの行方も、近日中に掴めるかもしれなかった。

「協力感謝するよ、ヴィオラセント中佐。…いや、本日から大佐か。おめでとう」

「ありがとうございます」

ノーザリアに配属されて三年目の秋、ダイの手は漸く目的に届こうとしていた。

すでに裏の拠点の一つを潰す計画もある。あとは王の承認を得て、作戦部隊を編成しさえすれば、すぐにでも出動できる。

王の承認はすぐに得られるだろう。カイゼラとダイは、現王ダウトガーディアム四世から信頼されている。

問題は作戦部隊だった。ダイには味方が少ない。彼の下で動きたいと自ら名乗り出る者は僅かしかいない。

ここまで一人でやってきたことのツケがここで回ってきてしまった。

「何人必要だ?」

「十人以下で足ります」

「…十人も集まると良いな」

そんな最低の人数にすら達しない可能性がある。ダイは敵を作りすぎた。

カイゼラが、あるいはダイの祖父であるフィリシクラム・ゼグラータ名誉大将が命ずれば、人員は集まるかもしれない。

しかしそうして集めた者達が、ダイに従って統率をはかれるかといえばそれは別の問題になってくる。

最悪、一人でも。ダイはそう考えるが、カイゼラが許さない。

そして、彼女――ノーザリアでの、ダイの数少ない味方の一人――も。

「ヴィオラセント大佐が行くなら、私も行きます!」

アスターリャ・イルナコフ少佐は、カイゼラからこの話を持ちかけられてすぐに、そう応じた。

女性の身で高い能力を持つ彼女は、ダイがノーザリアに来てからその片腕であり続けようとしてきた。

彼女ならば作戦の人員として充分だ。カイゼラはダイに、アスターリャを連れて行くよう薦めた。

「じゃあ頼もうかな。…俺の邪魔はするなよ、イルナコフ少佐」

「えぇ、大佐の仰せのままに」

結局、アスターリャ以外の者は仕方なく作戦に加わることとなった。

たとえ今は嫌々でも、この任務を通して、部隊の人員とダイが少しでも解り合えればとカイゼラは考えていた。

だが彼の思惑を、ダイは全く理解しようとしなかった。

 

いつのことだっただろう。部下を置いて、一人で敵を追ったのは。

そこで相手を瀕死に追い込み、それを知った養父に殴られたのは。

あの時とまるで同じ状況を、ダイは再び作り出していた。

いや、今はアスターリャが遅れることなく彼についてきていた。

「…大将から監視しろとでも言われたか」

後方に銃撃戦の音を聞きながら、ダイは彼女に問う。

「いいえ。私はただ大佐のお傍にいたいだけです」

返る言葉に、ダイはエルニーニャにいる少女を思い出した。守ると約束しておきながら、置いてきた彼女を。

今日だけで何人撃ったか分からないような手では、もう誰を守ることもできないだろう。

「邪魔だ。俺についてくるな」

「…ならば仕方がありません」

アスターリャを遠ざけ、建物の深部へ進む。

ここは前王統治時に作られた倉庫だった。今は危険薬物を扱う裏売人の巣窟で、潰すべき場所。

敵の居場所を敏感に察知して、狙いを定めて引鉄を引く。この作業を繰り返しながら、あの男の姿を探す。

オーガダン本人、あるいは彼に近しいものが、ここにいるはずだった。

また戦おうと言ったんだ。必ずいる。

敵の言うことを信じるというのもおかしな話だが、ダイはそう確信していた。

何人目になるかもわからない標的に銃口を向け、その心臓を貫こうとした時だった。

「止めろ」

その重低音の声が響くと、遂にその時がきたのだと実感できた。

やはり戦うべき敵は、この男だ。でなければ温すぎる。

「久しいな、ダイ・ホワイトナイト」

「その名で呼ばれたのは久しぶりだ」

ダイは銃を構え直し、真っ直ぐに相手を見据える。

宿敵オーガダンの姿を。

引鉄に力を込めるより僅かに早く、オーガダンの剣がダイのライフル銃の口を塞いだ。

もう銃は役に立たない。すぐに捨てて、忍ばせていたナイフを手に取る。

オーガダンは二本目の剣で向かってきた。リーチはあちらの方が長い。

ダイにとっては不利だが、しかし懐に入り込みさえできれば討てる。

いかにして素早く辿り着くか。これまでもずっと考えてきたことだった。

こんなに近くにいても、まだその方法を探し続けなければならないのか。

敵を増やしに増やして、あと一歩のところまで来た。ここで負けるわけにはいかない。

そんなことは許されない。

チャンスは一瞬だが、数回ある。オーガダンが剣を振り上げた時か、振り下ろした直後。

余計なダメージを受けずに近づけるのは、振り下ろした時。

いや、タイミングを完全に合わせるには、斬られることを怖れてはいけない。

生まれた国には片腕を失っても戦い続けた英雄の記録がある。――それは確か、最も生意気な後輩の祖先だった。

ならば余計に、臆するわけにいかない。

敵の振り下ろした刃を、胸に深く刻んで。それでもなお前に進めば、それがダイの目指していた勝利。

果たすべき復讐であり、つけるべき決着。

「強くなったじゃないか」

忌々しい低音が、ダイを認めた。さほど嬉しくはない。

「お前こそ、もう終わりか?」

「薬の副作用でな、激しい運動は命を縮めるんだ」

こんな状態の敵を倒しても、満足は得られない。

「ホワイトナイト、お前に言っておきたいことがある」

「…聞いてやる」

つまらない話で空いた隙間を少しでも埋められるならと、ダイは聞き流すつもりでそう言った。

しかしオーガダンが語ったのは、下らない話などではなかった。

「この国は腐ってる」

 

国王に仕えている大臣達の中に、前王派の人間がいる。

彼らは現王に許しを請い、引き続き王宮に仕えている者たちだった。

しかし裏では危険薬物取引に関わり、自らの懐を潤している。

危険薬物の流通に必要なはずの莫大な金は、王宮から出ていた。

そして巡ってきた利益もまた、王宮の大臣達へ入っていく。

にわかには信じがたい話だったが、ここは前王の時代に立てられた元国営の倉庫だ。

信憑性が全くないわけでは、ない。

本当に潰すべきは、王宮に巣食っている虫たち。

彼らが危険薬物商人達を保護していたも同然だったのだ。

これまでのダイの行動は無駄だった。それどころか王宮の人間が隠れられる隙を与えていた。

売人ばかりを追いかけて、その大元は見逃してしまっていたということだ。

これではいつまでたっても、危険薬物の製造や流通が潰えるはずがない。

「人体実験もした。何をしても王宮の人間がごまかしてくれるんだ。

だがこうなったということは、私たちはもう用済みだということだな」

ダイが来てから危険薬物関連の犯罪は減ってきた。

だがそれは王宮が売人達を処分し、自分達のやってきたことを口外されないようにしてきたということでもあった。

「ホワイトナイト、お前も単なる駒だったんだ。だが、反逆はできる。お前なら…」

それ以上、長年恨み続けてきたその声が響くことはなかった。

危険薬物の人体実験――後に分かったことだったが、オーガダンもその被験者の一人だった。

 

カイゼラは報告を受けても驚かなかった。

寧ろもっと早く気付いてほしかったと言いたげなその目が、ダイを苛立たせた。

「この国の軍は王に従わなければならない。王に訴えれば解決するかもしれない…が、下手に動けば王が危険だ

ここはまだ辛抱して、徐々に関係者をあぶりだしていくしかないな」

あんなに走ったのに、辿り着いたのはスタート地点。

しかも今は身動きが取れない。

「俺は何のためにノーザリアに来たんだ…もうエルニーニャに帰してくれ!」

「それは逃げることになるぞ。まだここでやってもらわなければならないことが山ほどある」

ここでもダイは駒。自分の意思で動いてきたつもりが、結局は誰かの思惑の中から出られない。

復讐は果たした。だが、すっきりしない。それどころか体中の全てを吐き出してしまいたいほど気持ちが悪い。

「…失礼します」

大将執務室を飛び出し、応急処置が施されたのみの負傷した身体で、医務室には寄らずそのまま司令部を出た。

行き先は軍人寮。ノーザリアに来たばかりの頃はフィリシクラムの家にいたのだが、暫くして移り住んだ。

だからこそ、この行動がとれた。冷静さを取り戻してくれる人が、傍にいなかったから。

部屋に着いてから、まず胃の中の物を吐き出した。

任務前後はほとんど何も口にしていなかったため、胃液だけが喉を焼きながら外に出た。

まだだ。まだこれまでの無駄なものが体に残っている。全て捨ててしまわなければ。

衣服を脱ぎ捨て、胸に巻かれた包帯を剥ぎ取る。所持していたナイフを強く握り締め、その刃先を自身に向けた。

――おそらくダイがこれまで生きてきて、最も壊れた瞬間だった。

「大佐、何を?!」

いつ部屋に入ってきたのか分からないが、アスターリャの声がして我に返る。

血塗れになった床が見えた。斬られた傷を自ら開いたことに気付いた。腕にも無数の傷があった。

アスターリャの白い足が視界に入った。

全て吐き出したいという欲望で、それをも塗りつぶしたいという衝動に駆られる。

まだ出していないものがある。彼女を使って、出してしまおう。

ダイはゆっくりと彼女を見上げ、その腕を掴んで引き倒した。

 

――――。

 

ぼうっとする頭に、あの重低音が響いた。

「反逆」――単なる駒がプレイヤーに成り代わることは、可能だろうか。

一国をひっくり返せば、駒よりも上位の存在になれるだろうか。

原点に還ろう。ひたすらに敵を憎んでいたあの頃に。

誰かを守ろうと思ったときよりもずっと前に。

漸く自制を取り戻したダイは、まずそう考えていた。

その次に、傍らの彼女のことを思い出した。

「落ち着きましたか?大佐」

「…さっきよりは。すまなかった、イルナコフ少佐」

身体は拭われ、止血が施されている。部屋も片付いていた。

アスターリャはダイを怖れることなく、それら全てをしてくれたようだ。

ただ、彼女に自らの欲を吐き出そうとした代償はかなり痛かった。

自業自得だとはわかっているけれど。

「こちらこそ、その…蹴り飛ばしてしまいまして、申し訳ございません」

「いや、襲われそうになったときの対処としては見事だよ」

未だ股間から消えない嫌な感触に耐えながら、もう一度アスターリャに謝罪し、笑って見せた。

彼女はホッとしたような表情で言った。

「やっと笑ってくれましたね。…初めて見ました、そんな大佐」

それは原点に戻ってしまった自分を隠すための、仮面の笑顔。

にもかかわらず、それを見て喜ぶ目の前の彼女。

エルニーニャにいる後輩たちや、愛しているはずの少女の笑顔と重なって、心が痛んだ。

汚れてしまったこの手では、そんな資格がないであろうにもかかわらず、彼らに会いたくなった。

 

それまでのことを振り切るように、翌日からのダイは王宮の調査を進めていた。

深い沼の中をもがくようなもので、一向に進まない。それでもまずは大臣と危険薬物商人が癒着しているという裏づけが欲しかった。

明確な証拠が一つでもあれば、王も大臣を罷免せざるを得ないはずだ。

どんな手を使ってでも暴く。自らの敵を討つためには手段を選ばない。今までずっとそうだった。

「ヴィオラセント、何か判りそうか」

「まだ何も」

「無理をすると傷が開く。ほどほどにな」

寝ている時間も惜しい。とにかく早く真実を掴みたい。

余計なことを言われないように、笑顔の仮面を常にはりつけて。

カイゼラやアスターリャをも利用して。

新たな目的のために、ダイは動き続けていた。

そんな日々の中で唯一、エルニーニャとの繋がりだけがダイの安らぎだった。

ニアたちとの近況のやりとりや、暇を見てかけるグレイヴへの電話が支えになっていた。

『ちゃんと仕事してるんでしょうね』

「してるよ。グレイヴのこと考えながら」

『バカなこと言わないで』

そんな他愛のないやりとりに救われた。

その日までは、救われていた。

 

どんなに調査を進めても、確実に汚職を暴けるものが足りなかった。

皮肉なことにその不足分を補ったのが、ノーザリア王の崩御だった。

何の病気も持っていないはずの、王の急死。

そして大臣達が持ち上げる、幽閉されているはずの前王の子。

彼を傀儡とする大臣達の悪政が、じきに始まろうとしていた。

その最初の段階が、国軍大将カイゼラ・スターリンズの地位を剥奪すること。

ダイに国を託し、彼は身柄を拘束される。

そして。

「ダイ、エルニーニャに協力を仰ごう。お前が行って情報を交換し、第三次ノーザリア危機をくい止める」

フィリシクラムがこう言った瞬間、ダイが駒を辞められるチャンスが生まれた。

ずっと考えてきた、自分自身がプレーヤーとなる方法。自分の意思で国を動かすにはどうしたらいいか。

エルニーニャにただ協力を仰ぐだけでは、ノーザリア側を煽ることになる。

まずはノーザリア側を油断させる。いつでも攻め込めると慢心させる。

そのためにダイが練った作戦は、失敗すれば両国の関係を余計に悪化させる上、エルニーニャをいう国を崩壊させかねないものだった。

それでもエルニーニャの大総統ハル・スティーナは協力してくれるという確信があったし、

何よりも自分の計画は絶対に上手くいくという自信が彼にはあった。

自分さえ悪役になれば、全てを順調に運べるという自信が。

 

「ダイさん、どういうことですか?!」

友好大使発表が終わって間もなく、ニアたちが来た。

来ない筈がないと、あらかじめ予測していたことだ。

だが、彼らにもまだ本当のことは話せない。話せばダイの計画はその時点で失敗するからだ。

「どうして…何のためにエルニーニャに来たんですか?!」

この質問に答えたときから、ダイは後輩と、そしておそらく恋人や家族をも捨てることになる。

覚悟はとうにできている。ノーザリア王が崩御した時から。

いや、ノーザリアに移籍が決まった時から、覚悟していなければならなかったのだ。

――全体を一つにまとめるために、簡単な方法がある。

それは、共通の敵を作ること。

ならば自分は、その敵の役を務めよう。

「俺が来たことで、エルニーニャは混乱している。それはお前らも解っているだろう」

「…はい」

ニアがその言葉に答えず、代わりにルーファが躊躇いながら返事をした。

まだダイを信じている証拠だ。その思いを、まずは砕かなくてはならない。

関係を全て断ち切るつもりで、ダイは笑みさえ浮かべて言い捨てる。

「このまま内乱を起こす。エルニーニャの王派、文派、そして軍派に戦ってもらう。

それが俺の国…ノーザリアの為になってくれるんだよ」

世界暦五二八年、エルニーニャ国内三派の内乱が勃発。

これによりノーザリア側は、エルニーニャの自滅を待って侵攻することを計画し始める。

時代が大きく動き始めた。

それが一人の男の思惑だとは、ほとんどの人間が気付かずに。