ある日の朝、カイは自分の部屋のベッドでいつものように目覚める。

(・・・朝か)

かなりだるかったが、カイはこの日も任務があるため仕方なくベッドを出る。

そしてまっすぐ洗面所へ向かおうとしたときに、いつもと違うことがひとつだけあることに気づいた。

「・・・あれ?グレンさん?」

そう、いつもは自分よりも早く起きているはずのグレンの姿が見えないのだ。

カイは一通り部屋を見渡してみる。

そして視界にちょうどベッドが映ったとき、グレンのベッドの布団がまだ膨らんでいることに気づいた。

(珍しいな、グレンさんが寝坊するなんて・・・)

カイは一瞬グレンを起こそうかと考えたが、わずかに見えた寝顔があまりにもかわいかったので、もう少しそのままにしておくことにした。

少しだけその寝顔を満足そうに眺め、当初の目的地である洗面所へ向かう。そしていつもより少し長めに顔を洗った。

(グレンさん、いい加減起きたかな)

そう思いながらカイは洗面所から出てベッドを見る。

しかし、グレンはまだ眠っていた。

(いい加減起こさないと、仕事に遅れるな)

カイはそう考え、グレンのベッドまで歩いていき軽くグレンの体を揺さぶる。

「グレンさん、起きてください。遅刻しちゃいますよ」

カイがしばらく揺さぶると、グレンの瞼が少しだけ動いた。

「・・・ん」

そしてゆっくりと目を開ける。

「おはようございます、グレンさん。朝ですよ」

グレンが目を開けたのを確認して、カイが少し笑みを浮かべて静かに言う。

それを聞いたグレンは、ゆっくりと体を起こした。

「いま・・・何時だ?」

730分です。早く着替えてご飯食べに行かないと、間に合いませんよ」

「・・・そうか」

カイの言葉にグレンはそう答えると、ベッドから立ち上がり足を一歩前に進めた、その瞬間。

「グレンさん!?」

カイが叫ぶ。

彼の目の前で、グレンの体がそのまま前に倒れたのだ。

カイはとっさに駆け寄りグレンを間一髪で受けとめる。

「グレンさん、大丈夫ですか!?」

「・・・ああ」

しかし、そう答えるグレンは全然大丈夫そうではない。よく見ると、顔も少し赤くなっている。

「グレンさん、風邪ですか?いつから具合が悪かったんですか?」

「・・・昨日の・・・夕方あたりから・・・」

グレンが力なく答える。

昨日というと、ちょうどアクトの風邪が治った日だ。

そしてグレンはアクトが風邪を引いて倒れた日に、一番アクトに近づいている。

(もしかして・・・アクトさんの風邪がうつったのか?)

そう考えながらも、とりあえずグレンをベッドに戻し、脇にある棚から体温計を取り出した。

「グレンさん、とりあえず熱を測ってください」

そしてそれをグレンに手渡す。グレンはそれを素直に受けとって、自分の口の中に入れる。

その間、カイはさらに棚から数個の小さなビンを取り出す。

数分後、体温計が体温を測り終えたときのピピッという音を発した。

それを聞いてグレンが体温計を口から出し、自分で見る。

「・・・385分」

「思いっきり風邪ですね。とりあえず、今日は仕事を休んでください。軍には俺が言っておきます」

カイはそう言って、ビンに入った数種類の粉を少し大きめの器に移し、薬の調合を始めた。

そしてそれが終ると、今度は出口に向かう。

「風邪の引きはじめで食欲ないかもしれませんけど、セレスティアさんからパンをもらってきます。何か食べないと薬飲めませんから」

そう言ってカイは部屋から出ていった。

 

 

数十分後、カイが2つパンの載った皿を持って戻ってきた。そしてグレンのベッドの横にある本棚に置く。

「パンここにおいておきます。薬も置いておくので、飲んでくださいね。昼の分も置いていきますから。

あ、それとセレスティアさんが昼食を持ってきてくれるそうなので、ちゃんと食べてくださいね」

カイは一気にそう言うと、ドアに向かって歩いた。

そしてドアの前で1度止まり、

「じゃあ、行って来ます」

とだけ言って、部屋から出ていった。

グレンはそれを黙って見送る。

そしてカイが出ていってからしばらくあと、自分の横の置かれたパンと薬を見る。

自分のためにわざわざ薬を調合してくれたのだ。飲まないわけにはいかない。

しかし食欲もない。グレンはしばらく迷った結果、パンを一口だけ食べて薬を飲むことにした。

皿からパンを取り、少しだけちぎって食べる。

そしてそれを飲み込むと今度は白い粉を取り、それを口に入れて水を飲む。

すべてをやり終えると、グレンはふうっと息を吐いてベッドに横になった。

今思えば、ここ最近任務続きでまともな休みを取っていなかった。そのためこんなにゆっくり出来るのは久し振りである。

きっと休まなかったせいで疲れが溜まり、免疫力が落ちていたのだろう。

グレンはこの突然の休暇を有効に使って風邪を治すと共に疲れを取ることにした。

グレンは寝返りを打ち、瞳を閉じる。そしてゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

トントン、ザー、キュッ

 

そんな音が、グレンの夢の中で突然聞こえてきた。

そしてその音がきっかけで、グレンは眠りから覚める。

目覚めて体を起こしてみると、音はキッチンから聞こえてきていた。

そしてそれと一緒においしそうな匂いが嗅覚を刺激する。

(・・・誰だ?)

グレンはそう思いながらも、ふと時計を見た。するとちょうど正午を指している。

グレンは少しの間時計を見ていたが、不意にキッチンからの音が止んでそちらを見る。

すると少ししてこの寮の寮母であるセレスティアが盆を持って出てきた。

「あらグレン君、起こしちゃったかしら?」

「いいえ、自分で起きたんです」

セレスティアの言葉に、グレンはそう答える。それにセレスティアも笑顔で答えた。

「そう、ならよかったわ。カイ君に頼まれたからお昼ご飯作ってたの。

お粥なんだけど、確かグレン君猫舌よね?少しぬるめに作ったから、きっと大丈夫なはずよ」

そう言って、本の上に載っていた器のふたを取る。

すると中には作ったばかりの粥が入っていた。

しかもいつも食事を食堂で取るグレンの好みを知っているセレスティアは卵入りのお粥を作っていた。

「すみません。ご迷惑をおかけして・・・」

「いいのよ。私の寮の子ですもの。それに・・・カイ君もかなり心配してたしね」

申し訳なさそうに言ったグレンに、セレスティアが笑顔でそう言う。

「・・・カイが?」

セレスティアの言葉を聞いて少し驚いた口調でグレンが言う。

それにセレスティアが先ほどからの笑顔で答える。

「ええ。私にあなたのことを頼みに来たとき、カイ君少し暗い表情をしていたから。

やっぱりルームメイトのことが心配なのね」

「・・・・・・」

「さて、私はそろそろ行くわね。また後で片付けに来るから」

「はい。わかりました」

グレンがセレスティアの言葉にそう答えると、彼女はにっこりと微笑んで部屋から出ていった。

それを見送り、少しの間考える。

カイはいつも能天気で本当に自分を必要としてくれているのかわからなかった。

自分はこんなに必要としているのに・・・。

でもセレスティアは『カイが心配していた』と言っていた。

という事は、カイも自分を必要としてくれていると考えていいのだろうか。

そう思うと、少し嬉しかった。

グレンはセレスティアが作ってくれた粥をゆっくり食べたあと、ベッドの横の棚に置かれた薬を見つめる。

そしてそれをとり、飲み干した。

そのあとそれをまた棚に戻し、ベッドに横になり再び眠りについた。

 

 

一方、司令部ではグレンがやるはずだった仕事を変わりにカイがやっていた。

そしてそれをたまたま見かけたカスケードとディア、そしてアクトがカイに話しかける。

「あれ?薬屋じゃん。グレンはどうしたんだ?」

「ああ、カスケードさん。グレンさんは今日は休みです」

「なんで?それグレンちゃんがやるはずだった仕事だろ?」

「グレンさん、風邪引いちゃったんです」

「え?それって、おれのせい?」

そう言ったのはアクト。

数日前アクトが風邪を引いたとき、いち早く気づいたグレンにだきついてしまったのだ。そのときの負い目があるらしい。

カイは朝そう思ってしまったが、一応上司なのでそうは言わず

「いえ、グレンさん最近休みとってなかったんで、疲れが出たんだと思います」

と言った。

しかしそれでもやはり負い目があるらしく、アクトが

「もしよかったら、夕飯つくりに行こうか?」

という提案を持ちかけた。

「え?でも、アクトさん大変じゃないですか?」

「大丈夫だよ。おれ料理好きだし。

何だったら他の人の分も作ってやるよ。カイ達の部屋に押しかけちゃうことになるけど、その方がグレンも気が滅入らなくてすむだろうし」

確かに、にぎやかな方が少し気が楽になるかもしれない。

カイはそう考え、アクトの申し入れを素直に受けることにした。

「じゃあ、お願いします」

OK。じゃあ、買い物手伝ってな。

あ、あとせっかくだからリア達も呼びなよ。おれもアル達呼んでいくから」

「わかりました」

こうして、この日の夜アクト達が来ることになった。

 

 

「グレンさーん、帰りましたよー」

グレンがベッドで寝ていると、不意にそう言うカイの声が聞こえた。

グレンはカイを迎えるために体を起こしたが、その途端大量の人を見ることになった。

そこにはカスケードにディア、アクト、リア、ラディア、そしてアルベルトとブラックまでもがいた。

「カイ。これはなんだ?」

驚きのあまり、グレンはそう訊く。

それにカイは楽しそうに答えた。

「アクトさんが夜飯作ってくれるって言うんで。で、人数少ないと寂しいんで他の人も呼んだんです。

・・・呼んでないのが約1名いますけど」

カイはそうグレンに説明したあと、横目でブラックを見る。

それに気づいたブラックが、不機嫌そうにカイを見た。

「何みてんだよ」

「いや、なんでもないよ」

その両者の間には、いまにも火花が散りそうだった。

それを見て、両者の間でアルベルトがまた挙動不審になっている。

「ブラック、止めなよ。せっかくアクト君が呼んでくれたのに」

「うるせーな。馬鹿は引っ込んでろ」

「馬鹿って言わないでよ〜」

「はいはい、病人の前で喧嘩しない。飯作らないぞ。作って欲しかったらおとなしくしてろ」

その3人の間にアクトが入り、話を止めさせる。そしてグレンに近づいてきた。

「グレン、食欲ある?お粥のほうがいいか?」

「あ・・・はい。じゃあ、お願いします」

「わかった」

アクトはそう言うと、たくさんの袋を持ってキッチンに入っていった。

少し見えた袋の中身を見ると、他の人は鍋なのだろう。

グレンは少しの間アクトが消えていったキッチンを見ていたが、不意に誰かが近づいてくる気配を感じた。

その気配のした方を見ると、そこにはブラックがいた。

「へー。お前、風邪引いていつも以上に色っぽい顔してるな。いまここで押し倒してやろうか」

そう言ってブラックがグレンのあごに手を当てようとした瞬間。

「グレンさんに触るなって言ってんだろうがー!!!!」

ブラックの行動を見たカイが飛んできた。そしてグレンの前に立つ。

「何だよお前、邪魔すんじゃねぇよ」

「うるせぇ!お前が人のものにちょっかい出すからだろ!」

「何言ってんだよ。グレンは俺が壊すんだぜ?」

「ふざけんな!」

そう言った言い争いが繰り広げられ、いまにも殴り合いの喧嘩にまで発展しそうなときだった。

「はいはい、そこまで。薬屋、少し落ち着け。黒すけもいい加減にしろ」

カスケードが割って入った。そのカスケードを見て、ブラックがすかさず口を開く。

「黒すけじゃねーって言ってんだろうが!」

「ああ、わかったわかった。とりあえず、喧嘩はやめろ」

このカスケードの一言で、納得していないようだったが二人の喧嘩は終った。

それからしばらくしてアクトが大きな鍋を持ってくる。

「はい、できたぞ。いっぱいあるから、どんどん食えよ」

こうして、今夜の鍋争奪戦が幕を開けた。

 

 

「あ!てめっ、それ俺のだろうが!」

「何言ってる、不良。取った奴のに決まってるだろ。だから俺のだ」

「だから不良って呼ぶんじゃねぇ!」

今夜もいつも通り、ディアとカスケードの二人が争奪戦を繰り広げていた。

そしてその傍らではグレンがお粥を注意して冷ましながら食べ、ラディアとアクトはホラー映画について語り合っている。

そしてリアはアルベルトと話をしていた。しかし、アルベルトは相変わらずの挙動不審っぷりで、ほとんど会話にはなっていなかったが。

「グレン、具合どう?」

グレンがお粥の最後の一口を食べ終えたとき、アクトが話しかけてきた。

グレンはそれにお粥の器を置いてから答える。

「少しよくなりました。やっぱりカイの薬はよく効きます」

「ほんとだよな。おれの風邪もすぐに治ったもんな」

それから少し間を置いて、アクトは続けた。

「悪かったな。おれの風邪うつしちゃったみたいで」

「そんな事ないですよ。俺の健康管理が悪かったせいですから」

「うん。そうかもしれないけど、一応謝っとこうと思って。ごめんな」

「・・・いえ」

 

 

それからしばらくは部屋は宴会騒ぎのようだった。

それから片付けをして、ようやくみんなが帰ったのは夜の11時過ぎだった。

「グレンさん、気分はどうですか?」

カイが水が入ったコップを手渡す。

「だいぶ良くなった。お前の薬のおかげだな」

グレンはカイの問いにそう答えた。

するとカイは少し驚いた表情をしてから笑みを浮かべる。

「・・・グレンさんにそう言われると、照れますね」

そして薬を手渡した。

「はい。これを飲んで今日はゆっくり寝てくださいね」

「ああ」

グレンはそう言ってカイから薬を受けとってそれを飲む。そしてベッドに入った。

それをカイは黙ってみていたが、不意に口を開く。

「グレンさん、一緒に寝ましょうよ」

「は?」

グレンはカイのその突然の提案にそれしか言えなかった。

しかしそんなグレンはお構いなしでカイはグレンのベッドに入り込む。

「こら、狭いだろ」

「たまにはいいじゃないですか」

「・・・風邪がうつってもしらないからな」

「大丈夫ですよ、俺馬鹿だから」

グレンが小さな声でそう言うと、カイは笑いを含んだ口調でそう言う。

そしてグレンを後ろからぎゅっと抱きしめた。

それを感じたグレンは、ゆっくり目を閉じた。

なぜかわからないが、カイに抱きしめられると自然と心が和んだ。

それがなぜだかはわからないが、敢えて言うならきっと自分がカイを必要としているからだろう。

たまにはこういうのも悪くないと・・・思った。

 

 

翌日、グレンの熱はすっかり引いていた。

しかしカイがもう1日安静にしていろとあまりにもしつこくいうので、この日も仕事を休むことにした。

「じゃあグレンさん、行って来ますね」

「ああ」

「薬、ちゃんと飲んでくださいね」

「ああ」

「あとそれから・・・」

「もういいから、さっさと仕事に行け。遅れるぞ」

グレンはカイが朝から何回も繰り返していることを軽くながし、仕事に行くように促す。

しかしそれを聞いてもカイはまだ心配しているらしく、仕事に行くのをためらったが結局行くことにした。

部屋のドアまで行き、グレンを見る。

「じゃあ、今度こそ行って来ます。グレンさん」

「ああ」

グレンがそう言うと、部屋のドアはゆっくりとしまった。

それを確認して、グレンが小さくつぶやく。

「愛してるよ、・・・カイ」