神の聖誕祭が世界的に広まったと言われている。

どこかの誰かの所業が伝説化したものだと言われている。

真実を突き止めようとする人もいるけれど、

楽しければそれで良いって人のほうが圧倒的に多いような気がする。

なぁ、お前はどう思う?

 

鍋がことこと音をたてている。

小さなツリーの天辺には、光り輝く硝子星。

「ディア、胡椒とって」

「ほらよ」

アクトはいつも以上に張り切って夕食の準備をしている。

大勢集まるのは度々あることだが、今日は特別だ。

「一週間前誕生日かと思ったら、もうクリスマスかよ」

「悪かったな、微妙な日に生まれて」

「んなこと言ってねぇだろ」

いつものやり取りとでできていくのは、いつもと少し違う料理。

豪華な洋食と、少しばかりの和食。

「ケーキ午前中に作っといて良かったよ。こんなに大変なクリスマスは初めてだ」

「毎年二人きりだったからな…俺はその方がいいけど」

「皆でやらなきゃつまらないだろ。この方が作り甲斐あるし」

十二月二十四日、1082号室にて。

 

雪が降りはじめた。

触れるとすぐに融けてしまうが、一瞬に言いようのない美しさがある。

「きれいですわね」

薄暗くなってきた空を見上げ、メリテェアは呟いた。

その言葉で、パソコンに向かっていたクレインは漸く外の様子に気づく。

「ホワイトクリスマスね」

「そうですわね。…クライスさんはどちらに?」

「フォークさんのところじゃないの?ツキさんと一緒だったみたいだし」

パソコンの電源が切られ、暗くなったディスプレイに景色が映る。

今日はこれで仕事は終わりだ。後は約束の時間に寮に行けば良いだけ。

「おまたせーっ!」

「おかえりなさい」

ドアの開く音と明るい声が部屋に入ってきた。

大きなバスケットを抱えたフォークと、ツキとクライス。

「降ってきたな、雪」

「えぇ、ちょうど良いですわね」

「フォーク、荷物オレが持つよ」

「ありがとう、クライス君!」

「フォークさんいると調子良いんだから…」

事務室は一気に明るくなり、これから始まることへの楽しい予感を持たせてくれる。

まだ時間はあるが、早めに移動した方が良いだろうと部屋を出た。

「…あ、悪いけど先言っててくれるか?」

ツキが急に立ち止まる。

クライスは首を傾げつつ、

「はいよ。フォークはオレに任せとけ!」

と答えた。

メリテェアはツキがどこへ行くのかわかっていた。

あの事件からまだそんなに時間は経っていない。

おそらく彼が向かったのは、「親友」がいるであろう場所。

 

「楽しみですねー、クリスマスパーティ!」

パーティ用品が詰まった紙袋を抱え、ラディアはいつも以上にはしゃいでいた。

リアはにっこり笑って応える。

「そうね。大勢でやるのはきっと楽しいよ」

「早くクラッカーならしたいなぁー」

「…クラッカーが目的なの?」

きらきら輝く空の贈り物は、頬を掠めて地面に落ちる。

思わず溜息が出たところで、後ろから呼ぶ声がした。

「リアさん!ラディア!」

見慣れた笑顔と大きく振る手。

「カイ君!グレンさんも…」

「何やってるんですかー?」

カイが駆け寄って来て、グレンの到着を待つ。

揃った所で状況説明。

「俺達街まで出かけてたんです。リアさんたちは?」

「私たちはパーティで使うものとか買ってたの」

ほら、と紙袋の中身を見せる。色の多さにグレンとカイは同時に瞬きした。

「よくこんなに…」

「ラディアちゃんがいっぱい見つけてきたの。ね」

「そうなんです。面白いものたくさんあって迷いましたー」

少し多すぎやしないか。いや、メンバーを考えればそうでもないかもしれない。

「カイさんたちは何か買ったんですかー?」

「一応。…それじゃ、そろそろ行きますか」

いつまでも外にいては体が冷えてしまう。

寮に戻ろうと歩き出すと、正面からこちらへ向かってくる者がいた。

「ブラック」

「よ、グレン…と、リアとラディア」

グレンが声を掛けると、ブラックは片手をあげて応えた。

「それとバカイ」

「いちいちうるさいんだよ、まっくろくろすけ」

カイとブラックの間に火花が散り始め、グレンは呆れて溜息をつく。

白い息は冷たい空気にとけた。

「いいかげんにしろ。ブラックはどこに行くんだ?」

「病院。アイツ迎えに行く」

「そっか、リーガル少佐、今日は外出許可出てるものね」

「そうなんですか?」

リアは知っていたが、他の三人は知らなかったらしい。

ブラックは頷いて、四人の傍を通り過ぎる。

「アイツも美味い飯食いたいだろうからな」

雪の解ける道を踏み、待つ人のいる場所へ。

 

雪の中を駆け回るハルを、アーレイドは微笑ましく眺めている。

その後ろでクリスが二人を観察していた。

ふと後方からの視線に気づき、アーレイドは漸くクリスを見つけた。

「いつから?」

「結構前からですよ。…ご機嫌ですね、ハル君」

「冬苦手なんですけどね、あいつ。風邪引かないようにオレが気をつけてやらなきゃ」

アーレイドのハル思いを感じ取る。

クリスは冬が嫌いだが、微笑ましい光景が見られる点ではまだ救いがある。

アーレイドの傍に駆け寄ってきたハルは、クリスに気がつくとにっこり笑った。

「こんにちは、クリスさん!」

「こんにちは」

いつもと変わらない、元気な挨拶。普段どおりに返す。

「それでは、あとで」

「はい。…行くか、ハル」

「うん!」

これからの行動はすでに決まっている。パーティの準備を手伝わなければ。

「アーレイド、何か欲しいものある?」

「ハルがいれば十分だよ」

「…もう」

 

雪が積もり始めた墓地は相応し過ぎるほど静かだった。

「カスケード」

静寂の中に見知った色を見つけ、ツキは走っていった。

「どうした?ツキ」

「いや…どうせここだろうなと思って」

雪の払われた墓石には名前が彫ってある。

それはかつてカスケードの隣にいた者。

そして、助けたくて助けられなかった者。

「ニアさんと何か話してたのか?」

「メリークリスマスって言いに来ただけだ」

カスケードはゆっくり立ち上がり、出口に向かって歩みを進めた。

「昔さ、雪が降ったらニアと雪だるま作ってたんだ。俺が胴体でニアが頭。

できたものを積むのは俺」

いつの話だろう。カスケードは本当に懐かしそうに話す。

まだ事件のことが頭を離れないのか、寂しそうな表情だ。

「作るか?」

二十代にもなって、こんなことを言うのは馬鹿げているかもしれない。

「え?」

「雪だるま、作るか?」

だけど、一緒に作ってみたかった。

カスケードとニアの見ていた世界を、ツキも見てみたくなった。

「ツキから言うなんて珍しいな」

「だろ?今日くらい子供に戻っても構わないと思わないか?」

「…そうだな」

大人だからと痛みを堪える必要はない。

子供のように泣き叫ぶことも、たまには許されるのではないか。

「よっしゃ!どうせならでっかいの作るぞ!」

「時間ないから無理だろ…」

「ツキが言ったんだろ、雪だるま作るって」

「小さいのでいいだろ」

泣き叫ぶのが躊躇われるなら、こうして笑えばいい。

かけがえのない人と、笑いあえばいい。

 

大粒の雪が降り始め、高い窓からもよく見える。

片手で漸く着替えを終え、迎えを待つ。

「久しぶりだな、外出るの…」

今のアルベルトにとって、叶えうる範囲での最高のプレゼントだ。

「おい馬鹿、支度できてるか」

戸が開くと同時に聞こえた声は、ずっと待っていたもの。

「馬鹿って言わないでよ…。ブラック、ちょっと支えてくれる?」

「言われなくてもやってやるよ」

処置を終えた右手は、今激痛と戦っている。

何かに触れるだけでも、硬い靴に潰されたような感覚になる。

「よいしょ…っと。左腕太くなりそうだよ」

「…悪かった」

「もう謝らなくていいよ」

あの事件以来、ブラックは一日に三回は謝っている。

もうそんな言葉は聞きたくないのに。

「それより、早く行きたい。皆に会いたいな」

「わかった。…歩けるな?」

「足は怪我してないからね」

アルベルトはずっと笑っている。

弟を心配させないようにではなく、本当に嬉しいのだ。

雪を踏む音も、街の声も、車のシートのちょうどいい硬さも久しぶりだ。

隣でブラックが運転しているのを見るのも。

「…何だよ」

「病院戻りたくないなって思ったんだ」

「オレの顔見てか?」

「うん」

「わけわかんねー」

車は真っ直ぐ寮に向かおうとしていた。

皆が待っている場所へ。

 

軍人寮男子棟1082号室はほぼ満員だ。

テーブルの上も所狭しと料理や飲み物が並んでいる。

大宴会はもうすぐ始まろうとしていた。

「すみません、アタシたちまで…」

「良いんだよ。狭くてごめんな」

アクトの言葉にシェリアは少し安心する。

安心した所で視界に入ってくるのはカイ。

「シェリーさん、カイ少尉に見惚れっぱなしだね」

「な、何言ってんのシィ!」

そう言うシィレーネも先ほどからきょろきょろしている。

カスケードはともかく、ツキまで遅刻するなんて普段からは考えられないのだが。

「遅いなぁ、カスケード大佐…」

「そのうち来るんじゃないですか?どうせ一緒にいるんでしょうから」

クリスの言う通り、二人は一緒に現れた。

ただし、その場の全員を呆れさせるような形で。

「おまたせー!」

「悪いな、遅くなって」

声や僅かに見える色からカスケードとツキだということはわかる。

しかし、

「どこから持ってきたんですか、その衣装」

「俺の部屋にあった奴。な、ツキ」

「俺は拒否したのに…」

髭までついた完璧なサンタコスチューム。

ツキはどうやら道連れらしい。

「結構似合うぜ、ツキ」

「クライス…お前人の気持ちも知らないで…」

「似合うよ、お兄ちゃん!」

「フォークに言われると余計ショックだ」

半分沈んだツキだったが、テーブルの上の料理を見て少し回復する。

「…こっちがフォークで、こっちがアクト?」

「正解!さすがお兄ちゃん!」

「弟の作ったものはちゃんと見分けつくんだな」

「当たり前だろ」

雪だるま作りで空腹状態だったのが余計に刺激される。

しかし、まだ全員揃ってはいない。

「黒すけとアルは?」

「まだだ。病院ごときでこんな遅くはならねぇはずなのによ」

「心配ですね…ブラックはどうでもいいけど、アルベルトさんまだ治ってないんですよね?」

「大丈夫よ。きっとすぐ来るわ」

あと二人。空腹が限界値に達そうとしている者には待ち遠しい。

「様子見てくる」

「グレンさんが行く必要無いですよ!俺が行きます」

「お前じゃ心配だ」

グレンとカイが席をたとうとしたところで、

「悪い、遅くなった」

ブラックが入ってきた。

「黒すけ!遅かったな」

「アルベルトさんはどうされましたの?」

「来る途中で傷が痛み出したんだよ」

「傷が…?!」

まさか、来られなくなったのか。

部屋が騒然とする。

一人欠けた状態で楽しもうとするのは、少し抵抗がある。

リアがブラックの方へ行き、心配そうに言う。

「それで、リーガル少佐は…」

「あぁ、アイツは…」

ブラックが言いかけたとき、

「すみません、遅くなって」

柔らかい声が、半開きのドアの向こうから聞こえた。

「痛み止めもらいに戻ってたんです」

「アル!」

ブラックと同じ髪と目。右手は包帯が巻かれているが、軽く挙がっている。

「リーガル少佐…良かった、来てくれて」

「マ、マクラミーさんっ?!あ、あわわわわ」

「馬鹿、落ち着け」

いつものアルベルトだ。会えてよかった。

これで全員揃った。

「さて、始めるか」

「さっさと食わせろ」

「行儀悪い!」

「いってぇ…何すんだよ!」

さぁ、楽しい夜の始まりだ。

 

「不良、当然ここは上司に譲るよな?」

「不良って言うんじゃねぇよ。部下に譲んのが良い上司だろ?」

「いや、逆だろ?」

「お前こそ逆だろ」

カスケードとディアは相変わらずだ。

メニューが変わっても取り合いは変わらない。

「いいかげんにしろ!まだあるのに…」

「いや、取り合うのが男だ」

「意味わかんないし。大体行儀悪い!」

「いってぇ!何で俺だけ叩くんだよ!」

ディアを叩くアクトも変わらない。

「いきますよーっ!えーいっ!」

「ラディアちゃん、クラッカーならし過ぎ!片付けるの大変じゃない…」

ラディアのクラッカー攻撃にリアは慌てる。

広がった紙テープを手繰り寄せてまとめるが、それも追いつかない。

「アルベルトさんにとってあげたらどうですか?」

クリスはブラックを挑発していた。

「言われなくても…」

「ブラック、あれとってー」

「うるせー!さっきのとってから何秒も経ってねーだろ!」

「だってもう食べちゃったし…」

クライスはフォークの料理を褒めまくっていた。

「やっぱりフォークはすごいよな!」

「ありがとう、クライス君。」

「よし、こうなったらぜひオレの嫁に」

「馬鹿なこと言わないで、馬鹿兄」

「…クレイン、お前冷たい」

ツッコミを入れるクレインも、フォークの料理を美味しくいただいている。

「シェリーさん、これ美味しいよー」

シィレーネはシェリーに料理を薦めるが、

「カイさんかっこいいなぁ…」

「…シェリーさん…?」

どうやら聞いていないらしい。

ちなみに彼女の想い人はというと、

「グレンさん、口開けてください」

「何でそんな事しなきゃならないんだ」

「俺が食べさせてあげますって」

「嫌だ。大体俺は洋食は…」

「駄目ですよ、食べなきゃ」

「嫌なものは嫌だ。お前に食べさせられるのがさらに嫌だ」

グレンにくっついていたのだが、シェリアには見えていない。

「ハル、口についてる」

「え、うそっ!」

アーレイドに指摘され、ハルは慌てる。

隙を見てアーレイドが掬い取り、食べてしまう。

「うん、美味い」

「もう、アーレイドってばぁ…恥ずかしいよぅ」

一番甘いのはこの二人なのではないか。

「皆さん仲がよろしいですわね。…ツキさんもいただいてはどうです?」

「大丈夫、俺食ってるから。メリテェアは?」

「わたくしもたくさんいただきましたわ」

こちらもほのぼのとした空気が漂っている。

殺伐としていた取り合い組とは大きな懸隔。

ディナーが終われば、次はデザート。

二種類のケーキが並び、甘いものが好きな人は嬉しそうだ。

しかし、

「うわ、甘そう…」

カスケードは甘いものが苦手だ。

グレンも洋菓子は苦手なので、黙って隅へ移動する。

「大丈夫だよー。グレンさんには僕がちゃんと和菓子用意してきたから!」

フォークはにっこり笑って、小さな箱を取り出す。

「はい、グレンさんにメリークリスマス!」

「…ありがとう、フォーク」

透明な箱を隔てて、雪だるまの形の和菓子が可愛らしいポーズで立っている。

アクトは横から覗き込んで感心した。

「すごいな…フォーク、今度教えてくれる?」

「いいよー。アクトさんならすぐできるよ!」

「ありがと。…そうだ、カスケードさんにはおれから」

アクトは台所に行って、小さなシフォンケーキを持って戻ってきた。

「ケーキじゃん」

「ケーキだよ、紅茶の。甘くないから大丈夫だと思うけど…」

「そっか、サンキュ」

カスケードは爽やかな笑顔で受け取ったが、ディアの方を向くと急に表情を変えた。

「ほら見ろ、不良。アクトが俺だけのために作ってくれたんだぞー」

「見せびらかすんじゃねぇ!」

メインのケーキはというと、フォークのチョコレートケーキとアクトのチーズケーキ。

「アルベルトが戻ってくるって聞いたからこれしかないなって思って。

フォークには他の人のこと考えて別の作ってもらったんだ」

「そうなんですか…ありがとうございます。僕のためにこんな…」

「泣くんじゃねーよ馬鹿」

「馬鹿って言わないでよブラック〜…」

この人数ではケーキもあっという間に平らげてしまう。

ラディアが二種類を二個ずつ食べた所為もあり、どちらの皿ももう空だった。

終わってしまえば、あとはいつもと同じ。

 

「また負けたーっ!」

定番の雄叫び。もう何度も耳にしている。

「よっ、負け大将!」

「大将じゃないから負け中佐の方がよくありませんか?」

「うるせぇんだよカスケードもカイも!」

口々に言う上司と部下を怒鳴りつける。

その脇でツキが笑いながら自分の役を見る。

「今日も俺の一人勝ちかな?」

「ツキは強すぎだよな。フォーク、オレにもっと念を送ってくれ!」

「クライス、フォークが混乱してる」

ディアに対してさらに追い討ちをかけるように、

「今日はオレも結構調子良いな」

アーレイドも嬉しそうに言う。

「お、すごいじゃんアーレイド」

「やっと二位になれました」

「ふざけんじゃねぇぞ…」

ポーカーをしている六人から離れて、他のメンバーは楽しく談話中。

「いいですよね…リアさんやメリーさんはスタイル良くて。

アタシなんか真っ平らだし…」

シェリアが愚痴ると、リアとメリテェアは困ってしまう。

「シェリアちゃんはちょっと遅れてるだけよ。これからもっと…ね?」

「そうですわ。それにシェリアさんはそのままで素敵な女性ですわよ」

「でもアタシがさつだし…」

ますます暗くなってしまうシェリアに、今度はシィレーネが力強く言う。

「シェリーさん、女は胸じゃないよ!ね、ラディアさん!」

しかしラディアは、

「…私もぺったんこー…」

「…ラディアちゃん、気にしなくていいのよ」

リアは双方のフォローで余計に忙しくなってしまった。

「胸が大きかろうが小さかろうが機能は一緒なんだから気にしなくて良いんじゃないの?」

「…クレインちゃん、機能って…」

クレインの言葉にも戸惑い、女性陣の会話はだんだん下方沈殿していく。

一方、

「ブラック、飲む?」

アクトは酒を勧めていた。

「いや、苦手だから…」

ブラックはアルコールが苦手らしく、さりげなくアクトから離れていく。

「それじゃボクが」

「なんかクリスは強そうだな…」

「えぇ、薬品なんかでアルコール慣れしてますから」

ハルはジュース、グレンは紅茶を貰っていた。

「アクトさんって何であんなに酒勧めるんだろう…」

「んー…たしか、アクトさんってとってもお酒強くて、最後まで一緒に飲める人さがしてるんだって」

「いないだろ」

アルベルトも酒を飲ませるととんでもないことになるのでジュースを貰っていた

はずだった。

「間違えた…」

フォークの呟きにブラックが気づいた時はもう遅かった。

「足りねーよ」

いつもからは考えられないような暴言を吐く、その声。

「…おい、まさか酒…」

「足りねーっつってんだろ。ブラック、注いで」

アルベルトは完全に酔って、性格が百八十度変わっていた。

「…アルベルト?」

「あー?」

アクトが呼ぶと、普段絶対しないような応え方。

「何、アクト君…僕になんか用?」

「いや、大丈夫かと思って…」

「大丈夫に決まってるだろー」

全然大丈夫ではない。

「ごめんね、黒い人!僕がビン間違えちゃったから…」

「この期に及んで黒い人かよ。…んなことどうでも良い、早く水!」

「み、水?!」

「水飲ませて気絶させればそのうち直る」

さすがは弟、よくわかっている。

アクトが手渡したコップをアルベルトに持たせ、

「こっち飲め」

「何だよこれ…」

とりあえず飲ませる。

飲んでコップを置いた所で、

「寝やがれ」

思い切り額を叩いた。

「おい、こんなんで気絶…」

「するんだよ」

「…うわ」

ぐったりしたアルベルトを右手に触れないように気をつけながら寝室へ。

あっという間に過ぎた一連の流れを、グレンとハルは口を塞げないまま見ていた。

「…すごかったですね、アルベルトさん」

「あれが第三の表情か…」

女性陣やポーカー組には気づかれなかったようなので、それだけは良しとすることにした。

 

いつもよりも賑やかな大宴会も終わってしまい、全て片付けた部屋はがらんとしてしまう。

「すごかったな、今日も」

洗った食器を片付けながら、アクトはポツリと呟いた。

ディアは冷蔵庫からまだ開いていない酒瓶を取り出し、言う。

「クリスマスとしては初めてだろ?こんなの」

「…まぁな」

出さなかった瓶は終わった後のためのものだ。

真夜中の、二人きりのクリスマスのための。

「さて、俺達はこれから楽しもうぜ」

棚を閉めたアクトを、ディアは後ろから抱きしめる。

アクトは息をついて、温かな腕にそっと触れた。

「寝るの何時になるかな」

「さぁな。俺は寝かすつもりねぇぜ?」

「当分寝られそうにないな」

特別な夜に優しく重ねる唇。

ほんの少し、甘い味がした。

 

キルアウェート兄弟とベルドルード兄妹、メリテェアは帰路をともにしていた。

雪は夕方よりも積もっていて、踏みしめると小気味よい音を立てた。

「お兄ちゃん、明日は雪だるま作れるかな?」

「また雪だるまか…」

フォークの無邪気な言葉に、ツキは思わず苦笑する。

「またって…作ったの?」

「カスケードとな。ちっさいの三つほど」

「僕に内緒でー?むー…」

「じゃあオレと作ろうぜ、フォーク」

ふくれるフォークの手をクライスが握る。

「うんっ!一緒に作ろう!」

「よっしゃ!」

子供のようにはしゃぐ二人を、クレインは呆れながら見ていた。

「全く、子供なんだから…」

「いいことですわ。今日は幸せになる日ですもの」

メリテェアはにっこりと微笑む。

「…メリテェアは幸せ?」

「えぇ。あんなに楽しかったんですもの、幸せですわ」

「…そうね」

まだ積もり続ける、夜空からのプレゼント。

 

「ハル、やるよ」

アーレイドから手渡された小さな箱を、ハルは小さな手で包み込む。

「ありがとう!開けてみて良い?」

「あぁ。気に入ってもらえるかどうかわからないけど…」

包み紙を開く音に合わせるハルの仕草が可愛らしく、アーレイドは暫く見惚れる。

白い箱の中身は、小さなねじのついたキーホルダー。

「これ…オルゴール?」

「正解。聴いてみろよ」

「うんっ!」

小さなねじを巻くと、中のホイールがまわりだした。

高く綺麗な音が溶けていく。

星が歌っているような気がして、ハルは窓から空を見上げた。

「綺麗な曲だね…ありがとう、アーレイド」

「どういたしまして。喜んで貰えてよかったよ」

「アーレイドのくれる物、喜ばないわけないよ!

アーレイド、大好きっ!」

抱きついた体温が温かい。

 

ラディアの歌うクリスマスソングは、暖かい部屋によく似合う。

リアはそれを聴きながら、渡しそびれた包みを見ていた。

明日渡そうか。だけど、直接は渡せない。

今年は諦めようか。

「それ何ですか?」

「これ?…内緒」

「えー、教えてくれたっていいじゃないですかー」

ラディアはそう言うが、どうしても言えない。

言えないほど、大切。

――やっぱり明日渡してもらおう。

せっかく短期間で綺麗に編み上げたのだから。

それに、今が一番必要な時かもしれない。

大きめに作った手袋は、包帯を巻いた手でもきっと嵌められるはず。

 

大嫌いな雪を見ないよう、クリスはカーテンをしっかり閉めた。

痛いことを思い出してしまう。思い出したくないのに。

「さっきまで忘れてたのに…」

あの輪の中では、辛いことも忘れてしまえた。

冬が嫌いなことは、さっきまで本当に頭になかったのだ。

「おかしいですね」

その笑みは自嘲か、それとも。

 

「酔っ払ってんじゃねーよ」

「うん…ごめん、ブラック」

酔いが覚め、アルベルトはかなり反省しているようだ。

酔っている間の記憶はないが、何人かに多大な迷惑をかけたらしい。

「せっかく戻ってきたのに、これじゃ駄目だね…」

「あぁ、駄目だな。全く駄目だ。さっさと病院戻れ」

「…ごめん」

アルベルトはさらに落ち込み、ブラックは息をつく。

今回はあくまでも外出許可だ。明日になればアルベルトはまた病院に戻らなければならない。

今夜が終われば、また一人の部屋。

「ちゃんと帰って来いよ」

「え?」

ブラックの呟きに、アルベルトは訊き返す。

逸らした顔が僅かに赤いのに気がついた。

「だから…今度はちゃんと退院して迷惑かけた分働け!」

「ブラック…」

やはり弟は自分を想ってくれている。

それが確認できたことが、最高のクリスマスプレゼント。

「ありがとう、ブラック。…病院でコーヒー奢るよ」

今の自分にはそれしかできないけれど、いつかきっと。

 

宴会のあとの静けさは寂しい。

だけど、二人きりという響きならば神聖。

抱きしめると抱きしめ返してくるのは、二人きりだから。

「グレンさんやっぱり温かいですね」

「…悪かったな、子供の体温で」

「それが良いんですよ。悪いことなんか何もないです」

一緒にいられることが幸せ。

互いの温もりが幸せ。

だけど、それ以上を求めたくなる。

「グレンさん、プレゼントお願いしてもいいですか?」

「プレゼント?欲しいものでもあるのか?」

「あるんですよ。とっても欲しいもの」

腕をほんの少しだけ緩めて、顔が見えるようにして。

「グレンさんからキスして欲しいです」

今日だから言う。

「…俺から?できるわけないだろう」

「して欲しいんです。グレンさんからしてもらったことってないから」

いつもならここで撃たれているところだ。

だけど、今日は。

「…一回だけだぞ」

「一回で良いんですよ」

「目開けるなよ」

「わかりました」

特別な夜だから、幸せになる日だから、

許してやってもいいだろう。

 

夕方掃ったばかりなのに、また雪が積もっている。

そっと除けると、寒さが伝わる。

「ニア、ツキと雪だるま作ったんだ」

遅刻してまで作った、小さなオブジェ。

「お前と作った奴よりずっと小さいけど…楽しかった」

そこに笑顔があったから、楽しかった。

どんなに小さくても、嬉しかった。

「だからこれ、おすそ分けな。これで少しでも楽しかったことが伝わってくれればいいんだけど」

墓石の横に、小さな笑顔。

「これは十八のニアのな。こっちは…」

もう一つの笑顔は、先日別れたばかりのニアへ。

「お前とも雪だるま作りたかったな。きっと昔より大きいの作れたと思う」

最後に見た綺麗な笑顔が甦る。

十八の時に別れたニアの笑顔が夏の明るい太陽なら、

あのニアの笑顔は冬の優しい光をくれる太陽。

自分を照らしてくれることには変わらない。

「メリークリスマス、ニア。…俺、いろんな奴と一緒で幸せだよ」

だから心配しないでくれ。

そして、願わくばお前も幸せであるように。

ずっと笑顔で見守っていてくれるように。

そして、またいつか会えるように。

 

小さな星が光った。

雪は優しく地面を包んだ。

 

Fin