ある日の休憩時間、中央司令部の第三休憩室ではいつもの行事が始まっていた。

「今日は誰から引きます?」

クライスがトランプを切りながら訊く。それにカスケードが答えた。

「そうだな、いっつも負けてるし、アルからでいいんじゃないか?」

「え!?僕ですか!?」

アルベルトはいつもの挙動不審で言う。

「ああ、いいんじゃねぇ?」

「俺もいいよ」

「じゃあ、そういうことでいいですね」

そのアルベルトの挙動不審を見ながらディアとツキとカイも同意する。

「じゃあ、配りますよ」

そう言って、クライスが切ったトランプをそれぞれの前に5枚ずつ置いて行く。

そして全員の前にトランプを置き終え、残った山を真ん中に置く。

その後に、それぞれが自分の前のトランプを見て手持ちを確認する。

「よし、まずアル、お前からだぞ」

「は・・・はい」

アルベルトはカスケードに言われ、おどおどしながら手持ちを2枚捨て、山から同じ枚数を引く。

その後に、カスケード、クライス、ツキ、カイ、ディアと次々に引いて行った。

全員がそれをじっと見つめる。

「よし、全員見たな。せーので行くぞ。・・・せーの!」

「ストレートフラッシュ!」

「フルハウス!」

「フォーカード!」

「ロイヤルストレートフラッシュ!」

「ワンペアです」

「・・・・・・」

全員がそれぞれ「せーの」を合図に発言する中、一人だけ何も言わない。

いや、言わないのではなく、言えないのだ。

なぜなら、そのカードの状況を示す言葉がないのだから。

「・・・・・・」

発言の無かった人物は、なおも黙ったまま。

自分でも、よっぽどその状況が信じられなかったのだろう。

その人物は、ツキだった。

ツキは自分の手持ちのカードを見つめつづける。

そのカードの絵柄や数字は、5枚ともことごとく違うものだった。

「ツキさん、どうしたんですか!?」

あまりの出来事にカイが叫ぶ。その後に、クライスも続けた。

「そうだよ!どうしたんだ!?いつもはロイヤルストレートフラッシュとか普通に出すのに!」

「いや・・・俺にもさっぱり・・・」

そのクライスの言葉に、ツキはただ呆然と答えた。

「そんなに騒いで、一体どうしたの?」

クライス達の騒ぎ声を聞いて、クレインが近寄ってくる。その隣にはリアとグレンもいた。

「ツキがポーカーで負けたんだよ。しかもワンペアもなし」

クレインの問いに答えたのはカスケードだった。

その言葉に、今度はリアが口を開く。

「それくらいなら、そんなに騒ぐことも無いんじゃないですか?

ツキさんも、たまには負けますよ。人間なんですから」

「そうね。いちいち騒ぐほどのことじゃないわ」

「でも、いつもと負け方が違うじゃん。いつもは最低でもスリーカードは出すぞ」

クレインにクライスが抗議する。

すると、クレインは呆れたように少し溜息をついて言った。

「じゃあ、もう一回やってみればいいじゃない。今度はツキさんが勝つかもよ」

そのクレインの言葉で、同じメンバーでもう一度やってみることにした。

しかし、ツキは再び最低の負け方をした。

そして、それから何度やっても結果は同じ。

他にもダウトやサイコロゲーム、コインゲームなどいろいろやってみたが、どれをやってもツキは全敗だった。

「・・・ここまで来ると、少しおかしいわね」

「ツキさん、体調が悪いとか・・・」

「いや、そんな事は無いんだけど・・・」

リアの言葉に、ツキは頭を軽くかきながらそう答える。

それを、いままでただ見ていたグレンが口を開いた。

「ツキさん、スランプになったんじゃないですか?」

「え?」

「ほら、どんなに得意なことでも、一時的に全然うまくいかなくなるじゃないですか。

きっとツキさん、それになったんですよ」

「でも、いままでそんなものになったこと無いんだけどな・・・」

ツキがまた頭をかきながら言う。それにグレンは表情を変えずに言った。

「スランプって、それを始めてから数年後とか、十数年後とか、結構あとに来ますから」

「・・・そういうもんか?」

そう言って、ツキはまた頭をかいた。

 

 

休憩が終った後、ツキは普通に仕事をこなし、家に帰った。

ドアを開けて家の中に入ると、おいしそうないい匂いが家中に漂っていた。

おそらくフォークが夕飯を作っているのだろう。

「ただいまー」

そう言ってリビングに入る。

するとフォークが「おかえりー」と言ってキッチンからぴょこっと顔を出し、また顔をキッチンに戻す。

「今日の晩飯なに?」

「今日はねー、ハンバーグとコーンスープとサラダー」

ツキがそう訊くと、フォークはキッチンからその質問に答える。

そして数分後、それらの料理を持ってきて、テーブルに並べた。

「おー、うまそー」

ツキが並べられた料理を覗き込んで言う。するとフォークは嬉しそうに言った。

「でしょ?今日は少し作り方変えたんだ♪」

そして椅子に座る。ツキもフォークの向かいの椅子に座った。

「いただきまーす♪」

そう言って手を合わせた後、フォークが料理を食べ始める。ツキもそれに続いて食べ始めた。

料理は相変わらずおいしい。フォークが作り方を変えたと言っていたからか、いつも以上においしく感じた。

しばらくして2人とも食べ終わると、ツキが食器を持っていく。そしてそれをフォークが洗った。

ツキはしばらくそれを見ていたが、不意に口を開いた。

「なあ、フォーク」

「なにー?」

「ちょっとポーカーやってみないか?」

ツキがそう言うと、フォークの作業する手が止まった。そして少し驚いた顔で聞く。

「どうしたの?お兄ちゃん。急にそんな事言うなんて」

「ん・・・ちょっとな・・・」

ツキは言う。昼間ゲームに勝てなくて、グレンにはスランプだと言われた。

でも、いくらスランプでもフォークくらいには勝てるだろう。そう思ったのだ。

フォークはいつもと違う兄の態度に?を浮かべたが、すぐに答えた。

「うん、いいよ。でも、これ終わってからね」

そして再び食器を洗い始めた。

 

 

翌日、ツキはいつもの時間に出勤した。しかし、いつもより少し元気が無い。

「よう、ツキ」

その言葉に反応してツキは声がした方を見る。するとそこにはカスケードがいた。

カスケードはいつも通りの口調で話しかけてくる。

しかし、ツキの様子を感じ取ったのか、心配そうに聞いた。

「どうした?なんか元気無いぞ」

「・・・実は、昨日帰ってからフォークとポーカーやったんだ」

「・・・で?まさか、フォークにも負けたのか?」

「ああ。ポーカー以外にもいろいろやってみたけど、ことごとく負けた」

「・・・マジか?」

カスケードが訊く。するとツキは首を縦に振った。そしてそのまま廊下を歩いていく。

「・・・重症だな、こりゃ」

ツキが去って行った後、カスケードは一人つぶやいた。

 

 

それから一週間、ツキのスランプは続いていた。

毎日何回やっても勝つことが出来ない。

それどころか、ポーカーではワンペアすら出ない。

ツキはギャンブルではたまに負けることはあってもこんなに負けが続いたことは無かったので、結構へこんでいた。

一方、ディアはツキがスランプなため毎日連勝だった。

そしてスランプからちょうど8日目。

ツキは行き付けのバーに来ていた。そしていつもの酒を注文し、それを飲む。

ツキが一人で酒を飲んでいると、ギャンブル仲間が声をかけてきた。

「おいツキ、今日はやらねーのか?」

「ああ、今日は気分じゃないんだ」

ギャンブル仲間に、ツキはそう答えた。そして酒をまた一口飲む。そのときだった。

「止めてください!」

隣から少女の声が聞こえる。ツキはその声のほうを見た。

すると、そこにはいつのまにか一人の少女が座っていた。数人の男に絡まれている。

「嬢ちゃん、どこから来たんだ?ちょっと俺達と遊ぼうぜ」

「いやです!あなた達みたいな野蛮な人、私キライです!」

少女が言う。すると男は機嫌を悪くしたのか、怒鳴った。

「なんだと!ガキの癖に、生意気だぜ!」

そして少女に拳を振り下ろした。

その拳は、そのまま少女の顔にあたり、少女の顔は血まみれになる・・・はずだった。

男の拳は、少女の顔の直前で止まっていた。

いや、正確には誰かが止めていた。それは、ツキだった。

ツキは男の拳を少し強く握る。

「あんた、女の子相手になにやってんだ?

男は普通、女を殴るためじゃなくて、守るためにそれを使うべきだろ」

「あ?なんだお前?」

男は胡散臭そうにツキを見る。

それに、ツキはかまわずにカウンターにいる女性に話しかけた。

「なあ、ちょっと暴れていいか?」

すると女性は、「いいけど、お店のものは壊さないでね」と笑顔で言った。

それを聞くと、ツキは「わかった」と言い、つかんでいた男の手を離した。

そしてそのまま男の腹部を思い切り殴る。

すると殴られた男は「ぐえっ」と変な声をあげて吹っ飛んだ。

しかしツキが狙ったため、なにも無いところを通り壁に激突する。

そしてそのまま動かなくなった。

次にツキはそのそばにいた男に向かって行く。

そして今度はその顔に回し蹴りを食らわせた。

その蹴りを食らった男は、そのまま横に吹っ飛び、先ほどの男同様、なにも無いところをとおって壁に激突した。

ツキは、今度は残りの二人に向かって行き、一人は腹部に蹴りを入れ、もう一人にはそのまま踵落しを食らわせた。

それらを食らった男達も、前の2人同様、吹っ飛んでから動かなくなる。

ツキは、それらを見てから少女のところに行った。そして話しかける。

「ここには、女の子はあまり来ない方がいいよ。たまにああいう奴らが来るから」

そう言って、今度はカウンターに向かった。そしてお金を置く。

「じゃあ、これ酒代ね。また来るよ」

そう言うと、ツキはそのまま店を出た。そして家に向かって歩道を歩く。

(・・・久々に暴れたな。でもなまってる。やっぱり身体は毎日動かさないとだめだな)

そう考えながら、ツキは歩道を家に向かって歩いて行った。

 

 

翌日、いつも通り休憩時間を利用してポーカーをする。

すると、ツキのスランプはなぜか治っていた。

「ちっくしょー!また負けた!」

ディアが言う。その傍らで、リアが笑顔で言った。

「ツキさん、よかったですね。スランプが治って」

「ああ、まあな」

「でも、結局なんでツキはスランプになったんだ?」

カスケードが根本的疑問を口にする。

「そうですよね、なんででしょう?」

クライスも言った。それにツキは

「さあな」

とだけ答える。しかし、自分の中では一つの答えが出ていた。

一週間ほど前、急にスランプに陥った。

そして昨日バーで軽く暴れて、今日になるとスランプが治っていた。

それを考えると、出てくる答えが・・・ストレス。

ツキはここ一ヶ月、デスクワークばかりで遠征任務がまったくと言っていいほど無かった。

そしてツキは、軍に入る前はギャンブルで生計を立てていたため、何時間も黙って座って作業するということになれていないし、ある程度の規則がある生活も、学生時代以来だろう。

それを考えて、ツキは一言つぶやいた。

「俺って・・・意外とデリケートだったんだな・・・・・・」

「あ?なんか言ったか?」

「いや、別に。これでまたギャンブルで稼げるなと思ってな」

「お前、軍人になったんだからいい加減ギャンブル止めろよ」

「何言ってんだ、軍人よりギャンブルのほうが儲かるんだよ」

「それはお前だけだから・・・」

カスケードが呆れて言う。

こうして、ツキのスランプ騒動は幕を閉じた。

そして、再びディアの連敗が始まるのだった。