ノーザリア軍大将ダイ・ヴィオラセントが、仕事のためにエルニーニャへ来ることは珍しいことではない。特にレヴィアンス・ゼウスァートがエルニーニャ王国軍大総統に就任してからは、頻繁になった。
エルニーニャにいる家族に会っていくかどうかは、その時の仕事の状況にもよる。だが、レヴィアンスには確実に会うことになる。そのたびに彼らは、書類を見ながら食事をしたり、意見を出し合いながら酒を飲んだりしている。
今回も仕事のスケジュールが詰まっているために、家族や友人には会えそうにない。軍人寮のレヴィアンスの部屋で夕食をとりながら、とある案件について話を進めていた。
「……でも、どうして危険薬物に手を出しちゃうかな。オレには理解できないよ」
書類を見ながら、レヴィアンスがため息を吐く。だが、ダイは「そうか?」と返した。
「誰かに使ってやろうとか、売りさばこうとか、そういう考えはわからないけどな。自分から手を出したくなる気持ちは、なんとなくわかるぞ」
「何それ、ダイさんの経験談?」
「そんなところだ。……お前も試してみるか?」
「は?」
何を、と言おうとしたところで、レヴィアンスはダイが鞄から取り出したものに目を奪われた。ビニール袋に入った、黒く細長いもの。袋を開けると、薬のような臭いがした。
「危険薬物?」
「いや、合法の自然薬。精神安定剤なんかに使われるもので、俗称は枝タバコ。これに直接火をつけて咥えると、即効の鎮静作用がある。ただし、かなり不味い」
向こうの空港で没収してきた、と続けたダイに、レヴィアンスは苦笑する。相変わらず、この人はむちゃくちゃなことをする。
「まさかとは思うけど、それをオレに試させようってんじゃないだろうね?」
「合法だから大丈夫だって」
「危険薬物の売人も似たようなこと言うよね?!」
あわてて拒否するレヴィアンスの目の前で、ダイは枝タバコを一本摘む。そしてそれを口に咥えながら、ポケットからライターを取り出した。その流れは、明らかに手馴れている。
「……ダイさん、何度かやってる?」
「荒れたときには、毎日のように世話になってた。不味いけど落ち着くんだよな。父さんはよく、『こんな不味いもん、よくやれるな』って言ってた」
その口ぶりから、ディアが生きている頃から手を出していたことを知る。おそらくはノーザリア軍に所属してから、幾度となく煙を燻らせてきたのだろう。それだけ向こうでの生活が過酷だったのだということは、容易に想像できた。
眉を顰めながら、煙をたなびかせる枝を咥えるダイを見ていると、この人はそれだけの苦労をしてきたのだと思わされた。そのうちレヴィアンスの手は、自然にビニール袋の中身へとのびていた。
「これ、どうやってやるの?」
「俺の見よう見まねでやってみろ。ほら、ライター」
「どうも」
枝タバコは、咥えるだけですでに強い苦みがあった。それに火をつけると、間もなくして口の中いっぱいにえぐみが広がる。思わず咳き込んだレヴィアンスを、ダイは笑った。
「初心者だな」
「初心者だよ。……すっごい不味いね、これ」
「その不味さがそのうち癖になるんだよな。気分は落ち着くし、自分を戒めている気分にも浸れる。いい現実逃避だよ」
この人はそうやって、一番つらい時期を生きてきたのだ。たった一人で。
薬臭い煙を吸い込みながら、レヴィアンスは元上司の横顔を見る。初めて会った日から随分経つが、顔つきが彼の養父にそっくりになった。
「ダイさん。これからはもっと、オレを頼ってよ。こんな不味いものよりさ」
「大総統になりたての若造が何を言ってる。生意気なんだよ」
「なりたてでも、大総統は大総統だ。ちょっとは偉ぶらせてよ」
せっかく同じ場所に立てるようになったのだ。不味いものに耐えられるくらいには、大人にもなった。
ダイとレヴィアンスは同時に枝を口から離すと、それを折った。コップの水に枝を突っ込むと、じゅう、と短い音がした。
「さて、仕事再開だ。お手並み拝見といこうか、エルニーニャの大総統」
「オレの手腕に期待してよ、ノーザリア大将」
夜は、まだ長い。