十五歳の夏、商店街にて。

照りつける日差し、光を反射してキラキラと光る道路。

その上を歩く人々の中で、談笑しながら行く。

「暑いねー」

「暑いな」

「どこ行こうか」

「…決めてなかったのか?」

笑いながら、呆れながら、楽しそうに歩いていく。

そんな、誕生日。

 

ダークブルーの髪と海色の瞳を持つ背の高い少年と、太陽の光に透けて緑の輝きを見せる髪とそれと同じ瞳を持つ少年。

彼らはこのエルニーニャ王国の軍に属している。

今日はたまにしかない休み。そして、

「ねぇ、今日は何か買ってくれるんでしょ?」

「あぁ、誕生日だからな。好きな物一つだけ買ってやるよ」

緑の髪の少年――ニアの十五歳の誕生日。

「何にしようかなぁ…なるべく負担かけないように…」

「んなこと気にすんなって。せっかくの誕生日なんだから」

「…ありがと、カスケード」

ニアはダークブルーの髪の少年――カスケードに笑いかける。

夏の太陽にも負けないくらいの、眩しい笑顔。

 

ある一角で人が賑わっていた。

女性や子供ばかりで、たまにカップルと思われる者も見受けられる。

「この前開店したばかりのアイスクリーム屋さんだよね」

「混んでんなぁ…どうする?」

「え?」

カスケードの問いに、ニアは首を傾げる。

「どうするって…」

「食ってくか、ってこと」

ニアは少し考え、

「おごってくれる?」

と返した。

「良いけど…」

「これが今年のプレゼントってことで。一緒に食べようよ」

「…もったいなくないか?」

「もったいなくなんかないよ」

ニアはくるりと半回転する。機嫌が良いのだ。

カスケードの方に手を伸ばし、行こう、と誘う。

「…後悔するなよ」

手をとると引っ張られた。子供に戻れそうな感覚。

 

五年前からニアはちっとも変わっていない。ずっと同じ笑顔で一緒にいる。

変声期が来ていない声も、仕草の一つ一つも。

身長は伸びたが、カスケードのほうが成長が早かった所為かあまり意識することはない。

そういえば、初めは同じくらいの身長だった。ニアの方が少し高かったほどだ。

けれどもいつのまにか追い越して、気がつけばカスケードの方がはるかに背が高い。

自分は変わった。でも、ニアは?

カスケードとしては、ニアは変わって欲しくない。今までのように、自分に笑顔を見せてくれる存在であってほしい。

この笑顔に何度も救われたから。この笑顔に何度も勇気を貰ったから。

この笑顔に、自分が軍人としてどのようになりたいのかを見出せたから。

「カスケード」

「ん?」

「まだ一時間くらい待たなきゃいけないみたい。だいぶ混んでるみたいだからまた後で来ようよ」

「あぁ…そうだな」

歩き始めて気付く。自分達の歩幅が広くなっている。

やはり、変わったのだ。自分も、ニアも。

「…どうしたの?」

不思議そうに尋ねるニアに、カスケードは笑顔で返す。

「なんでもない。…で、どこで暇つぶそうか」

歩き慣れた商店街の道は、五年前とは変わらない。

隣の不思議そうな笑顔も、五年前とは変わらない。

 

涼しげな飛沫が水の奏でるメロディーに散る。澄んだ冷たさに遊ぶ幼い子供達のはしゃぐ声が公園に響く。

本日も大盛況となった水場を見ながら、木陰のベンチに二人で腰掛ける。

「小さい頃さ」

ニアが不意に語りだす。カスケードは視線をニアへやり、耳を傾ける。

「お休み貰う度にここに来て遊んだよね」

「そうだな…」

十歳で軍人になった二人には、「仕事」はまだ重いものだった。

子供だった二人は休みの度に公園へ来て、「普通の子供」に戻った。

春には花を見て、秋には紅葉を見て、冬には雪を見た。

そして夏は――

「カスケード、久しぶりに遊ぼうよ」

「へ?」

ニアの言葉に、カスケードは思わずおかしな返事をしてしまう。

「遊ぼうって…今俺達いくつだよ」

「十五歳。…まだ子供でもいいと思わない?」

そう言ってニアはにっこり笑う。

勝てない。昔からどうしても勝てない。

いつだってこの笑顔には勝てる気がしなかった。

公園の片隅に咲く向日葵のような奴だと、初めて逢った時から思っていた。

けれどもそれを言ったとき、ニアは言った。

「それはカスケードの方だ」と。

今はどうなんだろうか。

カスケードはニアを向日葵だと思い続けている。

ニアは今でもカスケードを向日葵だと言ってくれるだろうか。

「ね、遊ぼうよ」

自分の手をとり引っ張って水場まで行き、靴を脱いでつま先で触れる水の冷たさに声をあげる。

近くにいた子供に声を掛けられれば、優しい表情で応える。

「僕とカスケードみたい」

子供が遠ざかった後に言う。

「俺とニア?」

「一緒にいて、仲良さそうで。一生の親友になるかもね」

「何でそう言いきれる?」

「だって僕達がそうでしょ?」

水飛沫の向こうで笑顔が咲く。いや、輝く。

「ニアってさ…」

「ん?何?」

カスケードは言いかけるが、少し笑ってやめた。

「なんでもない」

「もう…何さぁ〜」

ニアは少し不満気な表情を見せるが、すぐに笑顔に戻る。

――向日葵はやっぱり俺かもな。

カスケードは思う。公園の向日葵が見ているものを、自分も見ながら。

明るく輝く、全てを照らす太陽を。

 

アイスクリーム屋に向かう途中、ニアがふと立ち止まる。

店のショーウィンドウを見て動きを止めていた。

「どうした?」

カスケードが引き返し、ニアと視線を同じくする。

ニアが見ていたのは、巨大で美しい輝き。

「カスケード、これ見て来て良い?」

「…良いけど…」

まさかと思う。たとえそのまさかが的中したとしても、これはニアに扱えるような代物にはとても見えない。

「すみませーん、そこにあるの見せてください!」

大きな刃に芯の通った柄の埋め込まれた、大剣。

「わぁ…すごいなぁ、これ…」

憧れの眼差しでそれを見つめるニアは、おもちゃを見る子供のようだ。

もっとも対象物はおもちゃとはかけ離れた物であるが。

「それが気に入ったかい?」

店主が嬉しそうに目を細めている。

「はい!…これ、僕でも使えると思いますか?」

ニアの細身に巨大な大剣。無理だろ、と思うカスケードだが、店主は違った。

「使えると思うよ。ちょっとコツを掴めば良いんだ」

コツってなんだよ、と心の中でツッコみつつ、大剣に触れるニアを見る。柄を握ったり放したりして、感触を確かめている。

その様子を眺めていた店主が口を開く。

「あげようか、その剣」

カスケードは目を丸くして店主を見る。ニアも同様にして、訊き返す。

「あげようかって…」

「そのままの意味だよ。それは元々売り物じゃないんだ」

店主は歩いて近付き、大剣の柄を握り締めた。そして両手で持ち上げ、刃の表面を撫でた。

「これは私の親友の形見でね…これを作り上げた直後に逝ってしまった。以来私はこれを手放さなかった」

「…大切なものなんですね」

カスケードが言うと、店主は頷く。ニアが慌てて

「そんな大切なもの、どうしてあげるなんて言うんですか?」

と訊く。

店主は微笑んで、窓から空を見上げた。

「あいつが…友が君に渡すようにと言っているような気がするんだ。

もしかすると、これは君のために造られたのかもしれない」

大剣が店主からニアの手へと渡る。

体型とは不釣合いなのに、収まるところに収まったという感じがする。

「貰ってほしい。あいつの最後の作品だから、相応しい人に使ってほしいんだ」

柄を握り締めるニアの手に力がこもる。目は真っ直ぐ店主の方に向けられ、

しっかりと、頷いた。

 

先ほどよりはずっと空いているアイスクリーム店で、二人でバニラアイスを注文する。他の味はとうに売り切れていた。

「ねぇ、カスケード」

プラスチックの小さなスプーンを持つニアの手が止まる。

「僕、あの大剣使えるかなぁ?」

店にいたときとは違う、不安そうな表情。

「何だよ今更」

「だって、ご主人の親友さんの最後の作品だよ?僕なんかが使って駄目にしちゃったら…」

「ニア、そんなことないって」

「それにご主人も本当は持っていたいんじゃないのかな。ずっと手放さなかったんだし…」

確かにそれはそうだと思う。

親友の形見をずっと持っていたのは、その人が大切だからだ。心から大切だと思う人だからだ。

それなのに大切な人の残した大切な品を見ず知らずの他人に譲った。

渡されたニアが不安がるのも当然だろう。

「でもさ、ニア」

残り少なくなったアイスクリームにスプーンを突っ込む。

「そういうものをニアにくれたってことは、あの人ニアのこと信じたんだぞ」

「信じた?」

「そう。この人なら絶対大切にしてくれる!って。親友って人もそう思ったから、ご主人に伝えたんだよ」

溶けて液体化したバニラ味を、口に運ぶ。

「大切に使わせてもらえ。それがお前の義務だ!」

自信満々に言い切るカスケードを、ニアは目を丸くして見ている。

ニアはカスケードのこういうところが好きだ。

いつでも自分の信じたほうへ突っ走って、それがどういう道のりでも、最後には正しい場所へ辿り着く。

だから信頼できる。だから一緒にいたいと思う。

「僕の義務…か」

空っぽになったカップを、店の前の屑篭めがけて放る。

「そうだね、僕は使わなきゃいけないよね。…呼んで、選んでくれたんだから」

屑篭の中から、からん、という音が聴こえた。

「帰ろうか、カスケード。…今日は本当にありがとう」

いつもの笑顔が、夏の空よりも眩しい。

「…ニア、手繋ごうぜ」

「手?」

カスケードの提案に、ニアは首を傾げる。

「そ、昔みたいに、さ。…たまには良いだろ?」

無邪気な笑顔と差し出された手は、昔より少し大きい。

「子供みたい」

「まだ子供でも良いんだろ」

握り合う手は少し汗ばんでいたけれど、それもまた懐かしい。

笑いあう二人は、何一つ変わらないまま。

 

寮に戻ると、大剣が先に到着していた。

寮母のセレスティアにそれを渡されたとき、ニアは決意に満ちた瞳をしていた。

「明日から訓練しなきゃ。使いこなせるようになるんだ」

「がんばれよ」

「うん」

カスケードに頷いた後、ニアはふと考える。

「…カスケード、もし、僕が…」

「ん?」

不思議そうな海色を向けられ、ニアは少し間をおいて首を横に振った。

「…ううん、なんでもない。また後でね」

「?…あぁ」

重く大きな大剣を引きずるように部屋へ運ぶ。一組の親友の想いが込められた輝き。

もしニア自身がこれを使えなくなったとき、カスケードはこの剣を継いでくれるだろうか。

継いでくれるといい。親友として、大切にしてくれるといい。

この想いの連鎖が、いつまでも続いてくれるといい。

「ずっと…親友だよね?」

こう言えば、きっと当たり前だろ、と返してくれるだろう。

ずっとそうだといい。そうありたい。

「ニア!」

声に振り向くと、そこにある笑顔。

「重いだろ?俺も手伝う」

「ありがとう」

これからもずっと、こうして側にいて欲しい。

 

「今日の夕食なんだろうな」

「ピーマンも食べなきゃ駄目だよ?」

「…どうしても?」

「どうしても」