君を見ると動悸が激しくなって、顔が熱くなる。

ねぇ、これって、何の病気ですか?

 

最近、自分はどうかしている。

ある人を見ていると、なんだかドキドキする。

急にこっちへ振り向かれた時なんか、心臓が跳ね上がるようだ。

その後顔が熱くなって、鏡を見るとやっぱり赤くなっている。運動をしていなくても。

普通に振舞っているつもりでも、何故だかその人とまともに向き合えない。

前から特別な存在ではあった。他の友人達とは違うような気がしていた。

その人だけを遊びに誘ってみたりもしていた。

そういうことをしていたのは、その人を親友だと思っているからだと、ずっと思い込んでいた。

だって、その人もそう言うから。

「ルーファ…それさ、恋じゃない?」

「え?」

その人への想いがおかしな方向にずれていることに、俺はずっと気がつかずにいたんだ。

 

コイ…って、父さんはそう言った。

いや、まさかそんなはずはないよ。聞き違いだ。

「え、だって友達…」

「友情から恋に発展することだってあるよ」

父さんは、昔出会った人に恋をして、成就させた。…まぁ、その人が母さんなんだけど。

情報集めたり、色々していたらしい。俺には真似できないや。

そんなことは置いておいて、俺が恋をしているとしたらとんでもないことになるのだけれど。

「父さん、相手ニアなんだけど」

「うん、だから恋じゃない?」

あぁ、駄目だ。そうか、うちはちょっと変わってたんだった。

俺の父さんはカイ・シーケンス――性別は男性。

そして母さんはグレン・フォース――こちらも男性。

俺は養子としてこの家に来た。だって子どもなんてできるはずがないから。

そんな環境で育ってしまった所為なのか、俺はどうやら親友のニア・インフェリアを好きになってしまったらしい。

…いや、まだわからない。父さん曰くそういうことかもしれないってだけだし。

「頑張れよ、ルーファ。カスケードさんにばれたら怖いから」

「だから、まだ恋かどうか分からないって!」

こんな状態のままじゃ、またニアと普通に話せなくなるじゃないか。

 

最近、ルーの様子がおかしい。

何故か僕から目を逸らしたがっているような気がする。

特に怒らせた覚えもない。

怖い夢を見て目が覚めて、ルーに、一緒に寝ていい?って訊ねたら、駄目だって言われた。

前は一緒に寝てくれたのに。

…十二歳にもなって、夢を怖がる僕自身もどうかと思うけれど。

ことあるごとに、僕はルーに甘えている気がする。

もしかして、それがいけなかったんだろうか。

小さな妹もいるくせに、いつまで経ってもしっかりしない僕に呆れたんだろうか。

でも、呆れているのだとしたら、ルーの態度はもっとおかしい。

例えば突然声をかけたときの過剰反応とか。ルーはいつも冷静に返してくれていた。

それが、特にこの数日――確か、ルーが休みで家に帰ってから、妙なほど驚かれる。

「どうしちゃったのかな…」

ルーに何かあったのか、それとも僕が何かしてしまったのか。

それが分からないままじゃ、僕もルーにどう接していいのか…。

仕事の時も、部屋にいても、僕とルーはずっと一緒だ。

だからこのままだと気まずくてしょうがない。

「ニア、どうしたの?元気ないよ」

「レヴィ…ちょっと話聞いてくれる?」

ルーに直接聞くのが躊躇われたから、僕はレヴィに相談してみることにした。

こういうとき、友達っていいよね。

 

最近、ルーファ君の様子が変。

特にニア君に対する態度が、なんだか挙動不審。…うちのお父さんじゃあるまいし。

何かあったのか、心配だな。二人の間で、私の知らないうちに何らかの変化があったのかな。

私は、ニア君と一緒に笑ってるルーファ君が、一番自然な感じで好きなのに。

…というか、ルーファ君のことは全部好き。

優しくて、頭が良くて、…そう、ダイさんがノーザリアに行っちゃってからは、その代わりみたいに頑張ってた。

私はそんなルーファ君をずっと見てて、好きになって、…でも。

「今告白するのって、タイミング悪いと思うの…」

「…そうね、余計挙動不審にさせてもいけないものね」

そんな感じでもう二年くらい経ってしまった。

いつも、そろそろ告白してみようかな、って思ったら忙しくなったりする。

ルーファ君の邪魔をしちゃいけないし(私たち同期の中では、彼が現時点で一番階級が高いの)

私は私で、ゲティスさんが班を取りまとめるようになってから仕事が増えた。

あの人、ことあるごとに私をデータベース代わりにしているような。確かに覚えてはいるんだけれど。

ばたばたしてる時に和を乱すのはどうかなとか、私も色々考えている。

考えていたら、こんなに時間が経ってしまったわけだけれど。

「グレイヴちゃん、どうしたら上手くいくの?ダイさんと最近どう?」

「どうにもならないわよ、遠距離じゃ。…アタシじゃアーシェの参考になれないわ」

そうだよね、ダイさんとルーファ君じゃ、全然タイプが違うし。

自分の力でなんとかするしかないのかな。

「ねぇ、ルーファが何か悩んでるなら、アーシェが相談にのってあげれば良いんじゃないの?」

「…私?」

「もしニアと何かあったんだとしたら、相談相手になれる身近な人ってアーシェかレヴィだと思う」

グレイヴちゃん、すごいな。結構大胆に近付く手立てを考えてくれちゃった。

「…ダイさんの話とか聞いてあげてるの?」

「バカなこと言わないの。電話でも冗談しか言わない奴の話なんて、聞いてもしょうがないじゃない」

あ、やっぱり電話してるのね。いいなぁ。

 

最近、ニアの様子がおかしい。

なんだか落ち込んでいるような気がする。

ボクはその原因に、なんとなく気付いていたけれど。

おかしいのはニアだけじゃない。ルーファもだ。

正確にはニアを落ち込ませているのが、ルーファの妙な態度なんだよね。

またいつかみたいに、ルーファに文句をぶつけてやろうかと思っていたら、ニアがボクに相談してきた。

うん、気になって話しかけてみて良かったな。

おかげで現状をいくらか把握できた。

どうやらボクが見ていないところでも、ルーファはニアを避けているらしい。

目を見て会話をしようとしないなんて、そんな友達ってないよ。

あったとしても、これまでのニアとルーファの関係から、そんなことはあると思えない。

でも実際に、こうしてニアは悩んでいる。

ルーファが悩んでいるなら話して欲しいとか、自分が何かしたんじゃないかとか。

前者はともかくとして、後者のような思いをニアにさせるなんて。

ボクはいつもニアの隣にいられるわけじゃない。どんなにニアが傷ついていても。

でも隣にいられるルーファが、こうやってニアに辛い思いをさせている。

だったら、ニアの隣を譲ってほしい。

「レヴィ、僕どうしたらいいのかな…」

「うーん…試しにルーファから離れてみても良いんじゃない?」

「え、どうやって?部屋も一緒なんだよ?」

「ボクのとこにくればいいよ。それでルーファが気にしないようだったら、ニアが原因かもしれない」

「う…」

いじわるを言ってしまったけれど、きっとルーファは迎えに来るんだろうな。

ルーファはなんだかんだあっても、結局はニアが大事なんだ。

それはずっと見てきたからよくわかっている。

もしかしたらニアのことが好きなんじゃないかって疑うくらい。

別におかしなことじゃない。ボクの両親の例もあるわけだし。

ルーファもボクと似たような家庭環境だから、なおさら。

それにさ、ボクだって。

ボクだって、ニアのこと…。

「レヴィ、ありがとう」

「うん?」

「ちょっと離れてみようかな、ルーから。今日はレヴィの部屋に泊まりに行くね」

「わかった、待ってるよ」

ボクが、そして多分ルーファも抱いている気持ちがどんなものなのか、ニアはきっとわかっていない。

わかっていないから、こうやってボクの言うとおりにしちゃったりするんだ。

…こんなこと考えてるから、お父さんに「年相応に見えない」って言われちゃうのかな、ボク。

 

ニアはレヴィの部屋に泊まるらしい。

ということは、今夜は一人だ。

ニアがいない部屋は、なんだか広すぎる気がする。

寮の部屋なんて、そう広くはないはずなのに。

「…レヴィの奴」

レヴィは一人部屋だから、いつもこんな感じなんだろうけど。

でも、ニアの部屋はここだろ。連れて行くことないじゃないか。

俺だって、ニアと一緒にいたいのに。

…っておいおい。なんだ今の思考は。

これじゃまるで、本当に、俺がニアのことを…

「ルーファ君、今いい?」

「え、あ…アーシェか?」

「うん」

ノックの音で正常な思考を取り戻す。

ドアを開けると、やっぱりアーシェが立っていた。

「どうしたんだ?」

「ニア君がレヴィ君のところに泊まりに行ったって聞いたから…今一人なのかなって」

誰から聞いたんだ、そんなこと。…ニアもレヴィも話しそうだな。

「そうなんだよ。一人でいるとつまんないから、茶でも飲んでくか?」

「あ…じゃあ、おじゃまします」

アーシェを部屋に招きいれ、適当に茶を淹れる。

…いつもニアの役目だったな、これ。俺じゃ加減が分からない。

「それじゃ薄いよ。私がやるから見てて」

「…客なのに悪いな」

「いいから。どうせいっつもニア君に任せてるんでしょ?」

そう言ってアーシェは笑う。全部お見通しか。

さすがというべきか、アーシェの淹れてくれた紅茶は美味しかった。

褒めたら、ちょっと顔が赤くなってたな。照れてるのか。

「…ねぇ、ルーファ君。ニア君と何かあったの?」

「え」

突然アーシェが切り出した。

なんて答えればいいのか、とっさには出てこなくて、俺は焦る。

「あ…えぇと、最近ニア君が話しかけると、目を逸らすでしょ?喧嘩でもしたのかなって…」

「いや、そんなことはないんだけど…そう見えるのか?」

「うん」

まいったな、周りにはそういう誤解をされてるのか。

ただ俺がおかしいだけなんだけどな。

「喧嘩じゃないなら、どうして?」

「あぁ、えぇと…」

話すべきなんだろうか。

アーシェはこういうこと、わかってくれそうだけど。

女の子って恋愛とかの話好きだしな。実際、アーシェもよくグレイヴからそういう話を聞きだそうとしてる。

もしかしたら、いいアドバイスをくれるかもな。

…いや、俺がニアをそういうふうに思ってるのかはわからないんだけど。

「…あのさ、俺…ニアと目を合わせたら、何か動悸がするんだよ」

「え?」

「それで、その…どうしてこうなるのかよく分からないから、戸惑うというか…」

しどろもどろに言う俺を、アーシェはじっと見つめていた。

そして、小さな声で言った。

「今、ニア君いないけど…寂しい?」

「え、まぁ…それは」

「レヴィ君にニア君をとられて、嫌だなって思ったりする?」

「…あ」

アーシェは、俺の考えていたことを全部分かっているようだった。

どうしてそんなことを知ってるんだって、思うくらいに。

「…私、その気持ち、知ってる」

「…何だ?」

「それ、」

はっきりと言われた。

父さんと同じことを。

恋だよ、って。

「ルーファ君、ニア君のこと好きだから…だからやきもちやいてるんだよ」

「そう…なんだ?」

「きっとそう。だって、私もその気持ちわかるから」

アーシェは笑っていたけれど、なんだか寂しそうだった。

気持ちを知ってるってことは、アーシェも誰か好きな人がいるんだろうか。

「…アーシェは、恋は…」

「してるよ。二年位前から、ずっと好きな人がいるの。だけどタイミングが合わなくて、告白できなくて…」

二年前ってことは、軍に入ってからなんだろうか。相手は近くにいるのか?

アーシェはいい奴だ。俺の話も聞いてくれた。

「…実ると良いな」

「あはは、そうだね。…でも、もうダメかも。またタイミング合わなかったから」

「…そう、か」

アーシェはすっと立ち上がって、ドアの方へ向かった。

もう帰るのか。

「ルーファ君は、タイミング逃しちゃダメだよ。ニア君をその気にさせるのはすごく難しいと思うし」

頑張ってね、と言って、アーシェはドアノブに手をかけた。

おじゃましました、の声が、なぜか震えているような気がした。

もしかして辛いことを思い出させてしまったりしたんだろうか。

申し訳なく思っていたら、電話が鳴った。

 

薄々わかってた。

だって、知っていたもの。ルーファ君がずっとニア君を見てること。

私のことは、ただの友達くらいにしか思ってない。

部屋に戻った私は、オリビアさんに心配された。

すぐに見て分かるくらい、私は酷い顔をしていたんだろうな。

「…アーシェちゃん、グレイヴちゃんに電話する?」

「もう少し…落ち着いてから」

初恋は実らないって、聞いたことがある。

お母さんも実らなかったって言っていた。

そういえば、お母さんの初恋はルーファ君の…。

あーあ、なんだか、変なの。

「…オリビアさん」

「なぁに?」

「失恋しちゃいました」

「…そっか」

オリビアさんはそっと受話器を差し出してくれた。

もう番号を押してくれていたみたいで、耳に当てるとすぐにグレイヴちゃんの声が聞こえた。

『アーシェ、どうしたの?』

「グレイヴちゃぁん…私…私ね…っ」

声にならなかったけれど、グレイヴちゃんはずっと私の話を聞いてくれていた。

今いっぱい泣いて、明日からまた笑顔で、ルーファ君に会おう。

そして、彼の恋を心から応援できるようになろう。

 

レヴィと遊んでる時間は楽しい。

さっきからずっと、ゲーム盤はレヴィ有利だけれど。

それでも僕は面白いと思っていた。

なのに、なんでだろう。

こんなに楽しいのに、物足りない気がするのは。

「はい、ニアの番」

「えー…どうすれば良いんだろう…。ねぇ、ルー」

あ、と思った。

ここにはルーがいない。

僕はルーと離れるために、レヴィの部屋にいるんじゃないか。

もしかして、だから物足りないの?

ルーがいないから。

「ニア、やっぱり戻る?」

レヴィは言うけど、僕は首を横に振った。

「ルーの邪魔になりたくないから」

ルーは、僕がレヴィのところに来てもなんとも思わないみたいだった。

ということは、やっぱり僕が悪かったんだと思う。

僕がいつの間にか、ルーに迷惑をかけていたんだ。

「さ、続きやろうよ。今度は勝つから!」

「えー、ニアがボクに勝てるわけないじゃん」

だから、戻っちゃいけない。

少しでもルーの負担にならないようにしなくちゃ。

 

ニアはやっぱりルーファが気になるみたいだ。

いなきゃ落ち着かないんだろうな。

傍にいて欲しいのはボクじゃなくて、ルーファなんだ。

それなのにルーファは、未だにニアを迎えに来ない。

ボクはちょっと苛々していた。

ニアが一緒にいたいって言っているのに、ここに来ないルーファに。

ボクがいたい場所にいるくせに、ルーファはそれを大事にしない。

…いや、気付いていないのかな。それとも自分の事で精一杯?

どっちにしろ、このままルーファが来ないなら。

ボクがそのうち、ニアをもらっちゃうから。

たとえニアがルーファのことを想ったとしても、そんなのは忘れさせて。

「レヴィの番だよ」

「あぁ、えっと…じゃあこれ」

「えー、せっかくここまで進めたのに…」

あと五年もすれば、ボクだってニアの背を追い越して、ルーファに近くなると思う。

そうしたら勝負をかけるから。

…ほら、あと五年も猶予をあげてるんだよ。

早く迎えに来いよ、ルーファ。

あんなに必死になって守りたい人なら、それほど想ってるなら、早くボクからも奪い返せよ。

ボクだって、ニアの落ち込んだ姿なんて見たくないんだから。

 

電話がどこからかかってきているのか確かめていれば、受話器をとることを躊躇っただろう。

でもそれどころではなかった俺は、すぐに応答してしまった。

「はい、もしもし」

『死んだような返事だな』

ここで漸く、それが他国からのものであるとわかった。

この声の主は、今エルニーニャにはいない。

「ダイさん?!なんで」

『お前に文句を言いたくなったんだよ。こっちは色々ストレスたまるんだよな』

「俺を捌け口にしないで下さい」

この人は相変わらずの様子。俺をいびって楽しんでいる。

ノーザリアに移籍してから、これで文句を言われなくなると思っていたのに、この人は電話や手紙を使い始めた。

そんなに俺のことが気に食わないんだろうか。

「…で、どうしたんです?

『いや、俺の愛しい彼女が、お前らのことを心配してたもので』

「グレイヴですか?…何かしましたっけ」

『すっごい鈍い部下が、鈍いくせに恋なんかして、自分の好きな子を傷つけているとか』

「…え」

それって…

『お前、あんまりニアのこと避けるなよ。好きならそうと言え』

「やっぱり、俺のことなんですか?」

『お前以外に誰がいる。レヴィの方がよっぽどわかってるよ』

「レヴィ?なんでレヴィが?」

『あいつはお前が思っている以上にませてるからな。気をつけないと本当にとられるぞ』

どれだけこっちの様子を把握してるんだ、この人。

グレイヴから聞いたにしても詳しすぎる気がする。

『…あとさ、女の子泣かせるなよ』

「え?」

『じゃあな、鈍感男。あとは自分で何とかしろ』

…この人、どこまでも部下を放っておけない人なんだろうな。

そこまで言われちゃ、なんとかするしかない。

「ニアに、謝らないと…」

俺は部屋を飛び出し、真っ直ぐにレヴィの部屋へ向かった。

 

ルーが来た。

なんで来たの?

 

ルーファが来た。

遅いよ、待ちくたびれた。

 

レヴィの部屋のドアを叩くと、すぐに開いた。

不機嫌そうなレヴィの向こうに、目を丸くしたニアが見えた。

「えぇと…レヴィ」

「何?ボクに用事なの?」

「いや、ニアと話をさせてくれ」

「話?今更何を話すって言うのさ」

睨まれた。レヴィの目は、ニアを助けられなかった俺を責めた、あの目だった。

それでも俺は、もう一度言った。

「ニアと話したいんだ」

「それ、ニアがルーファの所為で自分を責めてることを、分かって言ってるの?」

そうか、ニアは自分を責めてたんだ。

でも、ニアに非はない。一つもないんだ。

「ニアは悪くない。俺がはっきりしない態度をとってたから…」

「へぇ、本当は何だったの?」

「…それは、ニアに言うことだ」

そう、これはニアに対する気持ちだ。

レヴィに言っても仕方ない。

「ニア、どうする?」

レヴィが問いかける。

ニアは戸惑っているようだった。

「僕…は」

呼吸を置いて、ゆっくりと。

「ルーにとって迷惑じゃ、ないの?」

恐る恐る、その言葉を口にした。

「迷惑なんかじゃない!俺はニアと一緒にいたいんだ!」

だからそんなに怯えなくていい。

こっちに来て欲しい。

「…レヴィ、僕、戻ってみる。ルーの話を聞きたい」

「…そう」

ニアがドアへ近付いてくる。

俺のいる方へ。

「ニア」

部屋を出ようとしたところで、レヴィが声をかけた。

そして、

「ルーファが言う前に、先手を打っておくよ」

ニッと笑う。

その笑顔は、子どもであることを疑いたくなるようなものだった。

「ボクはニアのこと、好きだよ。だからルーファに何かされそうになったら、いつでもボクのところにおいでよ」

あぁ、それは。

最高にして最凶の先手だよ、レヴィ。

 

部屋に戻った僕とルーは、暫く黙っていた。

僕はルーがいつ話を切り出すのか待っていたんだけど。

それにしても、さっきのレヴィの言葉…あれってどういう意味だったんだろう。

「ニア」

考え始めたら、ルーがやっと口を開いた。

「ごめんな」

もう一度謝る。もういいよ、分かったから。

だから、今度は理由を聞かせて。

「どうして、僕と目を合わせてくれなかったの?…今もだけど」

ルーはまた僕から目を逸らしていた。

僕に原因がないのなら、どうして?

「…それは、なんか…動悸が…」

「どうき?」

「あぁ。ニアを見てるとなんかドキドキするから、それで…」

何かやらかしそうでハラハラする、じゃなくて?

「つまり、俺は…ニアのことが」

ルーはそこで深呼吸をして、今度はちゃんと僕の目を見た。

久しぶりに、淡いブラウンの瞳を見た気がした。

 

「ニアのことが、好きなんだ」

 

言ってしまった。

やっと認めて、やっと言った。

多分顔、赤くなってるんだろうな。

ニアは呆然としているようだった。

何を言われたのか、分かってないのかもしれない。

友達だと思ってた奴に突然こんなこと言われたら、当然だろうな。

「…ルー、それって」

「恋、だ」

「…そう、なんだ」

また沈黙。

ニアは俯いて、考え事をしているようだった。

その表情は少し困っているようで、なんだか申し訳ない。

「ねぇ、ルー」

俯いたまま、ニアは言う。

「さっきレヴィが言ったのも、そうなのかな」

「…あのタイミングって事は、多分」

「そっか…」

そしてまた考え始める。

やっぱり困惑しているんだろう。

一度に二人分の告白を受けて。

両方同性で。

「…一年」

ぽつりと、ニアが呟いた。

「一年、待って」

今度は少しはっきりと。

「まだ、ルーにもレヴィにも答えは出せないから…。僕、そういうの分からないし」

わかった。それでいい。

じっくり考えて、結論を出してくれ。

「待つよ。いくらでも」

「…ありがとう」

やっとニアに、かすかな笑顔が戻った。

それだけで充分だ。

 

でも、レヴィすごいよね。十歳なのにそういうことわかるんだ…。

え、十歳?

ルーは知らなかったっけ?レヴィは八歳で軍に入ったから、まだ十歳だよ。

…もしかして知らなかったの、俺だけ?

かもね。

…あいつ、すごいな。

すごいよね。

 

実際は、僕が気持ちを整理するのに一年以上かかった。

その間、ルーもレヴィもすごく待たせてしまったことは、本当に悪いと思ってる。

ずっと普通に接していてくれたことには、すごく感謝してる。

長い時間を貰って、僕は僕が考えたことを、やっと話せるようになった。

「レヴィ、ちょっといい?」

「ん、何?」

「まだ僕のこと好きだったりする?」

変な訊き方だったのか、レヴィは椅子から落ちそうになっていた。

タイミングも悪かったかな。これから休憩に入ろうとしているところだったから、僕達はまだ事務室にいた。

「それを今、ここで訊くかなぁ…」

あ、やっぱり。

「ごめん…」

「でも好きだよ」

うん、レヴィならどこでだって、さらっと答えてくれると思ってた。

だからこんなところで言っちゃったんだけど。

「僕、やっと決めたんだ」

「本当に一年考えたんだ…。まぁいいや、休憩室行こうよ」

流石にここで話を続けるのはまずいと思ったのか、レヴィは第三休憩室に誘ってくれた。

相変わらずここは僕達の貸切だ。軍の人たちが皆で気を遣ってくれてるみたいに。

「…で、ニアはどうするの?」

チェスをやるときみたいに、向かい合って座る。

でも今はゲーム盤はなくて、僕とレヴィの二人だけ。

「…レヴィの気持ちには応えられない、かな」

「そっか」

やっぱり、あっさりと受け止めてくれた。

実際はレヴィも色々考えてるのかもしれないけど、僕には分からなかった。

精神年齢は、もう僕をとっくに追い越しているのかもしれないね。

「じゃあこれからは略奪することを考えるよ」

「え?!」

大人だと思ってたら、レヴィはなんかとんでもないことを言い出した。

「まだまだ時間はたっぷりあるからね。いつでもボクに乗り換えていいよ」

「レヴィってば…」

ある意味大人…なのかな。レヴィは相変わらずすごい。

これからもいい付き合いができそうな気がした。

…さて、次は。

 

ルーと話すには、寮の部屋が一番いい。

同じ部屋だからといって、ルーは僕に何もしなかったし。

もしかして、ルーはちょっと辛かった…かな?

「それじゃ、一年考えた結論を言うね」

「あぁ」

ずっと、たくさん、考えた。

考えていない時もあったけど、自然に思い浮かんだ。

何をしていても、まずは君の顔が浮かんだ。

「僕は…」

例えば絵を描いていて、上手くできたら。

真っ先にルーに見せたくなる。

何か新しいことを発見したら、ルーに教えたくなる。

ふとした瞬間に、今ルーは何してるのかなって思って、目で追っている。

目が合うと嬉しくなって、だけどちょっと恥ずかしくて。

そんな毎日だったんだなって思い返したら、そうしようって思えた。

「ルーの気持ちには応えたい。僕ももっと、ルーのことを好きになっていきたい」

「…本当に?」

頷いてみせたら、ルーにぎゅって抱きしめられた。

びっくりしたけど、温かかった。

「ありがとう、ニア」

「僕の方こそ。僕を好きになってくれてありがとう、ルー」

その夜は一年ぶりに、ルーと一緒の布団で寝た。

ルーは僕の手をずっと握っていてくれた。

 

ここ暫く浮かれっぱなしだったのが仇になった。

俺はまた相手を確かめずに、電話をとってしまった。

「もしもし」

『どこまでいったんだ』

「…ダイさん、開口一番それですか」

ニアがとってたらどうするんだと訊いてみたら、どっちでもいいだろと返ってきた。

そんなこと言わせるものか。…と思ったけど、ニアならボケたおしそうだな。

『で、どうなんだよ』

「何もありませんよ」

『なんだよ、つまらないな』

どんな答えを期待していたんだ、この人は。

ていうか、情報ソースは誰だ。グレイヴがそんなこと話すとは思えないんだけど。

「あの、それは俺とニアの話ですよね?」

『あぁ』

「誰から聞いたんですか」

『レヴィ』

うわぁ、あとで殴っておこうかな。

多分レヴィなりの仕返しのつもりだったんだろうけど、でかいカウンターだった。

『まぁ許してやれよ。あいつ、俺にニアを略奪する方法を訊くためにわざわざ電話してきたんだから』

「それもっと許せないですよ!ていうかダイさんも黙っておいてあげましょうよ!」

「あ、電話ダイさんからなの?」

叫んだらニアが来てしまった。かわりたいと言うので、仕方なく受話器を渡す。

ニアは暫く談笑していたが、突然、

「何もないですよー。ルーって結構オクテなので」

「何?!ニア、お前何言ってんだよ?!」

とかいうことになってしまったりして、焦った。

どうやらこれからも、色々ありそうな様子。

そう簡単にはいかせてもらえないらしい。