運命は時折大きく急回転し、狂う。

今回も仕組んだように方向をそろえる。

全く違う場所で行われた福引で、全く同じモノが当たるのだから。

 

有給休暇が取れることになり、ちょうど利用法を考えていたところだった。

しかし、まさかこんなことになるなんて思っていなかった。

「グレンさん!これ見てください!」

突如部屋に飛び込んできたカイにグレンは戸惑い、呆れる。

「なんだ、急に…」

「当たったんですよ、商店街の福引!ペア旅行券なんですよ!」

「福引?!…しかも旅行券って…」

驚くグレンに、カイは嬉しそうに話す。

「特賞ですよ。当たっちゃったんです。せっかく有休もあることだし、行きませんか?」

「お前と二人でか?」

「当然」

グレンは正直、物凄く行きたいとは思わない。ましてカイと一緒なら何が起こるかわからない。

リアの助けも無く、二人きりでの行動はある意味危険だ。

「行かない」

「えー?何でですか?」

「せっかくの有休を疲れるようなことで潰したくない」

冷たく言い放つグレンに、カイは少し不満そうな表情をする。

しかし、まだ策はある。少し笑って、切り札を出す。

「…温泉」

「!」

カイの一言に、グレンは僅かに反応する。

それを見逃さずに、カイはさらに続ける。

「天然の温泉はいいですよ。疲れは取れるし、効能はあるし…」

グレンの反応を見つつ、言い続ける。

「この旅館の庭もきれいだって評判なんですよね…」

普段余り得られない癒しを餌に、獲物をかけようとする。

もうすぐで、来る。

「本当に行かないんですか?」

最後の一言で、獲物は確かに食らいついた。

「…そこまで言うなら、行ってやらないことも無い」

「本当ですか?じゃあ有休は二人で旅行ってことで」

嬉しそうに言うカイと、少し複雑な気持ちのグレン。

あとになって、果たしてカイと一緒で癒されるのだろうかとも思ったが、それ以上考えるのはやめた。

 

一方、別の部屋では同じような内容が違う展開で繰り広げられていた。

「まさか本当に当たるなんてな…」

福引で当たったペア旅行券を眺めながら、アーレイドは呟く。

ハルと買い物に行って偶然福引をやって、これだ。実感は湧かない。

彼等がやった福引では、その旅行券は二等だった。一等は外国への旅行券だったが、この際どちらでもいい。

ハルと一緒に行けるなら、何でも良いのだ。

「アーレイド、温泉楽しみだねー」

ハルもとても喜んでいるようで、いつも以上に明るい笑顔を見せる。

「…でもな、ここの温泉って大浴場なんだよ」

アーレイドのこの一言によって、固まってしまうが。

「…だいよくじょう…?」

「誰か入ってたら一緒になるけど…いいのか?」

普段恥ずかしがって共同浴場に行かないハルには、少し厳しいかもしれない。

アーレイドはそれが心配だったが、次の瞬間それは消えた。

「大丈夫だよ。アーレイドが一緒なら…」

少し恥ずかしそうな笑顔で言うハルに、アーレイドの理性は飛んだ。

 

さらに別の部屋では、いつもとは少し変わった会話がなされていた。

「ディア」

聞きなれた少し高めの声に、ディアは振り向く。

「お帰り。…夕飯買って来たのか?」

「買ってきたけど…それより、これ」

アクトが差し出したのは、一枚の紙切れ。

そこに書いてあった文字を見て、ディアは驚愕する。

「ペア旅行券?!」

「福引で当たった。…どうする?」

少し長めの有休を取ってあるので、行く分には問題ない。しかし、彼等にはもう一つ問題がある。

「温泉だろ?大浴場だし…お前大丈夫なのか?」

「…どうかな…」

アクトの身体には無数の酷い傷痕があり、その所為で普段共同浴場には行かない。

この温泉に行くとなれば、傷を他人に晒す事にもなりかねない。

しかし、アクトは言う。

「でも、たまには旅行とかしたい。いつも任務で遠征するだけだから、ちょっとくらい息抜きしたい」

当然の願いだ。そう思うのは皆同じで、勿論ディアも。

「後悔すんじゃねぇぞ」

「…行ってくれるのか?」

「たまにはこういうのも良いだろ。違う環境でヤるのも結構ぐはっ!」

肘打ちが入るが、その攻撃も愛情。

アクトは少し笑って、夕飯を作るために台所へ行った。

 

長期有休開始と共に、車を走らせ着いた場所。

大きな建物は和風で、レジーナの建物とは違う。

評判どおりきれいな庭と、広い畳の部屋に感動する。

「かなり良い所だな…」

「これが無料ですからね。福引当てて良かったです」

グレンとカイは部屋を一通り見回し、畳に座る。

少し変わった、しかし良い匂いがする。

「二泊三日をここで過ごすんですよね…グレンさんと二人っきりで…」

「最後が余計だ。…でも、居心地は良いな」

暫し和の空気に触れ、落ち着いた時間を過ごす。

しばらく経ってから、カイが不意にグレンの肩に手を伸ばす。

二人の距離が近づき、接するまで後数センチのところまで来て、

「失礼します」

仲居さんが現れた。

説明を聞いている間、カイはずっと(本当に失礼だ…)と思っていた。

 

その向かいの部屋には、アーレイドとハルが漸く到着し、荷物を置いていた。

「広ーい!庭もきれい!あ、池に魚!」

庭から見える池に鯉を見つけ、ハルははしゃぐ。

アーレイドはそんなハルを可愛いなぁと思いながら眺める。

「失礼します」

仲居さんの声にハルは我に返り、恥ずかしそうに座った。

「本日は旅行券利用のお客様のみが利用されておりまして、いらっしゃるのは四組様となっております。」

「それじゃ俺達のほかに三組いるってことですか?」

「はい。ですからトラブル等起こされません様…」

言われなくても他人とトラブルを起こす気などない。ハルが巻き込まれれば別だが。

それにしても他の三組はどのような者達なのだろうか。

「案外知り合いだったりしてな」

「そしたら面白いね」

冗談のつもりで笑いながら言うが、まさかそれが現実になっているとは思うまい。

そのためこの直後に驚愕が待っているのである。

 

少し遅れて到着したディアとアクトは、部屋に入って仲居さんの説明を受けた後、畳の上に倒れこんだ。

普段触れることの無い畳の感触が、アクトは気に入ったようだ。

「温かい」

「良かったな、寒がり」

「うるさい」

いつもの会話も、少しのんびりしたものになる。

任務は無く、時間はたっぷりある。この有休を有意義に過ごす条件は揃っている。

「俺達の他三組だから、風呂の心配もねぇな」

「あぁ、ちょっと安心した」

「クローゼットに浴衣入ってるってよ。着るか?」

「着て欲しい?」

「着ろ」

「…命令?」

会話だけが変わらず、空気はのんびり。

 

メインは温泉。そのために来たのだ。

今の時間なら誰もいないだろうと推測し、カイはグレンを誘って浴場へ向かう。

「…で、なんで浴衣持ってるんだ?」

嫌な予感がして、グレンは尋ねる。

「決まってるじゃないですか、グレンさんに着せる為です」

「着ない!」

「駄目ですよ。こういうところでは義務なんですから」

勿論そういうことは無いが、無意識天然さんには通じる時もある。

「…義務なら…」

「着てくれるんですね?」

カイが笑顔で尋ねると、もう頷くしかない。

脱衣場に入ると、すでに誰かの衣服が浴衣と一緒に置いてあった。

「あ、他の人いますね」

「別に問題ないだろう、普段から共同浴場だし」

確かに問題は無いが、カイは少しがっかりする。

二人きりが良かったのに、と思いつつ、服を脱いで浴場へ。

中はかなり広く、これほどの場所をたった四組で使って良いのかと思う。

身体を洗うために場所を探して辺りを見回していると、浴槽に人影を見た。

「…カイ、ここ男湯だったよな?」

「…そのはず、ですけど…」

さっき確かめたから間違いないとは思うのだが、湯に浸かっている後姿は女性に見える。

湯煙に阻まれていても分かる、色白で細い首筋。

動作から品の良い人物だと思われるが、そんなことはどうでも良い。

「間違えてはいないはずですよ。…でも、やっぱりまずいですね…」

「一度出るか。確かめてから…」

慌てて戸口の方へ戻り、脱衣場へ行く。

表示は確かに男湯だ。でも、中にいたのは。

「どうすればいいんですか?これって」

「俺に訊くな。後でもう一度来た方が良い」

置いてある服に手を伸ばしたところで、廊下へ出る引き戸が開く音がした。

直後響いたのは、聞き覚えのある声。

「グレンちゃんにカイ?!何でお前等ここに…」

「…ディアさん?」

思いがけない遭遇に、三人はしばらく固まる。

漸く話したのはディアだった。

「俺はアクトと二人で来たんだけど…お前等も?」

「そうですけど…あ、じゃあもしかして…」

カイはそこで気付く。彼なら女性に見えないことも無い。一度間違えた前科もある。

「アクトさんが先に?」

「あぁ、俺タバコ吸ってて…」

「…良かった…」

間違えてはいなかった。自分達も、中にいた人物も。

ディアは訳がわからず、立ち尽くしていた。

中に入って声をかけるとやはりあの人影はアクトで、グレンとカイの姿を見て驚いていた。

少し離れていたおかげで傷は見えなかったため、特に気にはしなかった。

身体を洗って湯に浸かると、思わず溜息が漏れる。

アクトはディアの陰に隠れて、傷が見えないようにしていた。

「お前等も福引か?」

「はい。偶然当てちゃって、ここに」

偶然に軽い感動を覚えつつ、温泉で癒される。

話をしながら笑う。

いつもと同じようで、いつもとは違う。

「さっきちょっと見てたけど、グレンって色っぽいよな」

「!」

アクトの発言に、グレンは紅潮した顔をさらに赤くする。

「アクトさん、グレンさんに絡まないでください」

「そんなに怒るなよ、カイ。おれは感想を述べただけなんだから」

「確かに色っぽいですけど、それを言っていいのは俺だけです」

明らかに遊んでいるアクトと、少し本気になるカイ。

グレンは呆れて溜息をつく。

「…カイ、調子に乗りすぎだ。アクトさんもやめてください」

そこにディアも参戦する。

「確かにグレンちゃん色っぽいよな。可愛いし…いってぇ!」

しかし、アクトに腕を抓られてそこで終わる。

「何すんだよ!」

「お前はそういうこと言うな」

ちょうどその時、脱衣場への戸が音を立てて開いた。

入ってきた人物と目が合い、再び驚愕の瞬間が訪れる。

「…アーレイドと…ハル…?」

「何で皆さんがここに…?」

偶然は怖い。謀ったように会わせる所が怖い。

結局六人での入浴となってしまう。

「福引福引って、何でここまで当たるんですか…」

「知らねぇよ。結局いつものメンバーになっちまったな…」

「カスケードさんとアルベルトとブラックがいないからいつものメンバーじゃないだろ」

「ブラックはいらない!いたら最悪だ!」

「カイさん、落ち着いてください」

「…アーレイド、これで三組だよね?」

話の流れを止めたのはハルだった。

確かにこの場にいるのは三組だ。あと一組いるはずだ。

その一組までもが知り合いなら、これは絶対に仕組まれている。

しかし福引でどうやって仕組むというのか。やはり偶然なのだろうか。

「…ラスト一組、カスケードだったりしてな」

「旅行券ペアなんだから、相手がいないですよ」

「それもそうか…」

不安の中、浴槽を出る。

アクトは最後に出るため、他の五人が先に脱衣場に行く。

全員が浴衣というのには驚いた。

「…どうやって着るんだ?これ」

「わからないで持ってきたんですか?わかる人は?」

「アクト」

この場合の対処法が見つからない。

他も曖昧でわからないのだ。

そこでハルが口を開く。

「おじいちゃんが着せてくれたからちょっとだけわかるけど…」

救世主の言葉に聞こえた。

しかし、結局はハルが混乱して着られなかった。

「…こりゃ駄目だな」

ディアが仕方なくアクトを呼びに行き、傷を見せないようタオルで隠しながら連れてくる。

それからすぐに着替え終わったアクトが他のメンバーの着付けを手伝い、あっという間に完了した。

「…姐御…」

誰もがそう呟いたのは、言うまでも無く。

 

浴衣ではしゃぐハルに、アーレイドの理性は飛ぶ寸前だ。

カイは「グレンさん色っぽい〜!」を繰り返し、グレンはその度に紅潮した顔を背ける。

ディアはアクトに触れようとして肘うちを喰らった。

偶然にも揃ってしまったメンバーは、各々でその状況を楽しんでいた。

「…あ、卓球!」

不意にハルが叫ぶ。

「卓球?」

「おじいちゃんが言ってたんだ、温泉なら卓球だって」

そういえばホールに卓球台があったような無かったような。いや、多分あった。

面白そうだということで、全員同意した。

「卓球ってやったことあるか?」

「無いですよ。…でも、やり方はわかります」

「ラケットとピンポン球借りてこなきゃ。アーレイド、行こう!」

「ハル、走るな!転ぶから!」

慌しく、玄関の傍のカウンターで道具一式を借りる。

従業員が道具を探している時に、後ろで仲居さんの声が聞こえた。

「いらっしゃいませ!お部屋はこちらになります」

四組目が来たようだ。アーレイドが客をちらりと見て、声が出なくなる。

「…あ、あ…」

「どうした?アーレイド」

「あの、今、見慣れた色が…」

「色?」

グレンは客の方に目を向けた。確かにそれは、見慣れた色。

ダークブルーの髪と、きらりと覗く銀色。

「カスケードさん!」

その名前を呼ぶと、彼は振り向き、

「グレン?!…と…お前等なんで…!」

驚愕を叫びに込めた。

それに続いてもう二人玄関から入ってきて、目を丸くする。

「フォース君たち…なんでここに…?」

「…こいつらこんなとこで何を…」

アルベルトとブラックが、こちらを見たまま動きを止めた。

 

「驚いたな、あれは」

湯に浸かりながら、カスケードは溜息をつく。

「本当ですね。すごい偶然です」

アルベルトはまだショックが抜けきれていない。

「またうざったい奴らが…」

ブラックはぶつぶつと文句を言っている。

三人は任務を終え、その報酬として一人分の旅行券を三枚貰ったのだった。

依頼人の親戚がやっている宿だと聞いたが、まさかそこにいつものメンバーが揃うとは。

「…いや、揃ってないか。ツキやクライスや…レディ達がいないな…」

「でもここまで揃うんですから、すごいですよ」

「どうでも良いんだよ、んなことは。ここまできてあいつらと一緒かと思うと…」

「ブラック、フォース君いて嬉しくないの?」

「黙ってろ馬鹿」

三人だけの大浴場はあまりにも広く、寂しい。

早々に切り上げて着替えた。

「ホールで卓球やってるって言ってたな。見に行くか?」

カスケードたちが浴場に行く前、グレンが言っていたのを思い出す。

「見たいです。…ブラックは?」

「…行ってやるよ。行けばいいんだろ」

カスケードからはただ単にブラックが素直じゃないように見えたが、実はアルベルトが半分裏バージョンになっていて圧力をかけていたことは本人達しか知らない。

それはともかく、早速三人はホールへと向かった。

 

ホールではハルのサーブが打ち返せないという問題が発生していた。

「…ピンポン球ひしゃげてるし…」

「ごめんなさい…自分の力をコントロールできなくて…」

「こう、軽く打つんだよ」

「お、やってるな」

ハルの怪力問題について議論と調整が行われているところに、カスケードたちが遅れて登場する。

「カスケードさん、浴衣似合うね」

アクトの言うとおり、確かにカスケードは浴衣を完璧に着こなしている。

大人の魅力を感じさせるのだ。

「着方わからなくてアルにやってもらったんだけどな」

「かっこいいですよ」

「軍の女の子が見たらなんて言うでしょうね」

誰もアルベルトに浴衣の着付けができたということについては何も言わない。

当のアルベルトも特に何も言わなかった。

「まぁ、それは良いとして…卓球やってるのか?」

「今ハルのサーブが大変なことになってて…」

そういうこともあり、結局試合が始まるまでにかなりの時間がかかった。

ペアを組んでの形式で、審判はカスケード。向かい合えば宣戦布告。

「負けませんよ。こっちにはハルがいるんですから」

アーレイドの発言通り、横にはハルがいる。

サーブは漸く安定したところだが、動き方次第では強い戦力になる。

「俺だって後輩に負ける訳にはいかないよ。…ですよね、グレンさん」

「…勝敗はどうでも良い」

グレンとカイの場合は長年の付き合いのために抜群のコンビネーションがある。

これが勝つためのカギになってくるだろう。

「じゃ…試合開始!」

カスケードの声とほぼ同時に、ピンポン球がバウンドして行き来する。

両チームとも良い動きだ。

「…グレンさん、勝敗どうでもいいって言ってたのに…」

アーレイドがつい呟くほど、グレンが強い。

ハルのファールもあり、結局グレンとカイが勝った。

「ごめんね、アーレイド…」

「ハルの所為じゃない…あの人が強いだけ」

早速優勝候補かと思ったところで、次の試合が始まる。

ディアとアクトのチームと、アルベルトとブラックのチーム。

コンビネーションのあるディアとアクトに比べれば、アルベルトとブラックは不利だと思われた。

「あれは絶対ディアさん達が勝つだろうな」

「でも…なんかアルベルトさんがいつもと違う…」

ハルはすでに異変に気付いていた。

その言葉にグレンもハッとする。

「…カイ、アクトさん達負けるかもしれない」

「え、何で…」

その時、一瞬だった。

ディアの打ったピンポン球が台の上で跳ねる音がしたかと思うと、猛スピードで返ってきて、

跳ねて、飛んだ。

後に残るのは、広い空間に響くテンテンテンという音。

そして、何が起こったのか把握できていないディアとアクトと、

鋭い目つきのアルベルト。

「…アル…お前…」

「ご、ごめんなさい…つい本気になってしまって…」

すぐに挙動不審に戻るが、ごまかせる訳が無い。

組んでいたブラックも呆れかえっている。

「…ディア、この勝負勝てない」

「俺も思った」

このまま続けると死ぬかもしれない。

ピンポン球ごときで人生を終えたくなかったら、ここから引いたほうがいいかもしれない。

誰もがそう思った。

これがきっかけで卓球は終了となってしまい、ちょうど夕食の時間になったために各自部屋に戻ることにした。

 

夕食後ののんびりとした時間を、集まって過ごす。

ただし、二手に分かれて。

カイ、ディア、アーレイド、カスケード、ブラックは相方について話し合っていた。

「…そしたらニアが出てきて言うんだよ。今日こそピーマン食べてよね!って…」

「それ、食べなきゃ駄目ですよ」

「ピーマンくらい普通に食えねぇのか?大佐サマよぉ」

「不良だってグリンピース食えないだろ」

「不良言うな!」

いつもとさほど変わらない会話。

ただ、話題にのぼる当人がいない所為か、内容は物凄いことに。

「グレンさんてば、ほんっとに色っぽいんですよ!ブラックになんか絶対やらない」

カイがブラックを睨みつつ言うと、ブラックは鼻で笑う。

「絶対?言い切れるのか、そんなこと」

「俺が守るんだよ。…とにかく色っぽくて可愛くて、感じてるのに強がったりして!」

何を思い出しているのか、カイは少し暴走気味だ。

「何で素直に声出さねぇのかって思うよな。…まぁ、アクトの場合そこがいいんだけど」

さりげなく惚気るディアとは対照的に、

「ハルはとにかく可愛いんです。キスしただけで眼潤ませて、それがすごくそそるんですよ」

アーレイドはとことんハルの可愛さを強調し、大胆に語る。

「そうそう、あの顔赤くした切ない表情がいいんだよ。俺の場合グレンさんの表情がだけど」

カイがアーレイドに少し違う方向で同意すると、ブラックが口をはさむ。

「そりゃあいいな。あいつを壊すときが楽しみだ」

「だからブラック!お前はグレンさんに近付くなって何度も言ってるだろ!」

そんな会話の中、カスケードさんが一言。

「…屈折してるな、お前ら」

こういう話にはついていけないカスケードなのであった。

 

一方グレン、アクト、ハル、アルベルトは向こうとはまた別の意味で相方について話し合っていた。

「カイがいつもいつも変なこと言って…」

文句を言いつつも、グレンの表情は嫌そうではない。

「アーレイドってばいつもはかっこいいんだけど、よく壊れちゃうんだ」

顔を赤くしながら、ハルが小さな声で話す。

「変なこと言おうが壊れようが、好きなんだろ?ならそれで良いじゃん」

姐御アクトがそう言うと、二人はさらに赤面する。

アルベルトは話に加わらずにいようとしたが、アクトがそうはさせない。

「アルベルト、ブラックのことどれだけ知ってる?」

「え、ブラックのことですか?」

まさかここでブラックについて訊かれるとは思わなかった。

少し考えながら、言葉にしていく。

「ブラックは強がってるけど、本当はすごくいい子なんです。お母さん思いで、僕のこともさりげなく庇ってくれて。

あんな過激なこと言ってるけど、本当は純粋にフォース君のこと好きなんですよ」

アルベルトの穏やかな口調で言われると、グレンはブラックの気持ちを改めて考えてしまう。

しかし、やはり自分が好きなのはカイだ。それはかわらない。

「アルベルトさん、俺は…」

「わかってるよ、フォース君の気持ちは。ブラックもわかってるんだけど、やっぱり好きっていうか…

結構可愛いところあるんだよ、あの子も」

ブラックのことを「あの子」と表現されると違和感があるが、アルベルトがそう言うとそんなに感じなくなる。

「アルベルトって、自分をブラックの兄だって意識してるのか?」

アクトの問いに、アルベルトは首を傾げる。

「どうでしょうね…でも、たった一回だけど兄貴って呼ばれたときはホッとしました」

「呼んだんですか?」

「うん」

一連の話を聞いていて、ハルはふと考える。

以前聞いた話では、アルベルトとブラックは兄弟であるにもかかわらず会ったばかりだという。

自分とアーレイドは結構長く付き合っているが、それほどまでの絆を持っているだろうか。

飛びついたりくっついたりしても怒らないアーレイドは、お兄さんのようで、でも違って。

やっぱり恋人なんだ、と思う。

抱きしめられたり、キスされたり、あんな行為もしたりして、それだけが絆ではない。

もっと強いものが、自分達にはあると信じたい。

誰にも負けないものなんだと、胸を張って言いたい。

「ハル、どうした?」

「ううん、なんでもないです。…ちょっと、アーレイドに会いたくなっちゃって」

「そっちにいるだろ」

「そうなんですけど…」

相方――それはきっと、傍にいて落ち着くものなんだと思う。

「そういえば、アクトさんの話し聞いてないです。」

「ヘタレダメサドの話したってつまらないだろ?」

「…ずるくないですか?」

だから、いつも傍にいたいのだろう。

 

一日目の夜、各部屋に静かな空気が流れる。

慣れない敷布団で寝て、慣れない天井を見上げる。

「グレンさん」

カイに名前を呼ばれ、グレンは顔だけをカイの方に向ける。

「何だ」

「この旅館、幽霊出るそうですよ」

「?!」

やっと目が慣れてきた暗闇でも、隣の表情は良くわかる。

青ざめて声の出ない、可愛い人。

「怖かったらこっち来て良いんですよ?」

完全に面白がっているカイを睨みつつ、グレンは布団をかぶる。

暗闇がいっそう増し、足元から何か出てきそうだ。

正直、怖い。

だからといって、面白がっている奴の言うとおりにはしたくなくて。

「…お前が来い」

聞きなれた声が聞きなれない言葉を言うのを、カイは一瞬聞き違えたかと思った。

しかし、声の調子はその考えを否定している。

「良いんですか?」

「何度も言わせるな」

強がる声に少し笑い、布団から出る。

再び暖かさを得、愛しい者を抱きしめる。

「…カイ、誰がこんなことしろと言った?」

「良いじゃないですか。…せっかくのシチュエーション、無駄にしたくないんです」

浴衣の合わせ目を緩め、そっと手を差し入れる。

それだけで体が小さく跳ねるのがわかった。

「今日ぐらいは…構わないと思いませんか?」

細い首筋にそっとキスを落とすと、いつもの声が返ってくる。

「…好きにしろ」

愛しい響きが夜に溶ける。

 

ベッドのようなやわらかさが無い敷布団では、なかなか眠れない。

眠気の降りてこない目で天井を見ると、怪しい影が見えるような気がする。

「…アーレイド、寒いからそっち行って良い?」

小さな声で語りかけると、隣の布団のスペースが少し空く。

もぞもぞと這ってそのスペースに入り込むと、強く抱きしめられた。

「…っ!苦しいよぉ…」

「ハル、まだ起きてられるか?」

不意に言葉が耳に届く。

小さく頷き、答えを返す。

「眠れないから…もう少し起きてると思う」

「わかった」

声と共に、身体の一部から温もりが消える。

布団を跳ね除け、体を起こし、身体は抱きかかえられる。

「ど、どうしたの?」

「外見てみろよ」

「…外?」

庭の見えるテラスの方へ目を向けると、

そこには、たくさんの「不思議」があった。

「…すごーい…」

思わず溜息が漏れてしまうような、光、光、光。

夜を照らす明るい球体が浮かび、その下にたくさんのミニチュア。

ふわふわと飛んで、ほろほろと光る。

「これなぁに?」

「冬蛍っていうんだってさ。夜起きたら見れるって、カスケードさんに教えてもらった」

他の奴には黙っておけよ、とこっそり伝えられた「不思議」。

「すごい…きれいだね…」

ハルは本当に喜んでいるようで、アーレイドも自然と笑みがこぼれる。

たくさんの光が庭を舞い、夜を飾っていた。

 

浴衣から覗く昔の思い出は、辛すぎる痛み。

わかっているから、そっと口付ける。

「敷布団ってのも新鮮だな」

「馬鹿」

軽口を叩きながら残す痕は、赤く染まった愛情。

傷なんかに負けないように、一心に注ぐ想い。

「ちゃんとセレスティアさんの言うこと聞いてるかな…」

「何が」

「ねぁー」

「…預けてきたのか」

放っておいても生きてそうだ、と行為とはほとんど関係ない話をする。

同じだ、いつもと。どこに行っても変わらない。

「…それ以上は浴衣が汚れる」

「んなこと気にすんじゃねぇよ、替えあるし」

「でも…」

「少しは甘えてもいいだろ。休みなんだから」

感じる刺激に反応してしまうのは、自分が拒否していないから。

自分が「甘え」を認めてしまっているから。

「…そうだな。休みだから…いいか」

甘い口付けは、闇を感じさせない。

 

一瞬、人影が見えた気がした。

それに気づいたのは自分だけで、同じ部屋で寝ているアルベルトとブラックは何も感じていないようだ。

「…幽霊出るなんて冗談、言わなきゃ良かったかな…」

独り言は闇にしか聞こえない。

こういうときにはいつも思う。「ニアがいれば」と。

もう一つ笑顔が、それも太陽のような輝きがあれば、もっと楽しかったかもしれない。

今でも十分楽しい。けれど、やはり物足りない気がする。

自分はいつまでこの思いを引きずるつもりだろう。

「大佐」

ふと我に返る。声は隣から聞こえていた。

「起きてたのか、アル」

「眠れなくて」

困ったように笑うアルベルトが、ゆっくりと体を起こす。

「誰かいましたか?」

「…そんな気がしただけだよ。」

「僕そういう話苦手なので、あまりしないで下さいね」

「苦手そうに聞こえないな、その口調じゃ」

月明かりが雲間から覗く。白い光が落ちてくる。

「ブラックも起きてるみたいですけど…寝たふりしてるので放っておきましょうか」

静かな時間が流れる。光は雲に隠れては覗き、覗いては隠れる。

その中で隠れもせず、ぼんやりと瞬くたくさんの灯火。

「…あれは…冬蛍ですか?」

「あぁ、アーレイドには言ったんだけどな。ロマンティックだろ?」

「そうですね…」

明日はどんな一日になるだろう。確信していることはただ一つ。

明日もきっと、笑って過ごせる。

 

朝食終了後、今日の予定を話し合った。

結局みやげ物店へ行く者と庭を見てまわる者に分かれてしまった。

「アル、いいのか?リアちゃんにお土産…」

「ぼ、僕が、そんな…受け取ってもらえる訳無いじゃないですか!だから庭で良いんです」

「…意気地なしの馬鹿」

カスケードとアルベルトとブラック、そして、

「俺もここで待ってる。土産とか見てもわかんねぇし」

ディアが旅館に残ることになった。

「そう。じゃあおれは見てくるからお別れだな」

アクトはセレスティアにお礼の品をと思っていたので勿論土産側。

「俺達はリアとラディアに何か買っていくか」

「そうですね」

グレンとカイも置いてきた女性陣のために土産側。

「アーレイド、ボクも何か見てくる!」

「じゃあ俺も行く。お前一人にはできないし」

ハルの希望によりアーレイドと二人で別ルートの土産側。

分かれたメンバーはそれぞれの目的に向かった。

 

グレンとカイ、そしてアクトの三人は近くの土産物屋で女性向の小物を選んでいた。

「リアにこの櫛なんかいいんじゃないか?」

「あ、いいですね。…ラディアにこのマスコットとか」

「幼すぎないか?」

順調に選んでいく二人とは少し離れて、アクトは布製の財布を見ていた。

この地方特産の織物で作られたもので、模様が豊富。

この中からセレスティアに一番似合うものをと思ったが、一体何が似合うのかがよくわからない。

「…あ、これねぁーに似てる…」

いくらなんでも預かり期間終了後までねぁーのようなものを持っていたくは無いだろう。

それ以外のものにしようと、暫く見ていた。

「アクトさん、決まりました?」

「いや、まだ。先行ってていいよ」

「それやったらディアさんに怒られるんですよ、ちゃんと見とけって」

「おれは子供か」

苦笑しながら、嬉しいと思う。心配してくれているということがわかると、ホッとする。

グレンとカイは会計を終え、店から出て待っていた。

「…ラディア、食べ物の方が良かったかな…」

「食べ物にするなら明日だな。今日は無理だ」

今頃二人はどうしているだろうか。一緒に買い物に行くとはしゃいでいたが、それはどうなったのだろう。

「女の子だけで買い物とか言ってましたよね。

リアさんとラディアとクレインとメリーと…シェリアちゃんとシィレーネちゃんか」

「それぞれ息抜きしてるんだな。…ここ最近は事件も続いたし…」

当然といえば当然のことだ。疲れたら休むのは生き物としての基本事項だ。

そして自分たちも、こうして。

「あ、そうだ。グレンさん、手出してください」

「手?」

不審に思いながらも、カイの言うとおりにする。

差し出した右手に乗せられたのは、小さな箱。

「…何だ、これは」

「お守りです。それはグレンさんの、こっちは俺の」

そう言って自分の分を取り出すカイを見て、グレンは呆れて溜息をつく。

「こんなもの買ってどうするつもりだ」

「それがグレンさんを守ってくれますように。…本当はこんなのに頼らずに、俺がちゃんと守るつもりですけど」

自信に満ちた笑みに、つい頼ってしまいそうになる。

けれども、グレンもまた、カイを守ると決めたから。

「ありがたく受け取るよ…頼りはしないがな」

「俺も頼りません。それは形だけです」

そんなことを話していると、アクトが店から出てきた。

持っている包みの数が多い。

「待たせて悪かったな」

「それはいいんですけど…なんですか?それ」

尋ねると、きれいな笑みが返ってくる。

「あの馬鹿に、頭が良くなるらしい守護石」

 

別ルートを回っていたハルとアーレイドは、変わった店を見つけた。

土産屋のようで、少し違う雰囲気が漂っている。

「なんかお店の中暗いねー」

「…あぁ」

一歩踏み込み、辺りを見回そうとすると、奥から獣の鳴き声がした。

明らかに、あの獣の。

「にゃー」

「?!」

その声に反応し、アーレイドは思わず後ずさりする。

自分の苦手なものがそこにあると察知し、店の外に出た。

「あ、ネコ!ここ、ネコ居るんだね」

ハルはのんきにそんなことを言っているが、アーレイドにとっては一大事だ。

ここでの買い物は不可能だ。

「ハル、ここはやめた方が…」

「えー?だめ?」

困った表情のハルに言われると逆らえない。

しかしネコは強敵だ。どうすればいいのか。

「じゃあ、ボク一人で入るよ。アーレイドは待ってて」

悩むアーレイドに、ハルが笑いかける。

解決策はそんなに考え込まない方が見つかるものだ。

「何かいいのがあったら買ってくるね」

「あぁ」

薄暗い店内で、品物を選ぶハルだけが輝いて見えた。

 

残り組は庭を見つつ、出されたお茶を飲んでいた。

この地方の名物である緑茶は、心を落ち着かせてくれる。

「いいなぁ、こののんびりとした感じ…」

「そうですねぇ…」

カスケードとアルベルトは和みモードに突入していて、帰ってくる気配が無い。

その脇でディアとブラックがなにやら言い合いをしている。

「ブラック、お前はグレンちゃんを諦めるべきだ」

「諦めたらアクトくれんの?」

「やらねぇよ!グレンちゃんにはカイがいるから諦めろっつってんだよ!」

「単純だな、お前。すぐキレて…」

「このクソガキ…!」

こちらに和みなど存在しない。いつものように戦いが繰り広げられるだけだ。

もっとも、ブラックは相手がカイ以外なら本気で戦ったりはしない。

いや、もう一人いた。

「ブラック、落ち着きなよ…お茶飲む?」

「いらねーよ!状況読めよこの馬鹿!」

「酷いよぉ…大佐ぁ〜、ブラックがまた馬鹿ってぇ〜…」

アルベルトには本気で向かわないと、後が怖い。

彼の両面を知っているからこそ、そう思う。

「黒すけ、兄貴苛めるなよ」

「兄貴じゃねーって!テメェもしつこいんだよ!」

こんな戦いの中でも、居心地がいいと思ってしまう。

それが今の自分の弱点で、今の自分を支えるものにもなっている。

「…遅いな、グレン」

「グレンちゃんしか待ってねぇのかよ」

想う者があるから、ここにいたいと思う。

 

To be continued…