「君、腕は良いんだけど、年齢がねぇ」

35歳ではねぇ。この国ではほとんど30歳を過ぎたら退役しますから」

あぁ、やっぱりか。

「まぁ、最終発表まで気長に待っていて下さい」

どうせ合格させる気などないのだろう?

「では、お疲れ様でした」

 

 

私は今日、軍の入隊試験を受けてきた。結果は一週間後には出るというが、もうわかりきっている。当然、不合格だろう。

この国は軍人の年齢が若いことで有名だ。

下は10歳から、上はだいたい30歳までと、期間も短い。

私は今年で35歳になる。合格させてくれという方が無理な話だろう。

試験を受けさせてもらえただけまだましだ。

私はそのままレジーナから汽車で町まで帰った。

レジーナから南に50キロほど行った、小さな町だ。

私は町につくと、家に帰る前に病院に寄った。それほど大きくはない、この町唯一の病院だ。

「やあ、ドクター」

病院の中に入り、私は軽く挨拶する。するとそれに気づいて、男が私に歩み寄ってきた。

「ああ、ディレイ君か。今日の調子はどうだ?」

この男はこの町唯一の医者だ。診察が丁寧で治療も正確だと町の人々から信頼されている。

「私はいつも通りですよ。ドクターは?」

「私もおかげさまで絶好調だよ。それより、今日は軍の入隊試験だったんだろ?どうだった?結果は出そうか?」

「いえ、やはり年齢がネックになって、駄目そうですね。腕は認めてもらえたようですが…」

私が言う。すると、ドクターは本当に残念そうに言った。

「そうか…。やはり35歳では入れてもらえそうにないか。

でも、君は若づくりだからな。どうみても26歳くらいにしか見えんよ」

それに、私は笑って返すしかなかった。

私自身はよくわからないが、どうやら私は若づくりらしく、必ず実年齢より年下に見られてしまう。

密かに私が気にしている事のひとつだ。

そんな私に気づかずに、ドクターは思い出したように言った。

「そういえば、薬が切れてたんだった。ディレイ君、いつものやつ頼めるかい?」

私は一応薬剤師の免許を持っていて、よく薬の調合をする。

その薬はよく効くらしく、ここのドクターが私の薬をこうして無くなった時に買い取ってくれる。

私の主な収入源は、これだった。

「はい、わかりました。じゃあ、出来たらまた来ますね」

私はドクターにそう言うと、病院から出て家に向かった。

私の家は町から少し離れた山の中にある。

町の人からはよく山の中にいないでこっちに来いと言われるが、私はここが気に入っているから、それはすべて受け流す。

私は家に続く山道をただ黙々と歩いた。

そして家の近くの橋まで来た時、ふと泣き声が聞こえてきた。

それは、赤ん坊の泣き声のようだった。

どうやら、泣き声は橋から聞こえてきているようだ。私は橋に近付き、辺りを見まわしてみる。

すると、白い布を見つけた。近くにより、中を覗いてみる。

中にはやはり赤ん坊がいた。

しかも、たった今産み落とされたばかりだろう。赤ん坊の身体には血がついている。

私はすぐに赤ん坊を抱きかかえ、来た道をまた走って戻った。

今思えば、その時はこの後この赤ん坊をどうするかとか、親はどうしたのだろうとか、そんな考えは一切なかったと思う。

ただ早く赤ん坊を病院に連れて行かなければ。ただそれだけを考えて、ひたすら走った気がする。

「ドクター!」

私は勢いよく病院に入った。すると、やはりドクターは驚いた表情でこちらを見た。

「ディレイ君?どうしたんだ?まさか、もう薬が出来たのか?」

「違います。帰る途中、赤ん坊を拾ったんです。

たった今産み落とされたばかりのようで…処置をお願いします」

私は乱れた息を整えながら言う。

私の言葉を聞いて、ドクターはすぐに私に歩みより、布の中を覗いた。

「これは…本当に生まれたばかりだな。

よし、わかった。後は私に任せて、君はソファにでも座って少し落ち着きなさい」

そう言ってドクターは私から赤ん坊を受け取り、病院の奥に入っていった。

 

 

しばらくして、ドクターが戻ってきた。

赤ん坊の様子を聞くと、発見が早かったため、いたって健康だと言う。

「さて、拾ったはいいがどうするんだ?

町の孤児院に連絡しておくか?退院できるようになったあとの住む場所が必要だからな」

ドクターは私にそう言った。しかし、私は首を横に振る。

「いいえ、孤児院に連絡する必要はありません。あの子は私が育てます」

それを聞いて、ドクターは驚きの表情を見せた。

「ディレイ君、本気か!?君はまだ独身で、子供を育てた事などないだろう?孤児院に預けた方が良い」

ドクターはそう言うが、私はもう決めていた。この子は私が育てると。

「確かに私は子供を育てた事はありません。

でも、あくまでも拾ったのは私です。私は乗りかかった船を途中で降りるような事はしたくありません。

この子は、私が育てます」

私がそう言うと、ドクターはしばらく黙っていたが呆れた表情で言った。

「君のその眼は、もう何を言っても聞かない眼だな。

仕方ない、あの子の事はすべて君に任せよう。

あと二週間もあれば退院できるだろう。それまでに、あの子を引き取る準備をしておいてくれよ」

「わかりました」

ドクターの言葉にそう答えて、その日私は家に帰った。

その日から一週間後、軍から結果が届いた。結果は…やはり不合格だった。

 

 

ドクターとの約束の日、私は頼まれていた薬を持って赤ん坊を迎えに行った。

病院につくと、もうドクターが赤ん坊を抱いて待っていてくれた。

「今日から大変だぞ、がんばれよ。お父さん」

「お父さんなんて言わないで下さい。照れるじゃないですか」

私は少し笑みを浮かべて言う。それにドクターも笑みを浮かべた。そして訊く。

「さて、今日まで二週間もあったんだ。引き取るからには、ちゃんと名前は考えておいたんだろうな?」

それに、私は頷いた。

「えぇ、もちろんです。この子の名前は…」

 

カイ。

カイ・シーケンス。

海のように澄んだ心を持ち、そして海のように多くの人から、深く愛されるようにという願いをこめて…

 

カイを病院で引き取ったあと、そのままカイを連れて住民登録などをしに行った。

この町は何かの登録をする場合、必ず本人も一緒でなければならない。だから病院から真っ直ぐ向かった。

登録を済ませて家に帰ると、カイを用意していたベビーベッドに寝かせる。

カイは帰ってくる途中で寝てしまっていた。

カイは気持ちよさそうに眠っている。それを見ていると、自然と笑みがこぼれた。

この日から、私とカイの生活が始まった。

私がカイを引き取るうえで一番心配だったのは、夜泣きだった。

赤ん坊はほとんど泣くし、毎晩のように夜泣きもする。私はこの日からほとんど眠れなくなる事を覚悟していた。

しかし、それは杞憂だった。カイはほとんど泣かない子供だったのだ。

本当に必要最低限のことでしか泣かないし、夜泣きもまったくなかった。そのため、カイは本当に手のかからない子供だった。

しかし、それはこの後のためのエネルギーの充電だっただけなのかもしれない。

 

 

カイは、歩くようになってからが大変だった。特に、風呂あがり。

「こら、カイ。ちゃんと身体を拭いて、服を着ないと風邪を引くだろう」

私はバスタオルと、カイの服を持って彼を追いかける。

そう、カイは風呂から上がると必ず身体も拭かないですぐに脱衣所から出て家の中を走り回るのだ。

カイが濡れたまま走り回るため、水で濡れてきらめく黒髪や身体から水が滴り、彼が動いた跡を追うように伸びていく。

カイはなお子供特有の走り方で家の中を駆け回る。

それを、私は後ろから抱えるようにしてひょいと持ち上げた。

いくらカイがちょこまか動こうと、大人である私が捕まえられないわけがない。

私がカイを抱えたままソファに歩いていく間、彼は嬉しそうにキャッキャとはしゃいでいた。

私はソファに座るとカイを向かいに立たせ、身体と髪を拭いて服を着せた。そして私の膝の上に座らせる。

その後、髪を乾かすためにそれに触れたとき、ふと思い出したので言ってみた。

「カイ、そろそろ髪を切ろうか?」

カイの髪は中途半端に伸びていた。大体首の半分まで。

男の子にしては、少し長すぎる気がする。

私がそう言うと、カイは少しの間私をじっと見ていたが、すぐに首を横に振った。どうやら切りたくないらしい。

どうして?と私は訊こうとしたが、やめた。

私は他人のことをあまり詮索するのは良くないと思っていた。

話したくない人に無理に話させようとすると余計に相手は話しづらくなる。

自分の子供に関してもそうだ。やはり深く詮索するのはよくない。

私は彼が今の髪形を気に入っているのだろうと考えて自分を納得させた。

「そう」

私がそう言うと、彼はコクンと頷いた。

まだあまり上手く話せないため、彼は首を振ることで答える事がたまにあった。

私はそれを見ると少し笑みを浮かべ、カイに言った。

「さて、夕食にしようか」

すると、彼も私を見て笑顔を返し、応えた。

「うん!」

その後、私たちは夕食を食べて二人で遊び、床についた。

 

私たちの生活は、だいたい毎日同じようなものだった。

昼の間は町に出て買い物をしたり、ドクターに薬を届けたり、そして夜は一緒に風呂に入り眠る。こんな生活を繰り返していた。

そうしてカイと暮らし始めてから、四年が過ぎた。

 

 

私は一応剣を使うので、腕が鈍らないように週に23度訓練をする。昔は一人家の前で訓練をしていたが、カイと暮らし始めてから必ず彼もそこにいる。

ある日、私がいつも通り訓練をしていると、横からカイが訊いてきた。

「ねぇ、お父さん。その剣ってどこで買ったの?」

そう言って私の剣を指差す。私の剣は柄のところに赤い小さな玉が付いたものだった。サーリシェリアでしか採れない、とても貴重なものらしい。

「これは私が買ったんではないんだよ」

私は訓練を止め、少し剣を持ち上げて答える。

「じゃあ、どうしたの?」

カイは大きな黒い瞳を向けて訊く。それに、私は少し笑みを浮かべて答えた。

「これは私の剣の先生からもらったものなんだ」

「お父さんの先生?」

「ああ、私の先生はもうだいぶ前に亡くなったんだ。その時に、これを受け継いだんだよ」

「ふーん」

カイはそう言って私の剣をじっと見つめる。しばらくそうしていたが、不意に口を開いた。

「ねぇ、お父さん。僕にそれ、教えて」

カイの突然の言葉に、私は驚いて訊き返す。

「それって…まさか、剣術かい?」

「うん、教えて。僕、お父さんに教わりたい」

予想外だった。男の子だからそういう事に興味を持つだろうとは思っていたが、まさか教えてくれと言い出すとは…。

私は最初戸惑ったが、彼がやりたいと思う事はなるべくやらせてやりたい。だから…

「いいよ。教えてあげる」

「ほんと!?」

カイが嬉しそうに言った。やっぱり彼のこのような時の顔は可愛い。私もつい笑顔になる。

「ああ、もちろん。でも、カイに剣術を教えるにあたって一つだけ約束して欲しいことがあるんだ」

「なに?」

「これからは、私たちの関係は親子であり、そして教える者と、教わる者だ。

だから私を師匠と呼んで、敬語を使うこと。これは教わるものの最低限のマナーだ。いいかい?」

「うん」

「『うん』ではなく『はい』だよ、カイ」

「はい?」

「そう。これからは言葉遣いに気をつけるんだよ」

「はい!」

この日から、今までと少し違う新たな生活が始まった。

 

 

次の日から、私はカイに剣術を教え始めた。まず、剣の握り方を教える。

「いいかい?剣を握る時は、左手を右手につけないで左手で柄尻を握るんだ。さあ、やってみて」

私は自分の剣を使って説明し、カイに渡す。

カイにはまだ剣は重くて持てないため、刃を地面につけて。

カイはそれを受け取ると、私がやったように剣を握った。

間違った所は一つも無し。どうやら彼はかなり飲み込みが早いらしい。

「そうそう。そうやって握るんだ。カイは飲み込みが早いね」

私がそう言って褒めてやると、彼はとても喜んだ。そして何度も握り方を確認する。

それから私はいろいろな事を少しずつ教えていった。

彼は本当に飲み込みが早く、教えたことはすぐに覚えていった。

そして、半年後には実戦訓練ができるほどになっていた。

 

 

「じゃあ、今日もやろうか」

私はそう言って戦闘態勢をとる。

武器は、危ないのでそこら辺で取ってきた木の枝だ。

私の向かい側では、カイも私と同じように木の枝を構えて戦闘態勢をとっている。

「いきます」

カイはそう言うと、すぐに地面を蹴り私に向かって突進してきた。

踏み込みは言うこと無し。私が教えたことをしっかり実行している。

「たあ!」

カイが枝を私に向かって振り下ろす。私はそれを片手で受けた。

「踏み込みは良いけど、まだ肩に少し余計な力が入っているね、カイ」

カイにそう言って私は軽く彼の枝を振り払う。すると、彼は少し後ろによろめいた。

「肩に余計な力が入っていると、攻撃をはじかれた時にスキができる。それを狙って攻撃されてしまうよ。こんな風にね」

私はカイに向かって踏み込み、枝を振り下ろす。

それを、カイは横に回転して避けた。

そしてすぐに起き上がり体勢を立て直す。

そのあと、またそのまま私に向かって突進してきた。

私は攻撃を受ける体勢をとる。

そのあと、カイは私に攻撃してきた。

そして私はそれを受け止めた…はずだった。

しかし、私はカイの攻撃を阻止してはいなかった。いや、正確に言うとまだ攻撃さえ受けていなかった。

カイが持っていた枝は、地面に放り投げてあった。

私はカイを捜してあたりを見まわした。

その時だった。急に地面から身体が浮き、そのまま尻餅をついてしまった。

尻餅をついたまま唖然としていると、急に視界にカイが入ってきた。

それで悟った。どうやら私はカイに足払いをされてしまったらしい。

私は目の前にいるカイに笑顔で言った。

「やれやれ、負けてしまったな」

それにカイは嬉しそうに、そして少し不満そうに言う。

「負けたって言っても、師匠はかなり手加減してるじゃないですか。普通なら師匠に足払いなんて、無理ですもん」

「あはは。まあ、そうかもしれないね。でも、5歳の戦い方とは思えないほど君は上達しているよ」

私は言う。そう、カイは今年で5歳になり、彼に剣術を教え始めてから一年が過ぎていた。

そして彼は今なお、通常の人間ならまずありえないスピードで成長を続けている。

私たちは家に続く道を歩いていた。私はその時ふと思いついたことを彼に話す。

「カイ、私はこれからレジーナに行くんだけど、一緒に行くかい?」

「え?」

カイはそう訊き返してきた。

それもそのはず、私はこれまでレジーナに限らず遠くに行かなければならないときはカイをドクターに預けて行っていたため、彼を一緒に連れて行ったことはなかった。

でも彼ももう5歳だ。一緒に連れて行っても問題はないだろう。それに…

「今日レジーナに行くのは、鍛冶屋に用があるからなんだ。私の剣の手入れをしてもらわないとね。

それで、まだ今年は君の誕生日プレゼントを買っていなかっただろう?

カイもそろそろ普通の剣を持っても大丈夫そうだから、それを誕生日プレゼントにしようと思ってね」

そう、私はまだ彼に誕生日プレゼントを買っていなかった。

そしてまだカイには剣を買い与えていない。だから剣を誕生日プレゼントにすることにした。

どうせ買うなら少しでも良いものを使わせてやりたい。

ちょうど今日行く鍛冶屋は私が師匠に剣術を教わっていた時からの付き合いで安くしてくれるし、そこらへんの鍛冶屋よりも良い仕事をする。

「どうせ買うなら君に選ばせてあげたいんだ。でも、行きたくないなら私が選んで買ってくるけど…どうする?」

私が訊くと、彼はすぐに返事をした。

「もちろん、行きます!嬉しいです!」

そう言って彼は家に向かって走って行った。私はそれを見て嬉しくなり、少し笑みを浮かべて彼の後についていった。

 

 

私たちは家に帰るとすぐに出かける準備をした。カイにはジーンズと白いシャツを着せ、私はいつもの黄土のズボンとYシャツを着る。

私たちは支度をすると町の駅に向かった。駅に着くと、私は自動販売機で大人と子供の切符を一枚ずつ買う。そしてカイを連れてホームに向かった。

カイは駅に入るのは初めてなので、せわしなくあたりを見まわしている。

しばらくして汽車が来ると、私たちは乗り込んで空いている席に座った。

私たちが席に座ると、すぐに汽笛がなり汽車がゆっくりと動き出した。カイはその窓から見える風景を楽しそうに見ていた。

レジーナまでは約二時間の道のりだ。私はカバンから退屈凌ぎに持ってきた本を取り出し、読む。ただし、本といっても医学書だ。

私の家は代々薬剤師の家系で、私も小さな頃から薬剤師になることを強要されて育ってきた。

両親を顔を合わせれば「勉強しろ」が第一声。

そんな中薬剤師の免許はとったものの、家柄に縛られた生活が嫌になり18歳の時に家を出た。

何かの役に立つかもしれないため、数冊の医学書を持って。

そして今の町に来た。

しかし、私にはやはり薬剤師の血が流れていたらしい。

町に来てから気に入った医学書を買い込み、今では数え切れないほどの本がある。

そして薬剤師として生活している。

家柄にとらわれたくないがために家から出てきたのに、結局自分は薬剤師になってしまった。まったく、運命とは皮肉なものだ。

そういえば、カイもよくこの本を読んでいた。

家には絵本の類がないため医学書を絵本代わりにしているらしい。

そして、この本はその中でも一番のお気に入りなのだろう。

カイも私のように薬剤師になるのだろうか。ふとそんなことを考えてしまう。

しばらくその本を読み続け、終わった時ちょうどレジーナの駅に着いた。

カイを見ると、いつのまにか眠ってしまっていたため、軽く揺さぶって起こす。そしてカイをつれて駅から出た。

レジーナはこの国の首都であるため、相変わらず人通りは多い。この日も、多くの人が行き交っていた。

私はカイが迷子にならないようにしっかり彼の手を握って目的地に向かう。

目的地である鍛冶屋は駅の近くにあるため、少し歩いただけでついた。ドアを開け、中に入る。

「スティーナさん、おはようございます」

私が少し大きな声で挨拶をすると、店の奥から一人の老人が出てきた。そして私を見るなり、笑みを浮かべる。

「おー、ディレイか。ちょうど新作をつくっとったところだ。で、今日も手入れか?」

「ええ、お願いします。あと、剣を一振り買いに来ました」

「剣?お前さんが使うのか?」

「いいえ、あの子が使うんです」

そしてカイを指差す。カイはすでに店に置かれた様々な剣を見て回っていた。

「あの坊主が?もしかして、あれが例の子供か?」

「ええ、今年で5歳になります」

「はー、5歳で剣を使うとはなかなかやるのぉ。

ま、それはおいといてホレ、さっさと剣をよこさんか」

スティーナさんに言われて、私は剣を彼に手渡す。受け取った方は、鞘から取り出してじっくりと刃を見た。

「またずいぶんと刃こぼれしとるのぉ。お前さん、また無茶な扱い方をしたな。

まったく、ディズの形見なんだから丁寧に扱わんか。それ以前に、わしが丹精こめて作った剣なんじゃからな」

「すみません。私としては、これでも丁寧に扱ってるほうなんですけど…」

私は苦笑いして言った。そのすぐ後、一人の子供がスティーナさんと同じ場所から出てきた。

「おちーちゃん、お客さん?」

その子供はだいたい12歳といったところだろう。髪も瞳も、薄い紫色をしていた。

「ああ、そうだよ。ほら、挨拶しなさい」

スティーナさんがそう言うと、子供は私の前に歩いてきた。そしてペコっとお辞儀をする。

「はちめまして!ハル・スティーナ、2さいです!」

「初めまして、ハル君。私はディレイ・シーケンスです。よろしく」

私も挨拶して手を差し出す。すると彼は小さな手で私の手を掴んだ。そして握手をする。

「カイ、カイ。ちょっとこっちにおいで」

ハル君との挨拶を済ませた後、私はショーウィンドウの前にいたカイを呼ぶ。

そして彼が私のところに来ると、ハル君にカイを紹介した。

「ハル君。私の息子のカイだ。カイ、この子はハル君。ほら、挨拶して」

私がカイに言うと、彼は照れくさそうに挨拶した。

「えっと…カイ・シーケンスです。はじめまして」

すると、ハル君はにっこりとして挨拶を返した。

「ハル・スティーナです。はちめまして!」

そして、挨拶が終わった途端、カイを引っ張った。

「ねえ、カイお兄ちゃん、あそぼー」

「え?」

「あそぼー。おちーちゃんのこうば、あんないしてあげる!」

ハル君はそう言ってカイをぐいぐいと引っ張る。カイは困った表情で私を見た。

「いいじゃないか。遊んであげなさい。スティーナさんがよければだけど」

私がそう言うと、スティーナさんが答えた。

「わしは全然構わんよ。ハルも久しぶりに遊び相手が出来て嬉しいんじゃろう。

ハル、しっかりカイ君を案内してやるんじゃぞ」

「うん!」

ハル君はそう言うと、カイを引っ張って奥に消えていった。それを見て、スティーナさんも動き出す。

「さて、わしも行くかの。

お前さんはまたボロボロにするじゃろうから念入りに手入れせんとな。

お前さんは少し店の中で待っとれ。そんなにかからんじゃろうから」

「わかりました」

スティーナさんにそう返事をすると、彼も店の中に消えていった。

彼が行ってしまった後、私は店の品を見て回った。

数ヶ月来ていなかっただけでかなりの種類の品が増えている。

まったく、彼の仕事の速さには驚かされるばかりだ。

私は、その中の一振りを手に取る。重さも軽く、とてもいい剣だ。

カイにはこれがいいと思うが、彼はどれを選ぶだろう。

そうしてしばらく一人店の中を見ていると、奥からカイが出てきた。ハル君はいない。

「カイ、ハル君はどうしたんだい?」

私が訊くと、カイは私の横に来て言った。

「遊んでるうちに寝てしまって、スティーナさんが寝かせにいきました」

「そう」

その後、少しの間の沈黙。それを私が破る。

「カイ、どの剣が良いか決めたかい?」

「いいえ、まだです」

「じゃあ、今のうちに決めておきなさい。今後ずっと使うものだから、慎重に選ぶんだよ」

「はい」

私にそう返事をし、カイはここに来た時と同じように店の品を見て回った。

そのすぐ後、スティーナさんが私の剣を持って出てくる。

「ほれ、終わったぞ。今回は少し刃こぼれが酷かったんでな。料金は八千エアーじゃ」

「ありがとうございます」

私はスティーナさんに八千エアーを渡す。それを受け取ると、彼はカイの方を見た。

「坊主、さっきはありがとうな。欲しい剣は決まったか?」

私もカイを見る。すると、カイは一振りの剣を手に取っていた。それは、私がさっき見た剣だった。

カイが持っている者を確認すると、スティーナさんは嬉しそうに言った。

「坊主、なかなか見る目があるじゃないか。それは昨日できたばかりのわしの最高傑作なんじゃ。軽いし、切れ味もバツグンじゃ」

そのあと、スティーナさんはポンと手を叩いた。

「そうじゃ、その剣はお前さんにやろう」

それを聞いたカイは、なんともいえない表情をしている。私も驚いた。

「スティーナさん、駄目ですよ。この剣は私から見ても一千万エアーはくだらない代物でしょう!?そんなものを、無料でいただくなんて…」

私は言うが、スティーナさんは豪快に笑った。

「わはははは。いいんじゃよ。坊主はかなりいい目を持ってる。剣もそういう奴に使ってもらった方が幸せじゃろう。

なにより、坊主にはハルの相手もしてもらったしな。その礼じゃ」

「……」

「だから、きにしなさんな。坊主、今言った通りじゃ。その剣はお前さんにやる。大事にするんじゃぞ」

それを聞くと、カイは満面の笑みで言った。

「ありがとうございます、スティーナさん!」

その後、私たちはカイの剣を受け取るとすぐに店を出た。

「さて、誕生日プレゼントのつもりが、ただで手に入ってしまったな」

「僕は、師匠の気持ちだけで十分です」

カイは大事そうに自分の剣を抱えて言う。それに、私は肩をすくめた。

「君がよくても、私はよくないよ。息子には、きちんと誕生日プレゼントを買ってあげたいからね。

だから、違うものにしよう。カイ、何が欲しい?」

「でも…」

「いいから、言ってごらん。何が欲しい?」

私が訊くと、カイはしばらく渋っていたが結局欲しいものを口にした。

「じゃあ…」

 

私たちはその日、カイの誕生日プレゼントを買うとすぐに汽車で町に帰った。

カイが言った欲しいもの。それは…薬の調合のための道具一式。

さすがにこれには私も驚いた。まさかカイが道具を欲しがるほど医学書を読み、興味を持っていたなんて。

やはり、血は繋がっていなくても親子は親子という事か。

その後、カイは剣の修行と薬の調合を毎日欠かさず行った。

薬の調合については、危ない薬品もあるので、必ず私が一緒の時という条件付きで。

そういった生活の中、とうとうカイと暮らし始めてから六年が過ぎた。

 

 

「今月分の薬です」

「ああ、すまないな。やはり君の薬はよく効いてね。患者もそう言っている」

ドクターが受け取った薬を机に置きながらいう。それに、私は少し笑うことで応えた。

「そういえば、カイ君は今年で何歳になる?」

6歳です」

私が言うと、ドクターは「そうか」とだけ言ってしばらく黙った。そして、口を開く。

「ディレイ君。そろそろカイ君に話したほうが良いんじゃないか?」

「…なにをですか?」

私はそう言うが、分かっていた。ドクターが何を言いたいのか…。私のその言葉を聞くと、ドクターは少し溜息をついた。

「ディレイ君、とぼけても無駄だよ。君も分かってるんだろう?カイ君に本当の事を話す時が来た事を」

「……」

「カイ君も6歳になったんだろう?そろそろ話して分かる歳だ。それに、君が黙っていてもいずれ知る事だ。それなら…」

「わかっています」

そう、十分に分かりきっている。カイがもう理解できる歳であることも、私が言わなくても、いずれ知られる事だということも。

「もともと、カイが6歳になったら話そうと思っていました」

でも…

でも、怖いのだ。カイが本当の事を知って、自分をもう父親と見てくれなくなるんじゃないか。

本当の親を探して、私の元から離れてしまうんじゃないか。

そう思うと、とても…怖いのだ。

そんな思いが表情に出たのか、ドクターはポンと私の肩を叩いた。

「大丈夫だ。君が本当の親でないとわかっても、カイ君はそれを受け入れてくれるさ。何も…怖がることはない」

そのドクターに、私は笑みを浮かべた。やはり、ドクターにはすべてお見通しのようだ。

「ありがとうございます。では、私は帰ります」

「ああ、気をつけるんだぞ」

そう言って、ドクターは手を振ってくれた。

 

私が帰ると、カイは家の前で一人訓練をしていた。最近は、私がいないときは一人で訓練しているようだ。

カイは、私に気がつくとトタトタと走り寄ってくる。

「師匠、用事は済んだんですか?」

「ああ、もう今日はずっと家にいるよ」

カイにそう言うと、私は少し深呼吸した。そして言う。

「カイ、話があるんだ」

私がそう言うと、カイはキョトンとした顔をした。

「話ですか?」

「ああ、とても大事な話なんだ。だから、一緒に家に入ろう」

「わかりました」

カイがそう言うと、私たちは家の中に入った。

そしてお茶を淹れてテーブルに置き、二人で向かい合って椅子に座る。

少しの間、沈黙が続いた。私は、きちんと話せるように一口お茶を飲んで気を落ち着ける。そしてカイを見た。

「カイ、今から話す事は全部本当の事だ。きちんと聞いて欲しい」

私がそう話を始めると、カイはコクリと頷いた。それを確認して、私は本題に入る。

「カイ、私は君の本当のお父さんではないんだ」

あまりに直接的すぎだが、私には他の言葉が見つからなかった。

だから、せめてありのままのことを、この子に話そうと思った。

カイは、あまりに唐突に言われたため、まだよく理解していないようだ。

私は、一つずつ話していく。

六年前、カイを家の前の橋で拾ったこと、その後ドクターの反対を押し切ってカイを養子として引き取ったこと、そしてそれから二人の生活が始まったこと…。

私がすべてを話し終えると、再び沈黙が訪れた。さっきより長い沈黙。

私はその後も何を言っていいか分からず、黙っていた。

すると、カイが口を開いた。

「なーんだ、そんな事ですか」

「え?」

カイの突然の言葉に、私はそれしか言えない。

そんな私を見て、カイは笑顔で言った。

「とりあえず、今回の話で師匠が一番言いたかったのは僕が師匠の子供じゃないって事ですよね。でも、そんなの関係ないじゃないですか」

カイはそう言うと、椅子から立ち上がって私の前に歩いてきた。そして私に抱きつく。

「たとえ本当の両親が他にいたとしても、僕のお父さんは師匠だけです。何より、僕がそれを望んでますから」

そして先ほどよりもきつく抱きつく。その彼を、私も抱きしめた。

私が一番気にしていたことも、彼にとっては「そんな事」で終わってしまうらしい。

そんな彼が愛しくて、たくましく見えた。

「カイ、ありがとう」

「何で師匠がお礼言うんですか?僕の方こそ、僕を師匠の子供にしてくれて…ありがとうございました」

そのあと私たちは少しの間笑いあい、夕食を食べた。この日の夕食は、グラタンだった。

 

 

それから四年の月日が経ち、カイは10歳、私は45歳になっていた。

私達は、今までの生活を続けていた。カイも順調に成長している。

しかしこの頃から、私の体調はあまり思わしくなかった。

「師匠、どうかしたんですか?」

私がベッドに座って俯いていると、カイが覗き込んで訊いてきた。私は少し笑みを浮かべて答える。

「ちょっと眩暈がしてね」

そう、最近よく眩暈がするのだ。たまにだが、倦怠感もある。

「大丈夫ですか?寝てた方が良いんじゃないですか?」

カイが心配そうに言うが、私は首を振る。

「大丈夫だ。こうやって座っていればすぐによくなる。

それより、そろそろ訓練の時間だよ。行っておいで」

私がそう言うと、カイは心配そうに私を見ながらも外に出て行った。

私はカイが行くのを確認すると、そのまま後ろに倒れてベッドに沈んだ。

「やはり、これは何かの病気だろうな」

私は呟く。薬剤師という職業柄、少しなら病気が分かる。

しかし、私は薬剤師という職業にありながら人の身体に影響を及ぼすことが嫌いだ。

神から与えられた運命を曲げているような気がするのだ。

だから、自分もほとんど病院に行かない。今回も病院に行く気はなかった。

 

そうしているうちに、半年が過ぎた。

相変わらず眩暈と倦怠感は続いている。むしろ、酷くなった気さえする。

今日はカイが夕食当番だった。カイは夕食を作るために、先ほどキッチンにいった。さっき用意していた材料からして、シチューか何かだろう。

私は、夕食ができるまで本を読もうと本棚から一冊取り出す。そして、椅子に座ろうとしたその時だった。

急に今まで感じたことのない激しい眩暈に襲われた。

私は立っていることができず、テーブルにもたれかかろうとしたがそのまま床に倒れてしまった。

そして、私の意識はそこで途切れた。

 

「師匠!しっかりしてください!」

「師匠!師匠!ししょうー!」

 

 

私が目覚めた時、家にはカイとドクターがいた。

私が目覚めたことを確認すると、ドクターは私の病名を告げた。

それは、聞いた事はある病名だった。確か、この病気の一番の特徴は進行が早い事だったはずだ。

ドクターは、私の場合病気を放っておいたため、あと23日以内に治療しないと助からないと、すぐに入院するようにと私に言った。

しかし私はそれを断った。そしてそのままドクターを町に帰した。

その行為に、カイはかなり怒っていたが、私は病院に行く気はさらさらない。

これが、神が決めた私の寿命なのだから…。

 

 

その日から、カイの説得劇が始まった。

私と顔を合わせるたびに「病院に行こう」と言う。

私はそれらすべてに首を横に振って答えた。

カイの気持ちはとても嬉しい。しかし、私はもう運命に従うと決めた。いまさら変えられはしない。

私は、二日目には立つ事も困難になった。

本当に、進行が早い厄介な病気だ。

だが、無駄に長引くよりは良いかもしれない。もうすぐカイと会えなくなるのが、少し心残りだが…。

そして三日目。とうとう、その日を迎えた。

 

「ドクターが来てから、三日が経ったね、カイ」

私は言う。しかし、その声は自分でも驚くほど弱々しくて、情けなくなるほどだった。

そんな私を見て、カイが最後の説得にかかる。

「ねえ、師匠。今からでもきっとまだ間に合うよ。だから病院に行きましょう?」

カイは必死にそう言うが、私は首を横に振る。そして少し笑みを浮かべて言った。

「カイ、この世には神がいる。そしてこの世のものはすべて神によって作られ、生命の寿命も神によって決められている。

だから私が死ぬのも、神のご意志だから仕方ないんだよ。そして私はその神に与えられた命を返すだけ…だから悲しむことはないんだ。」

私のその言葉を聞くと、カイは大きく首を横に振った。その瞳には大粒の涙が溢れていた。

「嫌だ!俺は神様なんて信じない!だから師匠の命も助かる。今からでも病院に行って治療すれば助かる!だから病院に行きましょう、師匠!」

カイは必死で訴える。私はそれが嬉しくて仕方なかった。こんなにも、この子は私のことを思ってくれる。それがせめてもの救いだった。

「カイ、私は病院に行ったとしてももう助からないよ。自分の身体だ。私が一番よくわかる。

だからカイ、私の最後のわがままを聞いてくれないかい?」

カイだから…私の大事な一人息子だからこそ、聞いて欲しいわがまま。

「最後だなんて言わないで下さい、師匠!」

カイはなお涙をこぼしながら訴える。しかし、私はそれには答えずに続けた。

「カイ、私の剣を持ってきて」

「…はい」

カイはそこでようやく何かを悟ったのか、反論せずにクローゼットから一本の剣を持ってくる。

「それを…カイ、君にあげよう」

私がそう言うと、カイは驚いて声を上げた。

「え!?だった、これは師匠が昔、師匠の先生に貰ったものでしょう?そんな大事なもの、受け取れません!」

カイは言う。だが、私はカイに使って欲しいのだ。たった一人の息子に…。

「いいんだよ。私はもう死んでしまう。そしたらその剣も使い手がいなくなってしまうだろう?

その剣はそのまま錆びらせるには少々もったいない代物だからね。君が使ってくれ。

そのかわりと言ってはなんだけど…」

そこで一度切り、一呼吸置いてから続けた。

「私の願いを叶えてくれないかい?」

「願い?」

私の言葉に、カイはそう聞き返した。それに私は頷き、言う。

「ああ。カイにはもう将来なりたいものがあるかもしれないけど、できれば…軍人になってほしいんだ。」

「俺が…軍人に?」

カイは驚きのあまり目を見開いた。私はそんなカイをじっと見つめる。

「軍人になってこの国の弱い人々を守る。それが私の小さな頃からの夢だったんだ。

…しかし、私が軍人になれるくらいの実力をつけたときには、もう遅かった。若い軍人が多いこの国では…35歳はもうお呼びでない歳なんだ。

だからカイ、君が私の代わりに軍人になって…私の夢を叶えてくれないかい?」

これがわがままだという事は、自分が一番よくわかっている。でも、やはり諦めきれない夢だから…。

だからその夢を受け継いでくれる存在が欲しかった。私の言葉に、カイは少し小さな声で言う。

「でも、俺軍人になれるくらいの実力なんてないです」

やっぱり、カイはこう言うんだな。

カイは自分の本当の力に気づいていない。だからまだ自分に自信を持てない。

でも、彼は誰にも負けない力を持っている。

「大丈夫。君はもう軍人になれるだけの実力を持っているよ。私が保証する」

私がそう言うと、カイはしばらく黙って考え込んでいたが、徐に口を開いた。

「分かりました。俺…軍人になります。そして師匠の願いを叶えてみせます!」

それを聞いて、自然と笑みが浮かんだ。

この子なら必ず立派な軍人になってくれる。そして、私の夢を叶えてくれる。

「…ありがとう」

ありがとう、カイ。私のわがままを聞いてくれて。

そして、許してくれ、カイ。私の勝手で先に逝くことを…。

そして私が逝ってしまう前に…神よ、お礼を言わせてください。

ありがとうございました。カイと出会わせてくれて。

ありがとうございました。カイの父親でいることを許してくださって。

それと、一つだけ私の願いを聞いてくださるでしょうか?

もし聞いてくださるのなら、私は願います。

カイを守ってください。

私の勝手で一人になってしまう子供を、どうか守ってください。

そして祈ってください。カイが幸せになれるように。

私も向こうで祈っています。

どうかカイが

 

 

幸せに…なれますように…

 

 

fin