「…こちらはインフェリアです。折り入ってお願いしたいことが…」
その夜泊まったホテルから、司令部へと電話を繋いだ。
上司に頼むのはしゃくだが、こればかりは仕方がない。
「はい、できるだけ内密にお願いします。
それでは、私は引き続き彼等につきますので」
受話器を手放して、溜息をつく。
傷を負った部下のことを考えながら、爪先を客室へ続く階段へと向けた。
昨日から始まったこの任務で、カスケードは初めてグレン、カイ、リア、ラディアの四人と組んだ。
内容はフォース財閥の長、ジョージ・フォースの護衛。
仕事を受けたときから、彼がグレンの父親であることは感づいていた。
「先方はグレン・フォースを是非にと…」
その説明ですでに確信していた。
「ヴィオラセント、ロストート両中佐には君から話しておいてくれ」
「…了解しました」
噂の四人との初仕事がこんなに因果なものだとは。
彼等に興味はあったが、あまり乗り気ではなかった。
「…何だよお前か。また晩メシたかりに来たのかよ」
「そんな言い方するなよ、不良」
「不良って言うんじゃねぇ!」
夕飯のためにディアたちの部屋を訪れた時、託された書類も持っていた。
これは仕事だ。私情で動いてはいけない。
そうは思っていても、この任務はカスケードの好みではなかった。
おそらく、他二人にとっても。
「つまり、社長サンを安全に運べば良いんだろ?」
「まぁ、そういうことだ」
「カスケードさんだけじゃなくあの四人もか…珍しい仕事だね」
「とりあえず頼んだぞ」
だからフォース氏と部下との関係は言わなかった。
親子を他人のようにつきあわせるなんて、酷だ。
そのときはそう思っていた。
半ば緊張したような表情は、初めて会うものに対しては当然だろう。
広い司令部施設で一度もすれ違ったことがないということもないだろうが、やはり自分たちは上司だ。
もっと気楽にしても良いのにと思いつつ、上司として振舞った方が良いと判断する。
「よし、全員そろったな」
真剣な面持ちの四人も、半分眠そうな見慣れた顔も。
「まず、私が今回指揮をとるカスケード・インフェリアだ。
今日から一週間、基本的には私の指示にしたがってもらうことになる」
一人称を「私」にすると、ディアは決まって吹き出す。グレンたちには気づかれなかったようだが。
睨んで咎めるのはアクトにまかせて、カスケードは言葉を続けた。
「今回の任務はジョージ・フォース氏の護衛だ。失敗は許されない。気を引き締めて任務にあたってくれ」
きっと長い一週間になる。
それを思うと気が滅入るが、表情と言葉で隠す。
「さて、指示するときなどに名前がわからないと不便だ。よって、簡単な自己紹介をしてもらいたい。左から順番に頼む」
本当は名前も階級もわかっている。
どちらにしろ礼儀の一環だ。一番左にいた少女から自己紹介してもらった。
「リア・マクラミーです。階級は中尉です。よろしくお願いします」
カスケードが最もよく知っているのは彼女だ。
九年前、親友とともに立ち会った事件を思い出す。
あの時の少女の成長にホッとし、同時に事件の事を口にしないことを自らに誓った。
「ラディア・ローズです。階級は曹長です♪よろしくお願いしまーす」
天真爛漫な少女だ。胸元の薔薇がよく似合っていて、可愛らしい。
しかし彼女が恐ろしく強いことは上官の間では有名だ。
「カイ・シーケンスです。階級は少尉です」
彼は科学部よりも薬学に長けているという。
相応の部署に入らない理由は知らないが、優秀な人材であることは確かだ。
「グレン・フォースです。階級は大尉です。よろしくお願いします」
そして、彼が今回の任務の中心。
銃の腕は司令部中で認められている。
同じく銃を使うこの男も。
「ディア・ヴィオラセント、中佐だ。よろしくな、グレンちゃん達」
しかしこの呼び方はいかがなものか。
「グ…グレンちゃん?」
当然のことながら動揺している。
それにも構わず、ディアは続けた。
「だって、アンタがグレンだろ?だったらグレンちゃんだろ」
カスケードが呆れるより先に、重い音とうめき声がした。
聴きなれた音だが、初めて見た四人は少し驚いたようだった。
「何するんだよ、アクト」
脇腹を押さえるディアに、アクトは冷たく言い放つ。
「ちゃん」付けされるのは彼も嫌いなため、いつもより少しばかり温度が下がっている。
「お前が年下いじめるからだろ。だいたい、初対面でしかも男をちゃん付けで呼ぶなよ。かわいそうだろ」
ディアの部下虐めはいつものことだ。
それをわかっていて彼はツッコむ。
「おれはアクト・ロストート。中佐で、こいつの保護者って言われてる」
保護者と呼び始めたのはカスケードだ。初めてそう呼んだときから定着している。
「こいつに何かされたら遠慮なく殺っちゃっていいから」
「アクト、それは酷くねぇか?」
「逝ってらっしゃい」
いつものやり取りだ。上司としての威厳なんてどこにもない。
それが彼等らしくて良いのだとも思うが、今は部下のために止めておいた方が良いだろう。
「そこの二人、それくらいにしておけ。いまのは不良、お前が悪い」
「だからその呼び方やめろって言ってんだろ!」
「やめて欲しかったらグレンをグレンちゃんって呼ぶのをやめることだな。
とりあえず。自己紹介はすんだ。今回は軍人だとバレないようにそれぞれ名前で呼び合うこと」
その方がカスケードにとっても都合が良い。階級は親密になる枷になる。
「それとフォース氏の護衛には軍の車ではなく、一般乗用車を利用する。台数は二台、三人と四人に分かれて乗る。
まず、フォース氏の車の前を走る車には、私とグレン、そしてラディアに乗ってもらう。残りは後ろを走る車だ。
車はそこに用意してある」
組み合わせは昨夜ディアたちの部屋で決めた。
特に考えることもなくスムーズに決定したが、部下は不満だろうか。
いや、もし不満だとしてもこうしてもらうしかない。
「では、それぞれいま言った組み合わせで乗り込んでくれ。あと、カイとラディア」
「はい」
この二人を別々の車に乗せたのはちゃんと理由があってのことだ。
「君達二人の噂は聞いている。任務中に怪我人が出た場合、すべてを君達に一任する。期待しているぞ」
ラディアは治癒能力を持ち、カイは薬に関して強い。
いざという時に頼れるのはこの二人だ。
「はい!御期待にこたえられるよう、精一杯やらせていただきます!」
あとの二人についてはカスケードが譲らなかった。
グレンとは話をしたいと思っていたし、リアとは少し距離をおきたかった。
もし自分のことを覚えていたら、辛い記憶も甦ってしまうだろうから。
ディアとアクトには何も話していないが、事情があることは汲んでくれている筈だ。
警備員と話をした後、戻って要旨を六人に伝えた。
そこで漸く落ち着いてフォース家を見ることができたが、見れば見るほど立派過ぎる。
グレンが幼少時にここに住んでいたのかと思うと、何故軍に入ったのかわからない。
将来を約束された、何不自由ない生活をしていたはずだ。
何故こんな危険な仕事を――おそらく自ら進んで――希望したのだろう。
「インフェリア大佐は誰かね?」
穏やかな声が聞こえ、カスケードは我に返った。
軽く、しかし丁寧に敬礼をして答える。
「私がインフェリアです」
「ああ、君か。軍から話は聞いている。君がリーダーなのだろう?」
彼がフォース氏―グレンの父親だ。
おそらくグレンの銀髪は母似なのだろう。ジョージ・フォース氏は茶髪だった。
「取引先にあるものを渡しに行くのだが、先日それを狙っている会社がろくでもない輩達を雇ったという情報が入ったのでね。急遽軍に護衛を依頼したんだよ。
君達のすばらしい働きを期待しているよ。
ああ、それと私の横にいるのは秘書のレファールドだ。今回は彼も同行する」
「はい、わかりました。そのご期待にこたえられるよう、全力で護衛に当たらせていただきます」
おそらく全力でなければ切り抜けられない。
こんなに警備を雇っているにもかかわらず、さらに軍を雇うなどよほどたちの悪い輩が相手でなければありえない。
「ではフォースさん、これを渡しておきます。今回護衛に当たるものの個人データと無線機です。個人データは何かを頼む際の参考にしてください」
それほどたちの悪い輩ならば、スパイを送り込むことも考えられる。
個人データは必要最低限のことだけが書き込んであるが、それでもまだ心配なくらいだ。
「では、出発しましょう。車に乗ってください」
「すまないが、先に乗っていてくれないか?少し時間が欲しいんだ」
やはりな。
そうは思うが、時間もない。少し躊躇ったが、カスケードは彼の頼みを聞くことにした。
「…わかりました。しかし、あまり長くはいられません。ここも安全ではありませんから」
「わかっているよ」
そう言ってフォース氏は真っ直ぐグレンの方へ向かった。
車に乗り込むが、窓は少し開けておいた。
悪いとは思ったが、話を聞く。
不穏当な言葉が聞こえる。
「…何で…」
何で、親子の縁を切ったんだ?
車に戻ってきたグレンの申し出で、運転はグレンがすることになった。
こちらから話し掛けにくくなり、カスケードはさらにもどかしさを抱いた。
しかし、冷静でいなければならない。
こちらはまだフォース家の家族構成についてはほとんど知らないことになっているのだから。
「それでは出発します。フォースさんは私達の車のあとについてきて下さい。その後ろをもう一台が走ります」
自分の声が震えていない事に、僅かに安心感を覚えてしまう。
「あのー、ロストート中佐?」
リアの声に、アクトは無表情のまま首を傾ける。
呼ばれなれない呼び方だと反応しにくい。
「おれのことはアクトでいいよ」
「え…でも、上司ですし…車の中ですし…」
礼儀をわきまえている。どこかの不良とは大違いだ。
「そんな事気にしなくていいから。あと、こいつのこともディアでいいよ」
そう言って運転している相方を指差すと、溜息混じりの答えが返ってくる。
「アクト、そういうことは俺の了解をとってからにしろよ」
「なんでお前なんかの了承取らなきゃならないんだよ」
「おまえなぁ」
二人にとってはおなじみのやり取りだ。
いつもはカスケードが間に入るが、いない今は別の声に遮られる。
「ディアさんとアクトさんって、仲がいいんですね。まるで新婚さんみたいだ」
カイの台詞にアクトは固まる。
カスケードや周りの人間は散々「夫婦だ」とはやしたてるが、新婚という表現は初めてだ。
それにこの表現だと、おそらくは。
「だろ?」
ディアは笑って返す。彼はこの表現の新鮮さが気に入ったようだ。
「はい。アクトさんもとてもキレイですし、お似合いのカップルって感じで…羨ましいです」
「……」
羨ましいのか?!これが羨ましいのか?!
と心の中でツッコみまくるアクトと、
羨ましいか?もう一回言ってみろよ、ほら。
と得意げな表情のディア。
「でもな、カイ。一般常識的に考えたら、俺たちはカップルにはなれないんだ」
「…?どうしてですか?」
こう尋ねながらも何かを悟ったようなカイの表情に、アクトは複雑な思いを抱く。
これじゃ生殺しだ。
リアも気づいたようで、申し訳なさそうにディアに尋ねた。
ディアに、というところがさらに痛い。
「あの…アクトさんてもしかして…男性ですか?」
「当たり」
ディアの楽しそうな声に、アクトはつい拳を握る。
何とか抑えたが、この後も容赦ない攻撃は続く。
「やっぱり!でもそれにしてもきれいですよねー、アクトさん」
「ごめんなさい。ごめんなさい、アクトさん。全然知らないで失礼なこといっぱい言っちゃって…」
「いいよ、慣れてるから」
それ以上喜ばれても、謝られても、自分の女顔を認めさせられるのには変わりない。
その上隣の満足げな相方を余計に調子付かせてしまう。
それにこの辺で切り上げておかなければならない状況になった。
後方からの、殺気。
「アクトも感じたか?」
「ああ」
慣れた状況だ。気づいた時点で戦いの準備は始まっている。
「何かあったんですか?」
「ああ。後ろから追っ手が来た。いよいよ本格的に仕事が始まったな」
部下はまだ感じていないらしい。
自分たちがどれだけ危険なことばかりしてきたかを実感してしまう。
「どうする、ディア?」
「とりあえず今回のリーダーはカスケードだ。あいつの判断に任せよう」
ディアにしては珍しい判断だが、その方が良いだろう。
無線が繋がり、ディアの声が重く語る。
「俺だ。後ろから追っ手が来た。どうする?」
数秒遅れて聞き慣れた、しかしこちらも重い声が響いた。
『私だ。後ろの追っ手についてはお前達の判断に任せる。好きなようにしろ』
「…だとよ。」
無線機を乱暴に置き、ディアはニヤリと笑った。
「アクト、運転かわれ」
「わかった」
アクトは足元から褪せた深緑のライフルケースを取り出し、ディアに渡す。
動きを止めない車内で場所を入れ替えるのは、もう何度もしている行動だ。
「なあ、アクト。あいつは好きにしていいって言ったが、少しは手加減した方がいいと思うか?」
「その方が、上層部からの評価はよくなるかもな。『喧嘩屋』のディアさん」
「あんな口先だけの奴らの機嫌とるのなんか、俺はゴメンだ。って訳で、手加減はしないことにした」
いつもの皮肉と、何も考えない答え。
後部座席の二人は、すでに彼等の眼中に入っていない。
「どうせ最初からその気なんて無かったんだろ」
「まあな。…もう少し左」
「わかった」
轟音と砂煙と、車内の悲鳴。
アクトの運転は相変わらず荒く、ディアはそれを気にしない。
大きく揺れる車内で、何事もないようにディアは組み立てたライフルで狙いを定める。
引き金を引き、遅れて爆音。
これも長年のカンだ。
「よし」
炎上する後方の車から人が数名こぼれる。
逃げ遅れたものがいないのを確認し、ディアは助手席に腰をおろした。
一息つきつつライフルを箱に収め、隣に合図する。
「アクト、運転交代しろ」
「ああ」
もう殺気は感じない。
後方からさらに追っ手がきたとしても、先ほどの残骸が足止めしてくれるはずだ。
「二人とも、慣れてるんですね。こういうこと、よくあるんですか?」
恐る恐る尋ねるリアに、ディアがあっさり答える。
「ああ。軍人だってのを隠しての任務だとよくあるな」
ふと南方を思い出しかけ、目を前方に向けた。
「運転が出来るってことは、二人とも免許を持ってるんですか?」
今度はカイが質問し、アクトが答える。
今度の答えはあっさりしすぎていた。
「いいや、免許持ってるのはディアだけ。おれは無免許」
「えっ!?それって、違法じゃないですか!」
「そうだな」
リアの台詞にも全く動じず、かつて一度はとろうとしたことを思い出した。
「免許…とらないんですか?」
「うん。面倒くさいから」
「……」
黙ってしまったリアに悪いなと思いつつ、免許取得のために一度だけ受けた試験を思う。
セクハラ教官の下で免許を取りたいとは思わない。
「カスケードさん、訊いていいですか?」
今まで話し掛けにくかった分、グレンの言葉はいいきっかけだった。
もしかするとこちらからも何か聞けるかもしれない。
「なんだ?」
「カスケードさんは数年前までは軍支給の銃を使っていたそうですけど、なんで急に大剣に武器を変えたんですか?」
しかし、よりによって何故この質問なのか。
軍支給の銃を使っているグレンなら訊くことは自然なのだが、カスケードには答えを躊躇う理由がある。
どうしても親友の笑顔と別れの場面とが脳裏に浮かび、言葉を失わせる。
「へー、カスケードさんって力持ちなんですね。大剣を武器に使うなんて」
この状況でのラディアの言葉は救いだった。彼女につられ、自分も少し笑顔を作る。
「そんな事はない。大剣を扱うのに力なんていらないからな」
「そうなんですか?」
「ああ。大剣を使うときは遠心力とてこの原理を使うんだ。だから誰でも扱える」
どちらかといえば華奢な方だった親友でも扱えた。
この原理に気づいたのは、皮肉にも別れのとき。
「へー、てこの原理かー。てこの原理って、何ですか?」
知らないのかよ!
つい心の中でツッコミを入れてしまう。しかし、ラディアだからこそそれも微笑ましい。
笑いながら本で読んだ知識を断片的かつ大まかに説明した。
横目でグレンの戒めの表情を見ながら。
そのすぐあとにディアからの無線が入り、後方の追っ手のことを知った。
まぁ、あいつらなら大丈夫だろ。
でも一緒に乗ってる二人は驚くだろうな。
後者の考えがあったが、そのままディアとアクトに任せることにした。
カスケードは無線に応え、一息ついた。
「…大丈夫なんですか?」
グレンは当然のことながら心配そうだ。
「ああ、あいつらはこういうのに慣れてる。すぐに終るさ」
かたっぽ免許持ってないけど、と付け加えそうになったが何とか押し止める。
気が少し楽になったところで、先ほどのグレンの質問を思い出した1。
何故大剣を扱うようになったか。
今なら言えるような気がした。
「…形見なんだ」
「…?」
「さっきの話の続きさ。聞きたがってただろ?俺がなんで大剣を使うようになったのか」
「……」
後悔の表情をしていたグレンにはあてつけになってしまうかもしれない。
それでも、彼には話しておきたかった。
「昔、俺には親友がいたんだ。ニアって名前だったんだけどな。そいつ…五年前に死んだんだ」
「…どうして?」
「……殉職だよ。任務中に死んだんだ。俺が気づいてやれなかったから…」
もっと早くニアの異変に気づいていれば、最悪の事態は免れたかもしれない。
これは自分の責任だ。
親友を守りきれなかった、カスケード自身の。
痛みを振り払うように言葉を続ける。
「そのニアって奴が使ってた剣を、俺が形見として使ってるんだ。そして、このカフスもな」
左耳にあてた指先に、金属の冷たさが伝わる。
微笑みかけてくれた緑色から、いつもカフスの銀色が覗いていた。
今はもう、見られない輝き。
「…何も知らずにこんな事を聞いて、すみませんでした」
グレンのすまなそうなこえに我に返り、カスケードは慌てて取り繕った。
「いいんだ。訊かれたからっていうのもあるが、俺が話してもいいと思って話したんだからな」
不思議だ。聞かれて、話したくなったのはグレンだからだ。
でも、何故話したくなったのか。
グレンの中にある「後悔」をどこかで感じていたからだろうか。
それだけなら、南方を「後悔」しているディアたちにだってすぐに話しても良かったはずだ。
言いふらしたりしなさそうだから?彼も痛みを抱えているように見えたから?
全て要素だが、まだ足りない。
考えていると、後方から爆発音があった。
「後ろで何かあったみたいですね」
「どうせまた不良が相手の車火だるまにしたんだろ。気にするな」
いつものことだ。こんなに荒いことをしているのに、死者を出さないのも。
「不良って、誰ですか?」
「ディアのことさ。あいつには気をつけろよ、バラ姫」
ディアは不良、アクトは保護者、…。
そういう風に人にあだ名を付け始めたのはいつだったか。
気に入った奴とはできるだけ親密になりたくて、勝手につけるようになった。
「バラ姫って、誰ですか?」
「お前のことさ。ちなみにグレンは『銀髪』だ。いま決めた。たまにそう呼ぶからちゃんと反応しろよ」
「はーい」
嬉しそうなラディアに、カスケードはホッとする。
彼女には気に入って欲しかった。胸元の薔薇が本当によく似合うから。
でもよく考えると「姫」は普段呼ぶには少し呼びにくい。
やっぱラディでいいか、と思い直し、ついでにグレンもそのまま呼び捨てすることにした。
休憩のために立ち寄った草原で、合流ついでに軽く話をする。
リアがフォース氏と話しているのを聞きつつ、カスケード、ディア、アクトの三人は車内でのできごとについて話していた。
「話したのか」
「あぁ、結構すんなりと」
ニアについてグレンに話したことをカスケードが言うと、ディアとアクトは少し驚いた。
「俺達には暫く話さなかったくせに」
「良いだろ、別に…。それより、そっちは何かあったのか?」
「それがよ、また…」
ディアが言いかけたとき、フォース氏の台詞が耳に入ってきた。
「護衛ができるほどの女性が三人もいるとは思わなかった。よほど訓練をされたのですね」
カスケードとディアは声をひそめて笑い出し、アクトは固まる。
「あの…フォースさん。この中に女は私とラディアちゃんしかいませんよ?」
「おや?でも、アクトさんは…」
リアの台詞を不思議がるフォース氏だが、
「アクトさんは男です」
次の台詞は彼だけのものではなかった。
「えっ!?そうなんですか!?」
グレンとラディアも誤解していたようだ。無理はない。
無理はないとわかってはいたが、カスケードとディアは同時に吹き出さざるをえなかった。
「なぁ、車の中でも…?」
「そうそう。カイなんか俺たちのこと新婚さんって言うんだぜ。
もうおかしくてよ…」
こっそり爆笑中の二人に後の復讐を誓いながら、アクトは謝罪するフォース氏にいつものように言った。
「いいです。慣れてますから…」
復讐も、だ。
ホテルの部屋割りは入る前に決めておいたが、アクトだけが不安そうな表情だった。
部屋に入ってからも不安は拭えない。寧ろ増した。
「フォースさん、宜しくお願いします」
「こちらこそ」
同室のフォース氏とその秘書には何の不満もない。生身の肌さえ見られなければ、誰と同室でも構わない。
しかし、ディアがリアと同室というのはいかがなものか。
「あのスケベがもしなんかしたら…」
「…あの、アクトさん?」
「え、あ、はい」
「身体の具合でも悪いんですか?」
「いえ、何でもありません」
冷静を保たなければ。ディアはあとでダーツの的になってもらえば良い。
…それだけで足りるのだろうか。
一方問題の部屋はというと。
「今日は疲れましたね」
「そうだな。…リア、あいつの運転大丈夫だったか?」
「…ちょっと怖かった、かな?」
意外にも普通に会話していた。
「シャワー先に使え」
「ありがとうございます」
「覗いても怒るなよ」
「そんなことしたらアクトさんに言いつけますよ」
…普通に会話しているはずだ。
リアがシャワーを浴びている間、ディアは備え付け電話の受話器を取って内線に繋いだ。
「…あ、社長サン、アクトにかわってくれねぇか?」
アクトは念のため部屋から出るな、とカスケードに言われていた。
本当は連れ出したかったが、「仕事」というのはどうにも枷だ。
『何』
「俺だ。今何してる?」
『仕事』
「…いや、仕事から離れろって」
『仕事は仕事だ。そっちこそリアになんかしてないだろうな』
「してねぇよ。お前以外の奴に手ぇ出さねぇって」
『どうだろうな。お前の好みなんじゃないの?リアって』
「確かに好みだけどよ、俺が好きなのはお前だけだって」
『…よくそんな台詞吐けるな』
シャワーの音が止まるころに、惜しみながらも受話器を置いた。
カスケードは何か思うところがあるらしく、グレンたち四人をフォース氏から遠ざけた。
さらにカスケードとグレンが同室となり、ディアは礼儀に問題があるのでアクトがフォース氏と同室になった。
おかげで引き離された訳だが、それはそれで良い効果があったようだ。
「ディアさん、お風呂どうぞ」
「あぁ…リア、お前胸でけぇけど何カップ?」
「言いつけますよ。せっかくいい雰囲気で電話してたのに、台無しにしちゃっていいんですか?」
「聞いてたのかよ」
「聞こえたんです。ダメですよ、パートナー大切にしなきゃ」
彼女もなかなか侮れない。
カスケードがふとグレンを見ると、相当疲れた顔をしていた。
ずっと運転し通しだった所為もあるだろうが、任務自体のストレスもあるはずだ。
「グレン、お前風呂入るか?」
「あ…はい」
「だったら、先に入ってきていいぞ。ずっと運転しててお前の方が疲れてるだろ」
「…いいんですか?」
「ああ」
せめてもの気遣いになればと先に風呂を勧めた。
「…じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
グレンが浴室へ向かった後、書類を取り出した。
個人データだが、フォース氏に渡したものよりもずっと詳しい。
カスケードが自分で作成したものだ。
わからない部分を埋めなければ、今回の任務は終わらないような気がした。
たとえ無事に遂行しても、納得がいかないままだろう。
「カスケードさん、お風呂空きましたよ」
「ああ」
確かめなければいけない。
本人の口から認めさせなければ。
「グレン・フォース」
グレンの反応を確かめて、壁に寄りかかる。
嫌われることは覚悟の上だ。
「お前の名前だ。そして今回の護衛対象人物はジョージ・フォース。…お前と同じセカンドネームだな」
単純なことから、
「それから上層部の話によると、今回ジョージ・フォースは護衛にお前を使うようにと念押ししていたらしい。
このことを考えれば、すぐにすべてがわかる」
込み入った方へ。
「……」
黙り込むグレンと、残酷なことをしている自分。
「…お前の父親だな?」
「…はい」
あとはそのまま話すしかない。
信用されなくなってもいい。
「今日出発する前のフォース氏との会話を聞いた。…どうして親子の縁を切るようなことになったんだ?」
「……」
迷いが見えた。
カスケードがニアのことを話さなければ、この迷いは生じず、すぐに話すことを拒否できたかもしれない。
しかし、もう過ぎた事だ。
「…実は…」
結局グレンの傷を晒すように仕向けてしまった。
グレンの語る言葉の一つ一つを、ときおり見せる辛そうな表情と一緒に受け止める。
カスケードにはそれしか出来ない。それ以上のことはするべきではない。
「…そうか」
するべきではないとわかっていながら、自分の痛みに重ねてしまう。
「でも、それでいいのか?」
「…え?」
後悔した、自分に。
「本当にそれでいいのか?
もし犯人を捕まえられたとしても、親子の縁は切られたまま。それでいいのか?
縁を切られても、血のつながりはある。立派な親子だ。
それにお前は、本当はまだ彼を父親だと思って、慕ってるんだろう?
慕ってるからこそ、いまもこうして軍人をやっているんだろう?」
おせっかいだとはわかっている。
痛みを大きくするかもしれないとわかっている。
しかし、自分のような後悔はして欲しくなかった。
「おそらくお前が犯人を捕まえようと思ったのは、単に復讐のためだけじゃなく、父親と母親の身を守りたかったからだろう」
全てを知っている範囲に置くのは間違っているとわかっている。
それでも知って欲しかった。
「なのに、守りたい人と一生他人として生きる。そんなの辛いだろ。あとから後悔しても…遅いんだぞ」
守れないということは、繋がらないということは、一生痛いのだと。
しかし、返ってきた答えは。
「いいんです。俺には…あの人の息子である権利なんて無いんですから……」
翌朝出発してから五時間ほど、特に何もなく過ぎた。
「今日も平和ですねー」
「ああ、この調子なら今日は何もなくレフロまでつけるかもな」
ラディアに同意しながらも、僅かな不安がよぎる。
そしてその不安は当たって欲しくない時に的中する。
「カスケードさん、どうしますか?突破しようと思えば出来ますけど…」
前方に行く手を阻むように並ぶ三台の車を見て、グレンが言う。
できるだけ穏便に事を運びたい。そうはいかないとわかっていても。
「いや、それをやると敵意を煽ることになりかねない。止まってくれ」
「わかりました」
車をとめてもらい、無線を繋ぐ。
「私だ。ディア達は車から降りてくれ。話はするが、おそらく戦闘になるだろう。
車から降りる前に、武器の確認をするように。
フォースさん達は危険ですので車の中にいてください」
無線を切って車から降りると、屈強な男たちがでてきた。
眼がすでに獣だ。
「さて、お前たちは俺達に何のようだ?何も用がないならそこをどいてもらおうか」
カスケードは凄みをきかせてみたものの、暫くして応えたのが一人だけ。
「お前達には用はない。俺達が用があるのは、ジョージ・フォースだけだ。
おとなしく奴を渡すなら、おまえ達は見逃してやろう」
「あいにく、俺達も仕事なんでな。簡単に渡すわけにはいかない」
「では、力ずくで奪い取るまでだ」
相手は全て戦闘態勢。「穏便に」はやはり無理らしい。
ディアは暴れたくてしょうがないらしく、口笛を吹いている。
「まあまあ、ずいぶんと血の気の多い奴らだな。えーと、二、四、六……ざっと二十人ってとこか。やっちまっていいんだろ?」
血の気が多いのはお前もだろ、とカスケードは呆れた。
「まったく、そんなだからお前は不良で喧嘩屋って言われるんだよ」
「不良っていってんのはお前だけだろ!」
「いちいちうるさい奴だな。とりあえずやっちまっていいから、とっとと片付けるぞ」
「おう」
戦闘態勢に入り、男達を見据える。
ふと考えが浮かんで、カスケードはカイを呼んだ。
「おい、カイ!」
「なんですか?」
「お前はフォースさんたちを連れてあそこの森に隠れてろ」
あそこなら多分大丈夫だろう。
何かあっても、カイがついていれば大丈夫だ。
「はい、わかりました!では、行きます!」
カイが行った事を確認して、大剣の柄をしっかり握る。
そして、獅子の咆哮。
「よし、みんな思う存分暴れていいぞ。できるだけ早く終らせるからな!」
「はい!」
「おう!」
各々の武器で敵を減らす中、相手が弱すぎる所為かカスケードには不安が生まれていた。
本当に彼等は戦うべき相手なのだろうか。
行く手を阻むなら戦わなければならないが、果たして本当の相手なのだろうか。
一方ディアとアクトは別の不安を持っていた。
「アクト、さっきから喉ばっか狙ってねぇか?」
「ぎりぎり急所は外してる。…ただ…」
部下を見ると、自分たちと戦闘スタイルが違うことがわかる。
ディアは殴るだけ、アクトは急所を避け、カスケードは大剣を当てるだけだ。
つまりは致命傷を与えない戦闘。
リアの鞭は殺傷能力が低いため、相手を殺すことはない。
しかし、グレンとラディアはどこか危なっかしい。
彼らの事はあまり知らないが、「殺す者」ではあって欲しくない。
「今のところは問題ないみたいだけど…」
「グレンちゃんたちなら大丈夫だろ。お前と同じだって」
そうこうしているうちに、笑い声が響いた。
味方の誰でもない。
あれは、相手だ。
「フフフフ…ハハハハハハ!お前は何もわかってないんだな」
「…なんだと?」
グレンが対峙している男らしい。
「お前達は本当に今回行動しているのは俺達だけだと思ってたのか?おめでたい奴らだ。
俺達がただの囮であるとも知らないで!」
「!!」
カスケードの不安は当たって欲しくない時に的中するように出来ているのだろうか。
しかし、それ以上の考えはなかった。
グレンがこの言葉を言って、初めて責任を感じた。
「まさか…レファールドさんか!」
「何!?」
レファールド――あの秘書が、まさか。
もしそうだとしたら、フォース氏とカイは。
――最悪だ…一緒に行かせるべきじゃなかった!
「ハハハハ、ようやく気づいたか!そうさ、俺達のリーダーはあいつだ。
今ごろはきっと、一緒に行った奴を殺して、ジョージも殺してるころだろう」
この最悪な状況を乗り切るにはどうしたら良い?
いや、考えるまでもない。もう決まっている。
「行け、グレン!」
打開できるのは彼しかいない。今父と仲間を守れるのは、グレンだけだ。
「行け、グレン!俺が許す。ここは俺達に任せて、フォースさんたちを助けに行け!」
「でも、カスケードさん達は…っ」
躊躇うな。
「俺達は大丈夫だ。すぐに片付けて後を追う!だから行け!」
躊躇ってはいけない。
痛みを背負ってはいけない。
「大切なものは何が何でも守り抜け!あとで後悔しても、遅いんだ!」
大切な者を失う痛みを知るには、まだ早すぎる。
グレンがラディアに短剣を借りて森へ向かった後、まだ僅かに相手が残っていた。
自分はここで責任を果たすしかない。
「残りは俺と不良でどうにかする。アクトとリアちゃんとラディは念のため傷の手当ての準備しとけ」
身体的な傷は免れないだろう。
しかし、心の傷を回避できるなら。
草木を掻き分けて前へ進み、影を捜す。
無事だといいが、そうもいかないだろう。
「あっ、グレンさん!カスケードさん、グレンさんがいました!」
リアの声にホッとしながら、ちらりと見えた影に向かって走る。
が、他の二つの影に一瞬足を止めそうになった。
しかし平静を保ち、カスケードは真っ先にグレンに近付く。
「グレン、大丈夫か?結構フラフラに見えるぞ」
「俺は大丈夫です。それよりラディア、こっちに来てくれ!カイがキースに刺された。
早く手当てしないと危険な状態なんだ!」
「カイさんが!?わかりました。私の力じゃどこまで出来るかわかりませんけど、やってみます!」
「ラディアちゃん、おれも手伝う!」
「お願いします!」
倒れていた影の一つはカイ。
手当てのためにラディアとアクトが駆け寄っていった。
「…おい、カスケード、あれ…」
ディアの呟きはカスケードにしか聞こえなかった。
あの影は、おそらく。
「グレン、あそこに倒れてるのが…?」
カスケードが声をかけると、グレンは肯定を返した。
胸に深い傷を負った男はすでに事切れていた。
「何があったか、すべて話せ」
グレンが話している間、カスケードは眼でディアに合図していた。
あまり死体を見るな。平静を保て。
「残念ながらその会社の名前を聞き出さずに、キースを殺してしまいました。…すみません」
グレンがそう結んだ時、カスケードは彼を落ち着かせるように言った。
「いいさ、目の前に数年前自分達を襲った犯人がいるのに、冷静でいられる人間なんていない。
それはいつも冷静なお前でも例外じゃない。
とりあえず、今回の任務は成功に終りそうなんだ。それだけで十分さ」
それだけ言って、カスケードはフォース氏の方へ向かった。
ディアはそこにとどまり、再び呟いた。
「冷静じゃなくても、気分良いもんじゃねぇだろ」
任務は成功しても、命は一つ消えた。
どうしてもその事実を意識してしまう。
「リアちゃん、フォースさんは?」
カスケードが尋ねると、リアは頷いた。
「怪我はないみたいです。」
「そうか、良かった。…フォースさん、今カイの手当てをしています。少しお時間いただけますか?」
「はい。…彼は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。カイ君は強いんですよ」
「…そうですか」
フォース氏を励ますリアに、カスケードは過去を見た。
「皆さん、来て下さい!カイさんの意識が戻りました!」
ラディアの声に、全員がカイの方へ駆け寄った。
カスケードは着くなり声をかける。
「おい、薬屋。大丈夫か?」
「…大丈夫じゃないです」
力のない声。
「っていうか、薬屋ってなんですか?」
「決まってるだろ。お前のあだ名だよ。いま決めたんだ。わかりやすくていいだろ」
「…俺はよくないです」
ここまで返せるんだから、大丈夫だろう。
あとの行動は決まっている。
「まあそう言うなよ。さて、カイの意識も戻ったことだし、車に戻るか。
自分では歩けないだろうから、手伝ってやるよ。
そんで、今日は予定を変更して次の街でホテルを取ろう。
キースの遺体は…」
カスケードはちらりとグレンを見た。
こういう事態になったのも、自分がカイとフォース氏をキースと一緒にさせた所為だ。
これ以上心に傷を増やしたくない。
「臭くなりそうだから置いて行くか」
ディアが自分を睨むのを感じたが、無視して車に戻る。
憎まれ役でもかまわない。
受話器を置いて客室へ向かう途中、鋭い視線を感じた。
誰なのかはわかっている。
「ディア、文句あるなら外でな」
「いや、今ここで言わせて貰うぜ」
「駄目だ、外で言え。…アクトもいるんだろ?」
「…いるよ」
ホテルの部屋割りはカスケードとカイが入れ替わっただけで、ほぼ同じだ。
今フォース氏はリアと話をしていて、ラディアは部屋で寝ている。
三人で会っていることを知る者はいない。
「ディア、カスケードさんが外の方が良いって言ってるんだからそうしよう」
「…チッ」
ディアは仕方なくアクトに従い、カスケードとともにホテルの外に出た。
すぐ側に公園があり、カスケードはそこのベンチに腰掛け、アクトが隣に座る。
ディアは立ったままポケットに手を突っ込み、タバコを取り出した。
「吸うの?」
「吸わなきゃやってらんねぇよ」
煙が風に流される。
普段は嫌がるアクトが、今日は何も言わない。
「カスケード、何で死体捨ててきたんだよ」
単刀直入な質問。
「殺っちまったもんは仕方ねぇし、苦しむのはグレンちゃんだ。別に責める気はねぇよ。
でもなぁ、お前の行為だけは絶対ぇ許せねぇ」
ディアは南方殲滅事件以来、死に敏感になっていた。
それはアクトも同じはずだが、彼は何も言わない。
ディアはその全ての憤りをカスケードにぶつけていた。
軽い言葉とともに生きていたものを捨ててきた、彼に。
「何とか言えよ!」
まだ少しも吸っていないタバコを投げ捨て、ディアはカスケードに掴みかかる。
カスケードは表情を全く変えずに、されるがままだ。
「やめろ、ディア!カスケードさんの話も聞けよ!」
「こいつに話す権利あるのか?!」
「ある!お前はカスケードさんの話を聞かなきゃいけない。だからおれがついてきたんだろ!」
「いいんだよ」
胸倉をつかまれたまま、カスケードは漸く一言発した。
「良いんだ、アクト。確かに俺は身内のことしか考えてなかった。
話す権利なんかないんだよ」
「カスケードさん…」
「認めやがったな。…お前は最低の上司だ」
「最低でも構わないさ。…話は終わりか?」
「この野郎…っ!」
「ディア!もう良いだろ」
殴りかかった腕をアクトに止められ、ディアは舌打ちしてカスケードを放した。
再びベンチに腰掛けたカスケードをちらりと見て、アクトは躊躇いがちに言う。
「ディア…こんな事言いたくないけど、お前だって同罪なんだ」
「同罪?」
「お前だけじゃない。おれも、皆も。誰も死体に触れることさえしなかった。
カスケードさんの言葉に逆らって死体を運ぼうとする人なんて、お前を含めて誰もいなかった」
言い返すことなんかできない。
事実なんだから、言い訳したってしょうがない。
「でも、もしあの場で死体を運んでいたら…グレンが辛い思いをする。…わかるよな?」
「………………」
わかっている。
ディア自身人を殺して苦しんだ。だから、わかる。
だけど、認めたくなかった。
カスケードがあんなことを言うなんて、信じたくなかった。
今まで出会った上司の中で、養父以外で唯一信じることが出来た者だから。
「カスケード、さっきロビーで何してたんだ?」
「何って?」
これで否定が返ってきたら、大きな支えを一つ失うことになる。
「司令部に電話かけてたんじゃねぇのか?…キースの死体の処理について」
今グレンを傷つけず、死体を野ざらしにしないようにするにはこれしかない。
そしてこれはカスケードにしか出来ない。
中央司令部でも権力の強い大佐にしか。
カスケードはゆっくり息を吐き、立ち上がった。
「…想像に任せる」
一人ホテルに戻っていく後姿を眺めながら、アクトは呆れてため息をつく。
「そうだ…だってさ」
「らしいな。外出たついでに飲みに行かねぇ?」
「仕事中だから却下。戻るぞ」
三人とも、笑っていた。
もう任務の失敗はありえなくなったから。
今回の任務でグレンの家族の絆も回復したが、佐官組の間の信頼感も高まった。
部下との付き合いも多くなって、いざという時に頼れる人が増えた。
新しい絆が、ここに。
Fin