ある日の昼下がり、グレイヴはいつものように掃除をしていた。

広めに空間が設定された、マンションの一室。グレイヴが生まれ育ち、今は父と自分の娘との三人暮らしの我が家だ。

住み始めてから長いと言っていい月日が流れたが、部屋は綺麗な状態を保っている。もちろん昔のままというわけではないが、父や自分の几帳面さが見えるようだ。

そして彼女の娘であるエイマルにも、その性格は受け継がれているらしい。

グレイヴがダイとの間にもうけた一子である、エイマル。父親不在という状況でも、明るく優しい少女に育っている。

毎日を楽しそうに過ごし、日々の出来事を日記につけるのが彼女の日課だ。

時々見せてくれるので、グレイヴも内容を知っている。年相応、いや、少しばかり背伸びしたところもある、可愛らしい日記だった。

思い出して、小さく笑ってから、グレイヴは掃除を再開する。そうして娘の部屋を覗いて、一冊のノートを見つけた。

表紙には几帳面なエイマルらしく、なんのノートなのかがきちんと書かれていた。

タイトルを見て手に取りたくなる気持ちを抑え、グレイヴはもう一度微笑んだ。

 

 

『おじいちゃんとあたしの交換日記』

 

 

91日 エイマル

今日からおじいちゃんとこうかんにっきです。

あたしがおじいちゃんとたくさん話したいって言ったら、おじいちゃんがこのノートを買ってくれました。

おじいちゃんはお話をするのがにがてなので、ぶんしょうでならたくさんお話ができるかもしれないそうです。

おじいちゃんがかいてくれるお話が、とってもたのしみです。

 

九月一日ブラック

エイマルは書くのが早いな。いつも日記を書いているようだから、慣れているんだろう。

まずは、オレの文章がそれ程上手くはないことと、仕事が忙しい時は書くのに時間がかかること、そしてあまり面白い話はできないだろうということを謝っておきたい。

オレもエイマルが書いてくれることを、とても楽しみにしている。

 

92日エイマル

今日はさっそく、おじいちゃんにほうこくがあります。

イリスちゃんとあそんでたら、かわいいねぁーに会いました。なでなでしたら、すりすりしてくれました。

くびわがついてたのでかわれているねぁーじゃないかなっておもったので、イリスちゃんといっしょにねぁーのおうちをさがしました。

かいぬしさんはやさしくて、いつでもねぁーを見に来ていいよって言ってくれました。

あたらしいおともだちがふえて、うれしいです。

 

九月二日ブラック

イリスはいつもエイマルと仲良くしてくれているんだな。オレがありがとうと言っていたと、今度会ったら伝えておいてくれ。

ねぁーと友達になれて良かったな。エイマルはねぁーが大好きなようだから、そのうちいいものがあったらあげよう。

オレは今日も学校で、生徒の相手をしていた。軍人学校の奴は、将来のためにたくさん勉強をしている。エイマルも何かなりたいものややりたいことがあったら、その為の勉強をしろよ。

 

93日エイマル

おじいちゃんの言うとおり、今日はおべんきょうしました。おかあさんにおしえてもらって、けいさんとことばのべんきょうです。

なりたいものはまだわからないけど、いつか外国にいきたいです。おじさんのところにあそびにいきたいです。

おじいちゃんはれきしの先生なので、むかしのお話をききたいです。たくさんべんきょうしたら、おかあさんみたいにかっこよくて、おじいちゃんみたいにあたまのいい人になれるかな。

 

九月三日ブラック

頑張って勉強していたみたいだな。お母さんも褒めてた。偉いぞ。

おじさんのところには、いつか行ってみるといい。反対されても行け。

歴史の話を聞きたいと言ったが、オレの専門は大総統史だ。ロマンのある話はできない。それでもいいなら、今度建国の英雄の話でもしよう。イリスやレヴィの先祖の話だ。

 

94日エイマル

おじいちゃんにもほめてもらって、うれしかったです。これからもおべんきょうがんばります。

イリスちゃんのごせんぞさまのお話、ききたいです。イリスちゃんにきいてみたけど、あんまりしらないって言ってました。

えいゆうってすごい人のことだから、きっと すてきなお話なのでしょう。

明日はおかあさんとおかいものにいってきます。おじいちゃんにもおみやげかってくるね。

 

九月四日ブラック

建国の話をエイマルにも解り易いようにするにはどうしたらいいか、少し考える時間が欲しい。お前が期待するような話じゃないかもしれない。

明日は用事があるから、日記を返せないかもしれない。すまない。

 

95日エイマル

おかあさんと、アーシェおねえちゃんと、おかいものにいってきました。

アーシェおねえちゃんがあたらしいふくをえらんでくれました。ピンクいろの、かわいいワンピースです。

おかいもののあと、おばあちゃんのおうちにいきました。おばあちゃんのおうちはねぁーがたくさんいて、あったかいです。ユロウおじさんがちょっとだけかえってきて、なでなでしてくれました。

たくさんいろんなとこにいって、たのしかったです。

 

九月六日ブラック

知っていると思うが、昨日はお前のもう一人のお祖父ちゃんの誕生日だったんだ。オレは墓参りにいってきたが、アクトには会ってないな。元気そうで良かった。

明日から暫く、学校の用事で家に帰れない。お母さんのいう事をきいて、いい子にしていること。

 

910日エイマル

おじいちゃんがいないあいだ、さびしいけどいい子にしてました。

イリスちゃんがあそびにつれてってくれたり、たのしいこともありました。イリスちゃんのおにいさんがかいたえを、いっしょに見にいきました。

おにいさんは「きちんとあいさつできてえらいね」ってあたしをほめてくれました。

でもやっぱりおじいちゃんがいない日はさびしいです。

 

九月十日ブラック

挨拶できたのか。偉いな。ニアが褒めてくれて良かったな。

オレはこの数日、生徒を鍛えるために合宿をしていた。中には挨拶しないような奴もいるから、エイマルがどれほど偉いか、オレにはよくわかる。

お母さんからもいい子にしていたと聞いている。本当に、よく頑張っているな。

 

911日エイマル

おじいちゃんにほめられてとってもうれしかったです。

今日は、おじいちゃんにそうだんがあります。

13日はおかあさんのたんじょうびなので、おじいちゃんといっしょにごちそうをつくりたいです。

おねがいきいてくれますか?

 

九月十一日ブラック

任せろ。

仕事と買い出しを済ませてくるから、明日は日記を返せないかもしれない。すまない。

 

912日エイマル

おじいちゃんがいないあいだ、イリスちゃんといっしょにおかあさんへのプレゼントをえらんできました。

お花のブローチです。おかあさんとおじいちゃんの目とおんなじ、みどり色の石でできています。

それとね、おでんわがきて、おじさんも来てくれるんだって!

かぞくがそろうね。

 

913日エイマル

今日はだいせいこうだったね、おじいちゃん!

おじいちゃんが作ってくれたかぼちゃのコロッケ、あたし、いっしょうけんめいもりつけしました。

おじいちゃんからのプレゼント、とってもすてきでした。あの花束は、おかあさんがドライフラワーにするそうです。

おじさんがもってきたストールも、おかあさんににあってました。しあわせそうなおかあさんをみてたら、あたしもうれしくなりました。

ねぇ、おじいちゃん。あたし、ほんとうはかぞくみんなで、毎日いっしょにいたいんです。

でも今はそれができないから、いつかぜったいにそうするんだっておもってます。

だから、おじいちゃん。それまでげんきで、エイマルの大好きなおじいちゃんでいてね。

 

九月十三日ブラック

オレも今日はとてもいい日だったと思う。エイマルの提案があったからだな。

お母さんがあんなに幸せそうに笑うのも、家族が揃った時くらいだ。またあの笑顔を見られるといいな。

それからな、エイマル。

この日記はオレとエイマルだけの日記だ。

ここではお父さんのこと、おじさんなんて呼ばなくていいんだぞ。

 

 

エイマルは祖父が書いた文を読んで、少し考え込んだあと、14日の日記を書き始めた。

ほんの少しだけ複雑な我が家だが、この交換日記の中では、「普通の」家族でいていい。けれども、もしも願いが叶えられなかったらと思うと、少し怖くなる。

大好きな家族が揃って過ごせる毎日は、実現できるのだろうか。

「……おじいちゃんもイリスちゃんも、できるって言ってくれてるもん」

きゅ、とペンを握り締めて、エイマルは日記を最後まで書き終える。

希望をたくさん詰め込んで、それを応援して、実現しようとしてくれる人へ渡すのだ。