東の国から渡った祭り。
星に願いをかける日。
その日の空は、何でも叶えてくれそうな、
とても綺麗な満天の星空。
七月七日に、ちょうど流星群が見られるというニュースが流れた。
いい機会だから集まって星を見よう、ということになり、今日のインフェリア邸はとても賑やかだ。
「この前もニアの誕生日だからって集まったような気がするけど…」
つい最近のことを思い出してルーファが呟くが、それは誰の耳にも届かない。
「ルー、お肉焼けてるよー」
早くしないと取られちゃうよ、とニアが呼ぶ。
まぁ、いいか。こういうことは何度あってもいい。
みんなで楽しく過ごせるのなら。
「もう三割ほどお父さんたちが取っちゃったんだけどね…」
「ニア、ちゃんと言っとけよ。お前の父さんの暴走はお前しか止められないんだから」
「お父さんだけ止めてもなぁ…大尉のお父さんも止めないといけないし」
「ははは…」
大人気ない親たちを見ながら苦笑。BGMは喧騒。
肉を巡って繰り広げられる戦いの横から、レヴィアンスが器用に獲物を掻っ攫っていく。
「ニア、ルーファ、取ってきたから食べなよ」
「レヴィすごいね…」
「前大総統とその補佐は隙が多すぎるんだよ」
さりげなく、自分の両親は隙なんてないもんね、とアピールしている。
今の状況を見れば、それは確かにそうだ。
言い返すことができず、いや、言い返す気など全く起きず、ニアは笑いながら自分の父親を見る。
いつもは妻想いで子煩悩、仲間とつるめば昔のノリ。
かっこいいところなんてたまにしか見られない。
「レヴィのお父さんも、ルーのお父さんも、落ち着いてるよね」
喧騒から外れて座っている大人たちに目を向けてみる。
アーレイドはハルと穏やかに談笑し、カイは楽しそうな表情。
カスケードやディアと比べれば、確かに大人しく見える。
「ニア…甘いね」
レヴィアンスがにやりと笑う。
「え?」
「ボクのお父さんは、お母さんに意識を向けることで恐怖を抑えているんだよ」
よく見ると、アーレイドの足元にはねぁーが一匹いて、ねぁねぁ鳴いている。
そして微笑んでいるはずのアーレイドは、青ざめていた。
「だから落ち着いているわけじゃないんだよ…」
自慢できることではない。レヴィアンスの笑みが暗い。
「そ、そうなんだ…」
「ついでに言うと俺の父さんも」
「えぇ?!」
ルーファもレヴィアンスと同じ表情。
その視線の先にいるのはカイだけではない。
すぐ脇に、ブラックの姿があった。
言われてみると不穏な空気が二人のいるあたりに見える。
「本当に仲悪いわよね、父さんたち」
いつの間に来たのか、グレイヴがルーファの後ろに立っていた。
その横にアーシェ。この組み合わせは定番だ。
浴衣姿はめったに見られないが。
「わー、アーシェちゃんもグレイヴちゃんもきれい!」
大人たちへの不安も忘れて、ニアたちは女の子二人の艶姿に注目する。
照れて微笑むアーシェと、はにかんでそっぽを向いてしまうグレイヴ。
「お母さんが着せてくれたの。グレイヴちゃんってばさっきまで渋ってたんだから」
「それは、だって…アーシェはかわいいからいいけど、アタシは…」
「二人ともよく似合ってると思うな。アーシェはかわいいし、グレイヴは綺麗」
「うんうん、色も二人のイメージに合ってるし!」
子供たちがはしゃぐ一方で、大人たちも女性陣に見惚れていた。
何かイベントがあるたびに衣装を披露してきたが、飽きることは無い。
「やっぱこの光景は圧巻だよなぁ…」
感心するカスケード。
その後に特にシィが…、と語りだす。
「アーシェのに合わせて、思い切って新調してみたんだけど…」
「とても似合ってます」
いつにもまして美しいリア。
昔のアルベルトなら挙動不審になっているところだ。
思い出し笑いを浮かべた後、リアは他方に話をふる。
「ブラック君、スノーウィーちゃんへの感想は?」
「普段と変わらねーな」
「何よそれ」
あっさりした夫の反応に、スノーウィーは少し不満げだ。
そこに兄から補足説明。
「普段からスノーウィーさんは可愛いから、改めて感想を言うことはないだろうって思ってるんでしょ?」
「アルベルト!お前何勝手に…っ」
「赤いよ、ブラック」
「うるせー!」
夫婦間だけでなく、兄弟仲も良好のようだ。
「で、お前は着ねぇのかよ」
「なんで」
ディアとアクトは相変わらずの夫婦漫才。
アーレイドが隣を気にする。
「ハルは…」
「今日はごめんね。また今度」
着る予定はあるらしい。
そうして各自が感想を述べるなどしているところへ、
「あー、やっぱりもう始めてるんですねー」
客がまた一人やってきた。
暗い藍に染まりかけた空に、紅い浴衣が浮かび上がる。
「みんな、こんばんはー」
「ラディアちゃん!」
「ラディ、遅いぞ」
黒髪の女性は、その場の人々に明るい笑顔を見せて、
「すみません、これお詫びに」
持っていた袋の中身を示した。
「あ、花火!」
「ラディアさん、これわざわざ?」
「ちょっと東の方に行ってきたので、お土産です」
あとでやりましょー、と袋の口を閉じる。
思わぬ土産に、皆が喜ぶ。
もっとも、ラディアのチョイスだと過激なものがどれだけの割合で入っているのかが恐ろしいのだが。
「そうそう、東旅行でちょっと聞いたんですけどー」
雑談に花を咲かせている中、ラディアが先日まで行っていた旅の話を始めた。
遊びではなく仕事なのだが、それなりに自由な時間もあったらしい。
観光で街を歩いていたとき、親子が話しているのを耳にしたのだという。
「東の国では星とりっていうのをするらしいですよ」
「ほしとり?」
「ストールブルセイムっていう星の形をした花があるじゃないですか。それを摘むんです」
ストールブルセイムは木に咲く花だ。高い枝に手を伸ばし、一人一つずつ取るのだという。
空の星の代わりなんでしょうね、とラディアは言う。
「それで、星とりは大抵親子でやるんだそうです。親が子供を抱くか、もしくは肩車をして、子供に星をとらせるんですって」
でも血縁関係とかはあんまり気にしなくていいみたいですよ、と付け加える。
大人と子供の組み合わせで、星が取れるようならば問題はない。
取れた子供は願いが叶うとされていて、東の国では毎年星取り大会があるのだとか。
「イストラではなかったな…」
「もっと東ですから。イリアまでいかないとその風習は見られないみたいです」
「そうなのか」
カスケードは庭の隅を見る。
ストールブルセイムの木が一本、まるでこのことを見越していたかのように立っていた。
「なぁ、できるよな?星取り」
「…やっぱりそうきますか」
企み顔に、挑戦的な顔。
この展開の先には、「勝負」しかない。
「一番高いところの星を子供にとらせた奴の勝ちってことで、どうだ?」
「臨むところですよ」
「やってやろうじゃねぇか」
また始まった。
熱くなる大人に、呆れる大人。
そして、
「願いが叶うのかぁ…」
「面白そうだよね!」
子供たちは根拠の無い迷信に目を輝かせていた。
かくして、親子対抗星取り合戦が始まったのであった。
「立ち位置ついたかー」
即席のくじで決めた位置に、子供を肩車または抱いた大人がつく。
「ラディアさん、すみません…」
基本は父親対抗戦なのだが、アルベルトだけは参加できず代理を立てている。
「いいんですよー。アーシェちゃん、頑張ろうね!」
「ラディアさん、私重くないですか…?」
「ぜんぜん重くないよー」
勝てるかどうかよりも、面白いからやってみようという気持ちだ。
「いつ以来だろうね、お父さんに肩車なんて」
「明日は肩こり覚悟だな…」
半ば巻き込まれました状態のアーレイドだが、表情からしてまんざらでもないようだ。
忙しくて子供に接してやる時間が少ないため、今回はいい機会だ。
「この年になって恥ずかしいんだけど」
「こっちとしてはいいトレーニングになるな。ルーファ、しっかり手伸ばせよ」
勝負には積極的なカイと、あまり乗り気では無いルーファ。
同様に、
「僕もう十四歳なのにぃー」
「やるって言っちまったんだから仕方ねぇだろ。協力しろ」
「うー…」
ユロウも複雑な心境のようだ。
こんな時お兄ちゃんがいればなぁと思うが、いないのだからしかたがない。
あとで思う存分愚痴るとしよう。
「アタシは嫌よ」
「そう言うと思った」
言葉に反して、ブラックはひょいと娘を抱き上げる。
グレイヴは一気に赤面し、父の頭を小突いた。
「嫌だって言ってるでしょ!」
「もう二度とねーような機会なんだから利用させろ」
「父さんってば、何言ってるのよ!」
傍から見れば微笑ましい光景だ。
「よし、準備は良いな」
ニアを肩車したカスケードが、周囲を確認する。
目指すは一番高い星。
「それじゃ、開始!」
アーシェの髪に、星の花が咲く。
早々に戦線離脱し、ラディアと一緒に両親のもとへ駆けていった。
「ラディアさんと一緒も楽しかったけど、やっぱりお父さんとできるゲームの方が良かったかな」
「アーシェ…」
すまなそうな顔をするアルベルト。
その手を優しく握り、アーシェは微笑む。
「だからね、お願いしてきたの。お父さんとお母さんとリヒトとおばあちゃんと、みんなと一緒に遊べますようにって」
叶うよね?
みんな一緒だよね?
「…叶えるよ」
娘の髪を撫で、アルベルトは笑った。
次に戻ってきたのはレヴィアンスとアーレイド。
「大丈夫?アーレイド」
ハルが心配そうに肩に触れる。
それに、アーレイドは満足げに答えた。
「大丈夫だ。…疲れたけど、レヴィが喜んでるから」
「そっか」
星の花を手に、レヴィアンスははしゃいでいる。
彼は何を願ったんだろう。
叶えられるものなら、叶えてあげたい。
「なぁ、願い事何だったんだよ?」
流石に十四歳を肩に乗せたままバランスを取り続けるのは難しく、ディアも早めに脱した。
カスケードに負けるのは悔しいが、こちらが不利なのは明確だった。
花は取れたから、一応はよしとしておこう。
「僕のお願いはね、またみんなが揃うこと」
「…ダイに言っとけ」
「うん」
この願いが叶うのは、もう少し先になりそうだ。
でも、叶わないわけじゃないから。
その後からブラックとグレイヴが戻ってくる。
「お疲れさん」
「あぁ」
「グレイヴちゃん、取れた?」
「一応ね。もう二度とやらないわよ、あんな恥ずかしいこと」
まだ頬がほんのりと染まっているグレイヴ。
それを見て、ユロウはくす、と笑う。
「ね、グレイヴちゃんは何をお願いしたの?」
「これからもみんな一緒にいられるように。ユロウは?」
「僕も」
ユロウの短い答えが、グレイヴには意味深に聞こえる。
だって、彼はダイの弟だから。
「お兄ちゃんがいれば良かった」
「…いなくてもいいわよ。あんなの見られたら恥だわ」
だけど、「みんな」に含まれていないわけじゃない。
「みんな」がいた日々は、なんだか遠く感じる。
今日のこの夜空を、彼も見ているんだろうか…
そう思い、再び頬が紅潮する。
それに気づいたのはユロウだけ。
「とれた」
「とった!」
ニアとルーファが星の花を取るのは同時だった。
高さも目に見える差ではない。
カスケードとカイに身長差があるように、ニアとルーファにも差がある。
「これ引き分けか?」
「子供の願いが叶うなら、引き分けでもかまいませんよ」
子を降ろして勝負を忘れる二人。
土を踏んだ二人が尋ねあう。
「何て願った?」
「ルーは?」
「多分ニアと同じ」
「…そうかもね」
自分たちだけじゃなく、みんな似たような願い事をしてるんだろう。
だって、みんなが一緒にいて笑顔でいられることほど、幸せなことは無いんだから。
「ラディアさん、花火!!」
「そうだね、思いっきりやっちゃいましょー!」
今日が幸せ。
明日も、その先も、ずっとずっと幸せだといい。
そうなるように守っていくのが、自分たちの役目だから。
「ほら、見てごらん。…あなたもあと何年かしたら、あの輪の中に入るのよね」
シィレーネが目覚めたばかりの赤子に、優しく語りかけた。
叶えていこうと、星に誓う。
満天の星空の下、いつまでも一緒に。
「…?」
窓の外から賑やかな声が聞こえた気がして、手を止めた。
向こうに、子供が親と手を繋いで笑っているのが見える。
「元気でやって…るんだろうな」
再び仕事に戻り、遠い地に思いを馳せる。
いつになるかはわからないけど、必ず戻ると誓って。
夜空にまた一つ、花が咲いた。
Fin