知らなかったんです。まさかそうとは思わなかったんです。

とてもショックだったのは、私だけじゃないはずです。

…だよね?

                                リア・マクラミー中尉

 

 

「合唱コンクール?」

突拍子も無く奇妙な計画を立てる上司に、良くあることとはいえやはり頓狂な声があがる。

「どっちかっていうと集団カラオケに近いな。グループ対決で、それなりに賞品も用意してるぞ」

唖然とする一同に手際良くプリントを配るカスケード。

この人は何故こんなことばかり思いつくのか。普段仕事の効率よい進め方は、全て部下に任せているというのに。

「じゃ、テキトーに組んでくれ」

「強制参加かよ」

「当然」

ディアがツッコみ、返ってくる答えに呆れる。苛立ちを覚えることでさえ疲れる。

再び文句を言おうとしたが、その場の空気はラディアによって一転した。

「面白そうですね!私やりたいです!ね、リアさん」

歌が大好きなラディアはやる気マンマンだ。

誘われたリアも少し考えて、

「…そうね、面白そう。私も参加します。カイ君とグレンさんもやりましょうよ」

リアが笑顔で二人に話し掛ける。

「悪いが俺は」

「勿論ですよ。ですよね、グレンさん」

いつもの四人組は参加が(ほぼ強制的に)決定した。そして、他のメンバーも。

「まぁ、悪い企画じゃないわね。歌は嫌いじゃないし」

「楽しそうですわ。ツキさんもフォーク君を交えて参加してはいかがですか?」

「あ、それ良いな」

「フォークが出るんならオレも!」

クレイン、メリテェア、ツキ、クライス、フォークまでもが参加することになり、

「やってみませんか?せっかく大佐が提案してくれたんですし…」

「アルベルトがそこまで言うなら、おれもやる」

アルベルトとアクトが参加表明、

「マジでやる気かよ」

「オレは絶対やらねーからな」

「じゃ、アルとアクトと不良と黒すけな」

「俺まで入れるんじゃねぇ!つーか不良言うな!」

「オレやらねーって言っただろ!黒すけって呼ぶんじゃねー!」

強制的にディアとブラックも参加が決定する。

「アーレイド、ボクもやりたい!一緒にやろう!」

「でも俺たちだけじゃ人数が…」

「それなら問題ない」

ハルが落ち込むより先に、アーレイドの隣から声が聞こえる。

「俺がいる」

「カスケードさんも参加するんですか?」

「言い出しっぺだしな。…クリスもやるだろ?」

カスケードはそれまで我関せずの態度をとろうとしていたクリスに声をかける。彼は呆れた笑みで

「どうせ拒否しても無駄なんでしょうね」

と言った。

アーレイド、ハル、クリスの参加も決定し、これで一段落かと思われた。が、アーレイドが重大な事実に気付き、慌てた。

「ちょっと待ってください、カスケードさんも参加したら審査はどうなるんですか?」

しかし当のカスケードは待ってましたという表情で答える。

「ちゃんと審査は居るぞ。シィちゃんとシェリーちゃん」

名前を挙げられたシィことシィレーネはカスケードの大ファンで、シェリーことシェリアはカイに想いを寄せている。

これじゃ審査になりそうもないが、他に人がいないので誰も何も言わなかった。

 

かくして、賞品巡っての合唱コンクール()は企画されたのだった。

 

「賞品、休暇らしいですよ」

カイが仕入れてきた情報を伝える。

滅多に休みの無い軍で、休暇は魅力的な賞品だ。

特に最近はデスクワークが多いため、それが苦手なメンバーにとってはまさにありがたい。

「というわけで本気でいきますよ。俺休み欲しいし」

リアと一緒に選んだ楽譜を、カイが机に上に置く。

ラディアはそれを嬉しそうに手に取り、そのまま歌いだした。

「やっぱりラディアちゃん上手ね。私にも教えて?」

「はい、頑張ります!」

リアの言葉にラディアはにっこり笑い、二人は先に練習を始めた。綺麗な声が部屋に響く。

これならいけそうだ、とカイも安堵の笑みを浮かべ、自分達も練習しようとグレンの方を向いた。

「…グレンさん、どうかしました?」

グレンだけが浮かない顔をしている。寧ろ少し不機嫌そうで、具合が悪そうだ。

「大丈夫ですか?」

「ごめんなさい、無理に参加させてしまって…」

一旦練習を中断し、リアは申し訳なさそうに言う。

「いや、リアの所為じゃない。…ただ…」

「ただ?」

ラディアの反復から少し間をおき、グレンは息をつきつつ言う。

「…歌いたくないんだ」

「どうしてですか?」

「…どうしてもだ」

何故かはわからないが、グレンは頑なに歌うことを拒否している。

ただ単に恥ずかしいからかと思い、カイはグレンの肩を軽く叩く。

「そんなに深刻にならなくて良いですよ。

さ、練習しましょうよ。グレンさん、この音出してください」

音合わせのために借りてきたキーボードで、カイはグレンを促す。

グレンはしぶしぶ従い、小さく声を出した。

が、小さくともそれは十分目立った。リアは目を丸くし、カイは思わず動きを止めた。

「…グレンさん、この音…ですよ?」

リアがカイに代わってキーボードを弾き、グレンにもう一度声を出させる。

が、どうも違うのだ。

「ドレミからやってみたらどうですか?」

「そ、そうね。グレンさん、ついてきてください」

リアはドから順に音階を示していくが、高くなるにつれてグレンの発する音は違和感を持つようになる。

カイとリアが何も言えずにいると、ラディアはあっさりそれを破った。

「グレンさんって音痴だったんですねー」

空気は一瞬にして凍りつく。ラディアだけが無邪気な笑みを浮かべていた。

 

テキトーに思いついた企画がここまで発展し、強力なメンバーも手に入った。

カスケードは自分が休めるであろうことを六割方確信しながら、他のメンバーを見てまわっていた。

「おーい、調子どうだ?」

「どうだじゃねぇよ」

ディアたちのグループは問題が発生しているようだ。当然と言えば当然だが。

「ブラックが歌わなくて、なかなか進まないんです」

アルベルトが困った顔で訴える。ブラックはその横でそっぽを向いていた。

「嫌なのか?黒すけ」

「お前が無理矢理やらせたんだろーが」

歌わないのはブラックだけらしい。ディアは結局参加しているようだ。

「不良、音痴だったりして?」

「んだとコラ」

「ディアは意外と歌上手いんだよ、カスケードさん」

アクトは何故か少し得意げだ。

「アルベルトも綺麗に声出るし、後はブラックだけ。歌えば絶対いいセンいくと思うんだけど…」

「歌わねーって言ってるだろーが!」

ここはまだまとまっていないようだ。

このままでいてくれれば休暇は自分のものだと、カスケードは心の中でガッツポーズした。

その後はツキ達を尋ねることにした。ここはきっと手強いだろう。

「やってるか?」

「カスケード…まぁ、なんとか」

ツキとクライスはフォークに教えてもらいながら歌っているらしい。カスケードに応えている間も、フォークの指導が入る。

「お兄ちゃん、次歌って。さんはいっ」

どうやら忙しいらしい。

クレインとメリテェアも奥で練習していた。ハモリが素晴らしく綺麗で、強敵だな、と感じずにはいられない。

不安を覚えながら、カスケードはその場を後にした。

グレンたちを訪ねようとしたとき、ドアの向こうから議論の声が聞こえた。

声の調子から察するに、深刻な事態のようだ。

「どうした?何かあったのか?」

「あ、カスケードさん…」

リアが真っ先に応対し、実は…と話し出す。

「ちょっと問題が発生しちゃって…」

「問題?」

「はい」

リアはグレンをちらりと見た。

カスケードはそれでグレンに何かあったのかと思い、近付いていった。

「グレン、喉痛めたか?」

「いえ、そういうわけじゃ…」

「違いますよ。グレンさん音痴なんです」

ラディアがあっさりと結論を言ってしまう。

リアとカイはその場で固まり、カスケードは口が開いてしまった。

「…え?グレンが?だって昔ピアノとかバイオリンとかやってたってお前の父さんが…」

「グレンさんは習い事より木登りの方が好きなんです。だから身につかなくても当然と言えば当然ですよ」

「…悪かったな。大体俺は楽器はやっても歌いはしなかった」

意外にもこのグループは苦戦しているようだ。まさかグレンに問題があるとは、全く思いもしなかった。

「で、どの程度音痴なんだ?」

「矯正不可能な音痴です」

またしてもラディアがさらりと暴露し、グレンは余計に落ち込んだように見えた。

カイとリアもフォローしきれないようで、言葉が無い。

「…まぁ、がんばれよ。まだ時間はあるからじっくりと…」

流石のカスケードも、それしか言えない。

それから自分達のグループに戻り、見てきたことを話した。

「…意外ですね」

アーレイドも驚いているようだった。クリスは笑っていて、ハルは心配そうだった。

「なんか可哀相だね、グレンさん。虐められてるみたい」

「ラディにか?」

「ううん、カスケードさんに」

「え、俺?」

ハルの言葉に、カスケードは首をかしげた。

「何で俺なんだ?ハル」

「だって、企画したのカスケードさんだから」

そんなこと言われても、とカスケードは戸惑うが、さらにアーレイドが追い討ちをかける。

「確かにカスケードさんにも責任はありますよね。

…あの場で強引にグレンさんの参加を決めたのはカイさんでしたけど」

「面白いですね。意外な人が音痴だったり、カスケードさんが責められたり…」

クリスはそう言って笑う。

カスケードは深く息をつき、頭を抱えて壁に寄りかかった。

「…どうすれば良い?やめればいいのか、この企画」

アーレイドとハルは顔を見合わせる。答えがすぐには出ないようだ。

しかしクリスがあっさりと結論を出した。

「面白そうだからやめなくても良いんじゃないですか?ボクは意外な音痴見てみたいです」

ダークな理由だが、カスケードをいつもの状態に戻すには十分だった。

壁から離れ、右手を拳に作ってガッツポーズを決める。

「そうだよな、クリス!やめなくても良いよな!よっしゃあ、練習して休み取るぞー!」

一瞬でもしんみりした自分が馬鹿だった、とアーレイドは思った。

 

さまざまな問題を抱えながら、本番は訪れた。

あれ以来他のグループのことは知らないが、あまり問題は無いだろうとカスケードは思っていた。

全員が集まり、司会者がそれを確認してマイクのスッチを入れる。

「さぁて!始まりました、合唱みたいなコンクール!

今日までたくさん練習してきたと思いますけど、皆さん十分に発揮してくださいね!

司会は私、シィレーネ・モンテスキューが務めさせて頂きます!」

明るいアナウンスのあとは、いよいよ本番だ。

一番はツキ達らしい。

「出来栄えは?」

「上々」

カスケードの問いに、ツキは不敵な笑みで応えた。

そしてそれは強がりでも過信でも何でもなく、そのまま歌に表れた。

メンバーが完全に調和している。

クレインとメリテェアのハモリは初めに聴いた時よりもさらに良くなっているし、フォークとツキとクライスも練習の成果あってか安定した響きを持っている。

まさに強敵だ。

歌い終えた後、司会が暫くぽかんとするほどに。

「…素晴らしいですね!シェリーさん、どうですか?」

「うん、何か綺麗だった」

シィレーネの隣に座っていたシェリアも頷く。文句なし、だ。

次は問題のあったグループその一。

ブラックは結局歌うのかどうか、それにかかっている。

「…行くってことは歌うのか」

「口パクかも知れませんね」

そんなことを話していたが、心配はどうやら解消されていたようだ。

それぞれでソロパートを設けていたこのグループは、一人でも歌わないと成立しない。

はじめにアクト、それにアルベルトが続いた。次にディアが歌ったが、これは皆意外だったらしい。

「ディアさん絶対歌えない人だと思ってたのに…」

「人は見かけによらないな」

そして、問題のパート。ディアに続いてブラックが歌うはずだ。

メロディーは途切れなかった。

それどころか、安定した綺麗なメロディー。歌えばブラックも普通の青年だ。

「黒すけやるじゃん」

「ブラックのくせに…」

ブラックと仲の悪いカイはあまり認めてはいないらしい。

歌い終えて、次はカスケードたちの番だ。

「期待してます、カスケード大佐!」

「サンキュ、シィちゃん」

「アーレイド、がんばろうね!」

「…頑張ることなのか?これって…」

歌い始めると、声のバランスが良い。

ほぼ大人の声だが、その中に少年っぽさや幼さが混じって、可愛らしい。

ギャップが生じるかとも思われたが、意外にも中和しあって綺麗な響きを持つ。

「カスケードさんたち上手だね、ラディアちゃん」

「そうですね!…で、私たちは大丈夫なんですか?」

「…大丈夫。何とかなるよ」

リアは笑顔でそう言った。

カスケードたちが歌い終えてすぐ、リアとカイがグレンを引っ張って連れて行った。

ラディアがそれに続き、準備は完了する。

「…いきますよ、グレンさん」

「好きにしろ」

無理しないで普通に歌ってくれれば問題ないです、とカイは言った。

だから、いつものとおり歌うしかない。

たとえ物凄く音が外れても。

グレンは少し自棄になって口を開いた。

 

特に問題なく聴こえたのはカイによるドーピングの所為が七割、リアとラディアのカバーが二割、

後の一割は、自棄になったためか少し直っていた本人の音程。

 

「決めかねますね。…というより、決める必要なさそうですね」

シィレーネはこう審査した。

「…審査になってないよな、それ」

「審査してませんから」

今度はシェリアがそう言った。

当然一同は目が点になる。

「え、それって…」

「どういう…」

「簡単なことですよ。下りなかったんです、許可」

シェリアによると、賞品である「休暇」は忙しいために許可が下りなかったそうだ。

こんな時に休まれると、仕事が捗らない。

「…何かの間違いじゃ…」

「まちがいじゃないですよ」

「だって俺が許可とって…」

「許可願は受理されませんでした」

何のためにこんなことをしたのだろうか。

特にやりたくも無いのにやらされたものの立場は、休暇を楽しみにしていたものの願いは、一体どうなってしまうのか。

「…カスケードさん…」

「いや、俺が悪いんじゃない。のってきたのはお前等だし…」

「ちゃんと許可を確認してからやってくださいよ、こういうことは!」

「苦労を返せ、苦労を!」

 

結局休みは無し、カスケードの仕事は全員が少しずつ押し付けたために増え、他はいつもと変わらず。

ただ一人フォークだけは軍に関しては部外者なので、一人のんびり過ごしていた。

「むむぅ…みんな大変だねー」

 

こうしてまた、いつもの日々が始まる。

いつもと変わらない、仕事の日々が。

 

「でも気分転換にはなっただろ?」

「俺はなってません」

「…ごめんな、グレン…」