それはある日の会議が終わったときのこと。

少々艶やかさを含んだ声が言う。

 

目の前に積まれたアイスクリームに、ニアは不満のため息をつく。

「学習しないね、君たち」

真っ先にキレたのは元軍人のヤークワイア・ボトマージュ。

「貴様、何だその態度は!せっかく買ってきてやったのになんという言い草だ!」

「ボトマージュさん、血管切れるよ?僕はただ本当の事言っただけなのに」

「クローンのくせに何をほざくか!今ここで殺してやる!」

ボトマージュが銃を取り出すと、ニアは弄んでいた長い髪を手で払う。

それはとても優雅な仕草で、直後の行為との違和感を一層強くする。

「…僕を殺せるの?」

一瞬にして取り出された細身の剣は、切っ先をまっすぐボトマージュに向けている。

冷たい笑顔を浮かべ、ニアは「誰にも逆らわせない」と言葉にせず語る。

身動きの取れなくなった相手に満足し、大量のアイスクリームを持って奥の部屋へと向かう。

「偉いねー、さすが元軍人さん。反逆者にも逆らえないものってあるんだ?」

クスクスと笑うニアに、ボトマージュははらわたが煮えくり返ってさらに唐辛子をぶち込まれたような気分になるが、言い返すことはできなかった。

そんな彼を不憫に思いながらも、無視しているふりを決め込むカッサス親子とイリー。

裏組織の人間関係も大変なのである。

 

ニアの部屋には巨大な冷凍庫がある。

オレガノ・カッサスが用意してくれたもので、いくらでもアイスクリームが入る素敵なアイテムだ。

しかしニアはこれでも満足できない。

記憶の中でも大好きなはずだったアイスクリームが、美味しく感じられない。

死ぬ前の自分にとって親友だったあの男が、自分の心臓を貫いたあの日から。

殺されたのは自分ではなく、別の不完全なクローンだけれど…それでも過去の自分の形が壊されるのは、嫌な気持ちだった。

「…おいしくない」

先ほどボトマージュに仕入れさせたアイスクリームは、一口食べただけで捨ててしまった。

わざわざ変装までさせて買いに行かせたのに。

「イライラするなぁ…イリーはいじめても面白くないし、オレガノさん親子にはスルーされるし、ボトマージュさんはどうでもいいし」

このメンバーでやっていくこと自体に不満だった。

でも、「あの方」の命令だから仕方なく…

「…たまには命令聞かないでもいいかな…」

あんなメンバーとつるまずに、一人で行動しよう。

もともと馴れ合いは禁じられているんだから、一人で外出するくらいどうってことないはずだ。

「でも念のため変装はしなきゃね」

外に出て知っている人にあったら困る。

人違いだと言ってかわすこともできるが、ごまかす自信は正直無い。

大き目の帽子に、できるだけ普通の服(借り物)

向かう目的は

「アイスクリーム、食べに行こう」

煩わしくも頼りにはなる記憶をたどって、ニアは歩き出した。

 

街はこんな風だっただろうか。

人はこんなものだっただろうか。

あの頃あったものがなくなっていて、

あの頃なかったものがある。

頼りになると思っていた記憶は、空白の数年を経るとほとんど頼りにならなくなっている。

あの頃見えなかったものが見える。

きっとあの頃見えていたものが見えなくなっている。

「目線…違うなぁ」

十八歳のニア・ジューンリーが見ていた世界と、

今の自分が見ている世界。

全てが楽しくてたまらなかったあの頃と、

全てが憎らしくてたまらない現在。

「僕…本当にニアなのかな…」

本当といっても、違うといっても嘘になる。

クローンだから、そうであって、そうじゃない。

そんなことばかり考えていたら、目的を通り過ぎそうになった。

「…ここだ」

ニアがよく行っていたアイスクリーム屋。

いつもバニラアイスを二つ頼んで…

…忘れたいのに、こんなことは。

あの男は自分を殺した。

笑顔で語り合った日にこだわって、それができない偽者を壊した。

「………っ!」

こんな記憶、なければよかった。

そうすれば…そもそもアイスクリームのためだけに街へ出てくることもなかった。

記憶の中の笑顔に惑わされずに、空虚なままいられたのに。

 

「どこに行っていた?」

「ボトマージュさんが役立たずだから自分でアイス買って来ようかと思ったけど、店が閉まってた」

普段オレガノの問いにここまで答えることはない。

今は誰に聞かれても――例え相手がボトマージュでも――余計に長い答えを返しそうだ。

気が滅入る。

早く全てが終われば良い。

早く幸せな世界を完成させて、何もかも忘れて、

………

あぁ、どうして記憶の中ではこんなに幸せそうなのか。

 

ほんの少し歩いただけで、長い長い旅をしてきたような感じがする。

こんなに疲れるのは一体誰の所為?

 

「早く…早く消さなきゃ…」

 

そして翌日、再び苛立ちをぶつける。

どうせアイスクリームは美味しくないに決まっているのに。

だって、アイスクリームを美味しいと思っていたあの頃は、すぐ隣に…

 

Fin