家族に感謝を伝える日、というものがエルニーニャにはある。
母、父、祖父母など。毎年その日に合わせてイベントが行われている。
けれども、全員がその日を感謝の気持ちだけで迎えられるのかといえば、そういうわけでもない。
人にはそれぞれの事情があり、心情がある。
「どうしよっかなぁ、父の日……」
イリスはカタログを見ながらうなる。
毎年「家族の日」は兄と一緒に何かしらの用意をするのだが、今年はこれまでと違う日になってしまった。
兄はその日、国内にいない。東の小国から絵の仕事をもらって、しばらくそちらへ行くことになっている。名誉なことなのだが、イリスには少しばかり困ったことになった。
「花は?」
「実家がドライフラワーまみれになるから、何年か前から花は禁止になってる」
「全部取っておこうとしてるのか……」
ルイゼンの提案も却下。よくよく考えてみれば彼女の父親はそういう人だった。子どもを溺愛していて、イベント毎に用意された贈り物の類は泣いて喜ぶ人だ。
「お兄ちゃんは忙しいから、相談もできないし……去年何あげたかも覚えてないんだよね」
「薄情な娘だな」
そういうわけで、イリスは頭を抱えていた。父が大好きで、何かしてあげたいと思っている。しかしこれまで生きてきた中であらかたのものは贈ったつもりだ。
消耗品は使わずにいつまでもとっておかれてしまうと困るので、日常で使うものを選んできた。しかしそうなると、同じものを贈るわけにはいかなくなってくる。かさばると色々面倒だ。
「参考までに。ゼンはお父さんに何か贈る?」
「オレ? うーん……靴磨きセットとか。父さん外での仕事多いし」
「消耗品か……」
「ケースとか残らないか? 中身はちゃんと使ってもらってさ」
「何の話だ?」
二人がああだこうだと話しているうちに、メイベルとフィネーロが仕事を終えてきたようだ。まずは「お疲れ様」と言って、それから事情を説明した。
「父の日にお父さんに何を贈ったらいいかって話」
「それで、参考にオレが何を父さんに贈るかって話をしてた」
「なるほど」
フィネーロが頷いて、「参考になるかわからないが」ときりだした。このあと自分たちへその話が及ぶことはわかっていたので、先手をとったのだ。
「僕は兄達と被らないように相談し、その上でブックマーカーをを贈ることにした。うちでは定番のものだが、父上の場合、いくつあっても困らないからな」
フィネーロの父は元軍人であり、かつ文人だ。今はエルニーニャ国内の学問の最高峰であるレジーナ大で教鞭をとっている。
とにかく資料を集めて読み込み、それを教えていく仕事なので、フィネーロの選択は実用的だ。
「フィンらしい、良いプレゼントだね」
「お兄さん達と相談できるのもいいな」
イリスは読んでいたカタログの端にメモをとりながら、ルイゼンはただただ感心しながら聞いていた。
和やかな空気が漂う中、そこへヒビを入れたのは彼女だった。
「父の日など、花や物品をここぞとばかりに売ろうとする企業の策略ではないか」
冷たく言い放つメイベルに、イリスとルイゼンはハッとし、フィネーロは溜息をついた。
メイベルには父親がいない。厳密には、彼女がその人を存在していなかったことにしている。
彼女の家は母親が一人で大勢の子どもたちを育てていて、父親はそういったことに一切関与してこなかった。稼いだ金は自分の娯楽に注ぎこみ、家族をかえりみることはなかった。
時折帰ってきたと思えば、金を無心し、家財を破壊し、一家に暴力を振るってまた出て行く。そんなことがあったから、メイベルはその男をもう親とは思っていないのだった。
そもそも彼女が軍に入ったのも、父のおかげで生活が苦しい家を一刻も早く救うためだった。
その事情を知っているから、イリスとルイゼンはまずいことを話してしまったと思い、フィネーロは「こうなることがわかっていたから自分が話していたのに」と呆れたのだった。
「じゃ、じゃあさ、メイベルは母の日に何かプレゼントした?」
イリスは「父」から話題をそらそうとする。しかし、返答はそっけないものだった。
「物より現金のほうが家の助けになる。いつものように給料を家に入れて、それっきりだ」
もとより労働で対価を得ることを重視し、娯楽にあまり興味を持たないメイベルだ。誰かに贈り物をするということも、フィネーロと出会うまでは想像したこともなかったという。
困り果てて言葉を継げないイリスと、何を言っていいのかわからないルイゼン。そんな二人を助けたのは、メイベルといる時間が一番長い彼だった。
「イリスが彼女の父君に贈ることのできる、最も価値のある物は何だと考える?」
フィネーロがこう尋ねると、メイベルは何かを考えるようなそぶりを見せた。
彼女自身のことではなく、彼女が大好きなイリスについて考えさせる。それがこの場のためにもなるし、メイベルの心の平穏の為にもなる。
しばらくして、メイベルはぽつりと言った。
「帰って顔を見せてやるのが一番良いんじゃないか?」
父の日当日、イリスは父とともに街を歩いていた。
結局メイベルの案を採用し、そこから発展させて、父と一日デートをすることにした。兄がいないからこそできることだ。
父は当然大喜びし、イリスも大好きな父を独り占めできる、二人にとって価値のある贈り物だった。
「お父さん、今日はいっぱい、いーっぱい遊ぼうね!」
「ああ、いっぱいな。イリスの行きたいところはどこだ?」
「お父さんが行きたいところに行けばいいと思うけど。でもしいて言うなら、アイスクリーム食べに行きたい!」
「俺もそう思っていたところだ。よし、行くか!」
父の腕に抱きつきながら、イリスは思う。
一緒に考えてくれた仲間達に、もう一度ありがとうと言おう。
それからメイベルとは、時間を作って一日出かけよう。彼女にはもっともっと、楽しい思いをしてもらわなければ。