「もしもあなたの願いが一つかなうとしたら?」

正直に答えてほしい。

 

「将来、大総統になるっ!」

「オレは大総統になったハルの傍にいる」

ハル、アーレイド。

君たちのそれは、願いというよりも未来設計だね。

 

「……静かに本が読める家が一軒ほしいですね」

クリス。

君は意外にもすんなりと答えてくれたね。

 

「美味しいものが食べたいです! リアさん、今日の晩御飯はなんでしょうね?」

「そうね、あとでセレスティアさんに訊いてみましょう。私は今晩晴れるといいなって思ってるの。せっかくの星見の日だもの」

ラディア、リア。

大丈夫、今日は天気がいいから外で晩御飯にしようかしらって、さっき聞いたよ。

 

「スランプが来なきゃ良いな」

「お兄ちゃんってば……。僕はそろそろ新しいお鍋がほしいかな。もっと大きいの」

ツキ、フォーク。

みんなで過ごすのが楽しいんだね。

 

「そろそろ楽しみにしていた新刊が出ているわね。今すぐ本屋に行きたいわ」

「じゃあ行こうか。オレもフォークに今すぐ会いたいし!」

クレイン、クライス。

望むものがはっきりしているんだね。

 

「星見にリアさんを誘いたいんだけど……無理かなあ」

「言ってみろよ。オレは病院に見舞い行ってくるから。……アイツ、夏風邪とかひいてなきゃいいけど」

アルベルト、ブラック。

大切な人と過ごせる幸せを、享受しているね。

 

「あ、バーで今日限定のカクテル作ってくれるみたい。行きたいな」

「俺は部屋にいてえんだけど……まあいっか。帰ってきたらなんかメシ作ってくれよ」

アクト、ディア。

なんでもない日常を、今日も生きていたいんだね。

 

「今日の星見で、みなさんの楽しそうな笑顔が見られるといいですわね」

メリテェア。

そのために今日の仕事を早めに終わらせて、本当にお疲れ様。

 

「この先何年も、楽しくて面白い日々が続くといいですね」

「そうだな……こんな日くらい、カスケードさんも帰ってくればいいのに」

カイ、グレン。

満喫できる一日を過ごし、それを分けてあげたいとも思っているんだね。

 

でも、ねえ。

願いがかなうかもしれないのに、誰一人として過去を変えたいと思わないのは何故?

「そりゃ、変えられるものなら変えたいさ。俺だって、ニアに会いたいって思ってる」

じゃあ、どうしてみんなそれを口にしないの? 正直に答えてって、最初に言ったのに。

「みんな正直だと思うぞ? 本心から願っていることだ」

だけど、本当の、本当の願いは?

グレンはきっと過去の痛みをなかったことにしたい。

カイはきっと師匠を救いたい。

リアはきっと家族が幸せなままだったらと思っている。

ラディアはきっと本当の両親と過ごすことや、育て親を殺さない世界を思い描いている。

ハルはきっと自分の出自を詳しく知りたい。

アーレイドはきっと人を遠ざけずに歩み寄っていた場合の自分を想像している。

クリスはきっと上司が今でも生きている世界を望んでいる。

ツキとフォークはきっと家族のいる現在を見たい。

クライスとクレインはきっと軍人だった親のことなどを知りたい。

メリテェアはきっと重圧のかからない生き方をしたい。

ディアとアクトはきっと何も喪わずに幸せになっていた未来がほしい。

アルベルトとブラックはきっと父に関わることを抹消したい。

きっと、みんなが過去を変えることを望んでいる。

「それは多分、過去が変わると現在がないからだな」

現在が、ない?

「グレンは賊に襲われなければ、カイは師匠と死に別れなければ、リアちゃんは家族が壊れなければ、ラディは両親が生きていれば、今もそれぞれの生活を送っていただろうな。軍に入り、出会うことはなかった」

……うん。

「アーレイドは軍以外の道を見つけていたかもしれない。クリスは上司が生きていれば、医学も棍もスキルを得ていないかもしれないな。ハルは……エルニーニャにいなかったかもしれないな」

……それから?

「ツキは普通に学生してたかもしれない。そうするとフォークは軍に顔を出さないな。クライスとクレインに今いるような友人ができることはなかったかもしれない。メリーは貴族の次女として、今とは違う人生を歩んでいただろうな」

……そして。

「ディアとアクトは出会っていないだろうし、アルベルトとブラックは生まれていなかったかもしれない。……ニアの死がなきゃ、今の俺はいない」

……だけど、その方が幸せだったかもしれないよ。

「わからないさ。俺たちはみんな、その道を知らないんだから」

だから未来を見て、今を生きるしかないって?

君はそれができている?

「俺はあいつらに比べたらできていない方だ。まだニアとの思い出に縋ってる。……だけど、もし願いが一つかなうとしたら、俺の願いはこうだ」

……?

「ニアのことを忘れずに、ずっと抱えて、生きていきたい」

 

 

星の瞬く夜空の下で、エルニーニャ王国軍施設内の軍人寮に住む人々は、夕食会を楽しんでいた。

全員がいるわけではない。中には出かけた者や、室内に残った者もいる。

「あ、いたいた。グレンさん、カイ君!」

リアが大きく手を振って、見つけた人物らを呼ぶ。その隣でラディアも、両手を大きく上げた。

「こっちで一緒に食べましょー!」

呼ばれたほうは顔を見合わせ、半ば呆れたように、けれどもうれしそうに笑った。

「ご指名ですね、グレンさん」

「そうみたいだな。行くか」

「はい」

四人は集まり、賑やかな空間の中にとけこんでいった。

 

「あ、アーレイド! 今流れ星が見えたよ!」

夕食会の場からは早めに離れて部屋に戻ってきたハルは、行動をともにしていたアーレイドへ無邪気に声をかけた。

一瞬だけすうっと軌跡を残した星は、もう見えないけれど、まぶたにしっかりやきついている。

「流れ星に三回願いを言うとかなうんだっけ? ハル、ちゃんと願い事言ったか?」

「ううん、言ってないよ」

アーレイドはてっきり「えっ、言ってないよ!」という残念そうな返答があると思ったのだが、ハルは穏やかな笑顔のままだった。不思議に思っていると、すぐに答えがわかった。

「お願いなら、アーレイドと一緒にしたいんだ。だからもう一回流れ星が見えるまで、一緒に空を見よう」

二人でじゃないと、意味がない。出会ってからともに歩んでいくことを約束し、ここまできたのだから。願いがかなう瞬間も、一緒がいい。

アーレイドはふっと笑って、「もう一回はどうだろうな」と意地悪を言いながら、自分もその奇跡に期待した。

 

星見に特別思い入れがあるわけでもないけれど、思い出される日常の中にはそれにまつわるエピソードがまったくないわけでもない。

目を閉じて耳をすませると、あの人の声が聞こえる気さえする。

「クリスは、星見の日の願い事とかあるのか?」

そう訊ねた彼に、自分はなんと答えただろうか。……もう少し上司がしっかりしますように、だったか。

「今とあまり変わらない願い事ですね」

零れた独り言に、つい笑いがもれた。

 

どこで情報を仕入れてきたのか、願い事を書いた紙を吊るすとかなうなどといったことを実行する弟に、ツキは優しげな視線を送る。

「お兄ちゃんも飾る? 願い事の紙だけじゃなくて、切り紙を一緒に飾るといいんだって。たしかにきれいだよね」

気が付けば窓枠は一面、紙でできた装飾具に覆われていた。そこだけ大きなお祭りがきたような豪華さだ。

「それ、全部フォークが作ったのか?」

「ううん、ベックーも作ったよ。ね?」

どうやらフォークと謎生物の共同作業らしい。それでは悔しいから、自分も何か作ってみようかと手元の紙を折ってみる。

ちょうどそのとき、玄関が開かれる音がした。

「ちょっとクライス! また勝手に開けて……」

「事前に連絡入れてるから平気だって」

賑やかな声。いつからか、兄弟二人だけになってしまった家にも友人らが来るようになった。フォークにも笑顔が増えて、ツキにとってもいいことばかりだ。

「こら、勝手に入れとは言ってないぞ」

「クライス君、クレインちゃん、いらっしゃーい!」

「よ、フォーク! おみやげ買ってきたぞ!」

「おじゃまします。ごめんなさいね、勝手に入ってしまって」

運命なんて、その分岐なんて、どこでどうなるかわからない。ただ、今の幸せに繋がっているなら、どんな道でもしかたがないしかまわない。友人らのおかげでそう思える。

 

病院の窓からも星は見えた。そのことにはしゃぐ彼女が可愛らしかった。

愛しい笑顔を何度も思い返しながら歩いていると、見慣れた顔に出くわした。

「ブラック、病院帰りか?」

「よくも毎日、あんなところに通えるもんだぜ。そんなに彼女が可愛いか」

バーへ行くと言っていたはずのアクトとディアにからかわれ、ブラックは「うるせー」と返す。そうしながらも、歩幅は自然と二人に合わせていた。

「そっちは? デートは中止かよ」

「店が思ったより混んでた」

「予想通りだっただろうが。だから俺は部屋にいたかったんだよ」

こうして並んで歩くことも、昨年の今頃は想像できなかった。互いに互いの都合や思惑を優先していて、仲良くなんかできるはずがないと思っていた。

向こうから走ってくる彼とも。

「ブラック、お帰り」

「なにやってんだよ、アルベルト。リアを誘うのは?」

「今日は諦めた。グレン君たちと楽しそうにしてるから、明日でもいいかなって」

その「明日」という言葉を口にするまでも、随分と色々あった。たくさんのものを喪ったし、喪いかけた。今も苦楽をともにしたメンバーには、一人足りない。

「カスケードさん、元気かな」

アクトがぽつりと言う。

「元気だろ。あのカスケードだぜ?」

「落ち込む暇もないほど、向こうは忙しいみたいですから」

「アイツはちょっと働いた方がいいと思う」

それを聞き逃さず、畳み掛けてくる言葉。

心配なんかしていない。ただ、気になるだけ。

 

メリテェアは自宅から電話をかけていた。相手は東の小国にいるカスケードだ。

「こちらは星がとてもきれいに見えますわ」

「こっちも今日はいい天気だ」

本当に、きれいに晴れた。見とれていたら、思わず眠くなってしまうほどに。

「さっきまで、夢を見ていた」

「夢ですの?」

「ああ。よく覚えてないけど、変な夢だったような気がする。……ただ、不思議と後悔がない」

「声色もなんだかすっきりしているようですわね。きっといい夢だったのでしょう」

……「きっと」。

何度も夢に出てきたような気がするけれど、詳しくは思い出せない。

「今日はゆっくりおやすみなさいませ。きれいな星を眺めながら」

「ああ、そうする。おやすみ、メリー」

もしも、この星空に願いをかけるとしたら。

こんなふうに平和な時が、ずっと続きますように。

たとえそのために、たくさんの傷が生まれた過去があったとしても。

 

 

僕が一つ願いをかなえてもらえるなら。

ずっとずっと、君のことを、君の大切なものたちを、見守っていたい。