いつもと同じように起きて、

いつもと同じように朝食を作って、

いつもと同じように相方を起こして、

いつもと同じように朝食をとって、

いつもと同じように支度をして、

いつもと同じように部屋を出て、

いつもと同じように仕事についた。

 

ここまでは、いつもと同じだったのに。

 

「何で俺までやんなきゃいけねぇんだよ」

滅多に向かわない机とその上の書類に、ディアはかなり苛立っている。

「俺だってできればやりたくありませんよ」

デスクワークが嫌いなグレンも同様だ。

「早く終わらせれば早く帰れますよ。もう少しの辛抱」

前向きなことを言いながらも顔が全く笑っていないカイ。

そして、

「文句言ってないで手を動かせ」

次の書類の山を運んでくるアクト。

普段このメンバーでデスクワークなどありえないのだが、今回は上司の都合により。

「カスケードの野郎…何やってんだよあいつ!」

「ディアうるさい。カスケードさんは実家に帰ってるって言っただろ」

「んなの口実だろ!仕事押し付けて帰ってんじゃねぇ!」

「いいから手を動かせ」

怒鳴るディアに冷静にツッコミながら、アクトは机に書類を置く。

どさっという重そうな音と書類の量が余計にやる気を削る。

息をついて次の山をとりに行こうとするアクトをちらりと見て、グレンはふと思うところがあった。

「アクトさん、どうかしたんですか?」

「え?」

「顔、赤いから…」

グレンが心配そうに言うと、アクトは首を横に振る。

「何とも無い。…それよりごめんな、仕事…」

「…いえ、カスケードさんの頼みを安易に引き受けたのは俺ですし」

本人は何とも無いと言っているのに、グレンはそうとは思えない。

心なしか足取りもふらついているような気がして、ペンを持つ手を止める。

「グレンちゃん、休んでる暇無いぜ」

「そうですよ。あとでカスケードさんに仕返しする算段も立てなきゃいけないのに」

「仕返し」はディアが提案したものだと思われるが、普段カスケードを頼っているカイがそのようなことを言うほど書類の量が半端ではないことを解っていただきたい。

向かいの二人がそういうので、グレンは再び書類に向かう。

が、次の瞬間。

 

どさっ

 

書類の音…ではないらしい。

それよりも重い音。

グレンはいち早く席を立ち、ディアとカイを置いて奥へ向かう。

何か文句を言われているような気もしたが、そんなことはすでにどうでも良かった。

目の前に人が倒れていたのだから。

「アクトさん!?」

やはり顔が赤く、呼吸が尋常ではない。

しゃがみ込んで再び呼びかけると、うっすらと目を開けた。

そして手を伸ばし、グレンに抱きついた。

「…アクトさん…?」

「…寒い」

「寒いって…」

そこに丁度ディアとカイが着く。

「どうしたんですか、グレンさん」

「アクトがどうしたって?」

それぞれ台詞が違った二人だが、目の前の光景に素晴らしくハモった。

「何この状況?!」

抱き合って…いるのでは決して無いのだが、そう見えないことも無い。

「グレンちゃん、何やってんだよ…?」

「アクトさん、グレンさんから離れてください。0.05秒以内で」

「誤解だ。…ディアさん、アクトさん熱あります」

この状況で冷静さを失いかけている二人に全く動じず、グレンは冷静に言う。

「熱?」

「はい。寒いって言ってくっついてるので、風邪か何かだと思います」

ディアがしゃがみ込んでアクトに手を伸ばすと、すぐに移動してきた。

これで誤解だということと業務が無理だということがわかった。

「帰ってこいつ寝かせる。…書類はもういいだろ」

ディアの言葉にグレンとカイは頷き、書類を簡単に整理してからそこを離れた。

ディアはアクトに自分の軍服の上着を掛けて、背負って寮まで運んだ。

 

ずっと無理していたのだろう。

ぐったりして、あまり動かない。

「具合悪かったら言えばいいだろ」

「おれがいなきゃ仕事の要領わからないだろ」

口だけはいつもと変わらないようだ。

ディアは少しだけ安心した。

「休んでろ。カスケードには俺から文句言っとくから」

「カイに薬貰えばすぐ復活する。仕事終わらせないと…」

「元々アイツの仕事だろ!お前は安静にしてろ!」

「怒鳴るな。頭に響く」

アクトはそう言って目を閉じた。

火照った顔に、この体温。

ずっと近くにいたはずの自分が、どうしてわからなかったのか。

どうして気付いてやれなかったのか。

ディアはアクトの寝顔を見ながら、心の中で謝った。

そして、額に軽くキスをした。

 

何かが割れるような物凄い音で目が覚める。

辺りを見回すと見慣れた寝室の家具配置だが、陽が落ちたのかすでに暗い。

ゆっくりと起き上がり、音がどこから響いたのかを確かめる。

「…台所…?」

ワレモノ、というと最初に思いつくのはそこだ。

まさかと思いベッドから抜け出そうとすると、寝室にディアが入ってきた。

「何やってんだよ、寝てろって」

「こっちの台詞だ。何やってんだよ」

「晩飯」

「…は?」

思わず訊き返す。

普段ディアが台所に入ることはほとんどない。

あってもそれはアクトと話したりしているだけで、料理などやったことがない。

そのディアが今湯気のたっている器を持ってここにいる。

「晩飯作ってたんだよ。その調子じゃできねぇだろ?」

「晩飯って…お前料理なんかできたのか?」

「お前とかオヤジとかやってんのは見てた」

見てただけだろ!と心の中でツッコみつつ、器を見る。

見た目も匂いも共に問題なし。ここまでは合格点。

が、問題は。

「…味見、した?」

「してねぇ」

「………」

素直に礼を言って受け取るべきか、味見させてから受け取るべきか。

かなり悩んだ末、前者を選んだ。

自分のためにやってくれたことなのだ。無養生だった自分にも責任がある。

「ありがと。貰う」

「食わせてやろうか?」

「いい。自分で食う」

半ば奪い取るようにして器を受け取り、スプーンを手にとる。

どこからどう見ても普通の粥。

不安の中少しとって口に運ぶ。

暫し沈黙。その後アクトがゆっくりと口を開く。

「…お前もう料理するな」

「あ?」

「絶対するなよ!粥もろくに作れない奴にさせられるか!」

「…マズかったか?」

「不味い。かなり不味い。この世のものとは思えない」

「そこまで言うか、フツー」

一体どういう作り方をしたらこんな味にあるのか、全く解らない。

はたして台所で何が行われていたのだろう。

アクトはもう一さじ口に運び、ディアの頭を引き寄せた。

そして、自分から口付けた。

味を伝えてからゆっくり離れ、残った物を飲み込む。

「…不味いだろ?」

アクトの言葉を、ディアは驚きの中で聞く。

舌に残る味を確かめ、短い答えを返す。

「…かなりマズいな」

「だからもう料理はしなくていい」

アクトはそう言いながらも器の中身を減らしていく。

その様子をディアは唖然として見ている。

「ごちそうさま」

その声と返された器の感触で、やっと我に返る。

器の中身はきれいに無くなっていた。

「…お前、さ」

「ん?」

器を持ったまま立ち尽くすディアと、ベッドに座って見上げるアクト。

「マズいとか言いながら全部食うのな」

「もったいないから」

「…何がだよ?」

それは食材か、それとも。

「何がって…」

アクトは少し俯き、しかしすぐに顔を上げて言う。

「使われた米とその他の材料に決まってるだろ」

「…だろうな」

ディアは器を台所へ持っていこうと、アクトに背を向ける。

その背に、もう一つの言葉が投げかけられる。

「それとお前のおせっかいも」

思わず振り向きそうになるが、やめる。

背を向けたまま、いつもの台詞。

「可愛くねぇ奴」

寝室の戸を閉めて、一つ息をつく。

空になった器と、自分の口に残る味。

初めてアクトからされた、キスの感触。

キスと言えるのかどうかわからないが、それでも事実は変わらない。

「この俺が不意をつかれるとはな…」

呟きながら器を置き、先ほど割ってしまった皿を片付ける。

カチャカチャという音が静かな部屋に響く。

本当に静かで、物足りない。

 

朝日が窓から差し込んでくる。

目が覚めると、昨日以上に体がだるい。

起き上がれないほど重く、苦しい。

「…ディア…」

隣のベッドで寝ている人物に声を掛けるが、このくらいじゃ起きないことはわかっている。

しかし起きてくれなければ何もできそうにない。

「起きろ、バカ」

アクトの看病のためもあり、疲れているのだろう。

それはわかっているのだが、反応してくれないと不安になる。

普段ベッドの傍に何も置かないのが災いして、何かをぶつけて起こすこともできない。

いや、一つあった。

何とか自分の頭の下から枕を引っ張り出し、それを力の入らない手で掴んでディアの方に投げた。

枕は見事ディアの顔面に当たったものの、起きる気配は全くない。

「…バカ不良」

肝心なときに頼りにならない。これだからヘタレと言われるんだ。

だるくて、辛くて、切なくて。

布団を掴んでディアを睨む。

反応はなく、それが余計に苛立ちを募らせる。

電気スタンドでも倒してやろうかと思ったとき、ドアが開く音がした。

誰か入ってきた。そういえばディアは鍵をちゃんと閉めたのだろうか。

閉めたとすれば鍵を持っている寮母であろうが、もし閉めてないのなら。

グレンか、カイか、アルベルトか、もしくは。

足音は寝室へ近付き、戸の前で止まる。

戸が開く音がして、思わず目を閉じて縮こまる。

「寝てるのか?」

声が聞こえた瞬間、恐怖が飛んだ。

安心できて、頼れる声。

けれど、本来なら聞こえるはずのない声。

恐る恐る声の方を見ると、見慣れたダークブルー。

「…カスケード、さん?」

名前を呼ばれた本人は、笑顔で応えた。

「アクト、大丈夫か?」

「それより何でここに?」

「カイから連絡貰って。ごめんな、仕事…」

「それは良いんだけど…隣のバカ起こしてくれる?」

ディアはこの状況でもまだ寝ていた。流石と言うべきか。

カスケードはディアに近付き、耳元で何かを言った。

アクトには聞こえなかったが、それがどういう意味の言葉なのかはすぐにわかった。

「…んだとカスケードぉ!」

ディアが一発で目を覚ましたから。

「よ、お目覚めだな不良」

「爽やかに言ってんじゃねぇ!大体なんでここにいるんだよ!」

「鍵開いてたぞ、無用心」

「だからって入って来んな!」

「俺に突っかかってる場合じゃないだろ。隣を見ろ」

カスケードにそう言われて思い出した。

アクトが今、どんな状況か。

「…そうだ、アクト!」

「今頃気付いたか馬鹿」

隣のベッドに寝ている人物はこちらを睨んでいる。

しかし、なんとなくその目が潤んでいるように見える。

「アクト…」

「カスケードさんが来なかったらどうなってたか。…おれが起きることもできないんだからな」

「起きれねぇのか?」

「悪化した。今日は仕事も家事も無理」

そう言って布団をかぶるアクトを見て、ディアは再び後悔する。

気付いてやれなかった上にこんなに辛い思いをさせてしまった。

「…何やってんだろうな、俺」

「後悔しても仕方ないだろ。不良はやれることをやれ」

「不良って言うな」

ディアは布団から出て、寝室の戸を開ける。

台所へ向かい、朝食をどうするか考える。

しかし、その心配は全く必要なかった。

「おはようございます」

「……?!」

台所にはすでに人がいて、朝食の支度をしていた。

ダークブルーの髪に海色の瞳を持つ、女性。

「ごめんなさい、勝手に冷蔵庫開けてしまいました」

カスケードの妹であるサクラは軽く頭を下げる。

「いや、それは…つーかなんでここに?」

「兄に頼まれたんです。…ディアさんでしたよね?」

「あぁ」

「身支度を整えてきてください。後は私がやりますから」

彼女に従い、洗面所で顔を洗ってから寝室に戻る。

カスケードはまだそこにいて、ディアのベッドに腰をおろしてアクトを見ていた。

「カスケード、なんでお前の妹がいるんだよ?」

「医者だから。診察してからカイに薬貰えばすぐ治るだろ」

そう言って立ち上がり、ディアの肩を叩いて寝室から出ようとする。

「後はお前の役目。…今ならいくらでも巻き返せる」

戸が閉まる音と、その向こうで兄妹が話す声。

そして、自分の目の前にいる者。

「アクト、悪かったな」

「…謝る必要無い」

アクトはディアを見ようとしない。

布団を掴んでそっぽを向いている。

「俺がもっと早く気付いてれば」

「おれがグレンに抱きつくことも無かったな」

言葉を遮って昨日のことを言う。

「…そうじゃねぇだろ」

「カスケードさんが来る必要も無かったし」

「俺の話を聞けって」

「聞きたくない」

アクトの声がさっきよりも少し大きくなる。

かといって怒っているのではないようで、ディアが近付くとゆっくり手を伸ばした。

ディアはその手を握り締め、その冷たさを感じる。

アクトが今度はディアをしっかりと見て話す。

「聞きたくないから、謝罪は。…お前には似合わない」

「でも…」

「おれはバカなお前が良いんだよ。真面目だとツッコミしにくいから」

「何だよそれ」

いつもの二人がそこにいる。

状況は珍しいが、二人の関係は変わらない。

「やっぱ不良には保護者、だな」

寝室の前でカスケードとサクラが聞き耳を立てる。

といっても首謀者はカスケードであり、サクラはそこに立っていて偶然聞こえるだけだ。

「保護者さんにも不良さんが必要みたいだけど。…で、朝食はどうしたらいいの?」

「今この状況を邪魔するために持ってく」

「…お兄ちゃん、キャラ違うわよ…」

サクラは兄に呆れつつため息をついた。

 

朝食は食欲の無いアクト以外はパンと目玉焼きで、アクトだけは粥だった。

二食連続だが本人は特に気にしていないようだ。

「美味しい」

「そうですか?ありがとうございます」

「すごく美味しいよ。サクラさんはきっと良い奥さんになる」

「そんな…」

サクラは珍しく照れているようだ。

カスケードとディアはアクトの言葉を聞いて「お前も十分良い奥さんだよ」と心の中で呟いた。

「アクトさんもご自分で料理なさるんですよね?」

「まぁ、一応は。サクラさん、敬語やめようか。同い年だし」

「そうですね。じゃあ普通に話すわ」

なんだかちょっと良い雰囲気。会話をしている本人達は普通のつもりだが、周囲は気が気でない。

「不良、サクラは嫁にやらないからな」

「俺に言うな。こっちから言わせればアクトは俺のだから」

小さな戦いが起こっているのに、和やかに会話する二人は全く気付いていない。

 

カバンから医療器具を取り出すサクラに、ディアはぎこちなく話し掛ける。

「あのさ、一ついいか?」

「なんですか?」

サクラはディアを見ずに準備をすすめる。

「診察って…やっぱ脱がすか?」

「手を出すつもりはないですよ」

「いや、そういうことじゃなく」

言い難い。なんと言ったらいいのだろうか。

下手なことをいえばアクトを傷つけるかもしれない。

「…何つーか、驚かないで欲しい」

「何にですか?」

「その…アイツの、体の傷に」

「傷?」

サクラはそこで初めて手を止める。

「傷って?」

「アイツの体、傷だらけなんだ。だから共同浴場にも行かねぇし、肌露出する服も着ねぇ」

「そんなに酷いんですか?」

「…初めて見たとき、すげぇショック受けた」

ディアの表情からいかに酷いかを察知し、サクラは覚悟を決める。

それ以上聞く気はないが、よほどのことがあったに違いない。

「わかりました」

サクラはそれだけ言って寝室へ向かう。

戸をあけて、中へ入っていく。

ここからはもう、何も見えない。

 

「サクラさん、一つだけ言っておきたいことが…」

「傷のことなら聞いたわ」

サクラが落ち着いてそう言うので、任せようと思った。

指示に従って服を脱ぎ、肌をさらす。

サクラの表情が変わる。やはり相当ショックを受けているようだ。

「…結構古い傷ね」

「うん」

「でも、こんなに酷いなんて思ってなかった…」

白い肌に容赦なく刻まれた傷痕や打撲傷は、アクトがたどってきた道をそのまま表している。

サクラはその傷痕の表すアクトの運命を容易に想像できたが、何も言わなかった。

傷の上から聴診器を当てると、そのはずみで手が触れる。

痛々しい傷痕は、サクラに涙を流させる。

「サクラさん…」

「ごめんね。気にしないようにしようと思ったのに…」

「無理も無いよ、ディアだってショック受けたんだから」

予想はしていた。自分が思っているよりずっとこの傷は酷いらしいから。

それにしてもディア以外の人間に肌をさらしたのは久しぶりだ。

泣いてくれる人はサクラが初めてだ。

女の子なら泣くかもしれない。

自分の背負ったものの重さを実感する。

「…風邪みたい。薬はシーケンスさんに貰って」

「あぁ。…ごめん、サクラさん」

「私こそごめんね」

サクラはショックから抜けきれていないようなので、アクトは部屋にカスケードを呼ぶ。

カスケードも傷を見て何も言えなくなった。

服を着て傷を隠してもなお目に焼き付く無数の傷痕。

「わかっただろ」

ディアが言うと、カスケードはゆっくり頷く。

「あぁ…想像していたのよりもずっと酷い。ディアは平気なのか?」

「慣れれば気にならねぇよ。…慣れるのは俺一人で十分だけどな」

カスケードと入れ替わりに寝室へと向かう。

「アイツはもう十分苦しんだ。だから、今度は俺が守るって決めたのに…」

拳を握り締め、己の情けなさを悔やむ。

いくら後悔しても足りない。自分は守れなかった。

まだ巻き返せる、これから守ればいいと言われても、今自分が助けてやれないことは事実だ。

「ディア、もう一度言う」

カスケードの声が、背中に投げかけられる。

「後で後悔しても遅いんだよ。…ここで立ち止まるのは何の意味も無い」

「…わかってんだよ、んなことは」

 

アクトはベッドの上で本を読んでいた。

いや、読んではいないだろう。カスケードとディアの会話を聞いていたのをごまかすために開いているだけだ。

「具合は?」

「だいぶ良くなった。…まだだるいけど、起き上がれるし」

アクトは本を閉じてディアを見た。

顔色が悪い。無理して起きていることは明らかだ。

「アクト、寝てろ」

「そうさせてもらう。…でも、その前に一つ言っておく」

紫の瞳が強い意思を伝える。

「おれは、守られたいとは思ってない」

過去に何度も見た、綺麗で強い光。

「自分の身くらい自分で守る。おれのためにディアが悩んだりする必要はない」

「…俺はいらねぇってことか?」

ディアの問いに、アクトは首を横に振る。

そして手を伸ばし、ディアの首の後ろに回す。

「必要だよ。…どうしても辛くなったときに、傍にいてくれる人が…」

引き寄せて、抱きしめる。

「ディアが、必要」

ディアはアクトを抱き返す。強く、強く。

何だって構わない。互いに必要としているなら、それでいい。

 

翌日朝、ディアが目覚めるとアクトはすでに台所に復帰していた。

「もういいのか?」

「カイの薬がよく効いた。…で、ディアに訊きたいことがあるんだけど」

アクトが提示したのは、あの割れた皿。

「これ、どうしてくれるんだ?」

「…いや、それは…」

「当然弁償するんだよな?」

「見逃しては…」

「やらない」

すっかり快復したようで、いつものアクトがそこにいる。

これこそ、本当の日常。

「あ、風邪グレンにもうつってたらやだな。後で謝らないと」

「…皿、いくらしたっけ」

「皿は千エアーするけど。…あ、書類どうなったっけ」

「千って高くねぇか?」

「高いんだよ。まだ街の家具屋にあるはずだから買ってこい」

これこそ、二人の日常。

 

Fin