「全員せいれーつ!」

鋭い声が響き渡り、男女のべ五十人が整列した。

そこはエルニーニャ王国の軍司令部だった。

そして先ほど声をあげた司令官らしき人物がふたたび声を張り上げる。

「今日の訓練はここまでとする!解散!」

「ありがとうございましたー!」

司令官の言葉が終わると同時に、五十人が一斉に敬礼し、声を張り上げる。

いまは冬のため外では雪が降り、一面が真っ白な雪景色だ。

この国の一年の平均積雪量は非常に多い。そのため、軍の人間は普段は外の練兵場で訓練をするが、冬の間は司令部内の室内練兵場で訓練をする。

訓練が終わると、軍人達は一斉に練兵場から出て行った。

軍の訓練は週に2回あり、少佐以下の地位のものは、その日の訓練が終わるとたいていそのあとは自由時間になる。

この後の自由時間をどうやってすごすかを考えながら、軍服を着た一人の少年、グレンは室内練兵場から廊下に出る。

グレンはきれいなショートカットの銀髪に、それと同じ色の瞳を持っている。

腰にはホルスターをつっていて、中には四十五口径のリヴォルバーが収まっていた。

この国の軍服は他の国とは違い、少し変わったデザインである。

男子の軍服は紺色で、両肩には鮮やかに装飾された金色の肩章。

左胸には小さなポケットがあり、その下にこの国のシンボルであるライオンのマークが刻まれたバッチと階級を示すための色分けされたバッチ(グレンは大尉なので、色は灰色)がついている。

そして靴は黒い革靴だった。

しかしその軍服は学生服のようで、肩章と国のマークと階級バッチが付いていないと普通の学生と間違えてしまいそうなデザインだ。

無論、こんなデザインにしているのには理由がある。

敵国に潜入するときにいちいち服を着替えている暇はない。

そこで、この国の若い軍人が多いという特徴を生かしてあえて学生服のようなデザインにし、肩章などのものをはずしてしまえばそのまま学生として潜入できるようにしたのである。

(ちなみにこの国の軍人の年齢はだいたい十〜二十歳代くらい)

どのように過ごすか、あれこれ考えた結果何もすることがないので、グレンは寮に戻ることにした。

全ての軍司令部がそうとは限らないが、この首都のレジーナにある軍司令部は寮制で、ほとんどの軍人は寮で生活をしている。

寮の部屋は全部で四百五十万あり、それぞれの部屋に二人ずつ入る。そのため、寮の敷地は気が遠くなるほど広い。

しかし、この国と首都の土地は半端ではないほど広い。寮の敷地が広いといっても、首都全体でみればそれほど広くないということになってしまう。

実際、大富豪などの家は、寮の二倍以上広いのだ。

この司令部の寮は、司令部の建物から南に数メートル離れた所にある。

そして一日の仕事が終わると、軍人達は次々と寮に帰っていくのだ。

グレンは、いつもは訓練が終わってすぐに寮に帰るということはないのだが、今日はなんとなく帰りたい気分になった。

司令部の正面玄関から外に出て歩道を道なりに歩き、寮に入る。

玄関から中に入ると、まず大家さんが出迎えてくれる。

この寮の大家さんは比較的若い。名前はセレスティア・セレナーデ。赤茶色っぽいウエーブのかかったセミロングの髪に、こげ茶色の瞳を持っていて、年齢は三十歳くらい。

とても優しくて活発な女性だ。

「あら、グレン君。今日は早いのね」

セレスティアが軽く手を振り、挨拶をしてくれる。

それにグレンは適当に答えて部屋に向かった。

途中で道が二つに分かれる。右の道には『男子寮』、左の道には『女子寮』の札が、それぞれ付いている。

この寮は普通の寮と同じで、男子と女子の寮が分かれている。

それぞれの部屋の出入りは自由。男子が女子の寮に、女子が男子の寮に行くのも珍しくはない。

誰がどの部屋に入るかは、大家であるセレスティアが決める。

グレンが軍に入る数年前までは軍の事務局の人間が決めていたらしいが、軍の仕事は階級によって大きく変わることが多い。

そのため、例えば少佐と曹長が同じ部屋になったとする。

すると重要な仕事が曹長クラスより多い少佐クラスの人間は夜中に呼び出されるなんて事はざらだ。しかし、その仕事に曹長クラスはかかわれない。

少佐が起こされると、一緒の部屋の曹長も起こされることになってしまう。

そうするとその曹長は寝不足で次の日の仕事に支障をきたしてしまう。

このことを深刻に考えたセレスティアが軍に申し出て、それから寮にいる軍人の階級を全て把握しているセレスティアが部屋を決めるようになったのだ。

グレンは寮の階段を上がって廊下を歩き、自分の部屋の前で止まる。

その部屋の扉には、1067という部屋番号が彫られたプレートがついていた。

そして扉の脇にはその部屋に入っている人物の名前の彫られたプレート。それにはこう書かれていた。

『グレン・フォース 階級・大尉

カイ・シーケンス 階級・少尉』

グレンはそれを少しの間眺めて、そのまま部屋の中に入る。

部屋に入ると、まず左に二人分の靴が入るくらいの大きさの靴箱。

その右斜め前には扉があり、それを開けると中にはトイレとユニットバスがある。しかし、そのユニットバスは今までに使われた形跡がない。

この寮は、各部屋にユニットバスがあるが、大浴場もあるので入浴の準備を面倒くさがる男子はほとんどそっちを使う。

グレンと同室者もその一人で、今までにこの部屋のユニットバスを使ったことがなかった。

それらをすぎると、今度は正面に大きな窓があり、その窓の下にシングルベッドが二つある。

そしてその向かいの壁には小さなテーブルがひとつと椅子が二つ。

小さなテーブルしかないのは、寮にある食堂で食事をとるため、そんなに大きなテーブルをおく必要がないから。

グレンがユニットバスを通り過ぎてベッドが見える所まで行くと、そのベッドのひとつに腰をおろしている少年が一人見えた。

その少年はショートカットより少し長めの黒髪に漆黒の瞳を持っている。

そしていつでも出動できるように軍服のままで、腰には剣をさしている。

胸についている階級章の色は黒。つまりプレートに書かれていたとおり、少尉。

グレンと同室の人物。カイだ。

グレンの存在に気づいたカイが、笑顔で話しかけてくる。

「あれ、グレンさんじゃないですか。珍しいですね、訓練が終わってすぐに部屋に帰ってくるなんて」

カイは先ほどまでグレンと一緒に訓練を受けていた。

しかしグレンと違ってたいていカイは訓練が終わると同時に部屋に戻ってくる。そのため、グレンより部屋に帰ってくるのが早かったのだ。

「…帰ってきちゃ悪いか?」

グレンは少し機嫌を悪くしたように言う。

グレンは普段無口な上に無表情だ。そのためグレンより階級が低い軍人はグレンに少し睨まれただけで怖くて何も言えなくなる。上官でさえ、たじろいでしまうほどだ。

しかし、そんなグレンに慣れているカイは、怯えるどころかむしろ楽しそうに言う。

「そんな事言ってないじゃないですか〜」

しかも、わざわざ語尾をのばすというおまけ付き。

「・・・・・・」

カイのその態度の付き合う気のないグレンは、空いている自分のベッドに腰をおろす。

そんなグレンをカイは少しの間眺めていたが、不意に口を開く。

「・・・ねぇ、グレンさん」

「・・・ん?」

 

 

その頃、司令部の廊下を一人の少女が歩いていた。

その少女はリア・マクラミー。腰まで伸ばした長い金髪に淡いブルーの瞳を持っている。

この国の軍服は、色は同じだが男女で少しデザインが違う。

女子の軍服は制服のブレザーのような服に男子と同じ装飾がされた金色の肩章に赤いネクタイ。

そして左胸にある小さなポケットの下に国のマークと階級を示すバッチ(リアは中尉なので、色は藍色)

下は動きやすいようにちょうど太ももくらいまでのミニスカートという格好。

そして靴は少し短めの黒いブーツだった。

リアはそのまま廊下を一人歩いていく。そして角を曲がろうとしたときだった。

「リアさーん!」

後ろから不意に女の子の声が聞こえてきた。

リアはすぐに後ろを振り向く。

するとリアの視界には、軽い足取りで手を振りながら走ってくる少女が映った。

その少女の名前はラディア・ローズ。ウエーブのかかった長い黒髪にそれと同じ色の瞳を持っている。

階級は曹長で、胸についている階級章の色は赤。

「ラディアちゃん。どうしたの?」

リアがラディアのために足を止めて訊く。そして追い付いたラディアがそれに答えた。

「いえ、別にどうしたって訳でもないんです。ただリアさんが見えたんで、走ってきたんです」

「そう、じゃあ行こうか。ラディアちゃんも、寮に戻るんでしょう?」

「はい」

こうして二人は歩きだす。

 

 

「そういえばリアさん、今週の土曜日にお休みとれてましたよね?」

ラディアがリアを少し見上げて訊く。

ラディアの身長はリアの肩くらいまでなので、どうしても少し見上げるかたちになってしまうのだ。

「うん。でも、それがどうかしたの?」

リアがそう訊くと、ラディアはまた見上げるかたちで話し出す。

「はい。最近、レジーナに冬でも遊べる室内遊園地ができたじゃないですか。

それで、私も土曜日にお休みがとれたので、一緒に行ってみないかと思いまして・・・」

この国では、いままで冬に遊べるスポーツや遊びがなかった。

そこで数々の大人気遊園地を生み出してきたパーフィーという会社が冬でも遊べる遊園地を造ろうと数年前からプロジェクトが進んできていた。

そしてとうとう数週間前、室内遊園地『ウィーアミュー』が完成したのである。

ラディアの提案を聞いたリアは、少しの間考え込んでいたが、すぐに笑顔を見せた。

「そうねー、私もその日は暇だし、前から行ってみたいと思ってたし・・・行こうかな」

それを聞いたラディアは嬉しさで顔をパアッと明るくする。

「本当ですか!?」

それにリアも笑顔で答える。

「ええ、もちろん。遊園地かー、子供の頃以来行ってないなー」

そう言ってリアは目を閉じる。どうやら子供の頃の想い出を振り返っているようだ。

ラディアはそれを黙ってみている。しかし、突然リアは何かを思いついたように声を上げる。

「あっ、そうだ!」

「なんですか?」

ラディアが突然のリアの発言に驚いたように訊く。それに、リアはすぐに答えた。

「ねえラディアちゃん、グレンさんとカイくんも誘ってみない?二人も、確か土曜日にお休みをとってるはずだから」

「えっ、そうなんですか!?」

「ええ。ほんと偶然なんだけど、せっかくだから誘ってあげたいの。カイ君そういうの好きだし・・・だめかしら?」

それにラディアはとんでもないという口調で答える。

「そんな事ないです!遊園地とかは人数が多い方が楽しいですもんね」

「じゃあ、とりあえずカイ君のところに行きましょう。たぶん、今の時間は寮の部屋にいると思うから」

「はい」

そうして二人は寮に向かっていった。

 

 

「・・・なんだって?」

グレンが訊く。その声は明らかに不機嫌さを含んでいた。

しかし、その原因を作った張本人であるカイは、笑みを浮かべている。

「だから、今度の土曜日の休みに一緒にウィーアミューに行きましょうよ」

「・・・なんでだ?」

「だって、部屋は一緒だけど普段は仕事が忙しくてほとんど二人きりになれないじゃないですか。たまには一日中二人きりになりたいですよ」

「・・・だからって何で遊園地なんかに行かなきゃならないんだ?

土曜日はお互い部屋にいるんだから、嫌でも一緒にいられるだろう」

グレンの不機嫌はもう頂点に達しそうだった。しかし、次のカイの言葉でそれは頂点どころかぶっ飛んでしまう。

「そりゃあ、グレンさんが絶叫系で怯える可愛い顔が見たいからに決まってるじゃないですか」

「・・・・・・っ!」

そう言うカイは満面の笑みを浮かべている。

それと同時にグレンの顔は真っ赤になった。それは恥ずかしさがどうこう言うものではなく、自分の唯一苦手なものを知られてしまっているもどかしさからだった。

そう、グレンは絶叫系が苦手な上に、高所恐怖症なのだ。

グレンはそのままカイから顔が見えないように下を向いてしまう。

それを見たカイがグレンの肩に手を添えようとしたそのときだった。

コンコンッとドアをノックする音が聞こえた。

カイはグレンの肩のすぐ上まできていた手を引っ込め、ドアの方を見て言う。

「・・・どなたですか?」

すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「カイ君、私よ」

「・・・リアさん?」

カイはそのままドアの方に歩いていき、ゆっくりと開ける。

するとそこにはリアと・・・ラディアがいた。

「あれ?ラディアまで。いったいどうしたんですか?」

カイはリアとラディアを部屋に入れながら訊く。

その質問にリアはすぐには答えなかった。

リアはベッドに座って下を向いているグレンの姿を確認して、ようやく口を開く。

「あっ、グレンさんもいる。ちょうど良かった。探す手間が省けたわ」

「・・・どういうことだ?」

そのリアの言葉を聞いて、今まで下を向きっぱなしだったグレンは顔をあげる。

それにリアはにっこりと微笑を浮かべて答えた。

「いえ、実はさっきラディアちゃんと話をしてて、今度の土曜日に私たちでウィーアミューに行こうって話になったんですよ」

「・・・それで?」

ここでグレンはリアが何を言おうとしているのかがだいたいわかっていたが、一応そう言う。

それを察したのか、さらに笑みを浮かべてリアは続ける。

「それで、グレンさんたちも土曜日にお休みを取ってるのを思い出して誘いに来たんです。二人より四人のほうが楽しいでしょ?」

そのリアの提案を聞いた瞬間、グレンは思わずため息をついてしまう。

(・・・やっぱりか)

そして断るために、重い口を開く。

「・・・悪いが、俺は・・・むぐっ」

しかし、グレンが言い終える前に、カイがその口を塞ぐ。

「もちろん、行きますよ!ねっ、グレンさん」

それを聞いたリアは、満面の笑みを作る。

「ほんと?やったーっ!じゃあ、土曜日の朝十時に寮の入り口に集合ね」

そう言って、リアはドアに向かい、ノブをひねる。それにラディアも続いた。

「じゃあカイ君、グレンさん、また土曜日に会いましょう」

「楽しみにしてますね!」

リアとラディアが手を振る。

「んーっ!」

それを見たグレンは、二人が部屋から出て行く前に自分の意思を伝えようとしたが間に合わなかった。

グレンがカイの手から逃れる前に、部屋の扉は閉まってしまう。

それを確認して、カイはやっとグレンの口から手を離した。

「グレンさん、これでもう逃げられませんよ」

そしてにっこりと微笑む。

それを聞いて、グレンは思い切りカイを睨む。

しかし、すぐにうなだれて座っていたベッドに沈み込むように倒れこんだ。そして一言、呟く。

「もう・・・好きにしろ・・・」

 

 

一方、グレンたちの部屋から出たリアとラディアは二人で並んで廊下を歩いていた。

しばらく二人とも黙って歩いていたが、ラディアが小さな声で訊く。

「あの・・・リアさん」

「なに?」

「本当によかったんでしょうか、お二人を誘って・・・。

カイさんは嬉しそうでしたけど、グレンさんは断ろうとしてたんじゃないでしょうか?」

ラディアは恐る恐る訊いていた。しかし、そんなラディアとは違い、リアは平然としている。

「大丈夫よ。グレンさんはこういうことを面倒くさがるから断ろうとするけど、結局カイ君に連れてこられるんだから」

それを聞いたラディアは、すかさず突っ込む。

「あの・・・リアさん。『大丈夫』の使い方・・・間違ってませんか?」

しかしその声はとても小さかったため、その言葉を聞いたのはラディア本人だけだった。

 

 

その週の土曜日、グレンとカイは部屋で出かける準備をしていた。

グレンはいつもの黒のタンクトップに黒のズボンの上に黒のコート。そして黒い革の靴。

一方カイは、こちらもいつもの白いTシャツに青いジーンズに茶色のジャケット。そして白いスニーカー。

この国は、積雪量は多いが気温は冬でも比較的高い。だからTシャツの上にコートくらいで十分なのだ。

「グレンさん、準備いいですか?」

カイが訊く。それにグレンはやる気のなさそうな返事を返した。

「・・・ああ」

「じゃあ、行きましょうか」

そして二人は部屋を出た。

 

 

寮の入り口に行くと、もうリアとラディアが待っていた。

二人はそれぞれ、リアは紺、ラディアは赤のロングコートを着ていた。そして茶色のブーツ。

二人の姿を確認して、カイが呼びかける。

「おーい、リアさん、ラディア!」

それに気づいたリアが、こちらを振り向く。

「あっ、来た来た」

「待ちました?」

「ううん、私たちもついさっき来たばかりだから」

グレンはそれを黙ってみていたが、不意に口を開く。

「・・・二人とも、武器は持ってきたか?」

それに、リアが答えた。

「はい。ラディアちゃんは外からは見えないようにしてますけど、ちゃんと持ってきてます」

この国に限ったことではないが、いつどこで何が起きるか分からない。だから軍人たるもの、休暇中であっても武器は必ず所持する。

しかし、普通にどこからでも見えるような武器の持ち方をしていては、住民に不安を与えてしまう上に軍に反感を持つものから狙われやすくなる。

そのため、武器を持ち歩くのは隠せる武器を持っているものだけ。その他の者は自分の体術のみに頼る。

そしてこの四人で武器を隠し持てるのは、それぞれムチと短剣を持つリアとラディアだけだ。

グレンの銃はホルスターがないと持ち運べない大きさ、しかも、ホルスターは隠し持てる大きさではない。カイの剣になると、なおさらだ。

グレンはリアのその答えを聞くと、クルッと振り返った。そして呟く。

「よし。じゃあ、さっさと行くぞ」

こうして、四人は寮をあとにした。

 

 

「うわー、噂には聞いましたけど、本当に大きな建物ですねー」

ラディアが光を遮るように額に手を当てて、目の前の建物を見上げる。

四人はウィーアミューの建物の前にいた。そしてラディア同様、他の三人もその建物を見上げる。

その建物は、かなり大きかった。遊園地を室内に造ったためというのもあるのだろうが、それにしてもでかい。

建物の天井は近くで見上げてやっと見えるか見えないかの高さだし、両端はもう近くからでは見えない。

先ほど歩いていたときを考えると、数十メートル離れてやっと見えるくらいだろう。

三人はその建物に完全に目を奪われている。しかし、その間にグレンはスタスタと建物の入り口に向かって歩いていく。

「あっ、グレンさーん。待ってくださいよー」

それに気づいて、三人は慌ててグレンを追った。

 

 

建物の中に入ると、ホテルのロビーのような部屋があった。

出入り口の向かいの斜め右にカウンターがあり、カウンターの真正面には人々が休むためのテーブルやソファー。そして壁際にはトイレと自販機などがある。

四人は出入り口からすぐにカウンターに向かった。

カウンターには一人の女性が立っていた。

その女性はショートカットの赤髪に黒の瞳を持っていて、この遊園地の女性用の制服であろうピンクのスーツを文句のつけようがないほどきちっと着こなしていた。

四人がカウンターにつくと、すぐに微笑を浮かべてその女性が話しかけてきた。

「室内遊園地『ウィーアミュー』へようこそ!ご来園は本日が初めてですか?」

それに、受け答えが一番うまいリアが答えた。

「はい、そうです」

「本日は四名様のご入園ということでよろしいですね?」

「はい」

「入場券は三時間、午前中、午後から、そして一日券がありますが、どれにいたしますか?」

「一日券をお願いします」

「はい、かしこまりました。では続いて、この遊園地内では指定されたお靴を履いていただきます。ここにカタログがありますので、その中からお選びください」

こればかりはリアが一人で選ぶわけにはいかないので、それぞれ順番に選んだ。

そしてそれぞれグレンはいま履いているのに似ている黒い革の靴。カイとリアは白のスニーカー。そしてラディアは赤のハイヒールを選んだ。

四人が選び終わると、女性がまた口を開く。

「ここから左に真っ直ぐいかれるとドアがひとつあります。

そこがロッカールームになっておりますので、そこで上着とお靴を預けてください。

これがロッカーの鍵と入場券、この遊園地のパンフレットでございます。

ちなみに先ほど選んでいただいたお靴もロッカーに入っておりますので、お履きかえ下さい」

そしてそれぞれに鍵と入場券とパンフレットを手渡し、軽くお辞儀をする。

「それでは、当遊園地『ウィーアミュー』を存分にお楽しみください!」

その女性のお辞儀を背に、グレンたちはロッカールームに向かった。

 

 

「うわー、ひろーい!」

ロッカールームに入るやいなや、リアが言う。

そこは確かに広かった。全部で何列あるか分からないロッカーが、体育館二個分ほどの広さがある部屋に等間隔にびっしりと並んでいる。

(・・・この中から自分のロッカーを探すのか?)

グレンはこの時点で嫌になってしまった。

自分のロッカーキーの番号を見ると11547、いったいその番号はこのだだっ広い部屋のどこにあるというのだろう。

グレンは気が遠くなる思いがした。

しかし、その思いはすぐになくなる。突然した声によって。

「みなさーん、私たちのロッカーがありましたよー」

それはラディアの声だった。

グレンはその言葉があまりにも突然だったので、半信半疑のままラディアの声がしたところに行く。

するとラディアが手を振って待っていた。グレンのあとに、リア、カイもそこに来る。

「・・・本当にあったのか?」

グレンはいまだ半信半疑の口調で訊く。

それにラディアは元気いっぱいに答えた。

「はい!ここがグレンさんのロッカーですよね?」

そしてひとつのロッカーを指さす。そのロッカーのプレートに彫られていた数字は・・・11547。

「・・・正解。よく見つけたな」

グレンは驚きを通り越して少し呆れた口調で言う。

それにラディアがけろっと答えた。

「いえ、適当に歩いてたらあっただけなんですよ」

そのラディアの答えに、グレンは「適当で見つかるものなのか?」と突っ込みたかったが、あえてそれはしなかった。

ラディアに常識は通用しないのだから・・・。

 

 

ラディアにそれぞれのロッカーを見つけてもらい、四人は上着を預けた。

上着を脱いだあとの格好は、グレンが黒のタンクトップに黒のズボン、そして黒い革の靴。

カイは白いTシャツに青いジーンズ、そして白のスニーカー。

リアは白い胸の下までしかない短いTシャツにジーパンを太ももの上のところで切って短パンにしたズボンに、本来はベルトをつけるところに茶色のひもを飾りとして巻いていた。

そしてカイと同じく白いスニーカー。

リアは胸元に赤いバラがついた、バラと同じ色の赤いワンピース、そして赤いハイヒールという格好。

四人は靴を履き替えて入ってきたところとは別のドアから部屋を出る。すると、すぐに遊園地に出た。

メリーゴウランドや観覧車、そしてその他絶叫系など、たくさんの乗り物があり、その間などに小さなお店がたくさんあった。

「うわー、すごい乗り物の数。

なんか一日遊んでも乗りきれないかもね、ラディアちゃん」

「そうですねー」

リアとラディアは遊園地にある乗り物をすべて見ようとするかのように辺りを見回す。

「でも、遊びに来たからには全部乗る気で行きましょうね!」

「はい!」

そして二人は走り出した。それに続いて、カイとグレンが並んで歩いていく。

 

 

午前中は、リアとラディアの遊びで終わった。

この遊園地は絶叫系が八割を占めるので、絶叫系が大好きな二人は午前中にメリーゴウラウンド等のものを乗ってしまって、午後から絶叫系に力を入れようと考えたのである。

そのため、グレンとカイは午前中、それを見ているだけで終わった。

そしてお昼頃、四人で昼食をとりに近くのレストランに入った。

その間、リアとラディアはこの後の絶叫系に思いを膨らませていた。

しかし、グレンは午後のことを考えただけで、胃が痛くなった。

(・・・午後も見て過ごした方が平和そうだな)

一人、そんなことを考えてしまうグレンであった。

 

 

そして午後、リアとラディアを先頭に四人は遊園地内を歩いていく。

しばらくそうして歩いていたが、不意にラディアが足を止めた。

「ラディアちゃん、どうしたの?」

「いえ、あれに入りたいなーと思って」

そう言ってラディアが指さすのは、お化け屋敷だった。

「ラディアちゃん、お化け屋敷好きなの?」

「いえ、ただ・・・入ったことないんで、ちょっと入ってみたかっただけなんですけど・・・」

ラディアはかなり遠慮がちだった。しかし、顔はとても入りたそうである。

それを見たリアは、笑顔で言った。

「じゃあ、一緒に入ろうか?」

それを聞いた瞬間、ラディアの表情がかなり嬉しそうなものになる。

「本当ですか!?」

「うん。えっと、グレンさんたちはどうします?」

それを聞いてグレンは「出口に回って待ってる」と言おうとしたが、数日前同様、またカイに口を塞がれた。

「ねえリアさん、俺たちで先に入っていいですか?」

「ええ、かまわないわよ」

「じゃあ、お先に失礼します」

そう言って、カイはグレンをお化け屋敷の中に引きずっていく。

グレンは最後まで抵抗していたが、結局お化け屋敷の中に入っていってしまった。

それを、リアとラディアは黙ってみていた。

「・・・あのぉ、リアさん」

しばらくしてラディアが口を開く。

「なぁに?ラディアちゃん」

「グレンさん・・・大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ。さあ、私たちも入りましょう」

「・・・はい」

そうしてグレンたちが入っていってから数分後、二人もお化け屋敷に入っていった。

 

 

その頃、グレンとカイはお化け屋敷の中を二人で歩いていた。しかし、グレンはかなり不機嫌そうである。

「グレンさーん、いい加減機嫌なおしてくださいよー」

「うるさい。無理矢理連れてきたくせに。

大体なんでお前はいつもそうなんだ。いつもいつも俺は嫌なのにお前が引き受けるせいで仕事が増えるし・・・ひっ」

最後まで言い終える前に、グレンが変な声をあげる。そしてカイの腕にしがみついた。

カイはどうしたのかと思ってグレンの方を見る。

すると、グレンの横に首の角度がどう考えてもおかしい人形が出てきていた。

カイはこう言うのに強い方なので何が出てきてもなんとも思わないが、グレンは違うらしい。もうこの時点で少し泣きそうな顔になっていた。

「グレンさん、ひょっとして・・・これも苦手なんですか?」

カイが恐る恐る訊く。そしてその瞬間、グレンの顔が真っ赤になった。

どうやら図星だったらしい。

そしてそれを理解すると同時に、カイはグレンを抱きしめていた。

(グ・・・グレンさん可愛すぎ!ちょー萌え!)

「ちょっ、何するんだ!はなせ!」

カイの行動に訳がわからないといった感じでグレンはカイの手を振り解く。

そしてそのままスタスタと歩いていってしまった。

しかし、グレンは何かが出てくるたびに何かしらの反応を示す。お化け屋敷にとってはかなりいい感じの客ということになるのだろうか。

カイにとってのグレンの可愛さは、お化け屋敷を出るまで続いた。

(今度またグレンさんと遊園地に来るようなことがあったらお化け屋敷はもう必須だな)

お化け屋敷を出たあと、カイはそんなことを考えていた。

 

 

一方、リアとラディアはというと・・・

「わー、見てくださいリアさん。これかわいー、欲しいなー」

そう言ってラディアが見ているのは、先ほどグレンが怖がっていた首が変な角度に曲がった人形だった。

ラディアはそれを、一生懸命見ている。

それをリアはしばらく黙ってみていたが、ラディアの行動に思わず悲鳴に近い声をあげてしまう。

「ラディアちゃん、何やってるの!?」

リアの目には、その人形を設置された場所からかなりすごい音をたてて外しているラディアが映っていた。

それにラディアは普通に答える。

「え?これ、持って帰ろーかと思って・・・」

その答えに、リアはかなり慌てた。もし監視カメラなどがあったら大変なことになる。

「ラディアちゃん、ダメよ!泥棒になっちゃうわよ!早く元の場所に戻しなさい!」

「・・・はーい」

ラディアはそう言って、リアにしぶしぶ従い、人形を元の場所に戻す。

しかし、ラディアがお化け人形を持って帰ろうとし、リアがそれを止めるということがお化け屋敷を出るまで続き、リアはかなり精神的に疲労していた。

(ラディアちゃんは・・・お化け屋敷に連れて行っちゃダメね・・・)

お化け屋敷を出たあと、そんなことを考えてしまうリアであった。

 

 

お化け屋敷を出て合流した後、四人は最初の目的であった絶叫系の乗り物があるところに行く。

「ねえ、ラディアちゃん。最初はあれに乗らない?」

そう言ってリアが指さしたのは、高さ三十メートルはありそうな四角柱の柱だった。

そしてその柱の周り四方に四つずつ座席があり、その座席がゆっくりと柱の頂上まで上がっていき、それがすごい勢いで下がっていくというものだった。

「グレンさんとカイ君も乗りますよね?」

リアが満面の笑みで言う。それに、カイが答えた。

「俺乗ります。グレンさんも乗りますよね?」

そう言ったとたん、グレンが思い切りカイを睨みつける。

自分が、絶叫系が苦手で高所恐怖症だということを知らないでいっているならまだしも、カイはそれを十分承知した上で言っているのだ。こういうのが一番タチが悪い。

「・・・俺は乗らない」

グレンが言うが、カイが説得にかかった。

「そう言わずに乗りましょうよ、俺が隣に乗りますから」

もうこうなっては断りようがない。カイが説得にかかると、どうあがこうがそうする事になってしまうのだから。

「もう・・・好きにしろ」

自分にとっては死刑宣告されたも同然だったが、仕方ない。結局、グレンは乗ることになってしまった。

 

 

少しの間列に並んで、ちょうど四席空いていたところにグレン、カイ、リア、ラディアの順で座る。

そして安全装置をつけると、アナウンスと同時に座席がゆっくりと上がりだした。グレンはずっと下を向いている。

(グレンさん、ずいぶん静かだな)

カイは不思議に思ったが、あえて話しかけないようにした。

しばらくして乗り物が頂上に着き、一度その場所で止まる。そして再びアナウンスがかかった。

『それでは、5秒後にスタートします。5・・4・・3・・2・・1・・スタート!』

そういったと同時に、座席がガクンッと少し下がった。次の瞬間

「うわああああああ!」

長い悲鳴が、そこに響いた。

 

 

「グレンさん、大丈夫ですか?」

リアが心配そうに訊く。そのあとに、ラディアも口を開いた。

「絶叫系が苦手なんでしたら、そう言ってくれればよかったのに・・・」

それをグレンは、ほとんど聞いていなかった。遊園地内のベンチに腰を下ろし、ぐったりとしている。

それを見ていたカイが、二人に言った。

「グレンさんが大丈夫になったら帰りましょう。それまで、二人は遊んできてください。俺が見てますんで」

「本当にいいの?」

「はい。だから、行ってきて下さい」

「じゃあ、お言葉に甘えようかしら。行きましょう、ラディアちゃん」

「はい」

そう言って、二人は再び乗り物に乗りに行った。

 

 

「グレンさん、飲み物買って来ましたけど、飲みますか?」

そう言ってカイがグレンにコップを差し出す。それを、グレンは無言で受け取った。

「大丈夫ですか?」

カイが訊く。それに、グレンは少し不機嫌そうに答えた。

「何が『大丈夫ですか?』だ。知ってて無理矢理乗せたくせに・・・」

そう言うグレンは、まだぐったりとしていた。

「だって、グレンさんの反応があまりにも可愛いんですもん」

カイはそっけなく言う。

それにグレンは反論しようとしたが、体力の無駄だと分かっていいたので、そうしなかった。そのまま口を閉ざしてしまう。

カイもそのまま何も言わなかった。

そうして二人とも何もしゃべらないまま、時間が過ぎた。

 

 

しばらくして、乗り物に乗りに行っていた二人が帰ってきた。

「ごめんね、最初はすぐ帰ろうと思ったんだけど、結局乗り物全部乗ってきたの。

私たちが早く帰っても、グレンさんがダメだったら帰れないでしょ?」

そう言ってリアが謝る。それに、カイが答えた。

「いえ、グレンさんもさっき少し気分がよくなったばかりなんで、時間的にはちょうどよかったですよ」

その二人の会話を聞いていたグレンが、不意にベンチから立ち上がった。

「・・・とっとと帰るぞ」

そして一人歩き出す。

それに後の三人も続こうとした、そのときだった。

「キャー、ひったくりよー!誰か捕まえてー!」

近くで女性の悲鳴が聞こえた。

その声に反応して、四人はほぼ同時にその声のほうを見る。

すると、その女性の近くにバッグを持ってすごいスピードで走り抜ける男が映った。

それを見た瞬間、リアがズボンの飾りを思い切り引き抜く。それは、リアの武器であるムチだった。

それを近づきざまに男の脚を狙って放つ。しかし、男の足のほうが速かった。紙一重で避けられてしまう。

「ダメ、あいつの足が速すぎてムチじゃ捕まえられないわ!」

その間も、男はどんどん出口に向かって走っていく。

しかし、リアがダメだとわかると、今度はラディアが走り始めた。ラディアも足が速く、男といい勝負である。

「待ちなさい!」

ラディアが叫ぶが、男は足を止める気配すらない。当然だろう。

しかし、それを予想していたラディアは少し笑みを浮かべる。

「あら、そういう態度とるの?じゃあ、こっちも手加減しないからね!」

そう言って、ラディアは地面を思い切り蹴り、跳び上がった。

そしてそのまま男の後頭部に向かって跳び蹴りを放つ。

次の瞬間、「ぐわっ」という変な呻き声が聞こえた。

ラディアの跳び蹴りが狙い通り、男の後頭部にヒットした。

しかも、ラディアが履いているのはハイヒール。ダメージも大きかっただろう。

ラディアの蹴りをくらった男は、そのまま前のめりに倒れた。それをラディアが取り押さえ、バッグを男の手からもぎ取る。

「ラディアちゃん、大丈夫?!」

リアが駆けつけてきて言った。後の二人も、そのあとから駆けつけてくる。

「はい、私は大丈夫です。すみません、この人をお願いしますね」

そう言ってラディアは男をリアに預けると、バッグの持ち主のところまで軽い足取りで走っていった。そしてそれを手渡す。

「はい。これ、あなたのバッグですよね?

これからはひったくりにあわないように気をつけて下さいね」

バッグを手渡された女性は、お辞儀をしてそれを受け取った。

「本当にありがとうございます。あの・・・お名前は・・・」

「私ですか?私はラディア・ローズ、軍人です」

「はあ、軍の方なんですか。本当に、ありがとうございました。では、私はこれで」

「はい、気をつけて下さいね」

そしてラディアは三人のところに戻る。

「お待たせしました。じゃあ、帰りましょう」

こうして、四人は寮に帰っていった。

 

 

寮の部屋につくと、グレンはすぐに自分のベッドに倒れこんだ。そして一言呟く。

「・・・疲れた」

それを聞いたカイは、少し苦笑する。

「あはは、それはそうでしょうね。今日はいろいろありましたから。でも・・・」

そこでカイは言葉を切り、ゆっくりと続ける。

「こういう休日も・・・たまにはいいでしょう?」

それを聞いたグレンは、顔だけをカイに向けて言う。

「・・・まあな」

こうしてグレンの長い一日が・・・終わった。

 

 

「今日は楽しかったですねー、リアさん」

ラディアが部屋のベッドに腰かけて言う。

それに、リアは自分の上着をクローゼットにしまいながら答えた。

「そうねー。でもちょっと疲れちゃったかな」

「あーあ、あのお化け屋敷のお人形、欲しかったなー」

「・・・ラディアちゃん、それはダメよ。

あのお化け屋敷だけじゃなく、とにかくお化け屋敷のものはとっちゃダメよ」

「・・・?はーい」

(あのお化け屋敷に監視カメラがありませんよーに)

リアは、本気でそんなことを願ってしまったのだった。

 

 

一方その頃、室内遊園地『ウィーアミュー』

「おい、誰だ!お化け屋敷の人形壊したのは!」

「それが・・・わからないんです」

「なにぃ?どうしてだ!監視カメラはあっただろう!」

「いや・・・それがそのとき監視をしていた者が居眠りをしてしまったらしくて・・・起きたらもうあれは壊れていたそうです」

「なにー!それはどこのどいつだー!」

「・・・私です」

「ばっかもーん!お前は二か月分給料カットだー!」

「そんなー」

 

ご愁傷様です。

ラディアちゃん、これからは遊園地のものを壊さないようにしましょうね。