エルニーニャ王国軍中央司令部。いわずと知れた国内最大の軍施設である。
所属している人間は、ときに応じて、あるいは常に、班を組んで行動する。
その中でもいろいろな意味で特に名高いのが、インフェリア班と呼ばれるチームだ。天才少女准将メリテェア・リルリアの管理下にある班の一つで、リーダーは軍御三家が一つインフェリア家の長子。ほかにも軍で有名な実力者たちが揃っている。
だが、彼らが有名な理由はそれだけではない。
「俗に言う、イケメンが揃っているんですって」
昼下がりのカフェで、六人の少女たちがお茶を楽しんでいた。彼女らは軍人であるが、今日は休みを合わせて遊びに出ている。
その中でもそんな台詞をとても言いそうにもない、クレインがぽつりと呟いた。
「……イケメン?」
リアが思わず復唱する。クレインからそんな言葉が出るなんて、思ってもみなかったのだ。
「それって何の麺料理ですか? 美味しいんですか?」
アイスミルクティーをストローでくるくるとかき混ぜながら、ラディアが言う。安定の思考で、思わず少女らは安心してしまう。
「イケメンってのは、かっこいい男の人ってことかな。イケてるメンズ……の略だっけ?」
シェリアが苦笑しながら説明すると、ラディアは「ふうん?」と首を傾げてしまう。いまいち理解ができないというふうだ。
「そのイケメンがどうかしたんですの?」
メリテェアが紅茶のカップを上品に持ち上げながら、発端であるクレインに話を戻した。訊ねられた方は頷いて、「昨日、ちょっとね」と話しだした。
「情報処理室で作業してたら、そこにいた女の子たちに言われたの。インフェリア班はイケメンばっかりでいいよねって」
「つまり、かっこいい男の人が多いってこと? そうかなあ……」
ラディアの頭の上には疑問符が浮かび続けている。彼女の思う「かっこいい男の人」と、周りの言う「イケメン」が結びつかないらしい。
対してシィレーネはうんうんと頷きながら、うれしそうに言った。
「インフェリア班のイケメン率は異常だよ。特にカスケード大佐なんて、もうこれでもかってくらいかっこいいよね!」
彼女は班名にもなっているリーダー、カスケードのファンである。ハートをとばしまくりながら「背も高いし、優しいし……」と憧れの彼の長所を並べ立てはじめたところで、シェリアがストップをかけた。
「えー……あれ青くてでかくてナンパじゃん。どこがいいのかイマイチわかんない」
「シェリーさんは大佐に厳しすぎ! リアさんはわかりますよね!」
「え、私?」
突然話をふられて慌てながらも、リアは冷静に考える。確かにカスケードは見目も良く、優しく頼りになる、自慢できる上司だ。デスクワークが大の苦手なのがたまにきずだが、それを補って余りある人物像である。
けれども、リアがイケメンと聞いて真っ先に思い浮かんだのは別の人物だった。
表情は乏しいが、時折見せる優しさ。一人の方が気楽だなんて言いながら、仲間とのやりとりはなんだか楽しげに見える。素直じゃないような、かえって正直なような態度。真剣な眼差し。
「私は……カスケードさんもかっこいいと思うけど、グレンさんも素敵じゃないかな、なんて……」
「そうね、グレンさんはちゃらんぽらんではないもの」
クレインがさりげなくカスケードを非難しつつ同意する。それから少し考えて、また一人違う人物をあげた。
「ツキさん。彼も大人の魅力があると思うわ。仕事はきちんとこなすし、遊び心もわかっている。ギャンブルはストレスさえ溜めなければ負けないし、将来性が高いと思うのだけれど」
ツキは普段電話番と呼ばれる部署にいるため行動を共にすることは休憩時間や特殊な任務のときくらいだが、その人柄は誰が見ても好感が持てる。みんなの良いお兄さん役だ。
ここまでリアやクレインの意見をふむふむと聞いていたシェリアだったが、話の途切れた隙を狙って切り込む。
「確かにグレン大尉やツキ曹長も良いけど、アタシはやっぱりカイさんかなあ。強いし、笑顔が激爽やか!」
「シェリーちゃん、本当にカイ君のこと好きね。良い人なのには間違いないけれど」
シェリアの懸想の相手でもあるカイは、彼女の言うとおり笑顔の爽やかな好青年だ。基本的には人懐っこく、めったなことがない限りは誰とでも親しくなれる。それに頭も良い。
「みなさん、なかなかイケメンについてお話できますのね。それではわたくしも負けてられませんわ」
「別に勝負はしてないわよ、メリテェア。……それで、誰をあげるつもり?」
「クライスさんはいかが?」
「……げ」
メリテェアがあげた名前に、クレインは不満げな声をもらす。クライス、つまり彼女の兄のことがあがるとは思っていなかったし、あまりあがってほしくはなかった。
「真面目で、お仕事も迅速で、一途ですわ。妹のこともたいそう可愛がっておられるようですし」
こんなふうに身内を褒められると、照れくさいからだ。
確かにメリテェアの言う通りではある。昔から物事には真剣に取り組むし、超がつくほど真面目な人物なのだ。妹である自分がそう思うのだから、間違いない。
クレインは顔を真っ赤にして俯き、ごまかすようにアイスティーのストローを咥えた。
「ラディアさんは? いいなって思う男の人、いないの?」
甘いカフェオレがもう半分も残っていないカップを置いて、シィレーネがラディアへ話題を投げかける。
しかし半ば、これまでの話についてこられていないのではないかと思っていた。何しろラディアはクレインとは違う意味で、このような話題に興味がないようなイメージがある。先ほどの「麺料理」発言からも、それは明らかだ。
だからこそ、答えがあったこと自体が驚きだった。
「ハル君はそのイケメンっていうのだと思いますよ」
「ハル? いろんな意味で意外だね」
シェリアの言葉が総意だ。見た目が女の子のように可愛らしく、行動言動ともにまだ子どもっぽいハル。どちらかといえばこっちが彼を守ってあげたくなる。
そんな人物を、このラディアが推してきた。
「ラディアちゃんがハル君をあげた理由は?」
「さっきから聞いてると、頼れるとか、仕事ができるとか、真面目だとか、笑顔がいいとか、そういう人たちがあがってますよね。それがイケメンならハル君だってそうですよ」
ラディアはにこっと笑って、例えば、と具体例を話し始めた。
「ハル君、結構力持ちだから。新兵の女の子が重い訓練用具を運ぼうとしてるのを見つけると、さっと行って、持ってくれるんです。そういうところを見ると、頼れるなって思いますよ」
「それは確かにポイント高いわね」
「将来が楽しみな人材ですわ」
クレインとメリテェアがうんうんと頷く。おそらく、ラディア以外はそんなことがあったなんて知らなかった。ハルのちょっと男の子らしい一面を垣間見ることができて、一同は感心する。
「多分そういうの、アーレイド准尉を見てするようになったんだろうなあ。あの人もさりげなく優しいですよね」
そして、シィレーネの言葉で納得した。ハルの傍にはいつだって、アーレイドがいるのだ。
先輩たちにこそいじられてばかりいるが、後輩たちからはかっこいいお兄さんとして憧れのまなざしを向けられているアーレイド。困っている人を見ると助けてくれる上に、恩着せがましくない。そんな彼を狙う女子も多いと聞く。
「イケメンって、つまりはモテるんだよね。そう考えるとインフェリア班は確かにイケメン揃いだわ。……そういえば今は、料理ができる男子も好感度高いんだっけ?」
「そうらしいわ。フォークさんなんて、学校で人気者なんじゃないかしら」
ツキの弟であるフォーク。軍人ではないが、よく差し入れなどを持ってきてくれる。それが絶品であることは、誰もがよく知っている事実だ。
しかも彼は兄に似て、きちんと気配りのできる人物だ。普段は幼く見えるが、光るものがある。
「料理といえば、アクトさんは?」
「あ、あの人男性でしたね! 忘れがちですけど!」
「ラディアちゃん……」
そう、よく性別を忘れられているが、アクトもインフェリア班の男性の一人だ。彼の料理の腕もまた良い。
加えて、女性陣の相談事にも親身になってくれる。女心を理解してくれるところが、彼が姐御と呼ばれる所以だ。
「あまりに話聞いてくれるから、つい女子特有の悩みとかも言っちゃうんだよね」
「言ってもさらっと流してくれるから、こっちも段々恥ずかしさを忘れちゃうというか……」
思い出される恥ずかしい相談の数々。それを払拭するように、慌ててシェリアが話を元に戻す。
「ほ、ほら、まだ男子いるよ! クリスさんとかどうよ?!」
「礼儀正しく紳士的な方ですわね。適度に厳しく、専門技術も確か。一緒にお仕事をしていると安心しますわ」
メリテェアはよくクリスと話をする。最も階級の近いカスケードが行動派なので、作戦の立案など頭脳的なことはそのすぐ下で特に頭の良いクリスとともに行っているのだ。
彼の売りである毒舌もその頭の回転の速さと膨大な知識が生み出している。それをわかっていれば、メリテェアのように「安心して」付き合うことのできる人物だ。
「中佐陣はみんな頭良いですよね。クレイン中佐も」
「ありがとう、シィレーネさん。……まぁ、頭が良いということに関しては一人だけ例外がいるけれど」
インフェリア班の中佐陣は四人。うち三人はそれぞれ専門は違えど、頭脳派の部類に入る。残る一人はそういったことが苦手な喧嘩屋である。
「で、でも、ディアさんだってかっこいいところはあるよ! 理屈より行動ってとこが男の人らしくていいんじゃないかな!」
リアがフォローしきれているのかいないのか微妙な線の発言をする。しかしシェリアがそれを強く否定した。
「ない。絶対ない。アイツだけはイケメン枠に入れたくない。顔怖いし乱暴だし」
「そのわりには意外に人気あるんだよね。ワイルド系好き女子には高評価だよ」
事実、そうなのだ。女性兵に対しても横暴な態度をとることはあるが、何故か人気がゼロになるということはない。あれでいて、意外に頼りがいのあるところも見せているのだ。たまに。
「無愛想なのに人気っていうのはブラックさんもそうね。あの人は他人に興味ないってふうを装っているけれど、実際そうでもないし」
クレインの言うとおり、ブラックも女子からそれなりに支持されている。愛想はなく、誰かとつるみたがることをしない、例えばカイなどとは対極にある人物だ。
そんな彼が兄と一緒にいるときなどに感情を露にするから、そのギャップが面白い。単に笑わないだけで、見た目もなかなか良いということもある。
「対してアルベルト少佐は穏やかですよね。ぽやぽやしてるというか……」
「挙動不審ですけどねー」
アルベルトは大人しいが、その仕事ぶりは正確で信頼できる。その時々によって挙動不審だったり、何か考え込んでいるのか険しい表情をしていることもあるが、基本的には癒し要員だ。
「うん、いい人よね、リーガル少佐。落ち着いてお話ができればいいのだけれど」
「リアさんに対してはまだ無理だと思うわ」
インフェリア班にはイケメンが多い。そんな話題で一通り班員を振り返ってみたが、なるほど、個性的な面々だ。
けれども軍人としての責務を日々全うしながら、生活をともにしているのは同じこと。
「……羨ましがられるのも、もっともかもね」
クスリ、とリアが笑った。それにつられるようにして、全員が笑顔になる。
「こんなに頼れる人たちと一緒に仕事ができて、わたくしは嬉しいですわ」
「場合にもよるけど、羨望の対象になるくらいには良い人たちなのよね」
「アタシも、この班気に入ってるよ」
「一緒にいられて良かったなって思います」
男性陣だけでなく、もちろん同じ時間を過ごす女性陣も。仲間としていられることを、心から喜べる。
「じゃ、みんなにおみやげ買って帰りましょー! 私たちがお休みだったから、きっとお仕事てんやわんやですよ」
「ラディアちゃんに賛成! それじゃ、もう少し休んだらお買い物に行こうか」
晴天の下、女子会はまだまだ続く。
ところで、本日も仕事をしていた男性陣はラディアの予想通りてんやわんやだった。
デスクワークメインで、量もそれほど多くはないはずだ。だからこそ女性陣の休みを許したのに、仕事は一向に進んでいなかった。
「やっぱ、華がないとだめだな! やる気出ない!」
「いいから進めろ、ダメ大佐」
ツキがカスケードの頭をひっぱたき、
「飽きた! 俺はもうデスクワークなんか二度とやらねぇ!」
「何言ってんの。お前は自分のしでかした器物損壊の始末書しかやることないだろ」
アクトがディアに肘を叩き込み、
「アーレイド、ごめん! さっきの間違った!」
「え、うわ気付かなかった! じゃあこれは最初からやり直しか……」
ハルとアーレイドはちょっとしたミスに落胆し、
「まっくろくろすけ、お前の書類こっちに侵入してきてるんだけど。やめろよ」
「は? お前こそさっきからこっちに書類はみ出してんだろーが、バカイ」
カイとブラックがケンカを始め、
「クライス君、さっきのデータもう一回出してくれないかな……本当に申し訳ないんだけど」
「そんなに恐縮しなくても……」
アルベルトの泣きそうな声にクライスが困惑し、
「……クリスさん、この状況どうにかなりませんか」
「無理です。これだけデスクワークが不得手な人間が集まっているのではどうしようもありません。ここで計画を立て直してもどうせ飽きて無視するのは目に見えてますから。そういうグレン君もそろそろ飽きてきたでしょう、君もデスクワークは苦手でしたよね。でも逃がしませんよ、今日は中庭の木に登るのは諦めてくださいね」
疲れたグレンにクリスが追い討ちをかける。
そんな光景を覗き見ながら、フォークが呟く。
「今日は差し入れどころじゃないかもねー……」
結論。彼らが「イケメン」でいるためには、女性陣が必要不可欠。