日めくりカレンダーをめくるのが楽しくなってくる。
あと少しで全てなくなるその前に、楽しいイベントが待っている。
今年の天気は…雪らしい。
ダイ・ホワイトナイトを指揮とする班のメンバーは、予定表を見て不満げな顔をする。
十二月二十四日はしっかりと仕事の予定が組まれており、二十五日は午後から市街の見回り。
クリスマスだ何だと浮かれている場合では全くないのだ。
「もー…なんでせっかくのクリスマスが仕事なのさー…」
「仕方ないってわかってても、がっかりだよね…」
しょぼくれるレヴィアンスとニア。
そういえば一番クリスマスを楽しみにしていたな、とルーファはため息をつく。
「二十五日の午前中は空いてるだろ。だったら二十四日の夜にパーティでもしてさ…」
「もともとそのつもりだったもん」
「準備の時間がないよねー」
あぁ、慰めようがない。頭を抱えるルーファ。
そんないつもと変わらない状況を背に、アーシェとグレイヴは手を動かしていた。
編み棒が一本の毛糸を幅のあるものに変えていく。
「あ、目がたりない…」
「大丈夫。ここからならすぐできるから」
「うん、ありがとうグレイヴちゃん」
二人は十二月に入ってからずっとこの調子だ。
見るたびに編んでいる毛糸の色が違う。
「ずっと思ってたんだけどさ、何編んでんの?」
覗き込むゲティスに、アーシェは笑顔で返す。
「秘密です。ね、グレイヴちゃん」
「そういうことなので」
「何だよ、ヒントくらいくれたっていいじゃん。
特にグレイヴちゃんが作ってるものの正体がわからない」
「わからなくていいです」
アーシェが編んでいるものは、形状からなんとなく完成するものがわかる。
しかしグレイヴの方は少し複雑で、知らない人にはわからない。
おそらく言われるか完成品を見るかで、初めて納得できるだろう。
「ゲティス、邪魔になる」
「だってパロットも気にならないか?」
「そういうの、お楽しみ」
パロットの言葉にアーシェが頷き、ゲティスは渋々とその場を離れる。
そして女の子たちは再び作業を始め、毛糸玉を少しずつ小さくしていく。
金属のぶつかる音が、冬の空に冷たく響く。
屋内の射撃場はすでに満員で、外で練習することを余儀なくされた。
それだけでもいらいらするのに。
「あー…寒」
ダイは何度目かの台詞を呟く。
冷たい空気の中、素手で銃をいじるのは辛い。
手袋がほしいと言ったら、養父に「そんなモンなくてもいいじゃねぇか」と言われた。
北国生まれの養父には、この国の冬は暑いらしい。
「暖かい」ではなく「暑い」という表現を使われたらなんだか悔しくなってきて、手袋購入は諦めた。
しかし今年の冬はいつもの年に比べて寒く感じる。
おそらくニュースで「例年よりも気温が低く…」などと言っているのを聞いてしまったからだ。
やはり年明けまで待って、養父の故郷に行く時に手袋を買ってもらうしかないか。
その時じゃないと馬鹿にされる。それはものすごく嫌だ。
「寒くないんですか?」
だから寒いんだって、と出そうになったが、言葉を飲み込む。
相手が背の低い金髪の少年だったから。
「エスト准尉、屋内射撃場にいたんじゃないのか?」
「順番待ちが退屈だったので。…で、寒くないんですか?」
「寒くない。これくらいは慣れてるよ」
ドミナリオには弱みを見せたくない。
見せたら負けるような気がする。
「お前は何か用があるのか?」
「無いですよ。これで失礼します」
ドミナリオの手にはちゃんと手袋がはめられている。
嫌味か。嫌味なのか。
姿が見えなくなった後、ポツリと呟く。
「…生意気なガキだ」
さっさと整備を終わらせて、引き金を引きたい。
その日の仕事が終わり、ニアとルーファは寮に戻る。
その後ろをレヴィアンスがついてきて、二人の袖をひっぱった。
「ねぇ、クリスマスの計画立てない?」
ニアは目を輝かせ、ルーファは二人を微笑ましく思う。
「うん!」
「それはいいけど、どこで?」
「ニアとルーファの部屋で。ご飯も一緒に食べに行こうよ」
これからの予定はレヴィアンスの中で決定済みらしい。
先に食事にすることにして、三人は寮内の食堂に向かった。
話し合いは夕飯から始まる。
「で、ボクの考えなんだけど。ニアの家使えないかな」
「僕の家?お父さんは多分いいって言うと思うけど…」
「寧ろ計画立ててたりしてな」
「あ、そうかもねー。ニアのお父さんって、まとめ役だし」
それは大正解だった。
ちょうどその頃、ニアの父カスケードは電話をかけていた。
「ハル、二十四日の夜って忙しいか?」
『年末は毎日忙しいですよ…。でも、久しぶりに集まりたいですね』
「よっしゃ、決まりだな。二十四日は仕事終了次第、不良の家集合ってことで」
『ディアさんたち、良いって言ったんですか?』
「いや、これから了解取る。でも昔からパーティはあいつらのとこだし、大丈夫だろ」
『…カスケードさんってば…』
子供たちが計画せずとも、クリスマスパーティの準備は確実に進行していたのだった。
女子寮のアーシェの部屋では、編み物大会が繰り広げられていた。
「グレイヴちゃん、頑張ってるね」
「別に頑張ってないわよ」
「ううん、頑張ってる。素材選びから慎重だもの」
アーシェがニコニコしながら言うと、グレイヴは勝てない。
少し頬を染め、編み進めていく。
「アーシェは…作るスピードが半端じゃないわよね」
「だって、みんなの分作らなきゃ。それにこっちは簡単だもの」
机にはすでに完成品がいくつか並べられている。
グレイヴが教えていたのだが、来年からはその必要が全くなさそうだ。
「二人とも頑張ってるのね。私も頑張らなきゃ」
オリビアも何か大きなものを編んでいる。
どうやらこれは想い人に渡すらしい。
「直接は渡せないからね…その分心を込めて編まなきゃ」
叶わぬ恋だが、それに情熱を傾けられるのだから素晴らしい。
「…相手がアタシの父さんっていうのは微妙だけどね…」
グレイヴはいつも呟く。
その度に
「いいのよ、人の夫で子持ちでも。それでも私は先生が好きなんだから…」
と言われてしまう。
夢見る乙女には勝てない。
「…もしかしてアタシってこの三人の中で最弱…?」
「どうしたの?グレイヴちゃん」
「なんでもない…」
一抹の不安を覚えつつ、グレイヴは再び手を動かし始める。
それは形を成してきていて、その日が近いことをあらわしていた。
ホリィがぶつぶつ言いながら荷物をまとめている。
しばらく放っておいたが、どうにも読書の邪魔なので言うことにした。
「ホリィ、今君を絞め殺したいと思ってるんだけど」
「恐いこと言うなよドミノ!オレは今落ち込んでるんだ!」
とてもそうは見えないが、それが彼の落ち込み方だ。
数年付き合っていればそれくらいわかる。
「落ち込んでるならそれなりに大人しくしてて欲しい。
で、落ち込んでる理由は?」
「お、聞いてくれるのか!」
「聞くから静かにしてよ」
「クリスマス…今年もオリビアと一緒に過ごせないんだぜ!?」
「それだけ?じゃ、静かにしてよ」
「お前、冷たいな…」
再びぶつぶつ言い出すホリィに、ドミナリオはため息混じりに言う。
「オリビアは実家に帰らなきゃいけないし、ホリィだって家族と過ごす予定なんだろ。
僕だって帰りたくも無い家に帰るんだから、皆同じ」
「そうだけど…」
去年も同じようなやり取りをした。
そして結局当日は浮かれてるのだ。
毎年同じなのに、何故か飽きない。
ドミナリオは再び本に向かう。落ち込むホリィが発する音も、そのうち慣れてくるだろう。
ベッドの下を確認し、大丈夫だとホッとする。
ゲティスは最近この調子でずっとそわそわしていた。
パロットはそれにわざと気づかないふりをしている。
言ったらきっとがっかりされるから。
落ち込んだゲティスなんて見たくない。落ち込んでもすぐ回復するとしても。
「ゲティス、紅茶」
「え、あ、おう、サンキュ!」
態度からしてバレバレなのに。
内心呆れ、でもほんの少し喜んでいる。
今そわそわしているということは、今年もきっとプレゼントを用意してくれたのだろうから。
「パロット、今年のクリスマスは雪だってよ!ホワイトクリスマスってやつだな!」
「夜、白くなる。綺麗」
「そうだな!今年は外出て雪見ようぜ!」
昔から変わらない幼馴染を、
「ゲティス、犬はよろこび庭かけまわる」
「…オレ、犬?」
パロットはちょっと可愛いと思ってしまうのだった。
「はぁ?!ふざけんな!」
父の大声に、思わず紅茶を噴きそうになった。
弟のユロウも持っていたクッキーを落とし、固まっている。
「大丈夫か、ユロウ」
「うん…お兄ちゃん、お父さんどうしたのかな」
「知らない」
どうせ知り合いと電話しているのだろうと思い、ダイは紅茶を飲みなおす。
そのあと静かになったと思ったら、父と母が二人で戻ってきた。
なにやら文句を言いながら。
「簡単に了承してんじゃねぇよ!」
「今更何?昔に戻っただけなんだからいいじゃない」
「良くねぇよ!勝手に決めやがってカスケードの奴…」
やっぱり知り合いとの電話だった。
でも、何の話だかわからない。
ダイとユロウが何も言えずにいると、母、つまりアクトがにこやかに説明してくれた。
「クリスマスパーティ、うちでやることになったから」
それはもう簡潔に。
「ホント?!」
ユロウは早速大喜びで、アクトに抱きついている。
「えっと…つまり?」
「つまり、うちにみんなが集まるんだよ」
みんなって、つまり。
「それって…ニアたちとか来るってこと?」
「うん」
当然ダイの「たち」には、主な部下が含まれている。
アクトの答えはそれを全て肯定したもの。
「ダイ、お前あんまりグレイヴに絡むなよ。クリスマスまでブラックに因縁つけられたくねぇ」
「ごめん父さん。俺のために斬られて」
「ふざけんなよオイ」
仕事があるとかそんなことはどうでもいい。
ダイは明日買い物に行こうと決心した。
翌日も司令部は浮き立っていた。
特にニアとレヴィアンスが。
「パーティだーっ!」
「やっぱりニアのお父さん計画してたんじゃん!」
しかしルーファにはレヴィアンスのみ大人しくさせる策があった。
「ダイさんの家でだけどな」
この一言である。
ニアは全く気にしないが、レヴィアンスはダイが苦手なためその言葉で固まる。
「あー…せめてニアの家だったら良かったのに…」
「なんで?大尉の家広くていいじゃない。大尉のお母さん料理上手だし」
「ちょっと何かしたら大尉ににらまれそうで怖い…」
「大尉はそんなに怖くないよー」
それはニアにとってだけだ。レヴィアンスだけでなくルーファも不安をかかえている。
楽しいクリスマスが一転して恐怖のダークオーラに満ちたら大変だ。
そんなことなど知らないニアは、女の子たちに話しかける。
「アーシェちゃんも大尉の家でいいよね?」
「うん、私は寧ろ大尉の家でよかったと思う」
アーシェもニアと同じくダイが怖いとは思わない。
ダイが女の子に甘いのと、ニアがダイの嫌味を解さないのが原因だ。
アーシェの場合、別の理由もあるようだが。
「ね、グレイヴちゃんも大尉の家でよかったよね?」
「良くないわよ!なんでよりによってアイツの家なの?!」
いつもダイに絡まれているグレイヴは、やはり今回のことが納得いかないようだ。
ルーファはそう解釈したが、
「都合はいいと思うけどなー」
アーシェはそう思っていないらしい。
まだまだ子供な男の子には、それがわからないのだった。
「そういえば大尉は?」
「さぁ?」
ちなみにダイはというと、仕事をさっさと終わらせて休憩を取っていた。
休憩時間で外に出掛け、まだ帰ってきていない。
「いないほうが気が楽でいいわよ」
「グレイヴちゃんはそうかもね」
どうも最近アーシェの態度に含みが見える。
グレイヴがそれに翻弄されているが、男の子たちにはやっぱりわからない。
「グレイヴちゃん、顔赤いよ?風邪?」
「あ、確かに」
「違うのよ。あれはね…」
「アーシェ、杏仁豆腐奢る約束破棄するわよ」
仕事が終わり、いつものように帰路につく。
「ルー、レヴィ、プレゼントとかどうするの?」
ニアが尋ねると、ルーファは考え込む。
レヴィアンスはそれで気づいたようで、慌てだした。
「あー、そっか!どうしたらいいのかなー…」
「まだ決まってないなら、これから買いに行こうよ。
まだお店開いてるし」
「そうだな、行こうか」
ニアの提案で、一度部屋に戻ってから出掛けようということに。
服を着替えて外に出る。
日が短い冬は、空をもう群青に染めている。
「ねぇ、ルーは欲しいものある?」
「そうだな…俺はともかくとして、ニアは?」
「僕ね、絵の具欲しいんだ。ちょっと高いから手が出なくて…」
ニアは絵を描くことが好きだ。暇さえあれば手帳に落書きしている。
おかげでニアの手帳は賑やかなのだが、それはおいといて。
「レヴィは?」
「ボク?んー…やっぱり、お父さんとお母さんのお休みかなぁ」
「お休み?」
「うん。忙しいから、今時期くらいしか休めないんだ。
もっとお休みあったら良いのにって思う」
レヴィアンスの両親は国のトップだ。そうそう休んではいられない。
大好きな人と過ごせたら、これ以上幸せなことは無いのだけれど。
「それなら俺だってそうだな。うちの母さん社長だし」
「そっか…僕って幸せなんだね。お父さんもお母さんも、会いに行けば会えるもん」
「でも俺はその代わりニアの家に行くから問題はない」
「ボクも!ボクも行く!」
「うん、いつでもおいでよ!」
今度のクリスマスは、みんなで過ごせる。
きっと楽しくなるに違いない。
幸せに違いない。
笑いながら歩いていると、店から出てくる知り合いを見かけた。
「あれ?大尉だ」
「ホントだ。買い物かな」
よく見ると小さな箱を手にしている。
何か買ってきたらしいことは一目瞭然。
しかしその店は、
「…アクセサリーショップだな。女の人向けの」
ダイには絶対似合わない店だった。
「誰かへのプレゼントかな」
「お母さんとか?」
「いや、ダイさんの母さんって男だろ。見えないけど」
「本当のお母さんに送るとか?」
「それならありうるかもね」
いろいろ憶測をめぐらせていると、
「何やってるんだ?お前たち」
お約束のように見つかった。
「えっと…たまたま通りかかったんです」
「大尉こそ何してたんですか?」
「見てわからないか?買い物だ」
隠す気はないようだ。
これは聞きだせると思ったレヴィアンスが、すかさず尋ねる。
「何買ったんですか?」
「そのうちわかるよ」
しかしはぐらかされる。
レヴィアンスは「ちぇー」と言いながら、ルーファの後ろに回った。
「で、お前たちは?」
「クリスマスプレゼント買いに来たんです。まだ何も決めてなくて…」
「駄菓子とか箱買いして配ればいいじゃないか」
ダイのあっさりした答えに、ルーファは察してしまった。
この人、俺達には箱買いした駄菓子を配るつもりだ。
でも、だとしたら今持っている箱は…?
「それじゃ、俺はもう行くから。夜道は気をつけろよ」
「はーい」
片手を挙げて去っていくダイの手が素手であることに、ふと気づく。
そういえば箱を持っていた手も素手だった。
「ダイさん、手袋持ってないのかな…」
「みたいだね。多分大尉のお父さんがそんなもんいらねぇとかって言ってるんだよ」
「寒くないのかな…強いね、大尉」
強がってるだけだとは思うが、そんなことはおいといて。
自分たちの目的を達成しに行かなければ。
編物の本を広げて、編み棒を動かす。
アーシェの部屋に行っても、自分の家に帰っても、
いや、どこに行っても最近はこればかりだ。
「間に合うかな…」
クリスマスまでもう時間がない。
もうすぐ完成するが、覚悟を決める時間も欲しい。
まさかクリスマスパーティをダイの家で行うとは思わなかった。
でも、どこでどうしようと、気持ちは変わらない。
クリスマスくらいは素直になりたい。
「グレイヴ」
「なっ?!…父さん、ノックしてからドア開けてよ!」
「…悪い」
ノック無しにドアを開けるのはグレイヴの父の悪い癖だ。
娘だって年頃なんだから気をつけて欲しい。
「で、何?」
「今病院行ってきたら、母さん仮退院できるってよ」
「本当?!」
グレイヴの母はかなり病弱で、普段は入院している。
ちょうど良い時に仮退院できるということは、今は調子がいいのだろう。
「良かった…家族皆でいられるんだ」
聞いたらやる気が出てきた。
今日中に完成させよう。
「この前から何やってんだ?」
「父さんには関係ないの。早くドア閉めて」
そしてブラックは娘の態度にちょっとショックを受けるのであった。
「できたーっ!」
グレイヴがやる気を出していた頃、アーシェはずっと編んでいたものを全て完成させていた。
色とりどりのマフラーが、床に並べられる。
「あとはラッピングするだけね。包み方グレイヴちゃんに教えてもらわなきゃ」
軍に入ってからお世話になった人へと、一生懸命編んだ。
二十四日の仕事が終わったら、すぐに渡そう。
喜んでもらえるといい。
「アーシェちゃん、編みあがったの?」
「あ、オリビアさん!全部できました!」
「よかったわね。私も完成したのよ、セーター。」
「わぁ、すごーい!」
その日はもう間近。
みんなが幸せになれる日だといい。
その日はあっという間に来た。
仕事は憂鬱だが、この後の楽しみを考えると苦ではない。
「終わったら真っ直ぐ俺の家だからな。着替えはどうやら用意してあるらしいから」
「わかりました!」
「着替え用意してあるって…ダイさん、どういうことですか?」
「俺は知らないけど、母さんがそう言ってた」
まだわからないことも楽しみの一つ。
面倒な書類整理を一生懸命片付けて、とうとうその時間。
終業ベルが、まるでクリスマスを祝っているかのように聞こえた。
「おわったーっ!」
「残業ないよね?!」
「無い。あったら俺が上司殴りに行くから安心しろ」
「ダイさん…それ別の意味で安心できませんよ」
今日のこの人は本当にやりそうだ、とルーファは思う。
ニアやレヴィアンスだけでなく、ダイも相当浮かれていたように見えたから。
「あ、ちょっと待っててくださいね。私、用事があるんです」
アーシェにはパーティに行く人以外に渡すものがある。
編み上げたマフラーは綺麗に包まれていた。
「はい、これはゲティスさん、こっちはパロットさんに」
「お、マジ?!サンキュー、アーシェちゃん!」
「ありがと、アーシェ」
「それから、オリビアさんとドミノさんとホリィさんにも」
「あら、これって私の分だったのね。ありがとう。」
「オレのまでどうもな!ほらドミノ、お前も礼言えよ」
「…ありがとう」
全員に配れるように一生懸命だったアーシェを、グレイヴは知っている。
無事渡ったのを見てホッとした。
「アタシからもあるんです。クッキー焼いたので、どうぞ。
あ、アンタたちの分はあとでね」
プレゼントを受け取って、ゲティスとパロットは寮に戻ってきた。
貰った包みを開け、中身に触れる。
「やっぱりマフラーか。アーシェちゃん頑張ってたもんな」
「マフラー、あったかい。クッキー、おいしい」
「もう食べてんのかよ…あ、そうだ」
ゲティスは先日からベッドの下に隠していた箱を取り出した。
今日のために用意していた、パロットへのクリスマスプレゼント。
「やるよ」
「ありがと。…パロ、今年も紅茶入れる」
「いつもだろ。でもサンキュな」
部屋が暖かい。
二人のクリスマスは、いつもどおり。
「オリビア、なんかドミノの機嫌よくないか?」
ホリィは先ほどからずっと気になっていたことを言ってみた。
「そうね。ドミノ君ってば、何かいいことあったのかしら」
二人は知らない。
ドミナリオがひそかにグレイヴがくれたクッキーに大喜びしていることを。
表面的にはわかりにくいが、一応彼女に想いを寄せる一人である。
「あ、迎えに来たみたい。…それじゃ、私行くわね。良いクリスマスを!」
手を振るオリビアを、ホリィは見えなくなるまで見ていた。
予報どおりのホワイトクリスマス。
降り積もる雪が灯りに照らされて、きらきらと光っていた。
子供たちがヴィオラセント邸に到着すると、
「メリークリスマス!」
青い髪のサンタクロースが出迎えた。
「…お父さん、何やってるの?」
「サンタ。お前たちの分もあるぞ!」
着替えがあるとは、そういうことらしい。
もっとも大人でこんな格好をしているのはカスケードだけだったが。
さすがにたくさんの人が集合したクリスマスはすごい。
賑やかで、ご馳走がいっぱいあって、
子供がみんなサンタで。
「うん、アーシェもリヒトも可愛いわね。さすが私とお父さんの子」
リアが満足そうに言う。
「僕は嫌なんだけど…」
「でもリヒト似合ってるよ」
「…姉さんが言うなら、良いよ」
グレイヴについてはスノーウィーがリアと同じことを言っていた。
「さっすが私の子ねー。ブラック似だけど、こういうとこは私似だわ」
「母さん…あまり乗り出すと車椅子から落ちるわよ…」
サンタ衣装は恥ずかしいと思っていたルーファだったが、
「似合ってるな」
グレンがそういうと別にいいかと思える。
ただ、
「じゃあグレンさんもどうですか?」
「今日も撃たれたいのかお前は」
こういう夫婦漫才を他人の家でも繰り広げるのはやめたほうがいいと思った。
レヴィアンスははしゃいでいる。ハルとアーレイドに褒められて、さらにテンションが上がっているようだ。
「全体的に赤くなっちゃうね、レヴィだと」
「いいの!ボク赤好きだし!」
「うん、よく似合ってる。…アーレイドは青いね?」
「いや…そこにねぁーが…」
パーティを企画したカスケードや、了承したアクトは完全に忘却していたようだが
アーレイドは謎生物ねぁーが大の苦手である。
ちなみにアクトはねぁーマニアなので、ヴィオラセント邸には六匹ほどねぁーがいる。
耐えられるか、アーレイド。
もっとも親バカっぷりを発揮しているのはやはりカスケードだった。
ニアのサンタコスを見るなり、
「やっぱり可愛いなぁニアは!カメラのフィルムが足りない!」
と写真を撮りまくる。
「お父さん落ち着いてよ…」
「次の子が生まれたらその衣装も必要だよな!」
「お父さん気が早いよ…」
まだ生まれるまで何ヶ月もあるのに。
そして、ヴィオラセント家のお子さん方は。
「母さん、質問していいかな」
「何?」
「ユロウはサンタなのに、なんで俺はトナカイなのかな」
「一人はいないとだめだろ。最年長なんだから我慢」
「納得いかない」
ユロウは可愛らしいサンタのコスチュームで、
ダイはトナカイ、しかも角付き。
笑いをこらえていたルーファとレヴィアンスがさっきダークオーラを向けられたばかりだ。
「はっははは何だよそれ」
「父さん、黙ってくれない?」
何はともあれ、クリスマスパーティ開幕。
今日は思う存分楽しもう。
大人は懐かしい話をしながら酒(一部はジュースだが)を酌み交わし、
子供は取り留めの無い話をしながら笑いあう。
そんな和やかな雰囲気の中で、タイミングを見計らって。
「皆にプレゼントがあるの!私からはね、お世話になりましたってことで」
アーシェが一人ひとりに包みを渡していく。
「開けていい?」
「うん。気に入ってくれると嬉しいんだけど…」
男の子たちが包みを開き、
「あ、これ…」
「アーシェちゃんがずっと編んでたのって…」
先日までのアーシェの努力を知る。
「全員分、頑張りました!」
「すごいな、アーシェ…」
「ありがたく貰うよ」
それから、グレイヴが「あとで」と言っていたクッキーも配られる。
男の子たちはというと、
「グレイヴちゃんのクッキーには負けちゃうけどね」
「でもちょっと奮発したんだよ」
あのあと菓子の詰め合わせを買って、皆で食べようかということになった。
「これ高くなかった?」
「俺たちでお金出し合ってるから、一人分は実はそんなにかかってない。
ごめんな、手抜きで…」
「ううん、そんなことないよ。ありがとう」
そしてダイはルーファが思ったとおりだった。
箱買いした駄菓子を配るが、女の子とユロウとリヒトにだけは少し多め。
こんなところでも贔屓は変わらないようだ。
「…で、だ。グレイヴ、俺の部屋に来て欲しいんだけど」
「何でよ」
「なんでも。」
「…仕方ないわね。何なのよ…」
息をついて席を立とうとするグレイヴの袖を、アーシェが引っ張る。
「グレイヴちゃん、アレは?」
「…持ってくべき?」
「チャンスよ」
アーシェには勝てない。
ダイの部屋に向かう前に、荷物から包みを取り出した。
一人だけのために、特別に編んでいたもの。
他の誰にでもない、たった一人のために。
ダイの部屋は特に変わったところの無い、しいて言えば少し殺風景な部屋だった。
「寒くないか?」
「ないけど」
包みを抱きしめる手に力が入る。
どう渡そう。
これ貰ってください…なんか違う。
何もいわずに押し付けるのも…今日はやめておきたい。
どうしたら良いんだろう。
今更渡さないというのはあまりにも情けない。
「グレイヴ?」
「な…何よ」
「俺の部屋で緊張してる?」
「別に…そんなこと無いわよ」
「そうか」
こんなに悩んでいるというのに、目の前の男はいつものように笑っている。
それが妙に腹立たしい。
「…やっぱり緊張してないか?」
顔を覗き込まれそうになる。とっさに背を向けて、回避した。
「風邪か?なんか顔ちょっと赤いけど…」
「そんなんじゃないわよ!」
どうしよう、今日は素直になろうって決めたのに。
プレゼントを渡そうと、決めたのに。
「…そんなんじゃ、ない」
「じゃあ、どうし」
「うるさいっ!」
持っていた包みを投げつけて、
部屋を、飛び出した。
こんなはずじゃなかったのに。
今日は、素直に…
「グレイヴ、これ貰って良いのか?」
ドアの向こうから、声。
怒ってはいない。
寧ろ穏やかで、でも少しだけ慌てているようで。
「…勝手にすれば」
「開けて良いんだな?」
「好きにすれば良いじゃない。アンタのなんだから」
紙の音が聞こえている間は、とても静かだった。
その間、ドアの前から動けなかった。
偶然、冷たい空気の中ダイが素手で武器の整備をしているところを見た。
手が赤くなって、冷たそうで、
あんなになるまで放っておいて馬鹿じゃないのと思った。
だから。
「これピッタリだ」
「…寒くない?」
「すごく温かい。…ずっと編んでたの、これだったんだな」
ドアを隔てての会話だけれど、
喜んでくれているのが伝わった。
今日は素直になろう。そう決めた。
だから
「…受け取ってくれて、ありがとう」
この一言だけは、ちゃんと言いたかった。
「俺こそ、ありがとう。…ドア開けていいか?」
「…うん」
ドアを開けた手は、グレイヴの手に触れる。
「ほら、温かいだろ」
「…何してんのよ、バカ」
「バカで結構」
そう言ってダイは微笑む。
もう片方の手で、グレイヴに小さな箱を渡しながら。
楽しかったパーティも終わり、二十五日の午後からは仕事。
まだ昨日の余韻が残っていて、ニアとレヴィアンスは浮かれっぱなし。
ルーファがそれをたしなめ、アーシェはそれを見て笑う。
ダイはグレイヴに話しかけようとして、肘うちを食らう。
そんないつもの風景の中で、
皆が色違いでお揃いのマフラーを巻き、
ダイの手には手袋がはめられ、
グレイヴのコートには、小さなブローチが光っていた。
昨日降った雪を踏みながら、今年の残りを過ごしていく。
++おまけ++
その1 大人たちの昔話
「昔もこうやって集まったよなー」
カスケードが感慨深げにそう言った。
ここ数年、こうして集まる機会は減ってしまった。
集まっても深刻な話ばかりで、こうして笑いあえるのが珍しいほど。
「覚えてます?十五年前のクリスマス」
「あぁ、そういえばあの時もカスケードさんはサンタクロースの格好でしたね」
「そうだな。たしかあの時はツキを道連れにしたんだっけ。
あいつ、どうしてるかなー」
それぞれがそれぞれの道を行くようになってから、一緒にいた頃は「昔話」になってしまった。
けれどもそれは確かにあったことで、現在の自分たちを形作っているもの。
忘れられない日々。
「あの子達も…僕たちみたいに思い出を作っていくんでしょうね」
「いろんなことがあるけど、きっと将来思い出して笑えるんじゃない?」
「だと思いますよ」
時と共に変わっていくけれど、気持ちはあの頃のまま。
その2 一応気になる。
ダイがグレイヴを連れ出したあと、残された子供たちはというと。
「…アーシェ、聞いていいか?」
「何?」
「ダイさんって、やっぱりグレイヴのこと好きなのか?」
「だと思うけど」
アーシェの即答も、ここまでなら納得できる。
問題はそのあとだ。
「でもグレイヴはダイさんのことあんまり好きじゃなさそうだけど…」
「そんなことないわよ」
この答えがすぐに返ってきたのは、ルーファにとっては意外だった。
「でもいつも嫌がって…」
「あれは照れてるだけよ。グレイヴちゃんってば照れ屋さんだから」
ルーファにはまだ女心はわからない。
でも気にするだけ、ニアやレヴィアンスよりは大人なのかもしれない。
その3 ニアの笑顔
パーティが終わった後は、翌日の仕事に備えて寮に帰らなければならない。
レヴィアンスと別れた後、ニアとルーファは今日のことを話していた。
「みんな一緒って楽しいね。また集まれるかな」
「集まれるといいな。俺も楽しかった」
こんなことは初めてだったから、きっとずっと忘れない。
あの場にいた全員が、今日を楽しめた。
「あ…そうだ」
「どうしたの?」
ルーファがカバンを探り始め、ニアは首をかしげる。
「あった」
次にルーファの手が見えたとき、その手には箱があった。
不思議そうにしているニアに、ルーファはそれを差し出す。
「これ、ニアに」
「え?」
「クリスマスプレゼント。他の奴には内緒だからな」
微笑むルーファに、ニアは戸惑う。
他の人には内緒ということは、自分だけに、ということなのだろうか。
「…いいの?」
「いいんだよ」
「でも僕…ルーに何も用意してないよ?」
「いいんだって。これは俺が勝手にやってることだから」
箱を手に載せられる。
ニアはそれをそっと握って、胸に抱いた。
「…ありがとう、ルー」
出会ってから、五ヶ月以上が経った。
傷つけたり、励ましあったり、いつも一緒にいてくれた。
「あ…絵の具…!」
「欲しいって言ってただろ?安物だけど…」
「そんなのどうだっていいよ!僕の欲しいもの覚えててくれて、くれるなんて…ルーはすごいよ!」
いつも一緒に笑っていた。
今日も笑顔が見たかった。
「本当に、ありがとう」
「どういたしまして」
これからも、ずっと一緒にいたい。
親友でいたい。
その4 セーター二枚
オリビアが編んでいたセーターは、グレイヴを介して無事にブラックへと渡った。
しかし、
「…セーター、か」
「不服なの?」
「いや、母さんからも貰ったから…」
実はスノーウィーも病床でセーターを編んでいて、今日ブラックが着ていたのはそれだった。
グレイヴは今初めてそれを知ったのだった。
「知っていればオリビアさんに言ったのに…」
「いや、言わなくていい。パラミクスも頑張ってたんなら、余計なことは言うな」
多分父のこういうところにオリビアは惚れたんだろうな、とグレイヴは思う。
顔に似合わず(と言っては失礼だが)、ブラックは生徒を大事にするいい教師なのである。
「あら、それどうしたの?」
「生徒に貰った」
「へぇー、相変わらずモテるのね」
そしてスノーウィーはそれが嬉しいようだ。
こういうことがある度に、より妻であることを誇らしく思うのだという。
「む…私より上手いわ、この子。ちょっと悔しいかも」
「パラミクスはお前より女らしいからな」
「何よ、自分の娘と年の変わらない子に乗り換える気?」
「乗り換えねーよ」
こんな夫婦のやり取りが、この先もずっと続けばいいのに。
グレイヴはそう思うのだが、それはもしかすると叶わないかもしれない。
母の病気が確実に進行していることを、知っているから。
だから、今のこの幸せをずっと覚えていようと思う。
いつか訪れるであろう別れの後も、ずっと。
Fin