広くも狭くもなく、二人ほどで暮らすのならちょうどいいアパートの一室。
そのリビングに、そこそこに上質なワインをすでに一本空にし、二本目に手をつけている二十代の男性三人がいた。
正確にはほとんどを二人で飲み、一人はグラスに二杯ほどですでに限界が来ていたので今は水を飲んでいる。かつての職場の先輩から送られてきた、酔い覚ましの薬草水だ。
「ルーファ、本当に弱いよねー」
「そんなにアルコールきつくないのにね、これ」
けらけらと笑う、赤い男と青い男。それに呆れた表情を向けながらも言い返せない、淡い茶の男。
ああ、どうしてこの状況を日常茶飯事といえるほどくりかえしてしまったのか。
ルーファが思い切ってニアとの二人暮らしを始めてからというもの、大抵はだれかしら乗り込んできて二人になれない日が続いている。
ときどき客がいないかと思えば、そんな日に限ってニアに絵の仕事が多めに来ていたり、ルーファが仕事を大量に持ち帰っていたりする。
正直に言うとニアと二人きりで過ごす時間がほしいルーファにとっては、今の状況はあまりよろしくはなかった。
そして今日も、まるでわざと邪魔をしにきているかのようにレヴィアンスが入り浸っている。大総統、仕事しろ。
「してるよ。しっかり終わらせてきてるんだから問題ないでしょ? オレって有能ー」
「有能な奴は人のプライベートの邪魔していいのか」
パロット特製薬草水で頭と内臓をすっきりさせたルーファは、改めてレヴィアンスを睨んだ。
しかし相手は、おそらくルーファの本音を知っていてこう返す。
「邪魔じゃないよね、ニア」
「うん。レヴィ来ると美味しいお酒飲めるし」
これだ。レヴィアンスと同じくらい、いやそれ以上にニアが酒豪なのが良くない。
インフェリア家の血筋でも珍しいくらいに、ニアはよく飲む。しかもなかなか酔ったふうを見せない。そのせいで、酒好きなレヴィアンスとしょっちゅう酒盛りをしているのだ。
「ニア、たまに休肝日作らないと肝臓死ぬぞ」
「作ってるよ。そんな毎日飲んでるわけじゃないの、ルーだって知ってるでしょ」
俺からしたらほぼ毎日だよ、と言いたくなるのを抑えて、ルーファは本日三杯目の薬草水をグラスに注ぐ。
酒よりもこっちの方が美味い。少なくともルーファにはそう感じる。
「あ、ニア。もう二本目終わるよ。飲む?」
「飲む」
結局今日も二本空けたらしい。ニアとレヴィアンスのアルコール分解酵素はいったいどうなっているのだろうか。
それともアストラの血筋が酒に弱いのだろうか。教えてダグラス叔父さん。
「ルーファももうちょっと飲めたら良いのにね」
レヴィアンスが最後の一杯をぐっとあおってから言った。
「いいよ、飲めなくて。会社の付き合いで少し飲めたら充分だ」
「えー、でもさ、もっと飲めたら酔いにまかせてニアをどうにかできるかもしれないじゃん?」
「……そういうのはいやだ」
酔いにまかせてだとか、そういうことはしたくない。そういうことは素面のときに堂々とがいい。朝になって記憶がないというのが嫌なのだ。
それに、ニアとは真摯に付き合いたい。レヴィアンスとの取り合いの末に現在のような仲になれたのだから、誰よりも大事にしたい。
「真面目だな、ルーファは」
「そうなんだよね。僕はルーのそういうところが好きだよ」
「その台詞、飲んでないときに聞きたかったな」
そうしてまた薬草水をちびりと飲む。ワインを二本、すっかり空にしてしまった二人を見ながら、めぐるめぐる思い。
ニアのことが好きで、できれば二人きりの時間がほしい。けれどもこうしてニアの楽しそうな笑顔を見るのもいい。どちらにせよ幸せではある。
幸せなのだと、いいきかせる。
「ふう。満足いくまで飲んだし、オレはそろそろお暇しようかなっと」
「あ、レヴィもう帰っちゃうの?」
「明日、新兵にありがたーい話をしなきゃいけないんだよ」
「こんなに飲んで大丈夫なのか? 酔っ払いの戯言聞かなきゃいけない新兵が可哀想だ」
「薬草水飲んで寝るから平気」
ルーファからすれば飲みすぎなくらいなのに、レヴィアンスの足取りはしっかりしている。さすがニアに次ぐ酒豪だ、と思う。
またね、と手を振って部屋を出て行く姿を見送ってから、ルーファはため息をつき、ニアは思い切り伸びをする。
「さてと、片付けて寝る準備をしようか。ルーは先にお風呂どうぞ」
「いや、俺も片付けるよ。そして一緒に風呂入ろう」
「やだよ、狭いもん」
「……冗談もざっくり切り捨てられるとダメージ負うな」
リビングに戻って、空いた瓶とつまみの袋なんかを手際よく片付ける。ニアもまるで酔っている様子はない。
けれども酒の匂いまではごまかせない。ニアに近づくと、ふわりとワインの芳香がした。
「酒臭い」
「だって飲んだもん。ちゃんと薬草水飲んでから寝るよ」
すっかりきれいに片付いたリビングのテーブルに、薬草水の瓶だけが残されている。寝室に入る直前までこのままなのだろう。
「さ、ルーはお風呂に行って。僕はちょっと酔いを冷ますから」
「それで酔ってるのか」
「飲んだもん、酔うよ」
特に顔が赤いということもなく、ふらついてもいない。意識はしっかりしているし、ルーファの冗談を切り捨てることもできる。
相方がこうで、自分が少しも飲めないなんて、少し悔しい。
「ニア、やっぱり一緒に風呂入るぞ」
「だから狭いって」
「酔ってるんだろ。一人じゃ危ない」
「だから冷ましてから入るってば」
「俺が一緒に入りたいんだよ」
酒では負けている。多分、最近は立場もニアのほうが強い。だからたまには主導権をこっちに寄こしてほしい。
そんな気持ちで強引にいったら、ニアは目をぱちくりさせて、それからふっと笑った。
「……ルー、酔ってる?」
「酔ってない。ほら、風呂」
「はいはい。それじゃ、一緒に入ろうか」
なんだか腑に落ちないけれど、まあいいか。この先の時間は、二人きりだ。
まだまだ力は自分のほうがあるんだということを教えてやるさ。
「あ。でもね、ルー」
「なんだ」
「この状態のままキスしたら、酔っちゃわない?」
「……そのくらいで酔うかよ」
広くも狭くもなく、二人ほどで暮らすのならちょうどいいアパートの一室。
そこでの日常茶飯事と、ときどきの特別。