本日は絶好の外出日和なので、買い物にでも行きましょう。
晴れ渡る空の下、自宅を出て行く二人組。
自宅といっても寮なのだが、その辺は置いといて。
鍵をかけたのを確認すると、彼らは街の方へ歩いていった。
二人のうち、背が高くて左頬に大きな傷がある方がディア。
背は低くて綺麗な金髪を持つ女性のような顔立ちをしている方がアクト。
二人はこのエルニーニャ王国の軍に所属する軍人で、今日は仕事が休みのために久々に二人で街へ出かけることにしたのだ。
「何買うんだ?」
「夕飯の材料とか」
「所帯じみてんなぁ…」
ディアはそう呟いて、周囲を見渡す。
多くの人が買い物を楽しんで、笑いながら歩いている。
それぞれが充実した時を過ごしているように見える。
たまに見覚えのある人物が通るが、気付かれると面倒なので避けるように歩く。
やはりプライベートくらいは上司との関わりを避けたいところだ。
「…挙動不審」
ディアのあまりに警戒した行動に対してアクトがぽつりと言った言葉は、当の本人には聞こえなかった。
目当ての店まで来ると、アクトが夕飯の材料を選び始める。
慣れたもので、良いものを素早く選びながらカゴに入れていく。
「晩飯は?」
「ハンバーグとポテトサラダ」
「珍しいな、肉メインって」
「たまには良いだろ?」
寮には食堂もあるのだが、アクトは部屋から出るのをあまり好まないために自分で食事を作っている。
ディアはどちらかというとアクトの手料理の方が好きなので、何ら問題はない。
何故か今日は少し贅沢しようと思っているようで、肉も高いものを選ぶ。
ディアはアクトがいろいろカゴに入れていくのをただ見ているだけだった。
会計を済ませて、重そうな袋を下げて店から出てくる。ただし、持っているのはディア。
二人で買い物に来たときは常にディアが荷物持ちだ。
アクトが華奢だからとかそういう問題ではなく、ただ単に重いものは持たされているのだ。
アクトは手ぶらでまた街中を歩き出す。
買わなければならないものは全て買ったので少し余裕が出来たのか、足取りが軽い。
金髪が光を反射して、その綺麗な輝きを十分に見せつける。
「ディア、欲しいものある?」
思わず見惚れていると不意に声をかけられ、危うく荷物を落としそうになる。
慌てて取り繕って、言葉を繰り返した。
「欲しいもの?」
「そう。…少し余裕あるから、買ってやっても良い」
普段滅多にこんなことは言ってくれない。
よほど機嫌が良いのか、珍しく笑顔も見せている。
ディアはしばらく考えて、一つ思いついた。
「じゃあ…あれだな」
その視線は、よく行く場所に向けられていた。
薄暗い店内にはいくつもの瓶が並べられ、一つ一つに内容物の詳細が記されている。
たくさんの瓶の中にはその表示が簡易なものもあるが、それは大抵安物だ。
店の主人は常連の出現に目を細めた。
「いらっしゃい」
「どうも」
「よぉ」
簡単な挨拶を交わして、店の奥に進んでいく。
ディアは瓶を手にとって表示を読み、慎重に選んでいく。
「こっち…よりはこっちの方が良いよな」
「これは?」
「それじゃねぇよ。それならこっちの方が断然良いって。」
「…酒のことになるとうるさいんだから」
アクトは呆れたようにため息をつくが、そのあと少し安心する。
こうして一緒に買い物ができる――つまり傍に居られるということは、本当に大切なことだ。
六年前に初めて出会って、それからずっと一緒に過ごしてきた。
何度か喧嘩もしたし、仕事の関係で離れ離れになったこともあった。
もう会えないのではないかと本気で思ったこともあった。
今一緒に居られるということは、本当に幸せなこと。
それを解っているからこの時間を大切にしようと思う。
表情が少し嬉しそうに見えたので、ディアは不審そうにアクトの顔を覗き込んだ。
「何かあったのか?」
「…何かって?」
「ニヤけてるから。後が怖い」
「ニヤけてないし、後にも何も無い」
ディアの態度に少しムッとしながらも、アクトの表情は嬉しそうなまま。
首を傾げつつ、ディアは瓶を一本選んでアクトに渡した。
二人で歩く帰り道は、まだ人が賑わっている。
買い物袋も酒瓶もディアが持っていて、アクトは相変わらず手ぶらだ。
荷物を持っていても片手は何とか空いている。
「アクト」
隣を歩く者の名を呼ぶ。
アクトはディアの方を見ずに答える。
「何」
答えてから少しの間があって、ディアの視線が定まらない。
漸く口を開いて、呟くように言う。
「手、繋がねぇ?」
アクトはそこで漸くディアを見る。信じられないような言葉が聞こえたから。
いつもならディアはそんなことは言わない。言うのはいつもアクトの方から。
それが今、自分ではない声で自分に言われた。
「荷物は片手で持てるから、片手空くんだよ。…そうすっと落ち着かねぇから」
珍しいこともあるものだ。普段図々しいほどに言葉を吐いているディアが、これだけ言うのに照れている。
アクトは少し笑って、けれどもすぐに表情を戻して、ディアの手をとった。
しっかり握り締めて体温を感じ、握り返してくる感触に安心感を得る。
傍に居ることは当たり前のようで、けれども実は奇跡のような確率だ。
この世界の全ての人間の中で自分達二人が出会う確率は、気が遠くなるほどに低いはずなのに。
それでもこうして手を繋いで、寄り添える。
天文学的数値はすでにどうでも良い。ただ、この奇跡と運命に感謝して。
「ディア、…誕生日、おめでとう」
「…そうだっけ?すっかり忘れてた」
二人でこの道を歩いていこう。
ずっと一緒に居られますように。